異世界転生したので前世の死因を考えてみる。   作:N-SUGAR

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いよいよ、謎の組織『帰宅部同好会』登場です。


第三話 八月二十七日火曜日午後四時五十五分~

学校が何事もなく終わったその放課後、俺は駅前の繁華街を一人歩いていた。

 

亜里沙や歌手師は今頃学習塾へ直行している頃だろうし、脇落はサッカー部で試合に向けた練習に励んでいることだろう。

 

明智はもしかすると、夕方になってもまだ探偵活動を続けているかもしれない。というか、連続通り魔の犯行時刻は基本夜に偏っているから、これからが本番なのかもだ。

 

では、翻って俺は今どこへ向かっているのかと言うと、今朝方メールで発生した急な予定を遂行しに、駅前の通りにあるファミリーレストランへと足を向けていた。

 

『帰宅部同好会』の集まり、というわけである。

 

『帰宅部同好会』とは一体何をする同好会なのか。実は、明確に「これをする」といったような決まりはこの同好会には存在しない。そもそもの発祥が、「何処の部活に所属しているわけでもなく、しかしかといって他にやることがあるわけでもない暇人同士が偶然居合わせた結果生れた組織」なのだ。つまるところ単なる暇潰しの組織であり、夏休みいっぱい活動に参加した身の上から言わせてもらえば、「暇人が集まって暇を潰す」以上の活動をした記憶がない。個人的に興味深い出来事もそりゃあ全く無かったとは言わないけれど、基本的には、適当に集まってお菓子やジュースをつまみつつ駄弁ることが平均的な活動内容だといえる。

 

逆に言えば、暇を潰せるのなら何でもやるのがこの同好会だ。暇すぎてなにかやりたいと思ってメールで召集をかければ取り敢えず集まってみんなで何かをする。まさに、暇人達の暇人達による暇人達のための同好会である。

 

ただ、そんな人間がたまたま偶然居合わせた結果生れた同好会のため、特に人を集める活動をするわけでもないので同好会のメンバーは最初期から微動だにせず、たった三人しかいない。というのも、初期会員が三年生のみで構成されている上に、三人とも何処の部活に所属しているわけでもないので後輩への伝手が皆無で、その上、三年という受験シーズン真っ只中の今、暇をもて余している人間そのものがそもそも少数派なのだ。集めようと思ったところで集めようがない。俺以外の二人に至っては、集めようという気さえまず起こさないだろうし、きっと永久にこの同好会の会員が三人から増えることは無いだろう。俺達が中学を卒業すれば、そのまま自動消滅する運命にある同好会である。

 

それで、今朝のメールは、そんな暇人であるところの同好会員の一人からの召集メールだったわけだ。

 

召集の理由は知らない。知る必要がない。ただ、「放課後五時に駅前のファミレスに集合せよ」というメールが来たからそこに向かう。『帰宅部同好会』とは、そういう集まりなのだ。

 

しばらく歩いて、目的地であるファミリーレストランへと到着した俺は、そのまま入店し、迷わずドリンクバーのすぐ側の席へと向かう。このファミレスに集まるときは大抵、その席に座っているからだ。

 

四人掛けのいつものテーブルには、既に二人の女子が座っていた。

 

「カズトくんおっそーい!五分二十秒待ったよー!」

 

どうやら二人より遅れて来た俺に因縁をつけるつもりだったのか、わざわざストップウォッチを片手に構えて時間を測っていたらしい片方の女子は、店のウエイトレスでもないくせに、何故か一目で注目を浴びそうなゴスロリ系のメイド服を着てこちらを向いていた。

 

「待ち時間じゃなく集合時間で判断してくれ。まだ五時になってない」

 

「えー。じゃあ、この五分二十秒は一体何処に行くっていうのさー。私の測定時間を返してよー」

 

「知るか。どうせ暇だろうお前は。そもそも集合させたのはお前なんだからお前が俺の時間を返せ」

 

ちぇー。と、頬を膨らませるメイド服少女。正面に向き直ることでツインテールにまとめた金髪がふわりと浮かぶ。自称探偵の金髪が地毛であるのに対して、こちらの金髪は染め物だ。人工の金髪はあまり目に優しくない。

 

多少ゆっくりはしていたが、それでも俺が学校から直で来たにも関わらず二人が先に座っていることからも分かるように、このメイド服少女は学校指定の制服ではなく今着ているメイド服姿のまま学校に通っている。うちの学校はそこまで校則がきついわけではないと思うのだが、しかしそれでも、制服以外の服を着て登校するのも髪を金色に染めるのも校則違反である。天然で金髪の自称探偵は許されても、こいつの金髪は許されない。

