何度生まれ変わっても 作:ミズアメ
―――夢を見た。
どうやら、眠っていたようだ。
座ったままの状態で、身体が固まっている。机に伏した無理な姿勢で寝ていたせいか、あちこちが痛んだ。
上体を起こし、背筋を伸ばす。
周囲を見渡すと、見慣れた内装が視界に入った。
俺の部屋だ。
ここは吉原にある貸座敷の一つ。俺が楼主を務める、俺の店だ。
窓から差し込む日差しは、茜色に色付いている。
もう夕方のようだ。
店のあちこちから、仕事の支度をする女達の賑やかな声が聞こえてくる。
俺は愛用の煙管を手に、部屋を出た。
ゆっくりと紫煙を吸い、吐き出しながら、廊下を歩く。
忙しなく動き回る遊女達は、皆、俺に気付くと足を止めて首を垂れる。今となっては当たり前の光景。だが今は、なんだか妙に感慨深く感じられた。
吉原の最下層で生まれた俺達。
それが今じゃこの通り、一国一城の主だ。その上随分と繁盛している。店を立ち上げてからこっち、売り上げは飛ぶ鳥を落とす勢いの右肩上がり。今となっては吉原で一、二を争う人気店だ。
禍福は糾える縄の如し。
生まれた時は最悪だった。勿論、苦労だって多かった。何度も苦汁を舐め、心身を苛む辛酸に耐えて来た。だがその分、今は満ち足りている。気分が良い。あれほど憎く妬ましかった他人の幸せも気にならない。らしくない言い草だが、世界の全てが輝いて視える程だ。
俺は店の奥へ向かう。
北側にある日の当たらない一室。店の稼ぎ頭である花魁に与えられた部屋だ。
邪魔するぞ、と声を掛け、俺は襖を開く。
中には予想した通りの人物がいた。
この店の遣手を兼業する花魁。吉原一の美貌を持つ遊女。俺の――自慢の、妹だ。
―――おはよう、梅
―――おはよう、お兄ちゃん
俺達は挨拶を交わす。
楼主とはいえ突然の来訪に気を悪くした様子もなく、梅は朗らかに笑った。その華のような笑みを見る度に、思うのだ。
ああ……―――幸せだ。
まるでよく出来た夢みたいに、幸福だった。
* * *
「お兄ちゃん! 着いたよ、起きて!」
「―――……ぁ、ああ」
揺すられ、目を覚ます。どうやら俺は眠っていたみてぇだなぁ。
……なにか夢を見ていた気がするが、どんな夢だったか、思い出せない。まあ、そんなのは些末な問題だ。寝惚けた頭をとっとと切り替えるとするか。
初任務をこなしてから一週間と二日。
俺達は汽車を使い、関東へ戻って来た。出発時よりも時間がかかったのは、道中で鬼退治の仕事が入ったからだ。数は三件。狗鬼と違い、どれも血鬼術の一つも使えないような雑魚鬼だった。
張り合いがねぇなぁあ。
鬼殺隊の剣士になった以上、鬼は斬る。そこに異存はない。雑魚だろうがなんだろうが、草の根を分けてでも探し出して殺してみせる。だが弱い奴ばかりを相手にするのは詰まらねぇ。
強さって点じゃ狗鬼は悪くはなかったが、最後がアレじゃぁ拍子抜けもいいところだ。何より胸糞悪かった。……いや、まあ、家探しやら日記を漁ったりやら、今思えば俺もあんなことをする必要はなかったんだが。一応、梅を納得させる為ではあったが……余計なことに首を突っ込むもんじゃぁねぇなぁあ、ほんと。
まあ、柱の継子とはいえ俺達の階級は一番下だ。その辺りは割り切って地道にやってくしかねぇか。……そういや、蛇柱にも釘を刺されてることだしなぁ。
そんなことを考えつつ、梅と共に汽車を降りる。
すると、横から騒がしい足音と、よく通る大きな声に出迎えられた。
「―――妓夫太郎ちゃ~ん! 梅ちゃ~ん!」
「あっ! 鉄広さんだ! 鉄広さ~ん!」
いち早く声の主を梅が見つける。
梅に倣い、駅の入り口の方へ視線を向けると、ひょっとこの面を被った筋骨隆々の大男が小走りで駆け寄ってくる様子が見えた。
「久し振り、鉄広さん! わあ、モボ系の恰好だ! 似合ってるよ~!」
