梅雨を越え、暑さが厳しくなっていく時期に六花で二つの事件が起こった。
一つは、船曳が捕えたウルスラ・スヴェントの
事件当時、警備隊長のヘルガ・リンドヴァルと暗部隊隊長の船曳正。両名がもう一つの事件への対処に労力を割いていた為、ウルスラ・スヴェントの逃走を許す形となってしまった。
話によると当時監視に当たっていた隊員が全員精神干渉系の能力に晒されてしまったことが原因だった。ウルスラ・スヴェントの身柄を拘束した後、ウルスラ・スヴェントが所持していた《ヴァルダ=ヴァオス》も押収していたが、それも持ち去られて逃走されたことも後に判明。
治療院、押収した《ヴァルダ=ヴァオス》を保管していた場所の防犯記録映像の解析から、どこかの諜報工作機関が逃走幇助を行ったと断定したが、確固たる証拠を確立出来ていない為、再度ウルスラ・スヴェントが現れるのを待つしか無いのが現状だった。
しかし、この事件は公には公表しておらず、大学園祭の最終日に船曳と《ヴァルダ=ヴァオス》、
その人物とは、梅雨に星猟警備隊本部で船曳の素性の説明を行った学生六名だけ。
ウルスラ・スヴェントと一番親交が深かったクインヴェール女学園の生徒会長、シルヴィア・リューネハイムからは事件の詳細な説明と自身の協力を依頼されたが、船曳はこれを拒否。あくまでも星猟警備隊内で対処するとして、現在は暗部隊の隊員達で足取りを追っていると伝えるに留めた。
しかし、なぜか最近になって船曳個人の携帯端末へ足取り調査の協力に直談判を行ってくる事態が発生した。
船曳はなぜシルヴィアが個人の連絡先を入手出来たのか当初は謎だったが、すぐに自身の所属している星導館学園の生徒会長、クローディア・エンフィールドによって横流しされたのだと仮説をたてた。
だが、今はもう一つの事件。ウルスラ・スヴェントの逃走の少し前に起こっている星猟警備隊隊員に対して行われた殺傷事件の対処をヘルガと船曳は優先していた。今も不定期に次々と隊員が被害を被っている。
そして、この事件は全世界に公表された為、秋に控える《
何としてでも《獅鷲星武祭》開催前に解決しなければいけない案件の為、船曳はクローディアの許可を取り、星猟警備隊本部に連日泊まり込みで犯人の捜索に全労力を捧げている。
そのような理由により、今は足取り不明のウルスラ・スヴェントの捜索の直談判など受けている余裕が無い為、最後に居住地へ帰った時に携帯端末を居住地に置いてきていた。
「あぁっ!」
珍しく苛立った声を船曳は自身のデスクで発する。その声を聞いた周りにいる隊員達はビクッと肩を震わせる。
実は船曳の部下は第二期新選組から苦楽を共にした元隊士も混じっているが、大多数は船曳の半生を知らない者が多い。自覚は無いが一定の人望がある船曳。だが、同時にすぐに犯人を斬り捨ててきた船曳のことを恐ろしく思っている者が多い為、あまりに苛立っている時は第二期新選組の元隊士か警備隊長のヘルガでないと今の状態の船曳に話しかけるどころか近寄る者は皆無。
だが、そんな雰囲気の中、船曳へ歩み寄っていく人物が一人。
「正」
船曳のことを下の名前で呼ぶ者は星猟警備隊では一人しかいない。自身の名前を呼ばれて船曳は視線を声がした方向へ向ける。声を掛けたのはヘルガ・リンドヴァル。
余談だが、部下からは隊長、第二期新選組の元隊士からは変わらず組長と呼ばれている。
「どうしました?」
姿を見ただけで船曳は視線をパソコンに戻して作業を再開する。
別に船曳は苛立っていても部下の質問に対してはしっかりと対応することを心掛けており、余程のことがなければ私的な感情を他人にぶつけたりはしない。それは第二期新選組時代に第二期新選組の局長に口酸っぱく言われてきたことだからだ。
ただ、機嫌が悪い時の素っ気ない対応が災いして、船曳の機嫌が悪そうな時は声を掛けないのがこの部署の暗黙の了解のような格好になっていた。
