学戦都市アスタリスク 壬生の狼   作:PS

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2020年もあと数えるくらいですね。


第十話 介入の代償

『昨晩のヘルガ警備隊長の声明によると、現在もチーム・エンフィールドの全員が重症を負い、ヤン・コルベル医師の治療院にて警備隊の警護のもとで治療中。また、昨日未明に起こった通信障害もチーム・エンフィールドの全員を貶めるための策略との見立てを立てており、容疑者は公表されませんでしたが、ヘルガ警備隊長は犯行に対して断固たる処置を取る方針であると明言しました。また、警備隊と思われる車両が星導館学園の方向に向かったことが多数の観光客や住民から目撃されており、その車両に対してもネット上で話題となっております。波紋を呼んだ《獅鷲星武祭(グリプス)》の“中止要請”に対して運営委員会は現時点では要請を受け入れない姿勢を崩しておりませんが、急遽予備日に対戦がずれ込みました。ですが、回復が遅れればチーム・エンフィールドの不戦勝の処置を取るとの声明に対して、チーム・黄龍(ファンロン)が所属する界龍(ジェロン)第七学院から対戦が実現しないならば出場を辞退するとの声明が発表されました。その場合、聖ガラードワース学園のチーム・ランスロットの三連覇となりますが、チーム・ランスロットからも同様の声明が発表されています。このような状況に対して世論からは賛否の声が上がっていますが、総じて対戦相手を死に至らしめるような行為は星武憲章(ステラ・カルタ)に違反する為、警備隊の要請を指示する有識者も存在します。運営委員会は適切な調整を進めると発表し——』

 

 六花のテレビ局の放送を最後まで聞かずに空間ウィンドウを消したのはヘルガ。

 空間ウィンドウを消すと自身が座っている黒皮作りの事務椅子に背を預けると、事務椅子の背後の窓から日に照らされて影を作っている人影に視線を向ける。

 

「さて、何か弁解はあるか? 正」

 

 目の前に佇むのは船曳。

 ここは星猟警備隊(シャーナガルム)本部の隊長室。滅多なことではこの場に呼び出されることはないが、ヘルガによる船曳の呼び出しは当然の帰結だろう。

 

「弁解? 何も言い訳をすることなどありませんが?」

「つまり、全ての非を認めるということだな?」

「非、とは? 私は任務を遂行したまで——、対象の保護も行いました。完遂したと認識しておりますが?」

 

 船曳の返答にヘルガはピクリと眉を動かす。

 

「確かに、結果だけ見れば任務目標は完遂したと言えるだろうな。だが、私は企業への損害は極力控えろと言ったが?」

 

 手元に置かれていた書類を手に取るヘルガ。

 

「星導館学園の一部エリアの機器損傷、復旧にはだいぶ時間がかかり、費用がどうなるかは分からない。それに加えて銀河の実働部隊数十人の死傷者。影星は死者が一人、重軽傷者が数人。お前が帰還直後に提出した報告書。今朝に宮ケ原と薬袋の方にも報告書を出してもらったが、どちらもお前から出してもらった報告書と大きな乖離はない」

 

 内容を読み上げたヘルガの視線が再び船曳を捉える。

 

「この内容。銀河が我々警備隊に賠償を求めてくる。と考えられるが?」

「その件は問題ないでしょう。もし警備隊に害を及ぼすようなら今回の任務について公表する姿勢を取ればよろしいかと」

「確かにそれは有効な手札だろう。だが根本が違っている。私は企業への損害を抑えろと言ったんだ」

「実働部隊や影星の死傷者については任務の過程において許容して頂きたいと考えておりますが? 不殺を条件に付けられてはこの作戦は成り立ちません。物的被害も同様です」

「お前の主張も理解はできる。このまま損害について議論しても何も進まない。だから次に聞きたいのが、EMPを所有しているそうだな?」

「事実です。ですが、暗部隊の年間予算の中で買い取り、リビルトした物品です。話を戻して申し訳ありませんが、私は企業に損害を与えたと認識しておりません」

「……なに?」

 

