一学年下の自称精神年齢ウン百歳のクール系厨二病生徒会長なセンパイに誘われたゲームがデスゲームになった件   作:透明紋白蝶

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一学年下の自称精神年齢ウン百歳のクール系厨二病生徒会長なセンパイに誘われたゲームがデスゲームになった件

「おつかれ、少年」

「どもッス。センパイ」

 

 とある中学校のグラウンド、夕日に染まるそこでは艶やかな黒髪を伸ばした制服の女生徒が、スポーツウェアを着用した少年にスポーツタオルを渡していた。

 二人の関係性はマネージャーと選手、もしくは先輩と後輩。

 何も知らない人が見ればそう判断するのも当然のやりとり。

 この位の少年少女は成長にも揺れ幅があり、外見からは年齢を判別しづらいため、それも仕方ないだろう。

 しかし、中学校の生徒、若しくは卒業生が見ればその関係性は一目瞭然。

 冬服のセーラー服のネクタイに刻まれたラインと、汗に濡れたスポーツウェアの襟や袖口に使われた色で何学年なのかはすぐに分かる。

 『少年』と、呼びかけた黒髪の少女は第二学年。

 『センパイ』にお礼を言った少年は――第三学年である。

 

 義務教育時点で年齢をひっくり返す、若干アブノーマルな関係性が彼と彼女の間には築かれていた。

 

「スポーツドリンクだ。人肌の温度に温くしてある」

「うぃッス」

 

 タオルで顔を拭った少年にスポーツドリンクが手渡される。

 その際、二人の指先が触れ合い、その事に少女が頬を染めるものの少年は全くのノーリアクション。

 運動で失った水分と栄養素を補給するかのようにペットボトルの半分ほども一気に飲み干した。

 

「それじゃあ着替えてくるッス」

「そうか。私はいつもの場所で待っているよ」

 

 会話も短く、二人の距離は離れた。

 それも仕方の無いことだろう。現在時刻は十八時過ぎ。完全下校時刻の十八時半まではそう余裕が無いのだ。

 

 少女は返された飲み残しのペットボトルを鞄に仕舞うと、何度か頷きながらグラウンドから離れていった。

 

 主役のようにグラウンドで会話していた二人がその場を離れると、下校中にそれを目撃した文芸部の生徒達がこそこそと噂話を始める。

 

「ねね、今の見た?」

「黒雪姫先輩と黒野先輩? 二人ともかっこいいよねー」

「黒雪姫先輩は生徒会長! 黒野先輩は陸上で全国に行って表彰されてたし、お似合いって感じ?」

「バカね。黒野先輩は学外で〝パールなんとか〟と〝なんとかタッグ〟の全中覇者になってるのよ。陸上はそのついでよ」

「バカはアンタよ。パルクールとチェイスタグ。認知度はそこまで高くないけど運動量がえげつない競技よ」

「でもさ、黒野先輩が黒雪姫先輩のことを『センパイ』って呼ぶのはなんでなんだろうね?」

「さあ? 黒雪姫先輩と話す時だけらしいよ?

テンプレ的な後輩って感じの喋り方になるの」

「アブノーマルな関係……」

「先輩後輩逆転プレイってどんな性癖よ! わたしは単純に学外の習い事の関係だと思うんだけどなー」

 

 少女達は好き勝手に考える。しかし、『なぜ』が明かされたとこもないし、誰かの予想が的中していたということも無い。

 誰もがありえないと、思考の隅に履き捨てるまでもなく、そもそもそんなことを考えつくことすらもない。

 それは、本人達だけの秘密なのだ。

 

◇――◆――◇

 

 俺こと黒野(くろの)(れん)は十五歳のどこにでも居る平凡な中学生三年生――ではない。

 自画自賛になるが総合的な意味での脚力は同年代で一番だと思う。

 それ一本に絞って練習していた訳でもない学校の部活の短距離走も全中ベスト16だし、チェイスタグの練習にいいかなと思ってやり始めたパルクールなんかはいつの間にか全中覇者だ。

 こっちは大会に出るにあたって結構鍛えたけどね。

 そんでもって、チェイスタグは狭い界隈ではあるものの十年に一人の天才だの百年に一人だのと言われるくらいには極まっている。

 

 そんな俺には密かに思いを寄せる女の子が――いない。

 『黒雪姫』なんて呼ばれてる一学年下の女の子とは仲良くさせてもらってるが、噂とは違って恋愛関係ではないし、少なくともこちらからは恋愛感情を向けたことは無い。美人だとは思うけどね。

 

「お待たせッス」

「ああ。では帰るか」

 

 校門近くの空き教室で本を読みながら待つ『センパイ』に声をかけると、一つ下とは思えない凛とした返事が返ってくる。

 それもそのはず。この少女は、自称精神年齢ウン百歳なのだから。それに違わぬ立ち振る舞いをしているに過ぎないのだ。

 

「今日はどんな話を聞かせてくれるんすか?」

「そうだな。私が仲間たちと『鎧』の呪いを断ち切った時の話をしよう」

 

 曰く、ブレインバーストなるプログラムで彼女は思考を一千倍に加速し、ヴァーチャルリアリティの世界で様々な冒険を繰り広げているらしい。

 その本質は格ゲーらしいのだが、育てた自分のキャラクターをオープンワールドなMMOのような空間で使うことが出来るモードでの話のようだ。

 ……いくらなんでも設定盛りすぎじゃね?

