翌朝…私は久しぶりの幼女姿ではない聡美との共寝から少し遅めに目覚め、二人で昨晩入り損ねた風呂…と言うか、風呂がない…の代わりに水浴びに来ていた。
「ん…?」
「誰かいますねーネギ先生でしょうかー?」
「…あの風呂嫌いが自分から水浴びになんざ来るとは思えんが…」
…となると…答えは一人である。
「ん?誰かいるのか?ってこの気配はチサメ嬢ちゃんたちか。丁度よかったぜ、あのぼーずの事、聞きたかったんだけどよー?」
その気配…ラカンのおっさんがひょっこりと岩陰から顔を出した。
「ば、ちょっ!覗くな!聡美の裸を見ていいのは私だけだ!」
聡美をかばうように立つ…まあ同性と時々ネギとコタローには風呂場で見られてはいるが
「…千雨さんも…見ていいのは私だけです」
と、すぐに聡美に岩陰に引きずり込まれた。
「なるほど…タカミチからちょっと聞いてはいたが…あの事件でお仲間がこの魔法世界に散り散りになって行方知れずか…そらまた大変だな、ハッハッハ」
水浴場での遭遇の後、求められるままに現状を話したところ、おっさんはそんな反応を示した…完全に他人事である…まあ他人事なんだが。
「で…ネギの奴はその全責任が自分にあると思っている節がある」
「ん?何で?」
当然の疑問である。
「そもそも自分が親父を探しに行くとか言い出したのが原因だって事だろーな…」
「実際は一人でも来るつもりだったネギ先生に私達がゾロゾロついてきたって方が正確なんですけどねー」
「ははーん、そらまた」
「だろ?で、そんなある面から見ると傲慢ですらあるレベルに自罰的なネギなんだが…
強くなりたいって言うのも色々と闇…過去からの逃避に復讐、現状への自罰…それこそ昨日おっさんが言った方面での昏い感情の集合体に見える。
つーか、明るい動機なんて親父さんへの憧憬くらいじゃねぇかな?ま、それが悪いとは言わねぇけど」
そも、私自身、無力への不安感に突き動かされている時に一番鍛錬が捗るタイプの人間だし。
「よく見てんな、あんた」
「ハッ…姉弟子って立場であいつと付き合ってりゃ、そりゃな…ま、他の奴らも似たよーな事言うと思うぜ?」
まあ、ネギに恋している連中は知らんが、楓とかアスナとかは言い回しはともかく似た事を言うだろう。
「ま、追加の動機が何であれ強くなりたいって気持ち自体は純粋にあるんじゃねーか、男の子なんだしな。
でもまあ、嬢ちゃんの言いたい事はわかるぜ、あのぼーずは…メンドクセーな、かなり。ま、その分、教え甲斐があるってもんさ」
「…まあ、そんなんだから…平気で自分の命をチップにするぞ?あいつは…どーせ、そーいう代物だろ?エヴァのスクロールって」
「ハッハッハ…わかってんじゃねぇか嬢ちゃん…伊達にエヴァの弟子はしてねぇってか?」
「へ?千雨さん?ラカンさん?マギア・エレベアその物が危険なのは知っていますがースクロールもですか?」
とかいう話をしているとネギがやってきた。
「ラカンさん!」
「よぉ、何だ?ぼーず」
「あのっ…昨晩色々考えて…お願いがあって来ました!その…元々僕の得意は風と雷…それに光ですし、闇属性はやっぱり似合わない…っていうか気が進まないんです」
…マテ、ネギよ、いったいテメェは昨日の私の講義で何を聞いていた?と言うか『エレボス』を単純な暗黒神としてしか理解していない?つまり根本的な勘違いをしてやがる?
「けど、手っ取り早くアーウェルンクスを倒す力を得るにはこの道しかねーぜ?いったろ?マトモじゃない方法だって」
「ベ…別の方法は無いんでしょうか、その…力だけを追い求めていっても本当に強くはなれないんじゃないかと…」
「だが、お前にはやはり闇は向いているぜ?こないだの戦いを見ていてもわかる、自分でも自覚はあるだろう?」
「そ、そうかもしれませんが…できればそういう自分を変えたいんです…その…僕…僕…できれば…
父さんやラカンさんのように、バカっぽくなりたいんです!」
「「「無理。」だろ」だと思いますよー?」
即答×3である。
「お前、正反対だし。てゆーかバカだとぅーッ!?こんガキャァァァ」
「うひぇえ!?いえ、あのっ、そーゆ意味ではなくて、その、ポジティブで強靭と言うか、そのっ、本物の強さとかいう意味でっ…」
「ほお…強さ…ね。なるほど『バカっぽさ』と『本物の強さ』か、わからんでもない…が」
「ハ、ハイッ」
「忘れろーッ」
そう言っておっさんはネギをぶん殴った。
「忘れたか?
