現実世界にポケモンをぶち込んだらサバイバル系B級パニック物になってしまった 作:ケツマン
12/20加筆修正済み
唖然呆然。
大口だけでなく目を大きく見開いてポカンとした俺の顔は側から見たらきっと笑いを誘う程に大間抜けな姿だろう。
だが、それほどまでに驚嘆する出来事が今目の前で起こったのだから俺のリアクションだって無理はない。
何が起こったのか分からない。
いや、ぶっちゃけ何となく理屈は分かってはいるのだ。
ただ単純に引き起こされた事象のインパクトがあまりにも強すぎて、矮小な俺の脳味噌では余りにも理解が追いつかないと言うべきか。
だがしかし、一体どうして誰が想像が出来たというのだろうか。
全くもって期待していなかった、ただのお邪魔虫的モンスターである我等が水色てるてる坊主。
ソイツがピョコンと俺の目の前に飛び出して、文字通りの肉壁になったかと思えば。
果たして力の限りぶん殴ったのか、それとも特殊なスキルやら魔法でも使ったのか。
とにかく方法は不明だが、目の前に迫ったあの凶悪な獣を一撃でぶっ飛ばしてくれるなど、一体どうやって想像しろというのだ。
しかもベキィッ‼︎ だとかボゴンッ‼︎ と言った明らかに威力過剰な爆音と共に、だ。
そして肝心のぶっ飛ばされた獣のモンスターの様子はと言うと。
「ハハ。ミンチより酷えや」
気が動転し過ぎたせいか、ついネタに走る程。人間、混乱し過ぎると一周回って冷静になるどころか笑いに走るのだなと奇妙な発見に驚いている自分がいた。
俺を喰い殺さんと襲いかかって来たハイエナ型のモンスターは一目で分かる程に瀕死の状態だった。
ギラギラと飢えに輝いていた金の瞳は情けない白眼に変わり果て、人肉を喰らわんと大きく開いていた顎からは力無く舌を剥き出しにして垂らしてブクブクと血の混じった泡を吹きながら時折ピクピクと痙攣している。
襲撃された時は死神の鎌よりも凶悪に映った、あの鋭い牙なんて特に酷い有様だ。
まるで爆発四散したかのように圧し折られで、そこら中に砕けた白い欠けらが散らばっている。
哀れ、化物の口の中には一本も残っていない始末だった。
「お前、本当に何やったんだよ?」
「ナノナノ?」
褒めて褒めてと言わんばかりに俺の目の前でピョンピョン跳ねて自己アピールをしていた水色モンスターは、相も変わらぬ朗らかなニコニコ笑顔を浮かべたまま不思議そうに首(正確には胴体の上部)を傾げている。
よく観察すれば、その小さな腹部に黒っぽい痣が見える事からノーダメージであのモンスターをぶっ飛ばしたというわけでは無さそうだ。
だがそれにしたって、どう考えても与えたダメージと受けたそれとの比率が明らかに釣り合っていない。
改めて俺の頰に冷や汗が垂れた。
もしや、このてるてる坊主擬きはそこらのモンスターよりも強い存在だったりするのだろうか?
だとしたらこの間抜けな姿と笑顔は擬態か何かなのだろうか?
危うく苛立ちに負けて包丁で無理矢理追い払うような真似をするところだった過去の自分に、良く耐えたと褒め称えてやりたい奇妙な気分になった。
「ギャアウ‼︎ エナアアアア‼︎」
緩和した雰囲気にほだされ、思考に沈んでいた俺の余裕を吹き飛ばすかのような咆哮が轟いた。
その獰猛な鳴き声に慌てて振り返ると、少女を貪っていたもう一匹のモンスターが此方に狙いを定めてグルルと唸り声をあげている。
本当につい先程まで食事をしていたのだろう。黒や暗い灰色だったであろう毛皮は顔面を中心に真っ赤に汚れ、所々は脂や内臓らしき肉片をこびりかせテカテカと滑った光沢を放つ。
瞳をギラギラと鈍く輝かせ、赤黒く汚れた鋭い牙を隠そうともしない凶悪でグロテスクな形相だ。
その凍りつくような殺意に当てられ悪寒に震えた俺は、慌てて取り落とした包丁を拾うと正面から向き直った。
すると予想通りに先程の襲撃を繰り返すような一直線の特攻を血塗れのハイエナが仕掛けて来た。
(畜生が! 二回目だってのに怖えんだよ‼︎)
体の震えは武者震い。そんな強がりを見せる余裕が有る筈も無い。
腰は今にも抜けそうで、脚には力が入らない。
そもそも唯一の武器がリーチの短い包丁という時点で頼り無いにも程がある。
やはり恐い。気を抜けば泣き出してしまいそうになる程、恐ろしかった。
ハッキリ言って勝てるどころかまともにダメージを与えられる気すら、微塵も感じられない。
だがほんの僅かながらも、先程の死線とは比べるまでもない小さな余裕を持っているのも事実だった。
つい先程、死に掛けたばかりで感覚が麻痺してしまったからだろうか。
いや、そうでは無い。まさかの大番狂わせ。ジャイアントキリング。ダークホース。
そんな言葉が最高にピッタリな心強い味方が。
いつも笑顔を絶やさぬ小さな英雄が、俺の味方に着いてくれると確信したからだ。
「上手くいったらチョコレートだけじゃなくて好きな菓子を好きなだけ食わせてやる‼︎ だから頼めるか⁉︎」
