例えばこんな長谷川千雨の生きる道   作:紅シズク

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72 辺境編 第3話 デビュー戦

私たちが無事拳闘士団に入団した翌日…私は控室でネギとコタローのデビュー戦を見守っていた。

そして、油断からかコタローは相手に拘束され、敵に雷の暴風クラスの大魔法である春の嵐を放つ事も許してしまったとは言え、まあ全体的には危なげもなく勝ったと言っていいだろう…が、問題は勝利者インタビューで発生した。

『僕の名前は――ナギ・スプリングフィールドです』

ネギの奴は、打ち合わせに反してその名を名乗った…赤毛のスプリングフィールド…それだけで話題性は十分だというのに…そして戦争の英雄、というその名がどれだけの厄介事を招きうるのか、こいつはわかっているのだろうか?

『僕は彼とは何の関係もありませんが――この最強の男の名に恥じぬ戦いをして見せましょう。

強敵を待ちます!ガンガンかかって来てください!』

…そう締めくくったネギのボケはきっと十分には理解していないのだろう…あとでしめにゃならんな。

 

そして、私の出番がやってきた。

「さ、さて次はあんたの出番だ…精々この盛り上がりに水を差さねえようにやれ!」

「ああ…」

と、私は控室から階段をのぼり、闘技場に姿を見せた。

私の格好は髪をポニーテールに纏め、機動重視の軽装鎧(機能的には、まあ実質飾り)に両刃の片手剣、俗にいうショートソード(エヴァの固有スキルではないにせよ、闇系統の魔法使いが使う印象の断罪の剣を大っぴらに使うのもアレだし、明らかな手加減しないと殺っちゃうので)と言ういでたちで完全に剣士である。まあ、剣技の修行を兼ねた縛りプレイという事で、普段は気のみで身体強化し、魔法は魔法の射手のみ、必要に応じて咸卦の呪法はあり、という事に(ヤバい相手にあたらない限りは)しているので間違ってはいないが。

そして、別にタッグマッチへの単騎出場でも構わないとは言ったのではあるが、実績もない新人の事、当然シングルマッチを斡旋された。

司会内容を聞き流していると、相手は(持ち上げ込みだろうが)期待のルーキーと言われる程度には前シーズン活躍した半新人拳闘士らしく、出で立ちは恐らく私と違って対魔法処理も行われていそうな実用品の重装鎧にバスターソード…まあ見目的には軽戦士と重戦士で悪くないマッチングである。

「それでは…開始!」

「ノイマン・バベッジ・チューリング 光の精霊23柱」

試合開始の合図と共に切りかかってくる相手の力を受け流すようにショートソードで軽くいなしつつ、後退しながらご挨拶に魔法の射手を唱え始める。

「集い来りて 敵を射て」

すると、相手も魔法を唱え始める…これは対魔法障壁か

「魔法の射手 光の23矢」

私の詠唱が終わる寸前、相手は後ろに飛びのき、左手を翳す…そして私の魔法の射手を魔法障壁で防ぎ…切れず、最後の数発が貫通、しかし重装鎧の装甲で防ぎ切った様子である…バルガスさんの拳闘士としての評価を考えればこんなものか。魔法の射手を倍にして飽和攻撃でも構わないが、それだとつまらない。

「おおっと、西方の魔法の射手が至近距離で炸裂!しかし東方グラウィス選手、障壁と装甲で難なく防いだ!」

今度は私が攻め手だと跳躍し、勢いのまま切りかかる…が、まあ曲がりなりにも期待のルーキーとやらならこの程度であれば防げるであろうと予想していた通り、ギリギリではあるが反応された…剣での一撃には。

 

魔法の射手 収束・雷の5矢

 

剣戟と同時に無詠唱で放った魔法の射手は鎧の胸部装甲に直撃し、相手はふらつく。殺すつもりはないので装甲を少し貫通する程度のダメージと雷撃でのスタンで十分である。

ふらつく相手に足払いをかけて転ばせ、腕を蹴ってバスターソードを手放させてから、鎧と兜の間に剣先をわずかに差し入れて魔法の射手、今度は光の矢を展開して相手に問うた。

「まだやる?」

「い、いや…降参する」

私はその宣言を聞くと、魔法の射手を霧散させ、剣を鞘に納めた。

「またも番狂わせ!西方の勝利!今期のグラニキス・フォルテースの新人は粒ぞろいのようデス!」

そして、司会の宣言と共に歓声が会場を覆った。

 

「さーて、さっそく勝利者インタビューと参りましょう!

