何度生まれ変わっても 作:ミズアメ
茶屋を後にし、梅と善逸は刀鍛冶の里の工房へと向かっていた。
「無事に入隊できた剣士には専属の鍛冶師がついてくれてね、その人に合った刀を打ってくれるのよ。ちなみに私の刀は師匠の蜜璃さん同様、里長の鉄珍様が造ってくれてるわ。折角だから善逸の担当の人に会いに行ってみましょ」
「う、うん!」
頷き、梅の後をついて歩く。
堂々と胸を張る彼女とは対照的に、善逸は猫背気味でうろうろと周囲を見回していた。熱で浮足立っていた心が少しばかり醒めた結果、急に里の人々の奇異な出で立ちが気になり始めたのだ。
擦れ違う人々は皆、ひょっとこのお面を着けている。
表情と目線が分からず、不気味だ。
(やだ、ちょっと怖いかも……ぜったい梅ちゃんと逸れないようにしよう……)
前を歩く少女の袖を軽く摘まみ、おっかなびっくり歩く。
やがて刀鍛冶の作業場に着いた。
切妻屋根の巨大な建物で、何人もの人々が出入りしている。内部ではもっと多くの職人達が鍛冶仕事に精を出している様子が見て取れた。
凄まじい熱気と、鉄を叩く音が充満している。
「鉄広さーん! いますかー?」
「あっ、梅さんっ!」
入り口から梅が呼びかけると、小柄な少年が、どこか弾んだ声でそれに応じた。
御多分に漏れずひょっとこの面を被った子供。年齢は十かそこらで、成りからして鍛冶師の見習いか丁稚の類と思しい。
「こんにちは小鉄君。鉄広さんはいる?」
「叔父さんならいますよ! 今はちょうど手が空いてると思いますから、すぐに呼んできますね!」
答えると、即座に踵を返して作業場の奥に消えていく。慌ただしく走る小さな背中に梅は「急がないでいいからね~!」と叫ぶが、鉄を鍛造する騒音と相まって、きちんと聞こえたかどうか怪しいものだった。
程なくして、小鉄少年が戻って来た。
その後ろには熊のような大男。
年齢は四十代の半ば頃だろうか。
上背が六尺六寸――二メートル――を超えている。その上、全身が分厚く盛り上がった筋骨隆々な逆三角形の体型をしているものだから、まるで仁王像を目の前にしているかの如き威圧感と圧迫感があった。
男の顔はひょっとこの面によって覆われているが、目に見えずとも、岩から削り出したような、文字通り巌の如く厳めしい表情が容易く想像できる。
総じて――あらゆる意味で、善逸とは対極の存在だと言えた。
(コワ~……)
梅の背に隠れてぶるぶると震えつつ、恐々とする善逸。
しかし次の瞬間、彼は全く別の意味で恐怖することとなる―――
「あら~梅ちゃん! コ~ンニ~チハ~! 今日もカワイイわねっ! ウフ!」
「―――――!?」
くねくねと身体をくねらせる、仁王像の如き大男。
それを直に目にした善逸は、目を真ん丸に見開き、落雷が直撃したかのような形相で硬直する。
そんな彼を完全に放置して、梅と大男――鉄広は、実に楽し気に談笑を始めた。
「あはは! ありがとっ、鉄広さん! 鉄広さんも素敵よ!」
「まっ! この娘ったらホントお上手なんだから! 嬉しいからあたしかりんとうあげちゃう! ほら、小鉄ちゃんもお食べ!」
「やったー!」
「ありがとう、鉄広叔父さん!」
着物の袖から出した巾着袋のお菓子を頬張る梅と小鉄少年。
その光景を呆然と眺める善逸。
(コワ~……)
最早、唖然とする他なかった。
「ところでそっちの黄色い子は誰なのかしら? 梅ちゃんのお友達?」
「ああ、ごめん善逸。忘れてたわ。紹介するわね、鉄広さん。コイツはアタシと同期の鬼殺隊士で、名前は我妻善逸! 頼りになるすごい良い奴よ! 最終選別でも助けてもらったの! 仲もよくて、さっきはお茶してたのよ。もちろん善逸のおごりだけどね!」
「お、お茶っ!?」
「い――いやいやいや、いや! 俺なんて全然! おごるなんて当たり前ですし! そんな大したことない奴ですよ俺はあはは! むしろ助けて貰ったのは俺の方っていうか! っていうかそれより、俺なんかのことは放っておいてくれていいからね!? ねっ!?」
「そういう訳にもいかないでしょ。そもそもアンタの担当の刀鍛冶の人に会いにここまできたんだから」
まったくもう、と腰に両手を当てて梅が指摘する。
「そうでしたー!」と善逸は絶叫した。とても逃げられる状況ではなかった。
