現実世界にポケモンをぶち込んだらサバイバル系B級パニック物になってしまった   作:ケツマン

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話がようやく進むー


2ー7

「グルアアアアアアアアア‼︎」

 

 

大気が震え、草木を揺らす。

つい先程までの戦いの熱も、勝利の余韻も全てを吹き飛ばした。

 

咆哮一つ。

それだけで俺の身体は驚き竦み上がり、恐怖で肌が泡立って行くのが分かる。

過度の緊張で身体中の筋肉があっという間に硬直し、胸元に抱いたスマイルがコロリと転げ落ちた。

 

 

(化物だ……‼︎)

 

 

唯の鳴き声一つ。

それだけでこちらの気勢を悠々とへし折る様は、明らかに今までの格下との格の違いを証明していた。

強敵への恐怖とプレッシャーでつい先程まで果実を頬張っていたにも関わらず、口の中がカラカラ乾いて大きく唾を飲み込む。

 

 

「グラアッ‼︎」

 

 

そして気が付いた時には目の前の巨獣は既に大地を大きく抉りながら、疾風の如く駆け出していた。

 

 

(速い⁉︎)

 

 

その速度は今まで相手にしていたハイエナ擬きとは比べものにならないものだった。

目測30メートルはあった距離を一瞬で詰め寄ると大きく避けた牙を剥き出しにして襲いかかろうとしている。

その異常な俊敏性に驚愕しつつも、どうにか自分に喝を入れて凍り付いた身体を動かす。

しゃがみ込んで転がり回るような無様な形だが、地面に尻餅をついて呆然としていたスマイルを辛うじて抱きかかえ、横っ飛びで避ける。

 

その瞬間、頰を切り裂くように一陣の烈風が吹き荒ぶ。

すれ違いざまに頰を叩きつける暴風が赤眼のハイエナの速さを物語っている。

あの勢いで牙を突き立てられたら、肉と一緒に骨まで噛み砕かれるのではなかろうか。

 

 

(デカくて速くてパワーもあるとか、どうすりゃいいんだよ⁉︎)

 

 

すぐさま受け身を取って跳ねるように獣へ向き直ると、奴は前脚を軸にガリガリと大地を削りながら急速なターンを掛けて此方に振り返った。

旋回した後脚が激しく大地を抉るって砂煙を巻き起こす様は、ハリウッド映画で良く見る高速のカーチェイスを思わせる。

夜の暗闇に靄をかけるように立ち昇る砂煙。

その奥から滲み出るようにして響く、重く低い唸り声はまるで地獄の悪鬼のような執念深さを匂わせた。

絶対に逃がさない。暗闇にぼんやり光る真っ赤な眼光は殺意と飢えに燃え上がっている。

 

やがて静かに風が吹いた。

砂煙が晴れて行き、霞んだ月光が弱々しくも夜闇を照らすと徐々に新たなる強敵の全貌

が浮かび上がったきた。

 

 

意外にも体高は1メートル程だった。

恐らくは今まで相手をしていたハイエナ擬きの近縁種、もしくは上位種か何かなのだろう。

その配色や身体つきは先程まで戦っていた小さな獣と似通った部分が多く、親子の関係と言われても遠目には納得出来たかも知れない。

だがその身体以上に大きく見せて相手を圧倒する強者独特のプレッシャーは今までの弱者とは隔絶した存在感を主張している。

 

顔の形は小型犬やハイエナというよりも、狩猟犬や狼のように険しく獰猛な物に。

金色の眼光が特徴的だったハイエナ擬きに対して、執念と殺意を燃え滾らせるように不気味に煌く瞳の色は紛れもない真紅。

より発達したマズルに、生理的な嫌悪を覚える程に大きく大きく裂けた口。

そしてその顎から、はみ出るようにして覗いている鋭い牙はその一本一本が非常に重厚で過剰なまでに鋭利。

 

仮にこの『赤眼の牙狼』がハイエナ擬きの親玉だったと考えても、ファンタジー世界で言うならば、今まで戦って来た格下がコボルドのような雑魚。

対して此奴はコボルドキング。否、ワーウルフやフェンリルなどの上位個体やボスキャラと言っただろうか。

それ程までにレベルが違うのだ。

 

 

(避け続けるのはジリ貧だ。なら攻めるしかねーけど、あの早さじゃ俺は何も出来ない。だが、あそこまで凶暴な奴にスマイルの反射だけじゃ……)

 

 

腕に抱えた相棒を見やる。

想像通り、元から青い顔を真っ青にして小さく震えている。

狩りの獲物を探している時に敵わないと判断したモンスターを見た時と全く同じ反応だった。

 

