何度生まれ変わっても   作:ミズアメ

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第参拾玖話 変貌

「■■■■■―――■■■■■■■■■■ッ!」

 

 到底、人のものとは思えない咆哮を喉の奥底から吐き出して、妓夫太郎は帯鬼に飛び掛かった。

 

 既に帯鬼の頸は切断されている。

 

 しかしそんなことは知った事ではないとばかりに、妓夫太郎は執拗に帯鬼を切り刻んだ。腹に、足に、胸に、肩に。(くわ)でも入れるように、めちゃくちゃに帯鬼の体に刃を突き立てる。そして力任せに抜いて、抜き様に引き裂き、また刺し込んだ。

 (はらわた)が耕され、零れ出た血の海に肉片が沈む。

 あっという間に、帯鬼は原形を留めない肉塊へと変わった。

 それでも尚、妓夫太郎は刃を振るい続けた。

 己の身体を掻き毟りながら、鎌で帯鬼を攻撃し続ける。刃が自分に当たっても全く気にした様子がない。激情のままに、妓夫太郎は憤怒を叫んでいた。

 

 目が覚めた瞬間、先程まで見ていた悪夢が敵の血鬼術であったと、妓夫太郎は即座に看破した。

 そして、理解した時には既に身体が動いていた。

 結果、眠り鬼は――帯鬼は、惨たらしく解体されている。魘夢が妓夫太郎に見せた悪夢の光景と全く同じように。

 

 掻き毟って己を傷付けながら、妓夫太郎が吠える。

 真っ赤に血走った眼は、何処を向いているのかすらわからない。

 

 両手に鎌を持ち、血と暴力に狂った姿。

 その有り様は、まさしく――■だった。

 

「……やめて」

 

 ぽつり、と梅が呟く。

 

 八つ裂きにされているのは鬼だが、しかしその姿は、紛れもなく自分なのだ。……否、そんなことは関係ない。

 命を持ったものを徒に傷つけてはならない。

 喩え、何人もの人間を食った鬼であろうと。その罪を理由に、屍を踏み付けにしていいことにはならない。

 

「やだ! なんかやだ! もうやめてよ、お兄ちゃんッ!」

 

 叫ぶ。

 梅は刀を放り捨てて、妓夫太郎の許へと走った。そして兄に抱き着き、必死に呼びかける。

 

「鬼の頸はもう斬ったでしょ! これ以上はダメ! もうやめて! 自分を傷つけないで! お願いだから、いつものお兄ちゃんに戻って! ねぇってば!」

「■■■■■―――■■■■■■■■■■ッ!」

 

 必至の懇願も虚しく、妓夫太郎は正気に戻らなかった。

 梅を傷付けこそしないものの、帯鬼への攻撃と自傷を執拗に繰り返している。止まる様子は全くなかった。

 

 それでも、梅は叫ぶ。

 

「やめて! お兄ちゃん、()()()()! お願い!」

「―――――ッ!」

 

 梅の言葉を切っ掛けとして、妓夫太郎の動きがぴたりと止まった。

 彼は糸の切れた人形のように膝から崩れ落ち、血溜まりの上で這いつくばる。そして激しく咳き込んだ。

 荒々しく肩を上下させ、懸命に空気を吸おうと喘いでいる。しかし上手くいかない。笛のような音が喉から漏れるばかりだった。

 梅は妓夫太郎を起こして背中を撫で擦り、介抱に努めた。

 

「フ―――ッ! フ―――ッ! フ―――ッ!」

 

 妓夫太郎の様子は、未だ正気からは程遠い。

 全身の血管が隆起している。眼球は忙しなくぎょろぎょろと動いており、焦点が定かではない。非常に激しい運動を行ったにも関わらず、指先は温度を失って死体のように冷たくなっている。あまりにも強く噛み締めたことで奥歯が砕け、口の端から緩やかに血が溢れ出ていた。

 

「お兄ちゃん……」

 

 尋常ではない兄の様子を見て、梅が心配げに眉を寄せる。

 

 

 ―――ソイツの心はもう壊れてるからねぇ。アタシは……―――いや、()()、人に幸せな夢を見せた後で、とびっきりの悪夢を見せてやるのが大好きなのさ―――

 

 ―――アタシが見せた悪夢でソイツの心は折れた。もう起きることはない! 二度とね!

