学戦都市アスタリスク 壬生の狼   作:PS

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文字数に制限は設けていません。話数によって長い短いが出てきます。


第一話 少女誘拐事件

 季節は夏、六花では《星武祭(フェスタ)》のタッグ戦、《鳳凰星武祭(フェニクス)》が開催され、世間は《鳳凰星武祭》の熱気が最高潮に達しようとしている。そんな中、星導館学園から停学処分を受けた男、船曳正は六花にある居住地でパソコンのキーボードを叩いていた。

 衣服は島外から持ってきた甚平を身に着け、開けた窓から通る風が風鈴の音を心地よく奏でていた。

 しかし、現在は星猟警備隊(シャーナガルム)による行動監視が行われている為、1LDKの住まいの各所に監視カメラ。更には左足に無断外出した際に警告音が鳴る小型のGPSが取り付けられている。その様は刑務所に服役中の囚人である。

 

「ふぅ、んっん~」

 

 猫背になっていた背筋を伸ばすと身体からパキッ、ポキッと小気味の良い音が鳴る。しばらくデスクワークに没頭していた為に身体が凝り固まっていた。

 リビングに拵えたコンパクトな作業スペースからベランダへと足を向け、そのままベランダへと出る。途端、左足から警告音が鳴る。

 

「風情のかけらもないな、気持ちよく一服もできん」

 

 耳障りな警告音が風鈴の奏でる音色をかき消すことに不快感をあらわにしながらも、船曳はくわえたタバコに火をつけ、ベランダから見える六花の景色を見る。

 

「ほぅ、うちから四強に入ったのが二組か、存外、当たり年か」

 

 ベランダから見えるのは大型ヴィジョンに映し出された《鳳凰星武祭》準決勝の対戦カード。船曳はテレビ中継もされる《星武祭》を全く見ていない。行われた対戦結果や対戦カードはベランダから見える大型ヴィジョンで確認する程度にしか興味を持たない。

 今年の《鳳凰星武祭》の対戦カードの確認を終えると視線をベランダから見える全貌を見る。そこから見えるのは六花の中央区。船曳の居住地は六花の中央区を一望できる一等地に居を構えていたのである。

 本来は統合企業財体の役員などが住むような場所に一介の学生が一人で住んでいる時点でこの男の素性が疑われる。

 

「ん?」

 

 自身の携帯端末に一通のメッセージが届く。

 内容を確認すると手早くくわえていたタバコをベランダに備えている灰皿へと押し付けて火を消す。

 ベランダから部屋の中へ戻り、身支度を整えると一直線に玄関へと向かう。目線を玄関に備えられている監視カメラにやると数秒ほどレンズを睨めつけ、扉を開けて外へと出る。左足のGPSは鳴らないままだった。

 

 

 

 

 時は準決勝第二試合終了後、場所は《鳳凰星武祭》出場選手の控室内、準決勝でアルルカント・アカデミーの自律式擬形体(パペット)ペアに敗れた刀藤綺凛と沙々宮紗夜の控室には決勝戦進出を決めた天霧綾斗とユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト、並びに星導館学園生徒会長、クローディア・エンフィールドを加えた五人が重たい空気を作り出していた。その原因は数分前にユリスの携帯端末から流れてきた脅迫だった。

 

『《黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)》の緊急凍結申請をしろ、ただし警備隊や《鳳凰星武祭》を棄権した場合、彼女の身の安全は保証しない』

 

 ユリスの携帯端末に連絡をしたのはフローラ・クレム。ユリスの出身地、リーゼルタニアの王宮にメイドとして使えている少女。しかし、携帯端末から発された声は変声期で声を変えた誰ともしれぬ声。

 その声から綾斗とユリスにフローラを誘拐したこと、解放してほしければ《黒炉の魔剣》の緊急凍結申請を行い、なおかつ決勝戦には出場することを一方的に要求して連絡を絶った。

 それがこの場の雰囲気を作り出していた要因だった。

 

「私達でフローラを助け出す、それならば何も問題はない」

 