 俺はそう思うのだが、無駄にいい頭を使って練られたその設定は、平均よりちょい下程度の成績の俺では矛盾点を指摘することの出来ないほど完成している。

 

 そう、この見た目も頭脳も完璧な『センパイ』は、残念なことに厨二病患者なのだ。

 そもそも、俺たちの馴れ初めは彼女が入学してきて、部活動見学の時に俺に目をつけたことから始まる。

 その時から学内では一番速かった俺を見た彼女は、下校中の俺に二階の渡り廊下から声をかけたのだ。

 

 ――――もっと先へ……《加速》したくはないか、少年。

 

 そんな意味不明な言葉がファーストコンタクト。呆れ半分、速さへの思い半分で無意識的に『ああ』と、呟いてしまったのが運の尽き。

 俺にブレインバーストのプラグラムを受け取る資格があるかの判断という名目で彼女に付きまとわれるようになってしまったのだ。

 

 とはいえ、俺がセンパイを疎ましく思っているかと聞かれればそうではない。

 頭の良い人間との会話は面白いし、センパイはマネージャーでもないにもかかわらず色々とサポートしてくれるようになった。

 放課後に手紙で呼び出されることも無くなったし、ついでに彼女の世界に触れるのは面白い。

 それが現実だと思っているということにさえ目を瞑れば、完璧な美少女だった。

 

「ところでキミは〈ソードアート・オンライン〉の初期設定は済ませたか?」

 

 よく出来たストーリーを話してくれたあと、キリがいい所で中断したセンパイはそんな質問をしてきた。

 ソードアート・オンライン。それは、ゲーム業界を騒がせている世界初のVRMMOだ。

 バーストリンカーの素質の見極め、その最終段階として彼女が俺の誕生時に渡してきた、世界に一万本しかない貴重なソフトである。

 ソードアート・オンライン自体の値段は一万円ほど。中学生が贈り合うにしては少々高めのものだったが、スポーツ推薦が決まったことのお祝いも兼ねてと言われてしまえば受け取る他なかった。

 幸いなことに、俺はVRハードであるナーヴギアは体を休めながら勉強ができるということで、知育系のソフトと共に購入していたため、一番のハードルである単価十万円超のナーヴギアはクリアできていたのだ。

 

「名前以外は全部終わってるッス」

 

 アバターは初期設定のものをほとんど流用しているし、そうすれば残りは初期アイテムの設定だけ。

 俺は敢えて少し外して初期武器には槍を選択させてもらった。

 センパイはベータテストの時から剣を使っていたと言うので、わざわざ被らせる必要も無いかなと思った次第だ。

 

「名前か。候補は用意してあるのか?」

「センパイがロータスなんで俺もお花の名前にしようかなって思ってるッス。ストレリチアとかどうっすか?」

「確か、花言葉は……万能、全てを手に入れる。だったか? キミの自己評価の高さは相変わらずだな」

 

 流石かよ。俺がかっこいい花言葉で検索して初めて知ったものを知ってるとか。

 いや、案外過去に調べたことを覚えているだけかもしれない。

 

「そうだな。向日葵なんかはどうだ?」

「向日葵っすか? 〈サニー・フラワー〉? 赤と黄色の中間っすかね? バーストリンカーっぽいっすけど、男でフラワーはないっすよ」

 

 ちなみに、赤と黄色の中間というのはブレインバーストにおけるキャラクターの属性のようなものだ。

 色と金属の二種類で表現されるらしく、赤は遠距離攻撃が得意なキャラクター。黄色は搦手が得意なキャラクターとなる。

 その中間のサニーフラワーはきっと遠距離からチクチクとうざったい攻撃をしてくるキャラなんだとおもう。

 

「むう……。ならばブルースターなんかはどうだ?」

「ソードアート・オンラインっぽい純近接()っすか。渾名がブルースになりそうっすね」

「では一体どんな名前にするというのだ」

「うーん。あ、石言葉で選ぶのもいいかもしれないっす」

 

 お花はどうしても女の子っぽい響きになることがわかった。ブルースを抜きにしてスターと呼ばれてみても、なんかしっくりこない気がするしな。

 反対に、石といえば男のロマンだ。女の子がお花を集めている時間に男の子は河原で石を集めていたと言っても過言ではないだろう。

 とすれば、かっこいい響きの石なんかもあるだろう。きっと。

 

「石言葉か……」

 

 そう言ってセンパイは懐から端末を取り出すとブラウザを起動して何やら調べ始めた。

 さすがに石言葉は網羅していなかったらしい。

 

「あぶないっすよ」

「しかし、サービス開始は明日だ。名前が決まらないというなら私が名付けたい」

 

 端末を弄りだしてから五メートルも移動していないというにも関わらず、斜めに歩き出したセンパイに声をかけるが、そう言われてしまえば歩きスマホを注意するのも躊躇われる。

 俺がさっさと決めてしまえばいい話なのだが、せっかく貰ったソフトなのだから遊び倒したい。となると、名前も大事になってくるだろう。

 俺は『名前が気に入らなくなった』という理由でキャラクターをデリートしてゲームを最初からやり直すこともあるタイプなのだ。

 センパイと遊んだモン狩りなんかは十回近く名前を変えてニューゲームしたくらいには名前は大切である。

 

「仕方ないっすね」

 

 このままではコンクリート塀に突進して行ってしまうセンパイの肩を抱き寄せて真っ直ぐ歩くように向きを変えつつ、コンクリート塀からの距離も離す。

 

「キミは気が利くな」

「うぃっす」

 

 やはりこのキャラは便利だ。褒められてなんと返事すればいいか困った時はこうやってごまかせるのだから。

 その後も何度かコンクリート塀に突っ込んでいくセンパイを引っ張ってとしていると、スマホから顔を上げたセンパイがこちらを見た。

 

「なんどもそうしてくれるのは有難いが、驚いてしまう。私が端末を操作している間はずっとこうしていてくれないか?」

「了解っす」

 

 そこに恋愛感情はない。ただ、そっちの方が合理的だからという理由で、センパイは俺に抱き寄せられ続けることを提案した。

 ちょっとくらい頬に紅を差してくれてもいいんだけど?

 センパイと接していると少々自分のスペックに疑問を覚えてしまう。

 運動はできるし、顔だって悪くない。俺が入学してからセンパイとつるみ出して二~三ヶ月くらいまでは月に二回か三回ほどは手紙で呼び出されることもあった。

 尤も、三分の二ほどは罰ゲームの告白だったのだが。それだって俺がイケてる男子だからこそのチョイスだったのだろう。

 ……いや、もしかして自分で気づいていないだけで実は嫌われてたりするのか?

