学戦都市アスタリスク 壬生の狼   作:PS

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今回もここで一区切りします。


終話 人斬り

 天霧遥の医療検査に付き添ってからしばらく立ち、六花はあと数日で大学園祭を迎えようとしている時期——。

 

「全員、集まってもらいましたね」

 

 星導館学園の《冒頭の十二人(ページ・ワン)》専用のトレーニングルームに集った面々を見てクローディアがそう口を開いた。

 

「クローディア、一体何の集まりだ」

 

 クローディアの言葉にユリスが疑問を呈する。

 

「綾斗の姉君は百歩譲って分かるとしても、星導館の施設にクインヴェールの生徒会長、さらには警備隊長が揃っているのはどうなのだ?」

「お邪魔してまーす」

 

 この場に集ったのは綾斗、ユリス、紗夜、綺凛、クローディア。その他に遥とシルヴィア、そしてヘルガが集っている。

 

「先日、遥の方から警備隊に入れてほしいと願いがあったが、それについては試験に合格してもらえれば何の問題はない。有能な人材はいつでも欲しているからな」

「まだ話は見えないが、それは後にするとして、なぜクインヴェールの生徒会長がいるのだ?」

「彼女は天霧君と独断で《処刑刀(ラミナモルス)》と《ヴァルダ・ヴァオス》を追っていたということが天霧君から教えられてね。今回、予定を開けてもらって来てもらった」

「私も本当の目的は知らされてないけどね、でも星導館の施設がどういう風になっているのかも知りたかったし、なによりヘルガ警備隊長とクローディアからのお誘いだったから、マネージャーに無理言って来ることにしたんだ」

 

 建前ではそう言うシルヴィアだが、本当の目的としては綾斗とその姉である遥に会いたかったというのが本音だろう。

 

「実を言うと、先程銀河の幹部と密会した。詳細は開かせないが、先も言ったように《処刑刀》に関しての話だった。この集まりの後に精査して返答しようと考えている」

 

 重大な機密事項を目の前にいる学生達に対して発言するヘルガ。しかし、事態は星猟警備隊(シャーナガルム)で対処できる範囲を超え、特定の学生を巻き込むような事態へと発展し始めている。

 

「口惜しいが、君達を巻き込む事態になっていると言わざるを得ない。そのことに関してはすまないと思っている」

「私が目覚めちゃったから、私にも責任はある。だからヘルガさんだけを責めないでほしい」

「責めることなんてないよ、むしろ俺が姉さんを追ってきて、みんなを巻き込んじゃったんだから」

 

 ヘルガの謝罪に始まり、遥の弁護、そこに綾斗が二人を庇うように他のメンバーに謝罪する。

 

「綾斗、ここにいる全員が誰も責めることなんてしない」

「そうそう、むしろ私は綾斗君のおかげでウルスラに近づけた」

「わっ、私も、綾斗先輩のおかげでお父さんと会えることができました。だから、私も綾斗先輩や遥さんの力になりたいです!」

 

 綾斗と出会ってから2年余り、この五人は確かな絆で繋がっているようだ。

 

「いい仲間と出会ったね、綾斗」

 

 その綾斗の姿を見て、遥がそう告げた。遥が綾斗へ施した禁獄の力は遥の思い描いた道とは違った形だったが、自身が課した試練を乗り越えてみせた弟はこの六花でも指折りの強さを持っているだろう。時を停めた状態でいつ目覚めるかも分からない眠りに入り、思い出せるのはまだ幼かった姿。時は経っても、記憶に焼き付いている綾斗と今の仲間に恵まれた綾斗はまさしく雲泥の差である。

 血は違えど、弟の姿を誇りに思う遥である。

 

「それで、本当の目的は一体なに?」

 

 一通り、綾斗や遥への賛辞が落ち着いた後、紗夜がクローディアへ本来の目的を問う。

 

「既に、《処刑刀》の危険性についてはここにいる全員が理解している。という前提で話を進めて構わないか?」

 

 クローディアに変わり、ヘルガがこの場を設けた説明を行おうとするが、遥と初めて顔を合わせたシルヴィアには《処刑刀》の計画を知っているのかは分からない。だから最初に、その計画と危険性を知っているかを確認する。

 

「私もさっき綾斗くんと遥さん、それとクローディアに話は聞かせてもらいました」

「よし、先も銀河の幹部と密会したと言ったが、この案件は銀河、警備隊、それと君達に関わる重要事項だ。最も、銀河と警備隊に関して君達は何も考えなくて大丈夫だ」

 

 シルヴィアの言葉を聞き、ヘルガが説明を続ける。

 

「私は、《処刑刀》の計画を阻止する為に、ここにいる君達の力を貸してほしい。この情報を悪戯に公にするのは六花に混乱しかもたらさない。だからこそ、知る人間は最小限に留めたい」

「大丈夫です。警備隊長。ここにいる全員ができる限り協力いたします。よろしいですね?」

「降りたい者は降りても構わない。だが、絶対にこの情報は隠し通してほしい」

 

 クローディアはここにいる学生が警備隊に全面的に協力する旨を確認もせずに了承するが、ヘルガは命の危険もある為、あえて協力しないという選択肢も提案する。

 だが、誰一人としてヘルガの降りるという選択肢を選ばず、協力するという旨をヘルガへと伝える。

 

「本来であれば、我々が対処しなければならないことだが、君達の協力に感謝する」

「ですがヘルガ警備隊長、そのような確認をする為に態々ここに集まる必要はあったのですか?」

 

