現実世界にポケモンをぶち込んだらサバイバル系B級パニック物になってしまった   作:ケツマン

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なんか段々長くなる


3-1

手のひらサイズの液晶画面越しに、薄水色のプリムシャツを涼しげに着こなす美少女の姿が映る。

段々と強くなっていく陽射しに焼けたせいか、茶色がかっていた髪はますます明るくなり鮮やかな栗色となってサラリと揺れている。

桜桃のような瑞々しい唇を開き、小鳥のよう。と比喩するにはやや大き過ぎる元気な挨拶。

 

 

『皆さんお早うございます‼︎ 第3回目の配信。お送りするのは、今日も元気に頑張ります‼︎ ドレミファ〜!』

 

『……ソラ‼︎ はい、私ソラでーす‼︎』

 

 

恐らく、この終末世界において日本で1番の有名人となった動画配信者。

『ソラ』の配信のスタートだ。

 

 

 

 

いつもの変わった挨拶から始まり、恒例となりつつある近況報告に入る。

やや大袈裟なアクションと元気を張り上げるようなハキハキとした語りで、大きくなっていく渋谷の生存者コミュニティ状況などを語った。

老若男女合わせ、現在のメンバーは百を超えたとの事。

果たして現代日本にどの程度の生存者がいるかは分からないが、なかなかの大きなコミュニティを築きあげたのではないだろうか。

 

 

『奇跡の木の実も順調に栽培が進んで.ご飯もお水もみんなで集めてます。生き残ってる皆さん‼︎ 諦めないで下さいね‼︎ 私達が待っていますからね‼︎』

 

 

拳を握りしめながらエールを送るソラの姿は以前の動画よりも明らかに顔色が良くなっている。

ボロボロだったワンピースから新たな服に着替えているところから察するに、食糧やその他の生活必需品も今のところは豊富に確保しているのだろう。

まあ、クッキー君を始めとした『戦力』を確保しているソラに優先的に物資を回している可能性もあるのだろうが。

 

 

(にしても普通の女子高生が終末世界で百人規模のコミュニティを統括するって、かなりの重圧だろうに。本当に根っからの善人なんだろうな)

 

 

相変わらずの彼女の善人っぷりに感心しながら考察に耽っていると、いつの間にか今回の配信のメインテーマへ移っている。

すでに十本近くの動画を配信しているソラのアーカイブから、わざわざこの動画を探し出したのは動画のタイトルにもなっている今回のメインテーマがお目当てだったからだ。

 

 

『……というわけで‼︎ クッキー君とビスケットちゃんが『変身』してしまったんですよ‼︎ 二人ともとっても強く、とーっても可愛いくなったんですよ‼︎』

 

 

二人ではなく二匹では? 等とどうでもいい事を考えつつも、俺はソラに寄り添うようにして写る二匹のモンスターをじっくりと観察する。

 

黄色と黒の目立つ配色をしたビスケットちゃんは一回り大きくなり、二頭身から三頭身へと身体のバランスが変わっていた。

瞳だけがやけに大きかった顔つきも端正に変わり、そのド派手な体色と雷を模したように不自然にギザギザした尻尾を除けば、自然界にいる兎とそう変わらない体型となっている。

 

 

『ピッカ‼︎ チュウチュウ、ピッカチュー』

 

(でも相変わらず鳴き声は変なのな)

 

 

一応チュウチュウと鳴いているので兎では無くて鼠の親戚かもしれない。

両頰についた真っ赤な頬袋のようなものからバチバチと音立てながら青白い雷をスパークしているところから、電気鼠。もしくは電気栗鼠と言ったところだろうか。

 

兎にも角にもビスケットちゃんに関しては変身前の面影を強く残し、そのまま成長したような姿だった。

 

 

だがソラのメインパートナーであるクッキー君に関しては違う。その変化は劇的だった。

 

まずその大きさが違う。スマイルのようなヌイグルミのサイズからグッと大きくなり、体高は目測一メートル程に成長している。

そして何といっても目立つのは体色の変化だろう。

焦げ茶色だった全身の体毛はペールホワイトをベースに。

頭部やつま先、大きな耳の部分に関してはなんともメルヘンチックなパステルピンクになっている。

胸元についていたモコモコの毛の塊は蝶ネクタイを模した可愛らしい結びリボンに変化し、左耳の付け根にも同様の触覚らしきものが生えている。

更にそこから羽衣のようにしてリボンの尻尾を身体にふんわりと纏わせている様は幻想的だ。

アクセントのようにリボン型の触覚の先端と、その大きく潤んだ瞳の色は透き通るようなパステルブルー。

 

