現実世界にポケモンをぶち込んだらサバイバル系B級パニック物になってしまった 作:ケツマン
12/20加筆修正済み。
ー都内某所・アパートの屋上にてー
今夜はこんなにも見事な満月だというのに、錆びついた金属のような鈍い色に映った。
方々から立ち昇る、白黒灰と入り混じった煙に霞んだ月光にボンヤリと照らされた一人の青年。
その顔色が、すっかり生気が抜け落ちて灰色に見えたのは果たして偶然なのだろうか。
長身の青年、
右手にしっかりと握っていた筈のスマートフォンは脱力感のあまりか薄汚れた屋上に転がり落ちていたが、大地はそれに気づきもせずに途方に暮れたように身体を凍りつかせている。
口を大きく開けて間抜け面を晒す男の顔は、やはり死人のようにしか見えなかった。
「……嘘だ」
目の前に広がる惨状を否定するかのように言霊が零れ落ちた。
それと同時に瞬き一つせずに固まっていた両の眼から涙が溢れ、そのまま頬を伝う。
呼吸をしようにも上手くいかず、ヒュウと喉から笛を鳴らした音がするだけだった。
次第に身体は小刻みに震え、甲高い耳鳴りが鼓膜を通して脳髄に突き刺さる。
胃液が次第に逆流し、ほんの少しでも気を抜けば嘔吐する事だろう。
激しい無力感に苛まれた大地は、彼自身の精神のキャパシティを軽々と超越したこの非日常的な光景に、ついにはドサリと音を立て膝から崩れ落ちた。
「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ」
轟音を立てながら倒壊するビル。
激しい爆発を起こして粉々になった駅構内。
黒煙を立ち上らせながら轟々と燃え盛る市民病院。
衝撃音と共に軽々と吹き飛ばされていく軽トラック。
そして崩壊された日常から必死に逃れようと悲鳴を上げながら逃げ回り、それでも蹂躙される人間達。
そしてその元凶たる。
モンスター。
欲望と本能のままに暴れ回り、人々を殺し、街を破壊している大小様々な種族が入り乱れる未知のモンスター。
その姿を青年は認められない。認める訳にはいかなかった。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ‼︎」
大地はそう大声で叫びながら両腕で頭を抱え、何度も何度も地面に額を打ち付けた。
その衝撃で額は裂けて血が吹き出し、脳が激しく揺れて吐き気と頭痛がさらに悪化した。
だが、そうまでしたところで現実は何も変わらない。
どうか悪夢から覚ましてくれ。そんな願いを込めた自傷行為は燃えるような激痛を通して、この地獄が現実だと無情にも彼自身に訴えるだけだった。
それでも、どうしても目の前の現実が認められない大地は何度も頭を床に打ち付け、やがて電池が切れたオモチャのようにピタリと動かなくなった。
「何で……何で……」
血塗れの顔面をゆっくりと上げると、涙を拭う。
産まれたばかりの子鹿のような頼り無い脚で力なく立ち上がりながら、震える自身の身体を必死で抱きしめた。
きっと夢から醒めた筈。現実から逃げるようにして請い願いながら再び視界に捉えた世界は、やはり先ほどまでの惨状と何一つ変わる事は無かった。
悠々と空を舞いながら鉄塔をその翼で切り裂く鋼の鶴。
雄叫びを上げながら見上げるようなその巨体でひたすらに暴れ回る熊。
身体をホイールのように丸めて人も車も轢き潰しながら爆走する象や、電柱に噛り付いて電気を吸収している毒々しい体色の不気味な大蜘蛛。
そんなモンスターを。『本来なら』そんな事をする筈がないモンスター達の存在を。
土屋 大地はどうしても認める事は出来なかった。
何故なら、彼は知っていたからだ。
本来の『正しい彼らの姿』を。
「何で『ポケモン』が俺達を殺すんだよおおおおおおぉぉぉぉ‼︎」
血を吐くような叫びと共に、魂の慟哭が地獄と化した都会の空に響き渡る。
そして絶叫すら無情にも掻き消すかのようにして。
