わたしはいま、昨日から始まった6年生の夏休みを謳歌しようとしている…と言いたいんだが今ちょっと問題が起きている。
何が問題なのかというと、プロジェクトの方向性の問題で少々意見の対立が起きている。
今までは表だった対立がなかったんだが、私達のプロジェクトには大きく分類して二種類の派閥がある。
一つは『日常重視派』、もう一つは『戦闘重視派』だ。
まあ、別に前者が後者を理解しないわけでも、後者が前者をないがしろにするわけでもないし、それぞれの中でもいろいろと派閥があるんだが…
そして、なんでこんな事になっているのかというと…現在の技術では…麻帆良の技術をもってしても…想定よりも各種オプションを相当絞り込む必要がある、という事がはっきりとしたからだ。
その絞り込みで問題になる問題点を列挙すると
まず、必要動力の増加。
基礎設計の段階から電力で動く前提になっているため、バッテリー、内部発電、外部電源(発電機、外部バッテリー両面)のいずれかという事で話はまとまった。
そんでもって、いけるとこまでのコンセプトからして技術試験やデータ収集用の派生形はともかく、完成品が外部電源はいやだと言う意見多数により選択肢から外れた。
内部電源については…排熱機構の問題もあって…難しいだろうという事になった…内燃機関はロマンらしいが、特に原子炉や核融合炉とか。
というわけで、バッテリーで通常モードで最低12時間(最初は24時間だったが徐々に短くなってここで落ち着いた)の連続稼働を目標にする…という事になったのだが、
その為に積み込む大量のバッテリーが…各パーツの強化により急激に増加し、機体の搭載可能量を圧迫している。
搭載オプションによってはこれをさらに増加させる必要さえあるので問題が複雑化する。
次に人工知能とコンピュータの問題。
経験という名の大量のデータを蓄積したシステムは様々な方策を施してはいるが、大量の電力を食い、多くの記憶容量と演算部を必要とするため、これまた非常に搭載量を圧迫し、前述のバッテリー消費量も跳ね上がった。
そしてそれは各種オプションプログラムの採用量でその必要とされるスペックも変わってくる。しかも同一オプションにも経験の蓄積度や最適化の自由度、可能行動の範囲で多くのバージョンがあり、そこも争点となっている。
搭載パーツによってはその制御に複雑なプログラムを必要とする場合があり、その場合はさらなる増強も視野に入れねばならない。
そして通称ロマン機構と呼ばれオプションパーツ群の高性能化とそれに伴う各種負担の増加。
『日常重視派』は脈や人肌のぬくもり、心音などを再現する装置を搭載したがるし、普通の服装で露出する部分には機械らしさを残したくないという。
『日常重視派』のオプションパーツ自体は比較的負担は軽いもの多いんだが、オプションプログラムに日常生活系を高性能なプログラム(つまり処理量の多いものや機能の多いバージョン)を使いたいという。
感情は…再現できなかったというか…一応作ったものに私が満足できなかったから封印して、感情プログラムを搭載するなら種から成長させる方針をとる事とした…これがまた重い上に常駐型にしてあるから負担が大きいんだ。
…まあ、芽吹くのにどれだけかかるか、どころか芽吹いてくれるかさえわからない代物なんだがそれでも搭載を希望する。
『戦闘重視派』はアームにロケットパンチを使用したり、小型ジェット…小型化には成功した、恐ろしい事に…での飛行をさせたりしたいという。
『戦闘重視派』も日常を軽視するわけではないんだが…こう、ロマンを再現しようという連中が多くて…戦闘もこなしたいし、ロケットパンチやフライトシステムなんかもほしいとなる。
そうなるとまず、耐久性を数段高くしなければいけなくて、それに伴う自重の増加が駆動系の強化とそれに伴う電力消費量の上昇を招く。
さらにロケットパンチアームは腕の中に仕込めるものが減る一因になるし、小型ジェットでの飛行機能を搭載するなら…もう、泣くしかないレベルで他のいろんなものを犠牲にする事となる。
さらに言うなら、パーツの性能を多少妥協すれば軽量化や省エネ化も可能なんだが…それは『何をさせたいか』がより明確になってくれないと、性能の妥協をどこまでしていいのかわからないし、
『いけるとこまで行ってみる』
が合言葉のプロジェクトだったゆえにパーツ改良はそう言った面は抑制努力程度しかしていなかった。
皆、じゃあ各自勝手にやろうぜ!っていう気は欠片もないようなので…そこは嬉しい事なんだが。
複数のタイプをつくろうにも予算と設備の問題が立ちはだかって、そこまで沢山はつくれないし…
とりあえず、という事で各パーツともに性能を維持しつつ軽量、省エネ化を検討し始め、少しずつは妥協点を探りはじめてはいるんだが…
人によってそういう努力がどこまでみのるか見解が違うし、機能の幅を妥協するか、それぞれの機能のレベルを妥協するか…そういった方向も纏まっていない。
それにどっちの気持ちもよくわかる…っていうかやっぱり日常ではどこか人間くささのある万能ロボット、危機には戦闘もこなす安心の危機対応、が王道だと思う。
それが出来なくて今もめているんだからそんなこと言えなくて私は沈黙を貫き、主要プログラムの軽量化に取り組んでいるんだが…最初からそれなりに努力はしてあったから成果はあまり出ていない。
テンプレだろうが何だろうが私はそういうのが好きだ…ああ、そうだよ、すっかりオタクになっちまっているさ、悪いか!
