現実世界にポケモンをぶち込んだらサバイバル系B級パニック物になってしまった   作:ケツマン

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長らくお待たせしました。


3-8

 

非日常は突然に。

モンスターパニックの始まりが唐突だったように、厄災というのは特に前触れなくやってくるから厄介な話だ。

 

ノンフィクションとフィクションの壁は次元を隔てるだけあり、果てしなくぶ厚い。

とは言え、今まで実在しなかったファンタジックなファッキンモンスター供が蔓延る幻想にじわじわと侵略されていくこの世界。

理不尽とは言え、こうして現実世界がフィクションみたいな設定に改変されているのだ。

せめて映画のプロローグのように思わせぶりな前振りがあったらいいのに。

 

そんな事を未だ願う俺は、まだこの世界に適応しきれていなかったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シイイイッッ‼︎」

 

 

現実逃避を半分、八つ当たりをもう半分込め、俺は叩きつけるような勢いでアトラトルを振りかぶる。

空気を切り裂く音が鼓膜を揺さぶると同時にセットしていた竹槍が弾丸のような勢いのままぶち込まれた。

 

 

「ビギャッ‼︎」

 

 

七、八十センチぐらいに切り分けた竹筒を四分割になるようカチ割り、先端を削って尖らせる。

小学生の図画工作並みに簡単な作りの投槍は一直線に突き進むと獲物である害虫の頭部を見事に貫通。

ターゲットは巨大な芋虫だというのに、まるで絞め殺された豚のような断末魔をあげると同時に、古びた木の床に串刺しとなる。

二度三度、必死になって身をよじるも無駄な抵抗だ。

数秒もかからぬ内にビクビクと身体を仰け反らせるよう痙攣した後、動きを止めた。

 

 

(殺った)

 

 

間違いなく仕留めた。

 

 

が、その瞬間。

俺の油断した隙をつくようにして天井から消火器が噴出するような勢いで、真っ白い何かの塊が吹き出して来た。

 

 

「あっぶね⁉︎」

 

 

慌てて俺は転がり込むようにしてソレを避ける。

瞬時に身を翻して受け身を取り、その勢いを殺さないようにして床に落ちていた未だ作りかけの竹槍を咄嗟に掴む。

身体を跳ね起こす勢いと共に天井に向かってぶん投げると天井から不意打ちしてきた角芋虫の胴体を貫通し、竹槍はそのまま天井に突き刺さった。

ボタボタと垂れ落ちる、巨大な虫どもの体液が鬱陶しいが、休む暇など無い。

 

 

「ビイイイイ‼︎」

 

 

新たに侵入してきた大きめの個体が叫びながら一直線に突進。

ご丁寧に頭に生えた角がしっかりと此方を狙っている。串刺しにする気なのだろう。

 

 

「スマイル、カバー‼︎」

 

「ナンス‼︎」

 

 

ただ一言でスマイルが瞬時に俺の目の前に飛び出し、肉壁となった。

相棒の反射スキルの威力を知っている俺は、突進してくる個体をスマイルに任せ、振り向いた。

 

 

「おいおい、何匹居るんだよマジで」

 

 

サァッと体温が下がり、顔面が引き攣るのを自覚する。

 

うじゃうじゃ、と。

 

まさにそんな言葉がピッタリの惨状は、床にも壁にも、天井にも。

そして拠点の壁に空いた、大きな穴から次々と侵入してくる角芋虫の大群が此方に狙いを定めているのだ。

 

バキン! と何かが割れるような音と大きな衝撃が背後から響いてきた。

恐らくスマイルが反射によって一匹片付けてくれたのだろう。

だがとてもじゃないが一匹殺した程度で喜べる程、楽観的になれる状況では無かった。

 

 

「くたばれファッキンファンタジー‼︎」

 

 

