さらに翌日、試合開始後もネギとコタローとが話し続けて襲い掛かってきた相手を瞬殺したネギの第14試合があった日の午後…私は聡美や茶々丸と買い物をしに街に出ていた…のだが
ズズン
チリっとした感覚を感じて辺りを見回した直後、近くの建物の一部がそんな音を立ててずれ落ちた。そして人影…背格好からして恐らくネギ…を追うように影操術らしき刃が塔を切り刻んだ。
「…お前の呼びかけに応じ参上した、ナギ・スプリングフィールド
私はボスポラスのカゲタロウ、貴様に尋常の勝負を申し込む」
そう、建物破壊の下手人らしき仮面の男が宣言した…観衆の声を聴いている限り、決闘では衛兵は来ないらしい、少なくとも『この程度』の被害では。
「待ってください、ここでは街に被害が…!」
ほーら見て見ろ、私の言ったとおりだろ?と内心思うが今それを言っても始まらない。
「グダグダ言ってんじゃねぇ!」
「え…」
「ここの奴らはこの程度の騒ぎにゃ慣れっこだよ。
それより見たトコ、そのおっさん、本気だ。てめぇも前だけ見てねぇと死ぬぜ?」
そう、色黒のおっさんがネギに言った。
「…しばらくは静観するが、いざとなれば止めに入る。その時は…茶々丸、聡美を頼めるか?」
「ハイ、もちろんです」
「千雨さん、お気をつけて」
と、聡美と茶々丸と話している目の前でネギが影の刃に貫かれた…ように一瞬見えた。
実際はキッチリと捌いているようだ。直後、ネギを囲むように影が踊り、また建物の上部を細切れにする…ネギはそこから離脱するが影の刃はネギを追い、ネギの急所を貫く…がネギがボケていなければあれはデコイだろう。
案の定、死んだかと思われたネギは爆ぜ、カゲタロウの背後に本物が現れ華崩拳を放とうとし、カゲタロウの影の刃に牽制されて魔法の射手を霧散させる…肝を冷やしたんだろうが離脱が遅い。
「三撃以上もつ人間は久しぶりだ、良い。そうでなくては」
とカゲタロウがネギを切り裂こうと刃を動かし、すんでの所でネギが縮地で離脱する。
「だ…大丈夫なんですか?アレ」
と、聡美が心配そうに言う。
「…あまり大丈夫じゃねーな…見た感じ、カゲタロウとやら、まだ本気を出し切ってない…加えてナギは街への被害を気にして放出系魔法の使用を避けているように見える」
何時もの手合わせからすれば、既に牽制の魔法の射手位放っていてもおかしくはない。殺気に畏縮している説もあるが。
「あ…マズイ」
直後、虚空瞬動の隙間に差し込まれるように影の刃がネギの展開した指向性障壁を貫いてネギの肩を切り裂いた…まあ、よく防げた、と言うべきか。
「…すまない、聡美、茶々丸、闘技場に戻ってヒーラーの手配を頼む…基本的に待機で良いが派遣が必要そうなら魔法を空に打ち上げる」
「わかりました、茶々丸、行くよ」
「ハイ!」
と、聡美は手を打ち合わせて魔力を纏い、茶々丸と駆けだした。
それを見送っていると強大な魔力を感じる…ネギが暴走モードに入ったか…?
と一瞬思うがその直後に見せたネギの動きは暴走状態のソレではなかった。むしろ普段よりも動きがいい…何か掴んだ…かな?
