学戦都市アスタリスク 壬生の狼   作:PS

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冬なんてなくなってしまえと思っている作者です。


第十一話 予期せぬ来訪者

 前代未聞の延期騒動が起こった《獅鷲星武祭(グリプス)》はチーム・エンフィールドの回復に伴い、予定通り予備日に準決勝が開催されることになった。

 中止を要請していた星猟警備隊(シャーナガルム)は決定に対して遺憾の意を表明したが、それ以上、追求することはなかった。

 暗部隊の部署ではチーム・エンフィールドの煌式武装(ルークス)の修復を担当した三人に《獅鷲星武祭》が閉幕するまで特別休暇を与えた以外は例年と変わらない治安維持活動と並行して、来年度へ向けた業務整理を始めていた。六花公安部隊からは来年度の方針に不満が噴出したが、すでに決定事項の為、現在は六花内の情報提供者に来年度以降の方針を伝え、身の危険を危惧した情報提供者にはこれまでの協力に対しての恩賞を与え、六花から離れる場合の手続きを全て手配。協力を継続してくれる情報提供者にはさらなる連携強化を図ると同時に、その情報提供者の詳細な身辺情報を秘密裏に調査、収集を開始。これまでは暗部隊の内部情報を一切明かさなかったが、一部の情報を開示した為、万が一マフィアや反社的組織、統合企業財体に情報が漏れた際に抹殺する為の処置である。

 六花公安部隊は船曳と漆、薬袋を中心にして情報提供者の選別作業を進め、他の隊員は担当地区の治安維持活動に従事。

 対企業特殊作戦部隊は引き続き統合企業財体の動向を注視している。

 今年は銀河の実働部隊との衝突という大きな事件が発生したが、現在まで銀河から星猟警備隊に対して何かを仕掛けてくる様子はなく、世間は《獅鷲星武祭》の決勝戦に注目している。

 

「ん?」

 

 既に勤務時間を大幅に超過している深夜帯。溜まりに溜まっていた事務仕事を自身のデスクで処理していた船曳の携帯端末に覚えのない着信が入った。

 訝しむ船曳だが、裏の仕事に携わる者として、誰かが不測の事態に陥った可能性が排除できない為、渋々ながら対応する。

 

「船曳です」

『あっ、えーと、船曳正さんの連絡先で間違いないでしょうか?』

 

 名乗りもせずに船曳の連絡先であっているかを問う着信者。

 配達物を頼んだ覚えもない為、くだらない営業かと思ったが、それであれば時刻が遅すぎる。

 

「合っている。何者だ?」

『あっ、すみません。星導館の天霧綾斗です』

 

 なんと船曳へ連絡してきたのは綾斗。

 しかし、顔は知っていても船曳と綾斗の間に特別な繋がりはない。

 

「君の顔と名前は知っているが、俺の連絡先を教えた覚えはない。生徒会長にでも教えてもらったか?」

『はい、どうしても船曳さんに連絡を取りたかったので……』

 

 ——あの女。

 喉元まで込み上げてきた言葉を飲み込む船曳。これでクローディアによって自身の連絡先が横流しされたのは二度目である。

 本格的に自身の連絡先を変更することを考えながらも、わざわざクローディアに聞いてまで連絡してきた綾斗の要件を気分転換がてらに聞くことにした。

 

「で? こんな時間になんの用だ?」

 

 上半身を背もたれに預け、目も瞑る船曳。完全に休憩状態である。

 

『実はさっき、《処刑刀(ラミナモルス)》と《ヴァルダ=ヴァオス》に襲われました』

「なに!?」

 

 一転して飛び上がる船曳。すぐに手元の書類を裏返してペンを握る。

 《処刑刀》は今年の大学園祭最終日に取り逃がし、《ヴァルダ=ヴァオス》、もといウルスラ・スヴェントは一度捕らえたものの、逃走を許してから行方知れず。

 夏に起こった殺傷事件の処理と《獅鷲星武祭》へ向けた対策期間が重なってしまった為、その後の足取り捜査も十分に行えずに捜索困難に陥り、手詰まりの状態になっていたが、まさかの情報が転がり込んできた。

