桜の花びらが舞い散る季節になり、新学期が始まる四月。六花では六校合同で三日に跨って行われる大学園祭が開催されようとしていた。
そんな一大イベントがまもなく開催されようとしているにも関わらず、星導館学園から停学処分を受けた船曳は、珍しくリビングのソファに腰掛け、今の時代には少なくなってしまった刀工の人生に密着取材するドキュメント番組を視聴していた。
実は船曳は警備隊による行動監視が実施されて外出も許されていない中、ある理由によって定期的に外出していた。だが、去年の夏に星導館学園生徒会長、クローディア・エンフィールド一行による居住地の訪問を受けてから今に至るまで一切の外出は行っていない。
日によっては大学部で使用予定の論文の作成も行ってはいるが、半年近くも部屋の中に缶詰状態になってしまってはやることも限られてくる。
そこで船曳は有料の動画配信サイトに会員登録し、暇を潰していた。
番組がエピローグを迎えると一服しようと思い、ベランダへと向かう。案の定ベランダに出ると左足のGPSから警告音が鳴るが、一年も共にすれば慣れたものだった。
「もう学園祭の時期か」
ベランダから見える大型ヴィジョンに映るのは大学園祭までの日数のカウントダウン。
「まぁ、俺には関係ないか」
残り日数も少なくなってきているが、学園側から停学処分の解除時期について、何一つとして連絡が来ていない。
ただ、仮に大学園祭が開催されても船曳はあまり大学園祭を楽しみにしているわけではない。学園に通っていた時も大学園祭の時期には、学生寮に籠もって過ごすことが常だったからだ。そのような日常を学生寮で過ごすか自身の居住地で過ごすかの違い。船曳にとっては《
そんなイベントのことなど頭の中から放り投げて日常を過ごしていると、ついに六校合同の大学園祭が開催された。六花の中央区に住んでいる船曳の部屋にも、大学園祭を盛り上げようと様々な催しが六花の商業エリアでも行われる為、昼夜問わず、うるさくて仕方ない。
来年のこの時期には学園寮に戻れることを願い、同時にさっさと大学園祭が終了することも願いながら日常を消化していると、大学園祭最終日の早朝に船曳の携帯端末に一通のメッセージが届いた。
「なに?」
船曳には定期的に色々な人物達からメッセージが届いている。最も、学園には友人と呼べるほどの交友関係を構築していない為、殆どが島外に住んでいる知人に限られるのだが――。
ただ、今回の差出人は船曳との関係が少し特殊な人物だった。その人物からも定期的にメッセージで。重要なことは音声通話で行われるが、その人物からのメッセージは定期的に来るメッセージとは違っていた。
その内容を確認した船曳はすぐに身支度を整えて玄関に向かう。
そして半年前と同じように玄関に備えられている監視カメラのレンズを数秒ほど睨めつける。目線を外すと素早く玄関の扉を開けて外へ出る。最後の外出になっていた半年前のように、左足のGPSの警告音は鳴らなかった。
*
大学園祭最終日、《星武祭》でも使用されるシリウスドームには大学園祭の醍醐味の一つとも言えるグラン・コロッセオが開催されていた。
各学園の選手達が用意された数々のフェイズをステージ上でクリアしていく姿を、船曳は観戦席の出入り口付近から立って見つめていた。その姿は星導館学園の制服でもなく、私服でもない。半年前と同じく
(明らかに俺だけか……)
船曳は確かに自身に向けられている視線を感じ取っていた。
その視線は星導館学園から停学処分になった後、各学園の諜報工作機関から仕向けられた工作員達の探るような視線ではない。そもそもなぜ各学園の諜報工作機関の工作員から見られていることを知っているのかは停学処分が発表されてすぐのことだった。
セキュリティが比較的に高いマンションで船曳の動向を探ろうとすれば手段は比較的に限られてくる。その手段に注意を向けていれば各学園の工作員達の視線は分かるというもの。
しかも停学となって一年も経てば各学園も船曳正という学生には興味を持たなくなっていく為、視線を向けられることは直近では無くなっていた。それにも関わらず、治安維持活動の為にシリウスドームに配備されている他の星猟警備隊の隊員には目もくれずに、明らかに船曳に向けられている視線には探るような物の他に、敵意のような物も感じ取れる。
船曳は小さく息を吐くと携帯端末を起動し、ある人物にメッセージを送る。一分もかからぬうちに来た返信の内容に目を細める。
『捕縛せよ、状況によっては容疑者への攻撃も許可する』
