何度生まれ変わっても   作:ミズアメ

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第拾肆話 煉獄な日々・前編

 俺の一日は瓢箪を破裂させることから始まる。

 

 蝶屋敷で修行用にとたくさん持たされたので、朝の日課として力一杯吹いていた。これをするとその日一日の調子を概ね把握できるので丁度いい。

 

 ―――煉獄邸に来て早半月。

 俺の生活は、かつてないほど健康的なものとなっていた。

 

「おはよう、千寿郎! 謝花少年! む、二人共まだ眠っているのか! 既に日は昇ったぞ、朝餉(あさげ)の用意は出来ているから早く起きると良い! 今日は調理当番の方にさつまいもの味噌汁と煮物を沢山用意して貰ったぞ! 折角の朝食が冷めてしまうともったいない! 早めに身支度を済ませて皆で朝食を摂ることとしよう! ―――それでは、俺は父上にも声を掛けてくる!」

 

 日が昇ると同時に、杏寿郎師範の声によって起こされる。

 

 部屋は兄弟子である煉獄千寿郎と共同で、ほとんど同一の生活規範で行動している。彼は杏寿郎の実弟で、よく剣の稽古をつけて貰っているようだ。

 

「お、おはようございます兄上! 妓夫太郎さん! あの、父上にお声がけするのは―――」

「おはようございます、杏寿郎師範、千寿郎殿。……ああ、もう行ってしまわれましたなぁ」

 

 長身が板張りの廊下を踏み締める足音が瞬く間に遠ざかり、直後に杏寿郎の挨拶と、酒に焼けた男の怒号が屋敷全体に炸裂する。

 煉獄兄弟の人となりとは裏腹に、彼等の実父――煉獄槇寿郎ははっきり言ってだらしがない。

 仕事もせず、日がな一日酒に溺れた生活を繰り返している。あれで遊郭に通い、女を買うようになったらもう終わりだ。人としての破滅は免れまい。まあ他所様の家の事情なのだし、深入りしない方が無難だよなぁ。

 

「すみません……父は、以前は鬼殺隊で柱になるほどの人だったのですが……。母が亡くなってからは、随分と人が変わられてしまって……」

「いえ、気にしちゃぁおりませんので。それに俺は居候の身ですから。どうかお気遣いなく」

 

 毎度のように縮こまる千寿郎。

 年下ということを加味しても、俺に対して下手に出過ぎではないだろうか。俺は客分ではなく居候の身であるのだから、そういう風に対応されると逆にどう接すればいいのか分からなくなってしまう。

 

 ―――と、瓢箪を破裂させながら思うのであった。

 

 朝の支度を終え、俺と千寿郎は煉獄邸の食堂へ向かう。

 食堂には使用人の女性が数人控えていた。その人達に挨拶をして、室内を軽く一瞥する。

 既に膳は用意されていた。

 膳の数は全部で四つ。俺と煉獄一家三人の分だ。しかしその量に関しては人数の十倍はありそうに思える。

 どの膳の椀も収まり切らないほどの白米が盛られている。正しく山のようだ。

 

 千寿郎と共に下座について杏寿郎と槇寿郎を待つ。

 程なくして二人が現れた。

 

「おはようございます、父上」

「おはようございます、槇寿郎殿」

「……………………」

 

 当然の如く挨拶に返答はない。徳利を持った大男は、不機嫌そうに上座に腰を下ろす。

 その隣に杏寿郎が座った。

 杏寿郎は全員が揃ったことを確認してから、勢いよく手を合わせる。

 

「うむ! それでは全員揃った所で――いただきます!」

「いただきます」

「いただきますっ!」

「……………………」

 

 追随する俺と千寿郎。黙したまま箸を取る槇寿郎。

 

 煉獄邸での修業はこの朝食から始まる。

 

「強き身体を作る上で基本となるのは食べることだ! 大量の栄養を肉体に摂り込めば、それだけ強靭な体を作ることが出来る! 千寿郎も謝花少年もよく噛んで沢山食べるといい! おかわりもいいぞ! さあどんどん食べて強くなるのだ! うまい! うまい! うまい! うまい!」

「五月蠅いぞ杏寿郎! 飯を食う時くらい黙っていられんのかッ!」

「申し訳ありません父上! ―――うまい! わっしょい! わっしょい!」

 

 どちらに突っ込んでも良いことはないので、千寿郎と共にただ黙々と箸を進める。

 椀を空にすると、女中が勝手におかわりを注ぐ。そして「残したら殺す」という無言の圧力をかけてくるので、結果として吐き戻す手前まで食べることになる。そして俺の三倍以上の量を平然と平らげる煉獄一家。千寿郎ですら俺の倍食べている。

