何度生まれ変わっても   作:ミズアメ

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第弐拾玖話 二人で一つの剣士

 俺の日輪刀が出来上がった。

 

 泊まっている宿に刀を運んできたのは蘇鉄本鉄広という大男。言動が衆道趣味じみているが、そもそも人間には全く興味がないらしい。鍛冶師らしく刀を愛し刀に殉じる覚悟だとか。他人事ながら恐れ入るなぁ。

 俺の担当の刀鍛冶であり、師である煉獄杏寿郎の刀も彼が打ったものだという。

 

「ささっ、早速抜いてごらんなさいな妓夫太郎ちゃん! 日輪刀は別名『色変わりの刀』と言ってねぇ、持ち主によって色が変わるのよ~ん!」

「お兄ちゃん、早くはやくー!」

 

 梅と鉄広に急かされ、俺は手を伸ばした。

 

 目の前に置かれた刀を手に取る。

 緑の鮫皮を例外とし、鞘も柄巻も漆黒と、全体的に黒を基調とした拵え。無骨で幾何学的な造形の鍔は、その一方でどことなく蟷螂を彷彿とさせる。

 

 座したまま、徐に白刃を抜き放つ。

 

 刃渡りは凡そ二尺二寸。刃紋に乱れのない直刃。鎬造りの太刀で、事前に出しておいた俺の要望の通り、鍔元まで二本の樋が入っている。丁寧に研ぎ上げられた刃金が、窓から差し込む陽光を浴びて眩く輝いていた。

 やがて、白銀の光沢に変化が現れる。

 どのような原理によるものか。紙を色水に浸けたように、刃の色が根元から変わっていく。

 

 ―――血のような、暗い紅色に。

 

「おお~! ほんとに変わっちゃった!」

「渋い赤色ね~! 綺麗な良い色だわ~! 期待通りよ妓夫太郎ちゃんっ! 流石は炎の呼吸の使い手ね!」

「……なあ、疑問なんですが、炎の呼吸だと赤色になるんですかい?」

「そうよ~! 杏寿郎ちゃんの日輪刀も赤色でしょ? 炎から派生した恋の呼吸の使い手である蜜璃ちゃんの日輪刀も、赤系統の色である桜色なのよん!」

 

 器用なことに正座したままくねくねと(うごめ)く鉄広。奇怪だなぁ。

 

「あっ、そうそう! ちなみにねぇ、日輪刀の色は覚えた呼吸法の色が現れるんじゃなくってぇ、身体に合った呼吸法の色が現れるのよん! だから刀を持った後で別の呼吸法に変えたりぃ、新しい呼吸法を編み出したりする剣士もたくさんいるわ!」

「ふぅん、なるほど。……ならなぁ、黒ってのはどういったもんで? あれも炎の派生かなんかなんですかい?」

 

 刀を様々な角度から眺めながら、何の気なしに尋ねてみる。

 

 すると、鉄広は難しそうに首を捻った。

 

「黒~? うーん、黒い日輪刀はあんまり見ないわねぇ~。今までにもちょこちょこいたらしいんだけど、どの系統の呼吸を覚えればいいのかよくわかんないらしくって。それでかしらね~、『黒刀の使い手は出世できない』なんて言われてるわ~ん!」

 

「…………」

 

 その『出世できない黒刀の使い手』が上弦の頸を落とすのだから、世の中分からねぇもんだ。

 

 刀を鞘に戻し、鍔の表面を親指で撫でる。

 こちらにもきちんと要望通りの仕込みが施されているようだ。

 

 刀を傍らに置き、俺は更に()()()()――目の前に置かれた武器を手に取る。

 

 それは鎌だった。

 

 二振りの武器。農具である草刈り鎌とは違う、戦闘で用いることを前提とした造りの代物だ。

 全体的な輪郭は俺が前世で使っていた“血鎌”に近い。刀と揃えた拵えの柄は短く、刃は大振りで肉厚だ。こちらもまた鎬造りであり、二本の樋が通っている。鍔はなく、代わりに柄口の部分には剃刀が仕込まれていた。

 

 こちらも日輪刀同様、刃の色が暗い紅に変わる。

 

「ああ――いいなぁ、これ。いいなぁ。手に馴染む感じだ。ありがとうなぁ、鉄広殿」

 