忘れとけ。
『本当に強く』とか『本物の強さ』とかなそーゆーのは全部ただの言葉遊びだ。
お前みたいな小利口なバカが行き詰った時によくはまる罠だぜ?」
まあ、同時にコタローみたいな猪突猛進型が偶には向き合ってみるべき言葉でもある…私は概ね、物理的強さ以外の強さも兼ね備えろ、との意味と解釈しているが。
「はうぅ…また小利口って言われた…」
「大体お前、『バカっぽく』なんて性格とか生き方の話だろーが、性格や生き方が修行でホイホイ変わると思うか?」
「う…でも…それでも僕…父さんのような人に…」
「…フン…お前、よっぽど親父のコトが好きなんだな…キメェ」
全否定である。それにネギはしゅんとした様子でうつむいてしまった。
「つーかよ、ぼーず、お前…今のお前の師匠、エヴァンジェリンのコトは好きじゃねぇのか?」
「え…」
「まあ、選ぶのはお前だ、ぼーず。いや、まともな道もいいと思うぜ?当面の力不足は仲間の力を借りて乗り切るって手もあるしな。つまり…今のお前には二つの道がある。
一つは正道、じっくり歩む光への道、つまりマトモな方法…みんなでワイワイ協力プレイ
一つは邪道、力を求める闇への道、つまりマトモじゃない方法…一人でプレイひきこも…一匹狼のあなた向け
さっき無理とは言ったが…まあ確かに5年10年の歳月をかければお前でもまともな道を進んで俺達レベルに追いつけるかもしれん。
それに、エヴァの禁呪はリスクもデカいしなぁ」
「リスク?そう言えばハカセさんが危険だって…」
「端的に言うと――適性がないと死んじゃいますねー千雨さんでも闇への適性はともかく本格的に使うには魔力総量が心許無いのでーマギア・エレベアその物の使用はエヴァさんから原則禁じられていますしー」
と、聡美がぶっちゃける。
「おう、そう言うこったな。死ぬのは適性がない場合だが、そうじゃなくても術者に結構負担が行くんだわ、故に禁呪って訳だ…実演してみせるか?」
「実演って…できるんですか!?」
「実際見てみない事には選びようがないだろうしな、チサメ嬢ちゃんが使えねぇなら仕方ねぇだろ。
適性のない人間がどれほどのダメージを喰らうか見せてやろう」
「え…それってラカンさんが危ないんじゃ…」
「まあ、俺なら大丈夫じゃね?」
と、おっさんが水面に立つ。
「いや、待った…一応紛い物なら使えるし…無理におっさんが実演するこったねぇぞ?」
「んーでもどーせなら本物見た方が参考になるじゃん?って事で…」
おっさん構えをとり、雰囲気が変わる。
「プラ・クテ・ビギナル 来れ 深淵の闇 燃え盛る大剣 闇と影と憎悪と破壊 復讐の大焔! 我を焼け 彼を焼け そはただ焼き尽くす者 奈落の業火」
…待て、よりによってそのレベルの魔法を選ぶか、と言う強力な魔法をプラ・クテ・ビギナルで詠唱したことにまずビビる…実演ってそんな強力な魔法でなくてもよかろうに。
術式固定
と、放出されるはずの魔力の塊を魔力球にしていくおっさん…そして
掌握
握りつぶし、取り込んだ。
魔力充填・『術式兵装』
…エヴァが一度だけ酒の勢いで実演を見せてくれただけなのでかなり久しぶりに見るな…コレは。
「ぐ…やっぱキツイな。つか俺様は元々つえーからこんなコトする必要ねーんだが…
い…いいか?コレはこの技の一端にすぎん、本来この技の核心は…ぐっ…」
流石のおっさんでも無理が過ぎるのか、闇の魔法が暴走状態に入りそうになっている…
「ラ…ラカンさん!」
「イ、イカン…やっぱ、いかに無敵の俺様でも無茶だったみたい…だぜ。さすがはエヴァの闇の魔法…こりゃ失敗だった…たっ…たっ…たわらばっ」
そんな声を上げて、おっさんは自爆した…
「ラカンさーん!?」
私は聡美を連れて水柱から離れ、水しぶきを回避した。
