111 モラトリアム編 第1話 冷たい方程式と日常への回帰
「フム…規模が大きくはありますが、正攻法と言うべき解法ですな」
どんちゃん騒ぎの翌日、連合、帝国、魔族、アリアドネーの代表と学者を交えて行った火星緑化計画のプレゼンテーションに対し、連合の学者が計画をそう評した。
なお、資料作成は手伝ったが、プレゼン自体はネギに押しつけた。と言うか計画書に署名した責任と言う事で私と聡美も参加したが、本当はこういう場はぶっちゃけごめんこうむりたい。
「では、ネギ君達のプランに問題はないと?」
「ええ、昨日の時点で貰っていた計画書をアリアドネーで検討したのだけれども、一晩でわかる限りでも問題はなかったわ、地球の技術的、政治的面ではもう少し検討が必要だけれども」
ゲーデル総督の問いにセラス総長が答えた。
「まずは魔法世界からの小規模な緑化事業で下準備と延命を兼ねた第一計画を行い、その間に地球からの大規模緑化計画の為に宇宙開発を進める…面白い計画ですな」
続いて帝国の学者からも計画に好意的な意見が出て、ディスカッションが始まった。
「ふむふむ…計画自体には問題はなさそうポヨね…それ自体はいいことポヨ…が、少し…いや、かなり残念なお知らせもあるポヨ」
ある程度議論も煮詰まりブラッシュアップも進んできた頃、そう言ってザジの姉が魔族の学者に発言を促させる。
「…我々は火星裏界の崩壊は地球の標準時間で最短9年6カ月後から始まると計算していました、それがこの計画の前提にあるという事は皆様ご存じの通りでしょう…ですが、その前提が崩れています…詳細時期は各地でデータ測定が必要ですが今回の一件で火星裏界の寿命は半分程度まで縮んでいる可能性が高いと言わざるを得ません」
その発言に場が騒然とする。現状の寿命が5年では延命しても本格的な火星緑化に間に合わない可能性が高くなってくる。
「そんな…バカな」
誰となくそんな言葉が紡がれる…やっとの事で見つかった希望が途絶えるのだ…それに、私も聡美もネギもアスナさえ言葉がない。
「一応、この計算には抜けている延命要素がございまして…それを足せばある程度の安全マージンを確保した上で間に合う可能性は高いと概算はしております」
「それは…?」
少しほっとした空気の中、クーネルがそう問う。
「黄昏の姫御子です、我々の計算は黄昏の姫御子が火星裏界の礎から失われていた状況を前提としておりました」
「待った、それって…つまり…アスナに生贄になれと!?」
私はそう、絞り出すように叫んでいた。
「生贄と言う言葉が正確かはともかくとして、そういう事になります…ナギ・スプリングフィールド一派により黄昏の姫御子が礎から抜かれた際のデータと先ほどの議論を踏まえますと、星の並びが良い日が半年ほど後にありますのでその日から100年ほど…その後は黄昏の姫御子が再び礎から抜けても問題はないかと」
その後、魔族の学者から詳しい説明があり、その後の重い空気の中で行われたディスカッションによっても魔族の学者が最初に提示した結論は覆らなかった。
「…うん…私、やるよ、ネギ」
ずっと黙って話を聞いていたアスナが口を開いた。
「そ、そんな…アスナさん、あきらめないでください、まだきっと何か…何か手がある筈です」
ネギが狼狽する様子を面々は痛々しい空気で見守っていた…政治家連中も必要であればそうするにせよ、少女を好んで犠牲にしたい訳ではないのである。
「私がやらなきゃ、この世界が全部ダメになっちゃうんでしょ?それに死ぬわけじゃないし、100年後に迎えにきてね、ね?ネギ?」
「ハイ…アスナさん」
そう答えたネギはアスナに抱かれて泣き出してしまった…表層人格にすぎないアスナがもつのかとか色々とすでに議論の俎上に乗った事柄について言いたいことはあるが、そんな事を云う野暮な連中はこの場には居なかった。
『ん?』
その夜、明日のネギのお披露目セレモニーを見学する為にもう一泊と泊めて貰った総督府の客室で私と聡美は久しぶりに闇の悪夢に囚われていた。
『どうしましたか?』
と、私のつぶやきに聡美が応える。ちなみに意思疎通は念話の要領でしている。
『向こうの方から魔力を感じた気がして…ここは何もない空間のハズなのに』
『それは不思議ですねー』
『ああ、ただ不思議…なだけならいいんだけれども、マギア・エレベアの与えてくれる魔力そのものでさ』
『…ヤバくないですか?ソレ』
『ああ、無茶苦茶ヤバいというか不穏と言うか…マギア・エレベアを習得したのが原因だとは思うんだけれども』
『でしょうねぇ…もしかして、この空間って千雨さんの存在そのもの…とか?』
『テンブリスから詳しく聞いてないけれども、そうかもしれないな…で、ネギは扉を開いても耐えられたからアアなった…と』
『…千雨さんは扉を開くつもりですか?咸卦法とのミックスで不老不死と言うか存在階位の昇位を成すっておっしゃっていましたが』
少し不安そうな雰囲気が聡美から伝わってくる。
『んーなんというか、私がやろうとしているのは多分だけれども扉の向こう側の住人になる…的な解法だよ?うん、多分だけれども』
『そうなんですか?私は永続的な疑似精霊化と解釈していたのでうまくこの空間とイメージが合わないんですけれども』