内容を確認した船曳はステージから背を向け、そのままシリウスドームから出る。
相手が自身の後を付いてくるかは五分五分といった考えだったが、後ろから向けられている視線は追ってきていた為、釣り出すことには成功したようだ。そのまま雑踏の中をかき分けて人気がない場所へと誘導していく。
あからさまな誘導だと相手も理解しているのであろうが、変わらず船曳の後を付いてきている。
そのまま商業エリアにある路地の深い位置まで行けば、この大学園祭期間においては無人になるような場所へ到着すると、船曳は声を発した。
「さて、ここまで追ってきたんだ、何かしら用があるんだろう?」
言いながら背を返すと、路地の影から一人の人物が現れる。
目深にローブを被り、布を巻き付けたような簡素な服装を纏った怪しい人物。胸の膨らみから女性ということが分かるが、何よりも目を引くのが首から胸にかけて下げられている大きな装飾品。
「星猟警備隊、対企業特殊作戦部隊隊長兼六花公安部隊隊長、船曳正」
怪しい出で立ちの女性は船曳の名に加えて、何やら長ったらしい肩書を口にしていく。その言葉を聞いた船曳は肩をすくめる。
「正式名なんて久しぶりに聞いたな。長ったらしいだろ? 『暗部隊』というだけでその手の道の奴らなら通じる。だろう? ウルスラ・スヴェント。いや、《ヴァルダ=ヴァオス》」
船曳も相手の名前を告げる。相手も船曳のことを知っているのと同じく、船曳も目の前の女性を知っていた。
左手に持っていた刀袋の紐を解き、黒漆の鞘に収められた二尺三寸程の打刀を取り出すと刀袋を投げ捨て抜刀。
「貴様には“翡翠の黄昏”への関与が疑われている。速やかに投降しろ、もし抵抗するのであれば、身の保証はしない」
そう言うや否や、抜刀した打刀を左手に持ち替え、突きの構えを取る。
翡翠の黄昏とはかつて六花で起きた人質テロ事件。星猟警備隊の隊長、ヘルガ・リンドヴァルによって解決された事件であり、首謀者や主要メンバーほぼ全員が逮捕されてはいるが、数人ほどの逃走者を出している為、未だに星猟警備隊が事件の捜索を継続している。
船曳が《ヴァルダ=ヴァオス》と言った女もその事件に関与している疑いがあった為、船曳は無意味と思いながらも投降を促した。
先程の《ヴァルダ=ヴァオス》の言った船曳の肩書、そしてクローディアが確信を持っていた考察通り、船曳正は星猟警備隊の関係者だった。
「無意味なことを言う、貴様は深く知りすぎようとしている。今後我々の計画の弊害になりかねない、お前はこの場で殺す」
《ヴァルダ=ヴァオス》もずっとここまで船曳のことを追ってきたのにはもちろん理由がある。述べた通り、今後の計画の弊害になりかねない危険分子を排除する為にわざわざ船曳の誘導に従ったのだ。
《ヴァルダ=ヴァオス》の首に下げている装飾品が怪しく輝き出す。輝き出したそれが《ヴァルダ=ヴァオス》のことを最初にウルスラ・スヴェントと言った理由。彼女の素性は調べ上げてあり、本名はウルスラ・スヴェントであることを船曳は知っているが、ウルスラ・スヴェントがウルスラ・スヴェントでは無いことも同時に調べてある。
首に下げられている装飾品がその証拠、
船曳が籍を置いている星導館学園の元大学部教授であり、翡翠の黄昏を主導した首謀者、ラディスラフ・バルトシークが作り出した純星煌式武装の一つ、ラディスラフの身柄は星導館学園の運営母体である銀河が管理している為、あまり踏み込めた内容を調べることは出来なかったが、《ヴァルダ=ヴァオス》という純星煌式武装の代償が『身体を乗っ取られる』とラディスラフが残した僅かな記録で知ることは出来た。
戦いで重要な能力が何であるのかを知ることは叶わなかったが、それは実力行使で確認することをこの場で決める。
異様な緊張感が二人の間に作り出される。
《ヴァルダ=ヴァオス》が自身の能力を発動しようと装飾品が一層強く輝き出す、船曳は視線鋭く動向を伺う。その時――。
「ウルスラ!」
《ヴァルダ=ヴァオス》の背後から第三者の声。船曳は全く意識を向けなかったが、《ヴァルダ=ヴァオス》はほんの僅かに意識を後方に向けた。
それを見逃す船曳ではない。
左足を踏み込み突進、左片手一本突きを怪しく輝く純星煌式武装めがけて繰り出す。
「ッ!」
隙きとも言えない僅かな隙きをついた船曳の突きを《ヴァルダ=ヴァオス》は紙一重で身体を逸らす。
避けた方向は船曳から見て左方向、完全に虚をついた一撃を躱されたことに船曳は動じる事無く、突き出した打刀の刃を左へ向け、間髪無く左横へと薙いだ。
