現実世界にポケモンをぶち込んだらサバイバル系B級パニック物になってしまった   作:ケツマン

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久々に更新したと思ったら話が進んでない件。あ、メリクリです。


2ー6

高校に入学してすぐの事だっただろうか。

 

週末の日課でTSUTAYAに映画を借りた後、ふと小腹が空いて近くのラーメン屋に入った。するとそこで小学生時代に仲の良かったクラスメイトとバッタリ再会した。

せっかくの機会だからと相席になった旧友は、坊主頭に愛嬌のある歯抜け笑顔が似合っていた少年時代の面影は殆ど無くし、髪を金に染めて整髪料の臭いをプンプンさせる場末のチンピラ崩れのような風貌と化していた。

 

味の薄いラーメンを啜りながら互いの近況を語り合ったところ、劇的な見た目の変化から察せる通り。目の前の旧友は進学先のヤンチャな校風にすっかり染まってしまったらしく、やれ何処の学校は弱かっただの、たった一人で5人をぶっ飛ばしただの。

そんな愛想笑いで受け流すしか無い下らない武勇伝を聴かされるハメになった。

だがその中でも彼がボクシングを始めたという言葉は少しだけ俺の興味を引いた。

 

インドア派の俺からしてみれば、格闘技なんてものはひたすら自分を苛め抜きオマケに試合では痛い思いばかりする。

つまりは、ちょっと頭のおかしい人間か特殊な性癖の人間しかやらない不謹慎なイメージを持っていた。

その事を出来るだけやんわりと伝えたところ、意外にも目の前の不良見習いは苦笑いしながら「その気持ちは分かる」と理解を示した。

 

彼曰く。体力作りの走り込みや筋トレは地道で退屈だし、スパーリングはとにかく気力も体力も全てが燃え尽きるような重労働だそうだ。

公式の試合に本人は出た事はまだ無いらしいが、同じジムの先輩はあまり戦績が良く無いらしく試合の度に顔がボコボコに変形するまで殴られまくる。

その光景は喧嘩慣れしている彼から見ても背筋が寒くなるような恐ろしいものらしい。

辛い練習や厳しい環境に負けそうになり、今まで何度も辞めたいと思った。

だが、それでも必死の思いでジムに通い続けているそうだ。

 

 

「自分が強くなった実感ていうのがさ、癖になるんだわ。格闘技やってるやつが大きい声で言えた事じゃ無いけど、昔は絶対に勝てなかった喧嘩自慢のやつをぶっ飛ばした時とかよ。強くなって良かったーって。この感覚は麻薬みてーに病み付きになんだよ」

 

 

まあ、薬どころか酒も煙草もやらねーけどな。とケラケラ笑いながら語った彼の言葉に俺はどんな反応をしたのだったか。

今はもうすっかりと忘れてしまった。

だが、彼が悪戯っぽく笑いながら言ったあの言葉が。

「強くなる実感は麻薬のようだ」という何かのフレーズをそのまま引用したような、その言葉だけが俺の脳みそに焼き付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エナアアアアァァ‼︎」

 

 

飢えと敵意に眼を金色に光らせながら大口を開けて、本能のまま小さなハイエナ擬きが俺に飛び掛かってくる。

俺は無駄に力まぬ事を意識しつつ、首筋を狙うモンスターの目の前に槍を静かに構えた。

突く事では無く、その場に刃を置く事を強く意識して。だ。

 

 

「グギャッ⁉︎」

 

 

一度体を浮かせてしまえば、そう簡単に勢いは殺せない。

ロケットの様にご丁寧にも一直線に突っ込んで来てくれたハイエナ擬きの喉奥に、月光を反射する刃は吸い込まれる用に呑み込まれた。

そのまま滑る様にして柄の中心まで呑み込まれる頃には、獣の尻の先から血濡れの刃が肉と毛皮を引き裂きながら顔を出す。

信じられないと嘆くような表情ででパクパクと槍の柄を何度も咥えながらピクピクと痙攣。

やがて血混じりの細かい泡をシオマネキのようにブクブク吹き出しながら、白眼を向いて舌をダランと垂れ流して絶命した。

 

