例えばこんな長谷川千雨の生きる道   作:紅シズク

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67 夏休み編 第8話 三位一体の闇呪紋

「ふぅ…今日一日で呪紋が体になじんできた気がしますー」

私の施術の翌日、刻んだ呪紋の慣らし運転を行っていた…のが終わり、夕食前のお風呂である。

「そうだな、総合スペック的にはアーニャにも抵抗できる位には強くなれている筈だよ」

「…総合スペック的には…で、かつ対抗じゃなくてー抵抗ですよねー?」

「…うん…まあ夕映やノドカには勝てるんじゃないかな?元々の目的である遁走という意味では多分、アーニャからは逃げ切れる」

「はい、精進しますー千雨さんの方も、問題なさそうでしたねー三位一体の闇呪紋(シグヌム・エレベア・トリニタス)も特に問題なく…精霊の歌・三重奏も成功して機動試験も大丈夫そうでしたしー」

「そうだなぁ…実際の実践戦闘訓練は独奏から試すつもりだけれども…行けそうだな、明日の朝練から」

「皆さんびっくりするでしょうねー」

ふふふ、と聡美が笑う。

「まあなぁ…泊まり込んで何かやっているのはバレているだろうけど…魔法世界行に間に合ってよかったよ、トリニタスの試作一号」

「そうですねー改修前の闇の呪紋(シグヌム・エレベア)では咸卦の呪法との相性的に今一でしたからねー二人で無茶したかいがありましたね」

「まったく…間に合わないなら泊り込めばいいじゃないですか、って言いだした時は本当に驚いたんだからな」

そう言って、聡美を後ろから抱きしめる。

「えへへ…楽しかったですよー二人きりの生活…それも千雨さんの個人指導と共同研究付きで」

「まーな…想定からすると戦力的に石橋を叩いて渡るなんてもんじゃないけれども…それでも、安心ではあるよ」

私は、そう言って笑った。

 

 

 

「さて、がんばった聡美にプレゼントがある…というか、約束のアクセサリー型の発動媒体だな」

そう言って私は一組のバンクルを聡美に手渡した。

「わぁ…これ、千雨さんとおそろいですか?」

「うん、同じデザインにした、サイズは違うけれども」

「はい、ありがとうございます…あれ?ダミーの方に…T to S…えへへ…」

まあ、ちょっとしたメッセージを刻んでみた…喜んでもらったようで何よりだ。

 

 

 

その後、数日の戦闘訓練・使用実感の呪紋設計へのフィードバック(出発前の最終朝練初日に刻みなおす予定)などをして夜を過ごし…一度別荘の外に出た。

「おはようございます、ハカセ、千雨お母様…昨夜もお楽しみでしたか?」

「千雨さんとの二人きりのお泊りは楽しいよー茶々丸」

マスターに紅茶の給仕をしていた茶々丸のからかいないしボケに聡美が直球を返す。

「…まったく…で、どうだった?昨夜、施術するといっていたが?」

「はい、一応の形にはなって、自主練での試験では問題ありませんでした、咸卦の呪法・トリニタス…いえ、三位一体の闇呪紋(シグヌム・エレベア・トリニタス)」

そう言ってマスターに報告をする。

「フム…ならばよい…若干ぼーやの旅には過剰戦力な気もするが…な…」

そう言って、マスターは紅茶をすすった。

「そうですね…でも、足りないよりはいいかと」

「ふん、やかましい。自覚がないようだから一応言っておくが、今のお前、本気を出せば魔法種の下級竜位瞬殺できるからな?…いや、断罪の剣アリならば刻み変え前から行けた…か?」

そう言って、マスターはよくわからない悩みを始めた。

 

 

 

「さーて、それじゃあ、今日も朝練頑張るぞー!」

「「「「「「「「「「「「「オー」」」」」」」」」」」」」

と、いつもの通りにハルナの掛け声を合図に、朝練が始まった。

「ふふふ、夕映さん、ノドカさん、私は昨日までの私とは違うんです…是非戦いましょう!」

「どうしたんですかーハカセさん」

「アーそう言えば、昨日の朝練で、千雨さんに呪紋を刻んで貰うっておっしゃっていましたね…では、その成果も気になる事ですし、やりましょうか」

と、聡美の夕映たちとの試合が決まる。

「千雨さん、ハカセさんに糸の魔法陣刻んだんですか?アレって施術される方も結構きつい上に個人用に調整しないといけないっておっしゃっていましたよね」

「ああ、だからここ暫く毎晩別荘に泊まり込んで施術が意味のあるレベルまでの特訓と体質把握と再設計を二人でやっていたんだよ…きついのはまあ…本人の強い望みだし」

「なるほど…」

といった会話をネギとしていると、聡美と夕映との試合が始まりそうになる。

「では…はじめっ!」

「プラ・クテ・ビギナル 雷の精霊5柱 集い来りて」

夕映が様子を見るようにまずはと昨日までの聡美でも収束させなければ障壁で防ぎきれる程度の魔法の射手を警戒しながら詠唱する。

 

