現実世界にポケモンをぶち込んだらサバイバル系B級パニック物になってしまった   作:ケツマン

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あけおめことよろ。2章の最終章で初めてまともなポケモンバトルするポケモン二次作品ってどう思います奥さん?


2ーED 転生者・中縹 花雄の選択

ー埼玉県某所・市民公園ー

 

 

すっかり荒廃し、まるで荒野か砂漠かと見間違う程に豹変した小さな公園の中。

奇跡的に原型を留めていたベンチに、薄汚れた学生服を着た二人の青年の姿があった。

 

 

「バケモン?」

 

「違うって、ポケモン」

 

 

学ラン姿で寄り添う大小の二人組はその身長差からか、仲の良い親子のようにも兄弟のようにも見える。

平和だった頃は学内のいけ好かない奴等に同性愛者では無いかとよく疑われ、からかわれたものだった。

平時では三分の丸刈頭だった頭部からそのまま伸っぱなしの黒髪は苔のように短いが、その心根を表すかの如く、針金のように硬い。

学生服を窮屈そうに着用した屈強な益荒男が怪訝な顔で口にしたそんな疑問。

それに隣でチョコンと腰掛けている華奢なもう一人の青年。

中縹 花雄(なかはなだ はなお)は苦笑いをしながら丁寧に答えた。

 

 

「ポケットモンスターが正式名称でね。それを略して通称ポケモンって訳だよ」

 

「ポケッ……いきなり下ネタかますなよハナ」

 

「いやいや、スラングの方じゃなくてね」

 

 

糸のように細い瞳を更に細くして花雄は困ったようにポリポリと頬を掻いた。

元より唐突無稽な話をしている自覚はあったし、簡単に信じて貰えるとは思っていなかった。

だが、どうやら自分の想像以上に親友への事情説明に手間がかかってしまいそうだからだ。

 

 

「あー。つまり、だ」

 

 

そんな友人の困ったような顔色を見て気まずげな声を出した大男。

黄土 童子(おうど どうじ)はゆっくりと話を噛み砕き、今までの説明を自分なりに整理してみせた。

 

 

「ハナはラノベとかでよくある、前世の記憶がある転生者」

 

「うん」

 

「そしてその前世ではこの現代と殆ど変わらねーが、ポケモンっていうゲーム作品が存在して大人気」

 

「アニメやカード、アプリに映画まで出たからねえ」

 

「そんでもって今目の前にいる『コイツら』が……」

 

 

童子は目線を友人の膝の上に下ろした。

そこには水色のワニをデフォルメしたような、小さくも奇妙な生き物がチョコンと座っている。

遠目から見たらヌイグルミや小さなマスコットキャラクターにしか見えないだろう、そいつは今まさに瞬きをして不思議そうな瞳を彼に向けている。

 

 

「ワニャニャ?」

 

 

鳴いた。

ワニというよりかは猫のような、奇妙な鳴き声だ。

童子の眉間に皺が寄る。

どっからどう見ても目の前の生き物がまともで無い事は、世界が荒廃してからの約一ヶ月

の間に痛いほど実感していたからだ。

 

 

「ポケットモンスター。縮めてポケモンだと」

 

「うん。そうだよ」

 

 

花雄はそう答えると柔らかな笑みを浮かべて、膝の上に座る相棒。

アクアと名付けた『ワニノコ』の頭を優しく撫で、そのしっとりとした鱗の触感を掌全体で愉しんだ。

ご主人による愛情の込もった繊細な愛撫に目を細めて、ウットリするその姿はとても可愛らしい。

世界崩壊待った無しのこの時代に不謹慎ではあるが、この愛しいパートナー達に会えた事に関してだけは神に感謝していた。

そんな花雄の様子に呆れたような視線を向ける童子は気を取り直すようにして口を開く。

 

 

「んで、ハナは前世の記憶がある人間達をSNSで探して、えーと。同人サークルみたいなのを作ってその前世のゲームを再現しようとしていた」

 

「うん。スマフォのアプリゲームでね」

 