 ヘルガの鋭い眼光が更に凄みを増したが、船曳はその眼光を受けても淡々とした態度で受け流す。

 

「被害を受けたのは“学園”の施設であり、“企業”ではありません。暗部隊がまだ浪士組だった頃に行った討ち入りとは別物の事案、出来事と認識しており、物的被害で企業に損害を与えたとは認識しておりません」

 

 船曳の返答に対して、ヘルガの頭の中でブチリとなにかが切れるような音が鳴る。

 船曳が言ったことは無理筋な暴論である。

 六花にある各学園は学び舎として独立を保って入るが、大局的に見れば学園は企業の財産である。そんなことは船曳も承知しているだろう。

 それにも関わらずに学園と企業を切り離して開き直ったような受け答えにヘルガの怒りが沸点を超えるのは当然である。

 

「そうか……、そうか、そう答えるか」

 

 ゆっくりと腰を上げたヘルガであったが、一瞬の静止の後、また椅子に背を預ける。しかし、明らかにその顔には青筋が浮かんでいる。

 

「お前は馬鹿じゃない。先程言ったのは暴論だということは認識しているだろう」

「さて、どうでしょうか」

「くだらない水掛け論をするつもりはない。話を進めるぞ」

 

 ——無駄に年食ってないな。

 船曳は道化を演じてヘルガが感情的になるように焚き付け、交渉をできる限り優位な状況へ持ち込むことを考えていたが、淡い期待は簡単に崩れた。一瞬ヘルガは感情的になりかけたが、ギリギリで自制した為、これから行う事件についての後処理対応は全てヘルガの命令に従うしかない。

 

「良い話と悪い話。どっちから聞きたい?」

「どちらの話でも暗部隊には不利益なことです。良い話から聞きましょう」

「——よく分かっているな。まず一つ、お前達の行動で警備隊が《星武祭(フェスタ)》の運営委員会へ効果的な発言ができた。これは喜ばしいことだ」

 

 日本の領土内でも六花は治外法権領域である。六花の警察権を星猟警備隊が持っているように、行政エリアには様々な行政機関が存在している。しかし、六花の発言力や影響力の頂点には統合企業財体が君臨しており、行政にも平気で要請という名の命令を下してくる。

 《星武祭》の運営に関しても星猟警備隊は発言権を有していない。

 そんななか、昨日ヘルガ本人から各メディアへ向けた《獅鷲星武祭》の中止要請を運営委員会は受け入れない姿勢を崩してはいないが、六学園の鉄則である星武憲章に抵触する事案であった為、中止にはせずとも延期に持ち込むことができた。

 《星武祭》は統合企業財体の最大の収入源である為、どんな事柄が起ころうとも強行してくるのだが、これに星猟警備隊が待ったと声を上げて一部の世論と学園を味方に付けたのは大きな前進である。

 

「依然として運営委員会は中止にすることはないようだが、今回の一件で他の行政機関、司法機関にも六花で一定の発言力を強めることができただろう」

「本来はそうあるべきなのですがね」

「今の世の中は企業の意向で捻じ曲げられる。正論は通じない。話を進めるぞ。こっちはかなり意外だったのだが、緊急出動の際に使った車があっただろ」

「あの車両も暗部隊の年間予算内で改造した物、車両のもとはマフィアから押収した物品ですが?」

「つまり、我々警備隊の所有物だな」

「ある程度私金も使いましたが——」

「車検証を見たが警備隊の名義になっていたぞ? あと、一台は認可されていないそうだな」

「交通省からなにかお小言でも?」

「いや、昨日の通信障害のせいで交通省もごたごたしていたのだろう。何も言ってきていない」

「抗議が来たら悪い話の方でしょうからね。内容は?」

「自動車関連の様々な会社から車についての問い合わせが殺到しているそうだ。雑誌の取材。モーターショーへの出展依頼等、様々だ。良かったな。随分と手塩にかけたと見える車が日の目を見ることになったぞ」

