遂に出航した豪華客船『アフロディーテ号』。
この船内で私・秋吉美波子はグラサン・日下ひろなりを隠れ蓑にして、父の仇の八代親子と海藤船長を殺す計画を立てていた。
そう、私の計画はグラサンが「自分の犯行だ」と勘違いしてくれることの他にもう1つ重要なものがある。
それは“日下犯人説”を推理してくれる、優秀な探偵よ。
これは一応、候補がいるわ。
数々の難事件を解決してきた名探偵・毛利小五郎よ。
『お願い毛利探偵。どうか私の手のひらの上で踊って』
その夜、グラサンは私を連れてディナーの席で毛利探偵と接触したわ。
何故?
グラサンはこのディナーの最中に席を立って、八代会長の部屋に侵入するつもりみたいよ。そのアリバイ確保のために毛利探偵にディナー同席を証言してもらいたいみたい。
馬鹿なの?
わざわざ自分から探偵に近付くとか。自分のトリックによほどの自信があるみたいだけど、アンタのトリック、雑ですから。
でも、私のそんな不安も吹っ飛んだわ。
なんせ毛利探偵、見るからにポンコツなのだったから。(しかも私の顔を見るやウゲェって表情する始末。失礼しちゃう)
『すごい雑な推理しそう。うぅ、駄目かも』って思ったわ。
だけど考えてみれば、そもそもグラサン犯人説にすら辿り着かなければ、私真犯人説にも辿り着かないわけで。
何よ無問題じゃないの。
よっぽど私の狙いに方にだけ気付いて真相に辿り着く、名探偵でも現れない限りはね。
ちなみにディナーの席には毛利探偵のほかにその家族と連れがいたわ。
特に気になったのは、娘さんの蘭さんね。なんと空手の関東大会で優勝したんですって。
これは凄いわね。
しかも親友は鈴木園子さん。鈴木財閥のお嬢様じゃないの。
ってことは、園子さんもひょっとして空手の達人?そうじゃないとここまでフレンドリーに釣り合わないじゃない。要警戒ね。絶対に敵に回しちゃ駄目だわ。
それからしばらく毛利探偵一同と一緒に食卓を囲んでいると、グラサンが「ちょっと船に酔ったみたいです」って言い始めたわ。
既に毛利探偵の方が酔っぱらって、すっかり出来上がってたから、下手な演技も必要ないんじゃない?って思ったけど。
グラサンは席を立って、今から会長の部屋に盗聴器を仕掛けに行くわ。
私に言わせりゃ馬鹿まる出しな行動ね。
何故なら私は既に、盗聴器を仕掛け終わっているからよ!
私は設計チームのリーダーよ。この程度、出航前から簡単にできるわ。
その夜、盗聴器から聞こえてきたのは八代親子の明日の一日のプラン。(前日のプランから私は聞いてたんだけどね)
さぁ、ちゃんとヤッてねグラサン。
翌朝。船のデッキの席でグラサンと談話。
「じゃあ10時に」とグラサンは席を立って行ったわ。
ここからが勝負ね。
部屋に戻った私は10時にグラサンからの電話を受けたわ。
ICレコーダーから聞こえてくるグラサンボイスがスタートの合図。
私はダッシュで八代貴江ルームに向かい、シャワーあがりの貴江を気絶させてバスローブを奪い、血のり入りの袋を抱えてタオルを頭から被り、『風呂上り貴江』に大変身。
あとは揉みあいながら『ナイフで刺されたフリ』をするだけ。
ここよ、私の一番の難所は。
貴方、ナイフで刺されたフリ・・・できる?
だから私はこの日の為に体を鍛えまくって、格闘術の訓練も必死になって受けたわ。
その腕前たるや、ケンシロウやキン肉マン相手は無理だけど、日本刀を持った面堂終太郎くらいなら勝てるくらいの自信もある。
「さぁ、来なさいグラサン!」
来ない。
遅いわね。トイレでも行ってるのかしら?
と、待っていたら来たわ。息を切らして。
息を切らして!?
ちょっと待って。アナタの部屋からこの部屋まで、たしかに階段で数階上がるけど。
まさかその程度で息切れしたってこと?