「で、ようやく完成して、いざお披露目って時にポケモンが現実世界に現れて大暴れ。今に至ると」

 

「そういう事だね」

 

「……つまり、理由は不明だがフィクションの二次元キャラが何故か実体化して現代で大暴れしてる。って言いたい訳か?」

 

「うん」

 

「いや、うん。って言われてもだな……」

 

 

童子はのほほんとした親友の回答に重い溜め息を吐き出し、その大きな右手で自身の頭を抱えた。

それから獣が出すような重く低い唸り声をあげて考え込み、やがて隣に座る友人の顔を改めて観察する。

歌舞伎の女形を思わせる嫋やかな彼の表情はいつも通りの穏やかな笑顔だ。

だが付き合いの長い童子はこの童顔で細身の青年が、先程の三流パニック映画の筋書きのような妄言を至って真面目に言っているのがよく理解できた。

 

 

「ウパパー?」

 

 

間の抜けた鳴き声に釣られて童子は足下に視線を向ける。

そこには花雄の足の陰からこちらを恐る恐る伺っている、ウーパールーパーの変種みたいな二足歩行の謎生物の姿がある。

とりあえずコイツらがモンスターだと言うのは今更の話だ。

今までも散々見かけて来たし、何度も襲われて来たのだ。

納得せざるを得ないだろう。

 

 

「前世云々はともかく。つまり、このバケモンどもについてハナは専門家って事でいいのか?」

 

 

結局童子は面倒な事は先送りにして建設的な事を話し合う事にした。

元々目の前の親友はやや天然というか、彼独特の奇妙な世界観に生きている節がある。

態々それを否定して、この非常時に仲違いをする事だけは避けたかったのだ。

そんな友人からの不器用な心遣いを悟ったのか、花雄は穏やかな笑みを保ったまま困ったように口を開いた。

 

 

「うーん。僕は前世で第三世代までしかやってなかったからなあ。一応、アプリ制作では作画担当だったからそれ以降のポケモンも名前と見た目くらいは分かるけど、専門家って言える程じゃあ」

 

「待て、待て。第三世代って何だ? つーか世代って何の事だ?」

 

「何って、人気作だもの。そりゃ続編が作られるに決まってるじゃない?」

 

 

花雄は糸のように細い目をほんの僅かに広げてキョトンとした表情を浮かべた。

が、聴かされてる童子の方は堪ったものじゃない。

唯でさえ目の前の友人の破茶滅茶なカミングアウトのせいで混乱している上に、聴くべき情報がドンドンと増えていくではないか。

童子は自称転生者に知っている事を出来るだけ細かく、かつ丁寧に説明するように催促した。

 

 

「確か、八世代まで出てたんじゃないかな。最初はポケモンも151匹だったけど最後の方は800だか900だかいた気がするよ」

 

「そんなにか⁉︎ ハナはそいつらの弱点とか生態とか覚えてるのか⁉︎」

 

「うーん。僕は前世でもガチ勢じゃなかったからなー。基本的に厳選とかしないで旅パでエンジョイしてただけだし」

 

 

唖然とする童子を置き去りにして専門用語が並ぶ花雄の説明は続いた。

やれ技の数がどんどん増えるから全部は把握しきれてないだとか。

同じポケモンでも厳選や努力値の振り方で能力が大きく変わるだとか。

悪や鋼はともかくフェアリータイプとか意味分からないだとか。

そもそもモンスターボールが無い時点で詰んでるだとか。

アル何とか仕事しろだとか。

 

童子にはそれらの説明の殆どは理解が出来ないものだったが、花雄の口ぶりからあまり喜ばしく無い話をしている事は察することができた。

 

 

「ワニワニ」

 

「ウパァ」

 

 

そんな花雄を慰めるようにして二匹のモンスターが彼に身体を寄せ合わせた。

水色の小ワニはグリグリと顔を青年の腹に押し付け、大きな瞳を潤わせる。

スワンピーと花雄が名付けたウーパールーパーのヌイグルミなようなモンスター(花雄曰く『ウパー』という種族らしい)も彼の脚にその丸っこい尻尾を絡ませて、円らな瞳で主人の顔を見上げている。

