何度生まれ変わっても 作:ミズアメ
前回の更新から二年も開けてしまい誠に申し訳ございません。以前から自分が書く妓夫太郎に違和感があり、感想でも性格がキャラ崩壊しているとご指摘を受けたこともあって、自分で書いておきながら「妓夫太郎はこんなキャラではない」と自分で解釈違いを起こしたりしました。それで筆が遅くなり、やがて完全に離れてしまっていました。
今回はアニメの遊郭編に触発されて続きを書き、どうにか更新が適いました。
今後も書き上がり次第更新していきますが、別のサイトに投稿している一次創作を優先して執筆する為、更新間隔は不定期となります。どうかご了承ください。
師である桑島慈悟郎への挨拶もそこそこに、我妻善逸は鬼殺隊が擁する刀鍛冶の隠れ里へ向かっていた。
何人もの『隠』に交代でおぶられて向かうという奇妙な道程であったが、当人に気にした様子は全くない。何故なら彼の心は、一人の少女に向けた甘酸っぱい想いで満ち満ちているからだ。
「ああ~梅ちゃん、今行くよ~!」
果たして、耳元で猫撫で声を吐かれた『隠』の心境や如何に。
―――それは兎も角、刀鍛冶の里である。
人里から遠く離れた山林の間隙にあると思しいそこには、隠れ里の名に反した街並みが座していた。二階建て以上の大きな建築物が幾つも並んだ佇まいは壮健であり、その景色は正しく壮観である。流石に都会と比べれば型落ちするが、それでも田舎とは一線を画していた。
辺りには温泉独特の臭いも漂っている。嗅いだだけで湯の効能を察せられるような、実に健全な場所だった。
しかし、その全てが善逸の視界に入らない。
これまで七人の女性と付き合ってきた善逸だが、その想いが実ったことは一度もない。接吻はおろか手を繋がせて貰ったことすらなく、悉く金品を巻き上げられた上で手酷く捨てられるという末路を辿ってきた。
結婚詐欺の被害にも遇っており、そもそも鬼殺隊に入ることになった切っ掛けも借金返済のためである。
となればいい加減懲りても良さそうなものだが、しかし全く顧みないのが善逸であった。
善逸は激しく頭を振り、あちこちへ忙しなく視線を向ける。
「あっ、来たわね! おーい! こっちよ、善逸!」
「はいぃぃいいいいいいい今行くよぉおおおおお!」
異常に優れた善逸の聴覚が、過たず待ち人の声を捉えた。
目当ての少女は直ぐに見つかった。
磨き上げられた翡翠の宝石のような碧い瞳。丁寧に梳った髪は上質な絹のように滑らかで、風に流されふわりと浮かぶ様は天女の羽衣を連想させる。
その顔立ちは美しい。見ただけで失神してしまいそうなほどに。
服は当世風の和洋折衷な装い。淡い色の着物の裾には彼女と同じ名前の花の染め抜きが施され、雅な風情を醸し出している。腰を締めているのは帯ではなく革製のベルトで、肩にはケープ付きの外套を掛けていた。
煌めいている。
全体的に煌めいて見える。そんな美少女――謝花梅がそこにいた。
「あ、あわわわわ! きょっ、きょきょ、今日も可愛いね梅ちゃんッ!」
「ふふ、ありがと。まっ、とーぜんだけどね!」
魅惑的に胸を張り、右手は後頭部に、左手は腰に。そして半歩動かした足を交差させてポーズを決める。端整な顔に浮かぶ笑みは傾国の美女さながら。
外見だけではない。
己の美しさに確とした自負と自信があるのが見て取れる。その上で生まれ持った美貌に胡坐をかくことなく、研鑽を怠らず努力している――そういう、強い女の音がするのを善逸は知覚した。
「―――ほら、行くわよ善逸。里に着いたならまずは里長の鉄珍様の所へご挨拶しなきゃ!」
梅が善逸の手を取り、速足で駆け出す。
それは夢のような時間だった。
刀鍛冶の里の者は皆ひょっとこの面を被っている。普段の善逸であればそんな奇怪な光景が視界に入ったなら、絹を裂くような悲鳴を上げて震えたことだろう。しかしそんな痴態を晒すことはなかった。何故ならそんなものは文字通りに眼中にないからだ。
―――ああ、梅ちゃん! 梅ちゃん!! 梅ちゃん!!!