 

 内容だけ見れば、確かに星猟警備隊にとっては有益なことだろう。だが、暗部隊から見ると車両が離れることを意味している。

 

「必要な書類はどこに?」

 

 車両の行く末を察した船曳は潔くヘルガに問う。

 

「全て薬袋に預けて私に提出させろ。当然、改造費の領収証は残しているだろうな?」

「暗部隊予算と私金で行った改造。どちらも残しています」

「よし、良い話は以上だ」

 

 船曳からすればどこにも良いと思える内容はなかったのだが、今更なにを言っても変わらない為、せめてあの車両が星猟警備隊に良い影響をもたらすことを願うしかない。

 

「悪い話は?」

 

 良い話でも統合企業財体と衝突するような出来事があったのだ。悪い話では銀河が星猟警備隊に向けて圧力をかけてきた可能性がある。

 

「そう身構えなくてもいい。お前が考えている程悪い話ではない」

 

 始めの会話で賠償に関しての話を匂わせたヘルガであったが、それについての対抗策は船曳も用意していた。しかし、ヘルガの口調からは急を要するような話ではなさそうである。

 

「正、私はお前が警備隊へ入隊してから様々な面で大きな配慮をしてきたつもりだ——」

 

 急に語り始めたヘルガを訝しむ船曳だが、そんな気持ちを表情には出さず、黙して耳を傾ける。

 

「滑り出しは、まさに寝耳に水といった具合だったが、明確な自我を持つウルム=マナダイトを銀河が隠蔽していたという事実を知る切っ掛けとなった」

 

 船曳が星猟警備隊に入隊して始めての任務である。ウルム=マナダイトとは討ち入りの際に見つけた《ヴァルダ=ヴァオス》のことであろう。

 

「正直、私はお前達を軽く見ていた。まさか、治安維持の為なら人斬りも厭わないとはな」

 

 次に語ったのは《蝕武祭》の捜査の際に行ったマフィアへの襲撃だろうか。

 

「あの時は苦労した。統合企業財体から圧力を掛けられ、マスコミから執拗に追い回され……、だが救いだったのはお前達が開放した人々だった。抑圧されていた民意が警備隊を救ってくれた」

 

 これについては船曳が知らないことだらけである。当時は現場で命を削り、血で血を洗う戦いを続けていた。開放した人々は暗部隊に勧誘した者を除いて全てヘルガへ丸投げしていたからだ。

 

「その後、お前とはことあるごとに意見の食い違いから衝突を繰り返してきたな。だが、私はお前が率いる暗部隊を警備隊の切り札だと考え“年間予算”を大きく割いていた。十分な見返りも、手応えもあったと思っている」

 

 ここまで暗部隊の主要な任務についての成果を上げて褒め称えるヘルガであったが、船曳にはヘルガをさらっと言った一言で暗部隊の悪い話の根幹を悟った。

 季節は秋。つまりは来年度の年間予算を決定する時期でもある。

 

「前置きが長いですね。縮小。それに伴う理由も思い当たります。そんなことをわざわざ隊長室に呼び出して言う理由が分かりませんが?」

「結論を急ぐな、私は任務に忠実なお前達を評価している」

 

 立ち上がり、ゆっくりと船曳の前に歩み寄ってくるヘルガ。

 

「だがな、今回ばかりは派手にやりすぎたな。更には私をマスコミの前に出ろと顎で使う始末」

「上司たる警備隊長殿を顎で使った覚えはありませんが?」

「お前がそう思っても、当人はどう思っているか分からない。特務として星導館に入学させて人間性を養ってもらおうと考えていたが、当てが外れたな」

「…………」

「正、月が変わる前に公安部隊の機密情報をまとめ、提出しろ」

 

 ヘルガの言葉に表情を動かすことがなかった船曳が始めて表情を強張らせた。

 

「表の奴らに公安部隊の仕事を回すつもりですか?」

 