白、ピンク、水色と何ともメルヘンチックでファンシーだ。

サンリオキャラクターや魔法少女ものに登場する相棒役のマスコットキャラクターを想像させる。

動物や怪物、という表現よりもむしろ妖精や幻獣といった神秘的な存在へと変貌を遂げている。

 

 

『フィイ。フィニィー』

 

 

どこと無く癒される愛らしい鳴き声をあげつつ、羽衣のようなリボンをゆったりとソラの腰に巻きつけ、嬉しそうな表情で彼女の脚に顔を擦り付けるクッキー君。

共に死線を潜り抜けた仲だからなのか、本物の親子や姉弟のような信頼を築きあげている様だ。

 

 

(にしても雄に見えねえなぁ。それに名前もクッキーよりマカロンとかクリームとかショートケーキとかの方が似合う見た目だし)

 

 

クッキー君は本当に雄なのだろうか? もしや最近流行りの男の娘とかいうやつでは?

なんて馬鹿げた事を考えている内に配信は進み、公園内に生えている木を的にスキルの威力がどれだけ上がったのかを比較検証するようだ。

 

 

結果的に言えば一目瞭然だった。

ビスケットちゃんの電撃は小さかった頃と比べて明らかに強力になり、大人の胴よりも太い大木を一瞬で焼き切ってみせる。

 

電撃スキルだけでは無い。純粋な身体能力も大幅に強化されたようで、ソラの「アタック‼︎」という単純明快な指示に従い、電光石火の如く目にも留まらぬ高速移動を披露。その勢いのまま隣の的に全力で体当たり。

小さな身体からは考えられない強烈なぶちかましは、衝撃波を生みながら大木を大きく抉り、圧し折ってみせた。

ソラは、フンスと鼻息荒くいわゆるドヤ顔を見せるビスケットちゃんを抱き上げ頬ずりする。

きっと相棒の成長が嬉しいのだろう。何となくその気持ちが分かる気がして、俺も思わず笑顔になった。

続くクッキー君のお披露目だが、こちらはビスケットちゃん以上にド派手なものだった。

 

以前までは身体を張った突進や、爪や牙での攻撃が目立っていた。

だがそのファンシーな見た目通り、まるで魔法のようなスキルを次々と披露してくれたのだ。

 

 

『クッキー君、キラキラバリア‼︎』

 

『フィア‼︎』

 

 

 

ソラの指示に瞬時に反応し、クッキー君は一瞬の内に目の前に光り輝く薄い膜を召喚した。

金色にも銀色にも見える不思議な輝きを見せる光の膜は一体どのような原理で現れたのか、どんな物質で構成されているのか全く判断できない。

 

 

『はい、このキラキラバリアーはですね‼︎ なんと炎や電気なんかを防いでくれる、とっても心強い不思議なバリアーなんですよ‼︎』

 

 

ソラは光の膜に何度も手を潜らせてみせ、ホログラムのように実体が無いことを証明すると、ビスケットちゃんに軽い電撃を放つように指示した。

 

 

『じゃあビスケットちゃん、あのバリアーに向かって弱めの電撃‼︎』

 

『ピーカーチューッ‼︎』

 

 

先程の攻撃より幾分か規模の小さいその雷撃はクッキー君の眼前の光り輝く防壁に衝突。

すると先程のソラの説明通り、見事に防いでみせた。

 

 

(防御系のスキルか。効果は物理攻撃以外の無効化ってところか? 強度にもよるだろうが対モンスター戦では重宝するな)

 

 

無意識の内に画面を睨みつけるようにして考察に夢中になる俺を他所に動画は進んでいく。

 

 

『はい‼︎ じゃあ次は攻撃技です‼︎ とっても強くて、とっても綺麗なんですよ‼︎ クッキー君、キラキラ星‼︎』

 

『フィーア‼︎』

 

 

パートナーの雄姿にご機嫌なソラの指示(一瞬、技名なのか歌のことを言ってるのか解らなかった)にクッキー君は的確に応えた。

一瞬、身体が光ったかと思うと自身の周囲にキラキラと幻想的に輝く星の結晶を生み出し、宙に次々と浮かせてみせたのだ。

 

 

