何度生まれ変わっても   作:ミズアメ

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 上げ直しました。

 * * *

 ※第参拾話~第参拾肆話には露悪的・差別的な表現が含まれております。ご注意ください。


第参拾話 いざ、初任務へ

 弟は兄に懇願する。

 泣きながら慈悲を乞う。

 

 やめてください。

 もうやめて、と。

 

 しかし、兄は一切の容赦なく、弟の言葉を一蹴した。

 

 獣そのものの唸り声。

 

 兄は、弟の閉ざされた口を無理やりこじ開ける。そして、手にした肉の塊を突っ込んだ。

 

 口に入れるには、大き過ぎる肉だ。

 ともすれば窒息してしまいそうに。

 

 ―――生臭さに吐き気がする。

 

 火を通していない生肉を無理やり食わされるのは拷問だ。それが■の肉ともなれば猶更である。しかし弟の体は、彼の意思に反して、供給される栄養を貪欲に吸収した。

 

 弟は泣きながら訴える。

 

 やめてください。

 もうやめて、と。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()、と――兄に訴え続ける。

 

 しかし、兄はそれを無視した。

 

 弟の言葉など届いていなかった。理性のない裏返った紅い眼で、ただ獣の如く唸っている。苛立たし気に吠えている。その様子から察するに、今の彼には知性すらありはしないだろう。彼の中にあるのは、ただの狂った妄執のみ。それに従って、兄は弟に肉を食わせ続ける。

 

 足元の■の死体を掴み、肉を千切る。

 そして、それを弟の口に捻じ込んだ。

 

 再び嗚咽と悲鳴が上がる。

 

 兄は、嫌がる弟に■の肉を食わせ続けた。

 

 * * *

 

 汽車を乗り継ぎ、数日掛けてひたすら西へ向かう。

 

 中国地方の都市に着いたところで、移動手段を徒歩に切り替えた。

 鎹鴉の案内に従って、緑の深い田舎道を行く。

 当然ながら舗装はされておらず、道路は土が剝き出しで草に覆われている部分が多い。草履の俺はともかく、鉄下駄の梅には歩き辛そうなものだが、当人は大して気にした風でもなくほいほい歩いている。

 

 三日ほど徒歩による移動と野宿を続けたが、終ぞ梅が文句を口にすることはなかった。

 

 最終選別を越えただけあって、もう剣士としては一人前みたいだなぁ。

 

 とはいえ、それも心構えの話だ。

 

 梅が鬼を相手にどの程度戦えるのかを俺は知らない。

 

「そろそろ件の村に着くなぁ。―――梅。鬼との戦いについてだけどなぁ」

「うん。基本的に戦うのはアタシで、お兄ちゃんはサポートでしょ? 流石にその辺りはちゃんと弁えてるわよ。アタシはお兄ちゃんやカナヲと違って全集中の常中がまだできないし。でもしっかり強くなってるから、ちゃぁんと見ててよね、お兄ちゃん!」

 

 自信満々に胸を張る梅。

 

 実際の所、柱の継子であることだし、梅の実力は鬼殺隊の中でも高い方だと俺は考える。そこいらの雑魚鬼に後れを取ることはまずないだろう。しかし――万が一ということもあるからなぁ。

 人を護りながら戦わねばならないとか、あるいは障害物がある場所での戦闘を強いられるなど。状況によっては格下の相手に一杯食わされることもあるだろうし、更には相手が異能を使う場合すらあるのだ。

 必ずいつ何時でも助太刀できるよう注意しておかなくてはならない。

 

 ……もう二度と油断はしねぇからなぁ。

 

 改めて気を引き締め、(ほぞ)を固める。

 

 太陽が西の空に沈んだ酉の下刻。

 

 目的地はもう目の前だ。

 

 ―――そこは、村というにはやや規模の大きい集落だった。

 

 並び立つ建物の造りはどれも日本古来のもので、修繕の跡が目立つなど、全体的に古い。しかしあばら家は少なくしっかりしたものが多かった。

 田畑の類は見受けられない。

 周囲を森に囲まれ、且つ近くには山があることを鑑みるに、この村の住民は山菜や獣の肉などを採って他の村と交易していると考えるのが妥当か。

 