 だから罰ゲーム告白……いや、罰ゲームの半分ほどではあるがガチな告白もあったわけだしそれは無いだろう。

 センパイが恋愛に興味のないガチな厨二病患者(バーストリンカー)なだけだ。

 俺は〈子〉候補なだけであり、恋愛対象にはならないということに過ぎない。

 

「アメトリンというのはどうだ? 十月十五日、キミの誕生日石のようだ。シトリンとアメジストという水晶が交わった特殊な石と書かれている。石言葉は……調和、多芸多才。キミにピッタリじゃないか?」

「言う程でもないっすよ。でも、誕生日石ってのはいいっすね。それにさせてもらうっす。……あだ名はリン。まあ、悪くないっすね」

 

 俺の名前は蓮。響きも似ていることだし反応も早いだろう。ついでに、間違って本名が出た時にも九十九パーセント誤魔化しがきくだろうしな。

 センパイがスマホをしまったのを確認して、肩を離す。

 すると、センパイの左肩を抱えていた俺の手がセンパイの右手に捕まえられて、元の場所におさまる。

 

「今日は冷える。キミの体温を分けてもらってもいいかな? 一度得た温もりを手放すのは苦しい」

「臭くなっちゃうっすよ? 俺、シャワーあびてないっすし」

「キミが部活終わりに清潔に体を拭いていることは知っている。それに――キミの汗のにおいは不快ではない」

「……うす」

 

 今日はもう十一月。数週間前までの残暑はどこへ行ったのかと声を大にして叫びたくなるほどに寒い。少し前まで汗をかくように運動していた俺はそこまで感じないが、センパイは冬服のセーラー服のみでカーディガンやマフラーなどの防寒具も着用していない。

 本人曰く慣れらしいが、その寒さに慣れた感覚を俺の体温が崩してしまったわけだ。

 まるで暖かい布団から出ると室温以上に寒く感じるかのように。

 センパイの家まではそう遠くない。それまでなら問題は無いだろう。

 

「送ってくれてありがとう。上がっていくか?」

「流石に上がったら泊まりコースになるっすよ。ソードアート・オンラインに遅刻は出来ないので帰らせてもらうっす」

「そうか……。くれぐれも気をつけて帰るように」

「了解っす。では」

 

 センパイを家まで送り届けて、我が家へのルートを歩く。

 とはいえ、俺の家とセンパイの家は斜向かい――ではなく、学校を挟んで正反対の位置にある。

 もうそろそろで七時を回り、夕陽も落ちて灯りは街灯頼り。センパイに言われたように気をつけながら走った。

 

◇――◆――◇

 

「ただいま」

「おかえりなさーい! もうすぐご飯できるから着替えてらっしゃい!」

「はーい」

 

 母とセンパイはチャット友達だ。

 そのため、俺が帰る時間をセンパイ越しに把握しているため、いつもこんな感じのタイミングで家に着く。

 自室へと入り、学ランをハンガーにかけてワイシャツを脱ぐ。嗅いでみるが、やはり汗臭い。

 それとは別にセンパイの香りもした気がするが、汗臭さに一瞬で消えてしまった。

 

「残念とかじゃねーし」

 

 ズボンも脱いで学ランと一緒に消臭剤を吹き付けてやる。

 今朝脱ぎ捨てた部屋着を着て、風呂場に直行。ワイシャツを洗濯機の底へと押し込む。

 

「ごはんできたわよー」

 

 今日は夕飯のあとの風呂になりそうだ。

 ……妹が臭い臭いと五月蝿いんだよな。センパイは不快ではないと言っていたが、やはり我慢させていたのかもしれない。

 今度からデオドラント製品を持ち込むべきだろうか?

 でも、ウチの学校頭が固い教師が多くてすぐ没収されるんだよな。

 センパイも一応生徒会なわけだし、すぐに気づかれてしまう。そうならば公私混同はしない……らしいセンパイは没収こそしないものの結構怒るからな……。

 今年の夏もそれで何度か怒られたっけ。

 

「おにい、くさい!」

 

 リビングに入るなり食卓についていた妹が罵倒してきた。

 今夜のメニューはカレーであり、リビングにはスパイスの香りが漂っている。

 仮に我が妹が警察犬ばりの嗅覚を持っていたとしてもこの距離、そしてこの空間で俺の汗の匂いをかぎわけることは不可能だろう。

 

「うっせ。カレーを鼻の下に塗ってろ」

「ママー! おにいが食べ物粗末にすること言ってる!」

「はいはい。ニコちゃんもお兄ちゃんに意地悪言わないの」

 

 俺の軽口は無敵な妹のお母さんバリアーに弾かれるが、お母さんバリアーは中立だ。

 妹だから、兄だからと言わない自慢の母である。その点、俺の運動神経抜群さを妹にも求めないし、マジで最高な親だと思う。

 

「父さんは?」

「あの人は先月末分飲み会よ。過ぎちゃったならなかったことにすればいいのに……」

 

 ぐぐぐと、拳を作る母さん。父さんにちょっぴり攻撃的なところはあれど、理想の母親です。ホントダヨ?

 

「「いただきます」」

「いただきま~す!」

 

 我が家の食事はテレビ禁止。その理由は、家族間のお話を大事にしているから……らしい。

 テレビがついていると父さんが一切食事に手をつけずにテレビを眺めてしまうからではない。

 

「蓮くん、今日はさっちゃんを抱きしめて帰ったんだって?」

「おにいくさい!」

「コンクリート塀に突っ込んでいくから仕方なくだよ。下心は無い」

 

 妹からの罵倒をスルーしながら、母さんの質問に答える。

 さっちゃん。というのは、センパイのことだ。

 黒雪姫という外見から取って付けられたあだ名ではなく、本名からのあだ名だな。

 まあ、この呼び方してるのはうちの家族くらいなんだけど。俺は確定でセンパイ呼びだけどね。

 

「くさいおにい? さっちゃんはいつになったらお姉ちゃんになるの?」

「さあな」

 

 こいつらいつもこれだ。そういう関係じゃないっちゅうに。

 あ、今のはセンパイの厨二病と掛けた激ウマギャグな。……三点くらいだな。

 

「あと二年かしら。結婚は男女ともに十六歳からだし。孫の顔は見たいけど、夫婦二人きりの時間は貴重だからあまり気にしなくてもいいのよ?」

「ご馳走様。風呂入ってくる」

「てれてる?」

「照れてないわ!」

 