水しぶきが収まった後、水に浮かぶおっさんを回収し、治癒呪文を含め、できる限りの治療をした。
「いやーハッハッハッ、まさかエヴァの闇の魔法がここまでヤバイモンだとは思わなかったぜ、俺じゃなかったら死んでたな、アリャ。闇はやめとけ、死ぬわ、マジで」
「はぁ…」
「さんざんお勧めしといて結論それかよ…」
「あの、ところで千雨さん…千雨さんの咸卦の呪法・トリニタスって…」
まあ、現物を見て気づかないほどネギはアホではない。
「…そーだよ、闇の魔法を弱体化と引き換えに色々と副作用を弱めて咸卦の呪法と煉り合せたものだ。ちなみに正式名称はシグヌム・エレベア・トリニタスな」
「なるほど…エレボスの魔法を基にしたエレボスの印…闇の呪紋と言うわけですか」
と、ネギが納得した様子で言った。
「それと…ネギ、エレボスを単なる暗黒神…闇の魔法の闇を単なる属性の話と解釈しているようだが、それは違う。現に…」
魔法の射手 光の一矢 固定 魔力掌握 精霊の歌・光の射手の旋律・独奏 三位一体の闇呪紋 発動
「こんな具合に本来反対属性の光属性の魔法も取り込める」
正直相性は悪いが。闇と同じくらい…実は闇属性の取り込みはあまり相性が良くない、光が闇を照らしてしまうように、闇は闇に溶けてしまうので。
「え…そうなんですか?」
「ああ…答えはエヴァの性格からして教えん方がいいと思うから言わんが…な」
「ほう…それがチサメ嬢ちゃんの『先』か…咸卦法と闇の魔法の融合とか頭おかしーんじゃねぇの?」
「…一応、両方紛い物なんで言うほどではねぇ…はず」
正直、両方ガチモノだとマジで存在の昇位くらい成し遂げられそうだという計算結果もあったりする、尤も闇の魔法に呑まれて生きのびたら似たようなものではあるが。
「で…だ…いよいよ選択の時間…の、前に私から一つ天秤にモノを乗せてやろう…
光の道を選び、かつネギが望むならば…呪紋を刻んでやろう…勿論、闇呪紋は無しだ」
「え、でもアレは千雨さんの秘技じゃあ…」
「呪紋?確かに無意味じゃねぇがさほど効果があるもんでもねぇだろ?」
私の言葉にネギとおっさんが反対の反応をする。
「あーまあ、技量向上に伴っての更新前提だから管理がメンドイし、そうそう刻んでやらんが…逆にそれだけで秘技って程ではねーぞ?
で、おっさんの質問への答えだが、糸術で全身に刺繍みたいにビッチリと書き込めば…割と効果はあるぜ?」
「糸で刺繍みたいに濃密に呪紋刻むって…どー聞いても外法だろ、それ…やっぱチサメ嬢ちゃん、頭おかしいって」
「ちなみにー千雨さんの奥義の一つに中空糸で呪紋を刻んでー血の魔法陣を構築して魔法の行使のたびに血を使い捨てにするーって言うのがあったりしますー」
聡美がラカンのおっさんに賛同するかのようにそんな事を言った。
「いや、やっぱ外法だろ、それ!ぜってぇー光の道じゃねぇって」
「…個人的にゃ、呪血紋は貧血以外に副作用ねーから半分だけ外法って事にしてある…と、まあ、それはいいとして、コレは命をチップに闇の魔法を求めそうな弟弟子への買収提示さ…
まあ、ネギ用に再設計する所からだし、慣らし期間と試作からの刻み直し何回かで一応の完成にゃ1か月くらいかかるとは思うが…
地力の向上を別にしても昨日の強さ表で+200くらいは行けるとは思うぞ」
ネギの反則的な呑み込みの良さを計算に入れて、だが。
「ほう…目標にゃ届かねぇが副作用ほぼ無しにしちゃぁ悪くねぇな、そりゃあ…」
と、ラカンのおっさんが感嘆を漏らした。
間もなく昼食と言う時間、朝食を済ませてからずっと体術の自主練をしながら考えを纏めていたらしいネギが戻ってきた。
「よぉ、ぼーず、どぉだ?決めたか?」
ラカンのおっさんがそう、ネギに問いかける。
「ハイ!」
