学戦都市アスタリスク 壬生の狼   作:PS

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交通ルールはしっかりと守りましょう。
また、緊急車両が通行する時は運転者、歩行者問わず、進路を開けてください。


第九話 揺るがぬ真実

 六花の全域が原因不明の通信障害に少しの時間が経った。

 現在、六花の中心に位置するシリウスドームの近くを通っている道路に面している歩道には多くの人々が集まっていた。その多くは通信不能状態になっている携帯端末のカメラを道路に向けている。

 カメラに映るのは特徴的なデカールが貼られた車。船曳達が運転している緊急車両である。

 事の発端は通信障害が起こってから行政エリアに鳴り響いたサイレンと大きなエンジン音である。倉庫から出た特殊車両は船曳がステアリングを握る01車両を先頭にして02車両、03車両が後に続く形で走行している。

 その中でも存在感を放つのは先頭を走る01車両。後ろに続く車両を置き去りにする加速力で六花の道路を疾走していく。

 六花に訪れていた観光客は響き渡るサイレンと大きなエンジン音。同時に、緊急車両の通過の為に進路を開けるように伝えるアナウンス。何事かと思い目を向ければ爆音とともに特徴的なデカールが貼られた車が高速で走り抜けていく。コーナーに差し掛かれば歩道に乗り上げるのではないかと思う程にコーナーの内側を攻めていく。その車が過ぎ去れば別の二台が後を追うように続いていく。

 近くにいる観光客や住民の注目は完全に緊急車両に集まっている。

 そんな光景を01車両の助手席で見ている薬袋(みない)の心配事は注目を浴びていることよりも、隣の運転席でステアリングを握っている船曳の運転である。常に時速80km以上のスピードを維持し、コーナーに差し掛かると強くブレーキを掛け、コーナーを抜ければまたしてもアクセルを踏み込んで駆け抜けていく。少し直線が続けば時速130km以上になる。

 シートベルトで身体を拘束している為、身体を振られて酔うことはないが、雨も降り始めた中でこのような運転をされれば心臓に悪いのは当然である。

 薬袋はすでに船曳や他の車両に乗っている隊員達とインカムの通信を行っていない。膝のあたりにあるスイッチの操作を切り替える余裕がなくなっているからだ。なので、せめて車両に民間人が当たらないように注意喚起する為に必死でインカム越しに進路を開けることを伝えていく。

 隣にいる薬袋の心情を知らない船曳は冷静に01車両のスピードをコントロールし、最短距離で星導館学園へ繋がる直線道路を目指す。六花に渡ってすでに8年余り。走るべき道は頭の中に入っている。

 

『こちら01、まもなく直線道路に入る』

 

 視界の先には右コーナー。ここを曲がれば後は直線だけ。堅実な走行で曲がりきるとアクセルを全開。速度は遂に200kmを超えた。

 

『01、直線に入った、停車車両は今の所ない』

 

 後続の車両に道路状況を伝え、同時に隣にいる薬袋の肩を軽く小突く。

 小突かれた薬袋がようやくインカムのスイッチを切り替えた。

 

『薬袋、聞こえているか?』

『心臓に悪いですよ、もう少しスピードを落としてください』

『もう直線——』

『落としてください!』

 

 薬袋の抗議に答えるように、ため息を吐き出しながらも少しアクセルを戻す船曳。

 

『02、直線道路に入りました』

『こちら03車両、コーナーに差し掛かります』

 

 後続に続いている車両からも通信が入り、道路上でのトラブルは何も起こってはいない。

 少しアクセルを戻したとはいえ、01車両の速度は160km以上になっているが、01車両の両サイドのミラーには高速で接近してくる二台の車両が映っている。

 船曳はミラーで後続の車両との距離を測りながら徐々にアクセルを踏み込んでいく。

 

『やっと追いつきましたよ』

『納得の仕上がりじゃないですか』

 

 時速200km以上を出しているにも関わらずに後続の車両が先行していた01車両に追いついた。中でも03車両は五人を乗せているにも関わらずにまだ速度が出せそうな勢いである。

 

『乗っかっている身からすればおっかない』

『薬袋さんは大丈夫ですか?』

『大丈夫なわけないでしょう』

『無駄口叩ける余裕は出たようだな』

『組長は運転に集中してください』

『言われなくてもしている。この後の行動を説明するから全員しっかりと聞け』

 

 直線道路とは言っても降雨の中、時速200km以上で走行するのは危険が高い。

 インカムで会話をしているものの、ドライバーを務めている者は細心の注意を払っている。

 

『圏内に入ったらEMPを照射。外縁居住区に被害が出ないようにギリギリまで接近する』

『組長! 前!』

 

 突如として薬袋の声。

 走る道路の先に車両が止まっている。

 

『前方に停車車両! 01の後ろに付け!』

 

 船曳の指示のもと、他の二台が01車両の後ろに一列に並び、01車両の走行ラインをなぞるように停車車両を追い抜いていく。

 

『うおっ! ニアミス!』

『スピード出し過ぎだって!』

『喚くな、説明を続けるぞ。EMPを照射したら港湾ブロックに繋がる地下道路へ03車両を先頭にして侵入する』

『その後は?』

『侵入した後に状況を見て判断する。03、敵の妨害にあったら報告しろ』

『承知、03車両、先行します』

 