こちらに這い寄ってきた一匹を蹴り飛ばしながら、ダクトテープを巻きすぎて真っ黒に染まった歪な包丁槍を構える。

飛び道具の在庫が無くなった今、唯一の武器だ。

ゴム毬のようにポーンと飛んでいった角芋虫が腐りかけていた古屋の壁を豪快に突き破って飛んでいく。

あまりの衝撃に身を竦めている害虫供を一匹でも早く駆除するために、再び武器を振るいつつ、どうしてこんな状況になったのかと俺は思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

世界が崩壊し、命がけのサバイバル生活が始まってから幾ばく。

五月の穏やかな陽気がもはや懐かしい。季節は初夏。湿っぽい梅雨の時期へと突入していた。

 

何度も命の危機に瀕して来たが慣れとは恐ろしいもので、俺はこの生活に確かな充実感と仄かな幸福感すら得ていた。

 

朝の鍛錬。手作りで不恰好ながらも愛着の湧いた槍を手にとっての狩り。大切な相棒であるスマイルのレベル上げ。

一人と一匹、仲良く二人並んでソラの動画を鑑賞する就寝前の僅かな時間。

そして、程よい疲労感のまま寝袋に包まる睡眠して一日を終える。

 

こんな日々のサイクルがなかなか幸せだった。

 

 

そして朝日が昇り、新たな一日がまた始まろうとする。

寝袋の中、幸福な微睡みに浸る俺の腹部に僅かな重みがゴソゴソと動いている。

 

 

「……ん〜……降りろよぉ、スマイル」

 

 

小さな相棒はまだまだ甘えん坊なのだ。

早く目が覚めてしまって甘えて来ているのだろう。

常日頃から俺にベッタリでなかなか可愛い奴だとは思うが、それでも睡魔には勝てはしない。

 

全く。進化して少しはしっかりしたかと思ったのに、まだまだ赤ん坊もいいとこだ。

 

 

(……ん?)

 

 

と寝ぼけ頭で考えるが、ふと違和感を覚えた。

 

 

(いやいや。そうだ進化したよな、ちょっと前に。そんで身体もデカくなって体重も増えたよな?)

 

 

いや、進化を経た現在もスマイルは俺と比べれば小柄だし体重も十分に軽い。

だが、それにしても今こうして自分の腹の上に乗っかっているのが相棒だとすると、あまりにも小さく、何よりも軽過ぎるではないか。

 

 

(つーか冷静に考えてみりゃ進化してからは流石に俺にベッタリなんて事も少なくなったし、そんなスマイルがいきなり寝てる俺に甘えてくるのも変だぞ?)

 

 

漸くそこまで考えが至ると同時にハッと目を開き、即座に周囲を見回す。

 

 

「ナンスゥ……スゥ……」

 

 

右隣にはいつものように壁にもたれ掛かって器用にも立ったまま熟睡しているスマイルの姿。

 

 

「ビィ?」

 

 

それから俺の腹の上に居座る角芋虫さんの姿が。

あらやだ朝からなんて大胆なのかしら。

 

 

「……」

 

「スゥ……スゥ……」

 

「ビィー?」

 

 

スマイルの寝息を背景にしばし見つめ合う俺と角芋虫。

見つめ合うと素直にお喋りできない。そんな歌詞が頭を過ぎると共に時は過ぎ行き、俺は優しく。

それはもうこれ以上ないほどの優しい笑みを浮かべて挨拶してあげた。

 

 

「やあ、おはよう。素晴らしい朝だね?」

 

「ビィ? ビイビーィ」

 

 

俺の明るい笑顔とご機嫌な挨拶に釣られてか、腹の上の芋虫も嬉しそうに目を細めて思わずニッコリ。

巡り合えた時からまるで魔法にかかったかのような光景に、俺は笑顔のままゆっくりと身体を起こして……

 

 

 

「死ねやオラアアアアアァァァ‼︎」

 

「ブビギュウウウウゥ⁉︎」

 

 

力の限りその顔面をぶん殴り、飛び出すように寝袋から脱出した。

 

 

「ナンナンスゥ⁉︎」

 

 

寝床の近くに備えてあった装備類を慌てて引っ手繰り、角芋虫の悲鳴で飛び起きてあたふたしているスマイルの隣まで駆け寄って身構える。

 