その光景に童子はまたもや眉間の皺を深くした。

が、その理由は意外にもくだらない事だった。

 

 

(う……羨ましい)

 

 

純日本人の男子高校生にも関わらず、何故か某白人レスラーに似ていると言われる黄土 童子、18歳。

筋骨隆々に髭面、ギョロリとしたどんぐり眼と、その厳つすぎる見た目とは裏腹に、実のところ彼は小動物が好きだった。

小動物が大好きだった。

ぶっちゃけ目の前のワニノコとかウパーを抱きしめて撫で回してやりたかった。

 

散々人間を虐殺してきたモンスターに対して思うところはあれど、愛くるしい見た目で親友にしっかりと懐いている様を見ると場違いな嫉妬心がメラメラと燃えてくるのだ。

細身で色白。中高年の叔母様方にやけにモテる純和風顔の親友に陶酔したように身を寄せるファンシーな生き物達は最高に画になる光景だ。

それに対して、自分はどうしてこうなったのだろう。

 

 

「なあ、一応聞いとくけどよ」

 

「何だい?」

 

「『コイツら』もポケモン。つーかモンスターなんだよな」

 

 

童子は自分の頭上を指差しながら胡乱な目をしながら顔を見上げた。

そこには彼を挟むようにして、二匹の『ナニか』が浮いていた。

 

 

「うん。そうだけど、どうして?」

 

「モンスター、なんだよな? 機械部品とか謎ロボットじゃなくて、生き物なんだよな?」

 

「もちろんだよ。それにしても童子に良く懐いてるよね」

 

 

はんなりとした笑顔で肯定する親友に童子の眉間の皺は更に深くなった。

何故なら彼の頭上にて左右に浮かぶ『ソレら』はとても奇妙な外見をしていたからだ。

 

右手に浮かぶのは灰色の二つの歯車だ。

ガチャガチャと静かながらも音立てて回転しつつ、恐らくは目だと思わしきパーツで童子の事をジッと見つめている。

 

そして左手に浮かぶのは、何と言うべきか。奇妙な金属球だった。

灰色の大きなボールに子供の落書きのような大きな瞳が一つ。

腕の代わりなのか左右に大きなU字磁石を携え、アンテナのように頭?と胸元?に計三本のネジが突き刺さっている。

 

どっからどう見てもファンタジーな生き物どころか、怪しい機械部品である。

 

 

「『コイル』と……そっちは確か『ギアル』だったかな? 序盤に鋼タイプを二匹もゲットするなんて、童子は凄いなあ」

 

「コイツらが勝手に着いて来るだけだ⁉︎ つーか本当に生き物なんだろうな⁉︎」

 

 

思わず声を荒げた童子だが無理も無い。

なんで親友の方はヌイグルミと見紛うような小さくて愛くるしいモンスターをパートナーにしてるのに、自分はコレなのか。

いや、コレと言ったら失礼かも知れないが。いや、だが、明らかに機械では無いか。

花雄のように。とまでは贅沢言わないが、自分だってせめて生き物らしい姿をしたモンスターに懐かれたかったと言うのが、彼の切実な思いだった。

 

 

「つーかハナの方は餌付けしたり怪我の治療したりで懐いたのは分かるけどよ。何でコイツらは俺に懐いてんだ?」

 

「性格かな? ポケモンにも個性があるから人懐っこいのもいるだろうし。それか童子から鋼タイプを引き寄せるフェロモンでも出てるのかもよ」

 

「出してたまるかそんなもん」

 

 

童子は親友の珍解答に再び溜め息をついて頭上を見上げた。

そこには相変わらず無言で浮かぶ二匹の金属生物。

せめて鳴き声一つでも上げてくれれば愛着でも湧くかもしれないというのに。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

無言。いや、耳をすませばコイルの方からは電磁波のノイズが。ギアルの方からは歯車が噛み合う金属音が聴こえるのだが明らかに生き物が出す音では無い。

やっぱりコイツらをパートナーとして扱うのは嫌だ。童子は改めてそう思った。

 