「あら~そうだったのね~! あたしは蘇鉄本鉄広! 遠慮なく名前で呼んで頂戴ね! こっちは甥の小鉄ちゃん! 仲良くしてあげて頂戴ね、善逸ちゃ~ん!」
「は、はあ……」
頷きつつ、善逸はちらり、と梅の顔を見やる。
言いたいことを察し、梅は口を開いた。
「鉄広さんはお兄ちゃんの担当の刀鍛冶なのよ。それでこうして妹のアタシにもよくしてくれてるってワケ」
「ちなみに、今の炎柱の煉獄杏寿郎ちゃんの刀もあたしの担当よ~! ウチの家系は代々絡繰にも凝っててね~! 煉獄さん家には鍛錬用絡繰屋敷っていうのがあるんだけれど、それもあたし達のご先祖が建てたものなのよん!」
「は、はあ……そうなんですか……」
知らない人物や建物の話題を振られ、当たり障りのないよう曖昧にお茶を濁した。
ちなみにこのことは鉄広と妓夫太郎が顔を合わせた際、同様の話を語っている。実際に炎柱や煉獄邸絡繰屋敷のことを知る妓夫太郎は、酷く筆舌に尽くし難い表情で話を聞いていたという。
「…………」
不意に、先程から黙り込んでいた小鉄少年がずずいっと善逸に顔を近付ける。
そして一言。
「―――調子乗ってんじゃぁないですよタンポポ頭……ッ!」
「いきなりなに!? 怖いんだけど!?」
怒気の滲む低い声で凄まれ、思わず跳び上がった。
「そもそもさっきからなんなんですか貴方。梅さんの背中に隠れて、実に感じが悪いですね。ぜんぜん強そうには見えませんね。むしろ弱そうというか。そんなんで本当に剣士としてやっていけるんですか? これ以上無様を晒す前に潔く腹を切った方がいいのでは?」
「ぐはっ!? 切れ味の鋭い言葉が俺の精神を切り抉る……ッ!」
否定できない痛烈な罵倒を浴びせられ、善逸は吐血した。
見かねて、間に梅が入り込む。
「こらこら小鉄君、初対面の相手にそんなこと言っちゃダメでしょ?」
「だっ、だって梅さん……!」
窘められたのが不服なのか、小鉄少年は拳を握って反論しようとするが、しかしそれが具体的な言葉になることはなかった。
代わりに、鉄広が茶々を入れる。
「あらま、妬いちゃってるのね~小鉄ちゃん! まあこんな美人な年上の女の子に、同年代の友達がいて、しかも楽しくお茶してたっていうんだから無理もないか!」
「なっ!? そ、そんなんじゃないよ鉄広叔父さんっ! 変なこと言わないでよ、もうっ!」
ひょっとこの面越しにも分かるほどに真っ赤になって食って掛かる小鉄少年。その姿を見て、更に彼から発せられる音を聞いて、ようやく善逸は事情を飲み込む。
「あー、なるほどなるほど、そういうことね。まあ年頃の男の子だし。実際、梅ちゃんもすごい美人だし。わかるわかる。斯くいう俺も同じ立場だったら嫉妬しちゃうよ。うんうん」
「したり顔で納得するのやめてくれませんかッ!」
慌てた所で既に後の祭りである。小鉄少年に注がれる視線は絶妙に生温かくなったままだ。
「ふーん……年下の男の子ってそういうもんなんだ。今までアタシと接点があったのって大人の人ばっかりだったから新鮮かも。
別に妬いたりすることないわよ。そうねぇ……小鉄君がどうしてもっていうなら今度お茶しよっか。―――ただし、アタシとのお茶は高いわよ? あっ、ちなみに善逸、あんたも次回からは払ってもらうからね。手土産には酒入り最中必須だから」
魅惑的に微笑む魔性の美少女。
冗談めかした発言だったが、当の善逸と小鉄少年は喜色も露に色めき立っている。それはまさしく遊郭を形作るシステムの具現。息をするように自然に男を手玉に取ることができる。吉原に生まれ育ち、遊女になるべく育てられた少女は格が違った。
「本当ですか!? そ――そういうことなら、ですね! 実はウチにはとっっっても凄いものがあるんですよ! 剣士の皆さんが鍛錬するのに使っている絡繰人形! 三百年前の戦国時代に造られた由緒ある逸品です! 柱の人達も使ってます! この機会にぜひ見ていきませんか!?」
「ああっ! なんかズルくないそれ!?」
気になる綺麗なお姉さんの気を引くためなら、先祖伝来の家宝を披露することも惜しまない小鉄少年だった。
「いいよねっ、鉄広叔父さん!」
