異世界転生したので前世の死因を考えてみる。 作:N-SUGAR
地獄のような作業をしていた。
俺、厄森、子折さんの三人は、既にお皿の下げられたファミレスの机に厄森の夏休みの宿題を広げ、手分けして宿題の穴埋め作業を行っていた。
元々勉強が好きでもない不真面目学生に一度やった夏休みの宿題を再度やらせるというのは、ある種の拷問に近い。
うちの学校は宿題の難易度そのものはそこまで高くないが、とにかく量が多い。計画的にやる分には問題ないが、一度に全部済ませようとすると苦しい戦いを強いられることになる。具体的には、記述形式の問題ばかりで、記号問題を適当に選ぶとかの手段が使えないのだ。
スマホの時計を見れば、時刻は既に七時を回っていた。作業を始めてからもうすぐ二時間か…。頭が少し鈍くなってきた。
「厄森。宿題を手伝ってやってんだから夕飯をおごれ」
「ふえ?…ああ。うん。もちろんだよ!手伝いのお礼がそれでいいんだったら。喜んで奢りますとも!」
「ああ、それでいい。とにかく何か頭に栄養を入れたい」
俺はメニューを開いて目を通し、ボタンで店員を呼び、三種のチーズピザを注文する。これなら手軽かつ、宿題をやりながらでも食べられる。
「あと、フルーツタルト」
俺が注文すると、横合いから子折さんが注文を重ねた。
嘘だろ…さっきあれだけ大量のデザートを完食してたくせに、まだ甘いものを食べる気なのか…!
「あ、じゃあ私はサーロインステーキのAセットで!タレはオニオン醤油だれでお願いしまーす」
それと厄森。お前それ絶対宿題やりながら食えないだろ。休憩挟む気満々じゃねえか。
ウエイトレスのお姉さんは、恐らく
数分後、テーブルに注文の品が運ばれてくると、厄森と子折さんは宿題を脇に避ける。ああ…、やっぱり休憩扱いなんだこれ…。
仕方ないので俺も二人に習って、解いていた社会の問題集を隣の椅子の上にあげる。
「ドリンク取ってくるけど、何か欲しいものはあるか?」
「メロンソーダ」
「黒ウーロン茶!」
二人の注文を聞いて、俺はすぐ側のドリンクバーで三人分のドリンクを注ぎ、席に戻る。
厄森はナイフとフォークでステーキを一口サイズに切り分けながら喋る。
「学習記録帳ってあるじゃん。今日何時間勉強しましたよーってやつ。あれマジで存在意義が分からないんだけど」
「先生が何かの目安にすんだろ?適当に塗り潰しときゃいいじゃん。気にするなよ」
「100歩譲ってそこはいいよ。でもさ。「今日あったことを一言」って、これ何!?それ書く意味がある!?日記帳じゃないんだから!一々そんなの覚えてないよ!」
「本当なら毎日書くものなんだから覚えてないとおかしいんだよ」
「先生は一体生徒の夏休みの出来事を一々チェックして何がしたいの!?何か楽しいことある!?」
「そんなのわかんねーよ。あるかもしれないだろ」
「ないよ!私にはないよそんなの!強いて言うならバイトしてましたくらいしかないよ!書けないもんそんなこと!」
「書けないようなことしかしてない方が悪いだろ」
「なにおう!?じゃあ、カズトくんは例えば何書いてたのさ!だらだら暇をもて余していました以外で!」
「友達と駄弁ってました」
「ああその手があった!…でもそれ夏休み中ほぼ毎日やってたじゃん。全部それ書いたら流石に何やってんだこいつってならない?」
「全部素直に書くわけねーだろ。そこはあれだよ何か適当に無理矢理ねじ込むか言葉を変えるか」
「ああ、じゃあそうしよ。『今日は子折ちゃんとカズトくんとイチャイチャしていました』…と」
「おいやめろ。言葉を変えろとは言ったが有ること無いこと書けとは言ってないぞ。風評被害を増やすな。あと個人名を出すな」
ナイフをシャーペンに、フォークを学習記録帳に持ち替えて要らんことを書き始めた厄森を止める。こいつはどうしてこう、あらゆる意味で油断がならないのか…。