 

「でも実際コイルは強いよ。電気・鋼の2タイプ持ちだし進化もするし」

 

「進化? ああ、ゲームのキャラだからそういうシステムもあるのか。進化したらもっとマシな姿になるのか?」

 

「うん。数が三匹に増えるよ」

 

「俺の知ってる進化と違う」

 

「ちなみに名前は『レアコイル』だよ。ギアルの方は、何だったかなー」

 

「どうせレアギアルとかギアギアルとかの適当な名前だろ」

 

 

ラインで知り合いに確認してみるね。と花雄は疲れた様子の童子をほったらかしてスマフォをいじり始めた。

それを興味深そうにワニノコとウパーが覗き込もうとしていて微笑ましい。

が、生きるのもやっとな状況でこうもノンビリとしていて良いものだろうかと童子は不安になった。

幸い。と言ってもいいのか分からないが童子も花雄も家庭環境は複雑で過酷だった。

童子は片親で父親は酒と賭博にハマり借金まみれのロクデナシ。

このモンスターパニックでとっくに死んでいるだろうが、寧ろ死んでくれた方が清々する気持ちだった。

 

そして花雄の両親にはややネグレクトの気があった。

が、これは一概に彼の両親が悪いとも言えない事情がある。

 

 

父親は野球選手、母は元アナウンサー、更に兄は甲子園常連校の野球部エースと絵に描いたような野球一家に産まれた花雄。

だが彼は前世の頃から運動が苦手で部屋に篭って絵を描くのが趣味の生粋のインドア派だ。

外に連れ出そうとする父や兄を拒み、顔を合わせるのも徹底して避けていた。

何故そこまでしたかと言えば、これは中縹 花雄という男が転生者である事が原因だった。

 

前世では中級家庭に育ち、何不自由なく両親に愛されて育った花雄。

そんな彼が気が付いたら赤ん坊となり、全く知らない人間が自分の親や兄になるという状況。

それは齢1歳にも満たない頃に強制的に記憶を取り戻してしまった彼からすれば、恐怖以外の何物でもなかった。

前世では引き篭もり気味で友人が極めて少なかった彼からすると、嫌がっているにも関わらず積極的に外に連れ出して苦手な運動を強要(少なくとも花雄自身はそう感じていた)する自称父親。

さらに年相応に子供らしい幼稚な話しか出来ない自称兄は嫌悪の対象にしか映らない。

人を嫌うという事は、その対象に嫌われる確率が跳ね上がる事だ。

かくして花雄は家族の中で孤立。家庭の中に花雄の居場所は消失し、居ても居なくても変わらない空気のような存在と化した。

 

 

モンスターパニック発生時はいつも通り校舎のベンチに座って二人で昼食を取っていた為、こうして今の今まで二人で行き当たりばったりな行動ばかりして来た。

だが、もしも二人が一般的な家庭環境に育っていたら家族の事が心配になって真っ先に家に駆けていた事だろう。

果たしてそうなった時、こうして自分達に付き従ってくれる友好的なモンスターと知り合い、味方につける事が出来ただろうか。

そして、この地獄のような現実を生き残れる事が出来ただろうか。

 

 

(まあ、ハナがこのモンスターの事に詳しいっつーのは御の字だな)

 

 

童子は静かに息をついて眉間の皺を揉みほぐした。

地元で底辺扱いされている男子校に押し込まれた二人には他に親しい友人など居ない。

童子は190近い長身とプロレスラーもかくやという屈強な巨体に厳つい顔のせいで、何もせずとも恐怖の対象とされて徹底的に周りの人間から避けられていた。

花雄は常にぼんやりした様子で授業を聞き流して、いつも自分の世界に閉じこもってひたすら絵を描いていた為に必然的に周囲から浮いていた。

 

花雄の描く独特の世界観の絵。今となってはポケモンの絵だと理解できるソレに童子が心を惹かれて話しかけてなかったら、花雄はタチの悪い不良どもに目をつけられていたかもしれない。