息つく間も無く、死体をぶら下げた槍をすかさず投げ捨てる。

足元には体勢を崩そうと目論んだのか身体を沈むように低くして、俺の脚に噛み付こうとするもう一匹のハイエナ擬きが既に構えていた。

俺は短く舌打ちしながら右手でベルトに引っ掛けていたボーラを取り出し、風切り音を立てて回転させる。

それと同時に強引に身体を前進して、大きく開いた獣の顎にねじ込むようにして右脚の爪先を捻じ込んでやった。

 

 

「エナッ⁉︎」

 

 

犬に噛まれた時は引き抜くよりも押し込んだ方が効果的。とはよく言った話だ。

噛み付く直前で喉奥に深く異物を突っ込まれたハイエナ擬きは焦った様にえづいた。

だが闘争本能からかそれとも単純な食欲からなのか、悶えながらも無理やり噛み千切ってやろうと顎に力を込めるのを諦めようとはしない。

俺の足にむしゃぶりついて、まんまとその場に釘付けになってくれたのは非常に有難い。

自然と口角が上がるのを自覚しつつ、獲物を構えた右腕を振り上げる。

 

 

「っらあああ‼︎」

 

 

十分に回転を乗せたボーラをその勢いのまま、モーニングスターの如くモンスターの頭蓋に叩き込んだ。

運動靴のつま先と、隕石の如し速度で叩きつけられた石の塊に押し潰されたインパクトにハイエナ擬きは耐え切れなかった。

骨が砕ける触感が手に伝わると共に、眼球がパーティークラッカーのように勢いよく飛び出し、そのまま悲鳴一つあげる前に死んだ。

 

 

「これで二匹目だ」

 

 

口元に飛び散った獣の血をペロリと舐め取る。

鉄臭しと獣臭が混じったその味は酷い物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は深夜2時過ぎ。

久々の御馳走をたらふく平らげ、気持ちよく熟睡していたが、急な振動に揺り起こされた。

寝ぼけ眼ですわ何事かと顔を上げると、俺の身体を激しく揺さぶるスマイルの姿が見える。

どうやら俺を安眠の世界から引きずり出した犯人は小さな相棒のようだった。

何故こんな時間に? 一言文句を言ってやろうかとも思い半目で睨みつけてみるも、よく見ればスマイルのトレードマークである朗らかな笑顔にどこか焦りが見えた。

 

 

「えーと。スマイル、一体」

 

 

どうしたんだ? そう尋ねようとした時だった。

 

 

「エナアアアアア‼︎」

 

 

拠点の外から獣の遠吠えが聞こえてきたのだ。

しかも一匹だけではない。

 

 

「ギャオオオオン‼︎」

 

「エナッ! エナアアアアア‼︎」

 

「グルルルッ!」

 

 

まるで山彦のようにして何匹もの獣の声が拠点を取り囲みようにして響いて来るではないか。

スマイルの形相にも納得するしかあるまい。

これはサバイバル生活始まって以来の緊急事態だ。

 

 

「夜襲かよ畜生! 迎え討つぞスマイル‼︎」

 

「ナノナノ、ソーナノー」

 

 

脳内のスイッチを戦闘モードにカチッと切り替えた俺は寝床の隣に置いてあった狩道具を素早く装備。

最後にお馴染みの愛槍を右手にしっかりと握りしめる。

テーブルに常備してある回復薬代わりの奇跡の実をパーカーのポケットに突っ込むと、俺の呼び掛けに先立つように外へ飛び出したスマイルを追いかけて俺は初めての夜戦に挑んだ。

 

 

冒頭に戻る。

当初、扉の外に待ち受けていた10匹以上のハイエナ擬きの群れを確認し、その圧倒的な戦力差に萎縮しつつあった。

だがそんな俺の気など知ってか知らずか、果敢にも群れのど真ん中に飛び込んで行くスマイルの姿に勇気付けられて闘志の炎を燃やしながら戦闘に突入したのだ。

 

 