 ユリスの疑問は最もである。このような話は入場制限を設けているとはいえ、学園の施設内でする内容ではない。もっと密談に適した場所は六花にあるはずである。

 

「その疑問は最もだ。だが、君達も知っていると思うが、警備隊には事件に対して、警備隊が認めた民間人以外の協力にかなり否定的な人物がいる」

「船曳さん。ですね——」

「やっぱりあの男か」

「紗夜さん……」

「私もウルスラが逃げたって聞かされて何度も連絡したけど、もうずっと繋がらないな」

「フローラを救ってくれたことに感謝はするが……、私もあの男はどうにもいけ好かない。目覚めたばかりでまだ万全の状態じゃない綾斗の姉君に逮捕状を叩きつけようとしたことは今でも気に食わん」

「あっはは、私はあんまり気にしてないけどね。逮捕状って言っても請求書だったし、シルヴィアさん以外はあの後ヘルガさんがデータを削除したのを見ていたでしょ?」

「それは……、そうですが」

「ハル姉、あんな男を擁護する必要はない」

「いくら業務上とは言っても、話だけ聞けばかなり強引だなー」

 

 当事者がいない状況で言いたい放題。船曳には二度も窮地を救われたというのに、散々な評価である。

 

「この話は正に伝えていない。反対されることが目に見えているが、私がすると決めれば、不服でも受け入れるだろう。が、それでは意味がない。正が率いている暗部隊は我々が統合企業財体にも唯一対抗できると言っていい部隊だ。ぶっきらぼうな男だが、六花に住む民衆の安全を第一に考える男だ。だからこそ、君達を間接的に守るために、正の協力は必要だ」

「皆さんもあまりいい印象を持ってはいないようですが、これも警備隊と連携を深めるためと思ってください」

「でもクローディア、俺達が船曳さんを受け入れても、肝心の船曳さんをどうやって納得させるの? いくらヘルガ警備隊長の判断って言われても、船曳さんの心象は良くないと思うんだ」

「綾斗もハル姉もあの男を評価しすぎ、上司の命令なら黙って従えと言えばいい」

「さっ、紗夜さん……」

「ここにいる遥は警備隊の入隊希望者だ。正のように特例で警備隊に入隊させることはできないが、試験にさえ合格すれば警備隊の一員だ。だが、正には遥を警備隊に引き入れるつもりだという話を通している」

「それは……、かなり反感を買ったんじゃないですか?」

 

 ヘルガの説明に交渉に使われた遥が疑問を呈する。交渉の材料に使われたことはあまり気にしていないようだが、初対面の印象ではかなり悪い印象を持たれていると考えているからだ。

 

「確かに反発した。だからこそ、分かりやすいやり方で納得させようと思う」

「分かりやすいやり方?」

「——なるほど、だから今日は戦う準備をして来てほしいということだったんですね」

 

 実力行使。確かに船曳を納得させるには最適な選択肢である。

 

「——来たようだな」

 

 ヘルガがそう呟くと、トレーニングルームの扉が開いた。全員の視線の先には紺色のスーツを身に纏った船曳の姿。

 

「やれやれ、恩師に来てほしいと言われて足を運ぶや、当の恩師は何も語らずここに繋がるパスを渡しただけ、そしてここに来てみれば……、警備隊長まで首を揃えて一体何の用だ」

 

 ここに至るまでの段階でおかしいと察してはいたが、ヘルガを含めた集団を見て愚痴をこぼさずにはいられない。

 嫌々ながらもその集団の方に足を進めていく。

 

「船曳さん! やっと会えた!」

 

 船曳の姿を見てやや怒りを込めた言葉をかけたシルヴィアだが、船曳は無視してヘルガの前に立つ。

 

「刀は、持ってきているようだな」

 

 船曳の肩に掛かっている刀袋を確認するヘルガ。

 

「このあと本部に直行する予定ですからね。それで? どういうわけか説明していただけますね?」

 

 既に星導館学園の学生ではないにも関わらず、《冒頭の十二人》専用のトレーニングルームに入れられ、極めつけはヘルガの武器所持確認。ここの集団の誰かの相手をすることは目に見えているが、形式上、確認を取る船曳。

 

「ここにいる天霧遥を警備隊に入れる。という話は覚えているな?」

「……あまり信用を置くべきではないと忠言しましたが、警備隊長が決めたのなら私に何を言う権利はないでしょう」

 

 ヘルガが描いている展開に持ち込ませないように、船曳は背を返してトレーニングルームを後にしようとするが——。

 

「——何もなければ、遥を暗部隊に入隊させようと考えている」

 

 途端、足を止めた船曳。

 ヘルガの発言を聞いた他の七人も驚愕に顔を染めている。

 

「無論、暗部隊の人事はすべてお前達に一任しているが、遥はお前達の優先事項である《処刑刀》の情報を持っている。企業部隊、公安部隊のどちらに編入させても良い効果を見込めると考えるが?」

「認められることではありませんね。確かに《処刑刀》の計画が事実なら、最優先の事案でしょう。ですが、所在が分かっていない相手に時間を割くほど我々も暇ではありません。今年度の入隊希望者にも目を通しましたが、今年度、暗部隊は新人を入れる予定はありません」

「遥は必ず《処刑刀》に狙われる。しかしお前の部隊に入れれば、捜査と警護を両立できる。だからこそ、遥を暗部隊に入れる」

 

 以前のような決定事項を伝えるような口調で囃し立てるヘルガであるが、船曳以外が知っている通り、遥は特例の入隊ではなく、あくまでも今年度、入隊希望者として試験を受ける一人である。しかし、ヘルガが暗部隊に送った入隊希望者名簿には遥の名前を削除した物を送っている為、船曳はその事実を知らない。