ただし、数少ない船曳の理解者であるヘルガは臆すること無く言葉を掛ける。
「ここ数日、ずっとそこにいるのか?」
「それがなにか?」
「休め」
そんな言葉を掛けられ、船曳は動かしていた手を止めて再度ヘルガを見る。
「呑気なものですね。警備隊の信頼が揺らいでいる現状に加え、ウルスラ・スヴェントの逃走、更に《ヴァルダ=ヴァオス》の強奪を予期出来なかった暗部隊の隊長である私に休めと? 冗談はよしてください」
そう言って作業を再開しようとする船曳を見たへルガは船曳の背後に周り、肩に手を置くと強引に船曳をデスクから引き剥がす。
「一体何ですか」
これには船曳も感情をヘルガにぶつける。
「今言ったことは警備隊全体の責任だ。お前が全部背負い込むことではない」
「綺麗事は結構です。部隊を統べる者として、今回の失態はすべて私の――」
「正」
咎めるような口調で船曳の言葉を遮るヘルガ。
「お前、一体その制服をいつまで着るつもりだ?」
「は?」
いきなり脈絡の無いことを言うヘルガに呆気を取られる船曳。
「シャワーもろくに浴びてないだろう、臭うぞ」
その言葉を聞き、袖を鼻に持ってきて匂いを嗅ぐ船曳。
「臭うか?」
近くにいた女性隊員に問う船曳。
「そうですね、少し匂います」
その言葉に少し心に刺さるものを感じた船曳は座っている椅子の背もたれに背を預け、ぐるりと見渡して口を動かす。
「やばいか?」
「やばいですね」
「まずいと思いますよ」
「流石に今の状態で外に出られるのは――」
次々と自身の部下から言われる事実に船曳はため息を一つ吐く。
あまりの忙しさであった為、自身の身体のことに頭が回らなかったのだ。
「分かったか? お前がよくやっていることはここにいるお前の部下全員が分かっている。むしろお前はやりすぎだ。お前の背負っている物、お前の部下達にも少し分けてやれ」
「そうですよ組長。組長がいなくても我々はやっていけます。そうだろ!?」
第二期新選組出身の隊員が部署全体に声を掛けると、他の隊員からも同調する声が挙げられる。
「そうですよ、時間が来たから帰れって言うのに組長はいつも一人だけ残ってるじゃないですか」
「隊長、私達に気を配って私達の勤務時間をしっかりと管理していることは全員が分かっていることですよ」
「仕事よりも身体を大切にしろ。いつも隊長が言ってるじゃないですか」
「そんな隊長が仕事で倒れたら、私達がやらかした時に言ってる言葉がそのまま当てはまりますよ」
「……阿呆共が――」
阿呆。それは船曳が第二期新選組時代から口癖のように言っている言葉。
船曳は隊員達が殺されることに対して何の気持ちも湧くことはない。
だが、事前に防げるような事態はいつもの口癖と合わせて宥めるようにしている。それこそ船曳が初めて第二期新選組の三番隊組長となった時に手本にしたある組長の組織の在り方。
何日何時でも戦闘が起きた時に、いつもどおりの心構えと実力が出せるように部下の健康状態をしっかりと保つことに気を配り続けたこと。それが船曳の人望の所以。
「分かったか? お前の背中を見ている奴は多い。二、三日帰って休め、命令だ」
「ほんと、こんなとこにいたら平和ボケしますよ」
「普通。とはこんなものだ。できれば、お前の信念も少し変えてくれると助かるのだがな」
「それは出来ません。悪即斬。それが私の揺るぎなき信念です」
「まぁ、それはお前を警備隊へ入隊させるに当たって譲歩した部分だからな」
言うだけ無駄と分かってはいながらも、ヘルガはどこかで船曳の信念である悪即斬を改めることを諦めてはいなかった。
「じゃ、後を任せてもいいか?」
そんな言葉を部署全体に言うと、当然全員が肯定の意向を示す。それに後を押されながら、船曳は部署を後にする。
久しぶり入った更衣室で星導館学園の制服に着替え、更衣室に備えられている洗濯物を入れる籠に何日も着ていた制服を入れると、星猟警備隊本部を後にする。