『私も直感的理解に過ぎないんだけれどもな?咸卦法自体がある種の仙術でオド(気)とマナ(魔力)による陰陽融合強化術式なわけだ…で、それを紛い物にして精霊を足したのが私のシグヌム・エレベア・トリニタスだ。で、私は本物の咸卦法とマギア・エレベア…精霊化の秘術を練って一つにしようとしている』
『それはわかります』
『で、ここからが問題なんだが…精霊ってなんだろうな?』
『アーなんとなくわかりました、あの扉の向こう側が世界で、精霊は個…この空間のような密室ではなく世界の側に属する存在…だと?』
『なろうとしている最上位精霊に関して言えば、厳密には世界に共通する個…一面分くらい壁のない家とか東屋とかみたいなの存在…かなぁ』
『なるほど…そうなると常に扉が開いているとでも評するべきネギ先生の場合は?』
『…精霊と呼びたければ呼べなくもないかなと思うぞ?』
『…つまり、千雨さんがやろうとしている方法はマギア・エレベアの果ての方がまだ穏当…ってことですよね、ソレ』
『…そうともいう』
それに対し、聡美は非常に呆れたような思念を飛ばしてくるのであった。
翌日、ネギのお披露目セレモニーを見学した私たち一同はその足でゲートに向かい、麻帆良に転移、そして始業式に出席し、寮へと帰った。
「お帰りなさい、ちう様」
PCにダイブすると留守を任せていた電子精霊たちが私を迎える。
「ただいま、今朝は詳しい話が聞けなかったが、留守の間、問題はなかったか?」
「はい、更新休止のお知らせを出してありましたちうの部屋のアクセス数の大幅低下がおきていますのと、論文が大分溜まっておりますがそれくらいですね」
「わかった、ありがとう。力の王笏と同期して研究データの取り込みと論文の送付を頼む」
「はい、了解いたしました」
私はその作業を待つ間、部屋と表・裏双方のホームページの監視ログとを自身でも確認する…ざっと見た限りでは問題はないようである。
「ちう様、作業完了いたしました」
「ありがとう、じゃあ力の王笏の方に移動するよ」
「はい、行ってらっしゃいませ…ハカセ様がお待ちです」
そうして、私は力の王笏の電脳空間に移動した。
「あ、千雨さん、お待ちしていましたよ」
そう、ラフな部屋着姿で聡美が私を迎えてくれる…片手に論文のデータをもって。
「半月程度とは言えー情報チェックをできないでいるとー色々と論文も溜まりますねー」
そういう聡美の座る二人用のソファーの脇のサイドテーブルには論文のデータを疑似的に紙に印刷したモノが山と積まれていた。
「お待たせ、聡美。私も大分溜まっていたよ」
私はその隣、自分用の論文の山がある側に座り、肩を寄せ合って論文を読み始めた。
その後、お互いに興味を持ちそうな論文について話したりしながら論文の山を読み崩して過ごすのであった。
翌日の放課後、エヴァに呼び出された私は総督から巻き上げた魔法世界の高級酒を土産にマクダウェル邸を訪れ、魔法世界での出来事をエヴァに話していた。もっとも、すでに茶々丸からも聞いているとの事なので掻い摘んでと言う感じであったが。
「何、貴様もマギア・エレベアを習得したのか!?」
話がネギの治療?の段に入るとまあ当然そんな反応をされた。
「あ、ああ…スクロールのマスターのコピーに押し売りされたのを買った感じで」
「…まあ、アレならばそうするか…それがコピーの存在理由だからな…まあその話はあとでするとして、それからどうなった」
「それから…」
と一通りの話をし終えたのであった。
「フム、やはり二人で体験したことも異なるし、同じ場面でも茶々丸から聞くのとでは印象が違う面も多々あるな、楽しかったぞ」
「それは光栄だよ、エヴァ」
「うむ…それで、だ。お前はいいとしてハカセはどうする気だ」
「私はいいとしてってどー言う事だよ」
「はっ…貴様は放っておいても人間やめて私達の…化け物の世界にやってくるだろう…貴様にとってマギア・エレベアの習得は最後の一ピースだ…それを得ればあとは早いか遅いかにすぎん、が、ハカセはそうではない、貴様と同じ道を行くにはその才能に乏しく、無茶をしかねん」
「…幾つかプランは作っている、追々研究を進めて聡美も人間をやめて一緒に生きてくれる事にはなったよ」
「ふん、しっかり話し合っているならば構わんがな…ああいうタイプは思いつめると、とんでもない事をするぞ」
「…覚悟はしておく、二人でマスターに土下座する覚悟も…な」
「はっ…まさかの私だよりか?」
と、エヴァは失望したと言いたげに笑う。
「あらゆるプランが破綻した場合の最後の手段は…な」
そう、私も自嘲するように笑って答えるのであった。
「さて、それじゃあ数時間、城に潜ってから帰るわ」
「ああ、精々励むと言い…弟弟子に負けたままというのは貴様でも悔しいようだからな」
私はそのマスターの言葉を黙殺して背を向け、地下に降りて行き、城へと入っていった。
「そうだよ…悔しいよ…置いていきやがって、ネギの奴…必ず追いついて…いや追い越して見せる」
そう、呟きながら。
ネギ君曰く、本来、9年6カ月で時間は足りる筈なのです。そしてネギ君の雰囲気として明日菜を礎にする前提の計画ではなかったはずなのです。と言う事はネギ君の計算違いで時間が足らなかったのか、何かの理由で制限時間が短くなった為にテコ入れが必要となったか…でしょうね。それでそんな感じでこんな感じになりました。
闇の悪夢での会話の件は、まーUQホルダーでの『金星の黒』の扉かそれに代替するモノですね、詳しくは決めていませんが。