「ぐあッ!」
これには《ヴァルダ=ヴァオス》も反応できず、胸元を大きく裂かれた。
鮮血を吹き出し、為す術も無く地面へ倒れ伏す。
「ウルスラッ!」
そう叫んだ第三者の声が《ヴァルダ=ヴァオス》の元へと駆け寄る。
「ウルスラッ! しっかりしてッ!」
駆け寄った第三者を船曳は横目で見るが、すぐに視線を切り替える。
視線の先には先程胸元を大きく切り裂いた《ヴァルダ=ヴァオス》。明らかに意識を刈り取り、致命傷となり得る程の傷を与えてしまった為、早急に対処しなければ命を落とすことになってしまう。
打刀に付着した血を振り払うと《ヴァルダ=ヴァオス》の元へと歩を向ける。
「待って!」
船曳が近づいてきたことを感じ取った第三者は《ヴァルダ=ヴァオス》を守るように両手を広げて船曳を睨めつける。
「ウルスラに何をするつもり!」
「邪魔だ」
しかし、船曳は第三者には目もくれず、質問に対しても邪魔という言葉で一蹴する。
もし何かしら邪魔をするようなことをしてくれば星猟警備隊の名のもとに公務執行妨害で取り締まることにする。
「そこの女にはテロ事件関与の疑いがある、そこをどけ」
「ウルスラはそんなことはしてない!」
ようやく船曳は邪魔をしている人物が誰なのか確認する。その人物も見覚えがあり、世界の誰もが目の前の者を知っている。
シルヴィア・リューネハイム。クインヴェール女学園の序列1位にして生徒会長。前回の《
だが、そんなことに船曳は少しも興味を持っていない為、今は任務の弊害でしかない。
「このまま放置すればそこの女が死ぬ、そしてお前も公務執行妨害で逮捕する」
「ッ!」
「理解できたか? 次は無い、邪魔だ」
シルヴィアが苦虫を噛み潰した表情をした時、不意に船曳へ向けて浴びせられる殺気。
「ぬっ!」
殺気が向けられた方向に打刀を振るうと重い打ち込みが船曳を襲った。
「くァァ!!」
気合と共に打刀の峰に右手をつけて刃を押し返すと、船曳を襲った人物が後退する。相手が後退したのを認識すると襲ってきた相手を観察する。
「《
「やはり私を知っていたか、船曳正」
船曳の不意をついて攻撃を行ってきたのは目元に仮面を付けた長身の人物。そしてその手に握られている
仮面を付けた人物が握っている煌式武装は《赤霞の魔剣》。《ヴァルダ=ヴァオス》と同じ純星煌式武装であり、四色の魔剣と称される純星煌式武装の一振り。レヴォルフ黒学院が所有している純星煌式武装であるが、表向きには封印処理が施されていることが公表されている。
だが、実際には船曳が追っている処刑刀と呼ばれている仮面の人物が所有していることを船曳は知っていた。
「処刑刀、貴様は《
「ふむ、そこまで知っているか、だが計画そのものは分かってはいないようだな」
「そんなことは貴様を捕えて吐かせるまでだ。お前は《蝕武祭》の関係者という事実だけで捕縛の対象だ」
突きを繰り出す構えを取る船曳。
「それと、それ以上動いたらクインヴェールの生徒会長といえど容赦はしないぞ」
視線を処刑刀へ向けながら、船曳は自身の後ろで動き出したシルヴィアに声を掛ける。
船曳の意識が処刑刀に向いた隙きをついてシルヴィアは意識を失い、重症を負った《ヴァルダ=ヴァオス》を抱え、少しずつ船曳から距離を取ろうとしていたのだが、船曳にはすべてがお見通しだった。
「ッ!」
船曳からの脅しでそれ以上動くことが出来ないシルヴィア。
相手は星猟警備隊の隊員。いくら情報操作のエキスパートが揃うクインヴェール女学園の諜報工作機関『ベネトナーシュ』を有しているとはいえ、匿おうとしているのはテロ事件への関与が疑われている人物である為、この場を見られている状況では学園で庇いきるには無理がある。
星猟警備隊は基本的に学園内での捜査は行わないが、状況によっては企業にも、そして各学園にも踏み込んで捜査を行うことができる。
シルヴィアの頭の中にはどうにかしてこの状況を打破できないかを思考するが、妙案は浮かんでこない。
「シルヴィ!」
「綾斗君!」
その時、またしてもこの場に人が現れる。
「チッ、また邪魔が入ったか」
船曳は新たに聞こえた声に舌打ちを打つ。
「シルヴィ! 一体どうしたんだい!?」
「綾斗君! ウルスラが、ウルスラが切られたの!」
この場に現れたのは天霧綾斗であった。
「シルヴィ、落ち着いて」
綾斗は取り乱しているシルヴィアに冷静にそう促す。そしてまた遠くからは――。