戦いの歌

 

一方、聡美は昨晩さんざん練習した両手を合わせての戦いの歌の無詠唱発動を行う。

「敵を射て 魔法の射手 雷の5矢」

詠唱完了し、放たれる夕映の魔法…それを聡美は戦いの歌で強化された身体能力で、真横に跳んで避けて見せた。

「戦いの歌の無詠唱…というか手を合わせての発動…あれも呪紋ですか?」

「ああ、完全無詠唱もできたけれど…いずれは自力でやりたいからって、練習用にああいう形式にした」

「なるほど…呪文での補助が入って強化もいい感じのようですね…ちゃんと慣らし運転も済んでいるようですし」

私とネギが観戦しながらそんな会話をしていると、聡美が詠唱を始めた。

「ガリレオ・ニュートン・アルベルト 雷の精霊11柱 集い来りて 敵を射て」

「プラ・クテ・ビギナル 雷の精霊11柱 集い来りて 敵を射て」

同種・同属性・同数の魔法の射手か…ならば、聡美の有利か。

ちなみに、始動キーは呪紋に刻む必要があったので、考案・設定するように言ってあったものである。

「「魔法の射手 雷の11矢」」

ぶつかり合った22本の魔法の矢は互いの照準を逸れたものの、呪紋の強化分と始動キー補正で何本かは撃ち勝ち、夕映の周りに飛来する。

「わっ 風盾」

まー夕映もまだまだ戦闘素人でとっさに無意味な魔法障壁を張ってしまう…

「ガリレオ・ニュートン・アルベルト 風の精霊7人 縛鎖となりて敵を捕まえろ 魔法の射手 戒めの風矢」

と、その盾型障壁を強化された身体能力で走って回り込んだ聡美が、走りながら詠唱した戒めの風矢が夕映を襲った。

「くっ…」

とっさに体を倒して風矢を避けようとするが、一本が夕映にあたり、腕を縛って受け身が取れない状態のまま倒れていく…のを、そのまま駆け寄っていた聡美が受け止めた。

「夕映さんーお怪我はありませんかー?」

と、のんびりという…しっかりと片手は夕映の喉に添えられているが

「あ、ハカセさんの勝ちですー!」

「あ…負けました…です」

「やりました、千雨さん!私、初めて勝ちましたよッ!」

「おめでとう、聡美!」

…とは答えるが

「ええっと…千雨さん、つかぬことを伺いますが…ハカセさんにしたのって…全身施術ですよね?」

…ネギの小声での質問が如実に聡美の強さを物語っていた…確かに強くはなっているが…あの程度なのか、と。

「…一応、障壁と逃げ足重視で施術した…緊急展開用の障壁は一般的な威力の白き雷くらいは完全に防げる様にはなっている…」

正直、新人魔法使いに使えるレベルで、かつ聡美の才能を前提とすると…うん、残酷なまでの才能の差を何とか無茶で誤魔化してスペックで圧倒して勝った、という感じではある。聡美本人にも、設計段階から施術する呪紋は戦えるようにすると言うよりは逃げられるようにするのが主目的である、と散々言って聞かせてあるし、才能方面に関しても自覚はあるようなので、ここでは言わないでおくが。

 

 

 

「なーネギー千雨姉ちゃん、ハカセ姉ちゃん達の事はええから、俺らもやろうや」

と、その後もノドカや夕映と数戦するのを見守っていると、コタローが言った…ちなみに、聡美は案の定、その数戦で一度だけとはいえ、夕映相手に緊急防御用の障壁…それを展開した時点で模擬戦では負けだと思え、と言ってある…を展開して負けを宣言していた。