(さっきのバリアーよりワケ分かんねーな。見た目は派手だがあんま強そうには見えねえけど……)

 

 

 

 

手の平サイズの星型のエネルギー達は黄金に輝きながら数をドンドンと増やしていく。

神秘的な光景ではあるが、果たしてソラが太鼓判を押す程の攻撃スキルなのかと言えば、正直なところ首を傾げるしかない。

 

が、そんな疑問は直ぐに吹き飛んだ。

 

一瞬。僅か一瞬だけ残像が見えた。

クッキー君の周囲に浮かんでいた黄金の星々が急にブレたかと思うと、レーザービームのような残像を残して消えた。

それを認識した瞬間、どうやら遅かったようだ。

 

 

「はあぁ⁉︎ チートスキルじゃねえか⁉︎」

 

 

思わず叫び出したが無理も無いと思う。

何故なら動画に映っている的となった大木が一瞬で細切れになっていたのだから。

 

恐らく先程まで浮かんでいた星型のエネルギー達は文字通りの流星群と化し、的に向かって発射されたのだろう。ただしその速度が問題だ。

 

 

(視えねえ。何度再生しても、ほんの少しの残像しか視えねえ‼︎)

 

 

弾丸だ。大木をも切り裂く、即死の弾丸。

メルヘンチックなお星様の外見からは想像できないマジカルな機関銃。

もし敵のモンスターがこんなスキルを使ってきたら、絶望でしか無いだろう。

 

 

『じゃあ最後はあそこに。あの木がいっぱいある所に向かって攻撃しますね‼︎ 沢山のモンスター達に囲まれた時、この技でクッキー君に助けてもらったんです‼︎』

 

『いくよ、クッキー君‼︎ ビックリハウリング‼︎』

 

『フィン‼︎』

 

 

バリヤー、星型レーザー、と続いて最後の〆めは、まさかまさかの、絶叫攻撃だった。

鋭い目つきで目標を睨みつけたクッキー君がギュッと全身に力を入れたかと思うと、狼のように空を仰ぎ大声で雄叫びを上げた。

 

 

「うるせぇっ⁉︎」

 

 

画面越しとは言え、脳天を揺らせる程の絶叫に、俺は即座にスマフォをミュート設定に変え、しばらく画面から目を逸らす。

10秒程待ってから、無音の画面越しで恐る恐るその音波の威力を確認すると、言わずもがな。

ターゲットにした大木のみならず、周辺の樹木ごと纏めて軽々と圧し折ってみせた。

 

 

(くっそ強ぇ……敵になったら勝てる気がしねえぞ)

 

 

特に最後の雄叫びはダメだ。音波攻撃は個人的に激しいトラウマだ。

どう足掻こうと避けようの無い無差別っぷりと、自分がゴム毬にでもなったかのように軽々しく吹き飛ばされる衝撃は二度と味わいたく無い。

多彩なスキルの利便性とその恐ろしい破壊力に勝手に戦慄して冷や汗をダラダラ流している俺を他所に、ソラは輝くような笑顔でこう叫んだ。

 

 

『これは只の変身じゃありません! まさに『進化』です‼︎ 皆さん、クッキー君たちモンスターは戦って強くなって進化するんです‼︎』

 

『怖いモンスターも多いですけど、クッキー君みたいにお友達になってくれる子だって居るんです‼︎ モンスターをお友達にして、いっぱい戦って、いっぱい強くなれば』

 

『きっと! もっと! ずっと‼︎ この世界で生き残れる確率が大きくなる筈なんです‼︎』

 

 

絶望も、不安も、憂鬱も。

何もかもを吹き飛ばすような太陽のような笑顔。

この荒廃した世界の生きる希望となった少女、ソラの声は希望と自信に満ち溢れていた。

 

 

『だから私、戦います‼︎ クッキー君とビスケットちゃんと一緒に‼︎ 皆さんを一人でも多く助けられるように‼︎ だから皆さん‼︎』

 

『諦めないで下さい‼︎ 私がいます‼︎ 私達がいます‼︎ みんなで一緒に‼︎ 精一杯、生きましょう‼︎』

 

『絶対に‼︎ 諦めないで‼︎』

 

 

最後に自分の拠点の住所をフリップに書いて避難民を募集をかける。

応援のメッセージを最後に残し、動画は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーやっぱ可愛いなー。ソラ」

 

 