 ぐるぐると弄び、調子を確かめる。

 

 久方振りに手にしたとは思えないほど掌にしっくりきた。やはり武器として使うなら草刈り鎌よりこっちだよなぁ。もちろん刀も良いが、やっぱり俺の武器といえばコレだよなぁ。

 

「ウフフ、いいのよいいのよ。でもね妓夫太郎ちゃん、予め言っておくんだけれど……―――もしもあんたがその刀と鎌を折ったりしたら、その時はあんたを殺してあたしも死ぬわ」

 

「………………………………」

 

 助けてくれ杏寿郎。

 

 絶句し、心中で師に助けを求めていると、少ししてから仁王像の如き圧迫感を滲ませていた鉄広の雰囲気が緩んだ。

 呵々大笑しながら鉄広は言う。

 

「ウッフフフフ! 冗談よ~! 真に受けないで頂戴な! 刀なんて壊れる時は壊れるんだすぃ~、そこまで気にしなくていいわよん! でもまっ、大切に使ってくれるのならそれに越したことはないんだけどぉ~!」

「……前向きに、善処致します」

「……アタシも気を付けよっと」

 

 鉄広はそう言うが、何割かは本気だったに違いない。俺と梅は出来得る限り刀は損なうまい、と心に誓った。

 

「それはそうとなぁ、梅、お前の日輪刀はまだなのか?」

 

 革で造られた専用の容れ物に鎌を仕舞いつつ、水を向ける。

 

「うん。アタシのは蜜璃さんと同じで特別なやつだから、造るのに時間がかかるんだって。アタシも早く自分の刀が欲しいな~。善逸はもう任務に行っちゃったし」

 

 数日前に刀が仕上がった我妻善逸は、既に刀鍛冶の里を後にしていた。みっともなく嫌だ嫌だと泣き喚く彼を、師である育手の爺と『隠』が引き摺って行ったという話だ。

 

 ……本当にあいつはあの時の鬼狩りなのか、未だに確証が持てねぇなぁ。

 

 などと、一人で悩んでいると―――

 

《カァ―――! 指令、指令デアリマスッ! 謝花妓夫太郎! 及び、謝花梅! 両名ニ出動ノ指令有リデアリマスッ! カァ―――――ッ!》

 

 窓からやって来たのは俺の鎹鴉だった。

 

《方角は西ッ! 遥カ西ィ―――! 遠方ニアル西ノ村デ、住民ガ夜ナ夜ナ鬼ニ連レ去ラレテイルッ! 目撃者多数ッ! 被害者多数ッ! 至急、向カウベシッ! デアリマスッ! カァ―――――ッ!》

「おいおい、俺はともかく、梅はまだ刀が打ちあがってねぇぞ」

「だいじょうぶよお兄ちゃん! アタシには蜜璃さんから貸して貰ってる日輪刀があるもの! それに、お兄ちゃんと一緒ならそれだけで百人力! どんな鬼でも絶対に倒せるわ!」

「…………まあ、お前がそう言うならなぁ……」

 

 張り切って意気込んでいる梅を前にして、それ以上異を唱えることはできなかった。

 元より梅とて最終選別を突破した一人前の剣士だ。過剰に心配する必要はない。そもそも俺と共同の任務ならば、身の危険などある筈もないからなぁ。もしも梅の手に余る鬼が現れようと、俺がそいつの頸を斬ればいい。何も問題はねぇなぁ。

 

 それに、俺達は二人で一つだからなぁ。

 

 たとえ人間でもそれは変わらねぇ。なら――ああ、本当に、何も問題なんてねぇじゃねぇか。

 

「さて、それなら出発の準備をしねぇとなぁ」

「うん! 隊服に着替えてくるね!」

「それじゃっ、あたしはお暇させて貰うわん! 二人共、頑張ってねぇ~!」

 

 梅と鉄広が部屋を出て行く。

 それを見送ってから、俺は仕舞っておいた隊服を引っ張り出した。

 

