垣根帝督は死柄木達との戦いの最中に気を失った。その後の顛末については、彼が再び目を覚ました時に知ることとなる。垣根が気を失った後、ギガントマキアが行動不能になったことがきっかけでヒーロー側に流れが傾きかけたが、敵連合のコンプレスの活躍をきっかけにそれまで沈黙していた死柄木が再度覚醒を果たすと、個性によって病院跡地にいた脳無達を操りその場からの逃走を図った。全力で阻止しようとしたヒーロー達だが、彼らは既に満身創痍。ほとんどの仲間を捨て置いてまで逃げの姿勢をとった死柄木達を捕らえることは出来ず、死柄木は七体の脳無と共に行方をくらませた。
結果的に見れば、殻木やリ・デストロ、ギガントマキアなど多くの幹部クラスの敵を捕らえることには成功したヒーロー側だが、その代償はあまりにも大きすぎた。一部地域が壊滅し、死傷者は数知れず。そして荼毘による全国ネットを使った告白によって人々のヒーロー社会に対する疑念・猜疑心は急速に高まることとなった。増長された不安はストレスはやがて暴力という形で顕在化し、法も制度も機能しない無秩序で退廃的な世界が誕生する。
社会は今、急激に変化しつつあった。
◆
死柄木が逃走する少し前。郡訝山荘付近の森にて。
木々に囲まれた丘の中腹のような場所に八百万たちをはじめとする雄英一年の生徒が集まっていた。彼女達は、辺りに広がる凄惨たる光景をただ茫然と眺めていた。規格外の力を持った巨人、ギガントマキアとの戦いによって周辺一帯は更地のごとく、全てが破壊され尽くされた。垣根やプロヒーロー達の加勢もあってか、途中まではヒーロー側が優勢に立っていたように思われたが、突如出現した大量の脳無によって状況は混沌とし、結果睡眠薬の投与は成功したもののギガントマキアの進軍を止めるという目的は叶わなかった。
「なんてこと……」
この凄惨な光景を見て八百万が思わず呟く。大地や木々は悉く蹂躙され、ヒーロー側は数多の死傷者を出した。自分達が今生き残っているのは、ただ敵とすら認識されていなかっただけ。たったそれだけの幸運で自分達は今ここに立っているのだ。
「オイラ達の決断と行動は、本当に正しかったのかな……?」
「……」
「ヒーロー達の決断と行動は……なァ!?こんなのもう…ダメじゃん…!!オイラたち…始めから…詰んでたんじゃねェのか!?」
峰田の叫びとも取れる問いに答えを返せる者はいない。この結果を前にして堂々と自分たちは正しかった、と答えられる訳もなかったからだ。だが、
「いいえ。圧倒的な実力差を前に、貴方達はとても勇敢に戦いました。私が保証しましょう。貴方達の決断と行動は決して間違いなどではなかったと」
聞き慣れない女性の声にその場にいる全員が振り返ると、数メートル先に車椅子に乗った一人の女性が微笑みながらこちらを見つめていた。
「だ、誰だ!?」
警戒心を高める生徒とは対照的に、車椅子に乗った女性は穏やかな雰囲気を崩さぬまま彼らの問いに答える。
「おっとこれは申し訳ない。自己紹介がまだでしたねー。初めまして。雄英高校一年生の皆様。私は木原病理と申します。以後お見知り置きを」
丁寧にお辞儀をしながら、車椅子の女性が自身の名を名乗った。
「木原…」
「病理…?」
初めて聞く名前に生徒達は困惑の色を浮かべる。ヒーローではないだろうが、かといって敵にしては敵意や殺意が感じられない。だが、今この森にいる時点で一般人でもないことは確かだ。一体この女性は何者なのかと皆が思案している中、八百万だけは別の疑念が生まれていた。
(木原……?どこかで……)
出会うのは初めてのはずだが、なぜかどこかで聞いたことがある気がしてならない木原という名前。しかし、どこで聞いたかまでは思い出せずにいた。すると、
「聞いたことがない名だ。一体何者だ?ここへ一体何しに来た?」
皆の疑問を代弁するかのように障子が尋ねる。
「ただのしがない科学者です。ここに来た目的は…貴方達と話をしにきました」
「俺たちと話……?」
「えぇ。そうです」
木原の答えにまたも疑問符を浮かべる生徒達、この女性は一度も面識がないはずだが、そんな自分達と一体何を話そうというのか。
「話?一体何のことだ?それに今はそれどころじゃ……」