 これには納得できない船曳。暗部隊は対企業特殊作戦部隊と六花公安部隊の二部隊。どちらも秘匿性が高く。命を失う危険度も遥かに高い。そのうち、暗部隊の専売特許とも言える対企業特殊作戦部隊は相手が強大である為、選ばれた精鋭が所属している。しかし、主にマフィアを取り締まる六花公安部隊は現場派と内勤派が効率良く分散されて回されている為、暗部隊に新人が入隊する際はよほどのことがなければ六花公安部隊に配属される。

 ヘルガの決断の背景には今回の特殊作戦にあたって普段なら六花公安部隊が担当する任務を他の部署がカバーしたことで一定の成果を確認できた。その成果を持っての思惑である。もちろん、ヘルガには暗部隊を貶めるような考えは持ってはおらず、むしろ日々危険な状況に晒されている暗部隊を思っての決断でもある。

 

「六花のマフィア社会は力と信頼が必要です。闇市場には暗黙のルールも存在する。特に何年も掛けて取り入れていった情報提供者の信頼は一度崩れると再度立て直すのが困難。我々暗部隊が何年も掛けて培ってきた信頼を崩壊させるつもりですか?」

「お前が憂慮している部分は理解している。だがいずれ壊すつもりだろう?」

「壊す時期はまだまだ先——。警備隊はまだ六花を完全に掌握できる立場にありません」

「ああ、重々承知している。だが、すでに確定事項だ」

「なに?」

「お前は言ったな、力と信頼の世界だと——。力に関してはお前の言葉を借りるなら警備隊には平和ボケしている者が多い。六花の治安を維持していくうえで、現状の武力増強は喫緊の課題でもある。次に信頼についてだが、今回我々がカバーした任務には率先して暗部隊から異動してきた隊員が大きく貢献してくれた。私としては彼らを中心にしてさらなる信頼を構築したいと思っている。闇市場については、言わなくても分かるな?」

 

 ヘルガの戦略は中長期的に見れば的を射ている。それに加え暗部隊から他部署へ移動させる目的も星猟警備隊の地力を上げる為の戦略の一環である。

 

「警備隊長殿の来年度の覚悟は伝わりました。しかし、公安部隊は解散しろと?」

「いいや、今回は始めての試みだ。一年間のどこかで必ず綻びが出てくる。その綻びから瓦解させない為に公安部隊は必要だ」

「尻拭いをさせる為に後ろに回れと?」

「憤るのも分かる。だがな、驕るなよ正。お前達が平和ボケと蔑んでいる者達は私が設定した試験を通り抜けてきた者達だ。そして、これからの警備隊を担うのは彼らだ。彼らが成長しなければいつまでも私が警備隊の隊長を、そしてお前達が永遠に“人斬り”から変わることはできない」

 

 またしても船曳とヘルガの衝突。

 それは六花の治安と民衆の生活を守るという同じ想い——。

 船曳はたとえ人斬りと後ろ指を指されようとも悪は直ちに斬り捨てるという信念を貫く為に——。

 ヘルガは人斬りを必要としない。あるべき平和を構築する為に——。

 

「ちっ」

 

 この場で船曳がなにを言おうとも、ヘルガの意思は変わらないだろう。

 ならば、船曳に課せられたのはヘルガの命令を自身の部下達に伝達し、反発を抑えることである。

 

「公安部隊に伝えましょう」

「よし、公安部隊の役割については来年度に調整する。それまでは変わりなく勤め上げてくれ。無論、変な考えは起こすなよ」

「承知しました」

「話は変わるが、お前に会いたいと言う者達がいるんだ」

 

 先程までの雰囲気とは変わり、穏やかな口調で告げるヘルガ。

 

 コンコン。

 

 まるで図ったかのようなタイミングで隊長室の扉が音を立てた。

 

「入ってくれ」

 