 

 食費に一体どれだけかかってるんだろうなぁ、この家は。

 

 ちなみにおかわり数最大記録保持者は言うまでもなく甘露寺蜜璃嬢。彼女は相撲取り三人分以上食べたという話だ。本当に柱は人間なのかと疑問に思えてならない。

 

 朝食が終われば腹ごなしとして基礎鍛錬を行う。

 

 腕立て腹筋、その他の筋力を維持し高める鍛錬と、純粋に走り込み。鬼殺隊本部と各柱の館があるこの辺り一帯をひたすらぐるぐると回り続ける。

 

 ―――――これが地味に一番キツいんだよなぁあああ!

 

 最初の数日はまさに地獄だった。

 胃の許容量を超えた食事で吐き戻し、肉体の限界を超えた基礎鍛錬の繰り返しでまた吐き戻し。ひたすら反吐をぶちまけ続けたことしか覚えていない。

 しかしそれも日を追う毎に慣れていって、今ではほとんど吐かなくなった。

 むしろ杏寿郎の言った通り、順調に体に肉がついている。体力や持久力も随分と増してきた。

 俺に肉がつかなかったのは梅毒が原因だと思っていたのだが、どうやら食事量と運動量の問題もあったらしい。まあ、前世と今世では、生まれた時代が異なる以上肉体も別物だろうから、その辺りの体質的な理由もありそうだが。

 

 俺は全集中・常中をやっているために一応は体力があるのだが、しかし柱やその継子であるカナヲと比べると格段に持久力が落ちる。そのため、今はひたすら肉体造りに勤しんでいた。

 

「はっはっは! 家に来たばかりの頃と比べて随分体力が上がってきたようだな、謝花少年! 感心感心! それではあと百周走った所で休憩としよう! 行くぞ二人共!」

「は、はいっ!」

「…………ッ!」

 

 流石に返事をする余力まではなかった。

 

 そして正午。

 

 少しの休憩を挟み、煉獄一家と共に昼餉(ひるげ)を囲む。

 膨大な質量を無心で胃に取り込み続ける。蝗にでもなった気分だった。いっそ鯨になりたい。

 

 午後は煉獄邸での鍛錬が始まる。

 

 煉獄家は代々炎柱を輩出してきた鬼殺隊にとっての名門と評すべき一族で、その屋敷の離れには専用の鍛錬場がある。その名もずばり『絡繰(からくり)屋敷』。

 見た目は木造の屋敷だが中が迷路のようになっており、様々な罠が仕掛けられている。しかも屋敷には鍛錬する者に合わせて罠の難易度を操作する絡繰が仕掛けられていて、俺は毎回ここで死ぬ思いをしている。

 

 相当深い落とし穴に直通する床板やら。

 天井から巨大な岩石が落ちてくる階段やら。

 突然不穏な音を立てて降りてくる吊り天井やら。

 特定の床板を踏み込むと矢やクナイが飛んでくる仕掛けやら。

 多数の刃物が取り付けられた、回転する柱が乱立する廊下やら。

 

 本当――いつ死んでもおかしくないような気がしてならないんだよなぁああああ!?

 

 絡繰屋敷から脱出する頃には、大抵日が暮れている。

 それからは蝶屋敷に向かい一日一度の定期検査を行い、煉獄邸にとんぼ返りして夕餉(ゆうげ)を食い、再び基礎鍛錬を少々。それから風呂で汗を流し、千寿郎と談話しつつ布団に入り就寝。

 

 これが煉獄杏寿郎の下での修行生活だった。

 

 あまり修行に詳しくないので言えることは少ないが、鍛錬としては基礎的なことしかやっていないように思う。しかし千寿郎によれば、杏寿郎は面倒見が良いため今までに弟子が何人もいたが、この段階で逃げ出す者が大半とのことだった。

 まあ、この量の食事と運動を毎日欠かさずやっていれば、確かに成果は出るだろうが、嫌にもなるだろう。気持ちは分からないでもない。

 

 ―――夕食後の鍛錬を終え、風呂で汗を流す。

 

 今もだが、俺は常に高熱状態であるために蝶屋敷では湯で絞った手拭いで体を拭くのに留められていたため、風呂に入ったのは煉獄家に来てからが初めてだ。

 風呂ってすごく気持ちがいいんだなぁ、知らなかった。

 肩までしっかり浸かって深く溜息を吐く。檜で造られた立派な風呂桶は、良い香りがする。

 初めて風呂に入った日――あまりの気持ちよさにのぼせて失神するまで入浴してしまい、千寿郎に救出されなければ危うく溺死するところだったが。今でも転寝する直前まで長湯してしまう。