ちぇー。と、舌打ちしつつ要らんことを消した厄森は、適当に今日の一言欄を埋めながらステーキをつまむ。
…と、厄森の手が止まった。
「八月十一日…。やばい。この日一日フルでバイトしかしてない…。印象的なことがバイトで埋まってる」
「覚えてるぞこん畜生。それ俺達がバイト手伝わされた日じゃねえか」
こいつのバイトの時間はパートではなく仕事の進捗で決まるので、終わらないときはマジで日付を跨いだって終わらない。正真正銘のブラックバイトだ。たしかその日は、昼頃からいきなりメールが来てバイトを手伝えと言われ、解放されたのはなんと日付を跨いだ深夜一時頃だった。夏休み一番のブラックな思い出である。
「適当に捏造すりゃいいだろそんなん」
俺が投げやりに言うも、厄森はどうもゼロから嘘を考えるのが苦手らしくウンウンと唸ってなかなか手が動かない。
「ねえ子折ちゃん!この日ってなんか変わったことあったっけ!?」
厄森が隣の子折さんに訊くと、子折さんはタルトをつまみつつ答える。
「その日は、連続通り魔の第一の殺人が見つかった。殺されたのは前の晩だけど、発見されたのはその日の朝」
「かんけーねーーー!それを一体今日の一言にどう活用しろとー!」
「その日中に、第二の殺人が行われた。殺されたのはやはり夜。十時半から十二時の間。発見は翌日の昼頃」
「バイト中なんだよなー!その時私達は!」
アリバイ完璧だねー!と、自棄になりながら肉とライスを一気に頬張る厄森。非合法のバイトを果たしてアリバイにできるのかは正直微妙だが、それとは別に少し気になることがあったので、俺はこの会話に参加することにした。
「子折さんって、今起こってる連続通り魔事件に詳しかったりするのか?」
「趣味の延長で調べたから、そこら辺の人よりは詳しい」
子折さんの言う趣味とは、彼女が行っている『小説投稿』のことである。詳しくは知らないが、彼女は中学生になってからいくつものミステリー小説をネットのあちこちに無節操に投稿しているらしい。投稿ページや作風をちょくちょく変えるので認知度は知る人ぞ知ると言ったところだが、コアなファンからの人気は高いという話だ。常に犯人視点の物語なのが特徴的と言えば特徴的で、ペンネームは確か、『完全犯罪指揮者』だった。
何度か小説を読ませてもらったことがあるのだが、トリックがかなり作り込まれていたのは好みだったが、やっていること自体は地味で、しかも最終的に犯人が捕まらないまま終わることが殆どなので、不完全燃焼気味になってしまったというのが素直な感想だった。
犯人が捕まる話や探偵視点の話は書かないのかと聞いたことがあるが、本人いわく、「こちらの方が読者受けが良い」とのこと。彼女の「コアなファン」が求めているのは、どうやらそういう作風の小説らしい。
ただそんな小説を書いているからか、彼女は現実の事件にもかなり詳しいのだ。自称探偵とどちらが詳しいかは議論の余地があるが、少なくとも子折さんは自称探偵と違って情報の出し惜しみはしない。
ならば、この際折角なので仕入れられる情報は仕入れておこう。自称探偵にいざ振り回されたときに、少しでも対応できるように。
「だったら、連続通り魔の被害者について、知ってることってある?」
そんな俺の曖昧な質問にも、子折さんは過不足ない答えを用意していた。
***
「第一の被害者は
「第二の被害者は
「第三の被害者は
「第四の被害者は
「第五の被害者は
「第六の被害者は
「第七の被害者は
「第八の被害者は
「第九の被害者は
「ちょっと待った」
すらすらと流れるように話される情報に何とかついてきた俺であったが、ことここに至って、どうしても流せない情報が入ってきた。
うたてし?歌手師と言ったか今?