 

「嘘だろ。おい……」

 

 

そこで目にしたあまりの光景に、頭に昇っていた血がサァッと降りて僅かに残っていた眠気は粉微塵に吹き飛んだ。

 

床にも、壁にも、天井にも。

視界のどこかしらには角芋虫が這い回り、拠点内は半ば奴らに占領されている光景だった。

 

頭の毒針を利用したのだろう。

竹林に面していた古屋の壁はボロボロに腐り果て、大型犬程度なら楽々通り抜けられる大きさの穴がポッカリと空いていた。

こちらが寝静まった深夜、奴らは物音一つ立てずに拠点を破壊して侵入して来たのだろう。

 

 

 

 

そしてたった今、仲間の一匹が俺にぶん殴られ瀕死にさせられたのを見て。

 

 

「「「「「ビイイイイィ‼︎」」」」」

 

 

全方位から殺気立った威嚇の鳴き声をあげた。

 

 

こうして最悪の一日は、相変わらず前触れのないままに始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キリが無えよ畜生‼︎」

 

 

横薙ぎに叩き付けるようにして包丁槍を振るい、眼下で突進しようと身構えていた角芋虫をまた一匹吹き飛ばす。

目の前の虫型モンスターの体液でベトベトに汚れた包丁の刃先はすっかり切れ味を無くし、もはや刃物としては使えまい。

それでも長物としてのリーチがあるので鈍器の代わりに振り回しては敵を牽制するぐらいには役に立つ。

 

だがこうも延々と戦闘を続けていると体力が削られていく。

汗が吹き出て、息が上がる。その時だった。

 

 

「あがっ⁉︎……っ痛ぇ‼︎」

 

 

目の前で横倒れとなった獲物に留めを刺そうと踏み込んだ直後。

皮膚を突き破り肉が抉れ、寒気の走るような未知の触感。やがて遅れて走り来る、燃えるような激痛。

 

 

「ビィッ‼︎」

 

 

左足首の痛みに歯をくいしばって耐えながら目をやると、そこにはジーンズごと串刺しにせんと頭上の毒針を踝の辺りに無遠慮に突き刺す毒虫の姿があった。

 

 

「ああ‼︎ 糞っ‼︎」

 

「ビッ⁉︎」

 

 

刺された脚を大きく振り上げ、角から思いっきり引き抜き、その勢いのまま踵を振り子のように引き戻し、憎きモンスターの顔面に踵をぶち込む。

角芋虫は無駄に蹴り心地のいい感触でポーンと放物線を描く。

 

 

(あああああ痛え痛え痛え痛えよ畜生‼︎ 俺が何したってんだ糞虫が‼︎)

 

 

傷口から血液が吹き出し、痺れるような激痛が走る。

身体が強張り、痛みに泣き叫びたくなる衝動をグッと堪えるも喉の奥からは堪えきれない苦悶の悲鳴が僅かに漏れた。

 

耐久性が売りだった筈のデニムズボンには哀れにもポッカリと穴が空き、藍色の生地を染めるようにして赤黒い俺の血潮が滲み出ている。

アドレナリンが吹き出している戦闘中だからこそ、どうにか我慢が出来ているが、当たりどころが少しでもズレていたらアキレス腱がぶち破られ、即歩けなくなっていただろう。

おまけにその一撃には、木材を一気に腐らせる程の猛毒つきだ。

 

 

(スマイルのスキルで毒を防いでくれて無かったら、今ので確実に死んでたぞ‼︎)

 

 

燃えるような激痛に止まらない脂汗。

早急に治療したいところだが、状況はそれを許してはくれない。

左足を庇いながらも周囲を警戒しつつ、相棒の様子をチラリと見やる。

 

 

「ソー‼︎ ナンスゥ‼︎」

 

「ビギャッ⁉︎」

 

「ビビイッ‼︎」

 

 