 一列の最後尾にいた03車両が二台を追い抜き、先頭に出る。

 

『02車両から全車両へ、都市部から外縁居住区に入りました』

『01から02へ、EMPのチャージを開始』

『承知、EMPチャージ開始』

 

 車両は都市部から外縁居住区に入った。この外縁居住区を抜ければ星導館学園の敷地に入る。

 

『01から全車両、雨が強まってきた。ハイドロプレーニングの危険がある為、走行速度を落とせ』

 

 雨は時間が経つにつれて強まってきた。走行している道路状況、視界も悪く、船曳が言ったように高速状態を維持していればハイドロプレーニング現象——タイヤと路面の間に水が入り、水の上を滑る現象——の危険性が高まる。

 急ぎたい気持ちはあるが、到着前に事故を起こせば星猟警備隊(シャーナガルム)の面子は丸潰れ、ヘルガの顔にも泥を塗ることになってしまう。

 それでも法定速度を大きく超えた速度で走行している為、すでに外縁居住区の半分を過ぎた。

 ここまで来てもまだ妨害はされていない。

 

『03車両から全車両へ、星導館学園の建物を目視しました』

『01から03へ、そのまま先頭を維持して学園の地下道路へ向かえ。道は分かっているか?』

『準備段階で把握しています。このまま付いてきてください』

『了解、01から02へ、EMPの状況を報告』

『02から全車両へ、EMP94%チャージ完了』

 

 作戦の要であるEMPはまもなく使用可能。車両の走行も順調。

 このまま何事もなく侵入できるかと考えていた矢先——。

 

『03車両から全車両へ! 攻撃を受けた!』

 

 ちょうど外縁居住区と星導館学園の敷地を分ける境界線に差し掛かろうとした時、星導館学園からの連絡も無く、03車両から攻撃を受けたとの報告が入った。

 

『03、状況を報告』

『前方多方から煌式武装(ルークス)と思われる弾丸。激しくなって来ましたが走行に問題なし。このまま先行します』

 

 03車両からの通信の直後、船曳が乗る01車両にも攻撃を受けた。

 報告通り、進むにつれて攻撃が激しくなってくる。

 船曳の読み通り、ここまで妨害してくるということはまだクローディアが殺されていないということを意味している。でなければサイレンを鳴らしている緊急車両に警告もなしに攻撃してくるはずはないのだ。

 

『02から全車両へ、学園の敷地に入った。EMP96%』

『03車両から全車両へ、敵の姿を目視で確認』

『03、あの一族か?』

『いえ、おそらく影星かと思われッ! 前方から大きいのきます!』

『回避!』

 

 一列の状態からそれぞれの車両が左右に別れた直後、先程まで走っていた道路に光弾が走り、コンクリートを抉った。

 

『全車両、状況報告!』

 

 隊列を大きく乱され、前方からは弾幕の嵐が続いている。

 

『02、損傷なし、EMP98%』

『03車両、右のサイドに掠りましたが走行可能』

『01から全車両、隊列を組み直して全速で地下道路を目指せ、さっきの攻撃がもう一度来る前に侵入する』

『03車両が先行します。全車両は後ろに——』

 

 03車両が体制を立て直し、再び先行。その後ろに02車両が続き、01車両が最後尾となって地下道路を目指すが、回避行動を取った際に速度を大きく落とした為、今度は全方向から容赦ない攻撃に晒され続ける。

 

『EMPは!?』

『現在99%! もう少しです!』

『03車両より全車両! 地下道路への入口を目視できましたが封鎖されてます! 敵の攻撃も苛烈です!』

『しかもでかいのを持っているのが待ち構えてる!』

 

 星導館学園の港湾ブロックに繋がる地下道路目前まで迫ったが、その地下道路に繋がる道が封鎖され、なおかつ先程の光弾を発射できる煌式武装を装備した者も待ち構えている。

 更に道幅は狭く、回避できるスペースはない。もし光弾を発射されれば重武装をした03車両でも横転は避けられない。もし先頭を走っている03車両が横転すればそのすぐ後ろを走行している二台も巻き添えになる。

 

『EMPチャージ完了!』

 

 絶体絶命の中、遂に切り札であるEMPのチャージが完了した。

 

『照射しろ! 突っ切るぞ!』

『強行突破しますッ! 衝撃に備えッ!!』

 

 船曳がEMPの使用許可を下すと同時に先行する03車両から衝撃に備えるように警告が飛ぶ。

 敵の煌式武装の銃口には万応素(マナ)が溜まり、引き金を引けばすぐに発射できる状態。

 03車両に乗っている隊員達は最悪の事態に備えて各々がドアトリムやセンターコンソール等、手が掛けられる場所に捕まって姿勢を確保。ドライバーである大刀洗(たちあらい)はアクセルを全開まで踏み込んで加速。発射される前に突撃しようとする構えである。

 01車両の助手席に座る薬袋も手が届くパイプに捕まって衝撃に備える。

 ドライバーの船曳も03車両と同じくアクセルを踏み込む。加速力は二台を抜きん出る為、目の前を走る02車両とはテールトゥノーズ。

 実行部隊の命運を握る02車両のドライバーである鎌田もアクセルを踏み込む。助手席に座る磯井がEMPの二重構造の安全装置を解除。EMPを起動させる最後のスイッチが安全装置の解除に伴い赤く点灯。そのスイッチに指を掛けた同じタイミングで待ち構える敵が煌式武装の引き金に手を引いた——。