 全く、どうして勝手に外堀が埋められているのか。俺とセンパイの親同士が昔から仲良くて――なんてことは無い。

 今でこそママ友らしいが、そんなもんだ。実は許嫁でした、なんて展開はないし、中学で出会うよりも前に、子供の頃に仲良くしてました。なんてことも無い。

 正真正銘、中学の『もっ先』が初対面だというのに。

 そして、初めてセンパイを家に挙げたのは一年前くらい。母さん達とセンパイの関係も一年ほどということになるのだが。

 女ってのは何歳になっても恋愛脳なのかね? センパイは例外だけどな。

 

 烏の行水ではないが、ささっと体を洗って風呂を出る。今朝の部屋着は洗濯機行き。清潔な服を取り出して着用。

 風呂から上がったことを伝え、翌朝のランニングはナシだということを告げる。

 母さんは色々用意してくれているのでこういう連絡は大事だ。

 

「おにい走らないの? けが?」

「いや、明日はセンパイとソードアート・オンラインで遊ぶからな。汗かきたくない」

「ふーん。おにいさ、なんでさっちゃんのこと名前で呼ばないの?」

「名前で呼んだら冷やかすだろ?」

「うん!」

 

 ニッコリと笑った妹にそういうとこだぞ。と言って部屋に引っ込む。

 俺が先輩を名前で呼ばない理由? だって『少年』とか『キミ』としか呼ばれないんだもん。

 なのに俺から名前で呼びに行くのはなんかまけた気がする。

 センパイ呼びなのはなんとなくだ。

 強いて言うならば圧倒的な厨二病パワーへの畏怖だろうか? センパイと呼ばざるを得ない。

 ファーストコンタクトの『もっ先』であまりに堂々とした佇まいに先輩だと勘違いしたという事実はない。

 

 その後、ソードアート・オンラインのアバターエディットを完成させる。

 〈Ametorin〉意外なことに名前被りは存在しなかった。やはり一万人と少ない人数だからだろうか? 

 サービスが続き、名前が一通り使われるようになればきっと〈xX†卍Heathcliff卍†Xx〉とかいう名前が生まれるのだろうか? いや、英数字入力だから卍は無理か。

 ちなみに、Heathcliffというのは荒野の絶壁を意味するようだ。そこはかとなくセンパイを連想させる単語だが……。

 忘れておこう。

 

◇――◆――◇

 

 お昼を軽めに食べて準備完了。センパイと相談してサービス開始から十九時までぶっ通しで遊ぶことを決めてある。

 かまちょの気質がある我が妹もセンパイと遊ぶ俺を邪魔することは無い。

 これからはゲームの時間だぜ!

 

「リンクスタート」

 

 やべ、ソフト間違えた。知育系のヤツを挿したままだったわ。ログアウトして、ROMを入れ替え。

 気を取り直して。

 

「リンクスタート!」

 

 アバターや設定は用意してあったのでポポポbornと爆誕。ソードアート・オンラインの舞台であるアインクラッド、始まりの街に降り立つ。

 

 にぎにぎ。こつんこつん。

 

「再現度パネェ」

 

 手を握ったり、つま先で石畳をつついたり。

 その感覚がえげつない。今まで発売されていた知育系のヤツは運動向けのものでは無いからかせっかくのフルダイブにもかかわらず五感の再現が甘いものだった。

 しかし、ソードアート・オンラインは違和感を感じない程度には五感の再現がされていた。

 さすが、天才茅場晶彦。ナーヴギアの生みの親だけあってそのスペックを最大まで引き出しているのだろう。

 メニューを開き、〈Black Lotus〉へとメッセージを送る。フレンド登録をしていなくても名前がわかっていればメッセージは送信できるらしかった。 

 言うまでもないが、ブラックロータスはセンパイである。

 無事にメッセージが送れたため、センパイもログイン済み。街の中央で待ち合わせということにしているが……中央ってどっち方向なんですかね。

 まあ、こういう時こそパルクールですよ。

 現実じゃあ常識的に考えてやってはいけないことだが、この世界はゲーム。

 近くの路地に入り込んで壁キックと窓枠を頼りに屋根の上へと登る。

 

 さて、中央は……あっちだな。これみよがしにデカい鐘と一万人くらい収容出来そうな広場がある。

 アバターの動きを確認しながら、屋根をぴょんぴょんと跳びながら広場へ向かった。

 

 広場に到着。屋根の縁に腰掛けてメッセージが帰ってくるのを待つ。

 この広場を待ち合わせに使っている人が多いのか、そこそこの人数が広場にいるが、俺より目立つ奴はいないだろう。

 

 ちりりーん、ぷつん。ちりりーん、ぷつん。

 

 ソードアート・オンラインのメニュー開閉音はなかなか癖になる。耳障りのいい鈴の音だ。

 しばらくそうしていると、視界に新しいアイコンが浮かんだ。長方形の中に二等辺三角形を埋め込んだようなイラスト。即ち、手紙アイコンだな。

 タッチしてメッセージを見てみると、〈kingbolt〉なるプレイヤーからのメッセージだった。

 センパイからのじゃないんかい、と落胆しつつもメッセージを開く。

 

『上から見下ろしてんじゃねぇぞ! グリッチ整形ナルシスト野郎!』

 

 ……。はいブロックユーザー化。

 センパイの話にでてきた世界最強の名を持つ男と似た名前だったから気になったが、建築用のネジにも劣る罵倒マンだったようだ。

 世界初のVRMMOであるソードアート・オンラインといえどもネトゲなんだなと思いつつメニューを閉じたり開いたり。

 腱鞘炎にならないので無限にちりりーん。とできる。

 

 そうしてようやく二通目のメッセージ。今度の送り主は〈Black Lotus〉。センパイである。

 

『下に居る。降りてきてくれ』

「はいはいっと」

 

 屋根から飛び下りて、ぐるっと見回す。そこそこの人数がこの近くにもいた。多分、屋根の上にいるやつの下にいる。という条件で待ち合わせしていたのだろう。 

 残念ながら屋根の上男は廃業だ。別の条件を指定してくれ。

 

「ロータス」

 

 声をかけたのは茶髪のぽわぽわ系美人。

 センパイとは似ても似つかないが、立ち方や手の置き方なんかで簡単に見分けがついた。

 頭上に浮かんだ名前を見れば、ビンゴだった。

 