 

 

 鬼の言葉が脳裏を過ぎる。

 あの兄がここまで取り乱し怒り狂うほどの悪夢。想像するだけで、梅の視界は真っ赤に煮えた。許せないという怒り。そして兄が負った心の傷を思うと、あまりの胸糞の悪さに吐き気がする。

 

(でも、もう鬼は倒した。終わったんだ。これで……―――)

 

 憂うように伏せられていた梅の目が、驚愕で見開かれる。

 

 血が、蠢いていた。

 沸騰する寸前のように、不穏に沸き立っている。

 

「―――――ッ!」

 

 梅を脇に抱え、妓夫太郎が跳んだ。一息で血の池の外へと()()する。

 そう――脱出。

 あの瞬間、血の池から無数の刃が発生していた。剃刀のような薄い血の斬撃。幾重にも連なったそれがドッと溢れ出し、爆裂する竜巻のように夜空を呑み込む。妓夫太郎はそれを文字通り、間一髪で回避した。

 空を舞う数多の血刃。

 それらはまるで大蛇の体躯のように。天高く伸びた後、不遜にも地上から見上げる這虫を潰すべく、巨大な顎を広げて襲い掛かる―――

 

 対して、妓夫太郎の反応は速かった。

 先程までと全く同じ。考えるよりも先に、身体が動いている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 全集中―――

 

 妓夫太郎は梅を下ろし、両手の鎌を構える。それと同時に、彼の指や掌、手首の血管が、内側から破断した。

 体外へ流れ出す血液。

 分厚い鎌の刃金に暗い真紅を纏わせ、妓夫太郎は技を繰り出す。

 

 炎の呼吸・鬼ノ型――“跋扈跳梁”

 

 血鎌の斬撃で天蓋を造る防御技。

 人の身では全力で振るうことの出来ない技に、全集中の呼吸を加算することで威力を底上げする。

 滝の如く降り注ぐ、血の斬撃の嵐。

 迎え撃つのは同じく血の斬撃。生み出された天蓋が、襲い来る死の顎を真っ向から受け止め、確実に――着実に――削っていく。

 

「オオオオォ―――オオオオオオオオオオッ!」

 

 やがて、空が晴れた。

 

 暗い夜空と輝く月が復活する。敵の攻撃を凌ぎ切った証左だった。

 荒く息を吐く妓夫太郎が、片膝を突く。

 呼吸を乱した状態での激しい運動と、血鬼術の行使による多量の失血。凄まじい消耗で妓夫太郎の視界は色褪せていた。

 

『―――ひひひひひッ!』

 

 そんな妓夫太郎を嘲笑う者が、一人。

 

『ひ、ひひひ! 無様だなぁ! みっともねぇなぁあ、お前! 怒りに囚われて、無駄に消耗しちまってなぁ! そんなザマで柱の継子だ? 鬼狩りの剣士だ? 人間として生きるだぁ? 笑わせるじゃねぇか、お前なぁああ!』

 

 地面を汚す血の池から這い出るように、度を越した痩躯が出現する。

 

 繰り返し、何度も見た姿だ。

 

 柳の下に現れるという怪談よりも、より一層悍ましい存在。痩せ細っていながら、異様に筋肉の発達した異常な体型。幽鬼のように佇むソレの姿は、餓鬼道に堕ちた悪鬼か、あるいは地獄から這い上がった亡者の類に違いなかった。

 両手には血と肉と骨で出来た、異形の紅い鎌。その凶器こそが、彼の鬼の象徴。

 

 鎌鬼。

 

 前世の謝花妓夫太郎――それそのものの姿だった。

 

「お――お兄ちゃん……?」

 

 梅が目を見開く。

 頭の奥で血が沸騰するような、不可解な騒めきを梅は感じていた。既視感に近いが、全く違うもの。帯鬼を目にした時よりも一層、強烈な衝撃が頭蓋を満たす。

 それが何なのか、彼女には分からない。

 恐怖か、後ろめたい罪悪感か、あるいはもっと別の何かなのか。

 

 だが――そんなことはどうでもいい。

 

 ―――ふざけるな。

 

 歯をきつく噛み締め、頸を傾けて下からきつく睨め付ける。

 敵は二体。

 新たに出現した鎌鬼と、復活した帯鬼。二体の鬼に化けた眠り鬼を、視線だけで射殺さんばかりに凝視する。

 

 自分だけならばいい。許せないが、まだ、いい。

 

 だけど――兄を愚弄するのだけは許せない。絶対に。

 

「アンタ……どこまでアタシ達を馬鹿にすれば気が済むのよ……ッ!」

 

 握り締めた柄がみしみしと軋む。

 激怒した梅の姿は、妓夫太郎とはまた異なる凄味がある。喩えるならば鬼子母神だ。その怖ろしさは、それこそ鬼に勝るとも劣らない。

 

