例えばこんな長谷川千雨の生きる道   作:紅シズク

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75 辺境編 第6話 ネギの寝る間に

「さーて、続きましては第8試合、東方ナギ・スプリングフィールドとコジロー・オオガミペア…の予定でしたが、掲示でもお知らせしております通り、ナギ選手は街頭決闘による負傷のため、欠場となります。よって、代闘士としてチウ選手の出場です!」

と、私とコタローが紹介される…長居しなかったのもあって、試合には余裕ではないにせよ、間に合った。ちなみに場の反応は割と悪くない。

「対する西方は…帝国辺境から来たベテラン自由拳闘士、ダニエルとメアリーペアです!」

と、司会が相手を紹介する…ヘラス族のおっさんと成人しているが見た目は若い女だ。装備は二人とも軽戦士型に見える…が、女の方は短剣も携えている。加えてヘラス族は長命種なので見た目よりも熟練であろう。

「私は女の方を…場合によっては連携を」

「応、俺はおっさんの方やな」

とコタローと一応担当を分けておく。

「それでは早速参りましょう…開始!」

気の練りは多め、今まで闘技場で見せた瞬間最大出力程度(気だけでもまだ全力ではない)でヘラス族の女性に斬りかかる。コタローも同じく男のほうに殴りかかっていった。

ランキング中位程度の連中であればコレで決まってしまう一撃に彼女は片手剣で事も無げに対応し、魔法の射手を無詠唱で5本、放ってくる…属性は…炎か。

 

魔法の射手 雷の7矢

 

少し下がって魔法の矢を切り払うと同時にこちらもお返しと魔法の矢を放つ…と相手も同じ様に魔法の矢を切り払って見せた。

「ナギ・スプリングフィールドとやらと戦いに来て獣人の相手かと思えばどうして…なかなかやるの」

「さすがはナギの相手…少しは本気を出せそう」

と、気の密度を上昇させ、縮地にて切りかかる。

「ほう…なかなか鋭い!」

と相手は短剣で私の一撃を受け止め、私は長剣の追撃を避ける為に後退し、狙ってなされたらしいコジローの相手が放った魔法の射手を避ける為に縮地を行う。

「ちう姉ちゃん!」

警告にしては遅い。まあ、縮地でギリギリに離脱したので分身が魔法の矢に呑まれたようにも見えるのだろうが。

「たわいなし!」

と、おっさんがコタローと切り結びながらどや顔で言った。

「うつけめ!油断しおって!」

そう言って私の相手の女が縮地、おっさんに切りかかった私の刃を割り込む様に受け止める。

「なぬ」

「ノイマン・バベッジ・チューリング 魔法の射手 雷の29矢」

と、同時に割と本気の魔法の射手を短縮詠唱でぶちかます…女は避けたが男は私の出現自体に虚を突かれたのか回避ないし防御が遅れ、数本命中した。

「ぐっ」

「へっ」

「へぶっ」

と、コタローはその隙を見逃すほど優しくはなく、おっさんをふっ飛ばした。

「むう…1:2になってしもうたか…だが諦めはせぬぞ」

「コジロー…この人は私の獲物」

「えー…ってまあええか、元々は俺がおっさんにそっちの戦いに水差させてもうたんが原因やしな」

と、コタローはおっさんを担いで端っこの方に運ぶと柱の上に立って観戦モードに移った。

「…良いのか?わらわは強いぞ?」

「大丈夫…私もまだ本気は出してない…これに対応できたら…もっと先を…私の本気の鱗片を見せてあげる」

気の密度を大幅に…気のみの最大レベルまで上げてみせる。

「はっはっは…ソレのまだまだ先があると申すか…化け物め…ならば…参るぞ!」

と、二刀を生かした剣技で切りかかってくる…ふむ、なかなか糧になる…と喜んでいる自分を自覚する…これでは月詠やクーなんかの戦闘狂と変わらないな。

「悪くない」

「くっ…このっ…」

正直、期待以上である。剣技の技量レベルは十分に高く手数で彼女が有利、身体強化レベルも現在の私に食らいつける程度には高い。

「魔法は?」

 