スマイルの反射スキルは非常に便利だが万能では無い。

相手が攻撃してこないと使えない。という意味では無く、厳密に言うと反射スキルは『攻撃そのものを反射している訳では無い』のが一番の弱点なのだ。

便宜上、反射と名付けているが本来このスキルは『自分が受けたダメージ分を上乗せして、相手に衝撃を与える』というもの。

つまりは攻撃を一度確実に受け止めなければならないので、どう足掻いてもスマイル自身はダメージを受けなければならないのだ。

それ故にあまりにも強すぎる一撃を受けてしまてば、反撃の間も無く瞬殺されてしまう可能性だってある。

もちろん大きなダメージを受ければ受ける程に相手へ返すダメージも倍増するが、スマイルの負担と死へのリスクは大きくなっていく正に諸刃の剣なのだ。

 

 

(スマイルの反射で受け止められるのか? 無理なら逃げるしか……いや、あの脚の早さじゃ逃げ切れない!)

 

 

脳内にて様々な選択肢が浮かんでは速攻で消えていく。

モンスターパニックが起こってから初めての格上との正面決戦に、俺はすっかりパニックに陥っていた。

 

その僅か数秒にも満たない隙を見逃してくれる程に敵は甘くなかった。

態勢を低くしながら重圧的な唸り声を上げていた赤眼の牙狼は首を跳ね上げるようにして天を仰いで大きく顎を開いた。

まるで狼が月に向かって吼えている。

そんな画になるような構図に見惚れている暇など無かった。

何故なら裂けるようにして大きく開かれた顎の中から、僅かに浮かぶようにして何かが『闇色に輝いていた』のだ。

 

 

(何だアレは⁉︎)

 

 

漆黒に煌めくオーラの塊のようなものは球形からゆっくりと形を変えて、ドーナツぐらいの大きさのリング状になった。

もしやレーザーでも吐き出すのかと思い、俺は直ぐに動けるようにスマイルを投げるように降ろすと近くに落ちていた槍を拾い上げて体勢を立て直す。

だが、いつでも迎撃する為にとった咄嗟の行動は大きな間違いだった。

あの時の俺は、耳を塞いで身体を伏せておくべきだったのだ。

 

 

「GURAAAAAAAAAAA‼︎」

 

 

爆発。それは音の大爆発だ。

周囲の空気が破裂したかと思わせる音の爆撃は先程までの威嚇の為の遠吠えなどとは明らかに違うものだった。

赤眼の牙狼の爆発的な叫喚に合わせ、その口内に浮かんでいた謎のリングが大きく膨れあがったかと思うと炸裂。

月光に霞んだ夜の闇よりも遥かにドス黒く色づいた漆黒の衝撃波を周囲に放出し、辺り一面に無造作弾け飛ばしたのだ。

その衝撃の強さたるや。

牙狼を中心に大地を破り地震を巻き起こし、大気を震わし砂嵐を起こす程。

一生物の声とは思えない程の圧倒的な音の暴力。

その脅威性に俺がようやく気付いた時には既に遅かった。

 

 

「ぎゃあああああああああああっ⁉︎」

 

 

激しい頭痛と同時にフワリと身体が浮き上がった。

身体の自由が奪われたと自覚したと同時に、紙屑にでもなったように簡単に背後に吹き飛ばされ背中から地面に打ち付けられたのだ。

 

 

「ぐはっ‼︎」

 

 

何度も地面にバウンドした衝撃で肺の奥から強制的に空気が押し出され、上手く呼吸が出来ない。

どうにか立ち上がろうにも脳味噌が掻き混ぜられたかのような頭痛と激しい吐き気。さらには目眩まで起こり、身体が全く言う事をきいてくれない。

それからガラス戸を引っ掻き回したような激しく甲高い耳鳴りが脳内を占拠し、それ以外の音が一切聴こえないでないか。

 

 

(こっ、鼓膜が破れたのか⁉︎)

 

 

想像以上のダメージに戦慄が走るも、音の爆撃は止まってはくれない。

赤眼の牙狼は、そのまま捲し立てるようにして凶器と化した咆哮を機関銃のように放ち続ける。

 

 

「ぐっ⁉︎……うごっ‼︎……」

 

 

その度に俺の身体は激しい頭痛と耳鳴りと共に何度も何度も吹き飛ばされ、身体が言うことを聞かないままに満身創痍にまで追い込まれた。

 

 

「ぅぐ……ぢぐじょう……」

 

 