「綾斗先輩!」
綾斗の名前を呼んでやって来ている複数人の気配。
それを感じ取った船曳は視線を処刑刀に向けながらも、顔つきを一層険しくする。
「どうする? このままではお前の立場も危ういぞ」
その顔を見た処刑刀が船曳へ揺さぶりを掛けてくる。
「愚問だ。学生など取って付けただけの肩書。俺は警備隊の職務を全うする」
しかしそんな揺さぶりにも船曳の精神は揺るがない。
「ふっ、流石にあからさまな挑発には乗らないか」
船曳と処刑刀、二人の間に《ヴァルダ=ヴァオス》の時と同様、異様な緊張感が生まれる。
そして船曳の背後では――。
「綾斗!」
「綾斗」
「綾斗先輩!」
三人の少女が綾斗とシルヴィアの元にやって来ていた。
「綾斗! 一体何があったのだ」
開口一番に口を開いたのはユリス。
「それに、そこのアイドルの人と重症負っている人、これは一体どういう状況?」
いつもの無表情な顔に眉間を寄せる紗夜。
「シルヴィ、状況を説明してくれる?」
綾斗も状況を理解していない為、一番状況を理解しているであろうシルヴィアに説明を求める。
「ウルスラが! この人が、あの警備隊の人にテロ事件に関わってるって疑われて、切られたの!」
支離滅裂な説明になってしまっているが、シルヴィアはこの場に集った面々に状況を説明し、警備隊の制服を纏った人物を指差す。
シルヴィアが指差した人物を見ると、位置的に顔が見えた綺凛が驚愕の声を発する。
「船曳さん!」
綺凛の発した人物の名前にシルヴィアを除いた面々が驚きの声を上げる。船曳の名前を聞いた星導館学園の四人は驚きと同時にクローディアの考察が当たっていたことを思い出す。
しかし、シルヴィアにとっては自身の師であるウルスラにテロ事件関与の容疑をかけられ、致命傷も与えた人物は全く知らない。
「ねえ、綾斗君。船曳さんって?」
「星導館学園の大学部に所属している人で、今は停学処分を受けているんだ。そして、シルヴィと初めてあった時、フローラちゃんを探してもらったことを覚えてる?」
「う、うん、でも停学って――」
綾斗の問いかけに答えながらも、綾斗が船曳のことを停学処分といった部分に疑問を持ったシルヴィア。その時、シルヴィアの脳内に一年ほど前のこの時期に停学処分者が星導館学園から発表されたことが蘇る。
「じゃあ、あの人って決闘で殺傷性の高い攻撃をしたっていう人なの!?」
「うん、そしてさっきのフローラちゃんのことだけど、警備隊に保護してくれたのはあの人なんだ」
「でもその人って警備隊に監視されているはずでしょ!? なんで警備隊の制服を着ているの!?」
「それは、あの人に聞いたほうがいいかもね。でも、今はそれどころじゃないみたいだけど」
五人の視線は船曳と処刑刀へと向けられる。
後方での会話を聞いていた船曳は後ろにいる容疑者がこの場から離れることはないということを会話から察すると、未だに目の前で動かない処刑刀に完全に意識を向ける。
「律儀なものだな、俺の意識が後ろに向いているにも関わらずに攻撃してこないとは」
「私の目的は彼女の回収だ、今向こうにいる彼らが彼女をどこかに連れて行こうとしたら、君の相手をする暇など無い。最も、君に対する対処は遅かれ早かれ決めていたこと、ならば今は君を殺すことにしよう」
「それはこちらも同じだが、あまり時間は掛けられない。《ヴァルダ=ヴァオス》につけた傷は致命傷だ。早急に対処しなければ命を落とす可能性があるからな。そして、お前は逮捕する!」
言い終えると同時に左足を踏み込んで突進し、左片手一本突きを処刑刀へと放つ。船曳からの攻撃に処刑刀は跳躍して躱す。
処刑刀は先程《ヴァルダ=ヴァオス》が無力化された攻撃を遠目から見ていた。
確かに船曳の突きの破壊力は並の剣士とは次元が違う。そんな攻撃を受ければひとたまりも無いことは火を見るよりも明らか。しかし、実際に怖いのは突きを繰り出した後に襲ってくる横薙ぎの攻撃。左片手一本突きは放った後に大きく隙きができるのだが、船曳は突きを繰り出した後に横薙ぎへの攻撃が間髪無く行ってくることが処刑刀は分かっている。
しかし、突きの後の横薙ぎの二段構えの攻撃でも、上空へと避ければ横薙ぎの攻撃は行えない。それが上空へと飛んだ処刑刀の判断だった。
処刑刀が右手に持った赤霞の魔剣を船曳へ向かって振り下ろそうとした時――。
「それで避けたつもりか! 処刑刀!」
船曳はそう言うや突き出した左腕を素早く引き戻し、左片手一本突きを上空へと放つ。
(対空の突き攻撃!)