 しかし、帯鬼と鎌鬼は全く意に介さず。

 それどころか、露骨な嘲笑を寄越した。

 

『フフ、アハハハハハ! 随分とまあ、見当違いなことを言うじゃない。逆切れも甚だしい。みっともないったらないわ。ねぇー、()()()()()?』

『まったく以ってお前の言う通りだぜ。傑作だなぁ。馬鹿は死んでも治らねぇってのは本当だったんだなぁ、オイ』

「あァ!?」

 

 侮蔑を露わに嘲笑する二体の悪鬼に、梅が食って掛かる。

 

 その様子を、何処か遠くの出来事を眺めるかのように、妓夫太郎は観ていた。

 

 ―――ゴォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 激しい炎の燃焼音。それを思わせる呼吸の音。

 

 止まっていた妓夫太郎が動き出す。彼は上半身を右側へ大きく捻り、両の鎌を振り被った。

 

「炎の呼吸、蟲ノ型、漆ノ段――“()()(ごく)”」

 

 両手の鎌を投擲する。

 二振りの鎌の内、一方は帯鬼へ。もう一方は鎌鬼へ。

 回転する刃が、凄まじい速度で二体の鬼に迫る。

 

『『―――――!』』

 

 帯鬼の反応は素早く、一方で鎌鬼は徐に迎撃の態勢を取った。

 先んじて、帯鬼の背中から伸びた八本の帯が、迫り来る鎌を迎え撃つ。しかし物理的に有り得ない不可思議な機動で飛行する鎌を捉えることはできなかった。

 帯の隙間を縫い、妓夫太郎の鎌が帯鬼と鎌鬼に肉薄する。

 

『シィッ!』

 

 鋭く呼気を吐き出すと同時。鎌鬼は両手の血鎌を振るい、自身と、そして帯鬼を狙う鎌の二つを弾き飛ばした。

 帯鬼とは比較にならない巧みな戦闘技術。

 まさしく前世の妓夫太郎そのものの姿である。

 

 だが―――

 

「―――そんなくッッッだらねぇ小細工で! この俺を殺せると思ってんのかァ!? テメェはァア!!」

 

 鎌を囮とし、妓夫太郎が突貫する。

 その手には――刀が握られていた。

 

(『コイツ……今の一瞬で、もう刀を拾ってきたのか!?』)

(『それだけじゃねぇ、呼吸も戻ってやがる。もう復調しやがるとはなぁあ!』)

 

 驚愕もそこそこに、帯鬼と鎌鬼は妓夫太郎の迎撃に掛かった。

 

 二対一。

 

 鎌鬼が真正面から切り結び、やや離れた位置から帯鬼が援護する。

 二体の鬼の連携は完璧だった。唄に合の手を入れるが如く――互いを補い合い、それでいて長所をどこまでも伸ばす。とんでもなく優れたチームワーク。元は一体の鬼であることを鑑みても、充分に驚嘆に値する程だ。

 並の鬼狩りならば、碌に抵抗も出来ずに殺されただろう。

 

 しかし―――

 

「いい加減、その面は見飽きてるからなぁッ!」

 

 当然――謝花妓夫太郎には、一切通用しない。

 刀は元より、更には血鬼術によって空中を飛び回る二本の鎌。それらを存分に駆使して、帯鬼と鎌鬼の猛攻を全て捌いている。十と十。合わせて二十の攻撃を二体の鬼が繰り出しても、一つとして当たらず、掠ることすらなかった。

 

 帯鬼と鎌鬼。

 

 それが、謝花兄妹が怖れるものであることは間違いない。しかし姿と記憶だけでなく、能力までをも完璧に模倣してしまったのは魘夢の失態であると言える。

 それもその筈。

 

(やっぱりだなぁ! コイツ等、眼の数字は見かけだけだ! 前世の俺達より断然弱ぇ!)

 

 単純に力不足。能力と性質を写し取った所で、実力が伴わなければ意味がない。手の内を完全に把握されているとなれば猶更だ。

 当然の帰結である。

 厭夢自身が口にした通り、相手は自分自身――妓夫太郎そのものなのだから。太刀筋も動きの癖も、誰よりも理解している。それに加えて動きも悪く、帯鬼に至っては八本以上の帯を同時に操ることはできないようだ。遅れを取る道理はない。

 だが、それだけだった。

 帯鬼と鎌鬼を倒すには、二体の鬼の頸を同時に斬り落とさなければならない。それを一人でやり遂げるのは至難だった。

 膠着した状況。

 それを崩したのは、帯鬼だった。

 

