例えばこんな長谷川千雨の生きる道   作:紅シズク

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65 夏休み編 第6話 闇の呪紋と無茶の代償

朝練二日目、私は楓と約束通り、呪血紋ありでの手合わせをするべく向き合っていた。なお、今日もまた木乃香は強制参加である。そうでなくても治癒魔法の実験台にと参加していただろうが。

「ねえ、ネギ、きっと勉強になるって言っていたけど何が始まるのよ」

「何って…千雨さんと楓さんの戦い?千雨さんは従者無しの魔法拳士型だし、アーニャにも勉強になると思うよ」

そんな会話を交わすネギとアーニャを尻目に私は咸卦の呪法を発動させる。

「じゃあ、始めるか、楓…死ぬなよ?」

「うむ…死にたくないので…制限なしの本気で行くでござるよ、千雨!」

そう、互いに宣言し、跳躍、空中でぶつかる…と同時に断罪の剣を展開、楓を切り裂く。

「ひっ、人殺しッ!?」

アーニャが叫ぶが無視である…こんなわかりやすい影分身に引っかかってたまるか。

そのまま前方への脱出、先ほどの影分身をまともに相手にしていれば私を交点に捉えたであろう5方向からのクナイを避ける。

そのまま反転し、楓とその分身に牽制の魔法の矢を放ち、楓の(多分)影分身のうち一体と切り結ぶ。

「いやあ、いつも以上に容赦がないでござるな」

「そっちこそ…なかなか殺意が高いぞ」

と会話を交わすが、他の分身と本体に半包囲されるのを避ける為に即離脱する。

 

魔法の射手 散弾 雷の17矢

 

行きがけの駄賃とばかりに魔法の射手で牽制を放ち、乱れた連携を突くように機動戦に入った。

 

「「「うむ、確かにその魔法陣は厄介でござるな」」」

「お前の影分身こそ…削っても削っても復帰してきやがって!」

最初に楓がデコイにしたような薄いのならば兎も角、真面目に練られた影分身は本当に厄介である。識別は困難で、楓本体ほどではないにせよ、油断はできない気力を誇る…それこそ牽制程度の密度で魔法の矢をばらまく程度では区別がつかないほどには。おかげで消耗を強いられているのだが、倒しても本体の気力と引き換えにすぐに補充されてしまうと血が足らん…いつもは影分身の補充に制限を入れているのだが、今日は制限なしである。