魔法の射手 光の7矢

 

と、剣戟を交わしながら魔法の射手を7本展開する。

「無茶を…いうな!」

残念ながら、このレベルで切り結びながらの魔法は無理らしい…剣士型が基本か。

「…なら…これを凌げたら合格」

と、私は魔法の射手を浴びせた。

「ぐっ…」

彼女は何とか私との剣戟から離脱し、魔法の矢を切り払うと共に

 

パキィィン

 

私の追撃の突きを長剣と短剣をクロスさせて受け止めた…代わりに彼女の剣は二本とも砕け散り、本人も数メートル吹っ飛んだが。

「あぁぁぁぁぁ!」

それでも彼女は立ち上がり、戦いの歌系統の魔力密度をさらに上げて…かなり無理をしているようだが…懐から装飾の施された懐剣…おそらく貴族階級が持つ自決用を兼ねた最後の武器…を抜き放って向かってくる…文字通り最後の抵抗である。ならば…と約束通り本気の鱗片を出す事にした私は剣を鞘に収めた。

そして、咸卦の呪法を発動させて鉄扇を抜き放ち…それでも私に襲い掛かり続けてくる彼女を数手いなした後、彼女を…メアリーを投げた。

「ぁがっ」

「楽しかった、メアリー…覚えた」

そう言って私は地面に叩きつけられて気絶したメアリーの胸元に彼女が取り落とした懐剣を乗せた。

「ダニエル・メアリーペア、気絶!カウントを取ります!」

と、司会がカウントを読み上げるのを、いつもとは異なりメアリーを見ながら待ち…私達の勝ちが確定した。

 

「それでは、さっそく勝利者インタビューデス!

まずはコジロー選手から!途中から余裕の観戦でしたが、対戦相手についてコメントを!」

「んー今まで戦ってきた中ではなかなか強かったと思うで、ヘラス族のおっちゃんって事で最初は少し様子見の感もあったけど。

途中から観戦に回ったんは、まあ単にちう姉ちゃんの獲物を盗るつもりがなかったってだけや」

と、割と無難な回答を返す。

「成程デス、確かに瞬殺ではありませんでしたね。ではチウ選手、初めてのタッグマッチでしたがご感想は?」

「特に…でもメアリーとは戦えてよかった」

そう、私は今まであえて呼んでこなかった対戦相手の名前を口にする。

「おや、チウ選手がお相手の名前を呼ぶとは珍しいデスね、楽しめたデスか?」

「少しは…彼女は私の本気の鱗片を見せるに値した」

「確かに!お二人の剣技のぶつかり合いは観客の皆さんも大盛り上がりでした!しかし、最後に剣をおさめて短い棒状の武器を抜いた事には何か理由が?」

さて…どう答えたべきか…と少し悩むが予定していた回答の一つを改変して述べる。

「アレが私の本来の得物…彼女に敬意を払った…私に剣を収めさせる人を待っている…メアリーの様に」

そう述べて、話は終わりだと闘技場を退場した…そして、その日から私の二つ名に『剣を収めてからが本気の女剣士(自称)』と言うのが加わる事になった。

 

 

 

風呂に入り、ネギの代わりに茶々丸への魔力補給も行い、長い一日を終わりにしてベッドの上に座って聡美を抱きしめていた。

「千雨さん、今日はお疲れ様でしたー」

「そうだな…本当に疲れたよ…色々あったし…おかげで夜の試合、少し悪役っぽかったし」

「あのキャラ演じている千雨さんならーどう足掻いてもアアなる気がしますよー?」

「…そうかもしれないな」

「それにしても…ネギ先生は大丈夫でしょうか?包帯替えの時に見た限り、かなりの重症でしたが」

と、茶々丸が言う。

「ヒーラーの先生が言うには治療はうまくいったらしいし、ネギの治癒力を考えれば二日くらいで目覚めるとは思う」

「そんなに目を覚まさないのですか」

「ああ、だが昏睡と言うよりは傷の治療を早める為に強制的に眠らせている…らしい」

戦闘時用の昏倒回復魔法は一応私も使えるが、そう言うのは使えないのかとヒーラーさんに聞いたら、ゆっくり休める状況なんだから休ませてあげてください、と怒られた。目が覚めないと命かそれ以上の何かがマズイ的な状況でもない限りはヒーラーとしては使いたくない魔法らしい。