 

 こうしてゆっくり風呂に入っていると、思うことがある。

 

 確かに煉獄邸での生活は大変だが。それ以上に、ここでの生活はひたすらに健康的で、これに慣れてしまったらもう二度と以前の生活には戻れないだろうなぁ――と。

 

 * * *

 

 一刻ほどで絡繰屋敷から脱出できるようになると、刀を渡された。

 

「そろそろ本格的に剣術の修行を始めよう! 謝花少年は我流で炎の呼吸法を身に着けていると聞いた! 俺も師である父上からの指南を受けていたが、才気なく見込みなしとのことで稽古をつけて頂けなくなってからは、炎の呼吸の指南書を読み呼吸法を完成させたという経緯がある! いわば俺自身も我流の炎の呼吸法の使い手という訳だ! それ故、呼吸法についてはあえて触れない! 刀を扱う上での心得と、炎の呼吸法における剣技の型に注力して修行するぞ!」

 

 剣術の修行は、杏寿郎師範の意外な告白から始まった。

 

 刀は折れやすい。

 曲がるは良刀、折れるは粗刀というが、それでも使用者の技量がどうしようもない場合は呆気なく折れるという。それ故、刀を振るう時には刃の方向と斬る方向を一致させなければならない。でなければ刀は容易く損なわれる。

 

 刀を持った状態でこれまでの鍛錬を繰り返す。

 

 刀というものは思った以上に重く、嵩張り、行動の邪魔となった。よくこんなものを持った状態で生活できるよなぁ、と蝶屋敷でこっそり愚痴を零したのはここだけの秘密だ。

 

 持ち歩くことに慣れてくると、鍛錬に素振りが追加された。

 

 千寿郎と共に刀を振り続ける。漸く見た目は剣の修行になったなぁ、と少し感慨深い気持ちなるが、それもそう長くは続かなかった。

 

「ふむ――時に謝花少年。君は以前、何か刀以外の得物を使ってはいなかったか?」

「ええ、まあ……荒事に対応する際には鎌を。鬼と戦った時も使ってはいましたが」

「なるほど! ならば刀を扱う上で、正確な間合いを把握し直すための訓練が必要だな!」

 

 という訳で、新たに薪割りの修行が始まった。

 

 手順としてはこうだ。

 

 壱、専用の台に薪を置く。

 弐、台からかなり離れた位置に立つ。

 参、本気で走って間合いを詰め、全力で薪を斬る。

 肆、千寿郎が新たな薪を台に置く。

 

 この繰り返しである。

 

 日本刀を使って薪割り。

 藁編みの人形で試し斬りするのと大して変わらないような気もするが、どうしても字面が冒涜的であるように思えてならない。特にこの刀を打った刀鍛冶にこのことがバレたら殺されそうな気がしてならないんだよなぁ。

 ―――しかし、これが意外と難しい。

 鎌を扱う際の間合いの詰め方の癖が抜けないのも問題だが、刃筋を立ててきちんと真っ直ぐに刀を振り下ろすことにすら難儀した。

 

 疲れずに長く薪割りをするコツは腕力を使わないことだからなぁ。

 

 徹底しての脱力。刀は柄に手を引っ掛けるようにして支え、その状態で振り下ろす。そうすることで得物の重量のみで薪を割れる。……鎌でだと問題なくできていた動作が、刀だとできない。前世を含め百年以上使っていた得物が鎌だったことが原因だよなぁ、これは。完全に癖がついちまってる。

 

 しかし鬼を殺すには頸を斬り落とす必要があるのだ。血鬼術“血鎌”ならただ相手に傷を負わせればそれだけで後は毒で殺せたのだからそれでよかったが、今はそうはいかない。こと頸を落とすことに関しては鎌よりも刀の方が有利であるのは疑いようもないからなぁ。

 

 素振り、薪割り、型稽古。

 

 少しずつ慣らしていく。

 少しずつ日々が過ぎる。

 

 鎌を使う身体から、刀を使う身体へと一日毎に変わっていく。一か月、二か月、三か月、四か月、五か月と同じことを繰り返す。半年経って刀にも随分慣れた。あともう少しで自分のものにできる。そんな確信があった。そして―――

 

「―――うむ! 謝花少年! ではそろそろ俺と木刀で打ち合う鍛錬を始めよう!」

 

 本当の地獄――ならぬ煉獄の日々が始まった。


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