もしサイタマの夢が正夢だったら 作:怪人C
「我々は深海からの使者、海人族である。人間共よ、地上を明け渡すのだ!」
J市の海に面した一角で、人間のような胴体手足にもかかわらず顔面部分が巨大なタコのようになっている怪人が歩きながら暴論と共に大量の黒い墨を吐く。
墨は大きな波となってビルや人間を押し流していった。
童帝の指示を待たずとも既にJ市に避難勧告は出されていたものの、全員は間に合わなかった。住民の悲痛な叫び声が飛び交う中、怪人は闊歩する。
現場に駆け付けたA級ヒーロー、イナズマックスは、ビルの屋上から携帯型の望遠鏡で怪人を眺めながらどう動こうかと考えていた。
「敵は一匹だけみたいだがどうするか……応援を待つか、住民の避難誘導を優先するのが賢いかもしれないが」
既に警報が流れ、事態は災害レベル鬼の案件となっている。同じA級でランク上位のスティンガーが瞬殺されている以上、自分が戦っても勝算は薄いだろう。イナズマックスが怪人を観察していると、望遠鏡越しに怪人の4つの目玉のうちの1つと目が合った。一瞬バレたかと冷や汗をかいたものの、怪人はイナズマックスを無視して墨をさらに吐き出し、周辺の被害をさらに拡大させていく。
「そうかよ、俺は眼中にすらねえってことか……!」
「ガボボ……助けて、助けてくれ!」
「……!」
溺れた者の一人が、もがきながら虚空へと手を伸ばす。それは明確なヒーローへの助けを求める声。イナズマックスは逃げようかとも考えたものの、このまま助けを求める人達の悲鳴を無視して逃亡することはできなかった。
無謀かもしれないが、ヒーローには背を向けてはならない時がある。今がそれだと覚悟を決めた。
「俺だってA級ヒーローだ、やってやろうじゃねーか……!」
ドクドクと心臓を鳴らしながら、イナズマックスは屋上からタコの怪人へと飛び掛かり……何が起こったのかも分からずビルの側面に叩きつけられていた。朦朧としていく意識の中、イナズマックスは血を吐き出しつつ悟る。
「野郎、鬼とかいうレベルじゃねえぞ……こんな奴……倒せるのか……」
怪人が振り向いたその風圧のみで吹き飛ばされ、戦闘にすらなっていない。イナズマックスは救援にくるであろうS級ヒーローの身を案じながら気絶した。
「酷いことになってるわね」
タツマキが数分後にJ市に到着した頃には、市の五分の一程の面積が既に墨によって沈没しきっていた。怪人の災害レベルは鬼から竜へと上がっている。
タツマキは市内上空を超能力で飛翔しながら、これ以上の被害を抑えるために超能力で冠水した墨を海に押し戻していきつつ元凶の怪人を探すことにした。
ドドドと盛大な音を立てながら、物凄い勢いで墨が海へとかえっていく。
「時間ずれてるし、予言とやらもあてにならないじゃないの」
タツマキは自分が超能力者ということもあり、100パーセント予言が実現するシババワの予言を決して信じていないわけではない。だからこそタツマキは僅かにシババワに失望していた。
「とりあえず面倒だからジェノスがくるまでに終わらせましょう、アイツ暑苦しいし」
墨を大方海に戻し終わったタツマキは、上空からようやく元凶のタコ怪人を発見し地面に降り立った。怪人は折角大量に吐いた墨を戻され憤った様子であるが、ヒーローとして怒っているのはこちらも同じことでありタツマキの声色は激しい。
「アンタが元凶みたいね、弱そうな見た目してるし竜だとは思わなかったわ」
「我々の邪魔をするな!」
「勝手に言ってなさい」
怪人の我々という発言が引っかかったものの、タツマキは手をかざし超能力で怪人の体を捻じりきろうとする。
この時、この瞬間までタツマキは怪人のことを舐めていた。今までタツマキの念動力に対抗できる怪人は存在しなかったのであるのだから当然だ。
これは決して驕りという訳ではない。タツマキが災害レベル竜の存在すら容易く蹴散らせるのはれっきとした事実だからだ。