 

「遥、君に入ってもらおうと考えている部隊は、この男が率いている警備隊でも屈指の部隊だ」

「話を聞いている限り、暗部っていう程ですから、重要な事案に関わっていることは察することができますね」

「警備隊長、断固反対させていただきます。決定事項であってもその女に暗部隊の敷居を跨がせるつもりはありません」

 

 振り返り、毅然と反発する船曳。

 たとえヘルガが強権を行使して暗部隊に遥を入れても、船曳を筆頭とした主要人物達も認めることはないだろう。自ら星猟警備隊に入隊することを望む正義感は評価するが、遥は《処刑刀》に対しての思い入れが強すぎると船曳は感じている。偏った思い入れは多岐にわたる暗部隊の任務に対して弊害になる可能性がある。

 《処刑刀》や《ヴァルダ・ヴァオス》等、早急な対応を求められる指名手配犯や統合企業財体を専門的に捜査はするものの、その前提にあるのは六花の治安と民衆の生活を守ることである。その前提を学ぶ最適な場所はヘルガの目が届く部署の方が良い。一部の部署には暗部隊から異動した隊員もいる為、遥が暗部隊に相応しい実力と人間性を兼ね備えているのなら、その時にヘルガと遥に話を持ちかければいいのだ。

 

「そう言うと思っていたから、この場にお前を呼んだ」

「……意味が分かりませんが?」

 

 ここまで暗部隊に入れることを確定しているような形で話を進めてきた直後に、ここに招集された意味を語るヘルガ。想定はしているが、あくまでも脈絡のない話に理解が追いついていないように装う船曳。

 

「お前がここで遥と戦ってくれるのなら、遥を暗部隊に入れる話はなかったことにする」

「……話が纏まってないのはおいておきますが、要はそこの女と戦えば暗部隊に入れることはないと受け取っていいのですね?」

「ああ、戦ってくれるだけでいい」

 

 病み上がりの状態で扱いが難しい《黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)》をほぼ完璧に掌握した意思力と星辰力(プラーナ)操作力、そして綾斗を凌駕する剣術を兼ね備えている実力者。

 ヘルガが知っている情報が事実なら、ヘルガが設定した厳しい試験も簡単に合格してくるだろう。だからこそ、ヘルガは実戦力を確かめたい。ただその理由だけで船曳を呼び出した。

 

「——もう一度、言ってもらえませんか」

 

 自身の携帯端末を取り出してヘルガに詰め寄る船曳。

 

「天霧遥と“戦う”だけで、暗部隊に入れることはしないと」

「ああ、“戦う”だけでいい。それだけで暗部隊に遥を入れることはしない。だが、手を抜いてさっさと終わらせるような愚行をすれば、問答無用で暗部隊に入れる」

 

 ヘルガもきっちりと船曳へ釘を刺し、本気で戦わせることを条件に盛り込んでいく。

 言質を取った船曳は先程のやり取りを暗部隊の人事を担当する灘と薬袋へと送り、口約束を反故にされないように手を回す。

 

「——始めるぞ」

 

 締めていたネクタイとジャケットを脱ぎ、ヘルガへ投げ渡す。

 遥を一瞥すると刀袋から新調した打刀を取り出し、ワイシャツの首元のボタンを外す。

 トレーニングルームの扉から見て右に立った船曳はゆっくりと新調した打刀を鞘から少し抜き出し、地金と刃文を確認する。

 

(血で汚すには惜しい刀だ)

 

 初めて手にした時もそう思った程、作りが美しい打刀だ。あくまでも実戦用にと頼んだものの、ここまでの逸品に作り上げてくれた刀工には感謝しかないが、だからこそ、惜しいと感じた。

 

「よろしくお願いしますね」

 

 船曳の目の前には剣型煌式武装(ルークス)を起動した遥の姿。中段に構えたその姿から感じる覇気はまさしく強者の風格。だが——。

 

(……足りない)

 

 そう、心の中でごちると打刀を抜き、鞘を腰に差すと無構えのまま相対した。

 

「始め!」

 

 ヘルガの合図と共に遥が船曳へ斬り込んでいく。

 実力を図るつもりなのだろうが、剣撃の一太刀がすべて洗練されている。

 攻める遥と受ける船曳。その攻防は見ている者を引き付ける魅力を存分に放っている。それでも——。

 

(やはりな)

 

 船曳は全く表情には表さないが、遥の剣撃を受けて落胆した。

 遥の繰り出す剣撃は天霧辰明流剣術。剣術に限らずに槍術や弓術、小太刀術や組討術など多くの戦闘術を駆使する流派であり、第二期新選組の隊士にも多くの使い手が存在した。その指導を行ったのは第二期新選組総長、天霧正嗣である。

 しかし、第二期新選組の隊士は相対している遥や綾斗、刀藤流剣術を駆使する綺凛とは違う道に進んでいく。

 遥や綾斗、綺凛は修めた術をさらに磨き上げ、武の競い合いや護身術として極めるだろう。対して、第二期新選組は刺し違えても必ず敵を殺す術に昇華させる。それが新選組式戦闘術である。

 船曳の落胆はその意識の違いである。最も、世界の裏事情を知ることがない一般人には学ぶ必要がない術であることは船曳もよく分かっているが、《処刑刀》を星猟警備隊の隊員として追うと言った遥である。事情聴取の際に《処刑刀》が自身の父親である可能性があるとは言っていたので、娘として思うことはあるのだろうが、破壊的な計画を実行しようとしている相手に対してそのような情けや思い立った理由を知る必要など皆無である。