前シーズンにデビューしたルーキーの中では頭一つ抜けていたグラウィス選手!

そんな彼を下しての見事なデビュー戦でした、おめでとうデス!新人さん、お名前は?」

「ちう…ただのちう」

と、司会のお姉さんに私は短く答える…ちなみに、どーでもいいが初勝利を挙げた際の勝利者インタビューを受けるまで名前を呼んでもらえないらしい、少なくともこの辺りの拳闘士は。

「チウ選手ですね!先ほどの試合は剣捌き、魔法の射手の練度共に素晴らしいものでした、よろしければ今後の意気込みについて聞かせていただけるデスか?」

と、マイクを向けられる…うむ…無口系で行くつもりだったんだが…どうしようか…よし。

「…本気で戦える相手を待っている」

私はそう短く挑発すると、とっとと控室に向かって歩き出す…ネギの時ほどではないが観衆たちは大いに沸いた。

 

「トサカさん、後で小闘技場か広めの訓練場を使わせて貰えませんか?模擬戦をしたいので」

控室に戻り、開口一番私はそう言った。

「お、おう…ちゃんと片付けするならいいけどよ…ナギたちと自主練か?まあアニキとの手合わせと比べたら本気出してないのはわかるけどよ」

と、トサカが聞いてくる。

「まあ、そんなところです」

実際は、自主練を兼ねてネギのバカをしめる為だが。

「ん、分かった。なら調整しておく」

「と、言うわけでナギ、コジロー、後で稽古をつけてやる…わかったな?」

「おう、サンキュ、ちう姉ちゃん」

「あ、はい、ありがとうございます、ちうさん」

という事で、ネギをしめる用意は整った。

 

 

 

「さて…ナギ…私はお前を良き友人だと思っている…が、今は姉弟子としてコレで説教をさせてもらう」

本日の興行終了後、自主練という事で借りた訓練場に現れたネギにショートソードで切りかかった、咸卦の呪法アリで。

「わっ、ちょっ、何するんですか、ちうさん!」

とネギ…まあ流石に奇襲でもご挨拶のつもりの一撃を喰らうわけはなく、ひらりと避けた…今日の相手だと奇襲でなくとも首はともかく腕くらいは飛んでもおかしくない一撃ではあるが。

「そりゃあ、こっちのセリフだ!てめえ、打ち合わせでは偽名使うっつうてただろうが!

それがナギ・スプリングフィールドを名乗るったぁどういう事だ!わかってんのか!?」

「わ、わかっていますよ!ちゃんとリスクも考えて…」

と、ネギが言い訳をする…が、私はまた切りかかる。

「わかっちゃいねぇ!だからいきなり切りかかられたくらいで『何するんですか』なんてマヌケな言葉が飛び出すんだよ!」

「えっ…」

「お前、赤毛の優男ってだけでここの訓練士に因縁つけられたの、忘れたわけじゃねぇだろうな!?

たとえ本名でも、お前みたいなそっくりさんがナギ・スプリングフィールドを名乗るって事はそーいう連中を呼び集めるって事なんだよ!」

「そ、それとこれと一体何の関係が」

「そんな連中の誰も彼もが闘技場に行列を作るほどお行儀いいわけねーだろってんだよ!いきなりでもちゃんと決闘を仕掛けてくれる位…ましな方だっ」

そして、訳も分からず防戦一方だったネギの腕を私は剣の腹で思いっきりひっぱたく。

「ほら…これで腕一本だ…戦争の英雄にそっくりなスプリングフィールドってだけ話題性十二分だってのに、相談もなくレイズしやがって…周囲の人間を人質に脅迫なんて手だって考えられるんだぞ!?」