 扉が開くと入出してきたのは五人。全員が星導館学園の制服を着用している。

 その中の一人が船曳の姿を見るや一目散に駆け寄るとビシッという音がなりそうな勢いで右手の人差し指を船曳へ突きつけると——。

 

「お前、謝罪を要求する」

「はぁ?」

 

 

 

 

 隊長室に入ってきた五人は天霧綾斗、ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト、沙々宮紗夜、クローディア・エンフィールド、刀藤綺凛。

 星猟警備隊が名分上、保護している人物達であるが、すでに昨日の傷は癒えている状態である。

 そんななか、星猟警備隊の隊長室に入ってきたと思いきや船曳へ謝罪を要求したのは紗夜である。

 理由は突入の際に使用したEMPの影響で煌式武装(ルークス)が使えなくなったことが原因だった。

 

「——このままじゃ《獅鷲星武祭》が再開されても勝負にならない。お前は私達に対して《獅鷲星武祭》が再開される前に煌式武装を修復する義務があるはず」

「…………」

 

 五人を代表して語るのは当然ながら紗夜。他の四人は後ろで見守っている。

 対する船曳は談話スペースの椅子に足と腕を組みながら黙して紗夜の主張を聞いている。

 船曳は一通り話し終えた紗夜から横に控えているヘルガに視線を送るが、全く視線を合わせようとしない。

 ——暗部隊で対処しろ。

 そんな言葉を姿だけで語っている。

 

「主張は分かった。一つ確認だが、君の後ろに控えている奴らは発動体を修復するだけでいいんだな」

「綾斗とユリス、クローディアの損傷部分は発動体だけ。もっと言えば細かい調整はあるけど、主な作業はそれだけ」

「一日で終る作業だな、それで君は?」

「発動体に加えていろんな箇所が壊れた。一日で終わるような作業量じゃない。部品の調達もしなくちゃいけない」

「現在も運営委員会は表面上、調整を進めているそうだが、予定通り予備日に再開される可能性が高い。仮に部品を揃えて君一人で修復したら……、間に合うか?」

「間に合うわけない」

 

 分かりきったことを聞いてくるなと無表情ながらも声色でぶつけてくる紗夜。

 

「ふぅ——」

 

 一つ息を吐きだし、瞑目して思考する船曳。

 考えるのは要求を受け入れず、突っぱね返すこと。それとも、暗部隊の非を認め、紗夜の要求を全面的に受け入れてチーム・エンフィールドを支援するか。

 要求を受け入れない方が星猟警備隊に及ぶ被害は最小限に留めることができる。世間的に見ればチーム・エンフィールドを星猟警備隊が囲っていると捉えられてもおかしくなく、各学園の諜報工作機関もなにかしら探りを入れているだろう。

 しかし、船曳には一つ懸念していることがある。

 界龍第七学院の范星露(ファン・シンルー)が船曳の予想に反して星猟警備隊の主張を支持する立場を示しているのだ。

 確かにアレマ・セイヤーンに対して范星露から支持を取り付けてもらうように取引を持ち掛けたが、船曳は受け入れないだろうと考えていた為、想定外の出来事で世論が星猟警備隊にとって有利な状況に持ち込むことができた。

 同時に、チーム・エンフィールドを万全の状態に回復させ、自身の弟子達と戦わせたいという思惑も透けて見える。

 戦闘狂と言われるだけあって、その考えは間違ってはいないだろう。そして、チーム・ランスロットが所属している聖ガラードワース学園も同様の立場を示しているということは界龍第七学院と聖ガラードワース学園の間で何らかの密約が交わされていると考えられる。

 それを加味すると結論は一つしかない。

 

「……全員、正面口の外で待っていてくれ。警備隊長もいらしてもらえませんか?」

「私が行く必要があるのか?」

「見ていただきたい物があるので——」

 

 会談を終えると船曳を先頭に、最後にヘルガが隊長室から出ると施錠を施す。それを確認した船曳が制帽を被るとエレベーターに向けて歩き出す。先頭を歩く船曳がエレベーターの下層に向かうボタンを押すと非常階段へ足を向ける。