 天霧正嗣の薫陶(くんとう)を受け、《処刑刀》の危険性を認知しており、なおかつ《処刑刀》とも戦ったというのに、船曳にとってその意識を持っていないことは許容できるものではない。

 

「……勝手に落ち込まないでもらえますか?」

 

 鍔迫り合いに持ち込むと、近くで遥が呟いた。打ち合いの中で船曳の感情を感じ取った洞察力は評価に値するが、それまでである。船曳は遥との打ち合いで剣客としての格付けを済ませてしまった。

 

「…………」

 

 無言のまま、打刀を押し込む船曳。

 遥は船曳の力を利用して後退し、再び中段に煌式武装を構える。

 

「私が相手じゃ不満ですか? それとも、早くも降参ですか?」

 

 軽い挑発を吹っかけた遥であるが、その表情に言葉ほどの余裕はない。相対している船曳は強敵である。培った経験と遥の剣客としての感性がそう告げている。

 だからこそ感じ取れた打ち合いの中での違和感。防御に徹した船曳は一分の隙きも見せない壁である。その壁に罅を入れるためには天霧辰明流の技を存分に使わなければならないだろう。だからこそ、この程度で自身の実力が見極められたと思われているのなら心外である。

 

「……六花に渡ってもうすぐ9年。幾度か剣客と対峙したが、その中でもお前は一番強いと、先の打ち合いで分かった」

 

 これは船曳の偽らざる本音である。劇的な成長を続けている綺凛と対峙したのは2年前、現在の実力を目にしていない船曳からすれば、相対している遥は六花に来てから最強の剣客と言っていい。

 ——だが、それも——。

 

「——平和ボケした世界での話」

「えっ?」

 

 ボソリとこぼした船曳の言葉は、遥の耳に届くことはなかった。

 構えを取る船曳。しかし、その構えは牙突の構えではない。

 左足を引いて半身の姿勢を取り、中段に構えた打刀の剣尖は遥の左目に向けられている。上段に構える相手の左小手を狙う平晴眼の構えのようにも見えるが、遥から見れば打ち込みやすい構えでもある。

 しかし——。

 

(そこに飛び込んだら危険。かな)

 

 遥には船曳の隙は意図して作り出している間合いだと感じ取った。不用意に飛び込めば一撃は与えられるだろうが、同時に致命的な一撃を受ける可能性が高い。

 

「行くぞ」

 

 強い剣気と同時にダンッ! という音が響いた直後、遥の目の前に今にも突きを繰り出そうとする船曳が現れた。

 

「ッ!?」

 

 遥が咄嗟に防御体勢を取ろうとした時には船曳の突きが遥の額に向かってくる。

 左腕を利用して煌式武装を持ち上げ、迫る打刀に煌式武装の刃を当てて軌道を逸らすと同時に、首を傾けて回避するが、頭部に熱い感触が走った。

 しかし、これで反撃に転ずることができる。

 突き技とは死に技とも呼ばれ、躱されて反撃を打ち込まれると防御が遅れる弱点がある。

 

「ッ!」

「なっ!」

 

 船曳と遥の視線が合った直後、反撃に転じようとしていた遥に予想外の一撃が襲いかかった。

 

(突き技からの斬り技!?)

 

 今の遥の体勢は左腕を持ち上げ、首を左側に傾けている。狙われた額を左腕で隠す意味も兼ねた防御体勢。難しい体勢であるが、接近して攻勢に転じよう試みた矢先に今度は袈裟斬り——右肩口から斜めに斬る斬り技——が遥に襲いかかる。

 

「くっ!!」

 

 左腕を上げたことにより、遥の煌式武装の刃は右に向かって下がっている。今度は右の手首を利用して袈裟斬りが向かってくる右肩口に刃を持ち上げる。

 遥の右肩口に船曳の打刀が到達する前に煌式武装の刃を間に合わせることができた。

 打刀と煌式武装が打ち合い、金属を打ちつけた鈍い音と火花が散る。

 

(重い!)

 

 打ち合った瞬間、遥の両手に痺れが走った。もしそのまま受けていたら鎖骨を粉砕されていただろう。

 しかし——。

 

「ッ!!」

 

 受け止めた打刀が再度引き戻されたのを煌式武装から伝わってくる感触から感じ取ると、今度は遥の心臓目掛けて突きが迫ってきた。

 船曳の息をつく暇も与えない“突く”、斬り技も兼ねた“引く”、“突く”の三段攻撃。時間にして1秒程に凝縮された早技である。

 

「やあぁっ!!」

 

 気合と同時に両足に力を込め、握る煌式武装を振り下ろして後退する遥。

 後退することに重点を置いてはいるが、反撃として船曳の空いた面に向けて引き技も放つ。

 

「…………」

 

 遥の相討ち覚悟の一撃。

 船曳が繰り出している突きは両手で放っている。片手にして伸ばせば面の一撃は受けても、狙いの心臓に突きを打ち込めるだろうが、船曳は深追いせず、迫る煌式武装に斬り技を合わせた。

 再び打刀と煌式武装が打ち合うと同時に遥は後退。船曳は斬り技を放った状態で残心。

 

「おっとと——」

 

 床に足を落ち着けた直後、遥の顔に血が垂れてきた。初撃の突きで受けた箇所からの出血である。浅くても頭部の傷、傍から見れば致命的なダメージを受けたと思われるだろう。

 

