俺の名前は須永秀雄。本名は双葉秀雄だ。
この25年間、俺は金融会社に勤めて、借金まみれのクズ共を相手にしてきた。全てはこの復讐の舞台、夕闇島の偽の島民にするため。
借金で首が回らない、俺達に逆らえない奴らを使って25年前の夕闇島を再現し、同時進行で25年前に生き埋めにされた俺達の家族たちの遺骨を掘り起こさせるのがこのプロジェクトだ。
そして俺の役目は父親の敵討ち。
昨日運ばれて来たばかりの仇・木本陽司を俺の親父“双葉要”の時のように、25年前の惨劇を再現して車で轢き殺すのさ。
まずは定番の『25年前の夕闇島』を堪能させて、頃合いを見て車でドーン!
やった。俺は遂にやったんだ!25年待った、親父の敵討ちを!
と、復讐の余韻に水を差したのが、近くの商店の青いステンドグラス越しに光る小さな目。
・・・・見られてた。子供に。
近付いてよく見ると、それは小さな女の子。
悲鳴を上げて一目散に逃げて行ったその女の子だが・・・誰?
この島に子供なんていないはず。仲間の誰かが誘拐してこない限り・・・それか夢か。
なんて不満言っても仕方ない。
夢じゃありません。現実だ。これが現実。
今、俺達は偽・島民どもを制御できているとはいえ、俺達が殺人をしているとバレたら、流石にそれ以降も制御できないだろう。
つまり、目撃者を放置できないんだ。
殺すしか・・・ない・・・・の・・・だ・・・
正直に言おう。子供は殺したくない。
俺だって子供の頃に家族殺されたから、いくら事情があるからって、その一線を越える事だけは絶対に許されない。(それは仲間の皆も同じハズ・・・多分)
あぁ、信念と復讐が戦っている。どうすれば、どうすればいいんだ!
『諦めちゃ駄目よ』
その時、次元の壁を超えるような、不思議な声が俺に届いた。
絶対に出会うことのない、監督の違う、媒体の違う、そんな場所から来たようなオッドアイの美女が、俺の前に現われた。
「私はキュラソー。犯行を目撃した子供を守るために、この世界の色のために来させてもらったわ」
「誰だアンタは!? まさか今の俺の仕業を見ちまったのか!? ならアンタにも死んでもらう」
目撃者の口を封じなければと、俺はキュラソーに襲い掛かった。
だが瞬く間に拳は捌かれて俺は地面に叩き伏せられちまった。もう瞬殺。
「焦らないで。私は口が堅いの。それよりも今はあの子。このままじゃ、貴方の仲間にも命を狙われちゃうんでしょ」
キュラソーの言う通り。俺がやらなくても、もしかするとリーダーの日沖竜平が殺してしまうだろう。
「そうだけどよぉ。まさか復讐が終わるまで監禁するのか?それはあまりにも可哀想だろ。今俺ら、岩の下に閉じ込められてる家族の遺骨を解放しようって頑張ってるのに、その真逆のことするとか・・・」
「彼女の目撃情報だけ封じたいんでしょ?なら、方法は1つだけ・・・記憶喪失を伝染させるの」
ちょっと何言ってるか分からない。
と、俺が首をかしげていると、キュラソーは唐突に「おいに任せてくいやい!」と叫んだ。
「はい。これであの子供は記憶喪失になったわ。事件の事について聞かれても、『記憶にございません』って言うでしょうね」
こいつ・・・本気で言ってるのか?そんなぶっ飛んだ設定を持ってこられた俺の身にもなってくれ。
だが彼女の今にも刺し殺してきそうな鋭い目つきに、俺はそれ以上何も言えなかった。
「安心して。ちょうど貴方達の復讐が終わるころに記憶が戻るようにしておいたから」
そんな都合よく記憶が消えてくれたら探偵も恋人も家族も心療内科医も要らない。
「でもよ、逆行健忘って自然に戻るだけじゃなくて、何かをキッカケに戻ることもあるんじゃないか?」
「そうね。私の場合も“探偵ごっこ好きの子供たちと交流して”戻ったわ。だけど安心して、あの子達みたいなイイ子は“この島に居ない”でしょ?なら“絶対”に大丈夫」
そう言い残すと、キュラソーはどこか清々しい笑顔を俺に向けて、まるで霧のようにその姿を消してしまった。
何だったんだ?あの人は・・・
まぁ気にしていても仕方がない。今俺が祈るのは、あの子供が本当に記憶喪失になってくれている事だけ。俺のするべき仕事をする、ただそれだけだ。
その後、俺は25年前の事件の再現のために、木本の死体を炭鉱住宅通りの路地裏に運び、車のタイヤ跡をワザと残して、フェンスを刃物でカットして車が突っ込んで突き破ったように加工。
これで木本はこの路地裏で轢き殺され、その凶器の車は海の中に沈んでいったように偽装できるって算段だ。
あとはその容疑が炭鉱労働者の男に向くように、奴の愛車のサイドミラーを壊しておいて現場に放置。
終わった。俺の仕事も。あとはサポートに回るだけ・・・
と、思っていた矢先に・・・お客さん来店!
来たのはスーツのおっさんと、マヌケ面の若い男。こいつらは日沖から聞いている、招かれざる探偵の孫と刑事だな。厄介だが、むしろ手の平で踊ってくれれば迷推理で轢殺事件を迷宮入りしてくれるかもしれない。
あとは子供が1,2,3,4人・・・・島に居ないはずの子供、増えてやがる。
しかも4人目に見覚えあるんですけど。
復讐を目撃した女の子でしょ。キュラソーが記憶喪失にしたって言っていた。
うん。結論から言おう。
記憶喪失になってた!