俺は足元に転がった二匹の死体を冷めた目で眺めた。

何というか、自分自身がすっかり変わったのだなと強く実感しているのだ。

思えば始めて戦ったモンスターもこの黒と灰色の毛皮が特徴のハイエナ擬きだった。

当時は目の前で年下の少女が無残にも喰い殺され、そのショッキングなシーンに恐れ戦いて失神しそうになったのも記憶に新しい。

初めての戦闘では緊張と恐怖のあまり、まともに武器すら構えられず危うく殺されかけたものだ。

だがそれが今ではどうだろうか。

 

 

「チッ‼︎」

 

 

瞬間、背筋の辺りにチリチリと焼け付くような不快な感覚が生じた。

本能に従うように素早く振り向くと、やはりそこには背後から組み敷いてやろうと飛びかかるハイエナ擬きが涎を垂らして口を大きく開いていた。

殺気という未だ全貌を捉えられない未知の感覚に戸惑いながらも、俺は攻撃の手を緩める事はしない。

 

 

「喰いたきゃ喰えよオラァ‼︎」

 

「エギャッ⁉︎」

 

 

先ほどの串刺し攻撃を繰り返すかのように、躊躇なく自分の左手を獣の口に突っ込む。

まさか無手のまま拳を呑み込ませるとは思っても見なかったのか、ハイエナ擬きは驚愕に目を見開きつつも素早く顎を閉じた。

奴はえづきながらも顎の力を緩めようとはしなかった。

その鋭い牙は俺の左腕を徐々に抉るように刺さり、その度にブチブチ筋繊維が千切れる嫌な音を立てながら筋肉にめり込んでいく。

 

傷口から灼熱。思わず眉間に皺を寄せて歯をくいしばる。

脳内にて、その激しい熱こそが痛みなのだとアラームがガンガンと鳴り響いた。

 

 

「痛えんだよ、この……」

 

 

右手に握ったボーラを放り投げる。

そのまま中指と人差し指の二本だけを伸ばしたまま拳を握り締め、力を込めた。

イメージは憎悪に光る長釘、もしくは殺意に冷えたアイスピックだ。

そのまま思いっきり腕を振り上げて、未だ人様の腕にぶら下がり肉を食い破ろうとする憎き獣に狙いを定めた。

 

 

「犬畜生があああああ‼︎」

 

 

噛み付かれた左腕の痛みを誤魔化すように叫びながら、思いっきり右腕を振り抜いた。

二本の指は吸い込まれるように目の前で食らいつく獣の右眼を突き破り、呆気なく眼球を潰す。

指先で感じた触感は、まるで少し柔めのナタデココみたいだ。

場違いにもそんな間抜けな感想を覚えたのが印象的だ。

 

 

「エギャアアアア‼︎」

 

 

激痛のせいか、それとも異物が眼孔に入った衝撃と困惑か。

ハイエナ擬きは俺の腕を放り出したかと思うと背中から不恰好に墜落し、そのまま翻筋斗打ってのたうち回る。

その度に、眼球が潰えた空っぽの孔から水鉄砲のように真っ赤な血が勢いよく飛び散る。

蛇口に繋いだままホースが踊り狂うようにして水を吹き出す様を思い出し、何だか愉快な気分になってきた。

 

アドレナリンを初めとした脳内物質が引き起こす、異様な高揚感と万能感に侵されている自覚がある。

俺はすかさず背に抱えた矢筒から投槍の一本を取り出すと、血涙を流すモンスターの頭を右足でしっかりと踏みつけて狙いを定めた。

 

 

「死ね」

 

 

両手で竹製の細槍をしっかりと握りしめ、杭を打ち込むようにして獣の首すじに力の限り突き刺した。

 

 

「エギョッ⁉︎」

 

 

ハイエナ擬きは潰れたカエルのような悲鳴を一瞬漏らすとそのまま静かに絶命。

種族人間を獲物としか見ていなかった狩人気取りのモンスターは、その人間様の手で呆気なくくたばった。

 

 

(やっぱり俺、強くなってるよな)

 

 

人心地ついた俺は串刺しにされたハイエナ擬きから包丁槍を引き抜きつつ、静かに思考に浸った。

 