 フローラ救出の為、綾斗とユリスが《黒炉の魔剣》の緊急凍結申請を行おうと話が進んでいた時、準決勝で敗れた紗夜から自身と綺凛でフローラを救出すると提案した。

 

「なるほど、要求を呑んだことを装いつつ、その間にフローラを救出できれば……」

 

 何やら思案するクローディア、考えがまとまると控室内に座っていた席から立ち上がり、静かに声を発する。

 

「一つ、案を思いつきました」

 

 数分の議論の末、クローディアの妙案を受け入れた五人は行動を開始した。

 

 

 

 

「さて……」

 

 側で倒れ伏した少女に目を向けると、その口に布を噛ませる。

 その少女は先程ユリスの端末へ連絡をしたフローラ・クレム、その少女に布を噛ませた男はフローラを誘拐した張本人。レヴォルフ黒学院の諜報工作機関『黒猫機関(グルマルキン)』に所属している男である。

 男は誘拐したフローラを根城にしている六花の再開発エリアにある廃カジノ地下の遊技場の大きな柱に括り付けた。その時――。

 

「おい、何をしている」

 

 地下の遊技場に響く小さな声。人の気配に敏感な黒猫機関の男は人の気配を全く感じ取れていなかった為に驚愕し、声がした地点に視線を向ける。

 

「警備隊!」

 

 顔は柱の影で隠れて見えなかったが、身につけていた衣服でその者がどのような存在か察する。

 この六花で警察権を持っている星猟警備隊の制服を身に纏っている人物がこの場に存在していた。

 

(あの二人が連絡した? いやありえない、さっき連絡したばかりだぞ、まさか最初から待ち伏せされていたとでもいうのか!?)

 

 思考の海に沈む黒猫機関の男に星猟警備隊の制服を纏った者は動揺を隠しきれていない様を嘲笑うかのように再び声を発した。

 

「いや、愚問だったな、先程の脅迫はすでに聞いた。少女誘拐、極めつけは虐待だ。なら俺がすることはわかっているだろう」

 

 薄ら笑いを浮かべながら星猟警備隊の制服を纏った者は未だに動揺している黒猫機関の男の方へ歩み寄り、姿の全貌を現した。

 

「お前は!」

 

 そして再び驚愕。

 

「お前は、星導館から停学処分を受けた男! どうして貴様がここにいる!」

 

 全貌を現した者に黒猫機関の男は声を荒げる。

 星猟警備隊の制服を纏った者は星導館学園より停学処分を受けた男、船曳正であった。

 

「知る必要はない、それにしても、六学園の中でも特に秘匿性が高いと噂されている黒猫機関がこの体たらくとは――、密偵としては三流以下だな」

 

 なおも罵倒していく船曳。

 

「貴様がどうしてこの場にいたかは定かではないが、見られた以上は仕方がない。排除する!」

 

 得物を構え、虚勢を張りながらも黒猫機関の男は思考を落ち着かせ、目の前に現れた男の情報を引き出していく。

 

(私闘で殺傷性の高い攻撃を行ったことで停学となった。それだけしか情報はないが、危険性が高い攻撃力を持っていることはわかる。そして戦った相手はあの刀藤綺凛、それだけでこの男は油断ならない)

 

 停学処分者が星導館学園から公表されたのは周知の事実であるが、各学園の諜報工作機関は一体誰と戦い、そのような攻撃を行ったのかは深くは探らずとも調査はしていた。

 その相手は今や星導館学園を代表する選手となった刀藤綺凛であった為、各学園の生徒会役員や諜報工作機関の工作員達はこの船曳正という男を多少の差はあれど警戒していた相手だったのだが、身柄は星猟警備隊が監視しているということも同時に公表されていた為、今の時期になっては記憶の片隅に追いやられていた。

 しかし、現実はなぜか監視しているはずの星猟警備隊の制服を纏って男の前に現れていた。

 男に冷や汗が伝う、一体どんな攻撃を仕掛けて来るのかはわからないからだ。

 その時――。

 

「んっ! んっぅぅ!!」

 

 突如、黒猫機関の男の後ろから言葉にならない声が聞こえた。誘拐されたフローラが意識を取り戻したのだ。

 それを位置的に見えていた船曳はフローラを落ち着かせるような声音で声をかける。

 

「安心しろ。すぐに片付ける」

 

 声を発しながらいつぞやの戦いのように船曳は持つ杖から仕込み刀を抜刀し、素早く綺凛を倒した時と同じ左片手一本突きを繰り出す構えを取る。

 黒猫機関の男は船曳の構えを見ると、自身の勝利を確信した。

 

(人質を盾にして影から攻撃していれば恐れることはない!)