暗部隊は公には絶対にその存在を悟られてはいけない為、暗部隊の部署は比較的本部の中枢にある。
表向きは星猟警備隊に身柄を監視されている学生となっているので、星猟警備隊本部の正面から出る時は学生服の姿で出なければいけない。もし星猟警備隊の任務で出る場合は正面から出ることは今の状態では許されないのだ。
フローラ・クレム誘拐事件の時も、本部に到着してから船曳は車両から一緒に出ることはしていない。
いつか堅苦しい思いをせず、星猟警備隊本部の正面から星猟警備隊の制服を纏って堂々と出入りできることを願いながら、船曳は帰路に就く。
*
久しぶりに自身の居住地へと戻り、湯船に浸かって身体の疲れを癒やし、シャワーで数日分の垢を洗い流す。いつもより念入りに身体を洗うとスッキリとした気分が心地よい。
浴室を出て夏になるといつも身に着ける甚平を纏い、部屋の窓を開け、ベランダへと出る。ベランダに出ると数日前まで鳴り響いていた警告音はもう鳴らない。
梅雨に行われた事情説明の後、船曳に付けられていたGPSと部屋に備えられた監視カメラはすべて撤去されている。完全な日常が戻ってきた訳ではないが、それでも日常に少しでも戻ってきていることに安堵する。
ベランダから戻り、作業スペースに備えられた椅子に座ると、デスクに数日間置きっぱなしにしていた携帯端末を起動する。
「はぁ……」
起動した携帯端末の画面を見てため息を吐いた船曳。
原因は携帯端末に入って来ていた着信履歴。
ヘルガから数件。船曳が所属している星導館学園の生徒会長であるクローディア・エンフィールドからも数件。それに対して大多数を締めていたのは“うざい奴”と表示された人物とは言わずもがな、シルヴィア・リューネハイムその人である。
それ以外にも留守録にまで履歴が入っていたので、迷いなく船曳はシルヴィアからの着信を拒否する設定を行う。
これでおとなしくなってくれることを願いながら、船曳は着信が入っていたクローディアに通話を掛ける。
現在は昼休みの時間帯である為、余程のことがなければすぐに繋がる。案の定、数コールで通話が繋がる。
「お久しぶりです、生徒会長」
『はい、お久しぶりですね』
「すみませんね、数日本部に泊まり込んでいたので」
『携帯端末はお持ちではなかったのですか?』
「クインヴェールの生徒会長からしつこく通話が来るので、仕事に集中する為に部屋へ放置していました」
『あらあら、なので通話が繋がらなかったのですね』
「申し訳ありません、ですが、私の連絡先を教えたのはあなたですよね?」
『その件については申し訳ありません。彼女も必死だったようなので』
「あまりにもしつこいのですでに着信拒否しました。あしからずに」
その言葉を聞いたクローディアは少し目を見開く。
『世界の歌姫様のプライベートの連絡先ですよ。それを着信拒否ですか』
「興味もありませんし、任務の弊害でしかありませんので」
『世界中のファンを敵にまわしてしまう発言ですね』
「前置きはここまでにしましょう、なにか私に御用があるのでは?」
何度か着信があったのだ、自身の停学期間の解除時期が決まったのかもしれないと少し期待する。
『残念ながら、今あなたが考えている停学期間の解除はまだ決まっていません』
考えを見透かして来たクローディアに船曳は一つ息を吐く。
「では、なぜ私に連絡を?」
『あなたとは個人的な繋がりを強くしたいと思っておりまして、定期的に連絡を取ろうと考えていたのです』
「警備隊との繋がりですか」
『流石ですね』
今度は船曳がクローディアの考えを見透かしていく。
『あなたの立場は学園にはもちろん、運営母体である銀河にも報告はしていません。それを隠し通すには私に大きなリスクを伴います』
「当然ですね」