名前や性別はおろか、どんな生き物なのかも分からない謎のモンスター。
それでもその小さな身体を張って俺の身を庇ってくれたあの瞬間から、コイツは俺にとって最も信頼できる相棒になった。
随分と都合が良くて現金なことを考えている自覚はある。
出会った頃は散々に邪魔だとか、鬱陶しいだとか。そんなネガティブな感情しか抱けず邪険にしてきたモンスターに対し、思いっきり掌を返した下劣な人間だという自覚はある。
だからこそ。
だからこそ、後で精一杯謝ろう。それから思いっきり褒めてあげよう。
好きなだけ構ってやろう。お腹いっぱい甘いものを食べさせてあげよう。。
俺に出来る事なら、文字通り何だってしてあげよう。
だから。今この瞬間だけは。
「もう一発ぶちかませ‼︎」
「ソーナノー‼︎」
頼らせてくれ。相棒。
バキィッと再び激しい音が衝撃と共に鳴り響く。
襲いかかって来た二匹目の獣は、やはり先程の襲撃を焼き直しするかのように水色の小さな身体に弾き飛ばされて二度三度と地面をバウンドして倒れ込んだ。
だが、そのまま沈んでくれるかと思いきや、勢い良く跳ね上がるようにして瞬時に起き上がる。
どうやら先程の個体より身体が丈夫らしい。改めて観察すれば心なしか身体も一回りは大きく見える。
だがそれでも勝機は十分だった。
(イケる‼︎)
既に敵の脚は弱々しく震え、その顔面に至っては衝撃の為か大きく変形し、文字通り牙も何本か折れているだろう。
手負いの獣は恐ろしいとよく言うが、ここまでグロッキーならば恐れる事など何も無い。
その証拠に目の前の化物がつい先程まで浮かべていた捕食者の形相はすっかり崩れ、恐怖に怯えた被食者の表情へと変わり果てているのが見て分かった。
ここで仕留める。そう決意して包丁を握り直して一歩前へと進む。
そんな俺に怯えたのだろう。負け犬と化した獣は「キャウン」と情けない声を上げたかと思うと、すぐさま踵を返して逃げ出した。
だがその足取りはどこか弱々しい。確かに普通の中型犬に比べれば決して脚が遅いという訳では無いが、此方を食らわんとした時のあの疾走とは比べるまでも無い。
俺が全力で走れば簡単に追いつける速度だ。
包丁を逆手に構え直し、脚に力を込めて態勢を低くする。
そしていざ駆け出さん。そう決めた、その時だった。
「あん?」
俺は何やら奇妙な事に気がついた。
先ず異変が起きたのは逃走を計る獣からだった。
必死に逃げ出していた筈なのに、何故かある一定の距離まで離れたかと思うとその場で止まってしまったのだ。
一瞬、逃げるのを諦めて立ち向かって来るのかと気を引き締め直すもどうやらそうでは無いらしい。
よく見ると四本の脚はジタバタと全力で動いているのだが、まるで『何かに強引に繋ぎ止められている』かのように前へ進む事が出来ないようだ。
そして次に気がついたのは、影。
夕陽に照らされた影は俺の真正面に伸びている。
つまり俺の前方へと逃げ出した負け犬の影も、俺の視界にはハッキリと映らない正面側に出来ていないと物理的におかしい筈だ。
だというのに奴の影は『何かに引き寄せられるよう』にして『不自然に此方側に引き延ばされている』でないか。
怪訝に思いゆっくりと奴の影が延びる先を目で追いかけ、やがて振り向いた。
凡そ予想通りとは言え俺は感嘆の息を吐いた。
影の先に居たのは然もありなん。
「お前。本当に優秀なのな」
「ナノナノ」
態とらしく片足でステップを刻みながら、負け犬の『影を踏み付けて繫ぎ止めている』小さな相棒の姿がいた。
(影縫い、影踏み。カッコつけて英語っぽい名前つけるならシャドウバインドってところか? 効果は敵の逃亡阻止。さっきの反射スキルとは別系統のパッシブスキルってとこか)
ニコニコとした朗らかな筈の笑みに、どことなく凄みのある影を感じたのは気のせいだろうか。
前線に立って敵の攻撃を受け止め、手段は不明だが相手にも強烈なダメージを与えつつ逃亡まで阻止する。
改めて考えればなんと優秀なタンクだろうか。
これがMMOの世界だったら引っ張りダコの性能だろう。
「ナノ〜?」
トドメは刺さないの? 思わず見惚れていた俺にそんな疑問を伝えたいのか相棒は小さく首を傾げた。
それに応える為に小さく息を吐き出して気合を入れ直し、気を取り直して思いっきり駆け出した。
ジタバタともがいていた負け犬が俺の足音に気付き振り向く。
焦るようにひたすら前へ前へと駆けようとするも影という鎖に繋がれたコイツに逃げる術は無い。まるでルームランナーの上で走り続けているような醜態を晒す獣との距離はグイグイと縮んで行く。
そしてその距離があと一歩となった所で、逃げ出せない事を悟ったのであろう。
ボロボロの負け犬は焦ったようにひっくり返り、背中を地面につけ腹を剥き出しにして「クゥン」と媚を売るような声で鳴いた。
なる程。どうやら降参したらしい。
で、それが?
