何度生まれ変わっても   作:ミズアメ

23 / 42
鬼殺編
第弐拾壱話 最終選別開始


「―――三人とも~! 頑張ってねぇ! みんななら絶対大丈夫だから!」

「うむ! 君達ならば、必ず生き残ることが出来ると信じている!」

「カナヲ、妓夫太郎君、梅さん――行ってらっしゃい。吉報をお待ちしていますね」

 

 三人の柱――甘露寺蜜璃、煉獄杏寿郎、胡蝶しのぶ。

 この数年もの間、俺達をそれぞれ鍛え上げてくれた師達。彼等の激励と見送りを背に、俺と梅、そして栗花落カナヲは歩き出した。

 

 目指すは藤襲山。

 

 その地で待ち構えるのは鬼殺隊入隊を目指す者達に立ちはだかる最後の関門。鬼殺の剣士としての素質を見極める、文字通りの最終選別。鬼がひしめく藤の花に囲まれた山の中で、七日間を生き抜く試練。

 

 ……以前の俺ならば、どう思っただろう。

 

 前世での記憶から、人間が人喰い鬼に敵うはずがないと妄信していた時分が俺にはあった。だが、今は違う。鬼を殺せる武器を携え、鬼を上回る心技体を備えた今であれば。むしろ負ける気がする方がどうかしてる。これで弱音なんて吐いたら師に申し訳が立たないってもんだよなぁ。

 

 吉原での一件が起きてからのここ二年間を思いながら――路を行く。

 

 鬼殺隊本部の所在は誰も知らない。鬼舞辻無惨に発見されぬよう、巧妙に隠されているからだ。日本に在ることには違いないだろうが……深く考えるべきことではないだろう。

 

 俺達三人は本部を出ると、『隠』の先導に従ってそれぞれ個別に移動した。

 

 そして再び顔を合わせたのは――季節外れであるにも関わらず、藤の花が咲き狂っている山の麓であった。移動に要した時間は恐らく一日ほど。最終選別の開催地まで直通とは……随分と丁寧な仕事だと感心する他ない。

 

 なにを言うでもなく、カナヲはさっさと山を登って行った。

 

 ……俺が言うのもなんだが、いくら何でも協調性がないにもほどがあるよなぁ。

 

「カナヲー! 置いてかないでよ! もう――アタシ達も早く登ろ、お兄ちゃん!」

「ああ、そうだなぁ」

 

 梅は大して気にした様子もなく、喜色ばんで俺の袖を引いて促す。

 

 逢魔が時。夕焼けに照らし出された山道を登る。

 麓から山の中腹まで、藤の花が咲き誇る様は絶景だ。見渡す限りが淡い紫色に覆われている。目前に広がる景色はあまりにも美しい。しな垂れる花弁の群れと、その真ん中に築かれた石畳の道と長い階段からはある種の荘厳さを感じた。

 

 階段を登った先には、大きな広間があった。

 

 石畳の道に沿って、朱塗りの柱が等間隔に建てられている。その先は分かれ道になっていて、更に山の奥へ二つの階段が伸びていた。

 

 分岐となる地点には、二人の童が佇んでいる。

 

 紫の上等な着物を纏い、それぞれが左右互い違いの手に提灯を持っている。二人は全くそっくりな外見をしていて、古風な装いと合わさってまるで揃いの市松人形が立っているかのようだった。

 

 二人の顔には見覚えがある。

 

 鬼殺隊本部の屋敷を訪れた際のお館様との会談。その場に御内儀と共に立ち会った、御子息と御息女だ。二人は貴い血族――産屋敷家の人間だ。にも関わらず何故こんなところに……いや、そんな風に考えるのは流石に野暮だなぁ。

 鬼殺隊入隊の如何に関わる最終選別という重大な行事であるからこそ、あのお二人がここにいるのだろう。そう解釈するべきだ。

 

 俺は二人に一礼した。慌ただしく梅がそれに追随する。

 殊更上品に、二人の童は全く同時に気位高くこちらへと返礼した。

 

 ―――さて、と。一息吐いて周囲を見渡す。

 

 この場に集まっているのは数人足らず。

 最終選別の開始までまだ時間があった。

 

 やがて――日が落ちて、月が昇る。

 

 月光で照らされた広間には、総勢二十もの剣士が集っていた。

 

「んー……カナヲは当然として。あとはあの黄色い頭のやつと、側面刈りのやつ、それに額に火傷みたいな痣があるやつ。あいつらはいけそうだけど、それ以外のはなんかダメそうね」

「そういうことは思っても口にするなよなぁ」

 

 注意しつつも、その実俺の抱いた感想は梅の言葉と概ね一致していた。

 

 とはいったものの、俺自身はもう少し辛めに見積もっている。幸運が重なった場合やら何やらを仮定したとしても、選別を突破し得るのは俺と梅を含めて最大で七人、最小で三人といったところだろうか。

 

 ……どちらにせよ身内贔屓込みの計算なので、あまり当てにはならねぇけどなぁ。

 