 

 

 

 

 星導館学園港湾ブロック。港付近。

 クローディアを救うために夜吹の一族(ナイトエミット)の当主であり、ルームメイトである夜吹英士郎の父である夜吹憮塵斉に挑んだ天霧綾斗は数々の奇策を用いて善戦したが、憮塵斉の老獪な術によって限界を向かえた。

 

「綾斗、しっかりしてください! あなたの力はそんなものではないはずでしょう!」

 

 同じく、満身創痍であるクローディアが膝をついた綾斗にそう声を掛ける。

 しかし、その声に綾斗は答えることはなく、憮塵斉が一歩、また一歩と確実に綾斗に向かって歩みを進めてくる。

 

「さて——」

 

 憮塵斉がその手に握る錫杖型の煌式武装の間合いに入った。

 

「これで——」

 

 終いよ。と言うつもりだった憮塵斉が雨天に振り上げようとした錫杖型煌式武装の光刃が突如として消え失せた。

 

「なっ!?」

 

 これには驚愕の表情を顕にする憮塵斉。

 

(一体何が起こった!?)

 

 得物が突如としてただの棒へと成り下がった。憮塵斉の経験上、このような事態に陥ったことはない。整備も怠ることはなかった。

 

(くっ、仕方あるまい)

 

 ——まずは目の前にいる小僧を始末する。

 暗器に持ち替え、綾斗へ視線を向ける憮塵斉。

 

「ッ!?」

 

 しかし、そこにいるはずの綾斗はいなかった。

 はっとして振り返れば俯き加減だが確かに立っている綾斗の姿。

 勝負はまだ分からない。

 二人の姿を離れた場所から見ているクローディアの口元はややつり上がっている。

 ——ああ、もうすぐ、あと少し——。

 

 

 

 

 星導館学園港湾ブロック。学園内部に繋がる地下ルート入口付近。

 綾斗をクローディアのもとへ向かわせ、影星のエージェント達と乱戦を繰り広げていたユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト、沙々宮紗夜、刀藤綺凛の三人は《獅鷲星武祭(グリプス)》の為に鍛え上げた連携力で戦況を優位に進めていたが、途中から影星に加勢した夜吹の一族の合流によって徐々に戦況が逆転されつつあった。

 それも当然。むしろここまで戦い続けていることが称賛に値する。いくら腕が立つと言っても所詮はルールによって決められた戦いの話。任務に対して私情を廃し、殺人も厭わないプロ相手に、更には数的不利の状況では形勢を逆転されるのは時間の問題である。

 それでも各々が分かれないように戦線を維持している中で、突如としてそれは起こった——。

 

「なッ!?」

「えっ!?」

 

 異変が起こったのはユリスと紗夜。

 ユリスは手にしていた煌式遠隔誘導武装(ノヴァ・スピーナ)の光刃が消え失せた。何度も待機状態(スタンバイ)から稼働状態(アクティブ)へモードを移行するが、光刃は現れない。

 紗夜は主武装の三十八式煌型擲弾銃(てきだんじゅう)ヘルネクラウムの空間ウィンドウがブラックアウト。待機状態にすることもできず、小さな体に重厚な塊がのしかかる。

 

「ユリス先輩! 紗夜さん!」

 

 呆然とする二人に向かって夜吹の一族が迫る。

 綺凛の声で我に返った二人。ユリスは自身の能力で火炎を生成して迎撃、紗夜はホルスターから短銃型煌式武装を取り出すが、その煌式武装も機能しない。万事休すかと思われたが、間一髪のところで綺凛が紗夜のもとへ駆けつけて迎撃する。

 

「お二人共、無事ですか!?」

「ああ、助かったぞ綺凛」

「死んだと思った」

 

 一箇所に集まり、状況を確認する三人。

 見れば影星のエージェント達も自身の煌式武装が機能していないことを確認できるが、強敵である夜吹の一族はあまり影響がないようだ。

 

「二人共、まずいことになった」

「それはあっちも同じようだぞ」

「私はもっと深刻、ヘルネクラウムのシステムがオールダウンした」

「……簡潔に言うと?」

「動けない」

 

 紗夜がまさかの戦線離脱。しかも自衛の手段がなくなってしまった。

 

「くっ、ふふふ、ふははは! これは重畳!!」

 

 そんな三人の様子を見て、素顔を晒している影星のエージェント。サイラス・ノーマンが歓喜の声を上げる。

 

「原因は知らないが、こんな幸運が訪れるとは! なんと気分がいい!!」

 

 逃げ場を封じるように、夜吹の一族を先頭にして影星のエージェント達が三人を囲う。

 危機はまだ去っていない。

 

 

 

 

 星導館学園。物資搬入道路、地下道路に繋がる入り口。

 ゴンッ! という鈍い大きな音が01車両の車内に響いた。

 

「うおっ!」

「きゃあ!」

 