「姉さん!」

「正!」

 

 遥の出血を見て、綾斗は遥に駆け寄り、ヘルガは船曳と遥の間に入った。

 

「……俺が常々、お前達のような剣客を見て、平和ボケと言っている理由はなんだと思う?」

 

 立ち直り、遥の一撃を受けた頬の傷を拳で拭った船曳がそう問いかける。

 

「本質から目を背け、やれ俺の剣は——、やれ誰かの為に——。そんな戯言を平気でほざく奴を見ていると、虫酸が走る。そんな半端な強さなど無いに等しい」

「正、何を言っている?」

 

 ヘルガは船曳を問いかけるが、船曳が見ているのは片腕で傷を押さえながら自身を見ている遥。

 

「——剣は凶器、剣術は殺人術。どんな綺麗事やお題目を並べようとそれが真実」

「なっ!? 違います! 刀藤流は——」

 

 船曳の言葉を聞いた直後、いの一番に批正しようとした綺凛。

 しかし、声を上げた途端に船曳の鋭い眼光が綺凛を射抜いた。

 

「とっ、刀藤流は……」

 

 それでも懸命に声を出そうとしているが、船曳の言い表すことができない圧力を受けて徐々に声音が弱くなっていく。

 

「企業と国家。相慣れない存在同士が戦った中で、互いに共有した真の正義があった。それはなんだと思う?」

 

 船曳の全体に向けた問いかけ、企業とはその名の通り、統合企業財体。国家はそのまま受け取っていいだろう。その戦いの勝者は統合企業財体である。

 船曳は統合企業財体がそれぞれ所有している実働部隊と戦った日本という国家の秘密武力部隊。第二期新選組の隊士であったことはこの場にいる全員が認知している。

 その出身者である船曳が語った統合企業財体と共有したという正義。ヘルガを含め、その答えを想像できる者は誰一人としていない。

 船曳は左手に持った打刀を持ち上げ、正中線に合わせるように垂直に立たせる。

 

「“悪即斬”。それが第二期新選組と企業が共有した真の正義。天霧遥、《処刑刀》の破壊的な計画を知っていながら、殺してでも阻止するという決意を感じさせない。そんなお前を見ているのは我慢ならん」

 

 未だに強い圧力を放ち続ける船曳。

 同時に、ヘルガは船曳のある姿を幻視していた。

 鉢金を額に巻き、返り血によって赤黒く染まる浅葱色のベスト。打刀からは血が滴り落ちている。

 その姿は第二期新選組時代の船曳の姿。

 

「正……」

 

 この場に放っている圧力は星猟警備隊に入隊したての頃に放っていた殺気の類である。

 

「それでもなお、お前の剣で《処刑刀》を追うというのなら……」

 

 右足を踏み出し、深く腰を落とす。垂直に立たせた打刀を水平に構え直すと、向ける剣尖の先に遥を捉え、右手を打刀の峰へと添える。

 

「お前のすべてを否定してやる」

 

 牙突の構え——。

 力で遥の暗部隊入隊を認めない姿勢である。

 

「正! もう十分だ!」

 

 これ以上戦わせる意味はない。遥は他の入隊希望者と同じく試験を受ける身である。頭部に傷を負った為、後遺症の心配もある。

 だが、これ以上、船曳を刺激すべきではないというのがヘルガの思いである。

 ——正を、人斬りとしての呪縛から解き放ってほしい。

 ヘルガは船曳を星猟警備隊に迎えるにあたり、この頼みを第二期新選組の局長、船曳猛から受けた。

 様々な手段を尽くして、船曳を始めとした第二期新選組出身の隊員達を人斬りの呪縛から解放しようとした。だが、肝心の本人達が人斬りであることを是としている。世界がまだ安寧の為に人斬りを必要としているからである。

 

「大丈夫です。ヘルガさん。続けさせてください」

「ちょ! 姉さん!」

 

 未だに出血は止まらないが、遥は綾斗を押し退け、ヘルガの前に出ると船曳の前に立った。

 

「姉さん! 危険だよ!」

 

 綾斗は船曳の圧力を危険視し、遥に戦いを止めるように乞う。

 

「遥、今の正は危険だ。それに浅くても頭部の傷は後に重症化する危険もはらんでいる」

 

 ヘルガは船曳の人斬りとなった状態を知っているからこそ、遥に戦いを続けさせないように言葉をかけるが——。

 

「お願いします。続けさせてください」

 

 二人の、そして戦いを見守っている他の人物の心配を他所に、遥は船曳と対峙しようとしている。

 

「何か、見える気がするんです」

 

 そんな確信にも似た直感が、遥を突き動かしていた。

 遥の視線は鋭く、船曳以外を視界に入れていない。

 

「……3分、いや2分だ。それ以上は許可できない」

「ヘルガ警備隊長!?」

 

 頭部の傷という懸念はあるものの、こうなった人間は簡単に止めることができないことはヘルガの人生経験で理解している。

 だが、誰よりも姉を想う綾斗からはヘルガの言葉に驚愕するしかない。

 

「天霧君、危険があったら私が介入する。だから……、今は見守ろう」

「そんな……」

「それに、今の彼女を止めることができないと、弟である君も分かっているんじゃないか?」

 

 確かに、綾斗も今の遥にどのような言葉をかければ良いのか悩んでいた。船曳に対峙している姉の姿は幼き頃に綾斗と紗夜を相手にしていた優しき顔ではない。今まで見たことも無いような、まさしく剣客の顔をしている。

 だからこそ、止める言葉が浮かばなかった。今はただ、姉の無事を祈るだけである——。

 

「——ふぅ、はぁ」

 

 呼吸を整え、煌式武装を中段に構え直す遥。右目は頭部から垂れてきている血で見にくい状態だが、左目でしっかりと船曳を捉えている。

 先の一撃は虚をつかれた形だったが、今度は見逃さない。対峙しているのは《処刑刀》に匹敵する強者。軽い気持ちで臨む相手ではない。

 

「行くぞ」

 

 打刀の剣尖が若干下がる。

 遥は船曳の動きを注視。自ら打ちに行かず、あえて受ける態勢。

 船曳が左足を強く踏み込むと一直線に遥に向かい、牙突を繰り出した。

 

「ッ!」

 

 迫る打刀に突きを合わせ、軌道を逸らす。

 

(次、斬り技!)