『間接的に、我々は警備隊という強力なカードを有したことになります。私はあなたの立場を隠し通す。そしてあなたはこれまで通り、警備隊の活動を行う』
「それで何が知りたいのですか? 当然ながら、暗部隊の活動は本来知られてはいけない活動です。あなたが期待する情報は提供できませんよ?」
『それは追々すり合わせて参りましょう。私達は今、《獅鷲星武祭》に向けた特訓を行っています。そしてあなたも今は余裕がありません。違いますか?』
「警備隊の隊員を狙った殺傷事件。確かに《獅鷲星武祭》が開催される前に片付けなければいけない案件ですね」
『今も被害は広がっていると聞いていますが?』
「それはこちらの問題です。ご心配なく、なんとか一命を取り留めた隊員が回復に向かっております。その隊員が回復すれば、犯人の特定まではできるかと」
『そうですか。では、頑張ってくださいね』
「わざわざどうも」
最後の言葉は礼節を弁えなかったが、クローディアは特に何も思うことが無かったようなので、すぐに頭を切り替える。
暫く作業スペースで何かをすることもなくボーっとしていると、空が晴天から満天の星空に変わる。それを確認した船曳は再度湯船に浸かった後、寝室へ入り、ベッドに腰を掛けると、寝室に拵えた簡素な神棚を見る。
そこには黒塗りの刀掛けに置かれた一振りの打刀。その打刀の鍔にはマナダイトが埋め込まれている。
第二期新選組が日本政府と秘密裏に共同開発していたという
日本政府が秘密裏に有していたウルム=マナダイトを用いて作られたという一振り。
船曳が六花に渡る前に第二期新選組の副長から渡された純星煌式武装である。元は太刀であったそうだが、船曳の身長に合わせて磨り上げられ、今の打刀の形状になったという。能力の説明を求めた際には『《
しかし、代わりとして代償は伝えられた。その代償とは『不退転の意思』。
船曳の信念である悪即斬を形としたような純星煌式武装。
だが、船曳は星猟警備隊に入隊しても自身の愛刀を使用していた為、今まで使うことも無かった代物。処刑刀との戦闘の際に愛刀は折られてしまったが、愛刀と同じ刀工によって作成された打刀を予備としてもう一振り残していたので、今はその打刀を使用している。
なので、これまでこの純星煌式武装との適合性は確認したこともない。副長から『必ず使いこなせる』と言われて渡されたが、星猟警備隊の活動では第二期新選組のように明確な殺人犯を即座に斬り捨てることは立場上不可能なのだ。
「まぁ、俺の信念は何一つとして変わらないがな」
そう呟くと“ノーネーム”のウルム=マナダイトが一瞬煌めいたように船曳は感じた。
それはまるで早く自分を使えと訴えてきているよう。
すでに船曳は今追っている殺傷事件の犯人を見つけ次第、その場で斬り捨てることを決めていた。
*
それから四日、船曳はずっとベッドで眠り続けていた。
「はっ!」
寝室にある電波時計の日付を見て驚愕する船曳。
数日間の疲れを身体は正直に分かっていたのだ。だが、寝すぎに伴って身体も重たい。
船曳はよくもそんなに寝られたと考えると同時に、休めと言われていた二、三日の一日を過ぎていたことを思い出し、すぐに船曳は携帯端末を起動、ヘルガへと連絡を入れる。
「警備隊長」
『休めたか?』
「帰ってから寝て、今目覚めました」
『身体は正直だっただろう?』
「一日サボってしまいました。申し訳ありません」
『一日くらい別にいい。だが、どうしてもと言うなら、成果で返せ』
その言葉に船曳は目を細める。
「ということは――」
『回復した隊員から犯人の特徴が分かった。同時に、正の部下達が潜伏先を特定した』
「では」
『ああ、専用回線に変える』
*
再開発エリアの某所。
時は夕刻程にも関わらず、この場所に明かりらしい明かりが差し込んでいない。
「やっと来たか」
そんな場所で一人の人物は胡座をかきながら呟いた。この場にやって来ているであろう強者の気配を感じる。暫く待っているとその人物の目の前にあった扉が蹴破られた。