 音が鳴ると同時に船曳と薬袋の視界に飛び込んできたのは黒い大きな物体。

 反射的にアクセルから足を離した船曳。

 黒い物体は01車両のフロントガラスに直撃し、後方へと飛んでいった。フロントガラスは防弾仕様に変えている為、割れることはなかった。

 一瞬ドキリとしたが、01車両に降り掛かった被害はそれだけ、前方には地下道路の封鎖を突破する為に先行していた二台が若干スピードを落としているが、走行していることが確認できる。

 

『03車両より、封鎖突破! 地下道路に入りました!』

 

 03車両からの通信。攻撃を受ける前に封鎖を突破して地下道路に侵入することができた。その通信の直後、怒号のような歓喜の声が聞こえてきた。

 

『Yeah!』

『楽しくなってきた!』

『落ち着けって! 盛大に人はねたからな!』

『もろに食らったからあれは逝ったな』

 

 どうやら01車両にぶつかったのは03車両にはねられた影星のエージェントのようだ。

 

『02から全車両へ、EMPを照射。効果確認』

 

 続けて02車両からの通信。効果確認の言葉通り、地下道路の照明が消えている。

 

『01から全車両、よく凌いだ。だが、まだ終わってないぞ、引き締めていけ』

 

 まずは第一関門を突破。だが、まだ特殊作戦が終わったわけではない。特殊作戦の目標はクローディアの救出である。

 すぐに船曳から緩まないように忠言が飛ぶ。

 

『道なりに進め。港湾ブロックへ出たら一時停止しろ』

 

 道なりとは言ったものの、ほぼ直線である。暗闇の中を高速で駆け抜けていく。

 

『03車両から全車両へ、地上へ出ます』

 

 暗闇の地下道路から地上へ出た緊急車両。先行していた03車両は左へステアリングを切って停車。後ろを走行していた02車両は右へ切って停車。最後尾を走行していた01車両は地上に出る少し前から減速を始め、二台の真ん中にゆっくりと停車した。

 

『港湾ブロック、ですね』

 

 視界に映るのはコンテナが並ぶ光景と、地下道路に侵入した時よりも雨脚が強まってきた曇天。

 

『01から03へ、心拍センサーと星辰力(プラーナ)センサーを確認』

『承知、起動します。10秒待ってください』

 

 ここからは準備段階で何も打ち合わせていない。状況に応じて判断すると星導館学園へ向かう道を走行していた時に決めていたからだ。だが、すでに星導館学園に損害を与え、無許可で派手に侵入している為、仮にクローディアが暗殺されてしまっていれば星猟警備隊にとってかなり分が悪い状況だ。

 さらっと船曳の口からまたしても軍事兵器の名が出てきたが、もはや突っ込む隊員はいない。

 

『起動しました』

『心拍、または星辰力、それか両方が極端に落ち込んでいる生体反応はあるか?』

『えーと、ここから港付近に行ったところに両方とも落ち込んでいる生体反応が2つ、片方は心拍の反応が低い。死にかけているかと——』

『おそらく、死にかけているのは対象だ、急ぐぞ』

『待ってください』

『なんだ?』

『こことは違う進入口で集団リンチを受けていると思われる反応があります。対象のお仲間では?』

『ちっ、世話の焼ける餓鬼共が……、03、そこの応援に行け、02は01と共に港の方へ急行』

『ここにもいくつか向かって来ている生体反応があります。妨害があるでしょう』

『なんとしても突破して対象とその仲間を救出。行くぞ』

 

 再びサイレンをかき消すエンジン音が鳴り響き、各車両が目的地へ向けて急行する。

 

 

 

 

「くっ……」

「きつい……」

「はぁはぁ……」

 

 影星のエージェントと夜吹の一族を相手にしていたユリス、紗夜、綺凛の三人は苦境に立たされていた。

 煌式武装が突如として機能不全に陥り、紗夜が戦線離脱したが、ユリスと綺凛の奮闘によって時間を稼ぎ、なんとかヘルネクラウムから脱出した紗夜は近くに落ちていたコンテナの残骸片を手にして戦線に復帰したが、得物が脆い為、攻勢に出ることができない。

 ユリスは煌式遠隔誘導武装を失ってもある程度は自身の能力で抵抗していたが、すでに星辰力も底をついてきた。

 唯一、影響を受けてない綺凛が孤軍奮闘していたが、状況によってユリスや紗夜の援護にまわっている為、じわじわと体力と星辰力が削られていき、深手にはなっていなくとも、傷を負い始めていた。

 満身創痍の三人の頭上にコンテナが降りかかる。

 身を投げるようにして同じ方向に避けたが——。

 

「あっ……」

 

 綺凛が足を取られて転倒。集中力も限界を超えた。

 

「綺凛!」

 

 起き上がれない綺凛にユリスと紗夜が駆け寄る。

 すると、またしても頭上にコンテナが降りかかる。

 ユリスと紗夜が綺凛を肩に背負って回避したが、今度は揃って転倒した。

 

「はははっ! いい気味だな!!」

 

 その姿を見たサイラスは愉悦にひたる。

 

「もう少し無様な姿を見ていたいですが、十二分に楽しませて頂いたお礼です。楽にしてさしあげましょう」

 

 ゆっくりと三人に向かう影星のエージェント達。夜吹の一族はすでに仕事は終わったとばかりに包囲網には加わらずに傍観している。

 もはや為す術はなし——。

 そう三人の頭によぎった時。

 