そう思っているとネギは襲い来る影の刃の合間を踊るようにすり抜け、さらにはそれを足場にしてカゲタロウに肉薄を試みる。そろそろ終着か…と私は跳躍してネギとカゲタロウを見下ろせる建物の屋上に立つ。
ネギを数多の影の槍を繰り出して迎撃するカゲタロウだが、ネギはそれを遅延魔法として行使した断罪の剣で切り開き、虚空瞬動にてさらに跳躍、肉薄した。まず、ネギの右手の華崩拳…カゲタロウの影で編まれているのであろうマントでの防御を貫いて顔に良いのが入るが決まり手には届かず、影の刃がネギの腕を切断すると共に腹にも突きが入る。で、ネギは想像通り三つ目のディレイスペル…左手の華崩拳が発動するがカゲタロウも腕に刃を纏わせて迎撃…クロスカウンターで双方に致命傷の可能性大…場合によっては即死…止め時だな
魔法の射手 雷の3矢
と私は魔法の射手を二人の間にぶっ放して割って入…ろうとしたのだが…
「クック…なかなかイイ見世物だったが、この勝負、俺にあずからせろや…で!今の魔法の矢、誰だ!びっくりしたじゃねぇか!」
と、さっきネギに話しかけていた色黒のおっさんが割って入り決闘を止め、私の魔法の射手に文句を言った…まあ顔に直撃していたし…むしろびっくりしただけなのか…確かに恐ろしく練られた気を感じはするが。
「悪いね…私はちう…故あって決闘を止めさせて貰う…つもりだった、貴方が止めてしまったけれど」
「な…!?貴様…!紅き翼(アラルブラ)の!?千の刃のラカン…!」
その色黒男に応じて私は三人の立つ小さな屋上に降り立ち、ネギの右腕を拾い、魔法で組織を保護し、ネギの切断された腕と腹の傷にも同様の処置を施した。カゲタロウはそんな私に構わず、色黒男に反応した。
「馬鹿な…紅き翼は…詠春とタカミチ以外のメンバーは行方知れずの筈…!」
「アラるぶら~?なんじゃそりゃ、知らねぇな。俺がそのアラ何とかの面子ならどうだってんだ?」
「フ…ならば私は誰とも知れぬソコの若造などと戦う必要もない、願ってもないことだ!」
と、カゲタロウの放った影の刃をラカンと呼ばれたおっさんは指二本で受け止める。
「ぬぉぉっ!」
と、カゲタロウはネギと戦っていた時とは比べ物にならない数の影の刃を展開し、おっさんに襲い掛かる…が、おっさんもアーティファクトらしきものを展開し、似たような分裂する刃でそれを迎撃した。
「ぐっ…理不尽なっ…それがいかなる武具にも変幻自在・無敵無類の宝具と名高き…」
「おうよ、今日は見料特別サービスだが…アーティファクト『千の顔を持つ英雄』だ!」
…いや、それってアーティファクトもすごいがそれ以上にこのおっさんの武技が理不尽なんじゃなかろうか?今の攻撃どころかネギと戦っていた本数でも使い慣れない類似武器で迎撃しろと言うのはきつい、断罪の剣で切り払うのなら兎も角。
で、おっさんはカゲタロウを囲むように剣を投擲して足を止めると巨大な剣を降らす様に投擲した…個人的に何が恐ろしいって、この二人よりもこれだけやっても観衆がワイワイと楽しげに騒いでいる所である。
「ぐ…まだだ、まだこの程度では!」
「やめとけよ、俺が本気なら今ので芥子粒だぜ?さらに言うと俺は素手のが強え」
「く…先の戦での貴様らへの雪辱を果たせるならばこの命賭けても惜しくはなし!」
「…ああ、なんだてめぇも俺らにボコられたクチか。
いいぜ、俺と戦いたいなら俺の弟子のこいつに勝ってからにしてもらおうか。場所は闘技場、正式な拳闘試合でな」
…などとおっさんが言い出す…いや、ネギはあんたの弟子じゃねーだろ?とジト目を向ける…と言うかいい加減に、逃げんじゃねーよと言いたげな気配を器用に(多分)私だけにぶつけるのやめてくれないだろうか。そろそろネギをヒーラーの元に連れて行きたいのだが。
「弟子…だと…?」
「ああ、まだ修行途中だ。こいつぁこんななりしちゃいるが…まだ10歳でな」
「何?」
「ああ…そうだろ?お嬢ちゃん」
と私に話を振る…私はやむを得ず黙って首を縦に振った。
「マジで?」
と、カゲタロウがネギの本当の年齢に本気で驚いた反応を示す。
「見所あんだろ?ま、しばらく待っとけや」
「ラカンさん…」