「驚いたな。キミには私とは違う世界が見えているのか?」

「まさか。姿勢で分かるよ。それじゃあ、レクチャーよろしく。センパイ」

「……姿勢か。よし、まずは初期配布のコルを使いに行こうか」

 

 ということで路地裏へ路地裏へと歩いていく。

 隣を歩くロータスは現実の姿とは似ても似つかない。身長だって高くなってるし、髪の色だって、瞳の色だって違う。

 ついでに言えばHeathcliffはFertilehill(肥沃な丘)となっていた。

 外見が全く違うのに、その立ち振る舞いから感じられるのはセンパイ。ちょっと不思議な感じだ。

 

「着いたぞ。リン。私のおすすめは武器を一本と靴、残りは回復アイテムだが、買い物は自由だ。ただ、ひとつ忠告しておくことがあるとすれば一層の食料アイテムはとてもまずい」

「なるほど。選択肢ないね」

 

 買い物メニューを開けば、そこに表示されるのは各種武器と防具一式に回復アイテム。

 残りは全部フレーバー要素の食料アイテムだった。そして、武器を一本買った残金で購入できるのは靴と回復アイテムと食料だけ。

 他の防具は高くて買えなかった。

 オススメされた通りに買い物をこなし、初期の靴から新しい靴へと装備を変更する。

 

「おお、いいなこれ」

 

 革靴から布の靴へ。防御力は下がったのかもしれないが、履き心地は向上している。やはりローファーよりやはり運動靴だな。

 今回のことでそれがよくわかったよ。ブラックロータス感謝。

 

「ではいくか」

「クエストとかは受けなくていいのか?」

 

 いざモンスターハント、といった感じのロータスにフィールドに出る前にクエストを受けなくていいのかを尋ねる。

 

「ああ……クエスト経験値は大きいのだがな。きっと並ぶぞ? 三十分か一時間かは分からないけどな。それなら私はフィールドに出て、しばらくしてから受けに行こうと思っていたんだが」

「なるほどな。流石はベータテスター。それじゃあ狩りに行こうぜ」

 

 路地裏から出る方法がわからないため先導されながら歩く。

 すると、フィールドが見える門の近くへと出た。

 

「表通りに出ないでここまで歩いてきたのか」

「ベータでは死に戻りの度に歩かされたからな。ある程度の道は把握している。見た限り、ここのフィールドは込み合っているな。少々遠い場所へと行こうか」

「了解」

 

 ということでフィールドに出たあと、始まりの街の外壁に沿って南下。

 なんと、始まりの街には北側にしか出口がないのである!

 街として欠陥過ぎない? モンスターから街を守りやすいという意味では悪くないかもしれないけどさ。

 北側が次のフィールドへの順路であり、そして出口から一番近いためか人が多く南に近づくにつれてどんどんプレイヤーの数が減っていく。

 百メートルほど先にプレイヤーが見える程度の過疎地へたどり着くと、ロータスは足を止めた。

 

「ここでいいか。アレがこの世界の()()()だ。回復薬がある限り負けることは無いが、慣れないと倒すのが難しい最弱の敵。いまからしばらくの間狩り続けるモンスターだな」

「見た感じすばしっこくなさそうだけど、そんなに倒しにくいのか?」

 

 ロータスが指さしたのは青いイノシシだ。呑気に草を食べていて、その動きも緩慢としている。

 ちなみに、()()()とはモン狩りに出てくる雑魚モンスターの一匹だ。ラブトルのような見た目で、すばしっこく動くため操作に慣れないと攻撃を当てることすら難しかったりする。

 

「そうだな。やつ、〈フレンジーボア〉は動きは遅いものの体力が多い。ソードスキルを用いなければ十度は攻撃する必要があるだろうな。そのことを踏まえれば、まゆげではなくロケット生肉が正解だったかも知れん」

「見た目からしてイノシシだもんね」

 

 自由に戦ってみろ、と言われたので背中から槍を抜く。 

 モン狩りのような巨大な槍ではなく、バトンに穂先を付けたかのような短めの所謂スピアだ。

 名前はわかりやすく〈ビギナー・スピア〉。初期武器だ。 

 店で購入した武器は〈ショート・スピア〉こちらも初期武器のようなネーミングである。

 

 槍を手に〈フレンジーボア〉の背後に回り込む。どうやらこちらから手を出すまでは攻撃してこないモンスターなようで、背後を取られたというのに無反応だ。

 十メートルほどの距離、それを縮めるように一歩を踏み出した。

 全速力の八割ほどにまで一歩で加速することが出来る才能にものをいわせた歩法で踏み出し、二歩三歩と歩き、踏み込み。上半身をねじりながら突き出した槍だったが、脳内で描き出されていた理想とは違い、首筋を僅かに抉るように〈フレンジーボア〉を傷つけた。

 理想通りならば、首のど真ん中を貫いて首の骨すら砕いていたはず。

 しかし、残念ながら俺には武器を使った経験がほとんどない。

 精々子供の頃に枝を拾って振り回していた程度だろう。

 だから、自分の速度に振り回されて狙った場所に攻撃をすることが出来なかったのだ。

 

 〈フレンジーボア〉が、体を、振り回し、牙が、迫――槍の持ち手を〈フレンジーボア〉との間に挟み、牙が突き刺さるのを防ぐ。

 短い牙で助かったが、イノシシなだけあって全身筋肉。ダメージこそ少ないが、最弱モンスターのくせに数メートルも吹き飛ばしやがった。

 

 そして〈フレンジーボア〉はこちらを向いて前足で地面を引っ掻くような動作を始めた。

 意味はわからないが、何をしてくるかはわかる。 

 突進してくるのだ。ぶっちゃけちょっと怖い。

 しかし、チェイスタグで俺は向かってくる相手を飛び越えて逃げるという初見殺しを得意としていた。

 前傾姿勢の人間と、特別大きい訳でもない〈フレンジーボア〉。どちらが飛び越えやすいかは考えるまでもなかった。

 

 引っ掻き、引っ掻き、引っ掻き、踏み込み!