そのまま息切れ雑魚グラサンがナイフで襲いかかってきたけど、正直言って楽勝だったわ。
容易くナイフを避けながら、ギリギリで血のり袋だけ刺させて。
一突きで死んだフリ。
満足したグラサンはそのまま出て行ったわ。
舐めてる?殺人を舐めてらっしゃる?
普通、恨みのある相手なんだから何回も刺して、死んだことを確認するでしょ?
今回は時間が無いから仕方ないし、何回も刺して来たら私が困るから、まぁいいんだけど。
【時刻 10時15分】
そして私は貴江を殺してから、グラサンと同じパーカーを着て部屋を出たわ。
地下のマリーナに急がないと、殺害予定に間に合わなくなっちゃう!
でもそこで思わぬ遭遇。なんと廊下に毛利探偵!?
私は顔を見られないように背を向けて、毛利探偵とすれ違ったわ。顔を見られてないわよね?
『大丈夫かしら?グラサン、今頃余計なことしてたり、変なピンチになってなきゃいいけど』
不安は的中した。
なんとグラサン、八代延太郎に負けかけてるの。78歳のおじいちゃんによ!?
跨られて、首絞められて、マリーナの扉から海に突き落とされそうになって。
『弱すぎ!』
叫びたくなったわ。
体を鍛えてないの?
あのね、トリックは最後はフィジカルなのよ!
結局、私は延太郎の背を果物ナイフで刺して、その両足を持ち上げて、海に突き落としてやったわ。
そして素早く離脱!
これできっとグラサンは『巴投げの要領で海に投げ飛ばしてやった』って思うんでしょうね。雑魚のくせに。
その後、すぐに部屋に戻った私は何食わぬ顔で電話口に戻ってやったわ。
そしてグラサンが“どの面下げて「どうでしたか?」”って聞いてきたから、私も「面白かったわよ」って答えてやったわ。
これにてグラサンは完全犯罪達成気分。あとは船長を殺すだけ。
でも、いつ頃殺すつもりなのかしら?陸が近づいてから?私は船と一緒に死ぬつもりだから、今すぐでもいいんだけどな。
その後、貴江の死体が発見され、本島から警察がヘリで到着したわ。
思ってたより早く。
あれ?
私の計算よりも早いわね。
結論から言いましょう。
グラサン、余計な事してた。
グラサンは延太郎殺害の前に、マリーナにいた鈴木園子さんを襲って霊安室に閉じ込めていたの。その捜査で毛利探偵がマリーナで延太郎の鉄扇を見つけ、その流れで貴江の死体発見。
何を予定外のことしてんのよ!
しかも相手は女子高生。私の警戒していた空手の達人。そんなのを相手に弱っちいアンタが何を無謀な挑戦してんのよ!
幸いにも園子さんは素人だったから良かったものの・・・ディナーの時にボケーッとしてたに違いないわ。
えっ?襲ったのは不慮の事故?そんなの言い訳にならないわ。
まだ気絶させて廊下に放置なら分かる。でもこともあろうに霊安室とか。
それだけで殺人未遂事件になっちゃうじゃないの。分かるでしょ?
あと、そもそも時間がかかり過ぎる。下手すりゃ犯行に遅刻よ遅刻。本当に殺人を舐めてるとしか思えない。
事情聴取にグラサンは比較的すぐに呼ばれたわ。
アイツ、マスターキーを分かりやすく盗んでいたもの。ディナー中に抜け出したのも子供に証言されてるし。
まぁ上手く誤魔化したみたいだから結果オーライだけど。
それを事後報告される私の身にもなって!アンタの雑なアリバイ証言に呼ばれた時に心臓止まりそうになったんだから。
はぁ、ため息が出るわ。ここいらで癒しが欲しい!
願いは叶ったわ。
子供の探偵ごっこに付き合ってあげて、父が好きだった折り紙の船をプレゼントしたら笑顔で「ありがとう」だって。癒やされるわぁ。
大人になると、小さな願いしか叶わないって実感できるわね。
大きな夢は無い事はないんだけど、身近な所から叶うと青空はより青く、白い雲はより白く見えてくる。心の中が澄み渡るわ。
日本人みんなが小さなありがとうを言える世の中。
私は応援します。
【そんな彼女の幸せが消えるまで、あと数時間】