三半規管がやられたのであろう。

既にまともな平衡感覚は失われ、蹲っているにも関わらず世界がグルグルと激しく回転している。

一向に治らない激しい耳鳴り。

内臓がシェイクした事により催したこれ以上の無い吐気にどうにか耐え、ようやく顔が顔を上げたその時。

 

 

「グラアアアアアア‼︎」

 

 

目の前には牙を剥き出しにした獣が既に飛び出して来ていた。

聴力が完璧に奪われた今、距離感が全く図れずに此処までの接敵を許してしまったのだろう。

 

 

(マズイ)

 

 

グラつく脳味噌を急速に回し、槍を突き出そうとするも身体が言う事をきかずに愚鈍な動きを晒すのみ。

その牙が俺の首元に喰らいつく、その直前。

 

 

「ソーナノー‼︎」

 

 

相棒は俺を見捨てる事は無かった。

 

反射スキル独特の鈍い衝撃音を立てながら牙狼を迎撃。

だがその衝撃は小さな身体で受けきるにはあまりに強大だったのか、勢いよく俺の胸元に弾け飛んで来た。

 

 

「ぐふっ⁉︎」

 

「ナノッ‼︎」

 

 

何とか抱きとめるもスマイルの衝撃は殺せず、そのままぶっ飛ばされるようにして背中から倒れこむ。

何度も地面をごろごろと転がり、ようやく勢いが止まった時には全身の痛みがぶり返して涙が止まらなくなった。

 

 

「オエェッ……‼︎」

 

 

それと同時に我慢の限界に達し、血混じりの鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら大地に激しく吐瀉した。

まともに身体に力が入らず、下半身が急速に湿っていく。ああ、失禁したのか。

この歳になって漏らした羞恥のせいか、はたまたモンスターの圧倒的な凶暴性に打ちひしがれた恐怖のせいか。

俺は汚い体液に混じりながら顔をグシャグシャにして震えて泣いた。

 

 

「ナノ! ソーナノー‼︎」

 

 

不意にスマイルが鳴いたかと思うと、胸元に抱いた温もりが跳ねるように抜け出した。

恐らく闘いに行ったのだろう。触れる事すら無く、唯の咆哮一つで人間を瀕死に追い込むあの怪物に立ち向かう為に。

 

 

「ず……ずまびるぅ……」

 

 

目まぐるしく歪む視界の中、どうにか気力を振り絞る。

震えながら立ち上がり、どうにか涙を拭って小さな相棒を目で追った。

そこには、正に人知の及ばぬモンスター同士の闘いが繰り広げられていた。

 

 

「グラアアアッ‼︎」

 

「ナノッ! ナノッ‼︎」

 

 

赤眼の獣は周囲を駆け回りながら、牙を剥き出しにして隙あらば噛み付いて行く。

スマイルは跳ね回りながら攻撃を避け、時に反射を仕掛けて反撃している。

そう表すしか無いような、唯、それだけの単調な動作の応酬なのだ。

それら全てが目で追うのもやっとの速度で繰り出され、衝突の度に激しい轟音と共に小さな衝撃波を生み出していなければの話だが。

 

赤眼の牙狼はまさに漆黒の烈風だった。

残像を残しながら縦横無尽にスマイルを翻弄するように駆け巡り、隙を見つけては牙を剥き出しにして小さな身体を食い破らんとしている。

対してスマイルも負けてはいない。

いつもの狩りとは比べものにならない速度で跳ね回ってはひたすらに避けまくる。

避けきれない攻撃を反射する時も敵を大地に叩きつけるように角度を調整し、最小の動きで最大のダメージを与える理想的な立ち回りを演じている。

 

 

(凄ぇ……)

 

 

決して人類が到達する事の出来ない激戦の光景に、俺は先程までハイエナ擬き相手に無双して調子に乗っていた事が恥ずかしくなった。

これがモンスターの力なのだ。

種族人間が逆立ちしても勝つ事の出来ないファンタジー世界の住人の力。

圧倒的なスピード、パワー。銃器さえも通用しない驚異的なその膂力。

映画やフィクションでは感じる事の出来ない熱は、満身創痍の俺の痛みを忘れさせる程の迫力を持っていた。

 

だが物事にはいつだって終わりがある。

 

 

「グラアアアアアア‼︎」

 

「ナッ……ナノ⁉︎」

 

 

力負けしたのか、それとも元の膂力の違いがここに来て顕著に現れたのか。

牙狼の電光石火の如く突進がスマイルの反射スキルの対応速度すら上回り、その小さな身体を軽々と弾き飛ばした。

 

 

「ナ……ノ……」

 

 

