「………………」
あれだけ人が密集していた会場も、俺だけになると随分広くなるモンだな。結局、俺以外の受験生全員が受験を辞め帰って行ったみたいだ。試験官の薙切えりなに関しては受験生は全員帰ったと思ったらしく秘書の子とお喋りまで始めている。
「上に報告しなくてはね、合格者はゼロと」
何を話してるかは分からんかったが、これだけはハッキリと聞こえた。待て待て、まだやってもないのに勝手に決めつけられちゃ困る。ここまで来るのに何時間かかったと思ってんだ。
「俺はやるぞ!!」
「作る品は何でもいいの?」
ふと俺とは違う声が、自分の声に重なった。
「「「………ん?」」
横を見ると、今の声の主であろうそいつもこちらを見ており双方目をパチクリさせながら見つめ合う。全く気付かなかったがどうやら俺の他にも逃げなかった奴はいたらしい。しかもよく見ると、そいつは先ほどボンボンを吊し上げていた眉に傷のあのチンピラ風の男だった。
「おっ?俺の他にもいるじゃん受験生!いやーホント焦ったわ、料理もしないで落とされたらどうしようかと思ってさぁ、お前もそう思っただろ?」
しかしその男は先ほどのチンピラのような感じではなく、やけにフレンドリーに接してき、顔には安堵の表情を浮かべながら俺の肩をポンポンと叩いてくる。どうやらそんなに悪い奴じゃ無さそうだったので俺も返答を返す。
「そりゃそうだろ、受けれさえすれば1%でも可能性はあるってのに受けない方がどうかしてる」
「へー……全員ボンボンの坊ちゃんかと思ったけど、案外骨のありそうなのいんじゃねーか」
何を気に入ったかは知らんが男は口元に笑みを浮かべて俺を見る。
「こほんっ!」
咳払いがした方を見ると、薙切試験官が不満げな表情をしながらこちらを見据えていた。見た感じかなりご立腹だが…………そうだったそうだった、そういえば試験を受けるんだった。
「卵さえしてれば作るのはなんでも自由よ?でも本当にやる気?辞退するなら今の内よ?」
「美味いって言わせればいいんだろ?受けるよ、もちろん。だよな、えーっと………名前なんだっけ?」
「耶雲恷人だ。そういうアンタは?」
「俺は
「え?じゃあ俺は恷人って呼んでくれても」
「貴方たちの自己紹介なんてどうでもいいわ!」
怒声と共にドン!と調理台を強く叩く薙切試験管。
「それで、最後にもう一度だけ聞くわ。本当に試験を受けるの?」
「いやだから受けるってば、何度も同じことを言わせんなタコ」
「たっ……たっ………たこ!?」
俺にタコと言われたのがよほどショックだったのか薙切試験管は目を丸くしつつフラついた。それを見てプッ、と笑う創真。
「貴様ぁあああ!えりな様になんてことを、不合格にされたいのか!」
「だってさっきから受けるって言ってるのに全然受けさせてくれないから……」
「だ、黙れっ!!」
(この私に向かってタコね……)
秘書の子に胸倉を捕まれ前後左右に揺すられている俺を尻目に、調理台においてある履歴書に目を向ける薙切試験管。
(名前は耶雲恷人……実家は超がつくほどのド田舎にあり母子家庭。料理人としての実績は…………白紙!?バカにしてるのかしらコイツ。見るからに二流でもまだ幸平創真の方がマシじゃない)
俺の方をチラっと見る薙切試験官。その眼は嘲笑と侮蔑が入り混じった、まさに見下したというにふさわしい眼だった。ホント嫌な眼してやがるぜ。
「……分かったわ、そこまで言うなら君達の料理を味わってあげる。料理業界の最底辺の味って物をね!最も、もう一人は料理人ですら無さそうだけど」
いやー、ははは。まぁそれには色々ありましてだな。
創真は薙切試験管の発した言葉に反応するな否や「ウチのとっておきを出してやる」と言い放ち手に巻いていた手ぬぐいを頭に巻き付け調理に入る。俺も調理に入ろうとしたその時、ふと創真と目が合う。
「お互い頑張ろうな!」
実際に言ってはいないものの、薙切試験管と違い太陽のような温かさが混じった創真の眼が、俺に語り掛けてきた。