俺が宴会に参加して数時間後、寮の外まで聞こえるほどうるさかったドンチャン騒ぎはすっかり収まっていた。
飲めや歌えや騒ぎで腹一杯になった寮生達は流石に疲れたのか酔っぱらいのようにぐっすりと眠っており、現在起きているのは俺と創真、一色先輩の3人だけである。
時刻は丑三つ時をとっくにまわっているので無理もないが。
「ああ、本当に楽しい夜だね、今夜は……。改めて歓迎するよ、創真くん、恷人くん」
「いやーこちらこそっすわ」
「これから、よろしくお願いします」
仲間が増えたことに一色先輩は本当に嬉しそうで、歓迎会中もずっとにこにこと笑っていた。
最初はバタバタしてて前途多難だったけど、入寮して寝床も確保できたし、周りも一部例外除いて結構いい奴ばっかだしこれからなんとかやってけそうだな。
「おや?もう料理が尽きたね?」
言われて周りの皿を見ると、いつの間にか全ての料理を平らげてしまっていたことに気づく。
流石日本屈指の料理学校の生徒達が作る料理だけあり、そこら辺で売ってるつまみとはワケが違う美味さだったのであっという間に食べきってしまった。
「鰆の切り身があったはずだ。僕が2人に何か作ろう」
「あー、なんかすいませんね」
「今日の主役は君たちだからね。遠慮しないで」
そう言うと冷蔵庫から鰆を取り出し、部屋の隅にある調理台で裸エプロンのまま料理を始める一色先輩。
今気付いたが先輩の料理はまだ頂いてなかったから、少し楽しみだな。ここのリーダーで2年生なだけあって腕も相当な物だろうし、首を長くして待とう。
「そういや恷人さぁ、
一色先輩の料理の完成を待っている間に創真と談笑していたら、突然そんな話を持ち出される。
「知らないけど。何だそれ?」
「俺もさっき吉野とか榊に聞いたから詳しいことは分かんねーんだけどさ」
創真に説明してもらった話では
「学内評価上位10名の生徒で構成される委員会で学園の最高意思決定機関」であり、正式名称は「遠月十傑評議会」。通称は略して「十傑」。
なんでも学園総帥の直下にある組織で、そいつらの決定には講師陣も逆らえないらしい。
その十傑に、昔はこの寮から名を連ねた者が出たこともあったとかなんだとか。
「講師も逆らえないって委員会って、そんなもん現実にあったのか……漫画だけじゃなかったんだな」
「俺達の編入試験の審査員だった薙切えりなもその一員なんだってよ」
ただの味見役にしては偉そうだとは思ったけど、本当に偉かったのか。
十傑全員あんな感じなら嫌だな……ていうか薙切えりなのせいでそういうイメージしか湧いてこないんだが。
「お待たせ」
「おっ?」
振り向くと一色先輩が2枚の皿を持っており俺達に差し出す。
「さぁ出来たよ、召し上がれ」
「待ってました!」
十傑の話をしている間に完成していたようで、一色先輩から香ばしい匂いのする鰆に春の匂いがするピューレが添えられた皿を受け取る。
見た目のよさと食欲を掻き立てる匂いも相まって、俺はすぐさま箸で鰆とピューレを一口咀嚼。
「……うおおっ!」
ただの鰆のはずが、身体中を春の突風が吹き抜けるような感覚に思わず声が漏れる。
伊武崎の燻製料理や吉野のジビエ料理も大概美味だったが、これはまだ格別の美味さだった。
創真も驚いた表情をしており無言で鰆と一色先輩を交互に見ている。
「ところで2人ともさぁ………始業式でなかなか面白いこと言ったそうじゃないか」
「俺は言ってないぞ、それ創真だけですよ」
「お前も大概だったけどな」
「遠月で頂点を獲るにはまず"遠月十傑"に勝つ必要がある……そして」
「その一人が今、君たちの目の前にいる男だよ」
「はは、またまた御冗談を!創真もなんか言ってやれ!」
「……………」
まだ固まってんのかお前は。そんなに美味かったのか鰆?いや美味かったけども。
「"遠月十傑・第七席"、一色慧。改めてよろしく頼むよ」
それは唐突に告げられた。
「だから冗談だろ」と言おうとしたものの、一色先輩の表情は先ほどのにこやかなものとは違いそれを言わせてくれなかった。
「あんたが、十傑だと!?」
俺も創真と全く同じことを思う。
まさかあんな半裸でダンスをしていた馬鹿丸だしだった先輩が?学園7位!?