「死ね」
俺は負け犬の顔面に飛びかかるようにして刃を振り下ろした。
「結局お前はどんな生き物なんだろうな?」
足下に向けて俺が問いかけると水色の小さなソイツは「ソーナノ」とご機嫌な声で謎の返事をするとニコニコと微笑んだ。
その手には無人となったコンビニから拝借したイチゴ味のチョコレート菓子が握られている。
これからますます厳しくなるであろう食料事情、本来ならこんな贅沢を覚えさせるのは良くないだろうが今回のMVPは間違いなくコイツだ。
二度も命を救われたのだから煩いことを言うのはまた今度だ。
(それにいくつか気になる事もあるしな)
俺が二匹目にトドメを刺した後の事。コイツの身体が一瞬だけ白く発光したのだ。
一体何が起きたとよく見てみると、やけにご機嫌になった相棒が跳ね回りながらシャドーボクシングのような動きで、はしゃぎ始める。
更によくよく観察を続けると、二度の戦闘で負っていた筈の傷痕が僅かに薄くなっている。
そう、まるで体力を回復したかのように。
体力の回復。それから力が滾って仕方ない示すようなアピール。
自分は強くなったんだ。そんな心情を訴えるかのような、元気いっぱいな様子を見て、俺はふと思い付いた。
「まさか、レベルアップか?」
「ソーナノ! ソーナノー‼︎」
小さな身体で器用に頷いては笑顔を更に深いものにして俺の右脚に抱き付いて来る。
どうやら正解のようだ。
謎のモンスターの出現。
現代科学をぶっち切って無視する魔法のような多種多様な攻撃手段。
オマケに戦闘を経て異様なまでに成長する体力やステータス。
「本格的にファンタジーものの育成ゲームの世界じゃねえかよ」
力無く空を仰いだ俺の考えは的外れなものでは無いだろう。
きっとこの世界はどこかのファンタジー世界と融合してしまったのだ。
モンスターハンターのように対人間でどうにかなるようならともかくとして、あの犬型ですらここまで手こずっているのだ。
世界中で出現しているモンスターの殆どには銃火器が効いてなかった筈。
つまりモンスターに対抗するにはどうにかして、モンスターを味方につけて戦ってもらうしか無いという事だ。
なんて良くある育成ゲームの世界観だろうか。
主人公はテイマーやサモナー系かな? 経験値の分配は難しいけど確かに夢のあるジョブだよね、俺も大好きさ。
だが現実にそんなシステムを強引にぶち込んだ結果がこの地獄絵図だ。ファッキン・ファンタジー。
ゾンビ映画よりタチが悪い。
「ナノナノ?」
クイクイとズボンの裾を引っ張られてふと足下を見やる。
そこには相変わらずニコニコとした微笑みを浮かべる小さな恩人の姿がある。
俺は少し態とらしく、「ふぅ」と息を小さく吐き出した。
それから周りに敵がいないかの確認を済ませるとしゃがんで目線を合わせた。
チョコレートで汚れたソイツの口元をパーカーで軽く吹き、その頭を優しく撫でてやる。
想像通りのプニプニとした感触と、少しヒンヤリとした体温が心地よかった。
「ありがとな。助けてくれて」
「ソーナノー‼︎」
これから世界はますます生きにくくなるのだろう。
映画の世界のような、死にかけるような悪意や脅威だって何度も襲いかかって来るのだろう。
だが、それでも。
「一緒に、来てくれないか?」
この小さな相棒が居れば、きっと生きていける筈だろう。
らしくもない希望的観測を口にしている自覚はあった。
確信も無ければ根拠も無い。ただの強がりのような俺の言葉。
だけどそんな言葉に笑顔を輝かせ、俺の胸に飛び込む
俺は絶対に生きてやる。
なお抱きしめた相棒が以外に重くて、支えきれず転けた事は忘れて欲しい。
・ソーナノ ほがらかポケモン(エスパー)
身はコラーゲン質でほぼ味は無い。水煮にして山葵醬油で頂くとなかなかの珍味。
今後の展開
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本編を早く進めて欲しい
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番外編を進めて欲しい
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ソラが主役の話が読みたい
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新キャラを沢山出して欲しい