「なるほどー絶対安静と言う奴ですねー」

「そういう事でしたら…」

と言う茶々丸はそれでも心配そうな顔をしていた…茶々丸よ…その不合理が感情だよ、と思いながら私は娘を見つめていた。

 

 

 

翌朝、朝練の後に三人でネギの包帯を替えと清拭をすると朝風呂に入り、その後はコタローとタッグで試合…だったが、今日の相手は語るような事もなく済んだ。そして昼の包帯替えと清拭を済ませて午後の自由時間に買い出しに出かけ、試合時間まで部屋でのんびりと過ごし…私の午後の試合時間が来た。

 

 

 

「さーて、続きまして第7試合…の前に本日は特別演目がございます!演目は…魔獣狩りデス!」

司会がそう宣言すると闘技場が沸く…正直な所、私はあまり乗り気ではないのだが。

「本日の狩人はグラニキス・フォルテースの女剣士、チウ!」

と私が闘技場に進み出ると共に紹介される。

「対する魔獣は…ケルベラス大樹林に生息する亜竜種、虎竜です!」

と、司会が宣言すると共に檻に入れられ、眠らされた魔獣が運び込まれ、逃亡防止の足環をつけられると魔法で眠らされていた魔獣が目を覚まして暴れ始めた。

「それでは…チウ選手、準備はよろしいですね?…それでは、はじめて参りましょう!魔獣狩りの…始まりデス!」

と、私が頷くのを確認すると司会が開始を宣言し、檻が解体されて虎竜が空を舞う。

正直、この程度、本気なら断罪の剣で障壁ごと首を落としてお終いではあるのだが、断罪の剣を封じて虚空瞬動を解禁していないちうとしてはどう戦うか…と言うとまあこういうのはセオリーがある。

「ノイマン・バベッジ・チューリング 光の精霊47柱 集い来りて 敵を射て 魔法の射手 収束・光の47矢」

虎竜が雷を放つのを避けながら私はちうとして見せた事のある全力の魔法の射手を収束で翼を狙って放った。ソレは虎竜の纏う魔法障壁に大幅に減衰されたが、それでも過半が魔法障壁を突破し、虎竜の片翼をズタボロにする…この闘技場と足環の鎖が許す行動範囲は虎竜にとってすこぶる狭いのである…本来の私にとってもそうであるように。

「グルァァァ」

そんな悲鳴を上げながら虎竜が地上付近に降りた。そして私は気の出力を最大まで上げ…

 

ザシュッ ドサリ

 

縮地にて跳躍した私は虎竜の首を切り落とした…両角を切断して気絶させて勝利すれば生かしてやることもできるが、結局は殺処分されてしまうので、興行の為とはいえ嬲るよりはとの慈悲でもある。

「一撃!一撃です!チウ選手、虎竜の首を一撃で落としました!」

私の一撃の後、静まり返っていた闘技場が爆発するように沸いた。

 

 

 

その後、私はインタビューをほぼ無視に近い対応で済ませ、控室で残りの試合を見る事もなく、部屋に戻った。

「千雨さん…」

衣装の鎧部分のみを外した頃、少し息を切らし気味で戻ってきた聡美が心配そうに私の名を呼ぶ…

「聡美…」

私は聡美を抱きしめる…ケルベラス大樹林で私達を狙ったならば、脅威となったならば躊躇う事はなかっただろう。あるいは、大樹林で弱肉強食の理の元に狩るのであれば…まあそれもアリだ。

だが奴は殺される為だけに闘技場に連れて来られ…望まずにこの場に立って死んだのだ。どれだけ経験を重ねても命を奪う事は慣れないし…望んで戦いの場に立ったのでも、それを呼び込むだけの事をやったのでもなければ、尚更に…辛い。