「んーわかった…私も呪紋を新しい設計にしたし…肩慣らしだ、二人がかりでかかって来い」

「お、言うたな?新設計でどれだけ、強うなったか知らへんけど、負けへんからな!」

「もう…コタロー君…という事ですいません、次、舞台を譲って頂いても大丈夫ですか?」

とネギが夕映たちに言う。

「あ、はい…私は構わないです」

「私も構いませんよー」

と、言うわけで舞台を譲ってもらって、ネギ・コタローペアとの模擬戦をすることになった。

 

「では…開始です!」

と、夕映の合図で私は大きく後ろに跳ぶ。

「おろ?」

いつも通り、接近戦が始まるのかと思ったコタローは少し怪訝な様子になる。

 

「ノイマン・バベッジ・チューリング 契約により来たれ 高殿の王 我に力を 雷の招来」

 

魔力掌握 精霊の歌・雷奏 三位一体の闇呪紋 発動

 

と、雷の魔力球を生成しそれを掌握、全身に取り込んだ。

「なんやそれ!?」

「まあ…新技だよ!」

と、全身に纏った雷に明らかに様子が違うとコタローが警戒する。

「魔法の射手 連弾・光の199矢!」

一方、ネギの初手での選択は魔法の射手の弾幕だったらしくそれが雨霰と私に殺到してくる…まあコタローが迎撃に出ていないので間違ってはいない。

「まあ、今までの呪血紋無しなら…ありだけどな」

と、私は雷を纏う断罪の剣を展開し、空を駆けて弾幕の薄い場所を切り開き、ネギたちに肉薄していく。

「ノイマン・バベッジ・チューリング 拡散・白き雷」

「ぐっ、狗神っ」

 

魔法の射手 雷の9矢

 

まあ、白き雷は対応されたがそれも想定内、とコタローに追撃の魔法の射手をぶつけ、残った狗神も始末してコタローの爪と切り結ぶ…が

「ぐっ…重い…し、やっぱり雷は飾り違うか」

「もちろん…むしろ気力を増やすだけで対応されたのが驚きだ」

「まあ、血の魔法陣付きの断罪の剣並ってだけや…振るう千雨姉ちゃんのパワーが段違いやけど」

「そう、だなっ、ほらっ」

 

魔法の射手 雷の5矢

 

「ちぃっ…しゃあない、怪我しなや、千雨ねぇちゃん!」

とコタローが一度下がり、獣化する…何気に、稽古で獣化を見せるのは珍しい。一方ネギは…

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル 風精召喚 戦の乙女17柱」

チッ…今の間にどれだけ遅延呪文仕込みやがったかわかりやしねぇ…ならば、と私は三位一体の闇呪紋の調子もいいので、次を試すために再び下がることにした。

「ノイマン・バベッジ・チューリング 来たれ雷精 風の精 雷を纏いて 吹きすさべ 南洋の嵐」

そして、戦乙女たちを誘うように機動し、ほぼ全ての戦乙女とネギとコタローとを射線に捉える位置を占位した。

「雷の暴風」

その魔法は、ネギやコタローこそ避けられるが、まあ余裕で戦乙女たちをかき消し…

 

「ノイマン・バベッジ・チューリング 契約により来たれ 嵐の女王 我に力を 風の招来」

 

魔力掌握 精霊の歌・雷と風の二重奏 三位一体の闇呪紋 増強装填

 

「さあ、これはいけるかな?コタロー!」

 

そう叫びながら、私は糸の足場を編み、獣化したコタローに向かって縮地をかました。

 

「ちょっまっ!?」

コタローらしくなく、私の跳躍攻撃をコタローは回避した。続けて断罪の剣を振るうと観念したようでコタローは爪を合わせてきた。

「獣化して気力最大でこれかいっ…」

と、爪はボロボロであるし、風属性の吹き飛ばしに堪えられず、つばぜり合いできたとはいいがたい。

「ぐ…まだ未完成やけど…しゃあない!狗神っ」

と、コタローは狗神を召喚し腕に纏わせてきた。

 

魔法の射手 雷の5矢

 

「あっ」

「ぎゃっ」

しかし、とっさに狗神召喚に対応するために放った魔法の射手がコタローに直撃、まあ獣化状態ならばその程度で倒れる事はないが、できたスキを見逃してやるのもあれなので、そのまま心臓を一突き…する形で断罪の剣を消し、鉄扇で胸を突いた。