狭い小屋の中を器用に跳ね回り、反射スキルを存分に活かして大暴れするスマイルの身体は俺と同じように銀色の神秘的な輝きに包まれていた。

あらゆる状態異常から身を守るスキル『守護のオーラ』。

この幻想的なベールが俺と相棒を包んでいる限り、角芋虫の最大の脅威である毒攻撃を無力化してくれているのだ。

 

 

ひ弱で惰弱な種族人間ですら、槍を振るえばほぼ一撃で。

むしろ武器すら無くとも勢いをつけた蹴りを何発かぶち込めばあっさりと死ぬ。

動きも鈍く、魔法のようなスキルも持たない格下であることから、普段の戦闘では油断さえしなければ無傷で倒せる雑魚代表。

常識外れな膂力を持ったモンスター達の中で、ある意味では常識離れした弱さを見せる角芋虫。

 

 

(雑魚の癖に群れやがって……‼︎)

 

 

だが、それが数匹。数十匹。

しかも狭い小屋の中を埋め尽くすようにして群れているなら話は別だ。

 

たった一撃。

俺達を守る陽炎のように揺らめく一枚のオーラ。

非常に薄っぺらい、一見すると頼りないこの銀の抱擁が消えてしまえば、俺達にとってはたった一撃ですら致命傷だ。

頭頂部で怪しく光る毒液塗れの大きな角が直接皮膚に掠りでもしたら、一体どんな恐ろしい事になるのだろう。

 

 

(化物に食われるのも御免だが毒物で苦しんで死ぬのも御免っだっつうの‼︎)

 

 

獲物を振るう度に小屋の中を角芋虫の死骸が埋め尽くしていく。

果たしてどれ程の時間を戦っていたのか、壁の穴から新手が沸ぎ出てくるペースがようやく落ち着いて来たように思える。

 

この無限に続くかと思われた害虫駆除にも終わりが見えて来た。

 

 

「ビィッ‼︎」

 

「げ⁉︎」

 

 

その時、壁に引っ付いて様子を伺っていた個体の口から勢いよく白い何かを噴射した。

ガス漏れのような特徴的な音と共に飛び出して来たのは煙でも液体でもない。

 

 

(これ、糸の塊か⁉︎ 粘ついて足が動かねえ‼︎)

 

 

キラキラと輝く、か細い糸の束は俺の左足に着弾すると異様に強力な接着力で床に完全に固定してしまった。

 

 

(蜘蛛でも無えのに何でこんなに頑丈な糸を……全然取れねえ‼︎)

 

 

必死でもがく俺に追い打ちをかけるかのようにもう一匹の角芋虫が勢いつけて突進してくる。

毒針を剥き出しにした体当りを仰け反るようにして何とか躱した。

 

 

「痛っ‼︎」

 

 

だが床に叩き付けるようして着地した衝撃で負傷していた左足に大きな負担がかかり、激痛。

そのまま身体を支えきれないまま、ひっくり返るようにして仰向けに転倒してしまったのだ。

 

 

「ビィーッ‼︎」

 

「んなっ‼︎ や、やべえっ⁉︎」

 

 

モンスターはその隙を見逃してくれない。

突進を躱された角芋虫がUターンして全速力のまま、俺の顔面に向けて突っ込んで来た。

倒れた衝撃で手持ちの武器は全て投げ出してしまい、左足は負傷した上に右足は粘着性のある糸で固定されていて動きが取れない。

まさに万事急須だ。

 

 

(避けられ無ぇ‼︎ なら、とにかく即死だけは避ける‼︎ 痛みは気合いで我慢だ畜生‼︎)

 

 

あの速度のまま額に毒針を刺されたら、先端が脳みそまで貫通して即死だろう。

流石に奇跡の木の実でも死んでしまっては治せない。

 

必死の思いで姿勢を丸め両腕で頭部をガードする様はボクサーのようにも見えたかもしれない。

もっとも横倒れのまま痛みと恐怖で半泣きになりながら迫り来る角芋虫の突撃に備えている俺の姿はたいそう無様なことだろう。

 