余韻に浸り、思わずしみじみと呟いた。

ソラの天真爛漫な笑顔と、不安を吹き飛ばす希望の篭ったエールに心から癒され、また始まる地獄の一日を生き残る為の活力を得る。

すっかり彼女のファンになってしまった、と俺は小さく苦笑しながら節約モードに切り替えたスマフォを寝袋の上に適当に放り投げる。

 

そして俺はゆっくりと。

 

焦れったくなる程にゆっくりと振り向いてからこう言った。

 

 

「んで。何か言い訳はあるか? あぁん? スマイルくぅーん?」

 

「ソ……ソーナンスゥ……」

 

 

ネチッこさを意識した嫌味ったらしい俺の質問に目の前のスマイル『らしきモンスター』はビクリと震えて『大きくなった身体』をこれでもかと縮こませていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先ず結論から言うと俺は生きていた。

 

 

死んだように気を失った(実際すっかり死ぬ事になると覚悟していた)かと思えば、いつもの小屋の中であっさりと覚醒した。

あまりにも呆気なく目覚めたものだから、悪い夢でも見ていたのではないかと勘違いした程だ。

枕元にまるめて置いてあった血塗れのボロ切れ。つまり俺が戦闘時に着ていた衣服の成れの果てがなければ、呑気に二度寝を決め込んでいたかもしれない。

 

噛み付かれ、引き摺り回された結果、そこらの雑巾よりも余程グッチャグチャにされ千切れかけていた筈の腕はすっかりと元の健康な状態に回復している。

腕だけでは無い。骨という骨がボキボキに折れ、耳や鼻からも激しく出血し、全身に満遍なく擦り傷や切り傷に打撲といった満身創痍だった筈の身体はすっかりと元通りになっているではないか。

 

上半身を起こし、ストレッチ代わりに軽く身体を動かす。

身体が少し軋み、関節から軽くポキポキと音が鳴ったりはするものの、普通に動く分には何一つ問題無い。

全くもって、これ以上ないぐらいに健康な状態だ。

 

 

「よく生きてたな、俺」

 

 

寝袋内で全裸という奇妙な格好のまま起き上がりながら、思わずポツリ。

口元がやけにベタつくし甘ったるい。気を失っている間に、あの奇跡の果実を押し込まれたのだろう。

死にかけの俺をわざわざ救ってくれた奴なんて一人(一匹)しか考えられない。

丁度そんな事を考えた正にその時、扉が開き、ひょっこりと我が相棒が顔を出し、驚いたように叫び声をあげた。

 

 

「ソ⁉︎ ソーナンスー‼︎」

 

 

俺が想像していた相棒の姿と鳴き声とは、違いが生じていたのが大きな問題なのだが。

 

 

 

 

 

 

ここで冒頭に戻る。

俺は目の前で縮こまるスマイルの面影を残しつつ、そのまま成長したような新種のモンスターをジロリと睨んだ。

 

 

体長は目測1メートル以上。まあ150センチは確実に無いだろうが、あの小さかったスマイルと比べると随分と大きい。

身体の色は変わらず、鮮やかな水色。肌の質感も変わったようには見えない。

きっとプニプニして、ヒンヤリとした触り心地なのは変わらないのだろう。

 

何より大きく変わったのは体型だ。

今までのスマイルはてるてる坊主のような球形の頭部に円錐状に広がる小さな胴体。そしてそこからちょこん伸びた二本足と黒い尻尾というヌイグルミのような体型だった。

だが目の前の新種は違う。

頭部と胴体の境目が無くなり、ぷっくりと楕円型に膨らんだ大きな胴の上部にそのまま顔面のパーツが付いている。

ちょこんと生えた小さめの足はパッと見は変わらないものの、よく観察すると四本脚になっているではないか。

 

おまけに以前は前頭部についていたポンパドールを模したようなコブが消え、その代わりに後頭部に段差のような幅広の突起が現れた。

髪型で例えるなら、ヘアジェルで長めの前髪をオールバックに撫で付けたような形に見えるだろう。

顔の横から生えている長い両腕や、黒地に白い斑点が顔のように見える短い尻尾はそのままだが、それ以外は明らかに違う。

更に突っ込むなら声質もやや低くなったように感じる。

 

 

「さて、先ずは確認だ。お前はスマイル。育成ゲームよろしく進化したが、俺の相棒のスマイルって事には変わりない。ここまでは良いか?」

 

「ソー‼︎ ソーナンス‼︎」

 

 