 

「怪我はないか?」

『大丈夫です』

「襲われた場所は?」

『それが、よくわからなくて、気付いたら《ヴァルダ=ヴァオス》が作った結界の中にいたので——』

「今はどこにいる?」

『…………』

「答えろ」

 

 場所を問うた途端に口を噤んだ綾斗に語気を強めて迫る船曳。

 

『治療院の、中庭にいます』

「コルベル医師の治療院か?」

『はい』

「他に目撃者や同行者はいるか?」

『ガラードワースのアーネストさんが一緒にいました』

「今もか?」

『いえ、もうアーネストさんはいません』

「そうか、君には色々と聞きたいことがあるが、もうこんな時間だ。それに加えて君も暇じゃないだろう」

『そう、ですね』

「悪いが今は俺も手一杯の状態でな、余裕がない。悪いが今日のところはこれで終わりだ。だが、時間ができたら君とは少し話がしたい」

『すみません。夜分遅くに』

「気にするな。それよりも有益な情報提供に感謝する」

 

 通話を終えた船曳は手元に書いたメモを少し見つめると、処理する予定の書類がファイリングされたフォルダを押しのけて自身のパソコンで星猟警備隊のとあるシステムにアクセス。検索欄に天霧綾斗と検索。

 

「ほう——」

 

 船曳が閲覧した綾斗の情報。そこには綾斗との聞き取りで違和感を覚えた部分の核心に到れるに値する情報があった。

 見ているのは綾斗の家族構成。母は既に他界しているようだが、他の親類には船曳と直接的な関わりがある人物と、星猟警備隊として怪しいと踏んでいる人物の名前を見つけた。

 直接的な関わりがあるのは綾斗の父、“天霧正嗣”。怪しいと踏んでいる人物は現在行方不明となっている“天霧遥”。

 行方不明となっている天霧遥はヘルガも捜索している人物である。そして、本島から離れて以降、行方不明となっているのは間違いなく《ヴァルダ=ヴァオス》が関係していると予想できる。

 

(そういえば、あの小僧の煌式武装は——)

 

 何やら思慮し始めた船曳だったが——。

 

「…………」

 

 押しのけたフォルダの山を見て思考を打ち切った。頭の中で描いたことを実行に移せるのはまだ先のようだ。

 

 

 

 

 時は流れ、波乱があった《獅鷲星武祭》は星導館学園のチーム・エンフィールドが優勝を飾り、閉幕した。星導館学園はこれで昨夏の《鳳凰星武祭(フェニクス)》に次いで連続優勝。来冬に開幕を控える《王竜星武祭(リンドブルス)》を待たずして、昨シーズンの総合5位から総合1位も狙えるポイントを稼いだだろう。

 一方、船曳が所属している星猟警備隊は厳しい期間を乗り越え、業務は落ち着きを取り戻した。しかし、船曳を取り巻く環境は非番の日に星導館学園大学部で世話になっていた講師からの着信で大きく変わった。

 

『本当に、なぜこんなことが急に……』

「教授が嘆くことはありません。もとは私が犯した不祥事が原因。即退学になってもおかしくはありませんでしたから」

『君は星導館が下した処分を忠実に守っていたんだ。それは警備隊からの報告でも分かっている。それなのにいきなり“抹籍”だなんて——』

 

 星導館学園は基本的には生徒会が主導して学生が起こした不祥事を処理する。しかし、講師からの話によると運営母体である銀河から今日付で抹籍処分に処すと連絡が入ったという。当然ながら講師は理由を問うたが、返答は得られることはなかった。

 

『退学ならともかく、抹籍になったら君の大学部で積み上げた学歴は無くなってしまう。就職には不利になるはずだ。私の知り合いにサイバーセキュリティソフトの生産に携わっている人がいる。島外にはなってしまうが、きっと君の為になるはずだ』