初めは空想世界のロボットってどんなのがあるのかな、って感覚だったが完全にロボット関係ない話でも行けるようになっちまっているよ!
つい、可愛いなとか思ってアニメキャラの服装自分で作ってみたりもしちゃったさ、一度それをロボ研に着てきて…なんて事もあった…思い出したくねぇ。
ああいうのはそういう場所だけで良いよな…話がそれたな、戻そうか。
んでもって、聡美は沈黙を貫いている。
あいつならツルの一声で少なくとも方向性だけでもかたを付ける事もできるんだが…それをしたくないのか何なのか…というわけで
「聡美…ちょっといいか? 少し話があるんだけど」
直接本人と話をする事にした。すると聡美はプライベート用を兼ねているノートパソコンを前に何か悩んでいた。
「千雨さん?ちょうど私も相談があったんです。あ、千雨さんもパソコン持ってきてくださいね。」
「ああ、すぐとってくるから玄関ホールでまっていてくれ。」
パソコンを持って来いって事は何かアイデアでも思いついたんだろうか?そんな顔じゃあなかったような…まあ聞けばわかるか。
工学部の玄関ホールで合流した私達は暫く歩きまわって余り人気のないベンチに座った。
「さてと…どっちから話す?」
私はそう言って伊達メガネをはずして白衣のポケットにしまう。
「そうですね、千雨さんは…今のプロジェクトの状況について…ですか?」
「あたり、聡美が沈黙を貫いている理由が気になって…な」
「沈黙を貫いていた理由はですね…本当に今のまま完成させていいのかな? そう思っていたからなんです。
まずは妥協の産物だとしても一応の完成をさせて、つぎにつなげる…それでもいいのかもしれませんけど…
でも妥協する前に…一つだけ試してみたい動力があるんです」
「試してみたいって何を…?」
「…魔力です」
「…は?今、なんて言った?」
聡美の口からとんでもない言葉が聞こえた気がする。
「だから魔力です。世界樹の…あの異常に大きい樹の発光は何らかの方法で取り込んだ魔力を放出している現象である…
それゆえにここ麻帆良は魔力に満ちている…ゆえに彼らにとって麻帆良は重要な拠点となった…千雨さんが立てた仮説でしたよね」
「いや、だからってそんなわけのわからないものを試すって…そもそもどうやって…」
「ええ、本当なら私もそういう結論になって今日の検討会から積極的に動くつもりでしたよ。このメールがなければ…あ、お願いしますね」
そう行って聡美は私にケーブルの一端を差し出す。接続しろって事らしい。
「昨日の晩、私のパソコンに…それもプライベート用アドレスにこんなメールが届きました」
聡美から転送されたメールを(もちろん自前のセキリティーソフトでもチェックしてから)開けてみた。そのメールに書いてあった事を要約すると、
・差出人の名前は超 鈴音(チャオ リンシェン)という自称謎の中国人発明家
・ある目的のために聡美の力を借りて共同で研究を行いたい
・対価としては以下の3つ
・第1に聡美の行っている、あるいは行う研究に対するチャオ本人の協力
・第2にこの都市の秘密を教える
・第3にこの都市の秘密にかかわる新型機関の実用化に必要な協力者の紹介および仲介
・以上の条件に関し、手付として3の新型機関の設計図と2についての一部、他を添付する。
・この話に興味を持ったなら会って話がしたいので翌日中…つまり今日中に返信を求む。
・口の堅い人間にならこの件を相談してもいいが、外部に漏れたら互いにとって危険である。
続いて添付されていたファイルを確認すると
『麻帆良学園の秘密 お試し版』
『秘密の動力炉 試作設計図』
『他 現在進行中のプロジェクトに関する贈り物』
というタイトルで三つのファイルが入っていた。
…なんだこれは
思わず息をのんだ。
一つ目のファイルについては『魔法使い達』の事だと思われる何者かについて…その存在を物語る事象などについて…入手が容易なデータの組み合わせで丁寧に述べられていた。
そして…『最後に続きは正式版で、危険だからまだ直接調べたらだめネ』って書いてある。