 

「ビイイイィィィィッ‼︎」

 

「ああああああ来るな来るな来るな畜生‼︎」

 

 

迫り来る毒針への恐怖に思わず幼児が駄々をこねるように無様に叫びながら、身体を堅くして必死になって頭部を庇い衝撃に備える。

 

 

その時。

 

 

「ビギッ⁉︎」

 

 

突進する角芋虫を真横から吹き飛ばす勢いで黒い何かが飛んで来た。

 

 

「はっ?」

 

 

あたふたともがく角芋虫に絡みつく大きめな布地には見覚えがある。

枕元に置いてあった、俺のお気に入りのパーカーだった。

 

 

(な、なんでパーカーが飛んで来た? スマイルがぶん投げたのか? いや、そんな事より今がチャンス‼︎)

 

 

思わぬ横槍に一瞬、惚けるも、このチャンスを逃す訳にはいかない。

疑問だらけの思考を放棄し、グッと身体に力を込めて手を伸ばし、落とした包丁槍を掻き寄せるようにして手に取り素早く反転。

奮闘の末、ようやくパーカーから脱出した角芋虫がこちらに気付く頃には、既に俺は包丁槍を逆手に構えて力いっぱい振り下ろす直前だった。

 

 

「死ねや糞虫があああああ‼︎」

 

「ビギッ……⁉︎」

 

 

頭蓋から一直線に串刺し。

トマトが弾けるようなブチュリとした音を立てて体液が辺りに散乱。

それと同時に響いたドシンといった衝撃音に振り向く。

そこにはスマイルの反射スキルの餌食になったであろう、最後の一匹となった角芋虫が壁に叩き付けられ、ズルリと床に寝そべったところだった。

 

 

「ソーナンス?」

 

「おお、無事か。スマイル」

 

 

俺の隣には無数の角芋虫をあっという間に蹴散らした相棒が心配そうな表情をしながら、奇跡の木の実をヒョイと手渡してくれた。

こちとら死に掛け騒ぎまくったというのに、スマイルには目立った傷跡は一切無い。

か弱い種族人間との実力差に思わず泣きそうになりながらも、俺は木の実に噛り付いた。

 

 

「あー。兎に角、芋虫地獄は終わったみたいだな」

 

「ソーナンス」

 

 

ぽっかりと空いた壁の穴から援軍の様子は見られない。

木の実を飲み込むと同時に左足の震えと激痛も、緊張と疲労による怠ささえも、まるで全てが夢だったかのようにあっさりと消えていく。

 

 

だが現実は厳しかった。

床一面に散乱している数え切れない程の角芋虫の死骸とその体液。

あちらこちらに貼り付いている粘ついた糸の塊に、四方八方に突き刺さっている竹槍。

見るも無残に成り果てた我が愛する拠点はボロボロという言葉ですら生易しく感じる、見るも無残な状態だった。

 

こんなことなら意地を張ってまで小屋の中で大立ち回りを演じる事なく、素直に外へ脱出してから戦うべきだったか。と涙が頬を濡らすも、残念ながら後悔先に立たず。

 

重い、重い溜息を吐いたと同時に隣にいたスマイルの身体がピカリと光った。

 

 

「あー……レベルアップか。うん、久々だな。とりあえず、おめでとさん」

 

「ソー……」

 

「ああ、いや、レベルアップは嬉しいんだけど。いや、でも。これ、どうしよ?」

 

 

死骸を片し、槍を引っこ抜き、体液を拭き、壁に空いた大穴を塞ぎ、拠点を修理する。

言葉にすると簡単な各作業、があまりにも重労働だったからだ。

 

 

「ナンスゥ」

 

「ハァ……」

 

 

再びの溜息はスマイルと同時だった。

未だに粘着力の落ちない白い糸の塊から靴を脱ぐ事でようやく脱出した俺はガックリと項垂れ、肩を落とした。

 

 

(ん?)