 

俺なんかは正直、こいつが同じクラスでなくて良かったと常々思っているのだが、しかしそんなことを気にしている奴は学校中探しても、俺ただひとりだ。

 

明らかな校則違反。どこからどう見ても派手に目立つファッション。

 

()()()()()()()()()()

 

俺以外の誰も、彼女の格好を気にするような人間はいない。学校の教員も、学校の生徒達も、道行く人の誰も彼も。

 

そこら辺の有象無象と同じように、彼女を素通りする。

 

実際、俺自身こいつとまともに喋り始めるまでの約二年半もの間、学校に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

だからこの時の俺も、目の前のメイド服に特段注意を払うわけでもなく、俺は普通に二人の座る反対側の席に腰をおろした。

 

暑っ苦しい学ランを脱いで椅子の背もたれに掛け、再びテーブルに目を向けると、そこには()()()()()()()()()()()()とはまた別に、圧巻の光景が広がっていた。

 

メイド服少女のとなりに座る女子は、校則違反の塊とは打って変わって学校指定の制服をきっちり着こなしている。しかし、丈の長さや裾の具合、リボンの結び方など、至るところに一工夫凝らされていて、普通のセーラー服のはずなのに何だかお洒落な最新モデルを着こなしているように見える。その上思春期男子なら、腰まで伸ばした艶やかな黒髪や、少し太めの眉や目元の泣きぼくろが印象的な整った顔立ち。何より中学生にしては豊かすぎる胸のふくらみなんかに、普段ならついつい目が行ってしまいがちだ。しかし今目の前に広がっている圧巻の光景とは、その事ではなかった。

 

パフェ、サンデー、クリームソーダ、アイスクリーム、ケーキ類…。空になった皿。そして、若干引き気味のウエイトレスによって新しく運ばれてくるフレンチトースト。

 

テーブルに並ぶデザートの数がそれはもう圧巻すぎて、どのくらい圧巻かと言えば、彼女の完璧なプロポーションにちっとも目が行かない程だった。

 

豊かな胸よりも、その前に置かれた立方体のフレンチトーストやジャンボパフェの方が目立っているし、クールビューティーな顔貌も口元にこびりついた生クリームがほとんど台無しにしている。

 

真に恐るべきことは、彼女が一番最初にこの店に来たと仮定して、学校の終業時間からどう長く見積もっても、この光景が十五分以下の時間で形作られたという事実である。

 

メイド服は特に気にしなかった俺も、目の前の甘味天国(じごく)については流石に無視できない。

 

つか、匂いが気持ち悪い。甘ったるすぎて吐き気を覚える。隣のメイド服も多少手をつけた形跡はあるものの、既に目の前の甘味には一切視線を送ろうとはしない。そして対照的にクールビューティーの方は完全に甘味の方にしか意識を向けていない。一心不乱に糖分の塊を摂取し続けている。

 

「…何度見ても慣れないなこの光景…」

 

「なんかねー子折(しおり)ちゃん、昨日からなんやかんやあって何も食べてなかったらしくってさー。甘味の量がいつもの五割増しになってるんだよねー」

 

「マジでか。どうりでいつにも増して気持ち悪いわけだ」

 

「一昨日の夜から趣味の『小説投稿』に熱が入ったらしくてね?それから一睡一食もせずに今日の朝までずっと部屋でパソコンとにらめっこしてたんだってさ。二徹だよ?ヤバイよね」

 

「何やってんだよ…。つか、それってつまり、夏休み明けの初日は学校休んだってことか…」

 

二人はクラスが違うので同好会以外での動向はあまり知らないのだが、まさかそんなことになっていたとは…。

 

二徹や昨日から食事を全く取っていないというのもヤバイが、なんだってわざわざデザートで空腹を埋めようとしやがるのか。栄養分が偏りすぎて絶対に体調崩すと思うのだが…。

 

ともあれこれで、全員集合。

 

メイド服中学生、厄森(やくもり)計時(けいと)

 

甘味爆食い中学生、苗木(なえぎ)子折(しおり)

 

そして、究極暇人中学生こと、俺。乙坂数斗。

 

三人合わせて、旧苑坂中学の暇人三人衆。通称『帰宅部同好会』のメンバーである。

 

「――それで?召集がかかったから来たけど、今日は一体何をする回な訳?」

 