 

 返し技を打たず、次の攻撃に備える遥。

 予測通り、逸らした突きから左片手で横薙ぎが襲いかかる。煌式武装で受けるが、片手にも関わらずに重い一撃である。

 牙突の一連の動きを初見で抑えた遥は見事だが、そこで終わる船曳ではない。受けに徹する遥に猛攻を仕掛ける。

 識の境地を船曳だけに絞り、繰り出される斬撃を予測し、確実にいなしていく。

 攻撃一辺倒の船曳であるが、その一撃は洗練され、まさしく相手を殺すために鍛え抜かれた剣技である。半端な返し技を打ち込んでも容易に防がれるだろう。攻勢の中にも防御に移れる姿勢が垣間見える。

 しかし、防御に移れる型ができていても、遥には確実に一撃を与えられる船曳の間を見出していた。そこが船曳の付け入る隙だと考えられるが——。

 

(そこに飛び込んだら、終わり)

 

 遥の剣客としての直感がそう告げている。

 平晴眼の構えの時と同様。船曳には打ち込める間合いができている。あまりにも力量差が離れていれば、その間合いを見つけることはできないだろうが、遥や綾斗、綺凛クラスの剣客であれば、その間合いを見出すことはできるはずだ。

 しかし、遥はその間合いには飛び込まない。それを徹底している。

 

(飛び込んでは来ないか——)

 

 そう思うのは船曳。

 遥の直感が警告しているように、その間合いは船曳が意図して作り出している間合いである。

 状況は違うが、以前この間合いに飛び込み、船曳の術中に嵌った者がこの場に存在する。

 その人物は綺凛。その時は攻めるのが綺凛、受けるのが船曳という構図で、船曳が作り出している間合いに綺凛が飛び込み、結果として千羽切を指先で止められるという極芸を見せつけられた。

 もし船曳が綺凛を殺すという思いであったなら、その時に綺凛は船曳に斬り伏せられていただろう。

 言うなれば、その間合いは船曳の“殺し間”である。

 ——刺し違えても相手を殺す。

 それが第二期新選組時代に叩き込まれた船曳の剣術の根幹である。

 

「きあっ!」

 

 気合と共に打刀を斬り払う。それを受け流した遥がバックステップを踏んで後退。

 

「ふぅ」

 

 遥が煌式武装を上段に構える。

 同時に、船曳も左手を頭上に上げ、下がる刃を下から支えるように右手を峰へと添える。

 

「あの構え——」

「正真正銘の牙突」

 

 船曳と《処刑刀》の対決を見ていた学生達が船曳の構えを見てそう呟いた。

 

「…………」

 

 その呟きは遥の耳に入らない。一瞬でも気を抜けば初撃と同じ轍を踏む。身を持って分かっているからこそ、遥の注意は船曳だけに絞られている。

 

(突き、斬り技、怪しい間合い。全部乗り越えて、一撃で——)

 

 遥が見出した勝ち筋は一撃で船曳を仕留めること。

 時間をかけることはできない、攻勢に出ても船曳の防御は崩せない。感覚的にそう悟っていた。狙いは船曳の攻撃に合わせてカウンター。

 

「——」

 

 船曳の筋肉が収縮したのを感じ取る遥。

 ほぼ同時に船曳が踏み込み、上段に構えた打刀の剣尖を遥に向けたまま飛び込んでくる。そのまま打刀を突き下ろすと思った突如。

 船曳が上空へと飛び上がった。

 

「牙突・弐式!」

 

 位置効果を利用して突きの威力を高める牙突。高さが高ければそれに伴って威力と速度は上昇する。

 更に一直線に突進してくると見せかけ、上空へと飛んで防御のタイミングをずらされた相手の隙に目掛けて突き下ろすこともできる。

 初見で牙突を抑え込んだ遥でも、カウンターを打ち込むタイミングをずらされれば返し技は放てない。

 煌式武装を打刀に合わせるか、それとも回避するか——。

 逡巡した遥は後者を選択。

 

 ドゴッ!!