 

「船曳さん、どちらに?」

「表面上、警備隊に監視されている身なので、正面からは出られないのですよ」

「いい気味」

「紗夜さん……」

 

 船曳の現状に紗夜が嘲る言葉を浴びせ、それを綺凛が宥めるが、船曳は気にすることもなく非常階段に向かい、駆け下っていく。

 船曳が星猟警備隊の正面口に着いたが、まだヘルガと学生を合わせた六人は来ていない。今回は船曳のほうが早く着いたようだ。

 程なくして待っていた六人が正面口から現れると船曳は付いて来いと言わんばかりに歩き出し、六人は船曳の後を付いていく。向かっているのは緊急車両が止めてある貸倉庫である。

 

「なんだここは?」

 

 貸倉庫に着いた途端にヘルガが疑問を口にする。

 

「暗部隊が借りている倉庫ですよ」

 

 答えた船曳は横長の倉庫の扉の前に立つとスラックスのポケットから革製のキーホルダーを取り出して扉の鍵穴に差し込んで施錠を解除すると中へと入っていく。

 

「あっ、お疲れ様です組長と……警備隊長」

「お前は確か、大刀洗だったか?」

 

 倉庫の中には整備士が着るような作業服を身に着けた大刀洗が船曳とヘルガに言葉を掛ける。

 その手には工具が握られている。

 

「どうした?」

「誰か来たのか?」

 

 奥から聞こえた声は大刀洗と同じ作業服を着た磯井と鎌田。磯井は03車両のエンジンルームから顔を上げ、鎌田はフロントを工具で持ち上げた02車両の下から顔を覗かせている。

 三人の様子から、使用した車両の整備を行っている途中なのだろう。その車両も突入の際に負ったダメージが見受けられる。

 

「ここに停めてあったのか」

 

 ヘルガはぐるりと倉庫内を見渡すと一人呟く。先程船曳が暗部隊で借りている倉庫だと言っていた為、この施設の使用料も星猟警備隊の年間予算内に入っている。そして、この倉庫にある車両もヘルガの目が届く部署に移動される予定があるので、今後この倉庫を借り続けるのかを思慮しているのだろうか——。

 

「車両の作業を止めて、一旦集まってくれ」

 

 三人は船曳の指示で持っていた工具を作業台の上や工具箱の中へ整頓し始める。その工程の中でラベルシールに何かを書き込んで車両の配線に貼り付けているのは次の作業工程や配線類の取り付け位置を分かるようにしているのだろう。

 三人がほぼ同時に整頓を終えると船曳のもとへ集う。

 

「それで、警備隊長は分かりますが、学生が一緒なのはどうなんですか?」

「マスコミにすっぱ抜かれたら大スキャンダルですよ」

「そっちは昨日の段階で尼子が巧妙に情報を操作してくれた。今頃コルベル医師の治療院の方に殺到してる」

「なるほど。で、本題は?」

 

 この倉庫はヘルガにも存在を悟らせないように使っていた。それは船曳を含めた四人の共通認識である。

 最も、いつまでも隠し通せることでもない為、この場にヘルガが現れても驚きを見せる素振りはない。

 

「“下”に用がある。車両の整備よりも先に行う作業も入った」

「待て、下だと?」

「ここの倉庫は見た目以上に広いですよ」

 

 ヘルガの問に答えるように倉庫の勝手を知ったる四人が動き出した。

 訝しみながらも四人の後を付いていくヘルガと学生達。

 最初に入ったのは車両が停めてあるエリアから壁と扉で仕切られたエリア。目に入るのは隣のエリアにある車両用のパーツ類。タイヤセットやオイル処理箱。さらにはトランスミッションなど大きなアッセンブリー。洗浄用のサンドブラストもある。

 そのエリアの奥には大きめの貨物用エレベーターとその行き先に通じているであろう階段が見える。

 