「貴方達のご友人、垣根帝督についてです」
「「「!!?」」」
女性から予想外の人物の名前が口にされ、八百万達は驚きいた表情を浮かべる。垣根の名前を知っているということは彼の知り合いだろうか。だが、だとしたら垣根の知り合いが自分達に一体何の用だろうか。次々と疑問が湧いて出てくる生徒達だったが、その中で一人八百万は難しい顔で考え込んでいた。
「垣根さんの……お知り合い……?」
「?どうかした?ヤオモモ」
「……まさか!」
耳郎が怪訝そうに見つめる中、八百万は何か恐ろしいことに気付いてしまったかのようにその顔を歪めていた。そして、
「木原さん、と仰いましたわよね?」
「はい」
「その名前、どこかで聞いたことがあると思っていましたが、あなたまさか…」
「ヤオモモ…?」
「神野事件で、
「「「!!?」」」
八百万の言葉に生徒達は衝撃を受けた。オールフォーワンと協力・垣根と敵対。その言葉が意味することはつまり、
「ヴィ、敵じゃねぇか!?」
「構えろ!みんな!」
生徒達の警戒心が跳ね上がる。敵だと判明するや否や戦闘態勢に入る生徒達を見て、その矛先が自分に向いているというにも関わらず木原は楽しそうに笑った。
「おや。バレてしまいましたか。もう少し隠し通せると思っていましたが残念残念。あの場に何人か子供が来ていたようですが、まさかあなたもその一人だったとは」
「……っ!」
「じゃあ…やっぱり…!?」
「えぇ。貴方達のご想像通りです」
木原はいともあっさり自身が敵であることを認めた。あまりの潔さに些か拍子抜けしてしまいそうだが、相手が敵連合の一人ならばヒーローとして全力で立ち向かわなければならない。皆ギガントマキアとの戦闘でかなり疲弊しているが、それを言い訳にして目の前の敵から逃げるような生徒はいなかった。各々の武器を構え、今にも木原に攻撃を仕掛けようとしたその時、
「動かないほうがいいですよー」
生徒達の機先を制し、木原はそう告げるとともにスッと右手を上げた。すると、
ギョロッ
突如、彼女の背後の木々から何体もの生物の気配が現れる。ほの暗い木々の間から不気味な目玉や脳味噌が覗いて見える。その異形の正体を彼らはよく知っていた。
「まさか……脳無!?」
「正解ですー」
「「「!?」」」
戦慄する生徒達。異常な身体能力と複数の個性を宿す異形生命体。その強さはプロヒーローでも苦戦する程だ。万全の状態であっても彼らにとってはこの上なく手強い相手であるのに、今の疲弊し切った身体であの数の脳無に勝機などあるのだろうか。絶望感が押し寄せる生徒達だったが、そんな彼らに木原は意外な言葉をかけた。
「安心して下さい。貴方達が何もしなければこの子達も手出しはしません。私が保証しましょう」
「え?」
「言ったでしょう?私は貴方達と話をしに来たのだと。戦いに来たわけではありません」
敵である木原の言葉を信じる気にはならなかったが、確かに脳無達から殺気や敵機は感じられない。動く気配すら見られないとなると、どうやら本当に木原は自分たちと話をしに来ただけのようだ。
「…理解していただけたようでなによりです。お互いこれ以上無駄な犠牲は出したくないですもんねー。平和的に行きましょう」
「……それで、話ってのは何だ。垣根がどうこうって言ってた気がするが…」
「はい。あなた方は彼のお友達だと耳にしましてね。是非一度お会いして話をしてみたかったんですよー。いやー、それにしても彼があんなにも自分の心を開くとは。あなた方はよほど彼に信頼されているようだ」
「……随分と彼のことを知っているような口ぶりに聞こえますが…」
「えぇ。そりゃあ知ってますとも。なにせ……彼の能力を発現させたのは私ですから」
「なっ……!?」
木原の告白に驚愕する八百万達。勿論、彼女は敵だ。こちらを撹乱させるために嘘を言っている可能性は大いにある。そのため、その言葉をすんなり飲み込んだ訳ではなかったがそれでも彼らの心にさざ波が立つのは避けられない。
「能力____いえ、この世界では個性でしたか。彼の個性を発現させたのは私ですよ」
「何言ってんの?そんなこと信じられるわけないし、そもそも個性ってのは生まれつき持っているもので後天的に得られるものじゃないはずよ」