 

 剣士として超一流の刀藤綺凛を下した者がどんな攻撃を仕掛けてくるのかを警戒してみれば、ただ剣を構えただけ。

 ならば単純な剣術のみであの刀藤綺凛を倒したのだと考えた。それでも相当な腕利きであることは変わりないのだが、そんな考えに行き着いて男は緊張を弛緩させた。

 

「そこを動くな、少しでも動いたらこいつの身の安全は――」

 

 それが命取りだったとも知らずに――。

 

(なに!?)

 

 男の目に映るのは剣を持っていた左腕を伸ばした船曳の姿。いつの日か刀藤綺凛が見た光景と同じである。

 そしてその後に起こることは――。

 

「ぐあッァァ!!」

 

 右肩をから発せられる強烈な痛み。

 刀藤綺凛との戦いの時とは比べられない程の踏み込みで船曳は突きを繰り出した。

 船曳はその一撃で右肩を粉砕する思いで突きを放ったのだが――。

 

 バキンッ!

 

 いつかの戦いの再現か、船曳の突きが敵の右肩を穿ち、後方へと押しやった途端にまたしても仕込み刀を折れた。いや、今回は砕けた。

 男は吹き飛ばされると壁を陥没させ、磔状態にされた。

 

「チッ、本当に改良を加えたのか?」

 

 仕込み刀が砕けたとわかった船曳はすぐに右足に力を込めて停止すると舌打ちを一つ打ち、自身の左手に握られている得物を見遣る。

 いつかの戦いの時は刃が折れた程度だったが、今回は柄の先に僅かに刃の部分を残しただけで、折れた先端部分には罅が入り、ボロボロになっていた。

 

「…………」

 

 船曳は無言で壁に磔状態にした男の状態を確認するべく足を向ける。まずは生死の判断をするべく、首の脈を確認する。

 両手には星猟警備隊の制服を着用する時は薄手の白い手袋を着用している為、身体に指紋は残らない。脈に手をやると鼓動は感じる為、殺してはいないようである。最も、右肩とその周辺は見るには耐えないのだが――。

 そして船曳は視線を後ろへと向ける。まだ年端もいかない少女にこんな光景を見せるわけにはいかない。

 幸いにもフローラは柱に括り付けられていた為、柱の後ろで起こった出来事は目には入らなかったようだ。

 ため息一つ吐くと船曳は携帯端末を取り出し、ある人物へ通話を入れる。ワンコールが鳴り終える前に通話状態へと移行した。

 

「被疑者無力化、重症だ、医療部隊を手配しろ、場所は予想通りだ、すぐに来い」

 

 それだけ言うと一方的に通話を切る。ただ起こった事象を伝えた素っ気ない言葉だが、それだけで相手には伝わる内容である為、船曳はすぐに次の行動に移る。誘拐されたフローラへの対応だ。

 

「んっ! んぅぅ!」

 

 フローラの前へと姿を見せるとすぐに目線を合わせるように膝を折る。

 フローラの顔には明らかに怯えの色が浮かんでいる。噛ませている布を取ると騒ぎ出しそうな為、船曳はまずフローラを落ち着かせる行動に出る。

 

「しー」

 

 右手の人差指を唇の前へと持ってきて擬音を発する。フローラはその仕草を見て少しずつ落ち着いてきたのか、コクコクと首を上下に動かす。

 

「よし、偉いぞ」

 

 その仕草を見て落ち着いたと判断すると、一つの動作に褒めの言葉を掛け、右手で頭をそっとなでてやる。

 初めはキョトンとした様子だったが、やがてくすぐったいのか、目を細める。

 