 まあ、それよりもだ。

 先程から気になっていたのだが、あの二人――黄色い髪のガキと額に痣のあるガキ。あいつらに見覚えがあるような気がしてならない。実際、時代を鑑みれば俺の知る人物で間違いないとは思う。だがその記憶は前世の物であるが故に断言できず、どうにも曖昧だった。

 そもそも俺はあいつらの名前を誰一人として知らないのだ。確かめる術はない。それでもあの黄色い奴はほぼ同一人物だと思しいが……しかし、痣の方はどうか。

 

 今のあいつの格好は、あの時とは随分と違う。

 

 着ているのは雲の紋様の青い着物。赤みがかった髪の頭には、狐の面を乗せている。耳には花札のような飾りが一対。額の傷は、痣というよりも火傷痕と称した方が近い。腰に差した日輪刀は二尺二寸とやや短め。そしてこれが最も大きな違いだが――あいつは、鬼の妹が入った木箱を背負っていなかった。

 

 あいつは、俺が知っているあの鬼狩りとは別人なのだろうか。

 

 服装と日輪刀だけなら兎も角、鬼を連れていないとなれば他人の空似である可能性は否めない。だが、それにしては。あの男の真っ直ぐな目は、あまりにも―――

 

「―――おい、お前」

 

 疑念が原動力となって、俺の足を動かした。そしてよせばいいのに、声を掛けることすらしている。背後から投げつけられる当惑した梅の視線が痛い。

 

「? 今君が呼んだのは俺のことかな?」

 

 赤みがかった色の眼が、真っ直ぐにこちらを見上げてくる。

 何か、不思議な感慨が胸に沸いた。

 目の前にいるのは、己の頸を斬ったかもしれない剣士。俺はこいつをなんと称するべきなのだろう。仇か、宿敵か。一言では到底足りない因縁のある男を前にして、しかし――意外なことに、俺の胸中は凪いでいた。

 

「……お前、名前は?」

「俺は竈門炭治郎。君の名前はなんていうんだ?」

「謝花妓夫太郎だ。……炭治郎。お前、こんな所で死ぬんじゃねぇぞ。絶対に生き残れよなぁ」

「―――っ! ああ、ありがとう! 選別を生き残って、必ずまた会おう!」

 

 返事を待たず、言いたいことだけ言って即座に踵を返す。背後から聞こえた声はあまりにも大きく、そして人懐っこいものだから、妙に背筋がむず痒くなった。

 

 ……周囲から徒に視線を集めてしまっている。

 

 カナヲですら物珍し気にこちらを見ている。となれば当然、梅の反応も想像がつく。戻ってみれば、やはり目を白黒させて俺と炭治郎を交互に見やっていた。

 

「……びっくりした。お兄ちゃんって、公的な場面以外ではアタシにしか声かけない人だったのに。この一年半でなにがあったの? それともあいつが特別なワケ? 確かに最終選別に生き残りそうな腕をしてるみたいだし、眼もなかなか綺麗だけど……うーん、なんで?」

 

 俺の羽織の袖を掴み、首を捻る梅。その質問をあえて黙殺する。

 

 こちらの反応が気に入らなかったのだろう。梅は頬を膨らませ、半眼で「なんで?」と繰り返しながら俺の脇腹やら二の腕やらをつついてくる。面倒なのでその奇行も無視した。

 

 程なくして、これまで広間に立ったまま微動だにしなかった二人の童が口を開く。

 

 二人は最終選別の案内役であったようだ。この場にいる者達への軽い挨拶と、そしてこの藤襲山についてや最終選別の内容と合格条件を口頭で説明なさった。

 

「それでは皆様―――」

「―――行ってらっしゃいませ」

 

 淡々と告げられる口上。しかし、二人のその言葉はこれ以上ないほどに俺の戦意を高揚させた。

 産屋敷家の嫡子とその御姉妹が直々に発破をかけて下さったのだ。何があろうと無様は晒せねぇよなぁ――と気合が入る。心を燃やせ、という師の教えを心中で何度もなぞり、俺は固く拳を握り締めた。

 

 鬼を閉じ込める牢獄――藤襲山で七日間生き残る。

 これまで世話になった人々の恩に報いるためにも、必ず成し遂げなければなぁ。

 

「それじゃあまた七日後にね、お兄ちゃん」

 

 ―――――……んんん?

 

「どうしたのよ、そんな鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔して。最終選別なんだから別行動は当たり前でしょ? じゃないと意味がないしね。そういうことだから、またね!」

 

 おかしそうに笑う梅を見て、なんとか硬直が解けた。

 本当に、随分と逞しくなったなぁ。

 

「…………ああ、また七日後になぁ。梅」

 

 歪に苦笑を浮かべて手を掲げ答える。梅もまたこちらに手を振った。

 

 俺達は左右の二本に分かれた道へと、それぞれ歩を向ける。

 己が死ぬ気などない。そして、相手がこの選抜で生き抜けないなんてことは絶対にありえない。そんな確信を胸に抱いて、俺達は最後の試練へと挑んだ。




【令和コソコソ中の人話】
 原作の大正コソコソ噂話(コミックス第18巻)でカナヲが最終選別に参加したのは無断だと書かれていますが、今作では幼少期から継子として修業していたという設定です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。