「ん? なんだ?」

 

 ゆっくりと歩みを進めていた影星のエージェント達が足を止める。

 囲まれていた三人はその姿を訝しむが、すぐに足を止めた原因が分かった。

 近い距離からサイレンの音が聞こえてくる。それも段々とこの場所に近づいて来る。

 この場所にいる全員が敵味方問わず、音の方向に視線を向けると、突如として壊れたコンテナを突き破って一台の車が現れた。

 

「なっ!」

 

 誰が言ったか定かではないが、突然現れた車の進路にいた影星のエージェント達は身を投げ出して回避する。車の進路の先には起き上がれない三人。すると車が急ブレーキをかけて横滑りしながら三人に迫ってくる。このまま轢かれるかと思われたが、ギリギリで車は三人の前に停車すると、遅れて車が巻き上げた水しぶきが三人に降り注いだ。

 

「全員その場で動くな、警備隊だ」

 

 車から一人の男が出てくると声高にそう告げた。

 

「警備隊だと!?」

 

 サイラスから驚愕の言葉が飛び出すと同時に、影星のエージェント達にも動揺が広がる。

 続々と車から星猟警備隊の制服の上に変わったデザインの防弾ベストを身に着けた隊員が降りてくる。

 

「怪我の状態はどうですか?」

 

 ユリス達にそう声をかけたのは長身の灘。

 

「警備隊、なぜ……」

「銀髪の少女は一番状態が悪そうだな」

 

 動揺している三人の質問には答えず、もう一人の無骨な体格の宮ヶ原が綺凛の状態を見て呟く。

 

「救出に来ました。これからは我々におまかせください」

 

 灘と宮ヶ原が三人の近くに待機すると、他の隊員が三方向に展開して得物を手に取る。

 最初に降りて警備隊と名乗ったのは大刀洗。3尺はある太刀を中段に構える。

 眼光鋭い隊員は漆。槍型煌式武装を起動すると埋め込まれているマナダイトから明らかに異常な出力を醸し出している光刃が現れ、右前半身の大上段に構える。

 唯一の女性隊員は尼子。刃が薄い剣と短銃型煌式武装を同時に取り出して独特な構えを取る。

 

「なっ、なぜだ!? なぜ煌式武装が使える!? いや、そもそもなぜ警備隊がいるんだ!?」

 

 動揺を隠しきれないサイラスのもとに夜吹の一族の一人が近づいて耳打ちする。

 

「——」

「どっ、どういうことですか!? 死にたくなければ下がっていろとは!?」

 

 サイラスの質問には答えず、夜吹の一族は影星のエージェント達の前に立つ。警備隊と夜吹の一族、一触即発の状態である。

 

「引く気はなし、か。いいぜ。でも一つ勘違いしているようだな、ここからは殺し合いにはならない。一方的な“嬲り殺し”だ」

 

 3尺刀を構えた大刀洗が言い終えると、得物を構える隊員が一斉に襲いかかった。

 

 

 

 

 港付近へと向かった01車両と02車両は走行を開始してすぐに夜吹の一族の抵抗を受けたが、その抵抗は車に向かって飛苦無や手裏剣が飛来してくるという微々たるものであり、なんら走行に影響は及ぼしていない。

 程なくして港付近へと到着すると、先頭を駆ける01車両のステアリングを握っている船曳が星導館学園の制服を着ている人物とその奥にいる人影を見た。

 

『対象を発見した』

 

 ブレーキを掛けてステアリングを操作する船曳。01車両が星導館学園の制服を着ている人物は綾斗とクローディアである。綾斗とクローディアの右横を回るように走行すると奥に見えた人影の間に入るように停車。後続の02車両は左横を回って同様に停車。綾斗とクローディアの盾になる。

 

『薬袋、行け』

 

 船曳の指示よりも早く01車両から飛び出した薬袋が呆然とする綾斗に駆け寄る。

 

「あっ、あの——」

「質問は後」

 

 綾斗の問いかけをあしらった薬袋は綾斗の手に抱かれているクローディアを診る。

 胸に飛苦無が刺さり、血が溢れているクローディア。すぐに適切な処置を行わなければ死に至ってしまう危険な状態である。

 薬袋から星辰力が溢れ出すと両手に集約。飛苦無が刺さっているクローディアの患部へ両手を向ける。薬袋の手から溢れ出る星辰力が徐々にクローディアの傷を癒やしていく。

 

「う……、あ、なた……は……?」

 

 青ざめた表情に徐々に血色が戻り、クローディアの瞳が薬袋を映した。

 しかし、薬袋はクローディアの質問には答えず、その手に纏った自身の治癒能力を捧げ続けている。

 一方、01車両の運転席から降りた船曳は車内から視線で牽制し続けていた人影に相対した。

 

「——新選組の小僧か」

 

 船曳の姿を見咎めた人影がそう呟く。

 

「まだ生きていたか、爺」

 

 その呟きに答えるように船曳は相対した人物——夜吹憮塵斉——を爺と罵る。

 船曳にとって第二期新選組時代から因縁を持っている人物である。

 

