犯人を目撃した少女に残忍な魔の手が忍び寄る
「お前はもう一人の私だ」
ある朝、僕の耳に届いたこの言葉。
この幻聴が聴こえるまでに、僕の身に起きた波乱を少し紹介しよう。
僕は心療科医の風戸京介。
7年前までは、東都大学付属病院で外科医をしていたが、当時同僚だった神野保との共同執刀手術で神野に左手首を切られてしまい、その怪我が原因で腕が落ち、心療科に転向することになっていた。
心療科が不服なわけじゃない。実際、多くの担当患者から信頼され、警察関係の人のカウンセリングまで任されるくらいの地位には来ている。
でも、この不本意な立場に、僕の心の奥底は未だにポッカリと穴が開いたままだ。
そして1年前、偶然再会した神野から知らされた衝撃事実。
「お人よしなんだよ。お前は」
そうあの怪我は、当時僕に嫉妬していた神野が故意に起こしたものだった。
そして突発的に芽生えた殺意。手術ミスで訴えられ、自殺の理由のある神野を自殺に見せかけて殺害した。
幸い、警察はこの事件を自殺と断定。
復讐を遂げた僕は、空虚な満足感と達成感を胸に抱きながら、心療科の仕事をどうにかこなして毎日を過ごしていた。
そんなある日、先輩警部が亡くなったショックでカウンセリングに来ていた奈良沢刑事から、私の事件が再捜査されているという話があった。
どうやら昨今の警察には情報管理の徹底がなされていないようである。まさか犯人に情報漏洩するとは。
この事実を知ってしまえば当然、この刑事もショックだろうが・・・
この事実、犯人にもショックが大きいんだよ。
その夜・・・ストレス。
強いストレス。
食事ものどを通らない。眠れない。
何故僕がこんな目に・・・
一睡もできず頭痛が痛いまま、夜が明け、また朝がやって来る。
とうおるるるるるるるる
電話の着信音が聴こえてきた。気怠い身体をおして、滅入る気を奮い立たせ、こんな朝っぱらからかけてくる非常識な電話に僕は出た。
プッ
「はい、もしもし」
『風戸か?私だ』
電話口から聞こえてきたのは、聞いた事のあるような声だった。自分の声にも聞こえるし、前から担当している白鳥警部の声にも似ている。以前から、白鳥警部の声は私の声に似ているような気がしていたが・・・・
『私は救いのヒーロー。私の計画通りにすれば、お前が今抱えている悩みを全て解決することができる』
いと怪しいイタズラ電話のようだ。何を言っているんだコイツは。
「誰だキミは。悪戯なら切りますよ」
『私はお前が白鳥警部と混ざったことで生まれた存在。そう、お前はもう一人の私なのだ』
よし、心療科受診を推薦しよう。もちろん僕の勤め先以外の。
いややめた。切ろう。
だが・・・受話器を置いた僕の耳に届いたのは
『おい待て!人の話を聞けコラ!人の話は最後まで聞きましょうって義務教育で習わなかったのかボケ!』
!!??