俺の言葉に激しく頷く(胴体の上部、顔面の下辺りを激しく折り曲げている。恐らくここが首なのだろう)随分と成長した我が相棒。

進化前は朗らかな笑顔を貼り付けたような表情だったが、今はキュッと目を瞑ったような顔つきに変化している。

 

が、こうして向き合えば嫌でも分かる。目の前の新種はどう見てもスマイルだ。

なんだかんだと勿体つけたものの目の前の新種が相棒である事は確信しているのだ。

 

 

だがそれをすんなり認め、進化のお祝いをしよう。と馬鹿騒ぎをするには今の俺は少々、不機嫌である。

 

進化したのは良い。明らかに身体が大きくなり、体重も増えた。

身体の大きさは戦闘時に大きな利点となるだろうし、単純にリーチも伸びる。それ自体は歓迎しよう。

もしかしたら新しいスキルなんかにも目覚めているかもしれない。

 

 

「オーケー、スマイル。今から言う事に正直に答えろ。言葉の話せないお前に日本語を語れなんて無理難題は強制しない。首を振るだけの簡単なお仕事だ」

 

「ナ……ナンスゥ」

 

 

だが問題なのは……

 

 

「お前、実は結構前から進化出来ただろ? んで、理屈はよく分からんが進化するのを無理やり我慢してただろ?」

 

「ナンスゥ⁉︎」

 

 

そう。明らかに『進化するタイミングが良すぎる』という点だ。

 

 

強敵との予期せぬ戦闘。最早これまでか、という瞬間に更なる力を渇望し、己の新しい力に覚醒する。

なんてドラマチックな展開だろう。なんて感動的なシーンだろう。

 

そして、何てフィクションらしいワンシーンだろう。

 

 

「お前、最近レベルアップする度になーんか様子がおかしかったもんなぁ? 身体にギュッと力を込めて、まるで何かに堪えるようにプルプル震えてさぁ?」

 

「ナナナ……ナンスゥ?」

 

 

強引に胴体を捻って思いっきり目を逸らす戦犯。

ピュウピュウと下手くそな口笛擬きまで吹いてる始末だ。

おい、どこで覚えたそんなジェスチャー。

 

間違いない。黒だ。

瞬間、俺の頭がカッと熱くなる。

 

 

「なんで直ぐに進化しなかった‼︎ 出し惜しみなんかしてる状況じゃないだろ⁉︎ 強くなれるなら手段なんか選んでる場合じゃ無い‼︎ 命がかかってるんだぞ⁉︎ 分かってるのか⁉︎」

 

 

俺の怒声にスマイルは再び身体を縮こませてプルプル震えだした。

 

助けて貰った側の俺がこうしてスマイルに当たるのは間違っているのだろう。

これは間違いなく八つ当たりの類だ。

だが、それでも納得がいかなかったのだ。

 

モンスター育成ゲームのようなこのファッキンファンタジー世界。

考えればレベルアップだけではなく、育成の醍醐味である進化なんてシステムがあるのは当然なのだろう。

どういう原理だかは分からないが、スマイル自身がそれを知っていて、なおかつ自分の意思で進化を我慢し『キャンセル』していた。

 

ソラの動画を見るに進化の恩恵はとてつもなく大きなものだ。

身体能力(ステータス)も大きく向上し、新たなスキルを獲得できる。

クッキー君やビスケットちゃんの進化後を比較すると、成長性の違いはモンスターの種類によって多々あるのだろう。

だが、間違っても弱くなるなんて事はあるまい。

 

 

「答えろスマイル‼︎ 何でわざわざ進化を我慢した‼︎ どうして強くなる事を拒否したんだ⁉︎」

 

 

もしも直ぐに進化していたら、あの理不尽なまでの強さを持った赤眼のハイエナにも抵抗出来たかもしれない。

死にかけた挙句の辛勝などでは無く、俺もスマイルも痛手を負う前に悠々と勝利したかもしれない。

全ては仮定の話。たらればの話だ。

怒鳴りながら思う。本当に自分自身が嫌な奴だと。

 

スマイルに助けて貰った立場だというのに何を偉そうに。

そもそも彼が居なかったらこんな世界で生きていける筈が無いのに。

頭では分かっている。分かっているのだ。

左腕がジクジクと疼く。それに合わせて心が痛む。

理屈は分かっている。だがそれを飲み込むには俺はまだ幼過ぎた。

 