 

 

その時、角芋虫の死骸の近くに落ちていたものが俺の視界に入った。

俺の窮地を救った、あの黒いパーカーだ。

 

 

(ああ。そういやこれも、謎なんだよなあ)

 

 

あの時はスマイルが俺を援護する為に投げつけたのかとも思ったが、あの戦闘時の位置関係的に腑に落ちない点がある。

 

俺の背後で戦っていたスマイルがどう頑張ったところで、俺へと『真正面に突っ込んで来た角芋虫を真横からぶっとばす』勢いでパーカーを投げ付けるのは物理的に不可能だ。

土壇場になってスマイルが新たにサイコキネシス的な不思議スキルを覚えたのならあり得る話だが、そう都合よくポンポンと新たな能力を覚えられるとは思えない。

 

俺は訝しげに眉を潜めながらパーカーを拾い上げると、両手でしっかりと皺を伸ばしてから肩の部分を摘んで広げ、改めてしっかりと観察した。

 

 

(何かちょっと違和感あるんだよなあ。具体的に何。って訳じゃ無ぇんだけど、何か違和感が……)

 

 

何の変哲も無い筈の、黒い無地のプルオーバーパーカー。

色も、質感も、生地の厚さも。

 

そしてその重量も……。

 

 

(あれ? このパーカーってこんなに重かったっけ?)

 

 

ようやく違和感の正体に勘づきかけた。

 

その時だった。

 

 

 

「ソーナンス‼︎」

 

「な、何だ⁉︎」

 

 

まず感じたのは身体ごと突き飛ばす衝撃とスマイルの身体の感触だった。

 

相棒は目にも止まらぬ反射速度で横から俺を抱き抱え、そのまま転がりこむようにして床に押し倒したのだ。

 

 

「痛っ‼︎ スマイル、てめぇ‼︎」

 

 

無遠慮に突き飛ばされ、スマイルと床のサンドイッチにされた衝撃に思わず声が漏れた。

突然の裏切りともいえる相棒の奇行にすわ何事かと怒鳴りつけようと俺がスマイルを睨みつけた直後。

 

 

バキバキと樹木が粉砕される地響きのような破砕音と衝撃波。

そして高速で小屋の中を貫通した何かが起こした激しい風圧が辺り一面を吹き飛ばした。

 

 

「は……?」

 

 

竹林に面していた拠点の壁は、先の襲撃で空いた大穴が可愛いと思える程の規模で大きくぶち抜かれ、もはや壁として機能するのは不可能だろう。

戦車砲の砲撃にでもあったかのように拠点を豪快にぶち抜いた『ナニか』は、まるでコンマ数センチの距離を猛スピードのバイクが横切るような異様な速度で、耳を裂く風切り音を立てて通過していった。

 

粉砕された木屑が俺の頬をかすめて血がタラリと垂れる。

ドップラー効果のせいか通過音がすっかり小さくなった頃、ようやく俺は事の深刻さに気づく事が出来た。

 

つい先ほどまで、俺が呑気につっ立ってパーカーを観察していたその場所に、小屋の壁を軽々とぶち抜く何かが目にも留まらぬスピードで貫通した。という事実に。

 

 

「は……? なん……だよ。まだ終わりじゃねえのかよ‼︎」

 

 

つまり、今まさに死に掛けた。というあまりにも冷たい現実に。

 

 

更に最悪はまだ終わらない。

先程の何者かの凶行がトドメになったのだろう。

 

拠点のあちらこちらがミシミシと嫌な音を立てると同時に、天井から埃混じりの木屑が雪のように降り注ぐ。

おまけに地震でも起きたかのようにガタガタと震え始め、壁や天井の至る所からヒビ割れ、バキバキと何かが折れる嫌な音が響きわたっている。

 

 

(不味い‼︎)

 

 

先の展開があまりにも容易に想像出来る。

キュウッと心臓が苦しくなり、激しい目眩が俺を襲った。

 

 

「ナンス‼︎ ナンス‼︎ ソーナンス‼︎」

 

「畜生‼︎ 弱り目に祟り目かよ‼︎」

 

 