「いやいや…補充もなかなか大変なのでござるよ?」

「うむ、いつもより強力な魔法で影分身の消耗速度も速い」

「しかも、何だかんだでキッチリ対応されておるしな」

尚、この会話は三体の楓と順に切り結びながら、他の楓からのクナイ・手裏剣での牽制に対応しつつ交わされている。

「ええい…」

「むっ、逃げるか」

と、一時離脱する私に追撃をかけてくる楓たち…

「ノイマン・バベッジ・チューリング 雷精召喚 戦の乙女 29柱」

そこに中位雷精霊による戦乙女をぶつけ、足を止めさせる。

「ノイマン・バベッジ・チューリング 来たれ雷精 風の精 雷を纏いて 吹きすさべ 南洋の嵐」

「む、いかん」

とっさにペアで片方を足場にもう片方を射線から離脱させようと図る二組の楓…

「雷の暴風」

まずは、と射線に捉えた楓たちを戦乙女ごと一掃する。そしてそのまま、近い方の楓に向かって跳躍、切り結ぶ。

「いやはや、血の魔法陣アリならばそのクラスの魔法も割と手軽に使える事、忘れておったでござるよ」

「ノイマン・バベッジ・チューリング 氷瀑」

「むっ」

私は話しかけてきた楓を相手にせず、短縮詠唱で生き残った戦乙女に囲まれていたもう一体の楓に氷瀑をかました。

「さ、また増えられる前に…勝負をっ!」

首筋に来るチリっとした予感を信じ、その場を大きく離脱すると同時に、寸前まで切り結んでいた楓が爆ぜる。

「ちっ…符術かよっと」

一度地面に降り立った私はそう言いながら断罪の剣を展開、横なぎにする。

「いやはや…今のをしのぐとは思っていなかったでござるよ、千雨」

それを軽やかによけながら服に霜の着いた楓がほざく…

「お前こそ…あっちが本体だったか」

「うむ…符術を習っておらねば先ほどので決まりでござったな」

どうやら、氷瀑を符術による防御で防ぎ、ここに立っているらしい。先ほどの分身の自爆も符術だろう。

「まったく…もう形になっていたとはな」

「ぶっつけ本番でござったが…まあ拙者の切り札という奴であるな」

クナイと鉄扇で切り結びながら会話を交わす…もう少し行けるが、また増えられれば血はそろそろ危険域に入る。

「で…増えねぇのかよ」

「いやあ…拙者もそろそろ限界が近くてな?気の無駄遣いはできんのでござる…千雨の出血量もそろそろきつかろう?」

「…まあな…終わりにするか?」

マスターとの試合を観戦されていたのだ、失血量の限界はある程度予想されているだろう。

「まさか…せっかく楽しくなってきたのにやめるなど…」

「「とんでもござらん」ねぇわな」

 

魔法の射手 散弾 戒めの7矢

 

後方からの微弱な気配…いつの間にか入れ替わっていた楓の本体のセリフにかぶせるように言うと共に、魔法の射手を後手で後方に放ち、その場を離脱する。

 

「限界が近いんじゃねーのかよ」

「「いやいや、限界が近いだけでまだもう少しはいけるでござるよ?」」

二人の楓がひょうひょうと宣言する。

「そうかい…なら精々踊ろうぜ!」

「「応!」」

そして私たちは再び空を舞うのであった…

 

が、楽しいダンスにも終わりの時はやってくる。

「私の勝ち…だな」

「うむ…拙者の負けでござる」

始めこそ拮抗していた戦いではあったが、もう数回呪血紋ありで魔法を使う事と引き換えに影分身を始末する事に成功、その後は何度も切り結び…最終的には寸前まで断罪の剣を展開していた私の鉄扇が楓の胸を突き、私の勝ちが決まった。結果論ではあるが、自爆をさせた分身をそのまま戦力として運用していれば競り負けたのは私だったかもしれない、という程度にはぎりぎりの戦いであった。

「お疲れ様でした、千雨さん。はい、コレ」

「ありがとう聡美、頂くよ」

観戦場所に戻ると、今日は前もって持って来てあったらしい造血ポーションを聡美から受け取り、その場で飲んだ。

 

 

 

「ちょ、ネギ、私が千雨の相手とか無理よッ!」

「大丈夫だって、アーニャ、千雨さんはちゃんと手加減してくれるから」

「嘘よ!あんたさっきボコボコにされていたじゃない!」

アーニャとネギがそんな会話をしているのは午後錬の途中、ついでにアーニャの相手をしてやれ、とマスターに言われたからであった。

「安心しろ、ネギのは限界を分かった上でそこを引き出すようにやっているから。アーニャはまずは実力を測るところからだな」

「それなら…って、私もそのうちボコボコにされちゃうわけ!?」

「…アンナ・ココロウァ、いいからとっとと千雨と戦え!」

と、言うわけで小手調べに戦ったアーニャの実力は、弟子入り当時のネギ位であれば圧倒できたであろう程度にはあった…まあ、伸びしろに期待、という奴である。

 

 

 

そしてその日、私用も兼ねて長い夜を聡美と別荘で過ごした後…翌日の朝練前に私は一応形になったマギア・エレベアを元に開発した呪紋をマスターに披露していた。

「よし…では始めろ、千雨」

「はい、ノイマン・バベッジ・チューリング 契約により来たれ 高殿の王 我に力を 雷の招来」 

この為だけに開発…というか抽出・再構成した専用呪文を詠唱し、魔力塊を作り出す。

「魔力掌握 精霊の歌・雷奏」

そして、それを両掌で挟む様に潰し、両腕に糸で刻んだ特殊な呪紋…闇の呪紋(シグヌム・エレベア)の試作…によって両腕を主とする全身に纏った。技としての名称は、一応コレは戦いの歌の類という事にして命名した。

「…千雨、攻撃魔法ではなく専用の上位精霊召喚魔法を使用している点を以てそれはマギア・エレベアではない、と主張するつもりか?」

「ええ…まずは副作用の主要因を除いてみました…加えてマギア・エレベアほど深く霊体に取り込んでいないという点でも異なっています、その分弱体化もしてしまいましたが。あくまで応用に向けての試作です」