シン、と小屋の中に沈黙が満ちる。

一分か。五分か。短いようで長い沈黙の末、スマイルが呻くように声をあげた。

 

 

 

「ナンスゥ……」

 

 

弱々しい声と共に、スマイルはその長い両腕を俺に向けて広げる。

グッと身体をこちらに押し出しながら涙で潤む瞳でしっかりと俺の顔を見つめて、何かを懇願するような素振り。

 

スマイルの行為の意味を理解できず、俺が怪訝な顔で更に悪態をつく寸前に。

 

ふと思い出した。

 

 

「スマイル、お前」

 

 

小さかったスマイルがこのジェスチャーを何度も繰り返して来た事を。

頼み事を終えた時。敵に勝利した時。そしてレベルが上がった時。

 

そんな時、スマイルは飛び跳ねながら俺に向けて両腕を広げて何度もせがんで来たでは無いか。

そうして俺が微笑んでやると、嬉しそうに胸元に抱き着いて来たでは無いか。

 

いや、まさか。だけど、つまり。

 

 

「……お前、まさか身体がデカくなったら俺が抱き上げられなくなるから、進化する事を拒否してたのか?」

 

「ソーナンスゥ‼︎」

 

 

そんな馬鹿な。という理由を思わず口にするとスマイルは大きな声をあげながら今までに無いくらいに激しく頷いた。

 

 

「いや、お前。えー。そんな、そんな理由って……」

 

 

拍子抜け。そんな言葉がここまで当て嵌まる場面はあるだろうか。

まさか進化拒否の理由が抱っこの為とは。

俺は脱力し、怒りの気持ちもすっかり蒸発した。

 

 

(そんな下らない理由で。って怒るところなんだろうけど)

 

 

 

スマイルは単純で幼い。俺と行動を共にするようになったきっかけが、お菓子をくれたから。という理由の時点でソレは察していた。

随分と長い間一緒に生活をした気になってはいたが、まだ出会ってから二ヶ月程しか経っていない。

 

今でこそ進化して身体は大きくなり、恐らくは成体と呼べるほどに成長したのだと思う。

だが、果たしてその内面。つまりは精神面は大人として成熟したと言えるのだろうか?

進化は一瞬だ。僅か一晩で身体は大きくなった。

だがその一瞬で、心まで大人になれるのだろうか?

 

 

「……はぁ」

 

 

色々と考えた末、何だか馬鹿らしくなった俺はわざとらしく大きな溜息を零した。

スマイルの身体がそれに反応するようにビクビク震える。

 

つまりはそういう事なのだ。この反応を見れば嫌でも分かる。スマイルはまだ幼く、甘えたい盛りのお子様なのだ。

 

 

「よっこいせっと」

 

「ナンスッ⁉︎」

 

 

俺はスマイルの大きくなった胴回りに両腕を回し、ちょっとばかし気合いを入れながら抱え上げた。

叩かれるとでも勘違いしていたのだろう。スマイルは戸惑いの声をあげて固まっているのが何だか笑えて来る。

 

 

「おぉーやっぱり進化前よりは重い。大きくなったなあ」

 

 

ほぼ零距離になり、改めて観察する。

スマイルの身長は130センチ程。抱え上げた感じから察して、体重は30キロ程だろう。

確かに抱き上げてやるには今までより苦労する事だろう。だが、それでもそこら辺の小学生よりも小さくて軽い。

 

そう、小さくて軽いのだ。

 

いつだってこの小さな身体を張って、俺の事を助けてくれる大切な相棒。

 

その対価がこうして抱き上げて欲しい、甘えさせて欲しいという程度。

 

叶えてやれない訳がない。

 

 

 

「助けてくれて、ありがとうな」

 

 

俺は改めて正面からギュッと抱きしめ、感謝の言葉をかけた。

スマイルは嬉しそうに、進化のおかげでほんの少し大人びた声で「ソーナンス‼︎」と変わった鳴き声で答えてくれる。

 

こうして、また。一日が始まるのだ。

 

 




・ソーナンス がまんポケモン(エスパー)
ぷにぷにとした外皮からは想像できないほどに筋肉が固い。コラーゲンの塊のような食感で非常に淡白。麺つゆに浸けたものを酢で和えると、なかなか美味。

今後の展開

  • 本編を早く進めて欲しい
  • 番外編を進めて欲しい
  • ソラが主役の話が読みたい
  • 新キャラを沢山出して欲しい

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