「いらっしゃい」
扉を蹴破り、無遠慮に現れた者にそう声を掛けた人物。
「貴様が警備隊の隊員への殺傷行為を行った犯人だな」
扉を蹴破ったのは星猟警備隊の制服を纏った船曳。
「ほぅ、一人で来るとはな。いや結構結構」
船曳が犯人と言った人物は星猟警備隊隊員へ行った殺傷事件の犯人と思われる人物。
「目を覆い、琉装を纏った長身で細身の男。間違いないな」
「随分と小さいな、だが内包している物は鋭利な牙のようだ。ふっふふ」
噛み合わない二人の会話だが、得心がいったと思ったのは同時。
すると男は自身が持つ得物を地にドンッ、と打ち付けるとゆらりと立ち上がる。
「船曳正だな」
男が持つ得物は船曳と同じように時代に逆行したような槍。磨かれた槍の穂はよく研がれ、使い込まれていることが伺える。そして、槍の石突には小さな鉄球が取り付けられている。先程の鈍い音は鉄球を叩いた音である。
「俺を知っているのか? 俺はお前のことなど知らんが」
「知らんのは当然、私も初めて相対した」
ようやく噛み合う二人の会話。
「しかし、この場が分かっているのに警備隊が大人数で押しかけず、わざわざ一人で来るとはな」
「罪は認識しているようだな。最も、おとなしく投降する気はなさそうだが」
「当然。次は私が問おう、なぜ一人で来た?」
「やれ捕縛しろ、殺すなとヘルガは言うが、そんな意識を持っている奴がいると、はっきり言って邪魔なんだよ、お前を殺すにはな」
打刀を抜く船曳。
「ふっ、ふふふっ、いいぞ、まさにこれだ、私が求めていた物は。この殺気、あの頃を思い出す」
不敵に笑う男。
「昂ぶっているな、もしやお仲間を殺ったことを恨んでいるのか? 目が見えなくても心の眼、私の“心眼”で手に取るように分かるのだよ、お前の感情がな」
「ふん、一命を取り留めた奴が心眼に気を付けろと言っていたが、そう言うことか」
船曳が事前に知らされた犯人の情報の中に盲目でありながらも心眼ですべてを見切ってくるという話があったことを思い出す。
「心眼の前で隠し事は不可能、復讐もまた一つの正義、結構結構」
「そうか、分かった。お前の心眼は妖術や魔術、
「何?」
「六花の治安と民衆の生活を守る。それが警備隊の任務だ。どんな理由があろうと、一度その職に就いた以上、任務の過程で命を落とすことは当然。俺は警備隊長殿のようにそれを気にすることはないし、復讐の気持ちなど毛頭ない」
言いながら打刀を左手に持ち替え、牙突の構えを取る船曳。
「心眼で見えぬなら教えてやる、この俺が昂ぶるのは唯一つ、“悪即斬”という、俺自身の正義の為だけだ」
「ふっ、面白い」
男が自身の持つ槍を構える。
「相手にとって不足なし、その昂ぶる熱き血潮、浴びさせてもらおう」
左足を踏み込み牙突を繰り出す船曳、狙うは男の胴体。
だが、キンッ、という金属同士を打ち付けたような音がなると、船曳の動きが停止した。
「これが噂に高い牙突か、ぬるいわ」
男は船曳の牙突の先端を石突の鉄球で防いでみせた。
今度は男が攻撃の体制を取る。
「せいやッ!!」
槍を巧みに操り、穂の突きと石突の打撃を船曳に浴びせるかかる男。
船曳は後ろに跳躍して体制を整えるが、攻撃を完全に躱すことは出来なかった。致命傷には至らなかったが、傷を負ってしまった。
「ほぅ、中々やるな」
完璧なカウンターを仕掛けた男だが、船曳に致命傷を与えられなかったことに動揺はしない男。
「私がなぜ狙いすましたように、牙突の先端を防御できたか、知りたいか?」
その問いに無言を貫く船曳。
「では教えてやろう」
だが、男は船曳が思った疑問を見透かしているかのように口を動かす。
「お前が言った通り、心眼は妖術の類ではない、そして私は星辰力知覚に特段優れている訳でもない、心眼の正体はこれ」
男は右手の親指で自身の耳を指す。