「警備隊に入ったとは聞いておったが、なぜ貴様らがここにいる?」

「遂にボケたか? 六花に住む民衆が危険に晒されている。それだけだ」

「ぬかせ小童が、この機に乗じて銀河の権威を削ぐ算段を立てているだろうに、全く変わっとらん。既に日本、いや世界は国家という母体が機能せん。いくら足掻いてもとうの昔に貴様らの時代は終わっている」

「言いたいことは、それだけか?」

「——なに?」

 

 打刀に手をかけ、ゆっくりと引き抜いていく船曳。

 

「どう時代が揺れ動こうと、俺達の“真実”は何一つ変わることはない」

 

 船曳の横に磯井が立つ。

 

「悪は直ちに断つ。それ即ち、悪即斬。それが俺達——“新選組”だ」

 

 言い終えると同時に打刀を引き抜く船曳。

 同時に、憮塵斉の言葉に対して星猟警備隊ではなく、新選組の名を口にする。

 

「血に飢えた狼共が」

 

 憮塵斉の周りに数人の黒ずくめの装束を纏った人影が地面から滲み出るように現われる。夜吹の一族の精鋭部隊。甲影(きのえ)である。

 

「組長、薬袋さんと鎌田が二人を乗せてコルベル医師の治療院へ向かいました」

 

 クローディアの応急処置を済ませ、二人の隊員が六花で最高の医療技術を持つ治療院へと向かった。特殊作戦の目的は達成したと見ていいだろう。

 

「くっ、影星め、満足に足止めもできぬか」

 

 磯井の言葉に憮塵斉が悪態をつく。当然であろう。人避けの結界を張っているにも関わらずに船曳達が介入してきたのだから。

 

「このまま帰すと思うな、小童共」

「なら試してみるか? 雑魚どもは組長が手を下すまでもない。俺が相手してやる」

「吠えたな。たかだか十年そこらで我らを超えたと思うな」

 

 磯井と甲影が同時に飛び出て交戦を始める。

 船曳は憮塵斉に剣尖を向け、牙突の構えを取る。

 

「はっ、少しは成長しているかと思うたが結局それか、その技は既に見切っておるわ」

 

 深手を負っていても余裕を崩さない憮塵斉。それもそのはず。憮塵斉は過去に船曳と対峙して退けている。牙突などただの平突きとしか思っていないのだ。

 それでも船曳は左足を踏み込んで突進。一度負けていようとも、牙突は揺らぐことはない。

 憮塵斉は飛苦無を投擲する。牽制の意味合いもあるが、牙突はその性質上、相手に一直線に向かって突進する為。どうしてもこの手の武器とは相性が悪い。前の対戦では徹底的に距離を取られて打刀を届かせることができなかったが、それを繰り返す船曳ではない。

 

「ぬっ!」

 

 憮塵斉はとっさに上空を見る。そこには打刀を構えた船曳の姿。

 船曳は飛苦無が飛来してくると見るや上空へと飛んで回避。通常の壱式から上から突き降ろす弐式へと移行した。

 飛び込みの推力と上空からの突き降ろし。今度こそ牙突の間合いに憮塵斉を捉えた。

 

「きあぁぁ!!」

 

 左腕を突き出し、牙突を放つ。

 打刀の剣尖が憮塵斉の額を貫いた——。

 

「所詮は突き技よ!」

 

 しかし、打刀に貫いた感触はなく、牙突は地面のコンクリートを穿った。

 夜吹の一族に伝わる『空汐(うつしお)の術』。人が本能的に忌避する色や模様を無意識の内に刷り込んで行動を操作する精神干渉の一種である。

 間合いに捉え、額を貫いたと思われたが、空汐の術によって牙突を違う場所へ打たされた。

 

「終いよ!」

 

 暗器を手にして船曳に襲いかかる憮塵斉。距離を取って飛苦無で牽制するのではなく、船曳の首を落とす為に接近する。

 しかし、その行動が仇となる。

 

「ッ!」

 

 憮塵斉に迫る船曳の打刀——。

 突きを外されても間髪入れずに横薙ぎの攻撃に変換するのが新選組式剣術の平突き。

 夜吹の一族は戦ったことがある相手の戦術や戦法は後世の為に全て記録されているが、船曳の牙突が地面に突き刺さったのを見て横薙ぎの攻撃はないと判断したことがこの横薙ぎを受ける結果となった。事実、船曳が強引に横薙ぎに転じた結果、打刀の刃に刃こぼれが見受けられる。

 

「ぐぅッ!」

 

 迫る打刀を憮塵斉は暗器と機能しなくなった煌式武装の発動体で防ぐが、防ぎきれなかった打刀の凶刃が腕に切り込み、抉っていく。船曳が打刀を振り切った後には腕から鮮血、暗器、そして両断した煌式武装の発動体が飛び上がった。幸いなことに腕を切り落とされることはなかったが、深く入り込んだ影響で片腕は使い物にならない。

 

(引かねば——!)