際限なく鼓動が高鳴る。心臓が口から飛び出しそうだ。
思えば恥の多い人生だったと善逸は回顧する。女性という存在ほど己と縁遠いものはなく、みっともない姿を晒しては蔑まれてばかりだった。
しかし、今はどうだ。
女の子――今まで決して触れることすらできなかった女の子と手を繋いでいる!
しかも並外れた美人! その美しい顔立ちとくれば、絶世の美女と伝えられている小野小町や、中国の妲己、楊貴妃に比肩すると言っても過言ではない。そんな雲の上どころか宇宙の遥か高みに位置する天上人と、恐れ多くも
これを我が世の春と呼ばずして、なんという。
空は気持ちよく晴れて、爽やかな風は春の幻を運ぶ。無骨な造りの建物は華やかな幻覚で塗り潰され、硫黄の臭いも気にならない。気味悪そうに自分を見るひょっとこの面の通行人達からは、何事かを祝福されているような気がしてならなかった。
善逸は無敵だった。
もしも仮に――今ここに、百を超える鬼の軍勢が攻め込んで来たとしても。己一人で一匹残らず殲滅できる自信があった。根拠はないが、必ずできるだろうと確信していた。
「―――ああ! 俺、今めちゃくちゃ幸せだよ! まず間違いなく人生で今が一番幸せ! もう死んじゃってもいいくらいだ! この幸せな時間が終わる前にこの気持ちを永遠にしたい! いやほんとに死んじゃいたい訳じゃなくてね!? 死ぬのは嫌だし怖いけど、逆にそれくらい! 本ッ当に嬉しくてっ! 幸せでっ! 気持ち的に死にそうっていうかねっ!?」
「ほんと大袈裟ねぇ、アンタは。案内がてら里を練り歩いて、ちょっとお茶してるだけじゃない」
しどろもどろで気持ち悪い発言を、可笑しそうにけらけらと笑い飛ばす。
そこに悪感情はない。善逸の聴覚ならば、相手が気味悪がっているのならば心音で分かる。梅は嘘偽りなく、善逸に心を許していた。
茶屋の表に用意された複数人掛けの椅子に並んで腰を下ろし、茶を啜る。
言葉通り、花街出身の梅からすれば、それは逢瀬と呼ぶにはあまりにも幼稚過ぎた。しかしモテない男・善逸にとっては至上の幸福である。
しかし、気にならないことがない訳でもないのだが。
「ところでアンタはどうして鬼殺隊に入ったの? いや、なんとなく想像がつくけど」
「え!? えーっと……実は前にお付き合いしてた女の人に騙されて、借金をしちゃってね……。借りたお金はその人が男と逃げる資金に使われて、どうしようもない所で、育手の爺ちゃんに剣士になることを条件に借金を肩代わりして貰ったんだ」
「ふぅん、やっぱりね。アンタは吉原にはいかない方がいいわね。すぐに身ぐるみはがされるところまでいっちゃうだろうから」
「? あ、あはは――あっ、いやでもね!? それはきっかけみたいなもんでね!? 鬼を退治して、皆が平和に生きていられるように頑張りたいって思ってるんだ! 本当だよ!? 俺、こんなんだから信じられないかもしれないけど……」
「そこは疑ってないわよ。知り合ってからそんなに時間は経ってないけど、アンタが善い奴だっていうのは分かるしね。アンタも最終選別を突破した立派な剣士なんだから、もっと自信持ちなさい。なんならアタシが太鼓判を押してあげるわ」
「―――――ッ!」
そう言って、梅は善逸の頬に人差し指の腹をぐりぐりと押し付けた。
感極まった善逸は、最早声を発することすらできない。
「その、梅ちゃんはどうして鬼殺隊に?」
少し間を開けて、落ち着いてから尋ね返す。
梅は普段と変わらない――平素な様相で、極普通に答えた。