「教授。申し出は大変ありがたいですが、これは私が起こしてしまったことです。ならば、それ相応の苦労をしなければなりません。それに、教授からの推薦をいただけても、私が起こしたことは既に世間に広まっています」

『それでも、職に就かなければ生きてはいけない。どんなに不利な条件でも、多少なりとも好材料になれるものは持っておくべきだ』

「これも社会経験の一環と考えます。人に痛みを与えた者は、それ以上の痛みを受ける必要があるということでしょう。なので、まずは一人で頑張ってみようと思います」

『……そうか、君がそう言うならば、君の考えを尊重しよう。だが、見極めるのも早いほうが良い。私はいつでも君に協力しよう』

「ありがとうございます。教授」

 

 通話を終え、船曳は居住地の作業スペースに携帯端末を置いた。

 停学から抹籍になり、大学部の学歴も抹消された。だが、既に星猟警備隊に所属している船曳には何も問題はない。むしろあるべき場所に帰ったと捉える方が適切だろう。船曳自身、面倒だと感じていた論文の作成に時間を取られることが無くなったのだから。

 目の前のパソコンを起動し、不要になったデータ整理に没頭していると西日が部屋に差し込んできた。次の日は久しぶりの公休である。しかし、六花はこれからの時間帯に掛けてよく問題が発生する為、このまま平穏な時間が過ぎるとは限らない。

 だが、置いておいた携帯端末には緊急を要する連絡は入らず、六花の商業エリアには夜の活気が溢れてきた。一般的な部署は小さな諍いや酔っぱらいの対応等に精を出している頃だろう。そんな時間も過ぎ去り、もうまもなく日付が変わろうとしている時間。突如として船曳の居住地の呼び鈴が鳴った。

 

「はあ?」

 

 既に寝支度を整えた船曳は呼び鈴が鳴った瞬間に疑問と怒りを含ませた声を上げる。来客者を映すテレビドアホンの前に立つと更に怒りが込み上げてきた。

 

「一体何の用だ」

 

 そこに映っていたのはクローディア・エンフィールド。

 船曳にとってはもう相手をする必要がない相手だ。対応する必要性を感じなかった船曳は無視して寝室へと移動した。このような時間である。黙っていれば既に寝ているか、あるいは任務中で星猟警備隊本部か六花のどこかに出払っていると思い、勝手に立ち去るだろうと考えた。だが、最初に呼び鈴が鳴った約30秒後にまた呼び鈴。今度は約15秒、10秒、5秒とその間隔を小さくして呼び鈴を鳴らされ続ける。

 クローディアは船曳がこの居住地にいると確信を持って呼び鈴を鳴らし続けているのだろう。

 怒りの沸点がギリギリに達した船曳は六花の迷惑防止条例違反及び不退去罪を盾にして追い払おうと決め、テレビドアホンの前に立つ。

 

「迷惑防止条例と不退去罪でしょっぴくぞ」

 

 脅しを込めた船曳の第一声。

 

『不敬は承知しています。上げていただけませんか』

 

 一方のクローディアの声色にはあまり覇気がなく、謝辞を述べただけで本題を言わず、ただ上げてくれと船曳に頼んだ。

 様子が変だと船曳は感じたが、だからこそ部屋に上げるという行為は適切ではない。

 

「断る。明日なら不幸にも公休だ。出直してこい」

 

 もはや敬語など必要ない。もっと言えば学生の揉め事や相談を受け付ける気はないが、抹籍に関わる事務処理で対応する必要性があるのなら仕方がない。だが、抹籍とは本来なら学園側が内々に処理して通知するはずであり、当事者には事後報告になるはずだ。当事者が何かしらの手続きをすることは基本考えられない。

 

『残念ですが、私は直近で今日、この時間しか予定が取れないのですよ』

 