と、腕を抑えているネギに言った。

「あ…え…そんな事…」

「ないと言い切れるか?」

「いえ…言い切れません…僕が…僕だけがリスクを背負えばいいと思っていました…ごめんなさい」

ネギが素直に謝罪する。まあ、そう言った事を警戒していれば大方の場合は大丈夫だろうし、人質云々は極論でもあるし、そー言う卑怯な手段は一応庇護者でもある座長含め、色々と…特に八百長要求なんてした場合は気質的に拳闘士界全体を敵に回すので抑止力がないわけではないが。

「ん、わかればいい…対策はあとで考えようか…が、まだ終わりじゃねえぞ?」

「お、おう…ちう姉ちゃん、まだあんのかいな」

と、大人しく見ていたコタローがついに口を挟んでくる。

「ふん…当然…稽古をつけてやるって言っただろ?こい、ネギ…てめえに降りかかる火の粉位払える所を見せて見ろ!」

「ハ、ハイ!」

「ただし、今日は五体満足を保障してやらん、そのつもりでやるぞ…そしたらあんな啖呵を切った翌日に訓練中のケガで欠場する大マヌケの誕生だ、狙われなくて済むぞ、良かったな」

と、ここぞとばかりにネギを挑発しておく…まあ勝手にナギを名乗ったのは聡美と茶々丸の身の安全的な意味で割と私の地雷なのでこれくらい勘弁してほしい。

「…コジローは悪いが審判だ、勝負がつかなくとも、やり過ぎそうになったら、止めていいぞ」

「お、おう…」

「来いよ、ネギ…私を殺してしまっても構わねぇ…そう言うつもりでかかってこい」

そして稽古という名の決闘が始まった。

 

 

 

ネギとの割と長時間にわたる決闘…途中、私の剣が砕けると言ったハプニングもあったが、得物を鉄扇に切り替えて続行した…は私の勝ちという事になった。ちなみに決まり手は割とヤる気のあった疑惑がある桜華崩拳をギリギリ…かすって顔に軽いケガをした…で流してネギをぶん投げ、肩を踏み砕く寸前にコタローのストップが入った、である。なお互いに出血を伴う傷はいくつもある、互いに。

「さて…コジローもやるか?…なんてな」

と、冷めきれていない頭で言うが、今戦えばスタミナ切れで負けそうなくらいには消耗していると自覚する程度には冷静でもある。

「…せやなぁ、ヤりたい…て言いたいところやけど、ちう姉ちゃん大分疲れとるやろ?明日以降にしようや、俺も思いっきりやれるほうがええし。

…片付け前に治療室でも行ってき…素人の手当てやと痕が残るで」

「…悪いな…ナギは?」

「少し…休んでから追いかけます…先に行ってください」

と、ネギは地面に座り込んで肩で息をしている。

「わかった…先に行く」

そう言って、私は治療室に向かう事にした。

 

「おっかねぇ女だ…弟弟子とあんな死闘を演じておいて涼しい顔をしてやがる」

通路に入って直ぐ、トサカがそう声をかけてくる。

「フン…マスター…師匠に比べれば私なんて優しい女ですよ」

そう言いながらトサカの前を通り抜けるが彼は私に並んで歩き始めた。

「…あんたよりおっかない師匠ってどんなだよ」

との反応に、ネギとの決闘に熱された私の頭はちょっとした悪戯を思いつく。

「…エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル…」

「はぁ!?」

「…くらいおっかないですよ、あの人は」

まあ、くらいも何も、本人なのだが。

「はっ…ハッハッハ…そいつはおっかねぇな…まあ、才能に恵まれてかつそんなのに扱かれてこそ、か…」

と、トサカはどこか遠い目をする。

「…で、トサカ…さん…どこから?」

「…アンタがナギに切りかかる所からだよ…てめぇらの自主練とやらが気になったからな」

最初からかよ、と内心突っ込む。

「へぇ…ならばやっぱり私は優しい女でしょう?可愛い弟弟子にキッチリ忠告をしてやって実際の決闘の片鱗を体験させてやったんだから…マスターなら意味深に笑うだけ笑ってぶっつけ本番ですよ」