「大半はそうでしょうが、世の中例外はあります。例えば皆さんご存知のAFO」
「!」
「彼の個性は他者から個性を奪い与える個性。無個性の人間が彼から個性を与えられた場合、それは個性を後天的に得た、ということになるでしょう?」
木原の言葉に思わず黙り込む拳藤。すると今度は八百万が木原に対して問う。
「ではあなたはAFOと同じように垣根さんに個性を授けた、と仰りたいのですか?」
「厳密には違うのですが、ここではそう思っていただいて構いません。そもそも彼の力は貴方達が『個性』と呼ぶ力とは根本的にメカニズムが違うものなのですが、まぁそれを説明すると長くなってしまうので」
「なるほど。確かに興味深い話ではありますが、残念ながらその話を私たちが信じるに足る理由はありません」
「そうだ!いきなり現れてなにを話すかと思えばそんな荒唐無稽な話、誰が信じられるかってんだ!」
「なるほどー。確かにそれは道理ですね。では…」
木原が一呼吸おいたその直後、
バサッ!!
車椅子の後ろから見慣れた白い翼が展開された。それはこの場にいる生徒達なら全員見慣れた、垣根がいつも身に纏っている翼とそっくりだった。
「なっ……!?あれってまさか!」
「垣根さんの……翼…?」
「厳密には同一のものではありません。あくまでこれは模しているだけです。ですが、翼を構成するこの物質は彼が操るそれと全く同じものです。どうです?見覚えがあるでしょう?この白い物質に」
「……確かにその白い物質は垣根さんが生み出す物質とそっくりに見えます。ですが、そんなものは細工次第でいくらでも似たようなものを作れるはずです。第一、色や形状が似ているからといってそれが垣根さんの個性と同一のものだという証明には……」
「ならないですね」
「えっ…?えぇ」
思わぬ返答に思わず困惑の色を浮かべる八百万だったが、木原は構わず言葉を続ける。
「では一体、何をもって同一の物質であると判断するのでしょう。質量?速度?それとも熱量?一体何を基準にして判断すればいいのでしょうね」
「それは……」
「そんなもの、列挙し出したらキリがない。判断基準など、人によって様々であるからです」
「……」
八百万は黙って木原の話を聞く。彼女の言っていることに異存はないが、だからと言って彼女の言わんとしている事がイマイチ見えてこない。木原は一体何が言いたいのだろう。八百万が探るように木原を見つめていると、今度は木原が問いを投げかける。
「ですが、この手の議論は結局のところ一つの論題に帰結すると思いませんか?」
「論題…?」
「えぇ。そうです。どんな基準を設けるにせよ、物質同士の比較とはそれぞれの性質や属性、あるいは状態などといったものを用いて行われる。となれば、我々はまず比較元の物質についての充分な理解が必要だということです」
「……」
「この場合の比較元とは垣根帝督が生み出す物質についてですが、あなた方は
「!」
木原からの質問に八百万は思わず目を見開く。それは八百万がずっと気になってきたことだ。同じ創造系の個性として垣根の個性には最初から注目していたが、垣根が個性によって生み出すものはいつも彼女の予想を超えていた。八百万のもつ知識を総動員しても、何一つその原理が分からない。いつだったか、思い切って垣根に個性について聞いてみたことがるが、その時は「いつか話す」とはぐらかされてしまった。垣根の個性について、何か秘密があるとは思っていたがまさか木原がその秘密を知っているとでも言うのだろうか。
「知っていますよ」
「なっ!?」
まるで八百万の心の声を読んだかのように木原がつぶやく。その不気味さに八百万がたじろいでいると、峰田が困惑した様子で口を挟んだ。
「おい…さっきから何の話をしてんだよ…垣根の個性が、何だよ…?確かにちょっと変な個性だけどあいつは…」
「作製、でしたっけ?」
「「「!?」」」
「この世界ではそれで通しているんでしたっけ彼?なんとまぁ。ほとんど詐欺みたいなものでしょうそれ」
「……」
「間違いではないですが、正確でもない。明らかに本質から避けている」
「ほ、本質って…」