「まあいいんじゃないかしら。でも老朽化が進んでるから、実際に剣の鍛錬に使っちゃうのはダメよん? あくまでも見せるだけね? お二人共もそれでいいかしら~?」
「アタシは文句ないわ!」
「俺もいいですけど……なんか話の流れが納得いかないような……」
「男のくせに細かいことグチグチ言ってんじゃねぇですよ。梅さんのついでとはいえ、貴方みたいなヒラの剣士が見られるだけありがたいと思ってください」
「ほんと俺に容赦ないね君!?」
―――それから、作業場から蘇鉄本家の倉庫へ移動。
深い林の中にある蔵から、鉄広と小鉄少年が一体の絡繰人形を運び出す。
それを目にした瞬間――梅は全身の肌が粟立ち総毛立つのを自覚した。
流れる血が音を立てて下がり、全身の細胞が声なき声の悲鳴を上げる。
怖気が走るほどの既視感。
無機物で造られた人型。
木材と陶器、歯車と発条で形作られた機巧人体。染料で塗られた肌の上には着物を纏い、両肩には古い時代の鎧を装備している。長い毛髪は獣の毛を加工して移植したものか。赤みがかった色の黒い長髪を、一つに結ってまとめている。
三百年も前に造られたとはとても思えないほど精巧な人形だった。
「……なんで腕が六本あるの?」
「ウフフ、この人形の原型は実在した剣士なんだけれど、その剣士がすごい人でね~! 腕を六本にしないと、その人の動きが再現できなかったのよん! ちなみにその剣士は鬼殺隊に呼吸法による戦い方をもたらした『始まりの呼吸の剣士』と言われてるわ~ん!」
善逸と鉄広の会話が、右から左へ流れていく。聞こえているし内容もきちんと頭に入ってくるが、しかし今の梅には些末事としか認識されなかった。
「それじゃあ、動かしますよ」
小鉄少年が絡繰人形の首の後ろに鍵を差し込み、がちゃりと回す。
六本の刀を構え、動き出す絡繰人形。
―――その動きは、息を忘れるほど綺麗だった。
あまりにも美しすぎた。
それが命を持たない絡繰人形だからだろうか。剣を振る度、自然の化身たる精霊が舞を踊っているようにも見えた。
(―――知ってる)
目を丸く見開き、梅は絡繰人形の動きを注視する。網膜に焼き付ける。
持ち前の類稀なる直感によって、百八つある絡繰人形の動きの中に基本となる十二の型があることを看破する。それをつぶさに観察し、何度も何度も反芻して、脳の奥の奥にまで深く刻み込む。
(なんでだろう。アタシは、
梅が知る筈のない記憶。それが目の前の光景と重なる。
それは誰の記憶なのか。今はまだ分からない。しかし事実として、梅はその男を知っていた。
整っているが素朴な面立ち。左額に焼き付いた炎のような形の赤い痣。
そして――両耳には、花札のような形の、日輪が描かれた耳飾り。
「うわぁあああ……すごい動き……これ、もうこの人形を戦わせたんでよくない?」
「無理に決まってるでしょう。すごい人形ですが、絡繰なんですから、あくまで決められた動作を反復するだけの代物です。すごい人形ですけど、鬼との実戦では使えません。剣士との鍛錬用です。すごい人形ですけど!」
「めっちゃすごいって言うじゃん……。いや、ほんとにすごいけど」
「でしょでしょ~? すごいでしょ~? ちなみにね! この人形の名前はね―――――」
―――――縁壱
この世で唯一、鬼舞辻無惨を怖れさせた男の名だった。
【悪鬼報告書】
《
骨鬼。元上弦の陸。自称最速の鬼。
走行性能に特化した、
身体から自由に骨を生成することができ、指先や肘などから弾丸として飛ばす戦法を主とする。また非常時には装甲として頸を覆い隠す。
人間だった頃は破戒僧で、鬼になった後も僧衣を着ている。
極端に死を怖れており、仏門に入ったものの酒浸りの日々を送っていた。それから鬼舞辻と遭遇、同じ寺で寝食を共にした仲間を売ってでも命乞いをしたことを気に入られ鬼にされる。それからも死から逃れるために人と鬼狩りを殺し続け喰い続けた。
無惨からの評価は「微妙。速さ自慢が自分の脚より遅い武器を使ってどうする。敵の攻撃も全て躱せばいいだろう」とあまりよくなかった。入れ替わりの血戦に敗北した際には新・上弦の陸に吸収こそされなかったものの、彼が無惨に「もしもお祝いを頂けるのでしたら、貴方様に殺されて死ぬ鬼の断末魔が聞きたいです」と願ったため、験喰はその通りに処分された。