 〈フレンジーボア〉が駆けてくる。距離はほんの数メートル、一瞬で縮まる。だからこそ、初動を見逃さなければ簡単に飛び越えることが出来た。

 高く、高く垂直跳びをして、〈フレンジーボア〉がその下をくぐりぬけるのを待つ。

 彼我の距離が短いからこそ、タイミングは適当でも〈フレンジーボア〉を飛び越えることが出来た。 

 そして、目の前に見えていた〈フレンジーボア〉が見えなくなり、自分の下へ入ったのを確認した瞬間、跳び箱を衝くように槍を真下に突き出した。

 

 スポンジに刺さるような。少なくとも肉肉しく生々しい感触ではない。しかし、これがヒットの感触であることは初撃で確かめてある。

 空中だから、足で蹴ることは出来ない。だから、腹筋と背筋を使って足と頭の位置を入れ替える。

 必然、地面に槍を突き出すことができるような体勢となり、曲がった腕を伸ばし、そして石突を掌で押し出す。

 二度、何かを貫く感触。それと同時にガラスが砕けるような心地の良い音が鳴った。目の前が青白い欠片に埋め尽くされる中、いつも通り再び上下をひっくり返して着地する。

 うん。リアルと同じように――それ以上に動ける。 

 〈フレンジーボア〉の撃破によって入手した経験値とコルの表示を閉じると、センパイ――いや、ロータスの声が聞こえた。

 そうだ、思わず熱中したが、ロータスもいるんだった。

 

「おめでとう。とはいえ、最弱のモンスターだがな。最初からそんな技を出していて大丈夫か?」

「リアルだと筋が伸びるような感じがするんだけど、全然平気。仮想の肉体ってすごいな」

「レベル1のアバターはそこまで出力が高くはない。とはいえ、筋肉の運用しだいでは十分な出力を得ることが出来る。その点、リン、キミは最高の運用をしているんじゃないか?」

 

 それほどでもない。ただ、普段通りの動きができているだけ。筋肉の運用とやらは武闘家やらボディビルダーのほうが上手いだろう。

 ソードアート・オンラインにいるのかは知らないけど。

 

「しかし、キミにはもっと強くなる方法がある。それが、必殺技〈ソードスキル〉だ」

「ソードじゃなくてスピアなんですけど」

「剣だろうと槍だろうと、棍棒だろうとソードスキルだ。……さて、メニュウィンドウを開き、ソードスキルと記された場所をタッチしてみるといい。そこに、キミが使うことの出来るソードスキルの全身コマンドを確認できる」

 

 ちりりーん。ぴこん。りりり、ピコン。

 

 やはりメニュー操作の音は良い。よく使うメニューを心地よく使わせるゲームは良いゲームだ。ユーザー心理を理解している。

 見やすいメニューからソードスキルと記されたタブを選択し、その内容を開く。

 

「何も書かれてないよ。ロータス」

「なんだと!? ……んん、そうだな。キミはスキルスロットにスキルを嵌めたか?」

「嵌めてないな。というかメッセージ以外ほとんど無操作」

「威張ることではないぞ。では、すぐさまスキルタブを選択し、二つあるうちの一つに武器スキルを嵌めるのだ。それでソードスキルの確認ができるようになる」

 

 ということでソードスキルのメニューを放置して最初の系統樹の根っことなる初期メニューでスキルのタブを選択する。

 向かって右側に表示されたソードスキルとは逆側、左側に新たなウィンドウが表示され、気分はホログラムウィンドウを複数展開してキーボードを叩く天才科学者か指揮官である。

 こうやって複数のメニューを同時に開くことが出来るゲームも良いな。

 閉じたり開いたりはストレスになりやすいから、そこの利便性を計っているのだろう。

 

 二つあるスキルスロットのうち、一つに片手槍を選択する。

 両手槍との選択肢があったが、サイズ的な問題のようだ。俺の使うものは短めの方なため、片手槍という事になる。

 もう一個のスロットはからのまま。あとでおすすめスキルを教えてもらおう。

 

 スキルウィンドウは閉じて開きっぱなしのソードスキルウィンドウを見ると、そこにはソードスキルらしき名前が表示されていた。

 うんうん。リアルタイムで情報が反映されるのもグッドポイントだ。閉じたり開いたりはストレスになるからね。

 

「〈スラスト〉と〈スイング〉と〈アグレッション〉」

「確認できたようで何よりだ。ソードスキルの使い方だが、いち、にっ、さんと体の動きを意識しながら攻撃するのではなく、ソードスキルに設定された最初の起動モーションを意識する感じだ。スキルの起動を感じとれたのなら、あとはシステムに身を任せればいい。モン狩りでいう所の勇気日本刀のような、一瞬構えてから攻撃する感じだ」

 

 ソードスキルの名前を選択すると、シンプルな人型モーションが棒を持って動くアニメーションが表示される。

 構えて、突き出すモーション。〈スラスト〉。

 構えて、振り回すモーション。〈スイング〉。

 構えて、踏み出して、突くモーション。〈アグレッション〉。

 

 自分で動くのは最初だけ。あとはシステムに身を任せればいい。構えて、突く。

 発動せず。体の動きを意識して運動しているせいか、それが邪魔になってる?

 

「あ、ロータスも自分の狩りを進めてていいぞ。ここまで教えて貰ったらあとは自分でコツを掴むだけだしな」

「それもそうか。では、私は近くで戦わせてもらう。何かあったら遠慮なく声をかけてくれ」

 

 自分の試行錯誤に付き合わせるのも悪いしな。

 ということでロータスが離れていった。 

 俺は外壁のそばで素振りだ。

 野球はやったことないが、素振りの練習はこんな感じなのだろうか?

 構えて、ぐっと溜めて、突く。

 ばっ、ぎゅっ、ズパーン!

 

「これだ!」

 

 勝手に体が動かされる感覚はあるが、むしろこの動きを極めてしまえば自分の突き攻撃が綺麗になるのかもしれない。

 もう一度、ばっ、ぎゅっ、ズパーン!

 今度はスキルの起動を曖昧に感じ、そして踏み出しながら槍を突き出す。

 

「システムに任せきりより風を裂く音がしょぼい」

 

 俺の動きがソードスキル本来の動きを阻害しているのだろう。 

 何度か繰り返し、そしてガイドのアニメーションを確認して自分で動きながら、そしてソードスキル本来の動きを劣化させないようにすることに成功した。

 もっと鋭く踏み込み、突き出すことが出来れば逆にソードスキルを強化できる気がしたが、今の俺には無理だ。 

 もっと武器の扱いに習熟してから試してみよう。

 今度は〈フレンジーボア〉相手に実践だ。

 

 今度は〈フレンジーボア〉の正面に立ち、そこら辺に転がっていた小石を投げつけることで戦闘を開始する。

 こんな小さなことでも怒って突っかかってくるあたり、こいつは温厚に見えてただ怠惰で怒りっぽいだけなのかもしれない。

 

 〈フレンジーボア〉は地面を引っ掻いて突進の準備をしている。 

 ――引っ掻き、突進!

