もしサイタマの夢が正夢だったら 作:怪人C
サイタマが戦っている一方、S級ヒーローの大部分は遥か後方で待機していた。
参加していないヒーローはQ市に活動を限定している番犬マン、何を考えているのか不明な駆動騎士にS級の中で比較的戦闘力に不安が残るタンクトップマスターとプリズナー。それに加えてブラストがおらずメタルナイトがサイタマの援護をしているのでここに居るS級は総勢11名である。
「海からの生体反応が1体、サイタマさんの戦場を避けるように迂回してこっちに接近中……!皆、気を引き締めて」
どう考えても怪人一体に対して明らかに過大戦力であるはずなため童帝の注意勧告に、強く気を引き締めたのは怪人の実力を体感しているタツマキとジェノスだった。特に常日頃から実力至上主義で高飛車な態度を取り続けていたタツマキの以前の戦闘の屈辱は相当なものであり、タツマキは強く唇を噛みしめている。
見下していたサイタマが一撃で怪人を粉砕したのだから、なおさらだった。
「先生……」
S級の中にはタツマキの実力を疑問視する者も現れはじめている。
ジェノスはプライドを傷つけられたタツマキに対してどう声をかけていいのか分からなかった。サイタマが怪人を倒したのを見ても、命を助けてくれたタツマキを先生と呼び慕うことには変わりない。
心配をしてくるジェノスに、タツマキは振り向くことはなかった。
「アンタの言いたいことは大体想像がつくけれど、同情なんて要らないわ。
私は自分でこの汚名を返上してみせる……!」
タツマキが決意し、程なくして海人族が姿を現した。大きな魚の頭部そのものに無数のヒレがついたような姿形である。恐らく海人族の中でも知能が高い怪人なのだろう。
「作戦通りキングさんを中心にして……」
「悪いが先に倒させてもらうぞ」
童帝の指示を待つことなく怪人に襲い掛かったのは閃光のフラッシュだった。
やや遅れてクロビカリも走り出す。後方で待機し、現れたのが弱そうな怪人一体のみ。S級の中で鬱憤が溜まっているプライドの高い者や実力に自信がある者が独断で動くのも無理もない話だった。
「秘儀、閃光斬……!」
フラッシュに慢心はない。いきなりトップスピードを出して斬りかかり奥義で決着をつけようとする。確かに災害レベル鬼でこの攻撃を見切れる怪人はいないだろう。
だが必殺を確信したフラッシュを襲ったのは、迎撃する魚の尾びれだった。
完全にフラッシュの速度に反応した魚怪人のヒレに含まれた神経毒で、フラッシュは瞬時に意識を失った。
次に怪人に拳を振り上げたのはクロビカリ。クロビカリは自分自身さえ傷つける方法が分からないというほどの頑強な筋肉を持っている。
こちらもフラッシュと同じく鬼クラスではどうしようもないS級の代表格。
しかし怪人のタックルで、クロビカリのその鍛えた筋肉は一撃でヒビが入り地面に叩きつけられこちらも意識を失った。
「我々に盾着くからどんなものかと思えば、こんなものか」
魚怪人はフラッシュを投げ捨ててにんまりと大口を開いて笑う。
「……これはちと、厳しいかもしれんの。タツマキの嬢ちゃんが苦戦するのも分かったわい」
「アトミック斬で斬れる確信はねぇな」
「連携して皆一斉にかかろう!僕たちが突破されれば世界が終わる!」
警戒を強めるのはシルバーファングとアトミック侍。最速の男と思われているフラッシュを上回るスピード、最も硬い防御力を持つクロビカリを一撃で破壊するパワーをこの怪人が併せ持っていることが分かったのだから当然だろう。
その一方でタツマキは、だからこそ汚名をそそぐ価値があると闘志をあらわにした。
「借りは返させて貰うわよ……!」
タツマキの念動力が瞬時に怪人をその場に押さえつける。速度に自信があるフラッシュが目にも止まらぬ速さで瞬殺されたのだ、こうでもしないければ怪人を見失って全員倒れるだけだろう。幸いにも前回の戦闘で限界を超えたタツマキの出力は上がっている。動きが止まった隙に怪人の左右からそれぞれシルバーファングとアトミック侍が殴打と斬撃を浴びせかけた。
「ぬう!」
「やっぱり斬れねぇな」
流水岩砕拳とアトミック斬を食らっても軽く鱗が落ちる程度。
だがここまでは想定通りだった。怪人の気を引くことさえできればいい。
S級2位、3位、4位の力を総動員した成果は大きかった。
正面からS級最大の破壊力を持つ豚神が突進し、動きが鈍った怪人を丸のみにしていく。正に必殺の攻撃を怪人はかわすことができなかった。
「やったか……!?」
戦況を見守る童帝。しかし怪人を飲み込み太った豚神は白目をむく。
「あ、これ無理」
豚神が倒れ、消化されきらずに再び口の中から怪人が出てくる。
だが元々海の生物なこともあってか、怪人は豚神の胃液を浴びたダメージは大きい。
怪人はギョロリとした目で強くタツマキを睨み付けた。
「甘く見ていた……どうやら一番厄介なのは貴様のようだな……!」
「怪人に褒められても嬉しくないわね!」