「俺がエレベーターを動かします。組長達はエレベーターに乗ってください」

 

 言ったのは暗部隊の最年少、大刀洗。貨物用エレベーターのゲートを開け、船曳達が乗り込んだのを確認し、ゲートを閉めると——。

 

「下げます」

 

 その言葉の直後、貨物用エレベーターが大きな音を立ててゆっくりと下降し始めた。

 

「沙々宮さんといったかな?」

「なに?」

 

 紗夜に語りかけたのはエレベーターを動かした大刀洗と同じく昨日の作戦で紗夜とユリス、綺凛の救出に駆けつけた鎌田。

 

「君のお父様の作品と言っていたあの大きな煌式武装をなんとか待機状態(スタンバイ)に戻せるようにして返したが、その応急的な措置をしたのはこの先だ」

「システムが完全に駄目になったヘルネクラウムを一日掛からずに待機状態に戻せるようにできたのなら、もう少し時間をかければ直せると思う」

「そうしようと思ったけど、何分構造が複雑すぎてね。下手すれば完全に壊す可能性があったから、基本的なところだけを修復することにしたんだ」

「話の途中で悪いが、お前の話を聞く限り、暗部隊は煌式武装を修理できる設備を備えているということか?」

「開発できる設備はありませんが、修理や上の車両部品をリビルトする設備なら最低限揃えています」

「正」

「警備隊の所有物と認識していただいて構いませんよ」

「全く、薬袋がいながらどうやってそんな物を揃えたんだ」

「それだけで嘆かれると、更に頭痛の種を増やすことになりますよ」

「なんだと?」

 

 ヘルガから小さな怒気が発せられると同時に、貨物用エレベーターの下降が止まる。

 船曳が貨物用エレベーターのゲートを開けるが、目に入ったのは暗闇。

 

「電気つけますね」

 

 その暗闇の中を鎌田が壁伝いに歩いていき、壁に埋め込まれた照明用のボタンを押すと、暗闇に照明が灯った。

 

「なっ……」

「これは……」

 

 ヘルガと学生達が言葉を失う。

 照明が灯ったエリアにあったのは天井にまで届いている大きな金属製の棚にずらりと並べられた煌式武装の発動体。当然ながらマナダイトもある。

 その他には先程貨物用エレベーターの中で鎌田が言っていたように作業する為の設備とスペースがあるが、大部分は煌式武装を収めている巨大な金属製の棚が占めている。

 

「ここにあるのは暗部隊が発足してからマフィアや反社的組織から押収した物品です。一部は薬袋を通して警備隊長殿に報告し、処理待ちの物も含まれてますが、全体の九割は押収してそのままの状態です」

「こんなに溜まっているのか——」

「もちろん、ここに押収している物は全て記録しており、すぐに報告することができますが、どうしますか?」

「正、ただでさえお前達から上がってくる書類や物品は細工を施してから担当する部署に回している。いきなりこの量を捌ける訳ないだろう」

「ええ、ですから、部品取りには最適かと思われますよ」

 

 ヘルガは上を向くと片手で視界を覆う。

 確かに暗部隊は発足する以前から星猟警備隊が抱えている課題の改善に取り組んでもらい、今年度はついにヘルガが指揮できる部署を現場に送り込むことができた。

 しかし、いくら現場に投入できたとしても、押収品の処遇については星猟警備隊だけではなく、他の行政機関や司法機関も絡んでくる。この事実と目の前にある膨大な押収品はこれからの課題だが、ここからさらに上乗せされると予想される為、ヘルガにとっては見なければよかったと思うのが本音であろう。

 

「私が見せたかったのはこの押収品の現状です。暗部隊でも所有者を特定できる物は優先的に処理してますが、ほとんどは所有者不明、登録証も不明。おそらく島外の仲間から違法に持ち込んでいるのでしょうね」

「それが六花の闇市場が年々活性化している要因にもなっています」

「むっ、あれは!」

 