子折さんは甘味に夢中になっているから取り敢えず放っておくことにして、俺は厄森に今日の集会の主旨を訊く。

 

「ふふん。今日の集会はいつもより少し真面目な内容なんだよ。なんにゃら、同好会発足以来一番マジな回だと言ってもいいね!」

 

普段真面目のMの字すらない厄森の発言に、俺は固唾を飲む。MAZIME?まず、厄森の頭にそんな単語が搭載されていたこと自体が驚きだ。制服すらまともに着ようとしないマジモンの不良の癖に。

 

「な…なんだよ。真面目なことって…」

 

今起こりうる真面目な内容と言うと、まさか、巷を騒がせているあの殺人鬼についてだろうか…。例えば昨夜殺された須藤が知り合いだったとか…。

 

そんなことを思考していると、今まで見たこともないような暗い顔をした厄森が、重々しく口を開く。

 

まさか…本当に…。

 

「………私がこの夏休みの間、宿題に一切手をつけていなかった件について」

 

「帰る」

 

ああ!待って!見捨てないでカズトくん!と、厄森は席を立とうとした俺のシャツの裾にすがり付く。

 

――くっ。なんだこれ、外せねえ。どういう掴み方してるんだこいつ!

 

「ええい!はな…離せ!シャツが伸びるだろうが!」

 

「嫌だ!カズトくんがここに座り直してくれるまで絶対に離さないんだから!」

 

中々情熱的に引き留めてくれるがちっとも心に響かない。状況と台詞の相性は大切だと、つくづく思い知らせてくれる。

 

「昨日今日はなんとか先生の目を逃れたけど流石に明日になるともうごまかしきれないの!いくら気配を消すのが上手くても、データ上の存在まで消せる訳じゃないもん私!中学校生活始まって以来誤魔化し続けてきたあれやこれやがまさかの宿題忘れなんていうありがちな理由で露見しかねないの!」

 

「むしろよくもまあ今まで服装規定違反を始めとする数々の校則違反を誤魔化せてきたもんだと、そっちの方がよっぽど不思議なんだがな。つーか、そんなに困るんだったらなんで夏休みの宿題くらい適当に済ませられなかったんだ」

 

「…バイトしてたらなんかやった気分になっちゃいまして…」

 

「宿題忘れの理由まで校則違反とはいよいよ極まってるなお前…」

 

うちの中学校は特殊な事情がない限りアルバイトは全面禁止だ。そもそも、基本的に中学生のアルバイトは校則どころか法律違反である。こいつの言う『バイト』はまず新聞配達とかでないことは確実なので100%法に反している。

 

思わず溜息をつく。馬鹿馬鹿しさが一周回って感心すら湧いてくる程だ。

 

「…それにしても、よくもまあそんな話題で子折さんがここに留まったもんだな」

 

子折さんは甘味と『小説投稿』さえ絡まなければ見た目通りのクールビューティーなので、夏休みの宿題を手伝って欲しいなんていうくだらん注文を受け付けるとは思えないんだけど。

 

「…13,824円(税込)」

 

「あー…」

 

稼いだバイト代を早速役立てたわけか…。それにしても、ファミレスのデザートでそのお値段って、中々怖いものがあるな…。どんだけ頼んだんだよそれ…。

 

まあ、その結果は目の前にこうして広がってるんだけど…うっぷ。

 

「しかもこれだけじゃなくて、あと一週間奢らきゃいけないんだよ…」

 

わたしのバイト代がー。呻きながら、ホロリと涙を流す厄森。

 

うん。なんというかね。

 

「自業自得だな」

 

「ひっどい!」

 

厄森は机に突っ伏しておいおいと泣き始める(フリをする)。

 

「はぁ…。で?その夏休みの宿題とやらはいつ始めるんだ?」

 

とうとう俺がそう言うと、厄森はすぐに泣き真似をやめて、ツインテールを揺らしながら起き上がる。死ぬほど現金な奴だなほんとに。

 

「私は今すぐにでも始めたいんだけど、今はテーブルがデザートで埋まってて宿題を広げられないんだよ!」

 

確かに。テーブルを見回しながら俺は納得する。

 

「だけど、となりの席が空いてるじゃん。そっちでやったらどうだ?」

 

俺は、隣の空席を指差す。厄森はそちらに目を向けて

 

「目からウロコ!」

 

と、快哉を叫ぶ。どうやら発想力が壊死してるらしい。基本、宿題をやりたくないからどうすればやれるのかという発想が浮かんでこないのだろう。隣の席が空いているという事実にたった今目を向けたらしい厄森は、机の下から肩掛け鞄を取り出し、そこから新品同様の夏休みの宿題を次々と取り出すと、バラバラと隣のテーブルに並べる。