慌てて跳ね起きるスマイルの腕に捕まりながら、俺は必死で駆け出した。

武器も荷物も貴重な食料も、何もかもを置き去りにして小屋の入口のドアを蹴破ったその時。

ついに限界を迎えたのか、まるで大きな悲鳴のような音を立てながら『天井が落ちて来た』。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおお‼︎」

 

「ナンスウウウウウゥゥゥ‼︎」

 

 

腕を交差して頭を庇いながら飛び込むようにして何とか脱出。

勢いのまま何度も前転し、全身砂まみれになりながらもようやく振り向いた時にはもう遅かった。

 

 

「……何だよ、これ」

 

 

 

突然の終末に焦燥していた俺達安らぎの地が。

毎日冷たい水を恵んでくれた古井戸が。

獲物を捌いていたあの小部屋が。

カレンダー代わりに傷をつけていた壁が。

備蓄してきた大量の干し肉と木の実が。

数少ない荷物を纏めたリュックサックが。

相棒と二人で過ごした思い出の我が家が。

 

愛すべき我が拠点は轟音を立て、崩れ落ちた後だった。

 

 

 

「何で。なんだよ」

 

 

俺達に安寧を与えてくれた楽園のあまりの呆気ない最期。

喉の奥から何とか絞り出した、掠れた呟きには誰も応えてくれない。

 

 

「ナンス‼︎ ナンス‼︎」

 

「……はあ?」

 

 

俺の裾を騒ぎながら必死に引っ張っる相棒につられ、脱力感と虚無感に支配され幽鬼のようにユラリと振り向いた先のその光景。

 

 

「……ああ、そう。そうかよ。そういうパターンね」

 

 

倒壊する轟音も、僅かに降り出した雨音も。

そして俺の嘆きの声すらも。

薄汚い曇り空から響く重々しい羽音が、全てを掻き消してしまったのだから。

 

 

「大量に湧いて出た雑魚どもは前座って訳ね。……ハハ、そりゃそうか‼︎ そうだよな‼︎」

 

 

俺は思わず泣きながらも笑うしかなかった。

 

 

「ジジジジ……スピ……スピピ……‼︎」

 

 

重い雨雲の覆われた分厚い曇天に響き渡る、重い羽音の正体。

先程の突進をかまし、俺達の拠点を木っ端微塵に砕いてくれたであろう巨大で凶悪な下手『蜂』が、宙に浮かびながら感情の見えない複眼で俺達を見下ろしているのだから。

 

 

「雑魚戦の次がボス戦って、よくある話だもんな‼︎ ゲームのお約束だよな糞ったれがあああああ‼︎」

 

 

真っ赤な複眼に二本の触覚。薄く透き通った大きな羽。

黄色と黒の危険色に染めた1メートル程の体躯に装備するのは、前足と尻部の先についた凶悪すぎる三本の毒針。否、毒槍とでもいうべき凶器。

 

昆虫と言い捨てるにはあまりに大きく、凶暴で、狂気的な、殺意に溢れるそのフォルム。

 

そのプレッシャーたるや。

相対しているだけで心臓の鼓動がドクドクと高鳴り、脳髄からビンビンに死の気配が警告してくるのだから溜まったものではない。

 

 

 

 

非日常は突然に。

厄災というのは特に前触れなくやってくるから厄介な話だ。

 

武器も無い。回復アイテムも無い。オマケに帰る家も無い。

 

 

「くたばれファッキンファンタジー‼︎」

 

 

理不尽極まり無い死闘を前にして俺が怒りの咆哮をあげると同時に目の前のモンスターは襲いかかって来た。

 

 




・スピアー どくばちポケモン(むし/どく)
食べられないことも無いが、毒腺の数が非常に多くて処理が困難。
また味わいもビードルやコクーンには劣るので食用としてはあまり用いられない。

今後の展開

  • 本編を早く進めて欲しい
  • 番外編を進めて欲しい
  • ソラが主役の話が読みたい
  • 新キャラを沢山出して欲しい

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