何度生まれ変わっても   作:ミズアメ

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第拾参話 はじめまして煉獄さん

 鬼殺隊本部から蝶屋敷へ戻り、しのぶから午後の診察を受ける。

 

 場所はやや手狭な診察室。しのぶと俺はそれぞれ西洋式の丸椅子に腰を落ち着け、対面して座っていた。彼女は俺の左手首を手に取り、脈拍を計りつつ、世間話という体で俺とお館様との会合について話をする。

 梅の修行は取りやめにせず、代わりに俺自身が鬼殺隊に入ることを打ち明けた。

 ……流石に前世がどうのという話はしない。時を置いた今思い返してみても、やはりあの時の俺はどうかしていたとしか思えないからだ。もう二度と誰にもあの話をするつもりはない。

 

 今回俺が明かした鬼舞辻無惨と十二鬼月の情報の開示は、お館様が鑑査した後に、時期を見て直々に柱達に行うだろう。俺の口から話すことではない。

 

「―――そうですか。鬼殺隊に入ることにしたんですね」

「ええ」

 

 診療録に筆を走らせながら言うしのぶに、簡潔に頷く。

 しのぶが聴診器を手に取ったので、先んじて着物の襟を開き胸と腹を晒す。蝶屋敷に来て食生活が改善されたからか、同じ年頃の男の平均的な体型……には及ばないが、以前に比べれば僅かながら肉付きもよくなった。

 

 冷たい感触が肌に触れる。

 意識して呼吸を深くする。

 

「やはり、(うめ)さんのことが心配ですか?」

「……心配じゃない、という気持ちがないと言やあ嘘になります。アイツに人としての幸福な人生を送って欲しいという想いは、今も変わりません。ですが、鬼殺隊に入ろうと考えた動機はまた別です。俺は随分と昔に、アイツと――梅と約束をしたから」

 

 

 ―――俺達は二人でなら最強だ。

 ―――約束する。ずっと一緒だ、絶対離れない。

 ―――ほら、もう何も怖くないだろ?

 

 

「俺とアイツは二人で一つ。二人ならどんな敵だろうと必ず倒せる。たとえそれが上弦の鬼や鬼舞辻無惨であっても、負けることはない。そして奴等を全て地獄に叩き落として、今度こそ平和な世で梅を幸せにしてみせる。……そう、決めたからなぁ、俺は」

 

 固く拳を握り、決意を告げる。

 

 俺の僻み根性は一生ものだ。他の鬼殺隊士のように、世のため人のために鬼を討つなどと、そんなお題目のために命を張ることはできない。それでも梅のためならば――アイツと一緒なら、きっとなんだってできる。

 俺達は二人で一つ。二人で最強。足りないものは補い合えばいい。それが、俺が精一杯強がって出した結論だった。

 

「……お館様との会談が良い方向に出たようですね。まだ高熱が続いているのが気になりますが、分かりました。貴方がどの道を選んでも応援すると言ったのは私ですから。貴方が鬼殺隊に入れるよう、ささやかながらその手助けをしましょう。まずは機能回復訓練からですね」

 

 聴診器を片付け、瞳孔の観察や触診など一通りの診察を終えると、しのぶは笑顔で手を叩いた。

 

 * * *

 

 俺に宛がわれるという育手は現役の鬼殺隊士で、今は凄まじく忙しいらしく、修行を見る時間の都合がつくまでの間、俺は蝶屋敷で訓練を行うこととなった。

 

 まず始めにしのぶは俺の目の前に頑丈そうな瓢箪を置くと、「これに息を吹き込んで破裂させてください」と言った。

 ちょっと何を言っているのか分からなかった。

 なので聞き返したのだが、先程と全く同じ言葉が返ってきた。俺は絶望した。

 

 だがまあ、やってみたらなんかできた。

 

 七歳の時から現在に至るまで、全集中・常中とやらをやってきた成果であるという。

 つまり柱は皆同じことができるということだろうか。疑問に思ったので尋ねてみたところ、しのぶは子供くらいの大きさの瓢箪を持ってきて、俺の目の前で容易く破裂させて見せた。

 

 ―――柱ってすごいんだなぁあ。

 

 実は人間と鬼の差異は再生能力の有無のみなのではなかろうか。思わずそう錯覚してしまうほどの衝撃だった。

 前世で戦ったあの派手な柱といい、蜜璃といい、しのぶといい、今代の柱は何かと傑物揃いであるようだ。

 

 次いで地獄の柔軟。

 

 なほ、きよ、すみの三人がかりで全身を解される。猫背である俺の姿勢を矯正する意味もあるのか、特に肩回りを重点的にやられた。

 随分と念入りに解される。前回の柔軟はあくまで一般人向けの治療行為であったのに対し、今回は鬼殺隊士向けの方式で施術されているため、荒々しさと襲いくる痛みが段違いであった。以前はどうにか我慢できた悲鳴も、今回は口端から止め処なく漏れ出てしまう。

 

 その後は反射訓練と全身訓練。

 

 内容は卓上に薬湯が入った湯飲みを複数置き、相手に中身をぶっかけるというもの。

 湯飲みを持ち上げる前に押さえられた場合、その湯飲みは動かせない。よって如何に相手の動きを制し、隙を見て攻勢に転じるかの見極めが肝要であるといえるだろう。

 全身訓練は鬼ごっこだ。正しくそれそのままなので内容については特に言及しない。

 

 蝶の髪留めで髪を二つに結った怒り眉の看護士――神崎アオイには完勝。

 

 対して、栗花落カナヲには大苦戦。

 

 カナヲはアオイと違いまだ鬼殺隊士でないとのことだが、俺と同様に既に呼吸法の全集中・常中が使用できるらしく、更に俺自身が病み上がりであることもあってか、こと基礎的な身体能力と反射神経に関してはあちらの方が上だ。