日常が、世界が、人間が。
今まで甘受してきた、ありとあらゆる平和そのものが崩壊する音が絶え間無くなり続けるのだ。
エアームド、リングマ、ドンファン、デンチュラ。
大地は彼らの名前や生態、種族からといった些細な情報の事細かまで全てを知っていたのだ。
もちろん彼らの事だけでは無い。
叫び回り爆音で民家を吹き飛ばすドゴームの事も。
血走った眼に映る、全ての敵に襲いかかかり血祭りに上げているヤルキモノの事も。
空から三つの首でそれぞれ破壊光線を放ちながら飛び回るサザンドラの事も。
不意に地中から飛び出したと思えば、頭上で慌てふためいた人間の下半身を食いちぎったナックラーの事も。
「違うだろ⁉︎ ポケモンは‼︎ 俺たちの‼︎ 人間のパートナーだろうが⁉︎ お前ら何なんだよ⁉︎ ロケット団の手先なのか⁉︎ あああああぁぁぁぁ‼︎」
彼は知っていた。知るはずも無い彼らモンスターの全てを知っていた。
とある世界で『ポケットモンスター』と名付けられた、全く未知な生物達の知識を確かに持っていた。
結論から言えば土屋 大地は転生者だった。
若い内に自動車事故に遭い、呆気なく人生を終えたかと思えば記憶を引き継いだままに新たな生を与えられた。
原因も因果も一切が解らない。彼は仏教徒でもなかったし、死後の世界でいわゆる神様的な存在に遭遇した訳でも無い。
ふと気がついた時には既に前世の記憶を思い出し、年の割には異様に大人びた少年として新たな生を歩み始めたのだ。
前世の記憶が津波のように押し寄せ、新たな人格と混ざり合うようにして記憶が戻った当初は酷く混乱したものだ。
この世界に馴染めるか、果たして不審に思われずに年相応に振る舞えるかと不安を抱いたが、結局ソレは杞憂に終わった。
何故ならば、この世界は彼の前世における世界と『ある一点』を除いて全く同じ世界だったからだ。
『ポケットモンスター』。
縮めて『ポケモン』と呼ばれるゲームソフトやそれに関連する作品が一切存在しない事。
ただそれだけを除いて。前世にて、その青春の全てを注ぎ込んだ大切な思い出が存在しない事だけを除いて。
その事に気がついた大地は直ぐにインターネットで情報収集を始めた。
ポケモン。ポケットモンスター。ピカチュウ。サトシ。カプセルモンスター。等々。
思いつく限りポケモン関連のキーワードを何百何千と検索にかけるも、ついに目ぼしいものはヒットしなかった。
やはりこの世界ではポケモンは存在しない。それどころか知っている人間すらいないのか。
そう落胆する青年を、神は見捨てる事は無かった。
きっかけは良くあるチャット相手を募集する趣味の掲示板の書き込みだった。
『ポケットモンスターの知識がある人を探しています。私はアナタと同じ、やり直している人間です』
大地はその書き込みを見つけた時、歓喜の雄叫びを上げた。
大好きなポケモンを知っている存在。すなわち転生者が自分だけで無いと知った時の感動は言葉に出来ないものだった。
迷う事なくその書き込みに飛び付いた彼はすぐさまコンタクトを取った。
自分も転生者である事や、いかにポケモンを前世でやり込んだかをツラツラと書き連ねた。
そしてあっという間にスレッド主と個人的にスカイプのやり取りをする間柄になり、彼と協力してポケモンについての知識を持つ同士。つまりは前世からの転生者を捜し集め、定期的にオフ会を開いて交流を始めるまでに至った。
最終的に集まった転生者の数は年齢男女バラバラの8人。
奇跡的にも基本的なジムリーダーの数と合致した。
彼ら同好の士はグループチャットや定例となったオフ会で互いに連絡を密に取り合い、ある一つの目標を掲げた。
この世界にポケットモンスターが存在しないというのなら、前世の記憶を頼りに自分達の手でポケモンをアプリゲームとして作りあげて流行らせよう。と。
8人が心を一つに夢を追い始めてから約3年。