「まずは口に巻かれた布を外す、いいね」

 

 コクコクとまた上下に首を動かすのを確認すると、偉いぞと声を掛けて口に噛ませられた布を外す。

 

「ぷはっ、あっ、ありがとうございます!」

「まだだ。次は拘束している縄を外す、いいね」

「あいっ!」

 

 舌足らずな了承の言葉を受け取るとまた偉いぞと声を掛け、今度は右手でそっと頭をなでながら立ち上がる。

 右手をフローラの頭から離し、両腕を拘束している縄に星辰力(プラーナ)で強化した手刀を打ち込むと縄が切れる。手に絡まっている縄から手を完全に開放してやると、再び目線と同じ高さに合わせて膝を折る。

 

「どこか痛くはないか?」

「あいっ! 大丈夫です! あのっ! 助けてくださって――」

「礼はいらない、任務だからな」

 

 フローラの言葉に被せるように礼を遮る、そしてまた右手を頭にやり、そっとなでる。

 

「それと、済まなかった。怖い思いをさせて」

「い、いえ! お兄さんは悪くありません! フローラがっ! フローラがっ!!」

「大丈夫、もう大丈夫だ」

「うっ、うぅぅ、うあぁぁぁ!!」

 

 堰を切ったように泣き出し、抱きついてくる少女をしっかりと受け止める。怖くないはずがない、よく耐えたものだ、と声を掛けながら右手で頭をなで続ける。

 それから程なくして星猟警備隊の隊員が到着し、無力化した男の引継ぎを手早く済ませ、廃カジノ前に止めた車両で星猟警備隊本部へと連行した。

 男への対応をしている所を見せないように船曳は気を配っていたのだが、対応中はずっと自身の胸の中で泣き続けていた為、その気遣いは杞憂に終わった。

 その後、泣き止んだ少女と手を繋ぎながら地上へと戻ってくると視線を空へと向ける。廃カジノに入った時にはまだ青空が広がっていた空はすでに夕焼け空へと変わっていた。

 

「お兄さん?」

「ん? ああ、ごめんね、さっきも言ったけれど、少し俺に付き合ってもらうことになる。いいね?」

「あいっ!」

 

 いい子だ、と声を掛けると歩き出し、待機していたもう一台の星猟警備隊の車両に乗り込む。後部座席に二人で乗り込むと向い合せで座り、一人の隊員が車両の助手席に乗り込むと星猟警備隊本部へ自動運転で走り出した。

 

「さて、まずは本部に着く前に少し質問をするから正直に答えてくれ、記憶が曖昧な部分は答えなくても大丈夫だからね」

「あいっ!」

「いい子だ、じゃあまずは名前と年齢、所属学校を教えてくれるかな?」

「フローラ・クレム、10歳です! アスタリスクの学校ではなくリーゼルタニアから参りました!」

「そんなに緊張しなくても大丈夫だ。それにしてもリーゼルタニアからか、遠くから来たんだね。では保護者と同伴かな?」

「いえ、一人で参りました、姫様の応援に!」

「一人でか……、それと姫様? 応援?」

「あいっ! 《鳳凰星武祭》に出場していらっしゃる姫様の応援です! あっ! そうですっ! 姫様に連絡しないと!」

「待ってくれ、それも含めて俺達の任務だ、事が重大だからな」

 

 慌てて携帯端末を起動しようとするフローラを宥める船曳。

 

「あぅ、すみません、ご迷惑を」

「大丈夫だ、だからまずは落ち着いて俺の質問に答えてくれ」

「あいっ!」

「いい子だ、ではさっき姫様と言ったけれど、名前は言えるかな?」

「あいっ! ユリスお嬢様です! ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトお嬢様です!」

「少し待ってくれ」

 

 フローラから聞き出した姫様と言われた名前に検索を掛けるとすぐに情報が開示される。そしてある一文を見て頭を抱えたくなった。

 

(俺の後輩か)

 