「おかしいと思ったことはありませんか?彼が生み出す物質の出力や強度、そして応用と呼ぶには広すぎる汎用性」
「……っ」
木原の言葉に沈黙を余儀なくされる生徒達。彼女の言う通り、垣根の個性について不思議な部分が多い。なぜ、生み出すもの全てが白で統一されているのか。そして木原の言う通り、それらの物質がなぜトッププロヒーロー顔負けの出力や強度を持っているのか。その物質の正体はなんなのか。それらの物質を垣根はどういう理屈で生み出しているのか。改めて思い返すと、垣根の個性については謎な部分が多い。頭を悩ませる生徒達を前に木原は言葉を続ける。
「物体とは様々な素粒子によって構成されているもの。それがこの世の常識です。だというのに、アレは単一の身でありながらあらゆる物体を構成せしめ、ついには脳という人体器官までをも再現してみせた。そんな常識外れの物質が、本当にこの世界に存在するとでも?」
「……っ!?」
「な、なに言ってんだよ…訳わかんねぇよ…」
「…おや?貴方には何か心当たりがありそうですが?」
ドクンッ!と自身の心臓が跳ね上がる。またしても自身の心の内を読み取ったかのような言葉だったが、実際木原の口にしたことはどれも八百万が疑問に思っていたことばかりだ。そして今の口ぶりから察するに、木原はその疑問に対する答えを知っている。仮に彼女が本当に垣根の個性発現に関わっていたとしたら、二人は……
(何を考えてますの百!しっかりなさい!垣根さんに限ってそんな事あるはずありませんわ!)
ブルブルと頭を振り、八百万は思わず浮かんできた邪な考えを一掃する。
「おやおや、どうやら本当に何も話していないのですね彼は。ま、それも仕方ないですね。自分の能力について話せば必然的に自身の過去についても話さなければならなくなる。そんなこと、特に貴方達には絶対に言えないでしょうねぇ」
「アンタさっきから何言ってんの?全っ然意味わかんないんだけど」
「言ったでしょう?垣根帝督という人間についてです。貴方達は彼について何も知らない。彼がどのような人生を歩み、何を為してきたのか」
「……」
「彼は貴方達に何一つ真実を語ってはいないのです」
またしても場を沈黙が支配する。相手が敵だと知りながらも、木原の言葉は垣根に対して抱いていた疑問に不自然なくらいマッチしてしまう。垣根には自分達には知らない秘密がある。勿論、誰にだって人に言えない秘密の一つや二つあって当然だ。だが、木原の言っているそれはそのようなものとは違う。もっと大きなナニカ。垣根のことを疑っているわけではないが、心身ともに疲弊している状況が相まってか、どうしても後ろ暗い想像が思いついてしまう。それが木原の狙いだと分かっていたとしても、生徒達の心に疑念という影が指す。目論見通り、生徒達の心に垣根への猜疑心という楔を打てたことを感じ取った木原は静かに微笑んだ。あともう少し。もう少しで彼への信頼を崩せる。そう思った刹那、
「関係ありません」
「?」
しばらく口を閉じていた八百万が、まるで自分に言い聞かせるように静かにつぶやく。怪訝そうに見つめる木原に対し、八百万は顔を上げると毅然とした表情で木原を見つめ返した。
「垣根さんがどんな秘密を持っているのであれ、そんなことは何の問題にもなりません」
「……ほぅ」
「あなたの言うとおり、私は垣根さんについて何も知らないのかもしれません。ですが!私の知っている垣根さんは、常に皆の先頭に立ちどんな状況でも道を切り開き私達を導いてくれました!とても信頼できるお方ですわ!」
「ヤオモモ……」
「……彼の過去が血に塗れたものだったとしても?」
「過去がどうであれ、私は今の、これからの垣根さんを信じています」
八百万は堂々と木原に言い放つ。その表情には一点の曇りもない。心の底から垣根を信頼している者の眼だ。木原はスッと目を細め、八百万達をみつめる。
「…あぁ。だよな!アイツは俺たちの大切な
「そうだね!垣根がいなかったら私は入試の時に死んでた。アイツは気にしてないだろうけど、それでも私の命の恩人だ」
「……なるほど。どうやら私が思っていた以上に彼はお友達作りに秀でていたらしい」
バシュッ!