 テレビドアホンの前から立ち去ろうとした船曳だったが、画面外からの第三者の声に動きを停めた船曳。

 

「……何者だ」

 

 画面にはクローディアしか映っていない。そのクローディアも伏し目気味であり、声の発生者の場所を特定することが難しい。

 

『あなたに今日付で、という処分を命じた本人と思ってもらって大丈夫ですよ』

 

 額面通りに受け取るならば、銀河の関係者である。

 それでもクローディアを伴ってこのような時間に訪問してくる考えが見えてこない。

 この状況で顔を見せない相手の要求を受け入れるなど愚の骨頂である。

 

「なおさら受け入れることはできないな。俺は企業の人間は好きじゃない。お前の都合に合わせる気はない」

『そう言うと思っていましたよ。ですが、これを見たらどう考えますか?』

 

 画面に映ったのはこの建物の名前が書いてあるクレジットカード程の大きさのカード。この建物のカードキーである。

 

『事前に、管理会社からマスターカードを貸していただきました』

 

 ここで統合企業財体の強権を使ってくるとは予想外だった。

 この人物はこの場で突っぱねてもマスターカードを使って船曳の居住地に乗り込んでくるつもりなのだろう。

 

『どうしますか?』

 

 あえて船曳に選択肢を与えるあたり、この人物もだんまりを決め込むクローディアのような腹黒い一面を持っているのだろう。

 ここで先程言った不退去罪を適応し、自分達の領域である星猟警備隊本部まで連行して話を聞くこともできるが、そうすればこの人物は何も語らず、星猟警備隊に連行されたということも握りつぶすだろう。

 船曳にしてみればそのほうが都合は良い。訪問の目的は分からなくなるが、安全地帯からこの人物を確かめることができるのだから。

 

「——上がってこい」

 

 しかし、船曳は自身の居住地で得体の知れない人物と対面することを決める。学園に対しての要件ならクローディアを伴っているのも納得はできるが、その程度の要件で出向く必要性は皆無だ。

 十中八九、銀河の実働部隊と衝突した事件に対する何かしらの話なのだろうが、万が一に船曳や暗部隊、星猟警備隊にとって不利益を被るような話を持ち掛けてくるのなら、クローディアの命を奪う為に六花を混乱に陥れたことを公表するまでだ。

 寝間着から着替え、しばらく待つと玄関前まで来たことを伝える呼び鈴が鳴る。足音を消して玄関扉へ近づき、魚眼レンズから来訪者を見る。しかし、魚眼レンズから見えるのはテレビドアホンと同じくクローディアの姿だけ——。玄関扉を開けるまで姿を見せるつもりはないのだろう。

 ドアチェーンを玄関扉にかけ、ドアノブをひねると居住地に隠してある短刀の柄で扉を押す。扉を開けた途端に手を斬り落とされないようにする為だ。

 ゆっくりと扉を開けていく船曳、中途半端に開いた扉から見える視界にはまだクローディアと本命の人物は見えない。

 

「夜分遅くにすみません。船曳さん」

 

 開けた扉の隙間から見える位置に移動したクローディアが睨む船曳へ謝罪の言葉を口にする。

 

「お前を除いて何人だ?」

「私だけですよ。船曳正さん」

 

 中途半端に開けた扉の隙間にやや色白な指が入り込むとそのまま扉に指をかけて扉を開ける。ガチッとドアチェーンの音が響いたと同時に、クローディアの前に人影が入り込んでくる。

 扉に指をかけられた瞬間に距離を取っていた船曳は姿を現した人物に表には出さないながらも息を飲んだ。

 

「はじめまして、船曳正さん」

 

 

 

 

 ダイニングテーブルを挟み、片方に座るのは眼光鋭く対面の相手を睨めつける船曳。

 船曳の斜め向かいには伏し目のクローディア。

 そして、船曳の対面に座る人物は睨みつける船曳に向けて微笑を浮かべると——。

 

「改めまして、イザベラ・エンフィールドと申します」

 