 

 そして特筆すべきは、カナヲの視力と観察力。

 

 彼女の細かな仕草から察するに――単に目が良いというだけでなく、筋肉や視線の動きなどでこちらの動作を予測している節があるんだよなぁ。仮に俺を五感全てに秀でた万能型と称するなら、カナヲは視覚一点に特化した特殊な感覚を持っていると思しい。

 万能型と特化型がぶつかった場合、基本的に勝つのは後者。器用貧乏な者よりも、一点において全てを凌駕する者の方が勝利を手にしやすい。そのせいか、最初の頃は全く勝てなかった。しかし種が割れてからはそれなりに良い勝負ができている。

 こちらが騙し技を使うようになると、目に見えて俺の勝率は上がった。

 無論、使い過ぎれば対応されるが、その都度こちらも相手が嫌がる手を読んで行使。結果として、反射訓練及び全身訓練の勝率は五分五分といったところだなぁ。

 

「妓夫太郎君は、技量に関してはカナヲとほとんど同格ですね。互いに競い励めばより良い結果に恵まれるでしょう」

 

 というしのぶの一声もあり、訓練の主だった相手はカナヲとなった。

 

 未だに栗花落カナヲとは一言も話したことがない。しかしその人となりは凡そ把握している。

 恐らくは根本的な性質は俺と近い。自分にとって大切なもの以外は心底どうでもいいという人間。親から愛されず、虐待を受け続ける内に心が死んだ子供。吉原に多くいた、売られてきた娘の典型例だなぁ。

 

 互いに無関心である以上、接点が発生する余地はない。

 結局、俺と栗花落カナヲがまともに口を利くことは一度もないまま――俺は育手と共に蝶屋敷を後にすることとなった。

 

 * * *

 

「それで、俺に宛がわれるっていう育手の方はどこのどなたなんですかい? しのぶ殿はご存じで?」

「はい、知っていますよ。どのような方かというと、そうですね……妓夫太郎君とは真逆な人でしょうか」

 

 顎に手を添え、うーんと唸りながらしのぶが言う。

 玄関に向かい、蝶屋敷の廊下を歩く。後方にはなほ、きよ、すみの三人組と、アオイとカナヲがついている。

 

「その方は明朗快活で、面倒見も良い人なんですけど」

「とにかく、とても特訓が厳しいことで有名で」

「何人もいた継子候補の隊士の人は、蜜璃さま以外みんな逃げちゃったって噂です」

 

 後ろから聞こえてくるあまり穏やかでない話に、肩越しに振り返り曖昧に頷く。

 特訓が厳しいのはあまり歓迎できないが、それでも現柱である蜜璃を育て上げたというのなら、育手としての腕は疑う余地もない。問題は俺が耐えられるかどうかだ。

 

 そもそも俺は修行というやつをやったことがない。

 

 前世で取り立て屋を始めた時も、自分が喧嘩に強いと気付いたのは突然のことで、別段何か格闘技やら剣術やらをやっていた訳じゃねぇからなぁ。後に鬼となり上弦にまで上り詰めることができたのも、全ては生まれ持った才能の力だ。今世においてもその点に変わりはない。

 しかし戦いにおいて重要なのは努力なのだと、今の俺は知っている。

 前世の最期――俺と堕姫の頸を斬ったのは柱でもなんでもない、下っ端の鬼狩りだ。奴等はどんな窮地に陥っても決して諦めることなく、結果として上弦の鬼であった俺達兄妹を討ち取った。この事実は無視できねぇよなぁ。

 そして今世での経験から、人間も案外やればできるものだと今ならば思える。自分も斯く在れるのではないかと、そう思い始めている。

 

 ―――よし。

 

 お館様や、今日まで訓練に付き合ってくれた蝶屋敷の皆の期待に応えられるよう努力しよう。そう決意を込めて、一歩一歩前へ進む。俺は俺の道を行く。

 

 玄関で草履を履き、蝶屋敷の外へ出る。

 

 程なくして件の育手と思しき人物を発見。

 年齢は二十に近い頃だろうか。

 鬼殺隊の隊服である黒い詰襟の上着と同色の袴。袴の裾は白地に赤い炎を模した紋様の脚絆で絞られ、肩にはそれと同様の意匠があしらわれた白い羽織を掛けている。妬ましいことに顔立ちは端整且つ精悍。太い眉と(かぶ)いた髪の色だけでなく、見開いた双眸の眼力が著しく目を引く。伊達な印象が強い見た目だが、その実、見る者にそういった感想を抱かせない太陽のような温かさと剛健さがあった。

 

 往来の真ん中で腕を組み、男は仁王立ちで俺を待ち構えていた。

 

 そして溌溂(はつらつ)とした声で叫ぶ。

 

「―――うむ! 君が謝花少年だな! 俺は当代の炎柱・煉獄杏寿郎! お館様の取り計らいで、今日から君を俺の継子として面倒を見ることと相成った! よろしく頼む!」

 

 ……んん? 誰が誰の継子だって?

 聞いた通りの人物のようだが、なんか聞いていた話と違うような気がするなぁ!?




【おまけ】

妓夫太郎(今日は俺の育手と顔を合わせる日だ)

妓夫太郎(一体どんな奴なんだろうなぁ?)

しのぶ「彼が貴方の育手です」

童磨「やあ妓夫太郎! 久し振りだねぇ!」

妓夫太郎「!?!?!?!?!?」

童磨「俺も転生して今は鬼殺隊で剣士をやってるんだ。よろしくね!」

童磨「あっ、ところでしのぶちゃん。よかったら今度―――」

しのぶ「とっととくたばれ糞野郎」

妓夫太郎「!?!?!?!?!?」

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