突如、木原の背後に黒い靄のようなものが出現する。敵連合に所属していた黒霧のワープゲートだ。八百万達が目を見開く中、木原は車椅子を動かし霧の中へと身を進めていく。そして、
「一つ忠告しておきましょう。彼にどんな幻想を抱いているのかは分かりませんが、垣根帝督は決してヒーローになれるような人間ではありません」
「……っ」
「私の言葉の意味をいずれ理解できる日が来るでしょう。その時までどうかお元気で。では、さようなら。雄英高校一年生の諸君」
木原はそう言い残すと闇の中へと消えていった。また、彼女が消えると同時に、それまでいた脳無達の気配も完全に消えてしまっていた。
◆
死柄木達との戦いから三日後。
「……」
ある病院の一室で、垣根提帝督は静かに目を覚ました。
「……っ!俺は、一体……」
ゆったりとした動作で身体を起こした垣根はそのまま辺りを見渡し、状況を理解しようとした。彼の記憶はギガントマキアが目の前で倒れた光景を最後に途切れていた。まだ戦いの最中だったはずだが、なぜだか自分は病院の一室らしき場所で寝かされている。ということはつまり、戦いは既に終わり誰かが自分をこの病院まで運んだということだろうか。
「チッ、どうなってやがる…」
若干混乱を隠せない垣根はふと自身の身体へと視線を落とす。服は病院服へと着替えさせられ、その腕には点滴が繋がれている。だが、見たところ身体に目立った傷はなく、また、どこかが痛むということもなかった。どうやら身体の方は大丈夫のようだ。
「……」
スッと目を閉じ、垣根は意識を集中させる。先の戦いで彼が倒れる原因となった能力の過剰使用。多大な演算処理による極度な負荷によって脳がオーバーヒートしてしまったのだ。気を失って倒れて以降、垣根は初めて能力の使用を試みる。およそ十秒ほどの沈黙が部屋に訪れた後、垣根はゆっくりと目を開けた。
(問題ない。まだ全快ってわけではねぇが、行動に支障が出ない程度には回復してる。あと数日もすりゃ完全に元に戻るだろ)
演算時にまだ多少の違和感を感じつつも、後遺症などの問題なないことを確認した垣根。すると、
「しかし、あの力は一体何だったんだ……?」
垣根はひとりでに呟いた。気を失う直前、垣根は完全に頭の中が真っ白になったかと思うと、今まで感じたこともない感覚が垣根の全身を駆け巡った。まるで身体の奥から無限に力が湧いてくるような感覚。そして彼はあの『翼』を発現させた。外観はいつもの翼と変わりはないが、それが内包していたエネルギーは桁違いのものだった。過去垣根がフルパワーを出した時でさえ、あのような莫大なエネルギーを引き出せたことはない。考えられるとするならば、人は窮地や極限状態に陥ったとき、信じられないような力を発揮することがあるという。もしあれが肉体的かつ精神的に極限状態を迎えた故の能力的成長だとしたら。
(俺の未元物質にはまだ『上』があるってことか)
垣根は心の中で呟くと、ふと手元の時計に視線をやり現在の日付と時刻を知る。午後10時29分。今が夜中であること、そして自分が丸三日も寝ていたことに今初めて気がついた。
(……とりあえずは情報集めだ。戦いは一体どうなった?)