 この男、星導館学園から《鳳凰星武祭》の準決勝に二組が入り込んだのは知っていたが、名前まで確認していなかった為、調べた情報から見つけた星導館学園高等部所属の文字を見つけると眉間に皺を寄せた。

 そしてもう一文、彼女はリーゼルタニアの第一王女という記載があった。

 

「フローラさん、先程ユリスお嬢様と言ったけど、もしかして君はその人の親戚かな?」

「いえ、フローラは王宮に使えています!」

 

 そういったフローラを船曳は少し観察するとすぐに合点がいった。

 これまでは特に服装などは気にしていなかったが、見るとメイドのような出で立ち。そしてなぜか頭には獣耳が立っていた。先程まで頭をなでてやっていたのだが、なぜ気づかなかったのだろうかと自身の他人への興味の無さを痛感してしまった。

 しかし、それよりももっと重要なことがある。

 

(よりにもよって王族か――)

 

 この事実であった。

 王族の関係者が六花に来た際に誘拐事件に巻き込まれたことを王族に伝えなければならないことが問題であった。

 六花の警察権は星猟警備隊が受け持っている為、王族の関係者を事件に巻き込んでしまったということは星猟警備隊の信用を失う事態になる可能性がある。

 船曳は捕えた犯人が怪しい動きをしていることは認知していたのだが、特に犯罪行為を行っていることはしていなかった為、要観察としていた。それが今回の事件に発展してしまったのだ。

 しかし、過ぎたことは仕方ないとすぐに頭を切り替える。事後処理は自身の管轄外なので、管轄する部署の働きに期待する。

 

「よし、わかった。じゃあ最後に、犯人に襲われた時のことは覚えているかな?」

「あっ、ごめんなさい、それは覚えていないです、いきなりのことだったので」

「謝る必要はない。さて、質問は以上だ。今日は星猟警備隊本部で保護することになるから、今日は少し窮屈な一夜を過ごしてもらうことになる。それと、各所への連絡は俺達が行うから、もうあれこれと考えなくていい、もう自分を責めるのは無しだ」

「あいっ! 本当にありがとうございます!」

 

 そう言葉を掛けると、船曳は座っていた座席に深く腰を落とした。

 

「あの、お兄さん」

「ん?」

 

 フローラからの呼びかけに視線を向ける。

 

「よろしければ、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

 この質問には絶対に答えてはいけない。

 なぜならこの少女に名前を伝えれば先程のユリス、そして星導館学園生徒会長のクローディアに停学期間中に外出したことが知られる可能性があるからだ。そうなってしまってはあのクローディア(女狐)から何をされるかわかったものではない。

 逡巡した船曳はこの季節なるといつも持ち歩いている物をスラックスのポケットから取り出すとフローラへ差し出す。

 

「ごめんね、立場上、名前を言うことは出来ない。だから、これで勘弁してほしい」

「これは?」

「塩飴だ。あんな場所にいたんだ、この季節、熱中症になったら大変だからね」

 

 フローラは塩飴を受け取ると包を破り、口の中へと放る。甘じょっぱい味を堪能しながら、ありがとうございますと一言、目の前の優しいお兄さんへ再び礼を言った。

 星猟警備隊本部へと到着した頃にはすっかりと日が落ちてしまっており、夏の夜空には綺麗な星が輝いていた。

 船曳はフローラを同じ車両に乗っていた隊員に預け、関係各所への連絡を任せると帰路についた。

 

 

 

 

 《鳳凰星武祭》決勝戦当日明朝、歓楽街(ロートリヒト)で誘拐されたフローラを捜索していた綾斗はマフィアに追われていた所を前回の《王竜星武祭(リンドブルス)》の準優勝者、シルヴィア・リューネハイムに助けられ、あるビルの屋上に立っていた。

 今は目の前で歓楽街のどこかに監禁されているであろうフローラの場所の絞り込みにシルヴィアの力を借りていた。

 シルヴィアが歌を歌い終える。歌を媒介にして様々なイメージを変化させる能力を有し、万能とまで言わしめる能力で持ってもたらされた結果は――。

 

「う~ん、このあたりにはいないみたいだね」

 

 その言葉は綾斗に重くのしかかった。

 