けど、確かに今食べた鰆は俺が食べてきた料理の中でも上位にランクインする。料理は嘘をつかないとはよく言ったものだな。
………でもこれが学園7位の料理といわれると納得できない自分がいる。
「さあ!お次は創真くんと恷人くんの料理を食べてみたいな!………君たちはどんな品を作ってくれるんだろう?」
「次はお前らの番だ」と、プレッシャーと期待をこめた瞳で俺と創真を見据える一色先輩。
ここで彼を満足させる出来の品を作らなければ失望されることは間違いないだろう。
「第七席からの宣戦布告………光栄だな」
「………ああ」
マイペースな創真も流石に冷や汗をかいている。
ここで一色先輩に勝てば遠月の頂点に大きく近づける……が。
「作ってもらって悪いですが、俺はやめておきます」
「えっ」
見事に創真と一色先輩の声がハモる。
「ど、どうしてだい恷人くん!」
「いやー、なんていうか……今日入学した一年坊主がこんなこと言うのも生意気かもしれませんけど」
「貴方が"本気"の料理を出してくれたら、俺もそれに答えます」
俺の見立てが間違ってなかったら、恐らく一色先輩は半分の力も出していない。
"鰆の山椒焼きピューレ添え"、確かに恐ろしく美味かったが間違いなく俺達はこの人に舐められている。
悪いけど舐められた状態で勝ったとしても嬉しくないし、そんな気持ちの中で完全な料理は作れない。あくまで勝つ前提の話だけどさ。
「本気?ってなんだ恷人?」
「………なんのことかな、僕は本気で料理に取り組んだつもりだよ」
不敵に微笑みとぼける一色先輩。猫かぶりやがって……まぁいいや、いつか化けの皮を剥がしてやろう。
「とりあえずは、今回俺は不参加ってことでどうか一つ」
「そうかい……無理にとは言わないけど、残念だなぁ………恷人くんの料理食べたかったんだけどなぁ……うん、でもいいよいいよ。気にしないで……ね」
うわぁ、なんだか凄い罪悪感を感じさせる物言いだな。
「おい恷人。お前のせいでまた面倒くさいことになってるぞ」
「なんか、すまん」
「じゃあ創真くん、君は?」
「あ、俺?えーと…………俺は」
ここで創真も断ったら一色先輩形無しだ。
俺のせいで断りづらい雰囲気を出してるならすまんな。でも創真なら挑まれた勝負は決して断らないだろうと俺は信じてる。
「当然やりますよ!お待ちをっ!」
予想通り創真は勝負を受け、腕に巻いていた手ぬぐいを頭に巻き戦闘態勢に入る。流石俺の見込んだ男。
その後、春の清々しい風を感じさせた一色先輩と、春の雪解けと命の芽吹きを思わせた創真の新春料理対決は引き分けという結果で幕を閉じた。
あの無難な料理で創真と引き分ける一色先輩の実力はまごうことなきホンモノなのだと思い知ってしまったが。
朝、時刻は7時。
俺は慣れないベッドで硬くなった上に、疲れが取れきっていない気だるい体を起こし、身支度を整えて食堂へと向かう。
「……だるい、猛烈にだるい」
昨夜は騒いでいたため忘れていたが、今日の実習は8時からということを忘れていた。
おかげで数時間しか寝れず重い身体にムチを打ってあるいている状態だ。
「んー?」
食堂に足を踏み入れると既に先客が居た。
昨日一色先輩と料理対決をした時と同じく手ぬぐいを頭に巻き、随分と気合いの入った格好で仁王座りをしている創真である。
「創真、随分早いな。まだ7時だぞ?」
「そうか?2時間ぐらい前からここに居るんだけどな」
滅茶苦茶早起きだなーコイツ。でも早起きはいいことだ、健全な料理精神は健康な身体からだ。
んで2時間前ってことは………5時。
「は!?5時起きってお前、ちゃんと寝たのか?」
「寝た。2時間ぐらい」
それで平気なのか。俺より睡眠時間少ないはずなのに元気そうだしな。
「つーか、何でそんな早い時間から起きてんだよ」
「昨日はおあずけをくらったからね。今日こそ一色先輩と第七席をかけて勝負したいんだよ」
「……で、そんな朝早くから起きてるわけか」
ホント元気な奴だな。昨日というか、勝負したのはついさっきだし。まさに昨日の今日だぞ。
「で、恷人は何でこんな時間から起きてるんだ?」
「おっと!そうだった、8時から実習あるんだったわ!」
時刻は既に7時をとっくにまわっている。朝飯作る時間もいるしと、寮から校舎まで時間かかるから急がねーとな。
俺はダンボールの中にあった適当な食材で飯を作りそれを数分でかっこむ。
「勝負の結果は帰ってから聞かせてくれな」
「おう、待ってろよ!」
帰ってきたら創真が第七席になってたら面白れーな、と思いつつ俺は極星寮を後にした。
―――――――――――――――――――
「………暇だ」
窓の外をぼんやりと見ながらため息を吐く。
時間を見るとまだ9時前。予想より早く実習が終わってしまったせいで時間が余ってしまった。
今から寮に帰って一眠りするのもいいけど、せっかく身支度整えて外に出てきたんだし、このまま何か暇潰しできることねーかな……。