 

 十分に距離をとっていたため、時間的猶予はある。

 ばっと構えてぎゅっと溜めてズバーンと放つ! 

 ソードスキルが起動し、槍を突き出すための踏み込み。それを自分の意思でも行いつつ、槍を突き出す!

 彗星のように輝く槍が、突進してきた〈フレンジーボア〉の眉間を寸分の違いもなく貫いた!

 ピッチャーが投げたボールを撃てば反動でより強く飛ぶように、ソードスキルに加えて突進の勢いまで加わったその突きは、〈フレンジーボア〉の眉間からグッサリと体の奥深くまで突き刺さり、〈フレンジーボア〉の頭上に浮かぶHPを吹き飛ばした。

 〈フレンジーボア〉は再びガラスの割れるような爽快な音とともに爆散し、俺の目の前には経験値とコルの入手を告げるウィンドウが表示される。

 

「いてて」

 

 しかし、反動はゼロではなかった。槍を通じて突進のダメージがこちらにも入ってきてたのだ。

 視界の隅っこに浮かぶHPバー、その最大値は200を僅かに上回るほど。それが少々削れて200を下回っていた。

 

「この方法は良くないかな。槍もすぐ壊れそう」

 

 テイクⅡ!

 今度は一番最初に戦った時のように、後ろから走り寄ってソードスキルで突く。 

 最初は自力の突きだったため狙いを外したが、ソードスキルを上手く使うことが出来ればしっかり命中させられるはず。

 

 ケツを取って――踏み込み、加速、接敵、ばっきゅズバーン!

 おおっと〈フレンジーボア〉くんたまらず吹き飛んだ!

 ソードスキルの僅かな硬直を煩わしく思いながらも横になって倒れている〈フレンジーボア〉に駆け寄り、ソードスキルではなく普通に刺して撃破。

 

 テイク弎!

 今度は通常攻撃で戦闘を開始して、突進を回避してから後ろから突く!

 

 グサッ!

 おおっと〈フレンジーボア〉くんあまりの痛みに大暴れだ!

 たまらずリンくんバックステップ!

 しかし距離をとったことで〈フレンジーボア〉くんの得意技、突進攻撃の射程になってしまったぞ!

 〈フレンジーボア〉くんの突進攻撃だ!

 

 と、横っ飛びして回避して、即座に切り返し。テイクⅡのように踏み込んでソードスキルで突き刺し、撃破。

 

 うん。攻撃にリアル技能はあまり転用できないけど、回避や移動には十分使える。速度を乗せるという意味では攻撃にも使えてるかな。

 そろそろロータスと合流しようかな。

 

宣告・貫通による死(デス・バイ・ピアーシング)!」

 

 ロータスの持った黒塗りの片手剣から放たれた刺突系ソードスキルが〈フレンジーボア〉の首筋を突き、そのHPを全損させた。

 

「おー、やってるやってる」

 

 たしか、ブレインバーストの方のアバターであるブラックロータスのレベル5必殺技だったかな?

 随分と様になっているが、ベータテスト中に練習したのだろうか?

 この世界はブレインバーストとは違うが自分の体で戦闘をできる、いわば厨二病患者が自分の設定を解放できる世界なんだな。

 案外、天才的な一面が強調される茅場晶彦も()()なのかもしれない。

 

「ロータス、俺もまともに戦えるようになったぞ」

「そうか。では、見せてもらおうか。戦えているのなら少し狩場の質を上げて二人で戦ってみよう」

 

 ということで、お披露目。〈フレンジーボア〉と対面し、テイク弎の流れでさくっと撃破する。

 

「よし。ならば行こう。この平原の先、南方の狩場へ」

「そのぽわぽわ系の見た目やっぱ似合わないな」

 

 ビシッとした口調と、それに相応しい凛とした声質。

 それを発声するのが優しげなお姉さんというのは違和感がある。

 普段のセンパイを知ってるからかもしれないけどな。とりあえず、センパイとロータスは別物ということを意識しておかないと。

 

◇――◆――◇

 

 群れで戦う〈ワイルド・ドッグ〉それすらも撃退することのある巨大猪〈ラージ・ボア〉この二種類がいるフィールドで長いこと戦った。

 ロータスとのコンビネーションは完璧。二年程度の付き合いではあるが、かなりの時間を共にした関係だ。 

 声に出すまでもなく、互いの呼吸がわかる。〈スイッチ〉というソードスキルの連携や、隙を作り出しパートナーに攻撃させるコンビネーションも最初の数回を除けば全て成功。

 群れのコンビネーションで戦う〈ワイルド・ドッグ〉を逆にコンビネーションで圧倒してやり、POWER is JUSTICEを地で行く〈ラージ・ボア〉はおつむが弱く俺たちの撹乱の前では頭がおかしくなって死んだ。

 

 俺も〈スラスト〉以外のふたつのソードスキルをしっかり使えるようになり、レベルもひとつ上がって上々の結果だ。

 

「そろそろ帰るか。始まりの街でクエストを受けて回ることも考えればいい時間だ」

「もう十七時か。楽しい時間はすぐに過ぎてしまうのが悲しいところだな。ロータスと一緒に生活していたら一瞬で爺さんになってそうだ」

「そ、そうか……」

 

 ソードアート・オンラインでは感情表現がやや過剰のようで、こうやって照れる顔を見ることが出来る。

 とはいえ、アバターは茶髪のぽわぽわ系お姉さんなためそこまで嬉しくない。

 俺はクールな表情をなかなか崩さないセンパイを照れさせたいんだよな。

 

 帰路、丁度時計が十七時半を指した瞬間。 

 リンゴンリンゴ~ン、と重低音な鐘の音が響いた。

 