 村の北側には山に続く道がある。

 山の中腹――大河を挟み橋が架かった道の先には、大きな屋敷があった。

 

「……なんだか暗いところね」

 

 梅の呟きに頷きを返す。

 活気がない。夜が近いこともあるだろうが……そもそもここはもう廃村になっているのではないかと思ってしまうほど、人気というものが微塵も感じられなかった。

 

「さて、どうしたもんか……―――」

 

 鎹鴉の情報が本物であれば、夜になれば鬼が現れる筈。それを待っていてもいいが、少しは情報が欲しいところだ。

 

 などと考えていると。

 

「…………」

「お兄ちゃん、みんなこっちを見てる」

 

 路地裏や建物の戸口や窓から、俺達二人に幾つかの視線が投げられているのを肌で感じた。

 こちらを探るような眼。

 敵意は感じないが、不快ではあった。

 

 足を止め、頭巾を目深に被る。

 

 一応、左手を刀に添えて、いつでも戦えるよう態勢を整えておく。

 

 一方で、梅の方は自然体のままだ。脅威を感じていないのか。勘を信じるなら()()鬼はこの周囲にいないことになるが、しかし注意しておくに越したことはねぇよなぁ。

 

 やがて、ちらほらと。

 俺達を取り囲む形で、ちらほらと疎らに人影が表に出始めた。

 

 その内の一人が、俺達の前に出る。

 

 そこそこ質の良い着物を着た爺だ。

 

 ……周りにいるのも老人ばかりだなぁ。限界集落って奴か?

 

 爺は一瞬だけ俺と梅に値踏みするような目を向けてから、一転して、目尻を下げた妙に卑し気な顔をする。

 

 爺は梅の奇抜な恰好にも反応しない。

 

 ……年寄りってのは、得てしてそういうのに五月蝿いもんだと相場が決まってるもんだが。

 それに田舎ってぇのは余所者に対して、必要以上に排他的に接するもんだ。しかしこの村の連中からはそういった雰囲気が感じられない。どちらも俺の偏見だったか? それとも、鬼の被害でそんなことを気にしてられる状況じゃないってことか?

 

 不自然じゃないが、ちょいと引っ掛かるなぁ。

 

「あんたら、この辺じゃ見ない顔だが。その服に腰のものは、まさか……鬼狩り様ですか?」

 

 爺の発言に、思わず片眉が跳ね上がる。

 

 鬼殺隊を知ってる……?

 

「その通り! アタシ達は鬼殺隊よ。鬼を退治しにきたの。おじいちゃん、よかったらこの辺りに出るっていう鬼について教えてくれないかしら」

 

 一歩前に出て、真摯な態度で梅が尋ねる。

 すると、爺達は大仰に俺達を拝み始めた。

 

「おお……! 鬼狩り様! お願いです、私達を助けてください!」

 

 膝を突き、口々に似たようなことを言う。

 

 ……ふむ。

 

 この分なら情報収集は梅に任せておいた方が良さそうだなぁ。

 俺の醜い外見は、取り立てには便利だが、こういう時には役に立たねぇからなぁ。

 

「……分かりました。儂等が知っていることは全部話します。だからあの鬼を斬って下され、鬼狩り様」

「まっかせといて! アタシとお兄ちゃんの手に掛かれば、どんな鬼だってお茶の子さいさいなんだから!」

 

 得意気に胸を叩く梅。

 老人達は感謝の言葉を並べる。その一方で、向けられる視線はどこか無機質だった。

 

 ―――爺の話をまとめると、こうだ。

 

 この村の外れ――山には、獣憑きの一族が住んでいる。

 名を()()(がみ)家。

 彼等は古くからこの地に住む人食いの一族であり、呪いによって他者から運気と財産を奪うことで財を成す憑き物筋だ。なので村八分にされていてこの村の者とは交流が一切なく、他所から人が出入りする様子もない。あの山にある屋敷の中で、一族郎党、全員で引き篭もって暮らしているのだという。

 しかしそれも少し前までの話。

 ここ最近では、居塗守家の屋敷から化け物が下りてくる。そして村の住人を攫うのだ。

 

 あれこそが鬼――居塗守家が使役する、人食いの呪い。

 

 そうに違いないと、村の者達は信じ、思い込んでいるらしい。

 