 

そんな様子を頬杖をつきながら眺めていた俺は

 

「じゃ、頑張れよ」

 

と、エールを送った。

 

「え!?手伝ってくれるんじゃないの!?」

 

厄森が勢いよくこちらを振り向く。

 

「俺はお前を手伝うなどとは一言も言っていない」

 

俺が言うと、厄森は頭を抱え、そんな馬鹿な!?と、まるで一家眷属に裏切られたかのような悲痛な叫びをあげた。

 

本当に一々大袈裟な奴だ。何故そんな歌劇団みたいな身ぶり手振りで他の客が一切反応しないのか本当に不思議でしょうがない。

 

「ひどいよ!私に夢と希望を与えておいていきなり突き落とすなんて!この鬼!悪魔!」

 

夏休みの宿題を手伝わなかったくらいで何てこと言いやがる。周りが聞いていたらどうするつもりだ。

 

「うぅ…カズトくんは私の純情な心を弄んで楽しんでいただけだったのね…」

 

ざわざわ…と、周りから囁き声が聞こえる。おやおや?おかしいな。いきなり他の客がこちらに注目し始めたぞ?その上もれなく冷ややかな視線はすべて俺に向けられている気がする。

 

「私にこんなメイドのコスプレまでさせて…」

 

「いやいやいやおかしいおかしいおかしい!!メイド服(ソレ)はお前の趣味だろうが!人聞きの悪いことをいうな!」

 

「好きでメイドのコスプレを私服にする女子が居るわけないでしょ!」

 

正論だが、目の前にいるお前はじゃあなんなんだよ!

 

叫びたいが、これ以上周囲の注目を俺に集めたくはない。と言うか、ただでさえ「最低」とか「変態」とかいう単語が耳に入ってきていて手遅れ感が凄いのだ。

 

やろう…。今まであれだけ存在感を消していた癖にここぞとばかりに衆目を集めやがって…。

 

「…厄森」

 

「なーに?」

 

目元に涙を浮かべ口元で笑っているクソメイド見る。今すぐ拳を叩き込んでやりたい衝動に駆られるが、無駄な上に状況が悪化するだけなのでやめておく。

 

どうせこやつはこの後、これ以上周囲に風評被害をばらまかれたくなかったら、私の宿題を手伝えとでも脅すつもりなのだろう。自分の目的を達成するために手段を選ばないというこいつの性格にはむしろ好感すら抱くが、それは俺に被害が及ばなければという前提付きだ。

 

そしておもっくそ俺が被害を被っている現状、こいつにくれてやる情けは一つもない。

 

俺は席から立ち上がると、きょとんとする厄森にたった一言、言い放った。

 

「帰る」

 

「待って!」

 

厄森が必死の形相で叫ぶが、ここで止まっては意味がない。俺は荷物をまとめて、そのまま流れるように店を出る。さて、予想外に予定が空いてしまった。これからどうしようか。

 

そうだ。今からでも自称探偵に合流して、殺人鬼特定のための証拠集めにでも協力しようか。警察に見つけられないものを素人中学生に見つけられるとも思えないが、どうせ暇潰しだし、損をするということはないだろう。あわよくば、自称探偵の建てた仮説とやらも聞けるかもしれない。

 

「待って待って!お願い止まってよカズトくん!謝るから!ごめんなさい!ほら見て見て!今ならなんと土下座付き!お買い得だよ!」

 

後ろから聞こえてきた声にちらりと振り向くと、厄森がアスファルトの上に跪いて頭を深々と下げていた。

 

「厄森…」

 

俺は、そんな厄森に優しく語り掛ける。

 

「それは三つ指だ」

 

「ごめんなさい!」

 

厄森が頭を地面に擦り付けた。大通りでのことなので恐ろしいほど目立つ筈だが、道行く通行人は、誰一人としてそんな彼女の姿に見向きもしない。歩道の真ん中だから普通気付く筈なのだが、よくよく見れば、道行く全員が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

厄森に言わせれば、これは周囲の人間が偶然厄森を見てないのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということらしいのだが、一体何をすればここまでの芸当ができるのか、その全容はさっぱり掴めない。

 

以前、俺は厄森から「人から注目されない歩き方」というものを習ったことがある。この歩き方というのは要するに、周囲をさりげなく観察し、人の視界に入らないように、また、有象無象に効率よく溶け込めるように歩くという歩き方だった。

