現実世界にポケモンをぶち込んだらサバイバル系B級パニック物になってしまった 作:ケツマン
午前五時。明方と早朝の中間。
ようやく太陽が昇り始めて薄暗い暗闇がゆっくりと晴れ、冷たい夜風が溶けるように消えていく。
「……シィッ‼ 」
俺はそんな時間から鍛錬の為に槍を振り回していた。
と言うのも、スマフォも電力を節約しなければいけない原始的なこの生活。暇つぶしの為の娯楽が全くと言っていい程に無い。
その上、日がな罠を張り、狩りをして、獲物を解体し、拠点の修繕をして。
などなど、引きこもり予備軍である現代っ子にはあまりにハードなスケジュール。
そのせいか夕飯を食べたらやる事も無い為に夜更かしする事も無く直ぐに就寝。
八時間と十分過ぎる睡眠を取っても必然的にこの時間帯には起きてしまうのだ。
「……ッ! シィッ‼︎」
早朝から狩りをしようにも獲物も寝ているものがほとんど。なら空いた時間をどうしようと考えた結果がトレーニングと鍛錬だった。
今でこそ狩りでも戦闘でも苦戦らしい苦戦とはすっかり無縁だが、この世紀末な世界は理不尽に溢れている。
未知のモンスターが急襲して来るかも分からないし、食料を求めた生存者が問答無用で襲って来るかもしれない。
ならばそれに備えられる事は出来るだけしておこう。
という訳でスマフォで槍の鍛錬の方法を検索、それっぽい電子書籍を購入。
不恰好ながらもこうして鍛錬に勤しんでいるという訳だ。
ちなみに並行して全身の筋トレも欠かさない。
どうせ食事は否が応でも高たんぱく質な鳥肉(鶏肉で非)メインの筋肉が喜ぶメニューだし、一石二鳥だろう。
最も日頃の重労働で少しずつだが筋肉がついた自覚もあるのだが。
「あぁ手が痛えよ畜生‼︎ ……やあっ‼︎」
清々しい快晴の空の下。
俺の情けない声と槍が風を切る音だけが延々と響き渡っていた。
無心とはいかずとも、そこそこ集中していた鍛錬の時間は六時に設定した携帯のアラーム音によって終わる。
額の汗を拭い、豆だらけになった手を軽くグーパーしているとスマイルが水桶とタオルをニコニコ笑顔運んで来る。これもすっかり慣れた光景だ。
「サンキュー、スマイル」
「ソーナノー」
シャツを脱ぎ捨て上半身をくまなく拭いていく。
これから夏を迎えようとする六月半ばの井戸水は程よく冷えていて、身体の火照りもスッキリ洗い流してくれる。
だが純日本人の俺としては熱い湯船にゆっくりと浸かり、身体の芯まで疲れを癒したいのが本音なのだが。
「五右衛門風呂作ろうにも流石にドラム缶は拠点にも置いて無かったしなぁ。かと言ってど素人が木を組んで樽風呂なんて作れる訳もねーし」
「ナノ?」
「ん? ああ、スマイルは風呂が分からないか。風呂っていうのは、こう、桶がもっと大きくなったような浴槽っていうのにお湯を入れてだな」
「ナノナノ」
身振り手振りをまぜた俺の説明にスマイルは身体全体で頷いたり、はしゃいで飛び跳ねたりしながら笑顔を輝かせ聴き入っている。
無邪気な相棒の姿に朝から癒されながら、いつか一緒に風呂に入りたいと俺は考えていた。
「やっぱ今日も大した情報は無し。か」
「ソーナノ?」
「残念な事にそーなの」
鍛錬の後、俺たちは朝食の干し肉を齧っては水で流し込む作業に勤しみながらスマフォを弄っていた。
ネットサーフィンをして遊んでいる訳では無く、このモンスターパニックに対する情報を少しでも得る為だ。
まあ、結果は空振り三振もいいところだが。
俺は溜息をついてカレンダー代わりに傷をつけている壁をチラりと見やる。
バツ印は七つ目だ。
「これだけ時間が経ってるのに情報が入らないってのはなあ。最近は掲示板なんかも殆ど動きが無いし、政府のページなんかほぼ凍結してるじゃねえか」
モンスターパニックから今日まで分かっている事はあまりにも少ない。
最初にモンスターが発見されたのは当日の早朝である事。
これは某動画サイトでモンスターに餌付けをしている事から判明。どうやら発見した女性は動画配信の業界では有名人らしく、コメント覧も非常に盛り上がっていた。
首元の盛り上がった白い体毛と、茶色い毛皮に潤んだ瞳が特徴の兎とスグリの間の子のようなモンスターに配信主は物怖じする事なく「可愛い可愛い‼︎」と騒ぎながらクッキーらしきものを何度も与えていた。
動画の締めではモンスターを抱き締めて「この子を家族にします!」と宣言していたので、俺とスマイルのような共生関係を築いているのかもしれない。
閑話休題。この動画をきっかけにツイッターやSNSにて未知の生物、モンスター達が世界中で目撃される様子が次々とアップされ始める。
そしてピークを迎えるようにして昼過ぎから爆発的なスタンピードが発生したという訳だ。