「千雨さん…お辛い…ですか?辛いなら…泣いてもいいんですよ?」

「イヤ…そこまでではない…けど少し聡美を感じていたい」

まー別に泣く程のこっちゃないのだが、さすがに直接手を下したとなると少し甘えたくなる程度には心に来る…猛獣狩りは本来危険なので手当て的な意味でファイトマネーは割増しであり、バッジ反応の捜索計画の緊急時用高速艇チャーター代的な意味で必要だったので提示されて断る選択肢はなかったのだが。

「なら衣装を脱いで…もっと薄着でも…裸でも良いですよ?」

「ん…とりあえず普段着に着替える…と言うか風呂行こうか…そのあとで少し甘えさせてほしい」

「はい、千雨さん」

 

と、いう事で私達は大浴場で入浴を済ませて部屋に戻ると部屋着に着替えてベッドに座り聡美を抱えるように抱きしめていた。

「…なーんかこのサイズ感、アリではあるんだけれども、しっくりこないんだよなぁ…」

「そりゃあ…本来の姿でも身長差ありますけれども20センチ無いですからね?身長差」

「それもそうか…」

と納得する…が

チュッ

「おかげで、こういう体勢でもないと私からキスできませんし」

と聡美がくるりと体を回してキスをしてくる。

「にゃっ…聡美…そんな体で…」

「むぅ…ならば元の体で大人のキスでもします?

わかっていらっしゃると思っていたんですが、この姿でも諸々の感覚・感性まであの頃に戻ったわけではない…もう何も知らない子供には戻れないんですよ?」

そう、10歳の頃の聡美がしなかった表情で私に微笑む…というか幼女姿でそれは…背徳感に背筋がゾクリとする。

「こっちに来る前は体感時間で数日に一回はしてくれていたのに…もう二週間もお預けでしたよ?」

「あーうん…そういや…そうだな…おでこ以外」

よくよく思い出してみると、こちら…魔法世界に来てから一度もキスをしていなかったはずだ…闘技場に住むようになってからはおでこにはちょくちょくしていたはずだが。

「そーですよー…部屋の外では大人の拳闘士ちうとその妹のハカセで良いですから…部屋の中ではちゃんとパートナーとして扱ってほしいんです」

「わかった…私も我慢とかしないぞ?」

「はい…んっ」

私は、聡美と大人のキスをした…割と長めに…こっちも、聡美が幼女姿という事で我慢していたのであるのにそんなことを言われたらこうなる。

 

 

 

翌日は猛獣狩りの後という事で試合は入っておらず、ネギの介護以外は概ね闘技場の資料室から本を借りてきて部屋で過ごしていた。

「んーこの資料がガチなら恐ろしいなぁ…ジャック・ラカン」

「ネギ先生の決闘を止めたっていう、ネギ先生のお父さんのご友人…でしたか?」

ネギが目を覚ませば尋ねる事になるだろうと彼について予習を…と思ったのだが、まー無茶苦茶…才能と運命と20年の歳月とが作り上げた化け物…戦争の英雄である。その後の20年でさらに鍛錬を積んでいるとすればどこまで練り上げられている事やら…と言うか、少年拳闘士時代から20年の経験を経てなお青年、さらに20年を経てまだまだ現役と言う長命種め。

「うん…そんでもって、ネギが起きたら多分師事しに行くことになると思われる」

「…で、それに千雨さんもついていくんですよね。私もついていって大丈夫ですか?」

「…のつもりだし、大丈夫…だと思う」

一応、トサカにもネギのリハビリに付き合うつもりだと伝えてあるし、ラカン自身も…まあ聡美を近づけたくない類の人間には見えなかった。

「さーて…調べ物はこれくらいにして…潜ろうか」

「はい」

私たちは力の王笏にダイブして呪紋の開発にいそしみ始めた。

 

そしてこの夜…ネギは目を覚ました。

 

 

 




メアリーは帝国に属する小国の王族ないしそれに類する貴族でダニエルは護衛(本人よりも強いとは言っていない)的な設定だが詳しくは決めていない、そして相手が悪いだけで二人ともかなり強い。なお、『チウ』の無口キャラと舐めプ段階解除が合わさり悪役に見える。

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