 

 そう思った憮塵斉は目に星辰力を集中させ、船曳の目を見ようとするが、船曳の目は目深に被っている制帽のツバによって防がれている。

 憮塵斉が船曳に対して掛けようとした術は空汐の術を応用した不動術。極度の緊張状態を作り出して相手の動きを封じる術。しかし、この術は間近で相手と視線を合わせる必要がある為、目を塞がれては意味がない。

 船曳は振り切った打刀の遠心力を使って身体を捻り、追撃の回転蹴りを放つ。

 

「グガッ!?」

 

 鈍い音を立て、船曳の踵が憮塵斉の顎を打ち抜いた。

 吹き飛ばされた憮塵斉が地面に身体を打ち、うつ伏せの状態で倒れる。すぐに起き上がろうとするものの、視界が歪んでまともに両手を地面に立てることができない。

 

(なぜだ、なぜ治癒が追いつかぬ)

 

 憮塵斉は依頼に対して用心に用心を重ね、治癒能力者を同行させていたが、治癒能力が働かないことに疑問を持つ。

 

「手負いとはいえ、これで終わりか」

 

 蹲り、口を半開きにしてその中から血が滴り落ちている憮塵斉を見て吐き捨てる船曳。先程の一撃で憮塵斉の下顎を砕き、確実に脳震盪も起こしているだろう。船曳の言葉に対しても何も答えない。

 

「十年以上も費やしたが、これで終わりだ。夜吹憮塵斉、その首取った!」

 

 船曳が憮塵斉の首を打ち落とすべく、憮塵斉に襲いかかろうとするが、その行く手を阻むべく甲影が船曳の前に立ちはだかる。

 

「邪魔だ!」

 

 立ちはだかる甲影を次々と斬り捨てて猛進していくが、斬られても当主だけは守ろうと甲影も船曳に絡みついて必死の抵抗を見せる。

 

「組長!」

「磯井! 奴の首を落とせ!」

 

 甲影を相手にしていた磯井も船曳へ加勢しようとするが、船曳は二人の甲影に肩を担がれた憮塵斉を討ち取るように指示。二振りの小太刀を構え、磯井が憮塵斉の背に迫る。

 しかし、その磯井も防がんと甲影が立ちふさがる。

 徐々に憮塵斉の身体が影の中に沈んでいく。

 

「逃さねぇ!!」

 

 憮塵斉に向けて磯井が小太刀を一振り投げる。当たれば背後から首を貫ける位置。しかし——。

 

「——!」

 

 一人の甲影がその身を盾にして憮塵斉を守った。同時に、憮塵斉も肩を担いでいた甲影と共に完全に影の中へ姿を消した。それを見た甲影も同様に影の中に消えていった。

 

「逃したか」

「ええ」

 

 船曳の言葉に答えた磯井が口惜しく呟き、憮塵斉が消えていった場所に向かう。

 そこには磯井が投げた小太刀を身に受け、倒れた甲影がいる。

 

「…………」

 

 無言で見下ろせば、まだ甲影の息がある。視線が合うと同時に——。

 

「——!!」

 

 無慈悲にも刺さった小太刀の柄を踏みつけた磯井。

 甲影が目を見開き、やがてその目から光を失った。

 

「まぁ、いい。本来の目的は達成したと考えていいだろう。コルベル医師なら確実に治す。警備隊長殿のお墨付きだ」

「それでも、逃がした魚は大きいですね」

「ああ、絶好機は逃したが、警備隊長殿の命令は“損害は少なく”だからな。警備隊として命令に従ったと切り替えろ」

 

 とは言ったものの、二人の周りには少なくない甲影の死体が転がっている。とても損害は少ないとは言えないだろう。

 

「救援に行った奴らと合流して帰還だ。今度はマスコミの相手をしなければならん」

 

 そう言って止めてある01車両に向かって二人が歩き出した時——。

 

 パチパチパチ。

 

 と、雨が降る中、乾いた音が二人の耳に入った。

 咄嗟に音の鳴った場所に目を向けると、そこにはコンテナに背を預けた人物が拍手をしていた。

 訝しんだ二人がそれぞれ得物を構えると、背を預けた人物は咄嗟に両手を前に出して勢いよく手を震わせる。敵対する意思はないということなのだろう。

 

「その服……、界龍(ジェロン)の者だな。なぜここにいる?」

 

 磯井が問いかけるが、その問いかけにも無言のまま、界龍の服を着た人物は右手をポケットの中に入れた。

 それを見た二人が一歩踏み込むと、伸ばしたままの左手をまたも震わせてくる。

 注意深く右手を見ていると、ポケットから携帯端末を取り出すとぷらぷらと振っている。

 意図を察した船曳は自身の携帯端末を取り出すとロックを解除して投げ渡す。

 

『察してくれて助かったよ』

 

 二人の前に空間ウィンドウが現れ、そのような文字が現れる。

 

「喋れないのか?」

『そういうこと、警備隊様』

「思い出した。お前はアレマ・セイヤーンだな」

 

 磯井の担当地区が界龍第七学院付近の為、正体を突き止める。

 

『あらら、あの爺さんと同じでバレバレかい』

「分からんな、なぜここにいる? 完全な星武憲章(ステラ・カルタ)違反だろうが」

『そういうあんたも言えた口じゃないだろ? なんで停学になったここの学生が警備隊の制服着て、こんな有様を作り出した?』

「俺の正体なんざ、これが真実だ。それよりも質問に答えろ」

『さあね、あたいは星露ちゃんの命令で来たからね』

「星露? 范星露(ファン・シンルー)のことか? なぜ《万有天羅》が——、いや、それはあえて聞かないでおこう。お前のことも、《万有天羅》のことも警備隊は追求しない。そのかわり、これから警備隊が取る行動に対して《万有天羅》からの支持を取り付けることを約束してもらえないか?」