 

 遥を捉えられなかった牙突がトレーニングルームの床を穿ち、小さなクレーターできた。

 憮塵斉との対決で見せた時と同様、驚異の破壊力である。

 

「ッ!」

 

 視線を上に向ける船曳。

 その先には上空へ飛んだ遥の姿。船曳と同様、上段から打ち下ろす構えである。

 船曳は即座に牙突の構えを取る。硬い床を穿ったにも関わらず、新調した打刀に刃こぼれは見受けられない。

 

「牙突・参式!」

 

 そのまま上空へ飛び、煌式武装を振り下ろそうとしている遥を打ち落とす対空迎撃の牙突を繰り出す。

 

「はぁぁ!!」

 

 上空で両者が交錯。硬い物質を打ち合ったような鈍い音がトレーニングルームに響く。

 

「くっ……」

 

 床に降り立ち、膝を折ったのは遥、左肩に裂傷を負う。

 

「…………」

 

 遅れて床に降りた船曳、しかし、船曳の着ている白いワイシャツの胸部が赤く滲んでいる。

 深くはなくとも、遥の一撃を受けたが、その佇まいはダメージを感じさせない。

 

「はぁ——」

 

 呼吸を整えた遥は足に力を込め、再度船曳に対する。

 それを見た船曳も牙突の構えを取る。今度は通常の構え。

 

「次で結果がどうなろうと終わらせる」

 

 ヘルガの呟きを聞いた七人が遥と船曳を見る。傷の度合いを見れば明らかに遥の劣勢。それでも、遥の実力を知っている綾斗と紗夜はここから遥が逆転することを信じている。

 

「ふぅ——」

 

 瞑目した遥。それでも、識の境地によって船曳を捉えている。

 剣尖を遥に向けた船曳が左足を踏み込んで突進。今度は一直線に牙突を放った。

 

(突き)

 

 迫る打刀の剣尖に突きを合わせ、軌道を逸らす。

 

(斬り技)

 

 息をつく間も与えずに迫る横薙ぎをいなした突如——。

 

(ここ!!)

 

 大きく目を瞠った遥が渾身の一撃を船曳に打ち込んだ。

 天霧辰明流剣術極伝が一“(つごもり)”。

 知覚範囲を極限まで相手に集中させ、正確無比のカウンターを叩き込む天霧辰明流剣術の極伝。

 船曳の殺し間を作る時間を与えない絶妙な間で放った一撃。躱すことも防ぐことも船曳にはできない。

 瞠った遥の目と船曳の目が合う。

 

 その瞬間——。

 

(!?)

 

 遥の視界には牙突を打ち込んだ船曳の姿。

 そして、突き込まれたのは遥の胸の中心。冷たい打刀と、刺された熱い感触が遥を襲った——。

 

「はっ!?」

 

 そんな幻覚を見た——。

 その突如、遥の全身に悪寒が走り、膝から崩れ落ちた。

 

「見事だ」

 

 顔面の前で寸止めされた煌式武装を右手で払った船曳が目の前で崩れ落ち、脂汗を流しながら呼吸を乱している遥に向けて称賛の言葉を送った。

 

「負けた」

 

 船曳が遥へ向けて敗北宣言。

 その言葉を聞いた遥が驚愕の表情を浮かべて船曳を見上げる。

 

「——」

「えっ?」

 

 打刀を鞘に納めながら、小さく呟いた船曳。その呟きを聞いた遥が疑問の声を発するが、遥の疑問に答えることもなく船曳はヘルガのもとに向かっていった。

 船曳が離れると同時に、綾斗、ユリス、紗夜、クローディア、シルヴィアが遥のもとへ駆け寄った。

 

「正」

「報告、天霧遥、暗部隊適性無し、だが、他の部署ならどこでもやっていけるだろう」

 

 ヘルガが持っていたネクタイとジャケットを奪い取るように掻っ攫い、ワイシャツに染みた血が極力見えないように身に着けながら遥の実力を報告する船曳。

 最後に打刀を刀袋にしまうと、足早にトレーニングルームから去っていった。

 

「適性無しなんて負け惜しみ、ハル姉の完勝だった」

 

 直後、紗夜が船曳の遥に対する評価をまるで捨て台詞だと言わんばかりに批判する。

 

「完勝とは言えないと思うが、あの男に負けを認めさせるとはさすが綾斗の姉君だ」

 

 紗夜とは対照的に、戦局を分析したユリスが遥を称賛する。

 

(違う……)

 

 綾斗やクローディアも遥へ船曳を負かした事実を称賛しているなか、その輪に加わることなく、その場で船曳と遥の立ち合いを見ていた綺凛が胸の中で呟いた。

 

(最後の一撃、遥さんが返し技を打ち込むほんの一瞬、感じたことがない強い剣気を船曳さんが放った)

 

 綺凛は本当の勝者は船曳であると確信していた。

 なぜそう思えたのか、と問われれば、船曳が残した言葉を遡っていけば答えは出てくる。

 船曳が遥を殺すつもりであったのであれば、あの一瞬の間合いで何かが起こり、船曳の打刀が遥を斬り伏せていただろう。

 綺凛は自身の両手を見つめる。両手には汗が滲み、小さく震えている。

 

(超えたい)

 

 その手が表わしているのは恐怖ではなく、闘志であった。

 

(超えたい、あの人を、船曳さんを!)

 

 綺凛にとって綾斗は常に隣に寄り添いたい存在。対して船曳は剣客として超えたい存在。

 2年前、手も足も出せずに完敗した相手、成長したと実感しても、先の立ち合いを見て、まだ船曳の背中は遠い存在だと認識した。

 それでも、綺凛の胸中にある剣客としての炎が激しく燃え上がっていた。

 

「姉さん、お疲れ様」

 

 タオルで遥の頭部を押さえながら、綾斗が遥へねぎらいの言葉を掛ける。

 

「…………」

「姉さん?」

 

 しかし、どんな言葉を掛けられても、遥は無言のまま。

 

(……やられた)

 

 遥の胸中は、最後の一瞬の出来事を思い返していた。

 最後の一撃、船曳と視線が合った直後、強烈な殺気と剣気が遥を襲い、船曳の打刀で刺し穿たれた自身の未来を幻視させられた。

 感じたことがない感覚が遥の生存本能を襲い、振るった煌式武装を止めさせられたのだ。

 