この夢のようで糞ったれなファンタジーに侵されつつある世界は、紛れもなく現実だ。

だからこそ俺達人間は中途半端に現実世界のリアルな縛りから抜け出す事が出来ない。

幻想の世界からの侵略者であるモンスター達のように、敵を殺してレベルアップする事で身体能力をガッツリと強化する、なんて事は出来ない。

魔法のような不思議スキルを使う事も出来ない。

それはモンスターだけの特権だ。俺達人類にとってあまりにもファンタジー世界は過酷な現実を強いて来るのだ。

だがそれは種族人間の存在を否定する訳でも無ければ、その成長を否定している訳でも無い。

俺達人間は当然、身体を鍛える事が出来る。精神を鍛える事だって出来るのだから。

 

サバイバル生活を始めてからの日々はとてつもなく濃厚で刺激的な日々の連続だった。

与えられるがままの惰性的な平和に肩までドップリと浸かっていた、学生として過ごしてきた人生の何と腐敗したものだったのかと嘆きたくなる程に。

この世紀末世界の一日一日が激動と苦悩の連続だった。

 

獲物を狩るにしても、まず気付かれ無いように接近する足捌きから学ばなければいけない。

目の前で生きている命を奪わなければいけない。

殺す為の心構えや技術が本能に刻み込まれるまで繰り返さなければいけない。

そして獲物の血と臓物に塗れながら解体して、その肉塊を運んで処理しなければならない。

思い起こせば一つ一つは簡単な事だが、それをルーチンとするにはかなりの体力と覚悟が必要だ。

 

スマイル頼みの狩りとは言えども、場合によっては俺だって身体を張らなければならない。

獲物の勢いを反射しきれず弾丸の如く吹っ飛んだスマイルを抱き止めたと思ったら、勢いを殺せずにそのまま二人してぶっ飛ばされた事もある。

油断していたところを怪鳥の奇襲を喰らい、魔法のような突風に煽られて激しく吹き飛ばされて全身を打ち付けた事もある。

ネズミやビーバー。ハイエナ擬きに噛み付かれて骨が露出した事だって。

数えればキリが無いほどの痛みと経験を重ねて来たのだ。

 

 

俺はゲームの主人公のように劇的に強くなる事なんて出来ない。

魔法もチートスキルも使えない。

 

だが死線を潜り、痛みに慣れ、技術を学ぶ事は出来る。

その小さな積み重ねの結果がコレなのだ。

人喰いハイエナ擬きの10や20。今の俺からしたらただの雑魚だ。

 

 

「この感覚は確かに麻薬だな」

 

 

痛みを忘れて熱に浮かされたせいか、らしくも無い台詞が俺の口から零れ落ちた。

 

 

「ナノー‼︎」

 

 

可愛らしくも頼もしい相棒の雄叫びに釣られて、思考を放棄して振り向くとそこには予想通りの光景が広がっていた。

 

俺達を囲うようにして出迎えた計10匹のハイエナ擬きの群れ。

中心に立ったリーダーらしき身体の大きな奴が一吠えすると、大半はスマイルの方に標的を定めて襲いかかったのだ。

果たしてそのコミカルで小さな見た目から弱者だと判断したからなのか、それとも本能でレベル差を感じて強者だからと判断したのかは分からない。

だが俺が傷だらけになりながら三匹の獲物を仕留めている僅かの間に、その倍の数がスマイルの周囲に転がっている。

見るからに瀕死状態で気絶しているか、死んでいるかのどちらかだろう。

 

考えてみればスマイルには出会った当初ですらほぼ無傷で同種族のモンスター2匹を戦闘不能に追い込む実力があったのだ。

それにも関わらず現在は少なく見積もっても20回以上のレベルアップを果たしているのだ。

しかもどんな傷でもしっかりと回復してくれる奇跡の実も常備している今、100や200ならまだしもハイエナ擬きの10や20は物の数でも無いのだろう。

 

 

「キャインッ⁉︎」

 

 