全身を傷だらけにし、なおかつ立ち上がろうとするスマイルの顔は血と涙に濡れていた。

 

勝てない。

 

恐らくスマイル自身はとっくに。それこそ、闘いに挑む前から分かっていた筈だ。

だと言うのに彼は愚直なまでに格上の相手に挑み、こうして食い下がっているではないか。

何故か。そんな理由はわざわざ考えるまでもなかった。

 

 

(スマイル‼︎)

 

 

俺の為だ。

虚弱で、惰弱で、脆弱な。

あまりに脆く、あまりに危うく、あまりに弱い。

そんな劣等種である人間の為。俺の為に戦っているのだ。

 

餌付けをした。共に狩りをした。一緒に飯を食った。同じ寝床で眠った。抱きしめて頭を撫でてやった。

一ヶ月にも満たない短い想い出。ただそれを守る為だけに。

種族も力も何もかもが違う、相棒たる俺を守る為だけに闘っている。

 

そして、たった今。

 

 

「エナアァ……」

 

 

勝利の余韻に浸り加虐的な笑みを浮かべる牙狼に組み付かれ、噛み殺されようとしているのだ。

 

俺はそんなスマイルの命の危機を目の前にして。

 

 

(見捨てよう)

 

ストン、と。何かが胸に落ちる気分だった。

深く考え込むまでもなく俺は簡単に結論出していた。

確かにスマイルには恩がある。

命を救われて、狩りを手伝ってもらい、知識不足のサバイバル生活において何度も助けてもらった。

スマイルが居なければ俺はとっくの昔に死んでいた事だろう。

もちろん、助けてやれるなら助けてやりたいとは思っている。これは紛れも無い本音だ。

 

 

(いや、勝てる訳無いじゃん)

 

 

だがあくまでも、俺が助けられる範囲ならの話だ。

先ほどのハイエナ擬きや何度も狩りの獲物にして来た小鳥や鼠のモンスターならともかく、あんなのに勝てる訳が無い。

助けに行ったところでアッサリと返り討ちになる事は想像に難く無い。

命あっての物種なのだ。何が悲しくて自殺などしなければならないのか。

 

 

(というかスマイルが喰われようとしてる今がチャンスだよな)

 

 

そうだ。そもそもスマイルだって勝てないのは察していた筈だろうし、ここで俺が逃げ延びる事こそが相棒の献身へ応えるたった一つの冴えたやり方という奴では無かろうか。

幸い赤眼の牙狼は思わぬ歯応えのある獲物を痛ぶる事に夢中になっている。

明らかな格下である種族人間が逃げ出したところで飢えさえ満たせれば追って来る可能性は低いだろう。

 

 

(逃げるか)

 

 

そうと決めれば行動は早かった。

思考は驚くほど冷静だったし、この行動を第三者に非難される事はあったとしても間違いは無かったと胸を張れるつもりだ。

俺は自分の身が可愛いのだ。自分さえ無事ならそれで良いのだ。

人間なんて突き詰めればそんなものだろう?

 

 

(よし。理論武装完了)

 

 

俺は痛む身体と歪む視界を気合で押し留めると、一目散に駆け出した。

 

不意に死にかけのスマイルと目があった。

貼り付けたような変わらぬ笑顔だというのに、まるで「信じられない」と器用な事に表情一つで絶句したような心情を表していた。

申し訳無いとは思っている。

 

俺も、俺自身がこんな人間だとは思ってはいなかった。

 

 

(いや、ここで逃げなきゃ唯のバカでしょ)

 

スマイルの顔を見ていたら、軽く鼻で笑ってやる余裕すら出てきた。

何度でも謝罪してやりたい気分だ。だがもう決めてしまった事なのだ。脚は駆け出しているのだ。

 

 

(あーあ。やっぱ俺って最低の人間なんだなあ)

 

 

全身の力を滾らせてひたすら脚を動かした。

『右手に槍を握りしめて』スマイルのいる方向へ全力疾走だ。

景色が目まぐるしく変わっていく中、目標の牙狼の背がドンドン大きくなっていく。

 

 

(命賭けて囮やってくれたのに、無駄にしちまったよ)

 

 

 

 

 

「死ねやあああああああああああああ‼︎‼︎」

 

「ギャオ⁉︎」

 

 

スマイルに首ったけになり、完全に油断していた牙狼に近づくのは用意だった。

文字通りの死力を尽くした突撃。

スマイルの上から弾き飛ばすと同時にその横っ腹に両手で構え直した槍を力一杯突き刺すと同時に、俺は勝利を確信した。

 

 

 

ボキリ

 

 