「早くしろよ!開戦に間にあわねーぞ!」
「やっべ、もう始まるじゃん!」
「………ん?」
これからの時間の使い方をどうしようか悩んでいると、外で避難訓練の如く慌ただしく走っていく生徒達を見つけた。
それも数名では無く大勢の男女が。
「えりな様の料理、こんなに早く生で見れるチャンスが来るなんて!」
「楽しみー!」
えりな様?……ってあいつだよな?薙切えりな。その薙切が何かこの騒ぎに関係あるんだろうか。
まぁいいや、やること無いし暇だし、とりあえず俺も見に行こっと。
俺は生徒達の群れを追いかけ、そのまま流れに任せてコンサートホールのような会場に入った。
ホールの中は大勢の人で埋め尽くされており、今から大物アーティストでもくるのかというぐらい満員だった。
しかし舞台にいるのは歌手では無く3人の審査員のような人物達に調理台、加えて2人の男女。男はドスコイ体型の知らない男で、もう一人はコックコートを着た例のあの女だ。
「薙切えりな!権力を笠にやりたい放題、もうお前をのさぼらせてはおけん!」
「……手合せ致しますわ。豪田林先輩」
薙切とドスコイは何やら会話をしているようで。会話の内容は分からないが、ドスコイの方は凄い剣幕怒っているようだが薙切は涼しげな顔で話している。
『敗けた者は全てを失う、舌の上の大一番!食戟、開戦!』
司会のその言葉と共に観客からは一際大きな歓声があがる。
本来ならここで俺もノッて歓声をあげるキャラなんだが、"食戟"っていうのが何か全く分からないからノリようが無い。
多分だけど奇数名の審査員に、2人の料理人、そして調理台………ってことは要するにアレか、簡単に言えば料理対決みたいなものか。
じゃあ、薙切の料理の腕を直に見るチャンスだな。
十傑の一人というのが、どれほど実力がどの程度の実力なのかお手並み拝見。あ、一色先輩は舐めプしてたから例外だな。
薙切えりなの無駄のない洗練された調理は圧巻だった。ドスコイの方も相当な腕のようだが、それでも絶望的な差を感じさせる。
同年代に創真以上の奴は居ないんじゃないかと思っていたが、考えを改めなおす必要がありそうだ。
こんな奴と料理の腕を競え合えたらと、自然に身体がうずく。
『審査は決した!この食戟、薙切えりなの勝利とする!』
案の定、薙切の勝ち。
昨日一色先輩に聞いた通り、コイツも十傑の一人ってのは本当らしいな。
「………ん?」
薙切の方ばかり見ていたため気付かなかったが、なにやら敗けた方のドスコイは床に突っ伏し涙を流していた。それに続くように前の席に居たドスコイ集団も同じように突っ伏し始める。
ていうかそんなとこにお仲間いたのか、どこの相撲部屋集団だお前らは。料理対決で敗けたぐらいでそんなに泣かんでもいいのに。
「えりな様に敗けたちゃん研。今頃取り潰され中だろうな」
「でも、文字通り本当に取り潰しっていうのは酷い気も……」
「何言ってんだ!えりな様は第十席の座をかけてたんだぞ?当然だろ!」
「そうだよな……十傑にはそれ以上の価値がある」
ああ、なるほど……納得した。
前の奴らの会話を聞く限り、「食戟」ってのはただの料理対決じゃ無くて「賭け料理対決」みたいなもので………開戦前に言ってた"敗けた者は全てを失う"ってそういうことか。
なんだ、すごく面白そうじゃないか食戟って。ただの料理対決じゃつまんないもんな、遠月学園も趣のあること企画するじゃねーかよ。
じゃあ仮に今、俺が薙切に食戟を挑んだら彼女は引き受けてくれるだろうか?
"十傑"相手に、今の自分の力がどこまで通じるのか試してみたいって気持ちはあるし勝ちたいって思いもある。ただ十傑と対決するならば一色先輩が相手してくれるだろうが、俺は"本気"の十傑と競い合ってみたい。
それが薙切となると、アイツの性格から本気で俺を排除しにくるだろうからな。
「ま、あのドスコイの相手してたんだし?俺の相手もしてくれんだろ」
俺は席から立ち上がると脱兎のように観客席を下り、薙切の居る舞台へと駆ける。
後々思い出すと、なぜこんなことをしたのかと思うだろう行動だが、恥や考えは二の次だ。
今は純粋に薙切えりなと腕を競い合いたいという気持ちの方がでかかった。
「なんだアイツは……!?」
「……あっ!えりな様侮辱してた編入生の片割れじゃねーか!」
当然観客からはどよめきの声と困惑の声があがる。
俺の行動に舞台の審査員も司会、ドスコイ、そして薙切すらも口が半開きになっている。
『な、なんだ突然お前は!?……うわっ!』
司会からマイクをふんだくると、驚きと呆れからか蔑むような視線で俺を見る薙切の前へと立つ。
「耶雲恷人っ………!君、一体どういうつもりなの?!」
『食戟だ』
「………はっ?」
『俺と食戟しろぉぉぉぉっ!!!!』
遠月学園の勝負、「食戟」を「賭け料理対決」だと勘違いしたまま、俺は一世一代のプロポーズの如く薙切に向けて渾身の声で宣戦布告を叫んだ。
遅くなってすいません--;