さらに少し視線をずらすと、台の上にきっちりと畳まれた自身のコスチュームとスマホが置かれていた。垣根は手を伸ばして自身のスマホを手に取ると、近日の社会動向について情報を探る。予想通り、SNSやネット上ではこの前の戦いについての話題で持ちきりだった。まず、垣根が確認したことは戦の顛末。マスコミが報道している内容など、先の戦のほんの一部でしかないだろうがそれでも垣根が知りたい情報を集めるには充分だった。先の戦の結末としては、ヒーロー側は多くの敵連合幹部を捕えることには成功したものの、死柄木の身は確保出来ずに逃走を許した。さらに、ギガントマキアによってもたらされた民間への被害は甚大で多数の死傷者が出た。一部地域では未だに人々の救助活動が行われており、破壊された居住地域の復興目処も立っていないという。これらの結果だけでもヒーロー社会への信頼を揺るがすには充分だったのであるが、事態はさらに最悪な結果へと繋がってた。
対個性最高警備敵拘置所・通称『タルタロス』
本土から約5km離れた沖に建造された収容施設。便宜上拘置所とされているが、その実態は国民の安全を著しく脅かす、または脅かした人物を厳重に禁錮し監視下に置く社会の檻。一度入れhば二度と生きて出ることは叶わないと言われる最恐の収容所が、死柄木及び脳無によって襲撃を受けたのだ。勿論、タルタロス側は持てる力全てをもって死柄木達を迎撃したが、疲れ知らずの脳無や化け物と化した死柄木を止めることは叶わず、最恐の監獄と称された鉄の檻は彼らの手によっていとも容易くこじ開けられてしまった。結果、タルタロスに収容されたほとんどの敵が脱走。さらに、タルタロスからの脱走を機に敵を収容していた他の刑務所も次々と襲撃され、そのほとんどで敵の脱獄を許してしまった。
ヒーロー社会が築き上げた秩序と安寧が崩壊する。警察はもはや機能不全に陥り、人々は野に放たれた敵への恐怖に怯える生活が始まった。現代国家とは思えないほど混沌とした社会。そして市民達の不安や怯えの矛先は全てヒーロー達へと向けられていた。もはや人々のヒーロー社会への信頼は完全に崩壊したと言っていい。
「…大敗北もいいとこじゃねぇか」
ボソリと一言呟きながら垣根はベッドから立ち上がると、一瞬フラつきを覚えるもなんとか身を支えながら、垣根は自身のコスチュームを手をとった。
(死柄木の逃亡は超再生の個性持ちと言えど無視できないほどのダメージを負ったからだろう。だとすれば敵側がすぐに動いてくることはねぇはず。だが、俺を標的としている木原に関しちゃ話は別だ。ヒーロー側の体制が瓦解した今、いつ俺に仕掛けに来てもおかしくねぇ。奴が動くより早く、俺が先手を打つ必要がある。死柄木よりも、AFOよりも、誰よりもまず先に、木原を殺す必要が)
「……潮時だな」
コスチュームに着替え終えた垣根はその場で小さく笑いながら短く呟いた。垣根が脳裏に思い浮かべたのは、今まで時を共にしてきたA組生徒達の顔ぶれ。木原という脅威が自分を狙っている以上、もうここにはいられない。自分がここにいれば木原との戦いになった時、周囲の人間を巻き込んでしまいうからだ。アレは常に最悪の厄災となって自分たちに降りかかるということを垣根はよく理解している。だからこそ、無関係な彼らを自分の都合で巻き込む訳にはいかないと、垣根はそう心に決める。そしてゆっくりと歩き出し病室のドアに手をかけた。
◆
ガララッ
病室のドアが開く音が聞こえ、グラントリノはゆっくりとその瞼を開く。僅かに顔を傾けドアの方を見るグラントリノだったが、部屋が暗いせいかそこには誰の姿も視認できなかった。グラントリノが怪訝に思った次の瞬間、今まで何もなかったはずの空間に一人の人間が突然姿を現した。