「そんな、それじゃあフローラちゃんはどこに――」

 

 その時、綾斗の携帯端末にユリスから連絡が入る。

 

「ユリス」

「綾斗! 朗報だ! フローラの居場所がわかった!」

「本当! フローラちゃんが見つかったの!」

「ああ! 先程王宮の者から連絡があった、どうやら警備隊がフローラを保護しているそうだ、フローラは警備隊の本部にいる!」

「良かった、それじゃあ決勝は全力で挑める」

 

 通話に紗夜が参加する。

 

「警備隊本部には私と綺凛が行く、二人は決勝に備えて身体を休めて」

「しかし沙々宮!」

「リースフェルト、相手は強敵、少しでも身体を休めて」

「綾斗先輩! リースフェルト先輩! フローラちゃんは私達に任せてください」

 

 紗夜の画面から綺凛が顔を見せ、力強く声を発する。

 

「わかった、フローラちゃんは二人に任せるよ。ユリス、休もう」

「ああ、二人共、頼んだぞ」

 

 そこで通話が終了する。

 

「良かったね綾斗君、これで決勝戦は全力で挑めるね」

「色々ありがとう、リューネハイムさん」

「ふふっ、私は大したことはしてないよ、それじゃ、私はこれで失礼するね。マネージャーにどやされちゃう」

「あっ、待って、良かったら連絡先を教えてくれないかな」

「えっ」

「あっ、あぁ」

 

 自身が何を口走ったかを察する綾斗。

 当然である。相手は世界の歌姫。その人物へ連絡先を教えてくれとは口説いているようなものだ。

 

「あっはは! そんな風にまっすぐに口説かれたのは久しぶりかも!」

「いやっ! 口説くとかじゃなくて! リューネハイムさんにお礼をしたいなって」

 

 必死に弁明を続ける綾斗。

 

「シルヴィでいいよ」

 

 そう言うとシルヴィアは自身のプライベートアドレスを綾斗へと渡す。

 

「じゃあ、頑張ってね、綾斗君。悔いのないように――」

 

 そう言い残すと、シルヴィアはビルの屋上から飛び降り、綾斗の前から姿を消した。

 それを確認した綾斗はシルヴィアから送られたプライベートアドレスを携帯端末へと登録すると決勝に備えるべく、行動を開始した。

 

 

 

 

 決勝戦終了後、星猟警備隊本部。

 

「姫様! 天霧様! 優勝おめでとうございます!」

「フローラ!」

 

 《鳳凰星武祭》決勝戦を制し、見事に優勝を果たした綾斗とユリスは表彰式終了後、すぐにフローラが保護されている星猟警備隊本部へとやって来た。

 

「綾斗、優勝おめでとう」

「綾斗先輩、リースフェルト先輩、優勝おめでとうございます」

 

 そしてフローラが保護されている星猟警備隊本部へとやってきていた紗夜と綺凛が続けて賛辞を送る。

 

「それから姫様、ご心配をお掛けしました」

「いい、お前が無事で本当に良かった」

「全く、警備隊はほんとに頑固」

 

 途端、星猟警備隊本部にいるにも関わらず紗夜が星猟警備隊に対して不満を口にする。

 

「本当はフローラと会場で決勝戦を見る予定だったのに、関係者じゃないと引き渡せないなんて」

 

 そう、当初紗夜と綺凛はフローラを星猟警備隊から引き取った後、すぐに決勝の会場へと連れて行く予定だったのだが、星猟警備隊からフローラの身柄の引き渡しを要求しても『身元関係者以外は引き渡すことが出来ない』と言われ続け、随分とご機嫌が斜めであった。

 

「でも姫様と天霧様の勇姿はしっかりと見届けました! フローラはとっても感激です!」

「まあ、フローラちゃんもこう言ってることだし、紗夜も機嫌直して」

「むぅ、綾斗が言うなら」

 

 渋々といった形で溜飲を下げる紗夜。普段表情の変化が乏しいが、声音からまだイライラが冷めていないことを察する綾斗は苦笑を浮かべる。

 