 西洋式の白い肌着の上から黒の詰襟を着込み、同色の長袴を穿く。袴の裾は邪魔なので脚絆代わりに浅黄色の晒でぐるぐる巻きにして絞った。

 革製の細長い腰紐に鎌の容れ物を通し、袴が摺り落ちないようキツく固定する。更に日輪刀を差し込んだ。

 両腕に三本ずつ、そして首に一本、輪っか状の紅い飾り帯を通す。

 最後に、黒い星梅鉢が染め抜かれた頭巾付きの赤の羽織に袖を通して完成だ。

 

 支度を終えて部屋を出る。

 

 廊下を歩きながら(外で梅を待っているか)などと考えていると、曲がり角から珍しい人物が現れた。

 

「―――貴様が謝花妓夫太郎だな」

 

 ぬる、と。

 矮躯が立ち塞がる。身長は俺よりも随分と低く、華奢な印象が強い。しかしその一方で、全く隙が見られない。こちらを睥睨する双眸の印象と相まって、まるで蛇に睨まれた蛙のように、俺の足はその場で縫い止められた。

 鬼殺隊の隊服の上に、白と黒の縞々の羽織。口元は晒でぐるぐる巻きにして覆い隠している。

 短く切り揃えられた黒髪の下から覗く左目はこの国では珍しくない色をしているが、右目のみが日本人離れした淡い金色になっていた。

 そして何より目を引くのが、首に巻いた白蛇。

 剥製ではなく本物の蛇で、男同様、鎌首を(もた)げてこちらを睨め付けている。

 

 話には聞いている。

 

 確か、梅の師である蜜璃と懇意にしている――と梅が言っていた――柱の男。

 

 蛇柱・伊黒小芭内。

 

「あー……はじめまして」

 

 当たり障りのない文句を口にしておく。

 お気に召さなかったのか、小芭内のこちらを見る目は険が強い。いや、最初からだが。

 

 小芭内は「いいか」と前置きして、何やらネチネチと喋り出した。

 

「最終選別を突破したからと言って、一人前の剣士になった訳ではない。たとえ柱の継子だろうが関係はない。俺はお前達、若手の隊士には一切期待していない。精々、下っ端の隊員らしく雑魚鬼の頸を刈っていることだ。実力に見合った戦いをしろ。間違っても十二鬼月などという格上に挑むような真似はするな。早死にしたければ話は別だがな。だがそれは許さん。絶対に許さん。柱である煉獄や甘露寺が、お前達兄妹の育成に掛けた時間と金を無駄にするようなことをしてみろ、死より怖ろしい目に遭わせてやるぞ。無論、隊律違反など言語道断だ。その時は一人で腹を切って死ね。煉獄の手を煩わせるなよ」

 

「…………」

 

 今日はこんなのばかりか、俺は。

 

 陰湿な暴言の類は慣れているので別にそこまで気にならないが。

 とはいえこの男。言動はともかく、そこまで俺を厭うている訳ではないようだ。内容を吟味するに、これで一応は激励している……つもり……なのか……?

 

「はあ。まあ、仰りたいことは、概ね理解しましたぜ」

「ならいいがな。―――繰り返すが。くれぐれも隊律違反は犯すなよ。いいな」

 

 念押しすると、小芭内はするりと俺の横を通って宿の奥へと消えていった。

 

 板張りの古い廊下を足音もなく歩く様はまさに蛇といった感じだなぁ。

 

「……隊律違反で即切腹ねぇ。まるで新選組みてぇだなぁ」

 

 ともあれ、杏寿郎に迷惑を掛ける訳にはいかないからなぁ。気を付けるに越したことはないか。

 

 そう結論付け、俺は玄関へ向かった。

 

 草履を履き、外に出る。

 即座に青空に出迎えられた。よく晴れた青空の下、手近な壁にもたれかかった状態でぼんやりと時間を過ごす。

 近くで鎹鴉が鳴きながら旋回している様子が見えた。

 

 程なくして。

 

「―――お待たせ! お兄ちゃん!」

 

 玄関を開け、勢いよく梅が登場する。

 

 梅もまた隊服姿だ。師である蜜璃同様、胸元が大きく露出している。たわわに実った白い双丘が眩しく、対照的に谷間に落ちた影が魅惑的だ。現代の倫理観と貞操観念からは忌避される出で立ちだが、まあ、本人が気に入っているのならとやかくは言うまい。