そんな珍しい名字が、そう何人もいるとは思えない。
それって、もしかして…。
「一人息子の歌手師明人は、カズトの同級生であり、そして私のクラスメイトでもある」
俺の様子を見て、子折さんは更に情報を付け足した。
やっぱりそうか。いや、違う。それよりも、待て、それは、まさか、そんな…。
「あいつ、そんなこと…」
話す…訳もない…か。そんなこと…。人にもよるだろうが…こういう時、あいつが誰かにその事を話す性格をしているとは思えない。確かに、あいつは身内以外にはそんな弱みを見せはしないだろう。
「誰もがお前みたいにぱっぱらぱーのまま変わらないと思っているならそれは大間違いだ。俺には明確な目標が出来たからな」
購買で会った時、そんなことを歌手師は言っていた。
ああそうだろう。変わらざるを得ないだろうさ。家族を失って、何時までも馬鹿なままではいられまい。
俺は衝撃の事実に精神を打ちのめされながらも、しかし、同時に、もっと知らなければという謎の義務感に駆られていた。
知る必要なんかないのに。
知らない方が、歌手師にとっては良いだろうに。
それでも、どうしても気になった。
歌手師の母親が、夫の殺害容疑?
「その、歌手師安里さんの夫殺害容疑ってのは、具体的にどんな事件なのかわかるのか?」
首肯。そして、
「もちろん分かる。歌手師安里の夫、
当然のようにすらすらと繰り出される情報。子折さんが一体どこからそんな情報を仕入れてくるのかは謎に満ちているが、その情報収集能力に助けられたのは、これが初めてではない。
歌手師のやつが連続殺人に関わりがあるだなんて、子折さんに聞かなきゃ恐らく一生分からなかっただろう。
「そして、言いそびれた第十の被害者は、カズトも知っての通り須藤彼人。男性。14歳。父と母との三人暮らし。旧苑坂中学三年二組所属。本人の性格上の問題でクラスから孤立している。目的不明の外出中に殺害。死亡推定時刻は八月二十六日午後十時から十時半の間。殺害現場は東野々山三丁目の住宅地。死体発見は今日の深夜一時過ぎ、飲み会から帰宅中の大学生によって発見される。殺害方法は刺殺。死因は心臓を一突きされたことによる失血死」
最後に残りの情報を余さず喋って、苗木子折の被害者講座は終了した。
俺はそれらの情報を脳内で整理して考える。何か被害者に法則性は有るのか。一見有るようにも見えるが、しかしやはり無いようにも見える。
最初はどちらかと言えば問題のある人間が多く殺されてるようにも見えたが、しかし警察官や正義感が強いと評価されているような人も殺されている。
しかし、通り魔的犯行と断定するには、傾向がどこか偏っているようにも見える。
「それでさー」
考え事をしている俺に、厄森が口を挟む。
「思わず聞き入っちゃったけど、その可哀想な被害者さん達の情報って、私の今日の一言欄に何か関係あるの?」
「ない」
「だよねぇ」
あーあ。お肉がおいしいなー。と、現実逃避をしながら厄森は役に立たない俺と子折さんを見限って、自分で内容を考えることにしたようだ。当然のことなので、偉いとは全く思わないが。
「子折さんは、この事件についてどう思う?犯人の傾向とか手掛かりとか、そういうの、分かってたりするのか?」
「私は別に探偵と言うわけではないんだよ?カズト」
俺の問に、子折さんはそんな風に釘を指した上で、
「それでもまあ、私の視点から言わせてもらえば、犯人には一定の明確な傾向がある。傾向と言うか、動機ね」
と、自身の見解を語る。
「動機…」
そう。動機。と、子折さんは頷く。
「どんな無差別殺人にも動機はある。とにかく目についた人を片っ端から殺すようなタイプは社会や人間そのものに恨みがあるし、快楽殺人者なんかには、自然とその人の好みが対象に現れる。その点、今回の通り魔は傾向から読み取れる動機が明白だ。犯人は、個人への怒りをその動機にしている」
「個人への怒り…。じゃあ、犯人は被害者全員と面識があるってことか?」
「それはケースバイケース。知っていることもあれば、知らないこともあると言ったところかしらね。それに、怒りの傾向もどうやら二種類に分けられるみたいだし」
「怒りが二種類に分けられる?」
「そう。怒りが二種類あるから、被害者に一貫性がないように見える。そもそも傾向があるからと言ってそこに一貫性を求めるのはナンセンス」
「傾向と一貫性は、別」
「
子折さんは意味深なことを呟いて話を続けた。