「そうか…ほら、これがエヴァから賭けで巻き上げたマギア・エレベアのスクロールだ…光の道を行くなら開けるな、闇の道を選ぶなら開けろ」
おっさんがネギにスクロールを投げて渡し、そう言った。
「ど、どうも…それより、ラカンさんは身体の方は大丈夫ですか?」
「ハッハッハ、無敵の俺様がこの程度のケガでどーにかなると…おもぷ?」
と、おっさんの額から血が噴き出した。
「ラカンさーん!?」
「ええい ノイマン・バベッジ・チューリング 汝が為にユピテル王の恩寵あれ 治癒」
とりあえず、どこまでギャグかわからんと治癒をかける私だった。
「で?光と闇、どっちだ?」
「ハイ…」
と答え、ネギが受け取ったスクロールをおっさんに渡す様に腕を伸ばす。
「…千雨さん、すみません、やっぱり…この選択って無茶かもしれませんね」
「…フン…言ってるだろ?ソレは命がけの選択だって…私の見立てじゃ、無理ではねえが無茶以外のなにものでもねぇよ。
ネギ、まだ悩んでいるならやめておけ…ソレはそーいうもんだ…」
一片の迷い…きっとそれが致命的になるだろうから…だが、それでも決断をするのであれば
「けどな…それでも全てを賭けてでも、その道を選ぶと言うならば…
それは、お前自身が選ぶ道だ!
…お前が、お前自身で踏み出す一歩だ!
無茶だとか関係ねぇ、胸張っていいんだぜ?
私が…ちゃんと見届けてやるからさ」
私は、その小さな背中を押そう…たとえネギが深淵の闇の底から戻らぬとしても。
「…ありがとうございます」
そして、ネギはスクロールの封を解き放った。
「ラカンさん、僕は…闇を選びます!」
「ほ…ほっほーこりゃ意外だぜ。けど、ぼーず、親父を目指すってのはいーのか?」
「僕は父さんじゃありません、格好だけマネしても父さんにはなれない。
僕に闇の素養があるのなら…それを突き詰める事でしか父さんにはたどり着けないと思うんです。
それに僕…マスターのコトも大好きですから」
と、ネギが凛とした表情で言い切った…んースクロールは精神取り込み型幻想空間かと思ったが…違うか?
「プ、ワハハハハハ、そりゃいいぜ、愛の告白だな、ぼーず」
「え!?いえ、そーゆー意味じゃ…?」
「フフ…しかし、闇を甘く見てねーだろうな、ぼーず。そのスクロールは一度開けちまった以上…きついぜ?」
「…それもわかっています、このスクロールが普通じゃないコト…覚悟の上です、乗り切って見せますよ」
「フン」
とかいう会話をしているとネギの持つスクロールに描かれた魔法陣が輝きだす。
「言ッタナ、餓鬼ガ」
「え」
「え!?」
そこに現れたのはエヴァの…マスターの姿だった…全裸の。人造霊付きスクロールか…思った以上にガチで作ってあるな…
「闇ガソレホド容易イものデハナイことヲ思イ知ルガイイ」
「マスター?」
現れたエヴァのコピーはネギの反応にお構いなしに、ネギの頭をひっつかんだ。
「あああああぁっ!?」
「行って来い、ネギ…帰って来いよ」
黒い雷がほとばしり、悲鳴を上げるネギに私はそんな見送りの言葉を送る。
「打チ勝ッテミセロ、耐エラレナケレバ貴様ハおわりダ」
「あー巻物自体も危ないってこーゆー事ですかー」
「ああ、そーゆー事だ、ハカセ嬢ちゃん、言っただろ?キツイって」
「うわあぁあぁ」
ある種、暢気にそんな会話を交わしているとネギがそんな悲鳴を断末魔の如く上げてパタリと倒れ、エヴァのコピーも消え去っていた。
「さて…後はネギの看護しながら待つしかねぇ…って事でいいんだよな?おっさん」
「おっ、おう…思ったより落ち着いてるな、チサメ嬢ちゃん」
「こう言うの想定していたからこそ光の道に餌まいてネギに選ばせようとしたんだし?」
あれだけ警告した上で自分の意志で命をチップに賭けをする事を選んだならば私の反応はこんなもんである、ネギの心配もしてはいるが。