ガツンと反射スキルの音が響いた。

よく見ればリーダー格のハイエナ擬きがヤケクソ気味にスマイルに特攻を仕掛け、スキルの餌食になり反対方向に吹き飛んで行く光景が見えている。

群れのボスなだけあってレベルが高めなのだろう、空中で器用にもバク宙するように体制を立て直し、唸り声をあげている。

だが致命傷には至らずともそのダメージは甚大だったのだろう。

だがその瞳からは闘士の炎はすっかり鎮火し、むしろ恐れからか涙に潤んで震えてみえる。

足元はフラつき、威嚇の声も明らかに弱々しい。

 

 

「エウッ……エナ‼︎」

 

 

まるで捨て台詞を吐きすてる三流悪人のような仕草で一つ吠えたかと思うと、そのままハイエナ擬きは脱兎の如く俺達から逃げ出して行った。

だが殺しにかかって来たのだから、そうは簡単に逃げられない。

このまま放っておいたところでスマイルの凶悪スキル『影踏み』の餌食になるのだろう。

必勝のパターンがすっかりハマったのだ。

 

 

「ナーノナーノナー」

 

 

だがここで我が相棒が奇妙な動きを見せた。

 

 

「ナーノナーノナ! ナーノナーノナ‼︎」

 

 

スマイルは何故か突然、一定のリズムで歌うように鳴き声をあげながらそれに合わせて手拍子を始めた。

一体何が起こるかと思いきや、不思議な事にスマイルの歌声に呼応するかのようにして逃走していた獣がボンヤリと光り出した。

しかもその光り方が、何というか独特なのだ。

 

 

(スポットライト? か、アレ?)

 

 

どこにも照明器具など無いというのに、まるでハイエナ擬きの頭上からピンスポットが照射されたかのようにしてクッキリとその姿を照らし出した。

霞んだ月光の他に明かり一つ無い夜の闇に浮かぶようにして輝くそのライティングは、まるで敵前逃亡を計る負け犬が舞台役者にでも変身したかのような錯覚を覚える程。

モンスターが起こす超能力や魔法のような謎スキルは何度も見て来たがコレは一体どんな効果があるのか、とんと見当がつかない。

暗闇でも敵を見失わないような、マーキングのようなスキルだろうか。

 

 

「ナーノナーノナ! ナーノナーノナ!」

 

 

スマイルの鳴き声。それから、ポフッポフッと気の抜ける三拍子の拍手の音が暗闇に響いて溶けていく。

その度にハイエナ擬きのスポットライトはギラギラと輝きを増す。

すると遠くへ走り出している獣の様子が次第におかしくなった。

 

最初は小さな変化だった。

先ず尻尾を捲って逃走していたハイエナ擬きの脚が徐々に失速していった。

『影踏み』の射程範囲に達し、逃げられなくなったのかと思ったがどうやら違うらしい。

スポットライトに照らされた獣は完璧に停止したかと思うと、今度は次第に身体が震え出す。

やがて此方に向き直ったかと思うと、逃げ出した道をなぞるようにして再びスマイルに向かって勢いよく駆け出して来たのだ。

 

 

(逃走を諦めて反撃に移っただけか?)

 

 

この暗闇の中、不自然に浮かぶようなピンスポットに照らされたら確かに逃げようにも逃げられない。

それを察して玉砕覚悟で再び闘志を燃やして勝負を挑んで来たのかと察したが、その考えは直ぐに破棄した。

此方に向かって駆けてくるハイエナ擬きの表情が、次第に鮮明になって来たからだ。

 

何というか、一言で表すと泣きべそをかいていた。

涙を零してイヤイヤと首を振り、キャンキャンと許しを請うような媚びた声で鳴いている。

にも関わらずその脚は速度を緩める事なく、スマイルに一直線に向かっているのだ。

そう。『闘いたくないのに、身体が勝手に動いている』かのように。

 

 

(強制的に攻撃を誘発させているのか?)