受話器は確かに置いた。
通話は切った。
なのに、僕の耳にこの声は、幻聴は届いていた。
「まさか・・・キミは、もう一人の僕ということ?」
『お前がもう一人の私だ』
頑なだ。
いやそんなことより、認めたくない現実。どうやらこの幻聴は、僕の強いストレスから生まれた多重人格の症状のようだ。
『そんな事よりお前事件の再捜査に悩んでいるのではないのか?私がそれを救ってやろうと言っているのだ』
「悩みを聞いてくれんですか?」
『殺せばいいじゃないかいっそ捜査官全員』
コッチの話を聞いてくれない、物騒な人格でした。
「でも、罪の無い人を殺すというのは」
『ふん、臆病者め。いいだろう、犯行時には私が入れ替わって豹変してやる。これでいいだろ臆病者』
いちいち一言多いが、僕はもう一人の僕の提案を渋々飲むことにした。
もう一人の僕の殺害計画ではまず、警察を恨んでいるという先輩警部の息子・友成真に罪を擦り付けるために、第1の犠牲者・奈良沢刑事殺害現場におびき出すという、効率的で卑怯な手段を実施。
「父親の死の真相を教えてやる」
と、犯行予定現場の米花町の交差点に呼び出し、友成の目撃情報を残す。
犯行に使用する凶器は、もう一人の僕が闇の通販とかいう手段で、9ミリ口径のサイレンサー付きの銃を手に入れた。しかも2丁。あとおまけにナイフや暗視ゴーグルやら無駄遣い並みの手痛い出費。
『男は黙って2丁拳銃』
そして決行当日、あいにくの雨だ。
『今日は中止にするか。救いのヒーローは雨が降ったらお休みだ』
そんなわけにはいかない。もう友成を呼び出している。
『よしなら行け。ぬかるなよ』
「何を言ってるんだもう一人の僕。犯行時には入れ替わってくれる約束でしょ」
『やれやれ仕方がない。救い料は50千円にまけておいてやる』
= 豹変 =
こうして豹変した“私”は奈良沢刑事の殺害に向かった。
灰色のレインコートを着て、灰色の傘を差し、いざ参る。
『目立たない?その格好。大丈夫なの?』
「ふん、臆病者は黙って見ていろ。華麗なる私の殺人ショーをな」
幸運にも奈良沢刑事は電話ボックスでお話し中。終わったら速攻でショットだ。
ガチャッ
奈良沢刑事は私の顔を見た瞬間、めちゃくちゃ驚いていた。
うぉっ
こっちまで驚いてしまったじゃないかジジイ。
・・・・・今のは忘れろ。
私は電話ボックスを出た奈良沢刑事をクールに射殺。
苦しませないよう一発で。
そしてクールに去るぜ。
= 復帰 =
もう一人の僕が誤った発言をしました。大変失礼しました。
まず、彼は焦って3発発砲していた。
刑事は苦しみながら、左胸に手を置いてダイイングメッセージ残して亡くなっていた。
幸運だったのは、真昼間の大通りで実行したにも関わらず、有力な目撃情報が残らなかったこと。
さらには、ダイイングメッセージは左胸ポケットの警察手帳を指していると推理されていること。
犯人の僕としては心臓、つまり心。心療科の医師である僕が犯人だというメッセージだと理解できた。
(でもそんな回りくどいメッセージ残すくらいなら、直に血で名前を書いた方が伝わりやすかったんじゃないかなと思う。まぁ伝わりにくいほうが僕としてはありがたいけど)
そして、その日のうちに受診してきた白鳥警部から、これらの捜査の重要情報を聞き出すことができたこと。
本当に、警察の危機管理は無茶苦茶だ。
まぁ、僕が捜査線上に容疑者として挙がっていないということが分かったから万々歳なんだけど。
『全て私の計画通り』
という出自の分からないもう一人の僕の自信を無視して、その夜。
再び豹変した僕らは再び友成を呼び出して、今度は緑台のメゾン・パークマンション地下駐車場で芝刑事を殺害。
今度こそ目撃される恐れの少ない場所で、一発で仕留めることができた。
『これにて一件落着』
ではない。
まだ捜査員は1人残っている。
それにせっかく奈良沢刑事の時に警察手帳がダイイングメッセージだと思われているんだから、ここはあえて芝刑事に警察手帳を握らせれば、捜査をかく乱させることができる。
『なるほどな、お主も悪よのぉ』
馬鹿な人格は黙っていて欲しい。
さぁ次は女性警官の佐藤刑事。この人は警戒心が強くて手ごわい相手。念入りな準備をして挑まなければならない。
『安心しろ。女性のハートを射抜くのは得意だ』
豚野郎は黙っていてくれ。