謎の協力者・ケビンの協力もあって、実現不可能と思われたトリックを乗り越え、裏切り者の美佐を殺すことに成功した私、一之瀬恵子。
次にやらなきゃいけないトリックは、先の犯行を『屈強な男』の犯行に見せかけるために、男の容疑者候補を用意すること。
目星はついているわ。美佐にストーカーしていた大男がいるの。トレードマークは変なセンスの黄色いコート。
ちなみにこのコート、土産物店がクリーニング屋さんもやっていて、今日たまたまお店でお預かり真っ最中だったの。
どう?濡れ衣着せたい日に濡れ衣用の衣服が私の手の届くところにあるのよ。
もう、「この男をスケープゴートにしてあげようよ」って、神様が微笑みかけているとしか思えないわ。
あとは、大きなマネキンに黄色いコートと帽子をかぶせて、私自身はあらかじめ用意しておいた美佐と同じ服に着替えて、埠頭の街灯の下で口論するフリをする。これを誰かに見てもらえばいいだけ。
こうすれば目撃情報から、『この大男が美佐との口論の末に殺害』ってストーリーが出来上がるって算段よ。完璧ね。
そして夜10時ごろ。
私は大男マネキンと口論・・・できない。
何このシュールすぎるシチュエーション。変な服装のマネキンに何分も話しかけ続けるとか。
何が悲しくて?何が面白くてこんな拷問を?演技なんてやってられないわ。
そもそも演劇部でも女優でもないの私。その辺の従業員にしておくには丁度いいレベルの演技力しか持ち合わせていないの。
駄目・・・鬼気迫る口喧嘩なんて・・・マネキン相手に・・・できない・・・
『諦めないで!』
その時、次元の壁を超えるような、不思議な声が私に届いたわ。
絶対に出会うことのない、監督の違う、媒体の違う、そんな場所から来たような女の人が、私の前に現われたの。
「私は酒井なつき。ハリウッドからも声がかかるヘアヘイクのプロよ」
また見知らぬ人が現われた。でもケビンに似たこの感覚。
まさか彼女も私の味方!?
「貴女もまさか、私を助けに来てくれたの?」
「そうよ。私は起こした事件が30分枠の程度のスケールだったから事件簿してもらえなかった恨みを晴らすために、同じ敵を持つ犯人たちを助けに来たのよ」
そう言うと酒井さんはマネキンにメイクを始めたわ。そして見る見るうちにマネキンののっぺらぼうに生気が宿っていって、まるで本物の口論したくなる男の顔が出来上がったの。
これなら自然に演技が出来そう!
「ヘアをメイクするだけの女にハリウッドは振り向かない。私は無からも感情の潮流を生み出せるのよ」
「ありがとう。酒井なつき!」
私の感謝の言葉が届いたのかはわからない。彼女はまるで最初からこの場にいなかったみたいに消えていたわ。
その後、私は釣り人に目撃してもらうまでマネキンと口論を続けて、全てのトリックを完了させたわ。
トリックに使った滑車やロープを店のゴミ捨て場に捨てて、マネキンも破棄して。
終わった。
今日は凄く疲れた。
店の自室に戻った私は、それからベッドに倒れ込むと泥のように眠ったわ。
【翌日】
店に昨日の女の子が“知らない子供たち”と来たわ。
どうやら名探偵の孫の金田一くんと刑事の剣持さんが神隠しにあったそうなの。
どゆこと?
考えられるのは昨日、美佐が2人を拉致していたって可能性ね。探偵と刑事がいたら誘拐の仕事しにくいから?でもあの2人を呼んだの美佐でしょ・・・理由が全然わからない。
でもまぁいいか。向こうには仲間が3人もいるし、島ごと完全な探偵・刑事アウェイな環境。いくら最強コンビでも何も出来ずに終わるはず。
それより気になるのは、今私の目の前にいる子供たちよ。
金田一くんや剣持さん、そして美佐を心配する大人たちを前に自信満々にこう言ったの。
「大丈夫だよ。今、ボクたちみんなで捜してるから」
眼鏡の子が子供らしくない不敵な笑みを浮かべて断言すると、そばかす顔の子も続けて自信満々に言ったわ。
「ボクたちは、少年探偵団です」
探偵・・・いるのかよ!