これには完全に虚をつかれた処刑刀、そのまま受ければ右胸部を刺し貫く攻撃を避けようと振り下ろさんとしていた《赤霞の魔剣》で受け流す。しかし――。
「ぐッ!」
判断が遅れた処刑刀は船曳が繰り出した対空の突きを右胸部へ受ける。
(串刺しだけは避けたようだな)
突きを放った船曳は打刀から伝わった感触で思考する。確かに処刑刀の右胸部へと放たれた左片手一本突きは当たったが、刺し貫いた感触は無かった。
《赤霞の魔剣》で防がれた打刀は僅かに軌道を逸して右胸部の肋骨を掠めて筋肉と皮膚を穿った。その証拠に、処刑刀の右胸部からは出血が起こる。
(だが――)
船曳は打刀の刃を右に向ける、そしてそのまま右横へと薙ぎ、打刀を振り抜いた遠心力を利用して右回し蹴りを処刑刀へと見舞う。
警戒していたはずの横薙ぎの攻撃を受け、更には蹴りという追撃も受けた処刑刀はそのまま右横へ飛ばされる。咄嗟に空中で姿勢を立て直し、攻撃を受けた患部を左手で抑えながら着地、建物の壁に激突する事は回避する。
しかし、受けた傷は深く、片膝をついてしまう。
「突きを外されても間髪入れずに横薙ぎの攻撃へ変換できる。戦術の鬼才、第二期新選組副長が考案した平突きに死角は無い」
船曳は片膝をついた処刑刀へ言いながら、身体を向ける。
「ましてや俺の“牙突”なら、なおさらだ」
打刀に付着した血を振り払い、またしても突きの構えを取る船曳。自身の得意とする左片手一本突き。その名は『牙突』。以前刀藤綺凛へ言った最初の一撃で相手を倒すと豪語した技の名前と攻撃方法をわざわざ相対している処刑刀へと述べていく。
それほどまでに船曳は自身の牙突に絶対の自信を持っているのだ。
「牙突……」
船曳が言った技の名前を船曳と処刑刀の戦闘を見守っている五人の誰かが零す。
「なるほど、あれが噂に高い牙突か」
そして、牙突を受けた処刑刀は船曳の放った牙突に得心がいったという風に零すと、右胸部を左手で抑えたまま立ち上がる。それを見た船曳は再度左足を踏み込んで突進し、牙突を放つ。
処刑刀は《赤霞の魔剣》で迫ってくる船曳の打刀の切っ先に突きを合わせて軌道を逸し、伸ばされた左腕を切り落とそうとするが――。
「小賢しい!」
船曳は素早く左腕の肘関節を曲げると左腕に迫ってきていた《赤霞の魔剣》を打刀で受け、処刑刀にタックルを見舞う。
「ぐッ!」
これには対処することが出来ず、今度は建物の壁に背中を打ち付け、再び片膝をつける。
「無銘だが、国家衰退期から今に至るまで、数々の苦難を払い続けたこの技と愛刀、今の平和ボケした者などには打ち破ることはできん」
そう言うと船曳は一度立ち直り、壁際に片膝を付いている処刑刀を見遣る。
(胸部に相当な深手を負っているが、二撃目の反応は一撃目に比べると早かった。だが、こんなものだったか?)
船曳は星猟警備隊の六花公安部隊隊長の肩書を持っており、六花で行われた非合法の武闘大会である『蝕武祭』で行われた処刑刀の戦闘を潜入任務で一度目にしていたことがある。
しかし、目の前で相対している処刑刀はその時に見た処刑刀とは雲泥の差であることに違和感を覚える。
(所詮、平和ボケか。殺すまでも無い)
船曳は公安部隊の隊長として、処刑刀を最重要警戒人物あると星猟警備隊の隊長であるヘルガ・リンドヴァルに報告しており、見つけ次第即刻斬り捨てるべきだと主張していたが、あくまで捕縛を優先せよというヘルガ・リンドヴァルの命令に対して度々衝突していた経緯がある。
だが、今戦っている処刑刀の有様を見ると考えを改めることにした。
そう思考していると処刑刀が立ち上がる。
「…………」
今度は無言のまま処刑刀が仕掛けてくる。
(更に早くなったか!?)