 クローディアの母親にして銀河の幹部、イザベラが自身の名を語り、電子名刺が船曳の前に現れた。

 

「用はなんだ」

 

 自身の携帯端末にイザベラの名刺をインプットさせた後にそう切り出した。

 

「警戒しなくても大丈夫ですよ。と、言っても信じてはくれないでしょうね」

「当然だろうが」

「ですが、そんなに警戒されると話が潤滑に進まないでしょうね」

「真っ当な話し合いができる相手だと思っているのか?」

「以前のあなたではそうならなかったでしょう。ですが、今は違う。ご自身が一番理解しているのではありませんか?」

「俺の出自を知っているのなら、なおさら警戒を解くことはできないが?」

「そうですか、なら……、試していただいて結構ですよ」

 

 イザベラがそう言った途端、船曳の右腕がイザベラの顔面に伸びた。

 仰天したクローディアは咄嗟に船曳が伸ばした右腕に手を伸ばした。だが——。

 

「…………」

「ッ!」

「——」

 

 三者三様の形で膠着。

 船曳が伸ばした右腕はイザベラの顔の鼻下から口を覆うように下顎を掴み、クローディアが伸ばした手は船曳の手首を掴んでいる。下顎を船曳に掴まれたイザベラは動揺する仕草すら見せない。

 

「——」

 

 イザベラの口角が若干上がった。それを掴んだ手の感触で感じ取る。

 ——分かっていただけましたか?

 そう問うているのが伝わってくる。実際、このような危険な行為を行っても妨害してきたのはクローディアだけ。イザベラは抵抗する姿勢も見せず、この場以外からの妨害も無かった。

 つまり、船曳は右手に力を込めればイザベラの下顎を握り砕くことができる。イザベラは船曳の警戒を解く材料として自身の命を差し出してきたのだ。

 

「ちっ」

 

 舌打ちを打つとイザベラの顔面から手を離した船曳。同時に、掴まれたクローディアの手も払い除けると椅子に腰を下ろした。

 

「さて、今日付であなたに下した処分の詳細ですが——」

 

 少し乱れた服装を直しただけで急に語り始めるイザベラ。

 先程の出来事からまだ動揺が残っているクローディアだが、船曳と同様、椅子に腰を下ろした。

 

「銀河の方々も意見が分かれました。警備隊に賠償を求めるように主張する者、刺激せずにこれ以上の損失を控えるべきと主張する者。最終的には後者に決めましたが、我々は甚大な損失を警備隊、いや、あなた方第二期新選組から受けることになりました」

 

 やはり、銀河でも星猟警備隊に対して報復するべきだという意見が出てきていた。しかし、最終的には全くと言っていいほど星猟警備隊に実害はない。

 

「銀河があなた方に受けた被害はこれで二度目。八年前の討ち入りと今回の学園への介入、ですが、下手に刺激すれば銀河がなんとしても世間に知られてはならない秘密をあなた方ならためらいもなく公表するでしょう」

「否定はしない。まぁ、警備隊長殿は反対するだろうがな」

「ですが、銀河としてもこのまま泣き寝入りするということはできません。事実、何年も前からあなたが星導館学園に籍を置いていることを快く思わない方は多数存在しておりました。ですから、あなたが無期停学になっていることを利用し、ありもしない校則違反で抹籍となりました」

「お母様、よろしいでしょうか?」

 

 ここで初めてクローディアが声を上げる。

 

「なんでしょうか」

「先程、聞き捨てならないことを仰られました。当校に所属している船曳さんを抹籍にしたと——、事実ですか?」

「なんだ、てっきり生徒会の方にも話が行っていると思っていたんだが?」

 

 船曳もクローディアへ抹籍の話が伝えられていると思っていたのだが、クローディアの発言から推測すると講師から船曳だけに直接伝えるようにイザベラが手を回していたのだろう。

 