 

「ナーノナーノナ! ナーノナーノナ!」

 

 

リズミカルな手拍子と鳴き声。

それに釣られて、まるで『先程の攻撃を再現するかのように』ハイエナ擬きは歯をむき出しにしてスマイルに近付いていく。

 

 

突然だが、我が小さな相棒の能力を思い出して欲しい

小さな身体にお似合いのチョコマカとした素早い動きは相手を翻弄するが、逆にその見た目を裏切るかのような強大なタフネスと防御力を持っている。

そして極め付けはあらゆる攻撃を反射して膨大なダメージをお返しする『反射』スキルに、敵の逃亡を阻止する『影踏み』スキル。

そんな理想的なタンクポジションのスマイル。

だが、彼には決定的な弱点がある。

それは自発的な攻撃手段が余りにも乏しい点だ。

 

反射スキルは凶悪だが受動的なものなので、相手側が攻撃してくれなければ意味が無い。

影踏みに関しても相手が逃げ出そうとしなければ。つまり此方を脅威的存在だと認識してくれなければ無用の産物と化してしまう。

 

他にスマイルが取れる攻撃手段と言えば精々が何か物を投げつけるか、高く飛び跳ねてから軽く踏み付けるくらいだろう。

だが、こんなものでは対人戦はともかく対モンスター戦ではダメージを与えられず、攻撃手段としては成り立たない。

コレでは相手が持久戦を望んだ場合、千日手になる可能性がある。

 

だが、もしも。もしも、だ。

もし『相手を強制的に自分に攻撃させるスキル』をスマイルが会得していたとしたら。

スマイル本来の性能と組み合わせた時、非常に強力な。否、凶悪なカウンターモンスターと化すのでは無いだろうか。

 

 

(手拍子とリズムに乗せて敵の攻撃を煽る……いや、動きから見るにして前ターンの攻撃を強制的に繰り返させるスキルか)

 

 

名付けるならば『リプレイ』か。

いや、あのライトの演出とスマイルの動きから『アンコール』とでも名付けるべきか。

そんな事を考えている内に、操られるままの獣は最早駄々をこねる子供のように必死で鳴き喚きながら首をバタつかせるも甲斐は無し。

強制的にリプレイさせられた噛み付き攻撃の動作でハイエナ擬きはスマイルに飛びかかった。

その瞬間、チラリと小さな相棒がこっちに視線を向けるのに気付いた。

相棒の合図を受けて俺は一つ頷き、声を張り上げる。

 

 

「スマイル! こっちに打ち上げて寄越せ‼︎」

 

「ソーナノー‼︎」

 

 

俺の声に笑顔で応えたスマイルは身体の角度を大きくずらし、身体を半身にしてこちらに向けた。

相棒の目と鼻の先には悲痛な未来から必死に怯えて震える哀れな負け犬が大口開いて突っ込んで来た。

 

ガツン! と周囲が震える程の大きな衝撃音をが鳴り響いた。

綺麗な放物線を描くようにして此方に吹っ飛ばされたハイエナ擬きはピクリともせず、もしかしたら既に事切れているかもしれなかった。

だが戦いの熱にすっかり染まった俺には関係無い。

暴力的な衝動をそのままエネルギーに変換し、右腕に握ったボーラを今日一番の勢いで激しく回転させた。

やがて俺の頭上に獣が落下してくる。このタイミングだろう。

俺は肩を一つ大きく回し、爪が食い込むほど強く右手を握り締めた。

 

 

「くたばれファッキン・ファンタジー‼︎」

 

 

狂気的な闘争心をぶちまけるような雄叫びと共に振り抜いたボーラは獣の顔面にクリーンヒット。

骨と何かが砕けて潰れる触感と共に、錘部分のストッキングが弾けて破れて小石が辺りに散乱。

会心の一撃を受けたハイエナ擬きはそのまま一直線に吹っ飛び、拠点西側の小窓の下に落ちていく。

 

 

「ホールインワンだな」

 

 

落下する勢いのまま、窓の下に設置した落とし穴に吸い込まれるように落ちていった。

今頃は穴の下の中で全身串刺しになっている事だろう。

二回も反射攻撃を喰らい、さらには顔面を殴打して骨を砕かれ、駄目押しに全身串刺しとは飛んだオーバーキルだ。

間違ってもこんな死に方はしたくない。

 