速さに驚きながらも牙突の構えを取り、一直線に飛び込んでくる処刑刀へ向かって踏み込みなしのジャブ気味の牙突を繰り出す。威力は飛び込んできた処刑刀の推力でカバーできる。その考えの元で牙突を放つ。
しかし、牙突を繰り出した直後、突如として処刑刀が船曳の視界から消えた。
「はっ!? でやぁ!」
感覚で船曳は背後の足元へ蹴りを繰り出すと処刑刀に当たり、地面を転がるようにして処刑刀は吹き飛ばされる。
体制を整え、患部を押さえながら俯いて肩で息をする処刑刀。傍から見れば処刑刀の劣勢のように見えるが、船曳は先程視界から一瞬で消えた出来事に思考を支配された。
(なんだ今のは、俺の予想を圧倒的に上回る動きだった)
船曳としては先程の牙突で止めにするつもりだったのだが、予想を遥かに超えた動きをした処刑刀に注意深く意識を向ける。
息を整えた処刑刀は立ち上がるとまたも無言で動き出す。今度は先程のように飛び込んでくるのではなく、ゆっくりと船曳へ歩みを進めてくる。
(どんな理由か知らないが、力を落としているとはいえ、このまま長引かせるのは危険か。ならば――)
牙突の構えを取る船曳。しかし、今の構え方は今までの構えと少し違う。下半身に変化は無いものの、上半身で取る構えが違う。
今までは打刀を握る左腕は肩付近で構えられていたが、握る打刀を頭上へと上げ、右手は肩付近の構えでは峰に添える型が、今度は重力に従って下がる刃を下から支えるように添えている。上段から突き下ろす構え方。
「正真正銘の牙突、手加減なしだ」
「なっ! 今まで手加減していたのか!」
船曳が言った言葉に戦闘を見守っている五人の一人が驚愕を口にし、同様に他の面々も驚愕に顔を染める。
だが、船曳はそんなことを気にしてはいられない。自身に向かってゆっくりと向かってくる処刑刀はまるで幽鬼のよう。だが、船曳に油断は無い。
向かってくる処刑刀には一太刀受ければ死に直結する《赤霞の魔剣》が握られている。《赤霞の魔剣》は相手に振るうだけで
それを知っているからこそ、船曳に油断は無い。ゆっくりと船曳へと向かってくる処刑刀。間合いを測る船曳。
そして、船曳が牙突の間合いに処刑刀が踏み込んだのを見ると目を見開き――。
「うがあぁぁぁ!!」
咆哮と共に左足を踏み込み、牙突を突き下ろす。ボールを下や横から投げるより、上から投げたほうが速度や威力が増すように、突き下ろす牙突もその例に習って今まで繰り出してきた牙突とは速度、威力共に一線を画する。正しく船曳が言った正真正銘の牙突が処刑刀へ向かう。
処刑刀は迫る牙突を左へと躱す。船曳から見れば右側。正真正銘の牙突が躱されたが、船曳に焦りや動揺は無い。間髪無く右薙の攻撃へ変換する。《ヴァルダ=ヴァオス》と同様、処刑刀も横薙ぎの攻撃で切り裂かれる――。
キンッ!