 しなやかに伸びる長い足は俺の飾り帯と同系統の意匠の長い靴下によって覆われている。そして花魁下駄を模した、三枚歯の黒い鉄下駄を履いていた。

 腰には愛用の赤紫色の帯を巻き、帯留めの白い腰紐に専用の提げ緒を通して日輪刀を携帯している。

 

 胸元には、俺がやった梅の花の紅い首飾りが咲いていた。

 

「どう? 似合ってるでしょ!」

「ああ。最終選別の後にも一回見たが、その時とはまた違う魅力があるなぁ。似合ってるぞ、梅」

「えへへ~!」

 

 頭を撫でてやると、梅は心底から嬉しそうに破顔した。

 

「さて。そろそろ―――」

「―――待って待って待って~! 梅ちゃーん! 妓夫太郎君~!」

 

 横合いから騒がしい声がする。

 釣られてそちらに目を向けると、梅の師である蜜璃嬢。そして俺の師である煉獄杏寿郎の姿が視界に入った。

 

「蜜璃さん!? それに煉獄さんまで! いったいどうしたの!?」

「最終選別突破のお祝い、まだ渡せてなかったから急いで来たの~! 二人共おめでとう~! よくがんばったね! 私、師匠として鼻が高いわ! 人に教えたのはこれが初めてだったから、私、とっても嬉しいの! だからね、それでね、よければこれを受け取って貰いたいなって!」

 

 本当に我がことのように喜んでいるのだろう。喜色ばみ真っ赤に紅潮した顔で、蜜璃はやや支離滅裂になりながら手に持っていた白い布を梅に差し出す。

 

 梅が受け取って布を広げると、それは蜜璃が着ているのと同じ羽織になった。

 

「わあっ! 蜜璃さんとお揃いの羽織だ! これを私に!? うれしい!」

「喜んでくれてよかった~! ねねっ、早速着てみて!」

「は~いっ!」

 

 純白の羽織に袖を通す。

 そして、梅はその場でくるりと回ってみせた。

 

「―――どう?」

「うん! すっっっごく似合ってるよ~! キュンとしちゃう! 私の弟子がかわいすぎる~!」

「ああ! よく似合っているぞ、謝花妹! 隊服は防具を兼ねている以上、肌を出すのはあまり好ましいことではないが、聞くところによるとその装いが公式とのことだからな! なにか考えがあるのだろう! 美しい姿に違わず、誇り高くあれ!」

 

「ああ――お前は、俺の最高の妹だ」

 

 二人に同意し、深く頷く。

 珍しく照れたようで、梅は面映ゆく笑った。

 

 そして唐突に――梅の方を向いていた杏寿郎の目が、こちらを射抜く。

 

「では謝花少年! 俺からも同じものを君に贈ろう! これは俺が炎柱を継ぐ以前に使用していたもので、甘露寺が最終選別を突破した際にも渡したものだ! とはいえ今使っている羽織にも愛着があるだろうから、そうだな、寝間着にでも使ってくれると嬉しい!」

「―――ッ! ありがとうございます!」

 

 頭を下げて受け取る。

 

 ……今の心境は筆舌に尽くし難い。妙に、ほわほわする。

 

 杏寿郎は「少し失礼するぞ!」と声を掛けてから、俺の隊服の襟元を正し、(ぼたん)を閉じた。そして力強く頷く。

 

「二人はこれから初任務に出かけるのだと聞いている! 健闘を祈る!」

「うん! 二人ならだいじょうぶだって、私も信じてるから! 頑張ってね、梅ちゃん! 妓夫太郎君!」

「―――はいっ! 蜜璃さん! 煉獄さん!」

 

 答える代わりに、俺は二人に向けて深く一礼した。

 そして梅と顔を合わせ、力強く頷き合う。

 

 視線を上げると、やや離れた位置に、里を出るための手段である二人の『隠』が待機しているのが見て取れた。

 

 俺達は同時に歩き出す。

 

 そして、気合いを入れて、一言。

 

 

「「―――――行ってきます!」」




【大正コソコソ噂話】
 この後、妓夫太郎の分の白い羽織は『隠』の人が煉獄邸に届けました。
 現在、煉獄邸には妓夫太郎の自室が設けられており、そこに大切に仕舞われています。
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