掲示板にスレッドを立てたプログラマーの男を中心にしつつ全員で協力しながら開発を進めて来た。
何度も修正し、テスターを募集して意見を取り入れ細かい調整を済ませたのがつい先週。
そしてついに今朝、開発班のリーダーからメンバー全員へ待ちに待ったメッセージが送られて来たのだ。
『全ての調整が終わった。明日の朝には俺達の夢が形になる。ポケットモンスターがこの世界に甦るんだ』
その知らせを受けた大地は期待に胸を膨らませ、夜明けを待っていた。
まるでサンタクロースを待つ幼子のように。
どこまでも純粋に、自分の青春の思い出が蘇る瞬間を待ち望んでいた。
唯、それだけだったというのに。
土屋 大地の希望は、全く予想だにしない形で崩壊した。
「夢だろ、これ。なぁ? 悪い夢に決まってる」
震える脚を庇うようにしてフラフラと屋上のフェンスに向かい歩き出すその様は、死んだ顔つきも相まって夢遊病患者かリビングデッドにしか見えなかった。
瞳は虚ろ、真っ青な唇からは現実を否定するための妄想をブツブツと呪文のように呟き続けている。
大地の精神はすっかり限界を迎えており、もはや痴呆の老人や薬に犯された廃人となんら変わらぬ容貌と化している。
だが彼にとっては最早ただ目の前のカタストロフを否定する事に必死になり、それ以外の事を考える余裕がなかった。
そうだ、夢に決まっている。ポケモンは人間の友達なんだ。
っていうか、そもそもポケモンって二次元のキャラだし?
そりゃ現実に現れて欲しいとは思ったけどさあ。だからってコレは無しだわ、無し。マジで無し。
そもそもポケモンっていうのは悪戯に人間を傷つけたりしないし。殺したりなんかしないし。
ハイ、論破。QED。夢オチ決定。
これはムウマが魅せた悪い夢。
「夢オチとかサイテー……ハハッ。早く覚めろよ」
今にも崩れ落ちそうな覚束ない足取りのままに、倒れこむようにしてフェンスに寄りかかる。
錆びでボロボロになった鉄柵は、カシャンと軋む音を立て、その衝撃だけで所々にヒビが入り、その形状も僅かに歪んでしまった。
今にも崩れそうなその様は、まるで大地の心を比喩したかのようだった。
嗚呼、これは悪い夢。誰でもいい。誰でもいいからこんな悪夢から救ってくれ。
涙は既に枯れ果てた瞳を血走らせ、繰り返された絶叫の反動で血が混じった吐瀉物を吐き出しながらも大地は願い続けた。
誰に願っているのかすら分からぬまま、唯々一心不乱に懇願した。
嗚呼、きっとその願いが通じたのだろう。
この惨状をこれ以上見たくない。そんな願いを叶える為に『彼』は来てくれたのだろう。
ほら、フェンスにもたれる青年の背中に。
まるで羽虫が集るように。
ゾワリゾワリと周囲を冷やし。
黒いスモッグが次第に重なり。
その中心に無機質な大きな眼球が。裂けるような口が浮かび上がって。
怨霊が今まさに産声をあげながら。
目の前の男の心臓に向かってゆっくりと……
「……ゴゴゴ……ゴース……イーヒッヒッヒッ……‼︎」
黒い霧に包まれて。
また一人。死の街へと消えて逝く。
・ゴース ガスじょうポケモン(ゴースト/どく)
致死性のガスで包まれた実態の無い存在の為、食べる事は出来ない。が、一説によるマダツボミの塔にて厳しい修行を積んだ僧ならば、食べる事が出来るという都市伝説がある。
今後の展開
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本編を早く進めて欲しい
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番外編を進めて欲しい
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ソラが主役の話が読みたい
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新キャラを沢山出して欲しい