見た目は正に凸凹コンビの二人だが、モンスターパニックを生き延びる過程で元々唯一の友人同士だった二人の絆は更に深くなる。

今では正に断金の交わりと言っても過言では無いものと変化していた。

 

 

 

 

 

 

 

「スバアアアアアアアア‼︎」

 

「あ?」

 

 

突如、空より咆哮。

物思いに耽っていた童子が怪訝な顔で空を睨みつける。

そこには明らかにサイズのおかしいツバメのような何かが此方を刃物のような鋭い目付きでギラギラと睨みつけていた。

見間違えようがない。モンスターだ。

 

 

「おいハナ! 久々に敵だぞ⁉︎ あいつは強いのか⁉︎」

 

「んー?」

 

 

焦る童子に対して花雄は落ち着いていた。というか落ち着き過ぎている程だ。

ノンビリとスマフォをポチポチ弄るのを止めると、ゆっくりした動作で空を見上げる。

戦闘の空気を感じたのか花雄に纏わり付いていた水ポケモン達も青年達の前に庇うようにして立ち塞がるが、肝心のご主人様は緊張感の欠片も見受けられない。

 

 

「あーあれ『オオスバメ』だね。へえ、リアルだとあんな感じなんだ。思ったより大きくは無いんだねー」

 

「感心してる場合か⁉︎ アイツに俺たちの戦力で勝てるのか⁉︎ 何か今までの奴より強そうだぞ⁉︎」

 

「『スバメ』の進化後のポケモンだしね。んー、そうだねー」

 

 

顎に手を当てて首を捻る花雄の表情は相変わらずポヤッとしたものだったが、その脳内では急速に計算を初めていた。

 

 

(オオスバメの進化レベルは20ちょい。アイツはどの程度だろ? こっちの最大戦力である童子のコイルが警戒してないって事は30は無いよね)

 

(僕のアクアは兎も角スワンピーと童子の持つ二匹はかなりレベルも上がってる。数とレベル差、タイプ相性から考えても……)

 

 

花雄はうん。と一つ頷くと余裕のある表情で童子に振り返って簡単な指示を出した。

それと同時に上空でこちらの様子を伺っていたオオスバメが意を決したように大空から急速に降下。

此方を獲物と見て襲いかかって来た。

 

 

「じゃあ童子。さっき言ったみたいにコイル達に指示を出してみて」

 

「だから何でお前はそんな落ち着いて……ええい‼︎ ジシャク! 『電磁波』だ‼︎」

 

「……前から思ってたけど、もうちょっと名前考えたら?」

 

「喧しい‼︎」

 

 

即興コントのようなやりとりをする大柄なパートナーの指示にジシャクことコイルは無言のまま従った。

その小さな体が静かに磁気を強め、次第に発光。

バチバチと音立ててスパークしたかと思った瞬間、即席の稲妻のネットのようなものを発射。

 

 

「スッ、スバアア⁉︎」

 

 

真正面から飛び込んできた巨大なツバメ型モンスター、オオスバメに難なく命中した。

 

 

「うん、麻痺したね。じゃあ『鳴き声』あげられても面倒だし、対策と目眩しにスワンピーは『白い霧』、それからアクアは『水鉄砲』でオオスバメをビショビショに濡らしちゃおう」

 

 

まるで世間話をするような穏やかな声で発したご主人の声に二匹の水ポケモンは一鳴きして直ぐに従った。

ワニノコの口からは間欠泉を思わせる勢いで大量の水が、それに次ぐようにウパーの口からは煙幕のように純白の霧が吐き出される。

 

 

「スバッ……‼︎」

 

 

空中で痙攣するようにもがいていたオオスバメに水鉄砲は命中。

痛みと不自由な体にその鋭い目つきをさらに歪ませながら、不自然な程に白い霧の中に消えていった。

 

 

「うんうん。麻痺がいい感じに効いてるね。じゃあ童子、トドメをお願いね」

 

「お、おう。ジシャク、『電気ショック』‼︎それからハグルマはチャ、チャ、『チャージビーム』? 」

 

「あってるあってる」

 

 