「それにしてもレヴォルフの奴らめ、姑息な真似を!」

 

 しかし、今度はユリスが不満を漏らす。

 今回フローラを誘拐した犯人は星猟警備隊が逮捕した為、犯人の素性はわかっていないが、クローディアから十中八九レヴォルフ黒学院の諜報工作機関、黒猫機関が関わっていると言われていた為、ユリスの怒りの矛先はレヴォルフ黒学院へと向いていた。

 

「フローラ、襲われた奴はどんな奴だった?」

「えっと、全身が黒い服装の人でした」

「それじゃわからんだろ!」

「でも姫様! その後すぐに優しいお兄さんが助けてくださったんです!」

 

 フローラはユリスに問われた犯人像を思い出そうとしたのだが、それよりも自身を救ってくれた星猟警備隊の隊員のことが印象に強く残っていた為、自身を誘拐した犯人のことはほとんど覚えてはいなかった。

 

「とっても強くて! とっても優しくて! フローラはもう一度あのお兄さんに会いたいです!」

「そ、そうか、フローラ」

 

 若干引き気味になるユリス、フローラがこんなにも目を輝かさて他人を褒めちぎっている姿を見ていると段々と怒りが静まっていく。

 

「あいっ! そうですね、確か姫様と同じくらいの身長の黒髪の男性で、刀藤様と同じような武器を持っておりました!」

「ふえっ! 私と同じ武器ですか?」

「あいっ!」

 

 なおもまくしたてていくフローラととっさに自身の名前を言われて驚く綺凛。どうやらフローラを救った星猟警備隊の隊員は日本刀を武器とした人物らしい、四人が思い思いの人物像を形成していく中、あっ! とフローラが声を上げ、ある場所へと走り出す。

 

「おっ、おいフローラ!」

 

 慌ててユリスが静止の声を掛けようとするが、フローラは星猟警備隊本部の一角にある『落とし物』と明記された場所へと走り寄ると一本のビニール傘を手に取った。

 

「おいフローラ、こんなところで走るんじゃない」

 

 ゆっくりとフローラが走り寄って行った場所に向かう四人。だがユリスから注意を受けてもフローラは自身を救ってくれた人物を自慢するように教えようとする。

 

「刀藤様と似た武器をこんな風に構えて、一瞬で悪い人を倒しちゃったんです!」

 

 そう語るとフローラは傘を左手に持ち、独特な構えを取る。傘を水平に構えると右手を中骨の中間あたりに添え、左足を引き、右足を前へと出して深く腰を落とした。

 それぞれが先程述べられた人物像にフローラが取った構えを取らせると、一人がある人物の姿形を完全に形成した。

 

「その構え……、船曳正さんですか!」

「ひゃっ!」

 

 珍しく大きな声を上げてフローラに詰め寄る綺凛。

 

「おい、綺凛」

「はうっ、す、すみません」

 

 ユリスに宥められ、すぐさま自身の行いを反省する綺凛。

 

「綺凛ちゃん、船曳正さんって誰?」

「星導館学園大学部に所属している生徒です、今は無期停学処分中になっておりますが」

 

 ふと、五人の背後から別の人物が声を発する。

 

「クローディア」

 

 その人物は星導館学園生徒会長、クローディア・エンフィールドであった。

 

「フローラさん、あなたを救ったお方はこの方ですか?」

 

 クローディアは自身の携帯端末に話にあがった船曳正の顔写真を表示させるとフローラへと見せる。

 

「あっ! この方です! このお兄さんがフローラを助けてくださいました!」

 

 その顔を見て目を輝かせるフローラ、対照的にクローディアは眉間に皺を寄せる。

 