既に目の焦点が若干怪しいネギがおっさんの名前を呼ぶ。
「…力が欲しいんだろ、ぼーず。そのケガ治したら俺んトコ来いよ、望みのモノを手に入れられるかもだぜ?」
「力…」
そう呟くとネギはもはや限界らしくドサリと崩れ落ちた。
「おい、大丈夫か、そこの弟子とやらは?」
「ったく…片腕くれぇでなさけねぇな」
「…多分、腹の傷…もう行っていい?話があるならナギを闘技場のヒーラーに引き渡してから聞く」
「おう、わかった。引き留めて悪かったな、嬢ちゃん…そこの酒場で飲みながら待ってるから来てくれや、さっきの魔法の矢の詫びに一杯くらい奢ってもらうぞ」
と、ラカンのおっさんは私にまとわりつかせていた気配を止めた。
「…わかった、できるだけ早く行く…おごりは常識的な額なら、一杯くらいはかまわない」
と、私はネギとその腕とを抱えると瞬動連打で闘技場へと向かった。
闘技場近辺に着くと決闘現場に一番近い関係者用ゲート前にストレッチャーが用意される所だった…私はそこにネギと共に降り立つ。
「チ、チウさん!」
ヒーラーの一人がわたしの名を呼ぶ。
「ナギを頼む」
と、私はネギをストレッチャーに寝かせる事で答えた。
「…これはひどいですね…腹の傷が致命傷の様です。急いで治療をしなければ…手当室へ」
そう言ってヒーラー二人でストレッチャーを押す。
「手伝います」
と、私もネギを運ぶのを手伝おうとストレッチャーに手を添えた。
「チウ!後で事情説明してもらうぞ。先生、ナギの野郎の容体は?」
そう言って駆けつけてきたトサカもストレッチャーを運ぶのを手伝い始めた。
「搬送も早かったですし、治療できない傷ではありません。腕も切断面が綺麗ですし問題なく繋げるかと…但し、腹の傷が深いので目覚めるまで数日かかるかと」
「…なら当座の試合さえ代役を立てれば調整効くか…チウ、コジローと組んで今晩と明日の午前、1試合ずつ出られるか?元々の明日午後の予定も含めてナギみたいな試合密度になるが」
「ソロでもペアでも、3試合とも出られる…と思いますが、今晩に関してはナギの決闘を仲裁してくれたおっさんに呼び出されているので、それが長引かなければ」
「決闘の仲裁をしたおっさん?アンタが止めたんじゃねぇのか?お前らんとこのガキ共がそう言っていたぞ?」
怪訝な顔でトサカが問うてくる。
「…の、つもりだったんですが割って入られて…本人は名乗りませんでしたが決闘相手は紅き翼のラカンと呼んでいました…し、聞き及んでいる特徴も一致していました」
「何…あの人が!?なら仕方ねぇ…ナギを治療室にぶち込んだらすぐに行って来い、間に合わなけりゃ俺かアニキが代役に立つかコジローに変則マッチをさせる」
「はい」
と言っていると、治療室が見えてきた。
「トサカさん、ちうさん」
亜子が私たちの名前を呼んで駆け寄ってくる。
「あ?なんだてめぇら。今から治療だよ、邪魔だ、あっち行きやがれ」
「ナギさんが決闘で大怪我したって…ナギさんは、ナギさんは大丈夫なんですか!?」
「ああ、心配すんな、治るよ。腕が肘からちょん切れちゃいるがな。切った奴の腕が良かったから問題なくくっつくぜ」
「「腕ぇ!?」」
「はうっ…」
村上と大河内はそう叫び、亜子は気を失った。
ナギを治療室に運び、トサカに簡単な経緯…私の把握している限りで、弟子入り云々のくだりを省いて、だが…の説明を終えた頃、聡美と茶々丸がやって来た。
「ちs…ちうさん、ナギさんは?」
「大丈夫…重傷だが二人のおかげで迅速に手当てに入れたから無事に治るだろうって…数日は寝込む可能性が高いらしいが」
「そうですかー姉弟弟子って似るんですかねー…ナギさん、無茶しちゃって…ちうさんみたい」
そう言って聡美が深いため息をついた。
「まーそう言いなや。ちう姉ちゃんはともかく、ナギは男や。男やったらこの程度の無茶は全然ありやろ、死なんかったらOKや」
「まあそうだな、後遺症が残らなきゃ無茶の範囲で良いだろう」
「ちうさんまで…貴女、また死にかけるつもりじゃないですよね!?」
そう、聡美に言われると心が痛い。
「お、なんだよコジロー、初めて意見があったな。意外に骨があんじゃねぇか、俺ぁ見直したぜ?