バチバチと両腕から稲妻を迸らせながら言う。

「…攻撃魔法でもできるだろう?ソレ」

「あーえっと…できます、試したのは魔法の射手だけですが、理論上はもっと強力な呪文でも…」

「で、その場合の負荷…というか霊体への侵食は?そんな小手先の改造で完全に別物になるとは思えんのだが?」

マスターがジト目で私を見る。

「…はい、恐らくですが、白き雷や赤き焔位ならさほど問題はないですが、雷の暴風や闇の吹雪クラスの呪文では霊体の方にもかなりの侵食が始まるかと…強化効率・魔素汚染、共にマギア・エレベアそのものよりは低減されるでしょうが」

マスターには隠せないと正直に答えていく。

「馬鹿者、それではその呪紋、結局マギア・エレベアそのものだろうが!?」

「あ、実際の運用では咸卦の呪法に練り合わせて魔素侵食への対抗手段にする予定です」

「なるほど…って、咸卦法と闇の魔法の併用なんて、何を考えている!?」

「ダメ…ですか?魔素侵食に対抗でき、かつ理論上は精霊と融合とも呼べる域に至れる、最も効率的な方法かと思うのですが」

精霊の魔力と気を己の魔力が仲立ちとなり混合され、存在と混ぜ合わせる…咸卦法の亜流進化技法、疑似的な精霊化…素晴らしいと思うのだが。

「疑似的に己を精霊と化すソレこそがマギア・エレベアの奥義だ!

基礎理論から別アプローチとはいえ、自力でそこにたどり着きおって!まったく…」

と、マスターがため息をつく。

「こうなっては仕方がない。だが、命の危険かそれに類する状況以外、精霊の歌とやらとその複合技以外使うな、いいな?」

「はい、もとよりそのつもりです…魔力効率はそれが一番いいので」

なお、魔力効率の話であって、いざという時は呪血紋付きの雷の暴風位は纏うつもりである。

 

 

 

「さてさて千雨さん、私の秘密の御開帳ですー」

マントを羽織った聡美が書斎に入ってきて、そんな事を言い出したのはマスターにシグヌム・エレベアの試作を披露した日の(別荘内での)晩、朝練寸前の事だった。

「…どうした、聡美、いきなり…もしかして、工房に篭って作っていたヤッか?」

「あーバレてましたー?そうですよー貴女が無茶を形にしている間に作り上げた私の作品です、千雨さん」

そう言いながら聡美がマントを脱ぎ捨てた。

「…超の強化服…?」

「を、現用技術で複製して、貴女の皮膚に埋め込まれた呪紋を元に考案した刺繍を施して強化した戦闘服です」

聡美がどや顔をする。

「これで単純な身体スペック自体はかなり向上しますし、今晩の個人指導で魔法の射手、武装解除、魔法障壁も覚えました…私も参加しますよ、夕映さん達図書館組やアーニャさん達レベルの本格的な修行に」

「ちょっ」

「待ちません」

ちょっと待て、そう言いかけた私を聡美が遮る。

「千雨さんが無茶をやめないならば私も無茶をして、少しでも強くなるって決めたんです。貴女がエヴァさんに殺されかけた時に」

「あ…ハイ…でも…無理は…しないでくれよ?」

「もちろんです、でもいっぱい無茶をして一歩でも貴女に近付いて見せます…届かなくとも…」

「わかった…頑張れよ、聡美」

そう言って、私は聡美を抱きしめる。

「…ちょっとだけ、聡美が感じていた不安が解る気がする」

「ふふーそれはよかったです…という事で、その魔法を取り込む呪紋の研究で無茶をすれば私も無茶をしますので、そのつもりで…次は千雨さんに呪紋の施術をおねだりしましょうかねー」

「…わかった、聡美の体質に合わせた呪紋の検討しておく」

「そっちじゃないですよーっ!千雨さんのバカー!」

と、聡美がぽかぽかと私の胸をたたき、その後、二人で笑い合う。

「…まあ、そっちでも良いですけれどね?でも…人じゃなくなるなら…私も連れて行ってくださいよ?」

「…誓っただろ?離しはしない、って」

「ならば…いいですよ、好きな所まで突き進んでください…頑張って少しでもついていきますので」

「ああ…」

そうして、私たちは強く抱き合った後、キスを交わした。

 




未来のルートの示唆を少しばかり…また分岐しそうでもありますが

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