 幾つかの帯が、妓夫太郎とは別のものへとその矛先を向ける。

 

 帯が伸びた先には――梅が。

 

「―――ッ!」

 

 考えるより先に妓夫太郎の身体が動く。

 鎌鬼に背を向けて、無理やりに帯と梅の間に割って入った。迫り来る二本の帯。一本目には上段の振り下ろしを食らわせて叩き落とし、続く二本目は鎬で受け弾いてから斬り払う。

 

「お兄ちゃん!」

「お前は退がってろ!」

「待って、お兄ちゃん、アタシ―――」

『血鬼術――“飛び血鎌”!』

 

 縋るように吐き出された梅の言葉を、鎌鬼の血鬼術が引き裂いた。

 帯に加え、血の刃が襲い来る。

 どの攻撃も、梅を狙って放たれたものであるのは明白だった。

 

 防ぐ。全て。

 

 四方八方から襲来する、無数の帯と血の刃。一つとして届かせてなるものかと、妓夫太郎はまさに獅子奮迅の様相で刀を振るった。

 

 護る。護るのだ。

 

(そうだ――梅には傷一つ付けさせやしねぇ! 絶対に俺が護り抜く! 今度こそ、必ずなぁ!)

 

 血を吐くような思いと形相で、妓夫太郎は刀を振るった。宙を飛ぶ鎌を駆使した。

 あんな思いは二度と御免だった。

 真っ黒焦げになった妹を抱えて慟哭した瞬間。頸を斬られ、妹が目の前で塵になって消えて行くのをただ見ていることしか出来なかった最期。幸せになると信じて送り出した妹が、小さな壺に入れられて帰ってきた悪夢。

 

 絶望。苦痛。そして、怒り。

 

 思い出すだけで胸が張り裂け、腸が煮え繰り返る。だから今度こそ、護るのだ。護らなくてはならぬのだ。何故ならば、自分は梅の兄なのだから。強いこと以外に何の取り柄もない、醜くみっともない男なのだから。

 

 だから―――

 

『『―――――』』

 

 鎌鬼は完全に血鬼術による中距離戦に戦法を切り替えた。放たれた多数の“飛び血鎌”が、軌道を変え、四方八方から襲いくる。その隙間を縫って、帯鬼が立ち位置を変えた。

 丁度、妓夫太郎と梅を鎌鬼と挟み込む位置に陣取り、八本の帯を攻撃に加える。

 

 それでも妓夫太郎は、一切後れを取ることなく。正確に、全ての攻撃を捌いていた。

 

 際限なく上昇する体温と心拍。人間の限界を超えて、肉体を酷使している。

 

 血を燃やせ。

 命を燃やせ。

 ■を燃やせ。

 

 鬼神の如き戦い振り。だが敵の頸を斬るには決して至らない。しかもただ頸を斬るだけでは駄目だ。二体同時に斬らなければならないのだが、挟み込まれた今となってはそれも難しい。

 明らかな劣勢。

 体力に限りのある人間の肉体では、永遠に十全の力を発揮し続けることは出来ない。どんどん疲労が蓄積し、身体が重くなる。一秒後には明らかに動きが鈍っている。妓夫太郎は、もう間も無く潰れてしまうだろう。

 

「オオオオォォォオオオオオオオオオオオオッ!」

 

 吠え猛る。決して、負けまいと。

 

 たとえここで己の命を燃やし尽くすことになろうとも、必ず妹を護る。その一念のみが妓夫太郎を突き動かしていた。

 彼の身体は、とうに限界を超えている。

 

『ひひひっ、隙だらけだぜ!』

『そろそろ死んじゃいなさいよ、この不細工!』

「しまっ―――」

 

 帯が、血の刃が。妓夫太郎に迫る。

 今の体勢では防げない。避ければ梅に当たる。ならば、と。妓夫太郎は一切の躊躇なく、自らの体を肉の盾として妹を護る覚悟を決めた。

 

 だが―――

 

「どいつもこいつも――アタシを、舐めてんじゃないわよッッッ!」

 

 桜色の刀が閃く。

 羽金地の飾り帯が帯鬼の帯を絡め取り、引き裂く。更に返す刀で振るった刃が、鎌鬼の血の刃を弾いて散らした。

 

「梅―――」

 

 どこか呆けた表情で、妓夫太郎が呟く。

 意表を突かれたのは帯鬼と鎌鬼も同じだった。ほんの僅かに、攻撃の手が緩む。その隙を縫って―――

 

 ―――パァン!

 

 梅は背後の兄と向き合うと、その頬に強烈な平手打ちを食らわせた。

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