はずだった――。
防がれた。間髪無く右へ薙いだ剣撃が《赤霞の魔剣》によって防がれた。それに一瞬硬直した船曳。
「はあぁぁぁ!」
船曳の横薙ぎを受け流した処刑刀はその場で左回転、受けた《赤霞の魔剣》を遠心力に乗せて振り抜いていく。狙うは船曳の首。
「くッ!」
生存本能からか、船曳は咄嗟に防御姿勢を取る。突き出した左腕を強引に引き戻し、打刀を《赤霞の魔剣》が迫ってくる箇所に滑り込ませる。
間一髪のところで首を落とされることは無かったが、無理な姿勢で処刑刀の斬撃を受けた為、受け身の体制を作ることも出来ず、そのまま吹き飛ばされてしまう。
「ぐはッ!」
「船曳さん!」
船曳が建物の壁に激しく激突する。
「あの頃。国家衰退期の戦闘では、相手を確実に倒せる必殺の技が必要だったと聞く」
壁に激突し、埃が舞う場所に向けて処刑刀は声を掛ける。
「船曳、君で言えば牙突がそれだろう。だが、いかなる牙突でも四回も見せられれば返し技の一つや二つ思いつく。立て、元第二期新選組の三番隊組長がこの程度ではあるまい?」
そう言い終えると埃の中から船曳が立ち上がる。無理な姿勢で壁に衝突した為、頭部からは出血が起こっている。船曳は手で《赤霞の魔剣》が襲ってきた箇所の傷を確認するが、幸いにも《赤霞の魔剣》による傷は無い。
傷の確認を終えた船曳は一度瞑目する。
「……その肩書を聞くと、俺も平和ボケしたと、痛感した」
噛みしめるように、戒めるように言う船曳。
「捕縛しろと言われていたが、気が変わった。もう――殺す」
そう言って目を開く船曳。その目、そしてその姿からは濃密な殺気が溢れ出す。
直接当てられていない五人でさえ、背筋が凍った。
「それは、私も同じだ」
再び対する船曳と処刑刀。
「きあぁぁぁ!!」
「はあぁぁぁ!!」
船曳の初撃は突き下ろす牙突、対する処刑刀は突きに合わせる合わせ技、先程と同じような展開になることはなく、二人の剣が交わった時、激しい剣技の応酬が行われる。
互いが互いを殺そうとする戦いに見守っている五人は言葉が出ない。なぜなら今目の前で行われているのは殺し合い。ただのエンターテイメントである《星武祭》の中でしか戦いの世界を知らない五人には到底考えつかない戦いなのだ。
船曳が星導館学園のクローディア一向の訪問の際に言った『井の中の蛙の一番争いなんざ、俺の眼中には無い』という意味の答えはまさに目の前で行われていることだ。強い者が生き抜き、弱い者は殺される世界には《星武祭》で優勝などと言う言葉など児戯に等しいのだ。
「くあぁぁぁ!!」
剣技の応酬が一旦止み、鍔迫り合いにもつれ込むと船曳は右手を峰に押し付けるとそのまま処刑刀を押していく。処刑刀も押し返そうとしているが、ジリジリと押し込まれ、ついに建物の壁に背を付ける。尚も押し込んでいく船曳。
処刑刀に迫ってくるのは自身の《赤霞の魔剣》。船曳の持つ打刀と違って《赤霞の魔剣》は両刃。船曳は処刑刀の首に向かって《赤霞の魔剣》を押し込んでいく。このままでは自身の武器で傷を負うことになる。逡巡した処刑刀は左蹴りを船曳の顔面に打ち込む。
《赤霞の魔剣》への押し込みが弱まったのを感じ取ると跳躍し、船曳の背後へと移動する。船曳は自身の頭を超えて背後へ移った処刑刀を見遣ると右手で口元を拭う。先程受けた左蹴りで口内を切った為、口内に血が溜まったのだ。唾を吐くように血を吐くと、再び牙突の構えを取る。
「きあぁぁぁ!!」
「はあぁぁぁ!!」
今度は互いに打ち合って交錯。キーンと金属を打ち鳴らしたような音が鳴る。すると――。
「きゃあ!」
戦闘を見守っていた四人の女子の一人が驚きの声を上げる。
目の前で行われている殺し合いではなく、頭上から目の前に落ちてきた物を見て悲鳴を上げる。
「これっ……て」
それを確認した綾斗は船曳を見る。同時に船曳も自身が持っている打刀に目を遣る。
「船曳さんッ! 刀が!」
先程の一合で船曳の打刀が折れてしまった。五人の前に落ちてきたのは船曳の打刀の切っ先だった。
「どうやら終わったようだね、純星煌式武装と打ち合っても折れない刀だ。特殊な製法で作られていたようだが、それも折れてしまっては君にはどうすることも出来ない」
勝利を確信した処刑刀がそう言葉を掛ける。
終わった。船曳正は負けたのだ。誰もがそう思っていた時。船曳は処刑刀へと身体を向けると、折れた打刀をそのままに牙突の構えを取った。
「そんなッ! 無茶です船曳さんッ! いくらなんでも折れた状態で戦うなんてッ!」
綾斗が戦いを止めるように言葉を掛ける。
「新選組の男は退く事を知らないのか? 最も、逃がす気などないが――」
処刑刀は嘲笑うように言葉を掛ける。
「新選組隊規第一条『士道に背くあるまじき事』! 敵前逃亡など士道不覚悟!!」
言うや否や船曳は左手の打刀を処刑刀へ放り、そのまま処刑刀へと突進する。処刑刀は自身に向かって飛んでくる折れた打刀を展開した
「命よりも誇りを選ぶ。か、いいだろう」
心からの称賛を送ると、止めを指すべく《赤霞の魔剣》を振り上げる。
「いけないッ!」
綾斗が船曳と処刑刀との間に入ろうとする。
「綾斗君!!」
「綾斗!!」
「綾斗!」
「綾斗先輩!!」
が、間に合わない。すでに船曳は処刑刀の間合いに入ってしまっている。そのまま《赤霞の魔剣》が船曳に向かって振り下ろそうとされた時――。
パシンッ!