「アンタと同じよ。鬼に襲われて命を落としてしまうような人が一人でも少なくなるように、頑張りたいってだけ」
その時、善逸は梅から聞こえる音が悲しみを帯びたことに気付いた。
(本当に馬鹿だな、俺)
善逸は己を痛烈に罵倒する。
考えてみれば当たり前だ。むしろ命の危険を冒してまで鬼殺隊に入ることを望む人間が、どんな人生を送って来たか――想像するのは易い。むしろ善逸や蜜璃のような経緯や動機で入隊する者の方が希少だろう。
ともすれば、それこそ不謹慎だと罵倒されてもおかしくはない。
だが梅はそうはせず、それどころか、心の底から浮き上がりかけた悲しいという感情を押し込めさえした。偏に気を使ってのことだ。
善逸に? ―――違う。己自身と、今は喪われた誰かの為に。
誇り高い娘だ。
眼中にないのは彼女もまた同じなのだと、善逸は理解する。そして、さっきまで浮足立っていた心がすっかりと落ち着いたのを自覚した。熱は醒め、すっきりとした気持ちになる。
「……その、なんていうかさ。梅ちゃんはすごいね」
「アタシなんかまだまだよ。アンタと同じで最終選別を突破したばかりの小娘なんだから。ほんとにすごい人っていうのは、お兄ちゃんみたいな人のことを言うの」
「妓夫太郎?」
ふふん、と自慢げに言う梅。
彼女の兄――謝花妓夫太郎のことを善逸は思い出す。彼が強いのは疑いようもない。悪い人間でもない。かといって、善人かといえば疑問符がつく。妓夫太郎の心から聞こえてくる音は、兄弟子である獪岳のものと近いのだ。
不満の音がする訳ではない。
しかし――この人も、心の中の幸せを入れる箱に穴が開いていると感じるのだ。
その穴は塞がれないまま放っておかれていて、『幸せ』はどんどん零れ落ちていく。それ自体は欠点ではなく、きっと悪いものでもない。あくまでもそういう気質なのだ。それでも――善逸には、聴いていて漠然とした危うさを感じて仕方がなかった。
けれど。
「―――妓夫太郎は、梅ちゃんと一緒にいる時だけは本当に幸せそうなんだよな。いつも仏頂面だけどさ。俺、人より耳が良いから分かるんだ」
幸せが零れる量よりも、入ってくる量が多くなる。箱は満たされる。
初めて彼女達と出会った時、そんな二人の関係がとても眩しく尊いものだと思ったことを覚えている。自分が親どころか兄妹もいない捨て子だったという事実がそれに拍車をかけた。
「―――――」
梅は目を丸くして、如何にもびっくりした風に善逸の顔を凝視した。
しかしそれも数秒。次第に彼女の表情は甘く蕩けて、頬に少しだけ朱を散らす。
「―――そっか。そうなんだ」
嬉しくて仕方がないと。
膝の上に抱えた手元の湯飲みに視線を落とし、頬を緩ませる。にやにやと。抑えようとしても抑えられない喜び。無意識に、首に提げた紅い梅の花の首飾りに両手を重ねた。今の彼女からは、今までに聞いたことがないほど幸せな音がする。
(―――ああ、そっか)
なんとなく、善逸は納得した。
何に、と訊かれれば説明に困るが。何かが自分の中で腑に落ちて、納まるべき所に納まったのを確かに自覚した。
「お待たせしました。御手洗団子です」
「ありがとね、おばちゃん! ほら善逸、食べてみなさい! ここのお団子は美味しいんだから! きっとあんたも気に入ると思うわ!」
「そうなんだ! じゃあ、いただきます―――」
串に刺さった団子を頬張る。本当に美味しい。
食事を楽しみ、談笑に花を咲かせる。この一時は――さっきまでよりも、ずっと楽しかった。
【大正コソコソ内緒話】
拙作の妓夫太郎はインテリヤンキー、梅はオタクに優しいギャルのイメージで書いてます。