「あら分かる? 分かるのね梅ちゃん!? ありがとう! あたしとっっっても嬉しい!」
鉄広は、その場で雑誌の
言われて見てみれば、彼の恰好は刀鍛冶の里で見た着物姿とは異なっている。同じなのはひょっとこの面くらいだ。
胸元を開いた白の西洋
服には、全体的にひらひらした飾りがついている。
和洋折衷の装い。特に西洋式の服装は若者の間で流行っていると聞く。なるほど、これが
……いや、それにしても独特な気はするが。
それはさて置き。
「改めまして! 二人共、おひさ~! ンフフ、梅ちゃんは元気いっぱいでカワイイわね~! あっ、もちろん妓夫太郎ちゃんもカワイイわよ?」
「……そいつぁ、どうも」
「あはは! お兄ちゃん、照れてる?」
「違うからなぁ、お前なあ」
揶揄い交じりに頬を突いてくる梅の指先を避ける。
調子が狂うことは事実だが、照れてはいない。断じて。
咳払いを一つしてから、俺は鉄広に水を向けた。
「それで、何で鉄広殿がここに? 別に刀は壊しちゃいませんぜ」
「あらあら、話を急ぐわねぇ。もうちょっと余裕を持たないと女の子にモテないわよ?」
「生憎とその手の話とはとんと縁がないもので。助言は役立てられそうにねぇなあ」
鼻で笑いつつ肩を竦める。
うっかり敬語が崩れて語調に地が出たが、そこはまあ、それこそ『御愛嬌』って奴だよなぁ。
「さて! それじゃぁ立ち話もなんだし、行きましょっか! ちょっと遠いんだけど、向こうに藤の花の家紋の家があるのよ。用事の件は道すがら話しましょ」
「分かった!」
返事をする梅と同様、鉄広の言葉に首肯を返す。
鉄広は「じゃあ決まりねん!」と満足気に頷くと、先頭を切って歩き出した。
俺と梅はその後に続き、駅を出る。
今は丁度、夕刻だ。
太陽が地平線の向こうに沈みかかっている。辺りは夕日によって綺麗に焼けていた。
田畑と木造の建物が目立つ、この国らしい長閑な町並み。茜色に染め上げられた路を、三人で連れ立って歩く。その間、梅と鉄広はずっと話し続けていた。
主な話題は任務について。
ただし、所感などがほとんどで、雑談の域を出ていない。
やがて、俺達は町から出た。どうやら郊外の山の方へ向かっているらしい。空は橙色が薄れて、代わりに藍が濃さを増している。もうすぐ夜だ。
……町を出てから半刻ほど経っただろうか。
俺達は、山の麓にある藤の花の家紋の家に到着していた。
見上げるほどに大きい立派な門扉には、名の通りの藤の花の家紋が描かれている。随分と大きい屋敷のようだ。
屋敷の前の道は、山の方へ続く道と合流している。木と土の様子からして、どうやら人の手が入っている山らしい。寺でもあるのだろうか。
益体のないことを考えていた所で、鉄広が口を開いた。
「―――実はねぇ、梅ちゃんの刀が完成したの! 里長の鉄珍様は里から動く訳にはいかないから、あたしが持って来たのよん!」
「えぇっ!? ほんと!? 鉄広さん!」
「ホントホント! 今出すから待っててねぇ~!」
鉄広は背中に背負った大荷物を下ろすと、中身を漁り出す。
……どうやらそれが本題だったらしい。なるほど、確かに町中では憚られる。話すにしろ現物を出して見せるにしろ、最悪、警察に通報されかねないからなぁ。
「ジャジャーン! これが鉄珍様作、梅ちゃんの日輪刀よ~ん!」
鉄広が取り出したのは、二振りの刀だった。
まず抱いた印象が、短い、だった。
鞘の上からでは正確な長さは測れないが、刃渡りの規格は太刀ではなく脇差程度と思しい。あるいはもっと短いか。流石に匕首よりは長いようだが……。
俺が疑問に思っている横で、しかし梅は全く不審に思った素振りを見せず、むしろ万歳して刀を迎えている。
「わーい! アタシの刀! アタシの刀!」
「ンフフ、喜んでくれて嬉しいわぁ。あたしまで嬉しくなっちゃう。鉄珍様曰く、渾身の出来の一振りだそうよ! 大事にしてあげてね~ん!」