しかしそれも、相手が災害レベル竜以上であるなら話が別のことである。
「なによこれ、重い!」
タツマキが念動力を高めて捻じ切ろうとしても、向かってくる怪人の歩みを僅かに遅らせることしかできなかった。徐々に威力を上げていき、ついには全力を出したもののタコ足の一本に僅かにヒビが入った程度で有効打とは程遠い。
タツマキは強大な怪人を目前にして、それでもなお不敵な笑みを浮かべた。
「……アンタやるわね。これが災害レベル神の力といったところかしら」
「我々に対抗できるのは3つの種族だけだ。キサマら人間など単なる家畜に過ぎない。特に我々の王、深海王様のお力はキサマの想像を絶するものだ」
「フン、どうかしら」
タツマキは強気の姿勢を崩さないものの、その心中は穏やかなものではない。
どうやら本当にこのタコ怪人は弱い方で、しかもこいつの主が存在するのは事実のようである。これ程の力を持つ怪人が嘘をつきへりくだる必要はない筈だからだ。
「これでも食らいなさい!」
ならばとタツマキは人が残っていない周囲の流されていたビルを複数超能力で持ち上げ、数百の槍に変化させ一斉に怪人に叩きつけていく。超能力の効き目が薄いのなら物理攻撃を試すまでのこと。僅かな望みをかけたタツマキの攻撃は苛烈であり。
それ故に、絶望は大きい。
「キサマのそれは攻撃なのか?」
土煙と共に現れた怪人は、傷一つついていなかった。
ここでようやくタツマキは己の攻撃が怪人に全く効いていないことを認めた。
そしてこの怪人が、はるかに自らより格上であることも認めた。
認めた上で、タツマキは怪人を打倒することを決めた。
「ふん、中々やるじゃない。そうね、やっぱり私にはこれが一番合ってるわ!」
タツマキは再び超能力で怪人を捻じ切りにかかる。この超能力で直接蹂躙する攻撃方法こそ、戦慄のタツマキには相応しい。無理をしたことにより、タツマキを激しい頭痛が襲う。今までタツマキの攻撃を受けて、生存できる者は存在しなかったがこの怪人は別だ。ならばタツマキ自身が限界を超えるしかない!
向かってくる怪人の動きが、ほんの一瞬だけだが完全に止まる。
「……キサマ、どうやら今までの雑魚とは少し違うようだな」
タツマキを眼中に入れていなかった怪人の声色が僅かに変化する。タツマキの限界を超えた超能力を身に受け、ここにきて初めて怪人はタツマキを敵になり得ると認めた。
「ならば、キサマが我々の脅威へと成長する前に速攻で倒す!」
怪人は念動力を受けながらもタツマキを倒そうと走りだす。
彼我の距離はかなり縮んでおり、タツマキには空を飛んだりバリアを張る余裕はない。力を僅かでも弱めれば一瞬で懐へと到達されるだろう。単独ならここで、タツマキの命は終わる筈だった。
「先生に触れるな!」
怪人の拳が到達する直前、ジェノスが超能力を発動しているタツマキを抱えこんで走る。ジェノスはぎょっとした。慕っている師匠が猛烈な熱を発していたからである。超能力を発動する際その身に凄まじいエネルギーをため込んでいたのだ。
「ゴホッ……ストーカーもたまには役にたつわね」
「しっかりして下さい、先生!」
「どうやら我々を脅かす脅威はなくなったようだな!」
「くっ……!」
気が抜けたタツマキは息も絶え絶えにしながら、それでもジェノスに嫌味を口にすることを忘れなかった。しかし力を使い果たしたタツマキとこの怪人に対抗するにはあまりにも力不足なジェノス、最早状況は絶体絶命であることは誰の目から見ても明らかだった。
そんな絶体絶命のピンチに、ヒーローは現れるものである。
「ここからは、俺に任せてもらうぜ」
白いマントがばさりと音を立てる。
タツマキは薄れゆく意識の中、本来はC級だったと見下していたS級最下位の拳が怪人に突き刺さり爆発する幻覚が見えた気がした。
部下を10体引き連れた深海王の襲来まで、残り1日。