もしサイタマの夢が正夢だったら 作:怪人C
明け方、陽光がビルを照らし小鳥がチュンチュンと鳴く。
サイタマは寝ぼけ、鼻提灯を作りながらうとうとしていた。三年前にカニランテを倒し、趣味でヒーロー活動を始め過酷な修行を経て強くなったサイタマは心が満たされない日々を送っていた。どんな怪人と戦ってもワンパンで倒してしまうのに、怪人の攻撃はサイタマの体に傷一つつけることができない。
だからサイタマは、最早怪人との戦闘で高揚感を覚えることはなかった。
はっきりサイタマが目を覚ましたのは、Z市の天地を揺るがすような轟音が切っ掛けだった。意識が覚醒すると共に壁から黒い巨大な手が出てきてサイタマの頭をすっぽり包み込む。
思わず襲撃者の腕に殴りかかったサイタマだが、なんとパンチは強靭な肉体に跳ね返され、サイタマはカウンターの襲撃者の拳によって吹き飛ばされていく。
吹き飛んだサイタマの体は部屋のTVを巻き込み、部屋の壁すらも破壊して屋外のコンクリートの地面に叩きつけられた。威力で全身が幾度となく地面をバウンドするも、サイタマは右足をブレーキ代わりにしてなんとか勢いを殺した。
「お、俺んちが……」
コンクリートの地面にはサイタマが踏ん張った跡がくっきりと残っている。
サイタマの額からは大量の血が流れ出ていた。
ワンパンで怪人を倒せなかったのも、サイタマが血を流すのも久しぶりのことだった。
襲撃者がコンクリートの地面を割るようにして襲い掛かり、サイタマは再び頭を包み込めるサイズの剛腕で殴られる。右腕で咄嗟に防御するも、勢いを殺しきれずサイタマは再び宙を舞うこととなった。
「強い……なんなんだ、お前らは」
サイタマは愚直な疑問を口にすることしかできなかった。襲撃者は一匹ではなく、地面に穴を明けて何匹も這い出てくる。巨大な黒い土くれの人型の怪人達が、サイタマを取り囲む。その数、おおよそ数十体といった所だろう。
俺が持つ圧倒的な力はつまらない。
ここ最近ずっと考えていたことだ。
サイタマはヒーローとして活動しながらも無意識に自分と互角に戦える強い怪人の存在を追い求めていた。
そのサイタマの密かな願望は、今日叶おうとしていた。
土くれの怪人が、サイタマの疑問に答える。表情は分からないものの、サイタマからはかえってそれが一層不気味に感じられた。
「なんだとは失礼だな、我々は真の地球人だ。最も貴様らは私達を地底人と呼んでいるそうだがな。地上人を全滅させ、我々がこの世界を掌握する。他の種族が動き出す前にな。そのためにまずゴーストタウンの化け物と噂された、障害となる貴様を真っ先に倒す」
「人聞きが悪いこと言うじゃねーか、つーかお前らのほうがよっぽど化け物だからな?」
サイタマは怪人達に軽口を叩きながらも、高揚感を抑えきれない。この地底人、間違いなく今までの怪人の中で一番強い者達だ。出し惜しみをする余裕などない、全力を尽くして戦わなければならない。
サイタマはしゃがみ込むと、コンクリートの地面に手をかけた。
『必殺マジシリーズ……マジちゃぶ台返し』
サイタマの呟きと同時に、周辺の地盤が大きくひっくり返りサイタマを取り囲んでいた地底人達は空中へ投げ出された。
瓦礫の山が地底人たちの視界を覆い尽くし、平衡感覚すらも逆さまになる。
サイタマの判断は単純明快だった。敵が混乱している今のうちに数を減らす!
『必殺マジシリーズ……マジ走り』
サイタマの周辺で空気が破裂するような音が響く。光速を超えた音であった。
サイタマの走りは、手を抜いている時ですら現在地球上で最速と思われている閃光のフラッシュをも凌駕する。その本気の速度を視認できる怪人は今まで存在しなかった。
サイタマは空中にいる地底人たちを拳で各個撃破していった。もがいている地底人達に連続パンチを浴びせ一体、また一体と葬っていく。
だが地底人達も一体一体が推定災害レベル竜以上……もしくは神に匹敵する存在。
周辺の仲間がやられていくうちにサイタマの走力すら見切り、そのうちの一体が走ってくるサイタマに蹴りを入れて弾き返す。凄まじい威力で蹴られたサイタマは雲を突き抜け、成層圏も突き抜けてなんと宇宙にすら到達した。勿論全身の服がビリビリと破れ、サイタマは全裸になっていく。
「これは流石にやべえ、息止めよ」
月も通り越し、もう少しで引力から離れサイタマは永遠に宇宙を彷徨うはめになるところだったがオナラを逆噴射してなんとか地球へと舞い戻る。
地上では地底人達が勝利の勝鬨を上げており、サイタマはその一体を踏み潰す。
着地した瞬間、震度六程の大きな地震がZ市内を大きく揺らした。
「よし、犠牲は大きかったがこれで地上は我らのものだ……ひぎゃ」
情けない声とともに踏み潰された怪人に構わず、サイタマは残り僅かとなった地底人達にむけて大声をあげた。
「そうはさせねえ!地上は俺が守る!」
『必殺……マジ殴り!』
決死の覚悟と共にサイタマの突き出した拳の拳圧はZ市郊外だけではなく、市内全ての建物を揺るがしていく。サイタマの全力の一撃は巨大な砲撃のように残った地底人達を飲み込んでいった。
地底人の全滅を確認したサイタマは仰向けに倒れ、荒い息を吐く。
久しぶりの血沸き肉踊る、命を懸けた全力全開の戦いで、漸くサイタマは自分の隠された願望を悟った。
そうか、これが!これこそが!俺の求めていたものだったのか!
地底人との戦いによって全身のあちこちから血を流しながらも、とても充実した様子のサイタマ。そんなサイタマに怒りを向ける存在があった。地の奥底から鳴り響くような声が轟く。
「息子たちが随分と世話になったようだね……」
サイタマは戦慄を抑えきれなかった。この強大な地底人達が、単なる子供でしかないというのである!
慌てて起き上がったサイタマの背後から現れたのは、三メートルはあるだろう巨大な真っ黒の土偶のような怪人だった。全身が高エネルギーで包まれており、左右対称の四本の太い腕がそれぞれ高熱の剣をサイタマに向け構えている。
「正直私自らが出るまでもないと思っていたのだが、この地底王が相手をしてやる!地上は我のものだ!」
「お前が親玉か!地上の平穏は絶対渡さねえ!」
あれだけの死闘が始まりに過ぎなかったことを悟ったサイタマはむしろ覚悟を決め、まだ強敵と戦えることに喜びを隠しきれないまま地底王に飛び掛かっていく。
サイタマはようやく待ち望んでいた、強敵との死闘を手に入れた。しかしこの戦いは、まだほんの序章に過ぎなかった。
この地底王と肩を並べることができる、同格の怪人が三体存在する。
深海王、天空王、森林王……災害レベル『神』の怪人とその配下達はそれぞれの縄張りに潜みながら人類に代わって地球を支配する機会を静かに窺っていた。
ヒーロー協会や襲来する宇宙人、怪人協会をも巻き込んだ地球存亡をかけた危機はまだまだ続くのであった。
サイタマの夢を叶えたかった。
そして作者によればこの怪人四人は同格らしいので必然的にこうなりました。