コイルは先ほどよりも激しく発電。瞬く稲光を迸らせ、白煙の中心に向かって浴びせた。

ハグルマことギアルは身体の回転を激しくさせ、火花を散らせる。

それは次第に大きくなり、やがて光の鏡へと形を変える。

ハグルマの稼働がさらに加速したと思った次の瞬間、黄金に煌めく鏡面から極太のビームが放射。

電気ショックを追従するかのように白い霧へと向かって行く。

 

 

「スビャアアアアアア‼︎」

 

 

白い霧の中から絹を裂き、鼓膜を劈くような激しい断末魔が響いた。

やがて白煙からオオスバメが力無く落下し、そのままボトリ地に落ちる。

羽毛は殆どが焼け落ち、肉が爛れている。

落下の衝撃か翼や首はあらぬ方向にへし曲がり、嘴からは存外に大きな舌がダラリと飛び出し、身体を痙攣させている。

 

明らかに死んでいた。

 

 

「うげぇ」

 

 

肉が焼け焦げる臭いと、グロテスクな光景に童子は顔を顰めた。

モンスターに襲われる度に繰り返される光景だが、厳つい顔とは対照的な優しい心の持ち主である童子にはなかなか慣れないものだった。

 

 

「快勝だね。やっぱりポケモンバトルは楽しいねー」

 

 

対する花雄はどこか愉しげに呟きながら、胸元に飛び込んで来た二匹の手持ちを抱きしめている。

現実のポケモンバトルは命のかかった危険な戦いだが、それを抜きにしてもアニメの主人公のように大好きなポケモン達に指示を出して共闘するという状況は花雄を夢心地にさせてくれるものだった。

 

 

「ん?」

 

「あら?」

 

 

各々が戦勝後の感慨に浸る中、ポケモン達に変化が起こった。

童子の頭上に浮かぶコイルが。花雄の胸元で抱かれるワニノコが。

それぞれ真っ白な光に包まれたかと思うと、その姿を徐々に変えていったのだ。

 

 

「コレが進化、か。マジでゲームだな」

 

「わあ、凄いねー」

 

 

花雄の胸元から飛び出すように地に降りたワニノコは真っ赤なトサカが特徴的な『アリゲイツ』に。

童子の目の前にゆっくりと降りて来たコイルはその球体の数を三倍にも増やした『レアコイル』へとそれぞれ進化を果たした。

 

 

「アーリゲイツ‼︎」

 

「わあ、凄いねアクア。進化おめでとう」

 

「アリアーリ‼︎」

 

「……」

 

「本当に数が増えるだけなのな、お前」

 

「……」

 

「そして相変わらず喋らないのな、お前」

 

 

パートナーの新たな姿にそれぞれの感想を漏らす中、ふいに花雄のスマートフォンから通知音が鳴った。

アリゲイツを撫でていた花雄はベンチに座り直すと、ウパーを抱き上げながら液晶画面を覗き込む。

 

 

「あ? さっきのハグルマの進化後の名前でもお仲間に教えてもらったのか?」

 

「んー。そんなとこ」

 

 

この時、童子がやけに存在をアピールしようとするレアコイルにかかり切りになっていなければ、花雄の今の答えに疑問を持っていた筈だ。

彼の特徴的な糸目がほんの一瞬だけ見開かれ、珍しくも常日頃から浮かべている穏やかな笑顔が崩れていたのだから。

花雄のスマフォに届いたラインは三通。

それぞれポケモンを愛する転生者仲間からだ。

そしてその内容は奇しくも全て同じ要件だったのだ。

 

 

(他の転生者仲間には知らせずに、自分のコミュニティに合流して欲しい。ねー)

 

 

自分を含めてたった八人の転生者仲間。

内二人とは既に連絡が取れなくなっているので、もしかしたら亡くなっているのかも知れない。

彼らは確かに同好の士で、同じポケモンを愛するコミュニティの仲間だった。

だがそのコミュニティやメンバーに抱いていた愛着や執着は各々によって大きく異なっているのが実情だった。

 