「私は昔、ある企業から日本政府の要人を殺す依頼を請け負ったが、第二期新選組の船曳猛と対峙し、視力を失った」
男の口から第二期新選組の局長の名前を告げられる。
「命からがら逃げ延びたが、どことも分からない山中に迷い込み、力尽きた、生きているのか死んでいるかも分からなかった。だが、私は確かに、あの時一瞬死んだのだ」
男の脳裏にその時の出来事が浮かび上がる。
「だがその時、私はある音を感じ取った。それはせせらぎの音だった。猛烈な喉の乾きから、私は走って、走って、その音の方へと向かった。そして、その時私は気づいたのだ、はるか遠くの小川のせせらぎの音を聞き取ったことを」
男が目を覆っている物を額へとずらすと両目を切り裂かれた傷跡を船曳に見せる。
「一度死の淵を彷徨った私は蘇ったことで、異常聴覚を身に着けていたのだ。これにかかれば人間など音の塊。心臓の音は心理状態を、骨の摩擦音、筋肉の伸縮音は攻撃態勢を、私に如実に教えてくれる」
誇るように船曳へ言う男。
「これぞ我が無敵の心眼! 心眼の前では牙突など、ただの突き同然!」
自身の絶対の技をただの突き同然と言われても、動じない船曳。
「おや、心拍数が上がったぞ?」
しかし、船曳の内心を見透かして笑う男。
徐に船曳は右手を上げる。
「御高説どうも」
言うと同時にパチンッ、と指を鳴らすと、男が持つ槍の石突の鉄球が爆ぜる。
「だが、そこまで分かっているのなら、自分でも分かっているのだろう? どこの企業か、あるいはマフィア連中に雇われたかは知らんが、ここにいるのがその証拠だ」
男が心眼を得て強くなったと思ったのならば、真っ先に視力を奪われた第二期新選組の局長の元に向かうはず。それなのに船曳の元には局長の訃報は届いてはいない。
「心眼を得て、自分は強くなった思ったのだろうが、再会した局長は数多の死線をくぐり抜け、お前が思っている以上に強くなっていた。再び戦った所で敗北は必至。そして、負ければお前のそれまでの人生は、全て無駄に期す」
船曳は打刀の切っ先を男へと向ける。
「そしてお前の依頼主から教えられたのだろう? 第二期新選組の生き残りが六花に存在し、目障りな存在になっていると。だからお前は俺を知っている。局長に勝てないことの憂さ晴らしにと、俺を殺すことにしたんだろう?」
自身の考察を述べ終えると、不敵に笑う船曳。
「負け犬以下、だな」
「ふっ、ふふふ」
そう断言されて薄ら笑う男、それを見た船曳も笑う。
「ふっふふ」
「何がおかしい!!」
突如怒号を上げる男、同時に自身の持っている槍を二つに分裂させ、石突の方を船曳へ投げつける。船曳は最小限の動きで迫ってきた得物を躱す。
「負け犬は貴様ら新選組だ! 結局は企業に屈した負け犬連中が! 貴様は私の真の技でブチ殺してやる!!」
怒号を発しながら目を覆い、分裂した槍を短槍へと変え、背中をからまたも時代に逆行したような盾を取り出す男。その盾は海亀の甲羅。
「負け犬か、確かにな。だが、一つ教えてやろう、負け犬の負け犬たる所以は“負けた”からではない、“闘って”負けたから、闘わなかった者共に負け犬とそう呼ばれる」
言いながら牙突の構えを取る船曳。
「いいかッ! 闘わなければ男は負け犬にすらなれやしない! 闘いもせずに尻尾を巻いて逃げ出した奴が偉そうに吠えるな!」
「行くぞッ!」
踏み出したのは同時。
「亀甲の盾、中に何を仕込んでいるのか知らんが、この牙突に貫けぬ物は無い!」
盾を前に突っ込んでくる男に盾諸共貫かんと牙突を放つ船曳。牙突の先端が盾に触れた瞬間、男は盾を斜め下にずらす。同時に牙突の先端が盾に釣られて軌道を変える。
「なッ!」
これには動揺を隠せない船曳。
「仕込む? 何のことかな? この
船曳の目の前に盾が現れ、視界を遮られる。
「この
「ッ!」
言葉と同時に船曳の左太腿が短槍で突かれる。