実際強化されたタツマキが居なければ戦いにならずS級は既に全滅していたはずだ。念動力によって体の自由を再び奪われた怪人は、タツマキに向けて口を開ける。
「……!先生危ない!」
ジェノスが咄嗟にタツマキを抱えて回避したものの、レーザーのような水鉄砲により背後のゾンビマンの下半身が消し飛ばされ、着弾先のK市全域が凄まじいエネルギーの影響で煙のように瞬時に消え去っていく……。
怪人が水鉄砲を発射した後の状況は悲惨だった。ゾンビマンは暫く再生不能になり、タツマキを庇ったジェノスの体もボロボロ。司令塔の童帝も余波だけで昏倒してしまっている。
怪人は左右のシルバーファングとアトミック侍を無視してタツマキに突進した。
「このガキを倒せば我々の勝ちだ……!?」
怪人の脇からすっと出てきたのは、地上最強と目されているキング。
キングは高らかにキングエンジンを鳴らし怪人を睨み付けている。
その重圧音は今までで一番大きく、戦っているS級全員にまで聞こえるものだった。
「なんだ、貴様は……!?貴様のような人類が居るのか!?」
「……これ以上、先に進まない方がいい」
至近距離で睨み合うキングと怪人。怪人はキングのオーラに慄き、迂闊に攻撃すればやられると判断し動けなかった。一方のキングはそもそもなんで自分から怪人の目の前に出てきたのか自分自身分からずキングエンジンを響かせることしかできない。
至近距離で立ち尽くすキングと、警戒して仕掛けない魚怪人。
「あやつらどうして動かないんじゃ」
シルバーファングが二人の様子を眺めていたが、アトミック侍がキングの様子に気付き彼なりに解釈した真実に辿り着く。
「いや、違うぜ。俺にはあいつらが何をしているのか理解できた」
「どういうことじゃ?」
素で疑問を返したシルバーファングにアトミック侍はキングを指さし解説する。
「既に動いてやがる、達人の俺達すら視認できないスピードでの戦いはもう始まっていやがるんだ。キングの手足が細かくブレているのがその証拠だ。あいつは必死にタツマキを倒そうとしている怪人を食い止めているのさ」
「なんじゃと……!?」
シルバーファングが改めてキングと怪人をよく見ると、両者は相変わらずその場から動いていないにも関わらずキングの全身は細かく振動している。
そもそも超スピードカメラでサイタマの動きが補足できなかったのだ、実力がかけ離れすぎていればそういうこともあるのだろう。シルバーファングとアトミック侍は改めてキングの桁外れの実力を感じ取った。
(……え、俺怖くて震えてるだけなんだけど。何という好意的解釈)
キングの内心のボヤきには、残念ながら誰も気付かないままである。
しかし時間稼ぎの効果は大きく、タツマキが再び復活するには十分だった。
「流石ねキング……でも後は私に任せて貰おうかしら!」
全力を尽くしてやっと動きを一瞬止めることができたタツマキと違い、キングは汗一つかかずに怪人と互角に渡り合っている。この違いにプライドの高いタツマキですら上には上がいると改めて感じざるを得なかった。
「キングやサイタマに負けていられないわ!アンタの仲間が言ったことなのよ、私がもっと強くなればアンタ達にとっては脅威になるってね!」
「グアッ……!?」
タツマキが力を込めて捻じ切ろうとすると、胃酸に侵された怪人の全身に僅かにヒビが入る。自分より格上との短時間の戦闘の数々で、タツマキは己の殻をついに破った。
だが怪人は全身を軋ませながらも再び口を開けタツマキに水鉄砲を発射しようとする。
「マズい、発射させてはならん!」
タツマキのピンチに加えて市一つの壊滅の危機。シルバーファングの警告に、間に合うS級は居ないかと思われた。
しかしその怪人を背後から、豚神が再度飲み込む。
今まででは考えられない速度。豚神もまた、強力な怪人を僅かに消化したおかげで殻を一つ破ったようだった。S級全員が注視する中豚神の腹は大きく変形していくが、今度は暴れる怪人を豚神は腹の中に押しとどめ続ける。
しばらくして怪人の抵抗はなくなった。
「うん、今度は大丈夫。満腹」
豚神はゴロリと横になると、大きく寝息を立て始めた。
雨雲から雨がポツポツと降り始めている中、ヒーロー達はようやく緊張をとく。
「アンタが尊敬する存在は、まだ強いわよジェノス」
「……!はい!」
タツマキは髪をかきあげ気丈な態度を崩さないものの1対1ではまだ勝てないであろう、薄氷の上の勝利であった。タツマキの覚醒、胃酸に弱かった海人族、豚神の覚醒、キングの足止め、戦闘後に降った雨。何か歯車が一つでも狂えばS級はあっさり全滅していたであろう。
こうして災害レベル竜以上の下っ端海人族との戦いは終わりを告げた。
「これで後はサイタマくん次第かの」
J市を振り返るシルバーファング。そう、人類の危機はまだ過ぎ去っていない。
J市ではサイタマが雨で渇きが満たされた深海王相手に『苦戦』していた。