(強くて……、“優しい”人だったなぁ)

 

 だが、恐ろしい体験をさせられたなかでも、遥は最後に船曳を優しい人だと認識していた。その理由は最後に小さく呟かれた言葉である。

 

「…………」

 

 ヘルガは船曳の姿を見送った後、トレーニングルームの全体を見ていた。

 そんななかで注目していたのは遥のもとに駆け寄らなかった綺凛である。

 遥と綺凛同様、ヘルガも本当の勝者を理解していた。船曳から発せられた殺気を感じ取った瞬間にとっさに片足を踏み出していたのだ。万が一に備えて戦闘に介入できるように。

 

(あの一瞬の間合い、出来ることは限られている。考えられるのは……、正の“零式”)

 

 船曳の奥の手。

 その存在は知っているが、直接目にしたことはない。零式は間合いのない密着状態から繰り出す牙突だという。

 そして、去年に起こった星猟警備隊隊員無差別殺傷事件の犯人が船曳の牙突を受け、上半身と下半身がまるで引きちぎられた状態で船曳に倒された。

 その時の船曳は両太腿に深い傷を負っていた為、十分な踏み込みができる状態ではなかった。だが、犯人は胸に打刀を刺しこまれた状態で壁に上半身を磔にされ、防いだと思われる盾も真っ二つに割られていた。十分な踏み込みができないにも関わらずに——。

 

(疑問は尽きないが、他人の奥の手を探るのも無粋か……)

 

 ヘルガは思考を止めて遥のもとにゆっくりと歩み寄る。

 

「正を相手によく戦った」

「むっ、警備隊長。その言葉だとまるでハル姉があいつに負けたような口ぶり。依怙贔屓は良くない」

「間違ってないよ紗夜ちゃん。間違いなく、私はあの人に負けた」

「えっ? 姉さん、どういうこと?」

 

 遥の言葉に、状況を理解できなかった学生を代表して綾斗が遥に問いかける。

 

「最後の一瞬の間合い。ですか?」

「そうだよ、さすがだね」

 

 最後に歩み寄ってきた綺凛が答えを出したが、その答えの本質がまだ見えてこない。

 

「もうちょっと、具体的に言ってくれないかな? 姉さん」

「あの一瞬、私は船曳さんの強い剣気と殺気に当てられて、殺された幻覚を見せられた。本当に船曳さんが私を殺すつもりだったなら……、あの時に私はやられていた」

「そんな……、あの一瞬は姉さんが完璧に船曳さんを崩していた。返し技を打てる時間なんてなかったはずだよ」

「うん、私も完璧に崩したと思った。でも、本当の斬り合いだったら、私が負けていた。それに、船曳さんは力の半分も出していなかったと思うよ」

「なっ!?」

 

 遥が発した言葉にヘルガを除いた全員が驚愕の声を上げた。

 

「分かったか」

 

 感心したような口調でヘルガはそう言った。

 

「船曳さんは、最後まで“星辰力を使うことはなかった”」

「ッ!?」

 

 《星脈世代(ジェネステラ)》であれば戦闘する場合、必ず使用すると言ってもいい能力である。

 船曳も《星脈世代》であるが、高い剣技と牙突の存在によって、その存在が霞んでしまっていたのだ。

 

「正の星辰力操作力の水準は高い。だが、正は第二期新選組の頃から星辰力を使うことはあまりしなかったそうだ。正いわく『生まれ持ちの力にうぬぼれて心技体のイロハを学ばない阿呆は長生きしない』そうだ。だから正は星辰力を軸とした戦闘をすることは基本的にはない」

「警備隊長は、船曳さんが星辰力を使ったところを見たことがあるんですか?」

「最後に見たのは去年、正が《処刑刀》を相手に絞め技をかけていた時だ。あの戦闘を見た者は覚えているだろう? だが、正が刀を持った状態で星辰力を使っている場面は私も見たことはない」

 

 ヘルガにとっても、未だに多くの謎を秘めている船曳の存在。それでも、六花を守る星猟警備隊の隊員として全幅の信頼をおいていることに変わりはない。

 

 

 

 

 時の移ろいは思っているよりも早いもの、星猟警備隊と銀河が高度な政治的な取り引きを行い、共に《処刑刀》と《ヴァルダ・ヴァオス》を追うという同盟を結び、綾斗と遥を含めたメンバーもそれぞれが目的のために動き始めた。

 その同盟の中に、船曳が率いる暗部隊は存在していない。理由はもちろん、銀河と手を組むことを是としなかったからだ。

 それでも、独自に動く暗部隊の動向はヘルガに伝えられ、間接的な同盟関係を築くことになっていた。

 様々な思惑が渦巻く中、《王竜星武祭(リンドブルス)》に向けて時計の針は動き出していく。

 

 




ここでもう一度、筆を置かせていただきます。

この作品や他に進めていた作品も始めはオルトネア氏からやろうよという持ちかけから始まったのですが、なんの話もなく突然執筆活動を辞めると言いだし、トラブルになりました。

僕自身も感情的になったのですが、なんの相談もなく突然言われた為、創作に使った時間や熱意を踏みにじられたと僕自身は感じました。

あまりこの話はしたくなかったのですが、今回の件でかなりメンタルダウンしました。これ以上、続きを書けるという保証もできません。

それでも、いつかまたやりたいなと思える日が来たら、いつでも進められるように、終話とさせていただきます。

感想、評価、よろしくお願いします。

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