男が短槍を引き抜き跳躍して後退すると、船曳の左太腿から鮮血が飛び散る。
「これが我が故郷、沖縄古武術の
牙突で重要な踏み込みを行う左足に負傷を負ったが、それでも牙突の構えを取る船曳。
「それでもなお牙突か、ただ一つの得意技を絶対の技に昇華させるのがお前達第二期新選組!」
船曳の姿に嘲笑う男。
「ふっはは! 最後まで牙突以外に頼る物は無いか! だが牙突の衝突の瞬間を心眼で見切れるこの私が、この三連動作を仕損じることは皆無!」
踏み込み、牙突を放つ船曳。
だが、またしても盾で捌かれ、今度は右太腿を短槍で突かれる。再び跳躍して後退する男が短槍に付いた血を舐め、勝利を確信する。
「勝負は見えたな、お前は一思いには殺さん。私を愚弄したこと、後悔させてやる」
「局長を殺せぬ憂さを、今まで自分より弱い人間を嬲って晴らしてきたか、やはり負け犬以下だな」
「何?」
「全くもって誇りも尊厳も何もないな、お前は陳腐な自尊心を自己満足で満たすだけだ」
「黙れッ! ならば!」
男は船曳へ肉薄し、船曳の顔面へ盾を突き付け、視界を遮る。
「これでどうだ! この間合では牙突は使えまい! 視界も遮られた! 今の貴様は目隠しされたダルマ同然! これでもまだ減らず口を叩けるか!」
男は船曳がまだ自分に向かって減らず口を叩くことに怒り狂い、嬲り殺しにしようとしていた思いはどこかへ吹き飛んでしまった。
(さあさあ、恐怖しろ、最後の一撃はこの盾の裏から顔面を突き、殺してやる。お前からは私が見えん、だが私にはお前の動きが全てこの心眼で――)
船曳を殺す手段を描いていた男の他所に、船曳は動いた。
(何!?)
瞬間、衝撃が男を襲う。
船曳は自身が放った攻撃が男を貫いたことを確信すると打刀を握っていた左手を開き、打刀を手放した。
船曳の一撃は男の盾を割り、威力を衰えることなく男を吹き飛ばした。
「ぐはッ!」
船曳の攻撃を受けた男の姿は見るも無残な姿になっていた。上半身と下半身が千切れ、上半身は胸に打刀を突きこまれて壁に磔状態にされ、遅れて下半身は千切れた部分からおびただしい量の血を吹き出しながら地面に倒れた。
「なん……だ……、今のは……、牙突……、か?」
息も絶え絶えになりながらも船曳へ問う男。
「牙突にはいくつかの型分けがある。通常の“壱式”。斜め上から突き下ろす“弐式”。対空迎撃の“参式”。そして、今のが奥の手、間合いの無い密着状態から上半身の
星辰力による身体能力の強化も使わずに、純粋な上半身の撥条のみで男の胴体を引き千切った一撃。
この零式の存在は第二期新選組の主要人物とヘルガにしか打ち明けていないが、ヘルガにはこれ程までの攻撃力を持っているということを船曳は教えていない。
通常の壱式だけで停学になるほどの威力を有しているが、ヘルガはこの零式は単なる間合いの無い状態から高速で打ち込む牙突という認識しか持っていない。当然、これ程の威力を持っていることが知られれば窮地の状態でも繰り出すことを禁じられるのがわかっているからだ。
「くそ……、船曳猛ならいざ知らず……、こんなはずでは……」
「惨めだな、闘わずして局長に負けた時、お前は武器を捨てるべきだった。己の信念を貫けなかった男など、死んでも生きていても惨めなものだ」
男の怨嗟の声を聞きながらも、船曳の言葉に男の思いを慮るような言葉は無い。
「貴様という男は……、どこまでも容赦しない男だな……」
「慰めの言葉でも掛けてもらいたかったか?」
「バカを言え、一片の淀みも無く己が道を貫く。簡単な様で何と難しい事よ。船曳正、お前はこれから更に巨大化する企業体制の中で、どこまで刀に生き、悪即斬を貫けるか……な」
男の最後の言葉を聞き終えた船曳は息絶えた男に向かって誇らしげに口を開く。
「無論、“死ぬまで”」
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