溜め息一つ。

身体の熱はようやく落ち着き、アドレナリンの分泌もようやく落ち着いてきたようだ。

今更になって噛まれた左腕を始めとした、身体の細かい傷の痛みがジワジワと染み出すように主張してきた。

 

 

「あー何か変にハイになってたな。戦時中の兵士ってこんな感じなのか?」

 

「ソーナノー?」

 

「まあ、詳しくは知らないけどさ。あー、やっぱり痛いもんは痛いわ」

 

 

涙目になりつつパーカーのポケットから自作の簡易皮袋を取り出し、その中から奇跡の実を取り出して半分に割る。

スマイルと二人で分け合いながら食すと、あっという間に身体中の傷が消えていった。

スマイルも元気良くピョコピョコと跳ねている。

 

 

「やっぱ何度喰っても慣れないな。皮膚が再生するシーンって純粋にキモいわ」

 

「ナノー?」

 

「まあ、今更か。にしても夜襲食らうとはなー。ジビエが原因だよな、やっぱ」

 

 

胸に飛び込んで来たスマイルを抱き締めて撫で回しながら後悔の言葉を呟く。

 

油断していた。このサバイバル生活に慣れきって、緊張感が欠けていたのだろう。

今回は戦い慣れた格下の群れだったから軽々と無双できたが、次回もそう都合良く行くとは限らない。

また気を引き締め直すべきだろう。

 

 

「こんな事が二度と起こらないように、明日から心を入れ替えてしっかりやっていこうな」

 

「ソーナノー」

 

 

決意を固めると同時に、強烈な眠気が襲って来る。

気がつけば胸元のスマイルと共に大きな欠伸が一つ口から漏れ出た。

いくら奇跡の実とは言え、眠気や気疲れまでは癒せないのだ。

いくら戦い慣れたとは言え根っこはバリバリの小市民だ。

夜はしっかり寝ておきたい。

 

 

「まあやるべき事はとりあえず明日でいいか。寝ようぜスマイル」

 

「ナノナノー。ソーナノ……」

 

 

死体の処理を始めとしたやるべき事は幾らでもあるが、今日だけは明日に先送りしよう。

クシクシと片目を擦って眠気を我慢するスマイルに癒されつつ、俺達は拠点に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

その瞬間。

 

 

 

 

「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎」

 

 

背筋が凍り、心臓がピシリと一時停止した。

ゾワゾワと全身を虫が這うような悪寒と共に身体中から冷や汗がドバッと吹き出す。

 

 

スマイルと共に恐る恐る振り向いたその先にヤツは居た。

 

ハイエナ擬きの真のリーダーなのだろう。

圧倒的に体格が大きく、威圧感が大きく。

そして何より、明らかにモンスターとしての『格』が違う偉大な存在がそこに悠々と立っていた。

 

しっかり右手に握っていた筈の槍がポトリと落ちた。

気が付けば身体は震え、今にも失禁しそうだ。

この感覚は知っている。

ヤツと同じだ。あの『季節を司る大鹿』に感じた圧倒的な絶望感と同じだ。

 

 

その巨大な咆哮に。

その鋭い眼光に。

 

そしてその強大な存在感に俺の全てが停止した。

 

 

「……ハハハ。ラスボスの登場かよ」

 

 

理不尽は何時だって此方が油断した時にやってくる。

嫌という程に学んだはずなのに、まるで不意打ち騙し打ちを喰らったようで心底嫌になる。

ああ、天に召します糞神様よ。我が呪詛をどうか聞き届け給え。

 

 

「くたばれファッキン・ファンタジー‼︎」

 

 

俺が空元気を振り絞って涙混じりの悪態を叫ぶと同時に、赤眼のハイエナは大地を震わす轟音の咆哮と共に襲いかかって来た。




アンケートありがとうございました。
更新優先で頑張ります。

今後の展開

  • 本編を早く進めて欲しい
  • 番外編を進めて欲しい
  • ソラが主役の話が読みたい
  • 新キャラを沢山出して欲しい

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