 

厄森計時は、ここから数十キロ離れた場所にある県境の山奥に建つ神社の娘だ。

 

この神社に外から人が訪れることはまず無い。誰からも注目されないし、そもそも見つけられることすら稀だからだ。

 

というのも、この神社は古くから『厄除け』だけを執拗なまでに専門的に取り扱ってきた特殊な神社で、その理念は「厄を除けるには、まず厄に出会わぬことだ。そのためには、そもそも厄から認識されない事が寛容なのだ」というもの。そのため神主の一族は代々あらゆる目線から逃れる術を模索し続けた。その手段の一つとして、神社を誰からも見つけられないような場所に建てたのだとか。

 

そして、厄森の一族は代々の研鑽の結果、あらゆる目線や認識から逃れるための、『厄避(やくよけ)』という独自の技術を確立させたらしい。

 

誰からも注目されず、認識されない。

 

認識されないから、どんな服装で学校や街を歩いたところで、誰も気にしない。何故なら誰もその姿を目に止めないのだから。

 

どんな大声で叫んで暴れても誰も気にしない。何故なら、誰もその声や身振りを認識しないのだから。

 

そんな代々伝わる一子相伝の秘奥の結晶が、現在目の前で繰り出されている土下座というわけだ。

 

俺が教わった歩き方は、『厄避』の基礎にすらならないさわりの部分らしいが、これを見れば然もありなんと言ったところだ。目立たないように歩くなんてのは、ちょっと工夫すれば誰でも出来るようなことだが、目の前のこれはちょっと誰にも真似できそうにない。原理からしてさっぱりわからないし、例え教わっても俺では恐らく無理だろう。素人目に見ても、目の前のこれがいかに凄い技術なのかはよくわかる。こんな下らない光景にどれだけの研鑽と努力を要するのか考えると目眩すらしてくるくらいだ。

 

今は俺が真正面にいるから人が避けて歩いているが、もしこれで俺がいなかったら、通行人がこいつを踏んづけてもおかしくはない。いや、厄森はもしかすると、認識の誘導とやらで通行人に避けて歩かせることも出来るかもしれないが…。

 

俺が凡俗だから思ってしまうのかもしれないが、こういった才能のようなものが、ゴミみたいな使い方をされているのを見ると、どうにもしのびない。どうせ誰からも認識されないんだから一時間くらいこのままにしておこうとか一瞬頭に過ったが、結局俺はそうしなかった。

 

「もういいよ。厄森。反省はしてくれたんだろ?」

 

「はっ!この通り!面目次第もございません!」

 

「因みになんで俺が怒ったのか、理由を述べな?」

 

「ははっ!それはこの私が、下賎で卑小な身の上でありながら卑劣な策を弄し、カズト様の名声を地に落とさんとする振る舞いをしてしまったからであります!」

 

何口調なんだかよくわからん謎の言葉遣いに多少イラッとくるが、まあ、原因をきちんと理解しているようで何よりだ。今日のところはこれくらいで勘弁してやろう。

 

「はぁ…。じゃあ、お前は店内のお客さんたちの誤解を解いてきなさい。そしたら、うん。ま、宿題くらい手伝ってやってもいい」

 

「ははぁっ!」

 

厄森は謎の時代がかった口調で応答すると、直ぐに店内へと戻り、一分もしないうちに再び俺の前に戻ってきた。

 

「誤解を解いて参りました!」

 

「え…。もう?」

 

「もちろんであります!お客さんたちの認識を誘導して、先程の一幕を意識の外へ追い出してきたのであります!これでカズト様が再び店内にお戻りになられても誰もカズト様のことは気に止めません!」

 

一体何をしやがったこの女!?

 

あんまり突っ込みすぎると疲れるだけになりそうなので、論より証拠と、俺は厄森と共に再び入店するが、確かに誰も俺や厄森のことなど見向きもしない。まるで今初めて入店した新規の客の一組だとでも言ったような風情だった。というか、実際店員が「何名様でお越しですか?」と訊いてきた。マジで全部忘れてやがる…。

 

一体何をどうしたらこんな洗脳まがいのことが可能なのか…。隣でにこにこと俺に媚び諂うメイド少女に薄ら寒いものを感じながら、俺はそのメイド少女を引き連れてさっきまでいたはずの席へと戻るのだった。




なんか恐ろしくミステリーにいちゃいけないキャラがいた気がする…。ノックスの十戒?知らない子ですね。中国人なんて出してませんし?
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