ほら、チウ、あのジャック・ラカンに呼ばれているんだろう?いつまでも油売ってないでとっとと行って来いよ」
「ちうさん?」
と、聡美がジト目で問うてくる。
「あーちょっと決闘を止めてくれた人とお話に…できるだけすぐに戻る…ナギの代役で試合もあるし」
「…わかりました…お気をつけて」
不満そうにそう言う聡美に見送られて、私は闘技場を後にした。まー、本来メガロ・メセンブリアで会う予定だったネギの親父さんの友人であるし、そう酷い事にはならんだろう。
「おう、来たか嬢ちゃん」
「む、来たか」
私が指定された酒場に行ってみると、ラカンのおっさんとカゲタロウが同じテーブルで酒を飲んでいた。
「いらっしゃいませ、ご注文は」
「コンクラーベを」
「はい、コンクラーベ1杯ですね」
無言でその卓に座り、注文を取りに来た店員に注文をする。
「それで…話とは?」
「話…?いや別に?俺に魔法の矢をぶつけた詫びに一杯奢って貰おうってだけだぜ?」
「…ラカン殿」
カゲタロウが呆れたように言う。
「…ならばその分のドラクマ貨を置いて帰らせて貰う、ナギの代役で試合に出て欲しいとも言われているし」
…そう言って、このクラスの酒場の平均的な一杯分の料金とコンクラーベの分を足して少し色を付けた金額を机に置き、立ち上がる。
「まあ待てよ、嬢ちゃん…せっかくだし、一杯分のお話もしていこうぜ?」
「…最初からそう言えばいいのに…」
ラカンの言葉に私は再び席に着く…
「おや、いいのかチウ殿、怪我をさせた私が言うのもなんだが、ナギ・スプリングフィールドの代役があるのでは」
と、カゲタロウ。
「構わない…少しくらいなら…それに、二人の関係に興味がないと言えばうそになる」
まあ、一杯くらいならば構わないだろう、時間的には。
「関係…なぁ?」
「酒を酌み交わしてみれば案外馬が合う…と言う感じではあるな?」
「おうよ、そんな感じだな…ぼーずには秘密だぜ?」
なんとなくウソではないが本当でもないだろう、それ。と言う返事をされた。
「お待たせいたしました、コンクラーベです」
「姉ちゃん、お代わり頼む、次もロックで、支払いはこの嬢ちゃんに」
「…構わないけれども常識的な額という条件…店員さん、お代は?」
と問うて言われた金額は割と良い値段ではあるが理不尽な、という額ではなかったのでその注文を通した…まあさっき出したドラクマ貨では支払いが足りない。
「はぁ…これで魔法の矢の分はチャラ…で、ナギに秘密と言うのも了解した」
そう言って私もコンクラーベを口に運ぶ。
「ところでチウ殿、決闘に介入してきた故とは?ただナギ・スプリングフィールドと拳闘士団の同期と言うだけではあるまい?」
と、カゲタロウが蒸留酒らしきグラスを片手に問うてくる。
「…ナギは私の弟弟子」
「何っチウ殿もラカン殿の弟子なのか!?」
「違う…ナギは他に私の師匠と私の友人の格闘家とに師事している」
まあ、あの煽りを受ければネギの奴はラカンのおっさんに弟子入りしたがるだろうしこの答えで良いだろう。
「へぇ…なるほどな…いい師匠なんだな、そいつは…嬢ちゃんも年の割にはイイ気の練りをしているぜ」
と、おっさんが言った。
「ラカン殿?確かにチウ殿の実力は中々のモノだと思うが年齢と種族を考えれば、むしろ魔法の練度を褒めるべきではなかろうか。第一、チウ殿は嬢ちゃんという年でもあるまい」
まー確かに多くの獣人は性格と素質的に魔法より気に重きを置くタイプが多いっちゃ多いらしい…私も拳闘士を始めてから知ったが。
「いや?嬢ちゃんは15歳くらいの人間だぜ。だろ?」
隠している事をあっさり暴露してくれるおっさんである。
「なぬ!?チウ殿もか!」
と、カゲタロウに驚かれ…やむを得ず、私は頷いてこう答えた。
「…ナギの事を知っていれば私もわかる…か。その通り、私の本当の種族はヒューマン、年も正解」
そう言い切って私はコンクラーベを飲み干し、私の分の会計を机に乗せる。
「続きはまた今度…ナギと貴方を訪ねた時にでも」
「おう、了解、待ってるぜ…ほら、俺の住居の探し方だ」
そう言ってラカンのおっさんが私にメモを渡してきた。