「あなたにこの話をすれば、反対するに決まっていますからね。変に妨害されるとこちらの手間が増えますから」

「当校の学生の不祥事は生徒会に一任されています。生徒会を通さずに直接当該学生に伝えるなど——」

「阿呆。銀河と俺が納得していることに今更お前が口を出すな」

「船曳さん、退学ではなく、抹籍なのですよ。停学になっていることが公表されていて更に抹籍になったとなれば船曳さんの社会的信頼が無くなってしまいます」

「クローディア、心配する必要などありません。彼の後ろにはヘルガ・リンドヴァルがいますから」

「島外にも縁はあるからな」

 

 二人の言葉に口を噤んだクローディア。

 クローディアにとって船曳という存在は自身の手札に残したかったカードだったのだろう。間接的に星猟警備隊の機密部隊と繋がりを持てるということは各学園や統合企業財体に対して有効である。その手札をいきなり奪われたのだから、この抹籍という処分に異議を唱えたのだろう。事実、表面上であれば船曳は星導館学園の取り決めをしっかりと守っており、来年度に復学させるプランを描いていたのだから。

 

「それで? わざわざ抹籍の経緯を伝える為に来たんじゃないんだろう? さっさと本題を言ってくれ」

 

 船曳の言葉通り、イザベラはまだここに来た本当の理由を言ってはいない。

 

「そうですね、では、単刀直入に言いましょう。船曳さん。私と取引をするつもりはありませんか?」

「……なに?」

 

 イザベラからの思わぬ提案に訝しむ船曳。

 

「私は欧州の支部を主な拠点としていたのですが、第二期新選組として活動していたあなた方の活躍は聞いておりましたし、資料でも拝見しておりました。同時に、警備隊として活動を始めたあなた方の活躍、私は評価しています。無数にいる社員の汚職を発見するのは私達だけでは限界があります。ですが、あなた方に提出していただいている証拠のおかげで銀河に不利益をもたらしかねない社員を発見、予測することができました」

「ほう、それは良かったな」

 

 皮肉を込めて言う船曳。かつて統合企業財体に対しての反抗勢力として牙をむいていた船曳だが、現在は六花の治安維持が任務である。その任務の過程や延長線上にイザベラが言った利益に繋がっているのだろう。

 

「ですが、先程も言ったように懸念しているのはあなた方が握っているラディスラフ教授の研究資料や《ヴァルダ・ヴァオス》の存在です。実際、あなた方は今年度、《処刑刀》と接触、更には《ヴァルダ・ヴァオス》を捕らえました」

「両方に逃げられたがな」

「本題はここからです。船曳さん。銀河としても《処刑刀》と《ヴァルダ・ヴァオス》が秘密裏に動いていることは認知していますが、相手が厄介なのです。そこで、あなた方と銀河で一時的な同盟を結びたいのです。あなた方は六花の為、私は銀河の為に、利害は一致しているはずです」

 

 イザベラから一時的とはいえ同盟の要請を受ける船曳。だが、船曳には先程の取引という言葉に引っかかりを感じた。

 

「お前達と同盟を結び、情報を共有しても、相対的には銀河の一人勝ちだ。それを取引とは言わない。分かっているだろうが。俺達の情報をお前らに提供するつもりはない」

「六花に点在している情報通に一部の情報を開示しているという噂を聞いております。我々よりもあなた方が構築した情報網の方が頼りになるのですか?」

「信頼の問題だろうが、お前の命を担保にされたところで旨味もない。それにお前の話が銀河の“総意”だと一言も言っていないが、そこはどうなんだ?」

「——少しあなたを侮っていたようですね」

 

 まだイザベラの口調には若干の柔らかさがあったが、船曳が指摘した言葉を受けてその柔らかさが完全に消え去った。

 