 船曳達とヘルガが星猟警備隊における課題の上げていく中、置いてけぼり状態にあった学生の中で興味深く押収品を見ていた紗夜が小走りで一つの煌式武装に駆け寄ると手に取り——。

 

「すごい! 初期量産型の煌式武装がオリジナルのまま!」

 

 興奮を抑えきれない紗夜の後をゆっくりと追ってくる学生達と作業服姿の暗部隊隊員。

 

「紗夜、なんだそのガラクタは」

「むっ! この煌式武装の価値が理解できないとはユリスは見る目がない」

「紗夜、悪いけどその価値を理解できるのは僕達の中では紗夜だけだと思うよ」

「みんなもう少し煌式武装に興味を持ったほうがいい。この煌式武装は始めて量産に成功した物。今では博物館や一部のコレクターしか持っていないレア中のレア」

「だが量産に成功したのだろう?」

「成功したと言っても流通したのは世界でも一部。市場に出始めたのはシステムパッケージを改善した形だけの偽物。品質は皆無だけど、これは初めて製造されて流通された正真正銘のオリジナル!」

「それの価値が分かるなら、こっちもどうだ?」

 

 興奮が冷めない紗夜を見て作業服姿の磯井と鎌田。遅れて上の階から降りてきた大刀洗が紗夜の手にしている煌式武装を収めていた反対側の棚を三人がかりで横にスライドさせる。

 二重棚になっていた中の煌式武装を見るとまたも紗夜が興奮の声を上げる。

 

「なあ、正」

「なんでしょうか?」

 

 そんな姿を遠目から見守っている船曳とヘルガ。

 

「あれにはそんなに価値があるのか?」

「私は煌式武装に詳しくはないので、ですが、あの三人が言うにはかなり珍しい物がこの押収品の中にかなりあるそうですよ。ほとんどが潰したマフィアや反社的組織からの物なので、公売に掛ければ社会貢献にもなり、警備隊や他の行政機関の印象も良くなるのでは?」

「確かに、所有者不明の物をわざわざ探す手間も省けるか……」

「まぁ、今はそんなことより——」

 

 船曳は紗夜と一緒に煌式武装談義に花を咲かせている隊員達に近づき——。

 

「骨董品を眺めるのはそこまでだ」

 

 このままでは本来の目的を忘れてしまいそうな為、船曳はすぐに談合の中に割って入る。

 

「我々が提供するのは壊れた発動体の代替品をこの押収品の中から提供、稼働状態へと修復し、実践に耐えられる状態に戻すことだ。磯井、鎌田、大刀洗。学生達と協力して煌式武装の修復に当たれ」

「やることは分かりましたけど、上の車両は?」

「あとにしろ、そして今すぐに始めろ。運営委員会がどう動くか分からないが、期限は予備日の前日までだ」

 

 そう言って踵を返す船曳。隊員達からは不満の声が聞こえてきたが、気にする素振りすら見せない。

 

「警備隊長、我々は然るべき対処を」

「そうだな、こうなった以上、なんとしてもマスコミや他学園に悟らせる訳にはいかん」

 

 倉庫の鍵をヘルガへと差し出した船曳。ヘルガも船曳から差し出された倉庫の鍵をなにも言わずに受け取り、船曳の後に続いて倉庫を後にした。

 その後、01車両は欧州のプライベートラリーチームに買い取られ、国際格式のラリーに参戦。世界各地の公道を疾走した。

 02車両はEMPが外された状態で日本のモーターショーに出展。更には日本で行われた格式高いレースのセーフティーカーを勤め上げた。

 03車両は他の二台とは異なり、モータースポーツの世界に出ることは無かったが、雑誌やモーターショー等の出展を機に人気を博した。

 各車両のベースに使われたメーカーはその車両のフルモデルチェンジやマイナーチェンジを堺に『アスタリスクエディション』と銘打たれた限定生産モデルを展開。

 名実ともに星猟警備隊に大きな利益をもたらしたが、それを知るのはまだ遠い未来の話である。

 

 




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