「帝督……」
グラントリノはその人物の名を口にする。まるで透明人間がその能力を解いたかのような現れ方にグラントリノが驚く中、垣根は静かにその穂を進めベッドに横たわる老人の下へ近づいた。
「よう。元気そうでなによりだ」
「……これのどこが元気に見えるってんだバカ者め」
「命があっただけありがたいと思え。もっとも、このザマじゃもうヒーローは引退だろうがな。素直に隠居しとけクソジジイ」
「元々隠居してるつもりだったよ俺は。ただ……」
「死柄木弔か?」
「!?」
グラントリノは驚いた様子で垣根を見つめるが、垣根は構わず続けた。
「バレてねぇとでも思ってたのか。アンタと死柄木に何か因縁じみたものがあることぐらい、見てりゃ猿でも分かるぜ」
「……」
「大方、緑谷とオールマイトもグルなんだろう。ワン・フォー・オールとか言ったか?先の戦いで死柄木が言ってたぜ。詳細は知らねぇが、その力も何か関係してるんだろ」
「……俺の役目だった。俺が殺さなきゃいけなかった」
「……」
グラントリノが力無く呟いた。どこか哀しげな表情を浮かべた老人の言葉を垣根は黙って聞いていた。
「なのに俺は…結局一番辛い役目を緑谷に押しつけることになっちまった。師として失格だな」
「…人間、いつかは後陣に席を譲るもんだ。ジジイ、今更アンタが老体に鞭打ってまでやることじゃねぇんだよ」
「……」
「アンタやオールマイト、そして緑谷が死柄木とどんな因縁があるのかは知らねぇが、俺が全て終わらせる」
「!!」
「死柄木だけじゃねぇ。AFOも敵連合も何もかも、全て俺が片付ける」
グラントリノの視線を受ける垣根の顔には何の感情も浮かんでいなかった。まるで当然かのようにただ淡々と、それが自分の義務だとでも言わんばかりに垣根はそう言ってのけたのだ。
「帝督、お前何を……」
「じゃあなジジイ。せいぜい長生きしろよ」
短く告げると垣根は背を向け、病室のドアへと歩き出した。
「待て!帝督_____!」
去り行く垣根をグラントリノは急いで引き止めようとしたが、その言葉が終わらぬうちにピシャリとドアが閉められた。
◆
夜風がそっと垣根の頬を撫でる。垣根は病院の屋上から眼下の景色を無言で眺めていた。ちょっと前まではこの時間でも街には明かりが灯り、人々の営みによって活気が溢れていたはずだ。だが、日本全土が無法地帯と化した今ではもはやその面影もない。静寂と暗闇が辺りを支配する中、垣根は頭の中で演算を開始する。そして、
バサッ!!
白銀の翼が彼の背から出現した。煌々と光り輝くその様は暗き夜をも照らす光の如く。そして、垣根は六枚の翼を一斉にはためかせ闇夜の中へと身を投じる。
全ての決着をつけるために。
死柄木達との戦いから数日が経過した頃、雄英高校一年A組から緑谷出久と垣根帝督、二人の生徒が姿を消した。
はいー。ということで時間かかりましたが戦争編終わりです。
えぇ、まぁ、ここからは読んでもらった通りの感じになります。
基本、物語の流れの大枠は変えるつもりはないので、結局はああなって最終的にはああなるとは思ってるんですが(指示語しかない)、ここからの展開は比較的オリジナル要素だしやすい部分ではあると思うので、今まで出せなかった映画のキャラとかも出てくるかも?みたいな?(何も決めてないですけど)
そんな感じなんで、よろしくお願いしまーす。
(青○君のところはどうするのかって?勿論何も考えてないZE★!)