二つ目のファイルはよくわからないが『何か』をためておく機構があり、その『何か』から電力を直接…間接なのかもしれないが…取り出す…いや、変換するような設計になっているように思えた。
三つ目のファイルは…うちのパーツの改良型と思われる設計図と新世代大容量記録媒体理論、そして現存する試作量子コンピュータの実用化計画…
そしてそれらを最大限利用した『新型機関』とそれを流用した推進機関への換装を前提としているであろう、『外部電源式』のガイノイド設計図…
もし、これをたった一人で用意したとするならば…聡美に勝るとも劣らない天才としか言いようがない。
時間をかければ…とも思ったが3つ目のファイルの量とベースになったであろうパーツの完成時期を考えると…まあ、無理だ。
「メール本文の方は自分で謎のって言っている時点で怪しいんですが…添付ファイルに関してはわたしのみるかぎりでは…動力炉とやら以外に関しては間違いなく…本物です。」
「ああ、私も同意見だな…しかもデータが盗まれてやがるな…」
クッ
部位によって改良型が添付されていたりされてなかったりするのはセキュリティーが関係しているのか…それとも簡単に改良できなかったからなのか…どちらにしても何処から盗まれたのかはっきりさせないといけない。
「このメールをどうするのかが…相談なんですが…探れますか?」
「ん~難しいだろうな…誰から抜いたかはわからないが…ネット経由だとすればそっちから簡単に探られるようなへまはしてないだろうし…
アドレスから探るとしても…今日中は厳しいだろうな」
「…なら直接会ってみる方で良いですね?」
変に公的機関に話を持っていくとドロンされてしまうんだろうなぁ…
黙殺すればどうなるか…すんなりあきらめるわけはないし…
期限までにプロジェクト参加者全員のコンピュータの侵入された痕跡を徹底的に調べるとか無理ゲーだ。
かといって、メールサーバーに侵入して…とかは時間的にちょっと厳しい。
「ああ…それしかないだろうな…悔しいけど」
「では、返信しますね」
私は無言で大きく一度だけうなずいた。
カチャカチャ カチッ
パタン
暫くして、送信が終了したのか聡美はパソコンを閉じた。
私もパソコンを閉じて立ちあがり、メガネをかける。
「さて…今はここまでですね―」
「そうだな…続きはまた…ってそういやなんて送ったんだ?」
「ふふ~気になりますー?」
「…言いたくないなら良い」
「あ~もう、ちょっとしたお茶目じゃないですか。単純に、『興味は持ちました。』って送りましたよ。」
「…えっと…いつ、どこで会おう、とかは入れなかったのか?」
まあ、確かにあれだけのものを用意したのだからさらなるアプローチがあるだろうけど…
「…まあそのうち向こうから接触してきますよ~きっと。それより、何か甘いもの食べてから戻りましょう、千雨さん」
それでいいのかなぁ…それだとむこうに交渉の主導権握られる気がするんだけど…
「ん…わかった。工学部のスターブックコーヒーでいいか?」
まあいいや、ケーキでも食べながらそこらへんを相談しておこうか。
「良いですねー」
そんな感じで私達は工学部前まで戻ってきたんだが…なんか、私達と同じくらいの年頃の少女が道の真ん中に立っていた。
なんか、中国人っぽい…まさかな…
「おや、急いできたがお邪魔だったかナ」
…チョットマテ
「私が超 鈴音ネ。はじめましてヨ、はかせさとみサン、はせがわちさめサン」
そんなすぐ来るとか…
「興味を持ってくれたみたいだったので来たヨ、お話の場所はまずはそこのコーヒーショップでヨロシカナ?」
聞いてないぞ…
プロジェクトに問題が発生したようです。その為に現在スケジュールが停滞しております。
実はこれ、千雨さんの基幹AIの最適化機能の応用でパーツのデータ取りが簡単になったため、大量のオプションパーツが誕生した事にも起因します。
あと千雨さんは立派なオタクになったようです。
ちうのホームページもあるんですが…内容はコンピュータについてのコラムと日記、そしてちょっぴりオタ成分で成り立ってるみたいです、今はまだ。
チャオさん登場
ここから研究は加速して行く予定です。