 

「えっ」

 

 

簡単な話だった。

レベルアップを重ねたモンスターは人智を超えた力を手に入れる。

そう、呆れるくらいに簡単な話だったのだ。

レベルアップを繰り返す事よって銃弾をも弾き返す防御力を手に入れるモンスターに『刃物など効くわけが無い』のだ。

 

 

「んぉ?」

 

瞬間、俺は宙を舞っていた。

やがて激しい衝撃。全身に激痛。

再び浮遊。違う、振り回されてる。

左腕だ。噛み付かれている。

衝撃。地面に叩きつけられた。

鼻が折れて、目の前に星が散る。

痛みよりも不快感と浮遊感、走馬灯のように変わる眼前の景色に酩酊したような気分になった。

 

 

「グラ」

 

 

再び振り回される感覚の後、大きく跳躍した。

俺は空を飛んでいるのか。

が、両足から嫌な音を立てて大地に激突した衝撃で夢から覚める。

恐らく、噛み付かれ、振り回され、投げ捨てられたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

(あーあ。馬鹿みてえ)

 

 

格上との予期せぬ対決。相棒のピンチに颯爽と登場。

二人は力を合わせて勝利を収める。これにて一件落着、めでたしめでたし。

 

馬鹿丸だしだ。

結局俺のした事はこれから死体になる人数が増えるだけ。

傷一つ碌に与えられずに、まるで虫ケラを払うかのような扱いでこうして死に掛けてる始末だ。

 

まるで自分が物語の主人公にでもなったと痛々しい勘違いをしていたというのか。

ここまで来ると一層笑えて来る程だ。もはや痛みが酷く、声すらまともに上げられないのが残念でならない。

 

心の何処かでは理解していた。

決して自分が特別な存在などでは無いなんて事は。

 

それでも何処かで、ほんの少しだけ。

無意識にも甘ったれた期待をしていたのかもしれない。

この地獄を生き延び、掛け替えの無いパートナーと出逢った。

そんな、まるで御伽噺のような日々を生き抜いて来た自分自身こそが。

 

そう、俺こそが物語の主役なのだと。

俺は主人公なのだと夢を見ていたのかもしれない。

 

 

「ーーーーーーー‼︎‼︎」

 

 

遠くの方から何かの声が轟いた。

もはや自分の耳ではまともな音一つすら拾う事は出来なかった。

だが周囲の空気がまるで泡立つようにして激しく震え出すものだから、嫌でもその咆哮の力強さと敵意は感じ取れた。

 

間違いない。決戦(死期)が近いのだろう。

 

 

一層強く、甲高い耳鳴りがした。

身体が一気に冷えて、今まで以上の強烈な虚脱感が俺を襲う。

 

 

(死ぬのって、やっぱ痛いのかなあ?)

 

 

レーザービームのような細かい残像を残しながら、真紅の眼光は見る見る内に大きくなっていく。

烱々煌々と火花のようにスパークする赤が『死』と共に近付いて来るのをボンヤリと眺めながら、俺は静かに目を閉じた。

 

 

その瞬間。暗闇が晴れるように真っさらな光に包まれていく。

既に瞼を開く力すら無い俺には確認のしようが無いが、何か起きたのだろうか。

それとも人間死ぬ時は視界がホワイトアウトするような映画のオチのような決まりでもあるのだろうか。

 

 

 

「ーーー‼︎」

 

「ーーー‼︎」

 

 

殆ど機能しない役立たずの俺の耳が空気の震えを拾う。

何かが言い争いをしているのか、戦っているのか。

ほんの少し気にかかるが、死に逝く俺にはもはや関係の無い事だ。

 

死ぬ事に対して身構えていたような痛みは無かった。

身体がまるでフワリと浮くようにして力が抜け、この虚脱感がむしろ心地良い程だ。

そして思考までも夢幻に蕩けようとするその瀬戸際に、幻のようにスマイルの姿が見えた気がした。

 

 

(お前は生き残れよ。相棒)

 

 

最期の最後にスマイルの声が、俺の頭に大きく響いた。

今際の際にぼんやりと映ったスマイルの姿がヤケに大きく見えたのは何故だろうか。

 

 

そんな事を考えながら、俺は眠るように意識を失った。




・グラエナ かみつきポケモン(あく)
肉はポチエナより硬く臭みが強くなって食用には向いていない。
むしろその牙を加工してステーキナイフにする方がおススメ。

今後の展開

  • 本編を早く進めて欲しい
  • 番外編を進めて欲しい
  • ソラが主役の話が読みたい
  • 新キャラを沢山出して欲しい

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