「こっちの世界にも五時の鐘はあるんだな。そろそろ帰宅しないとな」

「いや、ベータテスト時にはこの鐘はなかった。何かのイベントかもしれない。そうでなくとも、鐘の音に興奮したモンスターがやってくるかもしれない。気を抜くなよ」

 

 ということで、背中合わせに立ち止まる。 

 すると、体が青白い光に包まれ始めた。

 

「これは?」

「転移の光だ。サービス初日の何らかのイベントかもしれん。恐らく、転移先は街の中だろう」

 

 そして、完全に視界が光に呑まれると、次の瞬間には見覚えのある場所に立っていた。

 はじまりの街の中央広場。俺たちが待ち合わせに使った場所だ。 

 そこに集まった大勢のプレイヤーは何が起こったのかわからない様子。

 それも仕方ないだろう。なにせ、一万人いるうちの千人しかベータテスターはいないのだ。

 転移のことについて知らないのも無理はない。

 一部では早くログアウトさせろ! と叫ぶ声も聞こえる。

 

「とりあえず、端の方に行こう。なんとなく、嫌な雰囲気だ」

「私もそう思っていたところだ。今確認してみたが、ログアウト機能が故障しているみたいだな」

 

 その説明で全員が集められたのかね?

 まあ、ログアウト予定までは二時間くらいある。それまでに何とかなればどうでもいいかな。

 

 そう思いながら推移を見守っていると、空から血液のようなどろりとした液体が降ってきて、それは二十メートルほどの巨大なフードを形作った。

 

『プレイヤーの諸君、私の世界にようこそ。私の名前は茅場晶彦。いまや、この世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 

 厨二病乙。ただの運営でGMでしょ。

 

 心の中でツッコミを入れていると、茅場晶彦は話し始める。めんどくさいので要約すると、こんな感じ。

 

『ログアウト不可のデスゲームになったよ!

 外部からどうにかしようとしてもナーヴギアが脳みそ破壊するから無理だよ!

 実際二百人くらい死んでるよ!

 脱出したかったらゲームクリアしてね!

 あと、この世界はゲームであっても遊びじゃないからみんなの姿は現実のものに戻すね!』

 

 吐き気を催すクソ。ぶっちゃけここまで言ったら嘘でも多分アウトだよね。

 ということで嘘の可能性は除外。そもそも嘘だと断じて本当だった時が最悪すぎるから真実であると考えるしかない。 

 嘘だった場合は真面目に受け取った俺が馬鹿だったという話だ。

 

 さて、この状況で俺が何をするべきか。 

 隣で石畳に座り込んでいるロータス、いや、現実の姿に戻ったセンパイを見遣る。 

 とりあえず、年上としてこいつを安定させてやらないとだな。

 

 茅場晶彦のアバターだったフードが消え、暴動状態に近い広場。少なくともここにいるのは良くないだろう。

 

「立てるか?」

「すまない、私のせいで……」

「いいから行くぞ、とりあえず宿の確保だ。ゲームの世界とはいえ野宿はゴメンだぜ」

 

 センパイを抱えて路地へと走る。

 メニューを開き、マップからINNマークを検索。最短距離でレッツゴー。

 宿に入って店主NPCと会話、パーティを代表して俺が二人分の代金を払う。 

 部屋に突入、寝るだけの狭い部屋だからかベッドしかないが、そこにセンパイを寝かせる。

 

「私のせいで、デスゲームに巻き込んでしまった。この詫びは私のできる限りのことをしよう」

 

 先程まで茫然自失だったが、移動時間ですっかり持ち直したセンパイはそう言って謝ってきた。

 

「いいか、これだけははっきりと言っておく。自己犠牲はするな。俺はこれっぽっちも恨んでない。死の危険に直面してない今だからこそ言えることだが、だからこそこれが真実の言葉だ」

 

 恨んでないどころか感謝すらしているかもしれない。俺だけ蚊帳の外で一人だけデスゲームに送り出した、なんて状況になったら気分が悪いのは確定だ。 

 母さんや妹からは割とガチ目に助けに行けとせっつかれるかもしれない。

 

「この際だからハッキリしておくか。俺は、なんだ? どんな存在だ?」

「……かっこいい先輩」

 

 おうふ。パンチがえげつねぇ。 

 

「そうか、ならかっこいい先輩な俺が、クールで可愛くて責任感が強いお前を助けてやる。いや、違うか。俺一人じゃ助けるのは無理だな。俺とお前、二人で助かろう。俺たちなら絶対にできるはずだ」

 

 情けないが、ちょっと運動が出来るだけの俺が誰かを救済するのは不可能だ。頭がいいわけでも先行知識がある訳でもない俺は一人ではきっと死んでしまうだろう。

 だが、頭がいい後輩がいれば話は別だ。

 

「俺は黒野蓮で、〈Ametorin〉だ。石言葉はベストパートナー。お前が贈ってくれた名前だ。一緒に戦ってくれるな?」

「私は〈Black Lotus〉。加速世界に反旗を翻した大罪人にして純色の七王が一人。私と共に戦ってくれ」

「いや、そういうのいいから。加速世界じゃなくてアインクラッドと戦おうな?」

「む、加速世界は実在するぞ」

「だけどここにいる限りそっちには行けないわけだ。これからどうするか考えようぜ」

 

 多少の無茶ならかっこいい先輩がなんとかしてやる。だから、一番いいのを頼むぜ。

 頭がいい厨二病はファンタジーなこの世界じゃあ最高の参謀だ。

 それを遂行するのはかっこいい先輩でベストパートナーの俺だ。

 いや、家に帰ったあとに自分で調べて見たけど、こんな石言葉があって驚いたよ。 

 かっこいいって褒められたし、自分でも舞い上がってるのが分かる。

 

「では、最初はホルンカの村で経験値稼ぎをしながらクエストを攻略するぞ。はじまりの街のものは全てパスだ。行くぞ少年!」

「先輩かリンって呼んでくれよ後輩!」

「後輩ではない! 私はブラックロータスだ! 行くぞリン!」

「おう!」




最後が気持ちよくなかった
BBでの加速が実在しなくてメンタルが中学生でめっちゃ曇る黒雪姫先輩が書きたかったんだけどなんかミリで復活してた
いつか書き直すかもしれません(予定は未定)


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