「クックック…そいつは違いねぇな…確かにアンタはお師匠さんよか優しい女だ…どっちもおっかねぇ事にゃ変わりがねぇけどな…

で、一応聞いておくが、あんたもナギも、明日の試合にゃ支障はねぇんだろうな?」

と、トサカが出歯亀をしていたチンピラの顔から拳闘士の統括役の顔になる。

「大丈夫ですよ、私もナギも、これくらいで翌日に響くような軟な鍛え方はしていませんから」

「へっ…そうかい、ならいい、傷治したらとっとと片付け済ませて風呂入って寝ろよ」

そう言ってトサカは治療室の前を通り過ぎてどこかへと去っていった。

 

 

 

治療と片づけを済ませ、与えられた部屋に戻ると聡美と茶々丸がカードをしていた。

「ただいま、聡美、茶々丸」

「お帰りなさいませ、千雨さん」

「お帰りなさい、千雨さん…えっと…服に結構な血がついていますけど…

来ないで欲しいっておっしゃっていた稽古で、何をなさっていたんですか?」

聡美があまり聞かれたくないことを聞いてくる…まあ覚悟の上ではあるが。

「ちょっとネギと割とガチ目な稽古を…な、拳闘士式で」

「拳闘士式…まさか命がけで、とか言いませんよね?」

誤魔化したつもりだったがド直球の質問を返された。

「…私は腕の一本位は飛ばしてもいいと思ってやっていたし、ネギは…内心はわからないけれど殺しても構わない位のつもりでやれとは言ったな」

実際、バルガスさんくらいの腕前なら死んでいた可能性がある一撃は何度もあった。

「…やっぱり…もう無茶はしないでとは言いませんから、せめて私に見せられる程度の無茶にしていただけませんか?というか、死闘自体はそーいう空気にのまれないように一度見ておきたかったんですけれど」

…なんか聡美の怒り方が予想とは別方向になってしまっている。

「…うん、ごめん…今度コタローとヤる予定にはなっているけど…見に来るか?」

「はい、行きます」

「ぜひ私も」

即答だった。

 

 

 

そして風呂を済ませた後…部屋にて。

「では、行ってきます」

「うん、行ってらっしゃい」

「おう、何ならそのまま泊まってきてもいいぞ」

…ネギによる茶々丸の魔力補給タイムである。

「えっ…そんな事…」

「ネギはたまに人肌のぬくもりがないと眠れなくなるらしいからな」

「わ、私ロボですよ!?お母さま」

「大丈夫だよー我々の英知を結集したボディーには人肌の温もりも完備しているからー」

と、ハカセも乗る…まあ難もあるがネギはむしろ優良物件である、ぜひこのチャンスに茶々丸をネギと接近させてやりたい…朝倉と検討中のプランでは茶々丸にはこの街を離れてやってもらう事があるし、その前に。

「もう…ハカセまで…お二人がいちゃつくお邪魔になるのでしたらそう言って頂ければ…」

茶々丸が少しすねたように言う…そういう事ではない。

「「茶々丸の前で出来ないような事するつもりはないから、それはない」」

「あ…はい…ネギ先生が抱き枕として私を望んで頂けるならば…向こうに泊めていただきます」

私と聡美のシンクロに茶々丸はそう答え…その晩、茶々丸はネギの部屋から帰ってこなかった。

 

 

 

 




ちなみに、千雨さんがトサカに敬語というか丁寧語を基本的に使うのは統括役という役割に対する敬意から。なので地の文では呼び捨てだったりします。
あと、咸卦の呪法あり、呪血紋無しでの全力だと学園祭直後はネギ君を一方的にボコれていたのが、天井が低く、面積も狭くて機動が窮屈だったという不利もありますが現在は死闘の末に勝利くらいまで差が縮まっています。まあネギ君はスタミナ切れに近く、千雨さんはコタロー君と連戦すれば多分負けるにせよ、まだまだ戦える程度にはスタミナのこっていますが(思いっきり跳び回れないのもあって

茶々丸の前で出来ないような事:二人の経験済みの事としては、大人のキスくらい。茶々丸相手ならば普通のキスとか呪紋の施術とか下着姿で抱き合って寝るとか位は見られても平気なので(茶々丸の方が平気とは言っていない

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