「確かに私が言った一時的な同盟という考えは私自身の判断です。我々は六花の行政、司法にも必要であれば不都合な事実は消し去りますが、あなた方にはその手法が通じない」

「通じさせない。と言わせてもらおうか」

「困ったものです。ですが、私が言った利害の一致は否定する材料ではありませんね?」

「口惜しいことだがな」

「船曳さん、あなた方は六花の(がん)です。ですが、その癌は注意を払えばある程度コントロールすることができます」

「それはどうかな? 隙を見せればいつでもお前達に襲いかかる」

「行き過ぎた行動は身を、そして六花を滅ぼすことに繋がりかねませんよ。ヘルガ・リンドヴァルは上手くあなた方の手綱を握っているようですね」

「——ふん」

 

 正直に言えば、確かにヘルガによって差し止められた計画はいくつもある。時期が悪い、パワーバランスが崩れるなど。しかし、差し止められても立てた計画を破棄することはなく、常に最新の情報によって更新し続けている。最悪、ヘルガの許可を得ずに独断で決行することもできるが、それはイザベラが指摘した通り、得るものと付随する悪い意味のリターンが大きすぎる。

 

「さて、もう少しあなたと交渉を続けたいところですが、時間です」

 

 一方的に話を打ち切ったイザベラが立ち上がる。

 

「船曳さん、私自身はあなた方の存在を肯定的に捉えています。そのことを頭の片隅に覚えていただければ幸いです」

「俺としてはもう二度とお前の顔を見たくはないがな」

「私は適度な距離を保ちつつ、良い関係を結べればいいと思っています。では、失礼します」

 

 艷やかな金髪をなびかせてイザベラは船曳の居住地を去っていった。

 

「——お前はいつまで居座るんだ?」

 

 イザベラが去ったにも関わらず、斜め向かいのクローディアはまだ椅子に座ったまま。

 

「……少し、お話をさせていただいてもよろしいですか?」

「学生の悩み相談はお断りだ」

 

 既に日付も変わった。せっかくの公休日に身体を休めたい船曳はクローディアの話に耳を傾けるつもりはない。

 

「まず、命を助けてくださり、ありがとうございます」

「世辞はいらん。とっとと出ていけ」

「あの時、私は死ぬつもりでした。でも、生きていれば自ら望んだ死に時よりも良いことがあるのだと、私は《獅鷲星武祭》を共に戦い抜いた仲間に教えていただきました」

 

 なおも続くクローディアの独白。

 

「《パン=ドラ》は使用者に無数にある可能性の死を体験させるとラディスラフの研究資料にあった。もし望んだ死を選べるなら、俺にしてみれば大した代償じゃない」

 

 苛立ちをぶつけるようにクローディアが何十年も苦しんできた苦しみを言葉の剣で断じた船曳。

 

「すみません。本当の死がいつも間近にあった船曳さんには失礼な言葉ですね。ですが、私は船曳さんよりも死ぬ時の感覚を味わいました。私には、とても耐えられるものではありませんでしたが、今は仲間の存在も大きく、生き続ける意味を見つけられたことで、耐え続けることができると思います」

「安心しろ、お前は誰も殺していない。対して俺は人斬りだ。受け売りだが、人斬りは剣によって死ぬ。それを日本の言葉では因果応報というらしい。もし本当に因果というものがあるのなら、お前に当てはまる因果はないだろうよ」

「あなたのことを、私はもっと早く知りたかった。生徒会長として、あなたを守ることができたかもしれない」

「済んだことを蒸し返すな。それにお前は明日も学業があるだろうが、最後通告だ。出ていけ」

 

 これ以上の言葉は受け付けないという態度でクローディアに部屋から出るように迫る。

 

「……分かりました。失礼いたします」

 

 声音の弱さとは対象的に、晴れやかな表情を浮かべながら、クローディアも船曳の居住地を後にした。

 

「……これで本当に縁が切れるといいんだがな」

 

 携帯端末を取り出し、クローディアの連絡先を表示させる。削除という項目に指を持っていこうとしたが、削除せずにそのまま閉じた。なぜか分からないが、船曳にはまだクローディアとどこかで道が交わる時が来ると感じたからだ。

 

 




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