だが、二重装填をした三位一体の闇呪紋の身体強化はなかなかのもので、そのままコタローは数メートル吹っ飛んだ。

「さあネギ…行くぞ?」

「お…お手柔らかに」

「するわけねーだろうが!?」

と、腑抜けた事を言い出したネギに断罪の剣を再展開して切りかかる…

「っ…」

それをネギも断罪の剣で防ぐが、威力の差で砕け散る。二の太刀で止めと行こうとした時、ネギが私に左手を向けた。これはマズイと咄嗟に身を躱すと、私の真横を白き雷が通り過ぎていき…断罪の剣にネギが拳を向ける…華崩拳か…と思った瞬間、ネギの拳とそれに練りこまれた数多の光の矢が断罪の剣を砕いた…が

「ああ、それは悪手だ…」

と、足払いをかけるとネギはすっころんだ…防衛本能とはいえ、そんな無理な体勢で華崩拳なんて放てば隙でしかない。正解は、華崩拳に全てを賭けて逆転狙いで前方への脱出…つまりは私本体を狙う、である。まあその場合はその場合で私が離脱しての仕切り直しだっただろうが。

「さて…まだあるかな?ネギ」

そう言いながら私はネギの背中、心臓の真上に鉄扇を突き付け…その感触の違和感からその場を大きく飛びのき、空に舞う。直後、ネギの形をしていたモノが爆ぜて雷をまき散らした。

「チッ…三重遅延魔法でおまけに最後は自爆デコイか」

元々の立ち位置の死角を取れるあたりを一瞥すると、ネギが杖の飛行術で浮かんでおり、魔法の射手が飛んできた…本来あれで背後を取るつもりだったのだろう。照準中央を避け、魔法の矢を切り払いながらネギに接近する…ネギも空中戦のつもりのようだ。

「面白れぇ…私と踊ろうってか!」

とはいえ、ネギが虚空瞬動を使えるようになり、私の圧倒的優位が多少優位程度に変わっていた空中戦による力関係は、三位一体の闇呪紋による推力増強によるアドバンテージにより覆しがたいもの…前ほど圧倒的とまでは言わないが…に戻っており、魔法の射手の応酬と時々断罪の剣での衝突に白き雷も添えて、という空中戦は…

「がはっ」

「良く粘ったな、ネギ」

ネギを舞台に叩きつけることで終わりを見せた。

 

 

 

「なんなんや、アレ!」

「なんですか、アレ!」

治療を終えると、早速ネギとコタローが三位一体の闇呪紋について問い詰めてきた。

「何って…咸卦の呪法に戦いの歌系統の精霊呪文を乗せた新技?」

「成程…それは強そうやな…実際とんでもない出力やったし」

「って、そんなの咸卦の呪法と相反するに決まっているじゃないですか!?というか戦いの歌系統の精霊呪文って何ですかそれ、聞いたこと無いですよ!?」

私の嘘ではない説明に納得するコタローに納得できないというネギ。

「まーフツーにやったらそうだな…先に精霊魔法での戦いの歌を試作して…それを咸卦の呪法と合わせるために、ここ暫く夜も城に泊まり込んで聡美と共同で研究を重ねて…ついに形に出来たのが昨晩の事だ」

「そーですよ、私たち、がんばったんですからね、ネギ先生?」

と、聡美も会話に参加してくる。

「ハカセさんの特訓だけじゃなかったんですね…さすが千雨さん…背中が見えたと思ったら突き放されてしまいました…でも、必ず追いついて見せます!」

ネギが少ししょぼんとするが、がんばるぞ、とやる気を見せた。

 

 

 

「アイヤー私も中々強くなったと思うけど、自信無くすアルよ?」

「フム…確かにその新技の威力はすさまじいな」

「ああ、何なら私たち3人でも相手できるんじゃないか?千雨」

砂漠で修業をしていた刹那達三人に合流し、三位一体の闇呪紋の披露をした感想がそれだった。

「…勘弁してくれ…確かに咸卦の呪法・トリニタスで纏う咸卦の気の総出力は大幅に上がるけど、基本的な技量はそのままなんだって…ほかの改修で火力不足も多少改善されているけどさ」

「ふむ、ならばやるでござる、なあ、刹那」

「ああ、実際やってみるのが一番よくわかる」

「飛ばれるとほぼ無力アルが、微力ながら頑張るアル」

そうして三人と戦う事になり…粘りはしたが、最終的には楓の影分身での物量に支援された刹那にちょっとした戦術ミスを突かれて地上に追い込まれ、クーを含めた3人の連携攻撃に討ち取られる事となった。

 


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