「あまりにもおっかないんで、若い奴等はみんな他所へ行っちまった。今この村にいるのは見ての通り、儂等、年寄りばかりよ。この年じゃあ今更他所には行けん。生まれた時から、この地に骨を埋める覚悟はできておる。寿命で死ぬにしろ、鬼に食われて死ぬにしろ、同じことだ。しかし――それでも、叶うならば普通に往生したいと思っておる」

「叶うなら、なんて、そんなこと言わないで。それが普通のことなんだから。鬼は絶対にアタシ達が退治するわ。だから安心して!」

 

 梅が努めて明るく励ます。

 対して老人達は皆、能面じみた曖昧な笑みを浮かべるのみだった。

 

 ―――まったく以って、()()()()

 

 口には出さず、心中で侮蔑する。

 

「……聞き込みは十分だ。行くぞ、梅。村の北側で張り込みだ」

「了解~! それじゃあお爺ちゃん達、ありがとう! またね~!」

 

 足早に街路を行く。

 梅は後方に向かって文字通りに愛想を振りまいていたが、しかし人気が完全に途絶えると深く溜息を吐いた。

 

「はぁぁあああああ……しんど」

「お疲れ。悪かったなぁ、丸投げしちまって」

「ううん、いいよ、慣れてるし。役割分担って大事だから。それにしてもほんと、ここって暗いわねぇ! いやになっちゃう!」

 

 明言は避けつつも肩と眉を怒らせて、梅は怒気の滲む足取りでずんずんと歩く。

 

 恐らく、この村で鬼が出るのは本当だ。

 

 だがその一方で、あの爺達は居塗守家とやらと()()()についてすべてを話した訳ではないだろう。そして実の所、俺達が本当に鬼を退治できるのかどうかすら、()()()()()()()()()()()

 ようは俺達を――余所者を鬼除けの餌に使おうって魂胆だ。

 俺達が鬼を退治できたなら万々歳。(たと)え返り討ちにあったとしても、二人分の肉を得た鬼は暫く村の者に手を出すのを控えるだろう。その分だけ自分達の寿命は延びる――と、まあそういう胎だろうなぁ。

 実際、連中は鬼殺隊を知っていた。

 鬼殺隊は政府非公認の組織であり、存在を知る者は少ない。そして今の隊服を使うようになったのは比較的最近のことだと聞く。にも拘わらず、あの老人達は今の鬼殺隊士の姿を知っていた。

 

 恐らく、俺達よりも前にこの村に来た鬼殺隊士がいた筈だ。

 

 そいつがどうなったか――考えるまでもない。

 

 そこまで梅が感づいているかは分からないが……まあ、この様子からして、ここが善くない場所だと薄っすらと察してはいるらしい。

 

 まあ、どうでもいいけどなぁ。

 

 そもそもが憶測だ。根拠はあるが証拠はない。俺達が今そんなことを考えても仕方がねぇ。

 

 鬼を殺す。それが仕事だ。あいつ等の考えなんざ関係ねぇからなぁ。

 

「そういえばお兄ちゃん、獣憑きとか憑き物筋ってなに?」

「あぁん? 獣憑きってのはまあ……獣に取り憑かれたみたいに頭がおかしくなった奴のことだなぁ。それでそういうのが現れ易い血筋のことを憑き物筋っていうんだよ。まあ、実際に動物を材料にして造った妖怪を呪いとして使役するって話もあるっちゃあるんだが……」

「えっ? 呪いって本当にあるの!?」

「迷信だ。怖がるなよなぁ」

 

 一瞬にして真っ青になった梅を落ち着かせる。どうやらいつか話していた怪談の類がダメになった、という話は本当のようだ。

 

 村の北側は墓地になっている。

 

 粗末な墓と立派な墓の差が激しい。前者は無縁仏の類か。他にも碑のようなものが建っているのが見受けられる。その中でも最も大きな墓石には『居塗守家之墓』と刻まれており、乱雑に倒されていた。……村八分だからって、幾ら何でも罰当たりが過ぎるなぁ、これは。

 

 村から山へと続く道。その端にある物陰に隠れ、息を殺して待つ。

 

 太陽が完全に沈み、月が顔を出す。

 

 時は戌の下刻。

 

 人食いの(いぬ)が、山から下りて来た。

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