「俺、割とマジで間一髪だったんだな」
騒音に負けじと意地になって二度寝していたらそのまま永眠となっただろう。
危機一髪の状況に今さらながら悪寒が走り、ブルりと身体が震えた。
他にも色々調べたが明るい情報は殆ど無い。
総理大臣を始めとした政治関係の大物が揃って行方不明になっているニュースが広まっているし、都内に緊急出動した自衛隊が様々なモンスターに返り討ちにあっている動画がSNS経由で拡散。
どれもこれも調べれば調べるほどに絶望感を煽るものばかりだった。
「戦闘機を叩き落とすドラゴンに、戦車を投げ飛ばす亜人? か。見たこと無いモンスターばかりだが恐ろしいくらい強いな」
どれもこれもモンスターに蹂躙される様子の写真や動画ばかりだ。
そしてパニックから時間が経てば経つ程、新たな投稿は減っていく。
単純にスマフォやカメラが使えなくなったのか、それとも……
「ナノ?」
「ん。何でもないよ」
俺の膝の上にすっぽりと収まり、一緒になって画面を覗いていたスマイルを抱きしめた。
不思議そうな顔をする相棒を軽く撫で、スマフォを節電モードに戻して作業机の上に放る。
そして何も考えないように意識して、小さな相棒を構い倒してやる事にした。
考えれば考える程、恐ろしい想像が現実味を増していきそうだったから。
武器と言うのは人類の発展と共に進化していったと言われる。
ウホウホ言いながら戦争をしていた原始時代に生まれた棍棒から始まり、次第に剣、矛、槍。やがては弓と進化。
それが今じゃ銃や爆弾、音波兵器やガス兵器と、リーチの長さ殺傷力に満ち満ちた武器のオンパレードだ。
誰だって痛いのは嫌だから、遠くから安全に敵をぶっ殺したい。そう考えるのは当然の事なのかも知れない。
ヒュンヒュンと風を切る音を感じながら、俺は頭上に掲げた手製の新作武器を振り回す。
作った当初は狙った場所になかなか当たらなかったが、コツを掴んだ今では外す気がしない。
風切り音が次第に早く、そして大きくなる。
茂みの向こうの獲物にしっかりと狙いを定め……よし! 今‼︎
「喰らえや‼︎」
全力で振り回した「ソレ」を標的に思いっきり投擲。
十分な加速によって新兵器は両端の重りを拡げてフリスビーのように綺麗に宙を舞う。
そして狙い通り獲物の両脚に「絡み付いた」。
「オドォ⁉︎」
前衛芸術のような捻じ曲がった角をした鹿型モンスターは驚きの声を上げて逃走を図るも、そこまでが計算通り。
二本の前脚を縛るようにして絡み付いた俺の新兵器「ボーラ」は効果をしっかりと発揮したようで、不自由なまま走ろうとしたせいかそのまま激しく転倒。
地面を不恰好にもがいている。
そしてこの機を逃す俺ではない。
「も一つ喰らえ‼︎ 食器を作るときに余りまくった竹で作った投槍のシャワーだ‼︎」
1M単位で切り分け先端をこれでもかと尖らせた殺意に溢れた竹槍。
それをこれまた苦労して自作した投槍器。通称「アトラトル」にセットし、上半身の動きを意識しながら思いっきり投げつける。命中‼︎
「スマイル! 次っ!」
「ナノ‼︎」
足下でスマイルが差し出す次の竹槍を受け取り、すかさずセット。投擲。命中‼︎
受け取る。セット。投擲。外した‼︎
受け取る。セット。投擲。命中‼︎
受け取る。セット。投擲。命中‼︎
と、まあこんな感じで槍を投げ続けること数分。
運良く最初に刺さった槍が首筋の大きな血管を貫通していたようで初っ端から動きも鈍り、七本目の竹槍が刺さる頃には瀕死状態。
後はいつも通り愛用している包丁槍で狙いを定めて眉間をグサリ。
スマイルの不思議スキルに頼らず己の知恵と武器のみを使った初めての狩りは無事に成功を迎えた。
最も、鳥系以外の大物も狩ってみたいからと始めたこの計画だったが、既に第一目的は新しく作った武器の出来を試す事にすっかり変わっていた訳なのだが。
「うーん。アトラトルは苦労して作ったから特に改善点は無いけどボーラはやっぱ耐久性がなあ。ストッキングじゃ無理あったか」
「ソーナノ?」
「そーなの。かといって都合よく丈夫なロープなんかあるわけ無いし。いっそ、藁やなんかで紐を編んだ方が良いか? でも流石に時間かかりそうだし」
「ナノー」
今回使用した武器、ボーラの主な材料はなんとストッキングである。 そう、女性が脚に履くあのストッキングだ。
これは別に俺が隠れた性癖に目覚めたとかそういう訳でも無く、キチンとした理由が有って所持している。
実は伸縮性に優れたストッキングは隠れた防災グッズの一つとして有名なのだ。
骨折した時の簡易ギプスや、出血を抑える為に縛る道具としても活躍するのをテレビで特集していた事を思い出してコンビニで夜を明かした時に何枚か拝借していた訳である。
