もしサイタマの夢が正夢だったら 作:怪人C
さかのぼること海人族がS級達に襲い掛かる少し前、メタルナイトが踏み潰された後。
津波と戦闘の余波でボロボロになったJ市で、サイタマと深海王は戦っていた。手が何本もあり無数の剣を持っている地底王と違って、乾いた深海王の姿形は普通の人間に近いものである。身長も大柄の男性程度であり、怪人の中ではそれほど大きいとは言えない。
しかし深海王の剛力と耐久力は、正面からサイタマのマジ殴りと衝突して僅かに深海王が押されるが踏みとどまる程のものだった。それに加えて深海王には再生能力がある分正面からの殴り合いで押しきれない。純粋なパワーのぶつけ合いならサイタマの方が不利だろう。
「……やっぱり強いな、お前。地底王が互角と言うだけのことはあるじゃねーか」
「あらぁ、下等な人類ごときが上から目線で生意気な口を利くわね」
攻撃を一時中断して探り合う両者。サイタマのマジ殴りと深海王の拳が幾度もぶつかり合った結果、サイタマの拳からは僅かに血が流れ出ていた。手下達の硬い体を殴り続けたというのも理由の一つである。
「これは、ただ楽しんで戦い続けてる場合じゃねーな」
この事態にワクワクしていたサイタマも意識を切り替えざるを得なかった。サイタマは戦闘狂であるがヒーローとして怪人から人類を守るという趣味は忘れていない。自身と互角に戦える強敵の存在を追い求めていたとはいえ、負ければ地上はこの深海王のものとなるだろうことは明らかだ。
「楽しむ……?私の兵隊さん達を沢山殺しておいてよくそんなことが言えるわね」
「俺も一緒に過ごしてたダチの体が破壊されたんだ、頭にきているのは同じことだぜ」
サイタマにとって、メタルナイトは趣味でヒーローをしていたサイタマを誰もが認めるヒーローに押し上げてくれた恩人である。S級になった今ではサイタマが市を歩いているだけで大人からは声援が飛び、子供が手を振ってくれるほどの知名度になっている。
本体のボフォイはいまだに現れず機械の姿のままで何を考えているのかは分からない。だとしても、サイタマはメタルナイトに恩を感じていた。
もしサイタマがS級でなければ、前線に出ることはなくもっと多くの被害が出ていたはずである。サイタマが間に合ったとしてもS級は全滅していただろう。
「俺は適当な所あるから、きっとあいつのフォローに見えない所でかなり助けられてるはずだ。とても感謝してるんだぜ、本人には言えねーけどな」
「家族を奪われた私にはどうでもいいことねぇ」
「侵略してきたテメーらが悪い」
元より分かり合えるとは思っていない。これ以上の舌戦は平行線であると判断した両者は黙って戦闘を再開した。サイタマはマジ走りで深海王の剛腕をかいくぐり、脇腹に拳を振りかぶる。攻防で直感したことだがスピードはサイタマの方が上であった。
『必殺マジシリーズ……マジ殴り!』
気合が入った渾身の一撃が深海王の脇腹に突き刺さり、深海王は腹をへこませ盛大に吹き飛んでいく。間違いなく有効打となったであろう一撃、しかしその代償は大きかった。
「熱っち、腕が……」
思わず腕を庇うサイタマ。深海王が体内に忍ばせていたウツボが咄嗟に口から飛び出し酸を吐き、サイタマの右腕に襲い掛かったのだ。これでサイタマは利き腕で全力で殴ることができなくなってしまった。
それに加えて、上空を覆う雲の間からぽつぽつと雨が降り始める。
「きいたわ……少しね」
地上に出て干からびていた深海王は雨によって驚異的な回復能力を手に入れ、渾身のマジ殴りを食らったにも関わらず起き上がった。
筋肉が発達し、エラが体の所々から飛び出た深海王は手を地面につけ、四つん這いの体制となる。ゴクリと唾を飲み込むサイタマは、久しぶりに冷や汗をかくのを止められなかった。
「残念だったわねぇ、他の王を含めても今の私に勝てる生命体はどこにもいないわ」
その言葉を言い終わるや否や、突進した深海王の拳はサイタマに突き刺さっていた。
とっさに防御したサイタマの右腕は完全に砕かれる。
「うがっ……」
大きなクレーターを作り、サイタマは仰向けに横たわってしまった。
深海王は倒れたサイタマを手足で囲むように立ち、サイタマを遥かに上回る速度とパワーの拳の連打で幾度も打ち据えいたぶる。正に今の深海王は最強だった。
「弱い!弱いわねえ!今の私には誰もかなわないわ!」
「……!」
全身がボロボロとなり、意識が朦朧とする中殴られ続けるサイタマ。万全の体制ならマジ殴りで雲を払うこともできるだろうが深海王がそれを許さない。一発一発がマジ殴りを超える威力を受け続け絶体絶命のピンチの中、サイタマは根性で意識を保ち続けた。
そんなサイタマを助けるために、ヒーローは立ち上がる。
「あらっ……?」
いつの間にか、雨はやんでいた。深海王が上空を見上げると誰かが遠方から放った巨大なレーザーがゆっくりとJ市上空の雲を消し飛ばしていく。これはメタルナイトの仕業だった。弟子である童帝の兵器でさえ雲を貫くことができたのだ、兵力が上回るメタルナイトに同じことができない理由はなかった。
「援護かしら、小賢しいけれど遅すぎたみたいねぇ」
再びしぼんでいく深海王はそれでも余裕な表情を崩さない。
負けかけているサイタマに思わず援護をしたボフォイ博士は生身の体で、遠方からスピーカーの大音量で呼び掛けていた。
「お前はオレが認めた最強のヒーローだ……オレの目標だ。そんな奴に負けるな。勝て!勝ってくれ、サイタマ!」
メタルナイトとして、ボフォイとしての必死な肉声はサイタマの感情を強く揺さぶる。瀕死だったサイタマの瞳に再び生気が宿った。サイタマは横たわりながらもゆっくりと、左腕を引く。
「うっとおしいわねえ。次に殺すのはあいつにしましょうか」
「させねーよ……!ボフォイ、お前の言葉、確かに届いたぜ」
仲間からの応援の声。これに答えなければ男ではない!
サイタマは残った全力を全て左腕と拳に込めた。
弓の弦のようにしなった勢いをつけた腕が放たれ、全世界を揺るがす破壊力を持った拳が深海王に吸い込まれていく。
「超!マジ、殴り!」
「死にかけの雑魚が……!なによこれぇ!」
そのパンチは迎撃した深海王の拳すら突き破り、悲鳴を上げるその頭部に到達し破壊した。衝撃が全て吸収されたのか、それとも奇跡だったのか。サイタマのパンチは周囲にこれ以上の被害をもたらすことはなく。
残ったのは真正面の殴り合いで深海王が敗れたという結果だけ。
そう、ヒーローが怪人に勝ったという事実。それだけで、きっと十分だった。