「更に言えば、その怒りと言うのはあくまでもその場その場での動機であって、根本的な動機は全て別のところにあるというのが私の予想。それこそ、社会に恨みがある無差別通り魔がその恨みの一端を見知らぬ個人へと向けるようにね。もし、この通り魔事件を全て解決したいと思うのならば、君はこの根本的な動機をしっかりと理解しなくてはならない」
「因みに、その動機ってのは?」
「そこまでは知らない。興味もない」
最初から多分駄目元の質問だとは思っていたが、やはりというか、子折さんは首を横に振った。子折さんは、事件には興味があっても犯人そのものには興味がないのだ。
子折さんは、決して探偵などではないのだから。
「殺し方についてはどう見る?」
俺は更に質問を重ねる。これまでの経験上、子折さんが分析していそうな情報と言えば後はこれくらいしか無さそうだ。
子折さんは答えた。
「無意味なこだわりと幼稚な犯行。まだ犯人が捕まっていないのが奇跡」
「うわお。ザ☆辛辣」
厄森が茶化す。
「心臓をナイフで一突き。無駄に技術が必要なことをすることでかえって犯人を限定している。模倣犯が出にくいのは犯人にとってデメリットでしかない。その上で他に犯人特定の証拠らしい証拠が見つかっていないのが意味不明。証拠を残さないのなら殺し方を限定するべきではない。ナイフで刺すならせめてめった刺しにすべき。そのちぐはぐな行動そのものが、犯人の情報を更に増やしている」
子折さんの口数が、自然と多くなっていく。これはもしかして、地雷を踏んだか?
「無意味な自己満足。無価値な承認欲求。無関係な後始末。犯罪者としては素人以下だと言わざるを得ない」
常日頃から犯罪者を産み出しているだけあって、子折さんは犯罪に対する意識が無駄に高い。ペンネームである『完全犯罪指揮者』の名の通り、常に完全犯罪を書き出そうと必死に足掻いている子折さんは、完全から程遠い犯罪を嫌悪すらしているのだ。
「100点満点中の20点。殺傷スキルの高さと証拠隠滅能力の高さをおまけしても赤点は免れない。だって、殺し方で全てを台無しにしているから」
とうとう採点まで始めたよこの人。顔と声は平静そのものだけど。これはもしかしてだいぶ怒ってる?
「カズト。さっき、この事件を解決したいならと私は言ったけれど、悪いことは言わない。カズトはこれ以上この事件に関わるべきではない。どうせろくなことにならない」
話したいことは話し終えたらしい子折さんは、ずいっとこちらに身を乗り出して人差し指をこちらの鼻先に向け、忠告をする。
俺は反射的に目を反らした。
「いや…、俺だってできれば関わりたくないとは思っていますよ?でも、どうせ関わらざるをえないって言うか、ほら、自称探偵も動き出してるし。最終的に絶対巻き込まれるし…」
「だったら最初から事情はできるだけ把握しておきたい?まあ、正論ではある」
子折さんは席に座り直しつつ、眉を寄せる。
「カズトくんってさー。結構思考が危ないよねー。自分の危険を省みないとこがあるって言うかさー」
「そんな馬鹿なことがあるか。俺は自分の安全を一番に考えているぞ。周りが危険思想なだけだ」
厄森の言葉に俺は反論する。それに、俺は今の状況のまま受け流されるつもりなんて全くない。どうにかして殺人鬼本人に絡まない方法を必死で模索中なのだから。
「でもさーそれって、結局友達に流されちゃうってことでしょ?周りが危険思想ならそれは本人が危険思想なのと変わらないってー」
「危険思想の代表選手の一人が何をほざくか」
「いやいや!私はこれでも誉めているんだよ!カズトくんはいざってとき友達を見捨てないってことだからね!そう!まさに今のように!」
「今まさに見捨てたくなってきた」
「カズト」
厄森との下らないじゃれあいを傍目に見ながら、言いたいことを決定したらしい子折さんが俺を呼ぶ。子折さんの方に視線を向けると、彼女は思った以上に真剣な顔をしていた。
「…もし、少しでもこの事件に関わると言うのなら、最低限これだけは守って」
「なんです?」
俺の疑問の声に、子折さんは再びずびし!と人差し指を突き付け、そして端的にこう言った。
「いのちだいじに!」
まあ、死ぬんですけどね(ネタバレ)。あと一話か二話くらいで必要な情報は全て揃いそうです。つまり、あと一話か二話くらいで問題編が終了するということであり、また、あと一話か二話くらいで主人公が死にそうということでもあります。いのちだいじに!