 

 船曳がアレマに向かって取引を持ちかける。

 

『この場を見られてしまったしねぇ。それに、あの爺さんの慌て顔を見せてもらえたお礼も兼ねて、星露ちゃんに掛け合ってみるよ、具体的にどんな行動だい?』

「明日になれば分かる」

 

 船曳がそう言うと、アレマは携帯端末を船曳へと返し、大きく跳躍して離れていった。

 

「信用していいんですか? 組長」

「味方を増やしておいて損はない。《万有天羅》はこの六花でも発言権は強い。それに、むやみに警備隊に突っかかってくることはないだろう」

「分かりました。01運転してもいいですか?」

「好きにしろ」

 

 

 

 

 時は少し遡り、船曳と磯井が憮塵斉を退けた頃——。

 地下ルート入口付近での戦闘に星猟警備隊が介入し、夜吹の一族と戦闘を始めたが、一方的な展開になっていた。

 

「あ、ああ……」

 

 星猟警備隊が介入してくる前は湯悦に浸っていたサイラスは打って変わり、腰を抜かしてへたり込んでいた。

 星猟警備隊の隊員で戦闘をしているのはたった三人。それを相手にしている夜吹の一族は囲える大人数にも関わらず、急激に数を減らしていく。

 槍型煌式武装を持った漆は突けば容赦なく顔面か喉を突き、薙げば必ず一人の首か胴体を吹き飛ばす。

 3尺刀を持つ大刀洗は目にも留まらぬ速さで撫で斬りにしていく。

 二つの得物を持つ尼子は剣を防がれると、その防がれた場所を支点にして鞭のように剣が曲がり、結果として防がれることなく相手を斬りつけ、怯んだと見るや躊躇なく短銃型煌式武装で眉間を撃ち抜く。

 宣言通り、一方的な嬲り殺しになっていた。重症を負った夜吹の一族はなぜかすぐに回復して戦線に復帰していくが、首や胴体がなくなってしまった者は絶命していく。相手をしている三人は目立った傷も見当たらない。

 影星のエージェントは現状を理解できずに呆然とする者、吐瀉物を吐き出す者、腰を抜かしてへたり込む者など様々だが、総じて戦意を失っていた。

 

「——!」

「なっ、ななっ!」

 

 そんななか、サイラスへ耳打ちする夜吹の一族。

 

「退却! 全員退却!!」

 

 サイラスの一声で蜘蛛の子を散らす勢いで逃げ出す影星のエージェント。惨状を目にして逃げ出さなかったのは評価に値するだろうが、間違いなくトラウマを抱えることになっただろう。

 同時に夜吹の一族も影に消えるように姿を消したが、周りには同胞の死体も転がっている。

 

「引いたか」

「雑魚だけだったな」

「雨と血で濡れて最悪」

 

 戦っていた隊員は汗一つ掻くことなくそれぞれの心境を吐露していく。

 

「引いていったということは、組長の方が片付いたということか」

「決めつけるのは早計でしょ、あたし達も行くべきじゃない?」

「いや、俺達の任務はここの学生の救援、保護だ。敵が引いたのなら然るべき場所へ送り届けよう」

「宮ヶ原さんの言う通りだ、大刀洗、治療院までお嬢様方を運んでやれ」

「承知しました、灘さん」

 

 ユリス、紗夜、綺凛の三人に付き添っていた宮ヶ原と灘も返り血を浴びた隊員の和の中に入り、今後の方針を固める。

 そんななか、集まっている隊員達に向けてユリスが口を開いた。

 

「お前達、アスタリスクを守る警備隊だろう! なぜ平然と人を殺せるのだ!」

 

 ユリスの思いの丈を聞いた隊員達は呆れるような、どこか冷めた視線をユリスへ向ける。

 

「警備隊の任務は六花の治安と民衆の生活を守ること。その“守る”という簡単な言葉にどれだけ大きな責任がのしかかっていると思う? 高尚な姫君には分からないだろうな」

「そんなことで、人を殺す理由にはならないだろう!」

「ぎゃあぎゃあ喚いてんじゃねえよ、お前のお仲間だって企業の意向で殺されようとしたんだぞ?」

 

 核心を突きつけられ、何も反論できなくなるユリス。

 

「お嬢様方の意見は正鵠を射ております。我々の行いは当然、許されざることです。ですが、世界はお嬢様方が思っているよりも残酷なのだと知っておいてください」

 

 灘が丁寧に対応し、この場を宥めようとしていく。

 

「さて、お嬢様方の意見は車内で聞きます。その為に、まずはお嬢様方を治療院へと送ります」

「あそこの鉄塊もあんたらの持ち物だろう? 俺達が責任持って警備隊本部に持っていく」

「鉄塊じゃない。お父さんの作品を侮辱するな」

「それは失礼」

 

 乗せてもらった車内で会話もなく、三人もクローディアを運んだヤン・コルベルの治療院へと搬送された。

 その日の夜、星猟警備隊隊長、ヘルガ・リンドヴァルが《星武祭(フェスタ)》の運営委員会と全世界へ向けて声明を公表。なんと翌日の《獅鷲星武祭》の対戦が延期されるという異例の事態が起こった。

 

 




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