「そうですか、この方ですか……」

「クローディア、誰だその男は。先程無期停学処分中と言ったが……」

「……皆さん、少しはニュースをご覧になってはいかがでしょうか? 今年度の初めに我が校から停学処分者が出たということは世間に公表しているのですよ」

「クローディア、なんでその人は無期停学処分になったの?」

星武憲章(ステラ・カルタ)の学生同士の闘争の基本はご存知ですか?」

「確か互いの校章の破壊を目的とすることだろう」

「はい、ですがこの方はその規則を破り、私闘で殺傷性の高い攻撃を行いました」

「そんな奴をなぜ退学にしなかったのだ!」

「本来なら即退学の運びとなる予定だったのですが、この方は万年序列外でありながらも高等部、大学部の学部成績、とりわけ専攻していた情報科学セキュリティ分野が非常に優秀でした。それも万年序列外にも関わらずに星猟警備隊から直々に卒業後は星猟警備隊への入隊を請われる程の――。そして彼は自身が行った過ちをすぐに学園、星猟警備隊双方に報告し、私闘を行った方への対処も迅速に行いました。当校としてはこの事態を反省して人生の糧とし、今後への成長を促すことを目的に無期停学処分、並びに星猟警備隊への卒業後の入隊も取り消しといった処置を取りました。そして、その私闘を行った人物は――」

「私、です」

 

 絞り出すように綺凛は言葉を零した。

 

「綺凛ちゃんが!」

 

 クローディアと綺凛、フローラを除いた全員が驚きの声を上げる。

 

「あの人は、船曳さんは、とても強い剣客でした。今の私が戦っても、勝てることはできないと思います」

「綺凛ちゃん、その人はどういう戦い方をして、一体どんな攻撃をしてきたの? それも殺傷性の高い攻撃なんて……」

「単純な剣術のみで倒されました。私の攻撃は全て見切られ、手も足も出せませんでした。殺傷性の高い攻撃というのは右肩を仕込み刀で貫かれた攻撃だと思います。私が受けた攻撃はそれが最初で、最後の攻撃だったので……」

 

 そう言って自身の左手を右肩へ置く綺凛。

 

「そんな人が居たの! でもなんでいままで序列外だったんだろう?」

「おそらく、船曳さんは序列や《星武祭》には興味がないのだと思います」

「綺凛ちゃんはどうしてその船曳さんと決闘したの?」

「決闘を申請したのは私からです。私が朝早く稽古をしていた所を船曳さんが見ておりまして、その時にこう言われました。『所詮は平和ボケした剣』だと。私はその言葉で頭に血が上ってしまい、決闘を申請しました。でも結果は完敗でした」

「でも決闘で綺凛に殺傷性が高い攻撃を行ったのは事実、綺凛は何も悪くない」

「悪い悪くないの話じゃないんです。私は、本当にただの一人の剣客として戦い、そして完璧に負けたことが今でも胸にわだかまりが残っています。それに、受けたのは剣術の中でも極めて殺傷力が高い突き技でしたから――」

「でも刀藤様! この人はフローラを救ってくださったんです!」

 

 この場の多くが船曳正という人物が悪い人物だと断定しようとしているのを感じ取ったフローラが綺凛の独白を遮って声を発した。

 

「あの人は優しいお方です! 決して皆様が思っているような悪い人じゃありません!」

「はいっ、そこまでです」

 

 ぱんぱんと手を叩き、クローディアが会話を遮る。

 

「ことがどうであれ、こうしてフローラさんが助かったのは事実です」

「それはそうだが」

「そして、今度は停学期間中の彼が外出していたことが問題です。彼の身柄はここにいる星猟警備隊の方々が預かっており、行動監視も実施されております」

 

 そう言うとクローディアは星猟警備隊本部内の隊員を一瞥する。

 

「もし彼が本当に外出していたのなら、それは本校が定める停学期間中の規則を破ったことになり、同時に彼を監視している星猟警備隊が疑われます」

 

 そう言うとクローディアは膝を折り、フローラと視線を合わせる。

 

「フローラさん、もう一度この人と会いたくはありませんか?」

「会いたいです!」

 

 その提案に即答するフローラ。

 

「エンフィールド先輩! 私も船曳さんに会いたいです!」

 

 それに便乗するように声を上げる綺凛。

 

「はい、元々、ここにいる皆さんで彼に会おうと思っていたところです」

 

 立ち上がり、それぞれの顔を伺ったクローディア。

 

「では後日、船曳さんの居住地へ赴くことにいたしましょう」

 




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