俺の顔見ても全然反応ないし、少し頭を痛がっていたんだもの。絶対記憶喪失だこれ。
おいおいマジか。感謝感激雨霰。ありがとうキュラソーの姉ちゃん!
その後、俺は祝いのハイテンション接客で探偵の孫と刑事をのらりくらりと躱しながら、容疑を押し付けるため、偽装した炭鉱労働者の愛車の元にご案内。
そして日沖たちにも『あやしい連中がいる』ってタレコミを入れておけば、自然な流れで奴らを処理してくれるって寸法よ。
と、同時に念には念を入れて、あの子の記憶喪失を利用して、本当の母親を名乗るように指示した借金まみれ女を差し向けて。
これで完璧。
【数時間後】
俺の店に日沖や容疑者役の労働者、母親役の女と俺は呼び出された。
言ってしまえば、この復讐におけるプロデューサー2人とAD2人。妙なメンツだな。
そして現れたのは探偵の孫と刑事、そして子供たち。
嫌な予感がするんですけど・・・
「双葉要を車でひき殺した犯人、それは、あんただよ!須永秀雄さん!」
的中しちゃったよ。何この探偵の孫。
俺、日沖からある程度ネタバラシされていたからリアクション薄いけど、何故か刑事じゃなくて一般市民のコイツのほうが捜査主導してんだよ。
そこから咲き乱れる孫の名推理。
なんだが、その推理には重大な欠点があった。
それは決定的な証拠でもあり、全ての根拠の根幹でもある、子供の目撃情報。
そう、記憶喪失の子供が「見たらしい」という不確定要素が絡んだ推理だったんだ。
つまり、この子の記憶が戻っていることが大前提の推理。
そして当の本人は、この怖い大人たちに囲まれて、記憶が戻るのを怖がっている始末。
可哀想だけど、仕方ない。これは復讐。キミは大人しく記憶喪失のまま待っていてくれ・・・
「ガンバレよ!オレたちがついてんだろ!怖くなんかないぞっ!」
その時!子供たちの中でも特に大柄な坊主が、女の子を応援しはじめた。
「みんな、一緒だ!怖くなんかないぞ!」
残る子供たちも応援を始める。
すごく微笑ましい光景だ。俺も「さぁ、画面の前のみんなも一緒に応援しよう!せ~のっガンバレー!」ってペンライトでも持って叫びたくなるくらいの状況だ。
そして復活!女の子の記憶。そしてようこそ目撃証言!
つまり悲報・キュラソーの仕事は雑だった!
そうじゃなきゃ、この子供たちが“キュラソータイプの記憶喪失を回復させる”特殊能力持ちじゃなきゃ説明つかない。
こうして、謎は全て解かれた。
雇用主である俺が、労働者の前で復讐を暴かれてしまったら、もうこれ以上はメンバーとして表立った行動はできない。
というか、自信満々のトリックを全て解かれて、意気消沈の俺。
そして口走ってしまった。
「ひ、日沖・・・悪いな・・・俺はここでリタイアだ。あとは・・・頼んだぞ」
あっ・・・やっちまった。俺と日沖の関係性、この一言でバレちゃうんじゃね?
逃げるべし!脱兎のごとく!
そして到着、断崖絶壁の岬。
崖の下は潮の流れの影響で渦を巻いていて、落ちたら二度と上がってこられない。そんなデンジャーゾーン。
なんて事は関係ない。俺の残す仕事は裏方作業で日沖のサポートなんだから、ここから落ちて生死不明ってことにしておけばいいだけ。楽な仕事だ。
『お~っと、待った』
『このままドロンは男のすることじゃないわよね』
その時、次元の壁を超えるような、不思議な2つの声が俺に届いた。
絶対に出会うことのない、監督の違う、媒体の違う、そんな場所から来たような男と女が、俺の前に現われた。
「なんかキュラソー的な展開だが・・・お前らは?」
「俺は山尾渓介。子供の記憶が戻るかどうか心配なんて、半端な不安をしてやがる奴を安心させてやるために来てやったぜ」
「私は清水麗子。生死不明なんて半端な状態を見過ごせなくてやってきたわ」
どうも犯罪臭のする2人は、嫌にニヤニヤしながら俺の元に近付いてきた。
どうやらこの現象は、困っている犯罪者の元に、同じく犯罪に手を染めてきた人間が、助っ人として現われる現象のようだ。と、俺は都合よく解釈させてもらった。
「それで、何の用だ?俺は今、特に困っていないぜ」
「そうよね?だけど貴方のお仲間は大困りの最中じゃなくて?」
「そうなんだよな。お前が生きてられると困っちまう犯人がいる。そして俺らは誰かを助けるとかってのが苦手な方の犯人なんだよ。殺すだけなら得意なんだけどな」
そう言うと山尾は俺の肩に手を置いた。
「っつうことで、綺麗さっぱりがシンプルでいいってことだ」
「これも貴方の復讐が完成するためなの」
ドンと突き飛ばされ・・・・
俺は・・・・
崖を真っ逆さまに落下していった。
まさか、こんな結末になるとは・・・
薄れゆく意識の中、俺は思った。
もしかしたら
こうやって敗北していった犯人たちは、次に続く犯人たちの協力者として、何処かの世界に召喚されていくんじゃないか?
そして次は俺の番ってことなんじゃないか?
まぁ、そんなものは、今さら確かめる術も無いがな・・・