魂の繋がった一生涯の大親友達と考える男もいた。

仲の良い年の離れた友達グループと捉える男もいた。

ただの友人の集まりだと考える女もいた。

アプリが普及すれば金になるからと利益の為に付き合うだけの女もいた。

 

そして彼。中縹 花雄にとって彼等の存在は……

 

 

(まあ、良いや)

 

 

暗い思考に沈みそうになった花雄は小さく溜息を吐き出すと、ウパーの湿り気を帯びた頭を優しく撫でた。

現実的に考えて、どこかのコミュニティに入るのは悪い案では無い。

東京渋谷でも有名な動画配信者が大きな生存者コミュニティを築き、もはや新たな町とも言える大勢力になっているのはあまりに有名な話だ。

童子と二人、長い道のりだが渋谷を目指すのも良いかも知れないとつい先日話し合っていたばかり。

全く知らない人間の集団に合流するよりかは、顔見知りと落ち合う方が気楽かも知れない。

 

それに何より。

 

 

(誰に着いたとしても、少なくとも僕よりはポケモンに詳しいだろうしねー)

 

 

花雄は自分の弱点を知っていた。

彼は転生者の中でも比較的ポケモンというツールに執着が薄く、その知識も決して豊富という訳では無いという点だ。

そう考えると自分よりも詳細な知識を持つ人間を頼るのは悪い話では無い。

ならば考える事はただ一つ。

 

 

(誰の側に着くか。だよねー)

 

 

転生者グループのリーダー格。

最年長で頼り甲斐はあるが、やや博愛主義な面が玉に瑕の青年に着くか。

 

前世ではガチ勢。戦闘に対する知識には他の追随を許さなかったが、やや性格に難のある少年に着くか。

 

知識は自分と同等か、ほんの少し上の程度。だが豊富な人脈と合理的かつビジネスライクな考えを持つ女性に着くか。

 

 

「おい、ハナ」

 

 

液晶画面をジッと見つめる花雄に大きな影がかかる。

顔を上げるとそこには不思議そうな顔をした親友の姿があった。

 

 

「結局、どうなんだ?」

 

「んー? 何の話?」

 

 

花雄の解答が気に入らなかったのか童子の眉間に皺が寄り、厳しい形相になる。

花雄の腕の中にいるウパーが脅え出し、プルプルと震えている。

が、親友たる花雄には彼が別に怒っている訳で無いのは分かっていた。

前世の記憶に苛まれ、家族からは孤立。

親しい友人も碌に作れなかった花雄に対して唯一向き合ってくれた、たった一人の友人なのだから。

 

 

「だから名前だよ。返信来たんだろ、お仲間から。ハグルマの進化後は」

 

「ああ。『ギギアル』だってさ。ちなみに最終進化先は『ギギギアル』」

 

「レアコイルより手抜きの名前じゃねえか‼︎」

 

「僕に言われてもなー」

 

 

両手で頭を抑えてオーバーアクションを取る友人の姿に花雄はクスリと笑みをこぼす。

自分一人だけだったなら。

きっと誰とも合流する事なく可愛いパートナー達と細々と生きていく選択肢もあったかも知れない。

そして何処かで静かに朽ちて行ったのかも知れない。

 

だが童子はダメだ。

彼は本当に良いやつだ。自慢の友人だ。

彼が死ぬような事は絶対に避けなければいけない。

花雄はこの時、静かに決断した。

 

 

「ねえ童子。ちょっと行きたい所があるんだけどさー……」

 

 

転生者、中縹 花雄の選択。

この選択が近い将来、次第に苛烈になっていく生存者同士の生き残りを賭けた争いを助長するモノになる事を。

 

今はまだ、誰も知らなかった。

 

 




・オオスバメ ツバメポケモン(ノーマル/ひこう)

塩漬けにして携帯食にするのがポピュラーな食べ方。通は酢に漬け込み独特の匂いを楽しみながら頂くそうだ。

今後の展開

  • 本編を早く進めて欲しい
  • 番外編を進めて欲しい
  • ソラが主役の話が読みたい
  • 新キャラを沢山出して欲しい

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