刀を受け取ると、梅は二本とも腰の後ろへ回した。
どうやら刀を差している腰帯は特別製なようで、後ろにも二つ刀を差すことが出来るらしい。梅はそこに刀を固定すると、先刻の鉄広のように
「どう? どう? 似合ってる? かっこいい!?」
「キャー! 梅ちゃんステキー!」
「ああ、似合ってる。似合ってるが……それは。それでいいのか? なぁ? 随分と短い刀だが。それに今使ってる奴みたいな飾り帯もないしなぁ」
顎を擦りながら疑問を口にする。
桜色の鞘。柄は赤紫色の柄糸を巻いた拵えで、心臓を模したという西洋式の紋が散っている。丸い鍔の内側は、梅が愛用している帯の柄を模した形状をしていた。
梅は得意気に口角を上げると、胸を張って言う。
「ふっふーん! アタシの刀は蜜璃さんやしのぶさんと同じ特別製なんだー! 性質は蜜璃さんのと同じなんだけど、でもアタシは蜜璃さんほど力がないからね。だからアタシの特性に合わせて鉄珍様にデザインして貰ったの!」
「ふーん、なるほどなぁ。確かにお前の使う恋の呼吸の剣技は、普通の刀じゃ真価は発揮できないだろうからなぁ。それで、か」
「……でもまだ最終調整が終わってないのよねぇ。梅ちゃん、刀が出来上がる前に任務に行っちゃったから。だからその刀はまだ未完成なの。『もしも少しでも違和感があるようだったら使わずに返してね』って、鉄珍様の伝言よん」
……大丈夫なのか、それは?
一抹の不安が胸を過ぎる。しかし、当の梅に気にした様子はなかった。
「さて! それじゃあ、早速抜いてみよーっと! アタシの刀は何色に変わるかな?」
わくわくした様子で、梅が刀の柄に手を掛ける―――
刀が抜かれることはなかった。
梅は弾かれたように面を上げて、虚空を――山の上の方を睨んでいる。まるで猫のような仕草だ。どうかしたのか――そう口にしかけた所で、漸く俺も気付く。
鬼の、気配。
どろどろと。腐った血と内臓を、大量に頭からぶっかけられたような。そう錯覚してしまうほどに、それは強烈だった。
文字通り全身――頭の天辺から足の爪先まで、全ての肌が粟立つのが分かった。
「―――お兄ちゃん」
「ああ。……鉄広殿。どうやらこの山に鬼が出たようです。それも相当、厄介な奴だ。あんたは屋敷の中へ避難しててくれ。鬼は――俺と梅で、殺しに征く」
刀に手を置き、いつでも抜けるよう態勢を整える。
こちらの様変わりを見た鉄広は、怯えた風に震えて縮こまっていた。彼はぶんぶんと頭を縦に振っている。
「わ、分かったわ……! 二人共、気を付けて! 梅ちゃん! さっきも言ったけど、新しい刀はまだ未調整だから! 戦いではまだ使わないでね!」
「うん、分かった! 行こう! お兄ちゃん!」
「ああ―――!」
俺と梅は同時に走り出した。
【令和グチグチ中の人話】
お久し振りです、中の人ことミズアメです。
前回の更新から期間が開いてしまって申し訳ありません。言い訳ですが、低めの評価をつけられて発狂したり、更新する度に発生するお気に入りが二百くらい減っては戻ったりする怪奇現象に発狂したり、別のサイト様で公開している一次創作が伸びなくて発狂したり。立志編の部分を同人誌にしてみたいなーと思ったものの製本・販売のノウハウがなくて何もできずにいたり。他にも色々あって本編執筆のモチベーションが保てなくて筆を置いていました。人生って辛いですね。
感想蘭などでエタを心配なされる方もいらっしゃいますが、本作はプロットは最後まで出来ているのできちんと完結させるつもりです(中の人が不慮の事故や病気で死なない限りは、ですが)。
ただ中の人の精神的事情やら、家庭的・金銭的な事情やらで、更新できないという状態になる場合が今後もあると思います。どうか何卒、その点はご了承くださいませ。