と、乾いた音が鳴り響く、その音が鳴った場所に目を向けると、船曳以外の全員が驚愕に顔を染める。
「警ッ――!」
「棒!」
「なッ!!」
船曳は何も無策で処刑刀に突進した訳ではない。投げた打刀に集中させ、右手で携帯していた警棒を処刑刀が《赤霞の魔剣》を握っている右手に打ち付けたのだ。
船曳の奇策に嵌った処刑刀は《赤霞の魔剣》を手放してしまう。不敵に笑った船曳がその隙きを逃さずに警棒を放り投げると拳打を数発叩き込んだ。
「ぐはッ!」
処刑刀は堪らず口から血を吐き、頭を垂れる。その血を顔に浴びながら船曳は制服のジャケットを素早く脱ぎ捨てると処刑刀の首に絡ませ背後を取る。絡ませたジャケットの端と端を力の限り引いていく。絞め技である。
「これでッ! 終わりだッ!」
船曳は窒息死させようとは思っていない。このまま処刑刀の首を圧し折るつもりで絞め技を掛けている。
「がッ、ぐッ」
酸素不足によりどんどん意識が遠くなっていく処刑刀。それでもジャケットが絡まっている首に手を滑り込ませて必死に抵抗していくが、段々と力が抜けていく。そして完全に処刑刀の意識が途切れようかというところで――。
ビリッ!
不運にも船曳の膂力にジャケットがついていかず、破れてしまった。
「ッ!」
一気に意識を取り戻した処刑刀は振り向きざまに蹴りを船曳へ見舞う。
「ぐッ!」
デタラメに見舞った蹴りは船曳の鳩尾に入った。それによって船曳も背後にある建物の壁際まで後退する。同時に処刑刀も《赤霞の魔剣》を回収して船曳とは反対側の壁際に後退して息を整える。
「ッ! 船曳さんッ!」
これを好機と見た綾斗は《
だが――。
「どけ」
船曳は綾斗の肩に手を掛けるとそのまま綾斗の前に出ようとする。
「船曳さん! ここは俺に任せてください!」
「ガキが関わっていい戦いじゃない、どけ」
「どきません!」
断固として聞かない綾斗の姿に苛立った船曳は綾斗の脇腹へ蹴りを見舞う。
「ぐあッ!」
予期していない攻撃に綾斗はなんの防御も取れずに横へと飛ばされた。
それを見た星導館学園の三人は綾斗の下へと向かう。そんな姿を目にも入れない船曳は呼吸を整え終えた処刑刀を見遣る。
「そろそろ、終わりにしようか」
右拳を作り、左手で右拳の関節を鳴らしながら処刑刀に声を掛ける。
「ふぅ、ふぅ、はぁ、そうだな」
ゆらりと立ち上がった処刑刀も船曳の言葉に肯定する。
そして、二人が同時に踏み出そうとした時――。
「やめろ!」
凛と響いた声が二人を静止させた。
声を発した人物を見た処刑刀は素早く跳躍し、この場から急激な速度で離れていった。
「待てッ!」
「追うな正!」
処刑刀を追おうとする船曳を下の名前で呼んで静止する人物。その言葉で動きを止めた船曳は戦いを止めた人物に対して詰め寄っていく。
「なぜ止めた」
詰め寄った船曳が鬼の形相で問う。
「私が命令したのは《ヴァルダ=ヴァオス》の捕縛だ。捕縛に抵抗することに対して最低限の攻撃は許可したが、対象以外の容疑者に対して攻撃、ましてや殺傷行為など許可した覚えはない」
理路整然と言葉を述べていく人物。しかし、その言葉に苛立った船曳は目の前の人物の胸ぐらを掴み上げる。しかし、その人物は胸ぐらを掴まれると同時に船曳の頬へ平手打ちを見舞った。
「正、新選組としてのお前の誇り高さは理解している。だが、今は冷静になれ」
一転して宥めるような口調で船曳に声を掛ける人物。その言葉を聞いた船曳は少しずつ平静を取り戻していく。
身体から溢れ出るほどの濃密な殺気が静まるのを確認した人物は胸に掴まれている船曳の手を解くとシルヴィアの下へと向かう。
「ッ!」
シルヴィアは近づいてくる人物を確認すると今日何度目かわからない驚愕に顔を染める。
「ヘルガ・リンドヴァル警備隊長!」
「彼女の身柄は我々が預からせてもらう」
この場に現れたのは星猟警備隊隊長、ヘルガ・リンドヴァルだった。
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