今回はストッキングに角が丸い小石を野球ボールサイズになるまで詰め込んで縛り、重しとした。
それを縛って飛び散らないようにして、同じ仕掛けを両端に施しただけという、何とも不格好なものだ。
武器? と首を傾げたくなる工作レベルの道具だが、結果的にあんな立派な鹿モンスターの脚をしっかり拘束出来たのだから効果は確かだ。
もちろん、材料が材料なので見かけと耐久性には難あり。鋭い牙や爪を持つモンスターにはあっさりと拘束切り捨てられてしまうだろう。
まあ、何はともあれ狩りは無事に終了した。
後は上手いこと捌いて血抜きをするだけなのだが。
「ところでスマイルさんや。お前さん、都合よく鹿の捌き方や内臓の処理の仕方を知ってたりしないかね?」
「ノーナノー」
「だよなぁ」
本日一番の重労働は仕留めた大物を拠点まで引きずって運ぶ事だった。
さて。今日の午前中は狩りをメインとしていたので、武器ばかりをお披露目していたが、俺はそれ以外にも色々と工作していた。
その最もたるものが、自信作である落とし穴だ。
「あーやっと完成。いいかスマイル? 絶対にこの付近と向こうで穴を掘った場所に近づくなよ? 下手したら死ぬからな?」
「ナノナノ」
ぶんぶんと頷くスマイルの顔は朗らかながらどこか真剣だ。
それもその筈。この直径、深さ1M未満というしょっぱい落とし穴だが穴底に竹槍をこれでもかと配置した殺意マシマシの罠。
これを拠点の裏口近くと、拠点に唯一ついている西側の小窓の近くの二ヶ所に設置した。
ちなみにシャベルやスコップが無かったので斜めに切った竹で、地道に穴を掘ったので制作期間は四日もかかっている力作だったりする。
元々は切っても切っても生えてくる竹を処理するついでに食器やら何やらを工作。
それでも大量に余るので投槍に加工たり、こうして罠にとして流用する事にしたのだ。
一応スマイル程度の重さでは反応しないように調整したが、日課の水汲みの最中にうっかり踏ん付けて引っかかったら大惨事だ。
フレンドリーファイアーで大事な相棒を失うなど考えたくもない。
「罠もこれで完成っと。後は火炎放射器がモンスターに通じるかも見たかったんだか……今日は無理そうだな」
「ナノナノ?」
そして俺の虎の子。最終兵器である火炎放射器も、もちろん自作だ。
と言っても、もはや作ったと言えるレベルでは無いが。
引火しない程度に距離を離した制汗スプレーにライターで着火。それを吹き付けるだけの代物だからだ。ここまで来るとただの小学生の火遊びである。
「未だに鳥を捌く時に羽毛の処理をする時くらいにしか使ってないぞ。これじゃただの劣化バーナーだな」
羽毛を処理する時は基本的に手で毟らなければいけないのでどうしても細かい取り残しが出てくる。
そこでこの劣化バーナーで全身を軽く焼いて、羽毛を綺麗に焼き尽くすのだ。
だがそろそろモンスターに火が有効なのか実験してみたいので、どうにか戦闘に使えないかと模索中だ。
「ナーノーナーノー」
ズボンの裾をクイクイ引っ張られ、足下を見るとお腹をさすっているスマイルの姿があった。
笑顔もどこか弱々しく「ボクお腹が空いたよぉ」と訴えているようだ。
「そういや鹿を捌くのに時間かかった上に、そのまま落とし穴を完成させたから昼飯まだだったよな。悪い悪い、何か食おうか」
「ソーナノー」
時刻は午後二時。太陽は既に真上から落ち始めている。
やや遅い昼食を取る為に飛び跳ねるスマイルを宥めながら拠点へと戻ろうとしたその時。
竹藪の茂みがガサリと音を立てて揺れ動いた。
「ん?」
俺は反射的に振り向いてそちらに目を向けてーーーーー
「キィ……」
「……あ」
ーーーーー思わず見惚れるような美しい獣と遭遇した。
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・オドシシ おおツノポケモン(ノーマル)
やはり鹿と言えばジビエだ。血抜きをしっかりと行い、十分な熟成を経たオドシシ肉は塩と胡椒のみのステーキでも絶品だ。だが赤ワインをじっくりと煮込んだソースと合わせるとまさに天にも昇る美味へと進化する。
今後の展開
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本編を早く進めて欲しい
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番外編を進めて欲しい
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ソラが主役の話が読みたい
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新キャラを沢山出して欲しい