とは思わないわ。ホッとするドッキリ、むしろ大好物よ。
ひとこと言わせてもらえば、子供の遊びじゃないんですけどその神隠し。
でもその無邪気さが可愛い。癒やされる。
とりあえずその一生懸命な姿にエールを送りたくなったから、情報提供してあげたわ。
美佐のことや土産物店のこと。何故かこの子たちが知ってる“25年前の惨劇”については、知らないふりだけしておいたわ。
「じゃあがんばってね。小さな探偵さんたち」
その後、私は次の誘拐の準備をして店を離れたり、少年探偵団と再会したりして過ごしたわ。
それからしばらくして、灯台に呼ばれたの。
なんでも名探偵・毛利小五郎の推理ショーが始まるとか・・・・
WHAT!?
名・探・偵!?
せっかく刑事と探偵を追い出したところなのに・・・探偵多すぎない?探偵密度高すぎない?
だけど少し安心できたのがこの探偵、「ほへっ、ふにゃ~」とかポンコツっぽい雰囲気出してすぐに寝ちゃったの。
これなら問題なさそうね。
「出た!眠りの小五郎!」
何それ?
私だけキョトンとしていると、毛利小五郎は静かな声で言い放ったわ。
「彼女を殺害した犯人は・・・あなたですね。浜田涼子さん!」
誰?
って私だ!偽名だから一瞬気付かなかった。
マジ?
それから咲き乱れる毛利小五郎の名推理。誰よポンコツって言ったの。私だ。
提示した根拠はざっくりで半端な情報量のくせに、まるで横で見ていたみたいに全部的中させちゃうから怖いッたらありゃしない。
私、体の何処かに盗聴器でもつけられてないでしょうね?
こうして謎は全て解かれた。
でも復讐のことだけは語らなかったわ。
絶対に・・・仲間の為にも・・・
【そして翌日】
私の身柄はフェリーに乗せられて本土に移されることになったわ。
毛利小五郎一家や少年探偵団たちも一緒にね。
これはこの島の町長の差し金みたいよ。町長の秘書が毛利小五郎たちに退去命令を出しているの。
そりゃそうよね、この町長は25年前に夕闇島で大量殺戮を起こした大悪党。名探偵にうろちょろされたら困るから、町長権限で強制送還にしてやろうって魂胆みたい。
でもね町長、これで終わったと思ったら大間違いよ。あなたの本当の敵は探偵じゃない。私達5人の復讐者よ。
毛利小五郎たちは「まだ金田一と剣持が神隠し中だから探したい」って抵抗していたけど・・・もう時間よ。
私はフェリーに乗せられ、あとは毛利小五郎たちが乗り込むだけ・・・
あら?
その時、フェリーから“銀髪に眼鏡のイケメン”が颯爽と降りてきたわ。
そして金田一の彼女の子がそのイケメンと何やら話をしていると・・・なんと秘書の権限を上から叩き潰しちゃったわ。
このイケメン、警視庁の明智って警視らしいの。
まさか・・・これが噂に聞くキャリア波の持ち主!?
一瞬にして権力構造が入れ替わって、秘書は一瞥で一蹴されて、毛利小五郎たちの島残留が決定しちゃったわ。
最後に凄い物を見せてもらったわ。
でも、これが私の見た最期の光景。
BOOM!!!
私の乗ったフェリーが爆破されたの。
大爆発。
私も重傷を負って、海に投げ出されたわ。
とてもじゃないけど、子供には見せてあげられないほどの残酷描写で重傷よ。
犯人はもちろん『裏切り者は許さないマン』以外に考えられない。
何故に爆破?私が復讐の事を警察にゲロっちゃうとでも思ったの?
そんなことするわけないじゃない。
仲間を信じられなくなったら人間終わりって。人の命を大事にしなさいって。テレビでもよく言われている常識じゃない!
お願い、名探偵。
あのクソ野郎を・・・(復讐を全部終わったタイミングで)捕まえて・・・
あと、どうでもいいかもしれないけど。
次元を超える助っ人さん・・・一番の苦難の、命の危機に現われてくれないのは何故?
やっぱり自分たちの命が惜しいかしら?
それとも彼らは・・・トリックの神が遣わした使徒・・・なのかもしれないわね・・・