私は秋吉美波子。
15年前、貨物船・第一八代丸が氷山に衝突する事故で、船長である父・沖田を失って以来、多難な人生を送りながらもどうにか船の設計士になった努力の女よ。
努力の女よ!
何故なら、一流の船会社『八代造船』の設計技師の八代英人にも弟子入りして、豪華客船『アフロディーテ号』の設計チームのリーダーにもなるくらい努力したもの。
そんな私の所には今、シナリオライターがインタビューに来ているわ。日下ひろなりとかいうグラサン男よ。
豪華客船を舞台にした連続ドラマの企画書を作っているんですって。タイトルは『クルージング恋物語』。ありきたりすぎ。
いざ取材になっても、ドラマの話はあんまりしてこないどころか、八代親子の事ばっかり聞いてくるし、本当に変な人。
で、グラサンがちょっとトイレに行ってくるって席を外している間に私、パソコンを見てやったわ。
一体どんなドラマを書いてるのよって
そう思った時、運命の歯車が加速したわ。
【第一八代丸沈没事故の真相】
ドストレートすぎるネーミングセンス!
でも私にとっては衝撃的すぎる内容が、そこには書かれていた。
グラサンは実は第一八代丸の沈没に巻き込まれて死んだ乗組員の息子だということ。
社長と専務だった八代親子が保険金目的で故意に起こした事故だったこと。
当時、従業員の待遇改善で対立していた私の父を排斥しようとしていたこと。
その計画に当時副船長だった海藤渡が関与していたこと。
そして恐らく、八代英人が貨物船に仕掛ける爆弾の位置の指示していたということ。
何てこと・・・八代親子が・・・まさか私の師の英人まで・・・私の父の死に?
(ただ、英人の件だけは「おそらく」って書いてあるあたり、確証はないみたい)
衝撃的な内容に、私は少し放心状態になりかけたわ。
それにしても、トイレ長くない?
もう真相のほとんど読んじゃったんだけど。グラサン、まだトイレから戻ってこないわ。
『きっと大きい方なのね』
そう悟った私は、さらに次のファイルも読んでいったわ。
そこには、彼の父親の敵討ちとして、八代親子と海藤船長の殺害計画が書かれていた。
英人の件は憶測の段階のくせに、しっかりと殺害対象になっていたわ。
ザーッと読ませてもらったけど、一つ言っていい?
「雑すぎ!」
本当に雑すぎるわこの計画。穴だらけで、杜撰すぎるわ。
あの人、殺人を舐めてる?事件を舐めていらっしゃる?
自分に酔っているようだけど、これじゃあ4人殺しきるまでに途中で確実に捕まっちゃうわこの馬鹿。
『なら、私が殺ればいいじゃない』
グラサンはきっと自分が復讐を完遂したって思えば、いざ犯行が露呈しても自白するだろうし、何より父の敵討ちは私もやりたい。
よし、グラサンを利用しよう。隠れみのにしてやろう!
えっ?それは流石に非道じゃない、って?
いいのよ、だってコイツ、私の父の事を『船と運命を共にした時代錯誤な男』とか書いてやがんのよ。ふざけた計画立ててるくせに。
あと、もう1つ言っていい?
「トイレ長すぎない?」
殺害計画まで読み切っちゃったわ。まだ便と格闘あそばされてるの?
もう病院行った方がいいんじゃない?肛門科?消化器内科?
その後、出しきった感を出したグラサンと分かれた私は、まずは裏取りをするために英人の元へ向かった。
そりゃ、便秘男の戯言の可能性が高いからに決まってるからよ。
私は今のところは師匠を信じるわ。
もう誰も信じられない。
アッサリ吐いたわ。アサリの味噌汁よりアッサリ吐いたわ。
ワイン飲ませたらすぐよ。ワインって偉大ね。
15年前の沈没事故はやはり、八代親子が保険金目的で起こした事故だったの。
英人は爆弾で船が沈没しやすい場所を指示していたの。何よ、グラサンの推測通りだったじゃない。
もう許せないわ。私の手で復讐するしかないわね。
まずは英人の殺害。
グラサンの計画では、英人が別荘から車で出る時に、シートベルトにスタングレネードを取り付けて、ベルトを引っ張ったタイミングで驚かして心臓発作を起こさせ、そのまま車が崖の下に落ちるというもの。
雑。
スタングレネードなんて車内に残したら、他殺の証拠が残るじゃないの。心臓発作の病死や事故死に見せかけたいんじゃないの?
それに、この仕組みだとベルトを締めた時に作動するわけだけど。エンジンかけて車を発進させてからベルトを締め始めるドライバーを殺すトリックよね?
英人、ベルトを締めてからエンジンをかけ始めるタイプのドライバーよ。
これだとスタングレネードに驚いて別荘の車庫で死ぬか、ただ驚いてから目を覚ますだけ。
これだからグラサンは。
その日の朝、犯行現場で待ち伏せた私は、グラサンがトリック(笑)を仕掛けたのを見届けてすぐにそれを除去。(まぁ、ベルトの金具に仕掛けたタコ糸だけはそのまま放置。そうじゃないと奴が捕まった時に「俺のトリックじゃない」ってなって困るし)
そして私は助手席側の後ろの窓に“エアホーン”をセット。これなら車のクラクションと同じだから別荘に人がいてもバレない。
あとはエアホーンの起動スイッチをタコ糸につなげて、車が別荘から離れたら作動するようにして、完成。
『さて、うまくいくかしら?』
上手くいきました。自分でも怖いくらいに。
無事、八代英人は運転中に心臓発作を起こして崖下から転落。炎上する車の中で死亡という事故死として処理された。
グラサン、これがトリックよ!
まず第1の殺人が終わったところで、次はアフロディーテでの殺人の下準備ね。
そして苦痛の始まりだった。
何せ八代の父・嫁殺害トリックの要は『私を巻き込んだアリバイトリック』よ。
それは『電話口でグラサンが考えたドラマのシナリオを聞き続け、その間に口を挟んだらグラサンに怒られる、の法則』よ。
本番ではICレコーダーに録音した話を私に延々と30分くらい聞かせて、その30分のアリバイを確保するつもりらしいわ。(私も逆にそれを利用するんだけどね)
この準備のために、グラサンはことあるごとに私に電話をかけてきたわ。
それで延々とドラマのシナリオを聞かされるの。
(しかもあんまり面白くない、雑な)
少しでも声を出すと怒涛の罵声を浴びせられるのよ。「黙って聞いてろ!」って。
(「ください」だったかも。でも少なくとも、そこまで怒鳴る必要ある?ってくらいよ)
ダブルで苦痛。いくらトリック相乗りのためとはいえ。
しかもこれ最後に感想を言ってあげなきゃいけないからね。一秒たりとも耳を離せないの。
それに下手に矛盾点指摘したら、グラサンが萎えて殺害計画のモチベーションを削ることになるから駄目だし。
『早く来て殺人の日!そして助けて私を!』
何度叫んだか分からないわ。
そしてようやく半年後、ついに訪れた運命の日『アフロディーテ号の処女航海』。
待ってろ八代延太郎、八代貴江、海藤渡。
このストレスの分もぶつけて殺してやるわ!