自分は人の上に立つにふさわしいと、もの凄いドヤ顔で言い切った白女改め「薙切アリス」。その自信満々な表情が薙切と重なる。
そりゃ確かに何かを競う上でどうしても優劣の差はつくし上下関係もできる。それを心の中で言うならまだしも口に出して、しかも同級生でここまでハッキリと言う奴は世間一般でも少数だろう。
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」という偉人の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぐらいだ。随分と大きな野望があるようだが、ひょっとして遠月ってこんなんばっかなのか。
「いいんじゃない?夢がでっかくてさ。じゃあね」
この手の自慢話は聞くと疲れそうなので、この場から離脱しようと俺は出口へと向かう。寮の手続きをしなくちゃいけないし、何より早く帰りたい。
さらば薙切アリス。もう会うことはそんなに無いだろう。
「ちょっとぉ!それだけ!?」
「うお!?」
しかしそれは予想通り阻まれた。
意外だったのは先ほどまでのクールな立ち振る舞いと違い、薙切アリスは捨てられた子犬の様な顔をして立ち去ろうとする俺の腕を引っ張り足を止めたことだ。
ここら辺も薙切に似ていると言えば似ているのかもしれない。
「他にもっと聞くことあるでしょっ、えりなとの関係とか!」
「いや、別にそんな興味があるワケじゃないし……」
「いいわ。じゃあ私から話します!」
何千人に近い生徒が遠月にはいるんだし、別に兄弟姉妹の一人や二人いてもおかしくはないだろと思うが当の薙切アリスは不満らしく聞いてないのに勝手に説明し始める。
本来なら逃げ出しているところだけど一応ハンカチの借りがあるということで黙って聞く。
「えりなと私は従姉妹でね、5歳まで一緒のお屋敷で暮らしてたのよ」
「へー」
「私のお父様はお母様の故郷であるデンマークを本拠地に美食の総合機関である"薙切インターナショナル"を設立し、そこは………」
「へー」
ここら辺はあんま関係ないから聞き流しておこう。
創真みたいな「誰にも負ける気は無い」タイプと違い、やはりコイツのような「俺こそがNo1!」を自称するタイプは付き合うと話が長い。
「そして私はそこで14歳まで過ごし、この遠月に編入してきました。えりなを打ち負かして、遠月の頂点に立つためにね」
「へー」
話の大半は何言ってるのか分からんかったが、とりあえずこの薙切アリスという少女は薙切と血が繋がっていてアイツにかなりの対抗意識を燃やしているということは理解した。
血が繋がっている故に負けたくないという奴だろうか?
「ここまでが私の生い立ちです」
「へ、へー」
ここまでってことはここからもあるのか……。
「お嬢」
そろそろ本気で逃げ出そうと考えていた時、やけに低い声が後ろから聞こえた。
振り返るとそこには背の高い、手首に布を巻いた男子生徒。目に下には隈があり、どことなく眠そうな顔をしている。
んで、そいつの言う「お嬢」って言うのはもしかして……
「もう、遅いわよっ!」
ああ、やっぱりアンタだよね。
「いや……お嬢が早すぎるんですって」
「このくらい当然です」
見たところその男は薙切えりなでいう新戸緋沙子ような存在っぽいが、あの秘書まで堅いイメージは無く砕けた感じの側近のようだ。
しかし何と言うか薙切えりなの秘書といい、薙切一族は側近でもいなきゃいけない決まりでもあるのか。しかも同級生なのに「様」付けさせたり「お嬢」って呼ばせたり色々おかしいだろ。
「あ、耶雲クン。それじゃ、私はこれで失礼するわ」
「おお!そうか、じゃあな!」
「……むー、何か嬉しそうね」
帰りたくて帰りたくて震えていた俺は思わず無意識の内に嬉々とした声をあげる。
それに対し不覚にもそれを聞いてむくーっと子どもように頬を膨らませる彼女の姿を少しだけ可愛いと思ってしまった。少しだけ、本当に少しだけな。
「ま、いいわ。近いうちに会うでしょうし」
「………近いうち?」
「ふふっ、またね耶雲クン」
俺の質問には答えず、踵を翻しひらひら手を振りながら去っていく薙切アリス。長身の男も俺をチラッと見た後それに続く。
薙切えりなとは違い、また別に強烈な印象を残してくれた彼女を俺は忘れることはないだろう。そしてできればもう会わないことを願う。
――――――――――――
着替えをすませ、校舎の外に出ると既に日は南中しており時計は午後過ぎを指していた。
一刻も早く入寮してくつろぎたくてたまらない俺は鞄から合格通知と共に同封されていた「極星寮」の入寮案内取り出し目を通す。
光熱費やら洗濯機がどうのこうのは読み飛ばして、と。まずは寮の場所を確認しなきゃだな。
「えーと、中央校舎から20分ね、なるほど。…………んで、ここはどこの校舎だ?」
入寮案内には簡潔な地図と共に「中央校舎から約20分」「学園中央門まで1時間」などと書いてあるが、中央校舎、中央門どころか今いる校舎さえ分からん。
ならばと地図を見るが、スタート地点が学園の中央門という所からのため地図の通り行くには一度学園のそこまで行かなくてはいけないと知り絶望する。
今いる場所から学園の門まで無事にたどり着けるかどうかも分からない上に、もし着けたとしてもそこから徒歩1時間というのはキツい、キツすぎる。
一度校舎に戻り用務員に聞いてみたものの、「そんな寮聞いたことがない」などと言われ本当に実在するのかどうかさえ怪しくなってきた。結局得た物はここから1時間かかるらしい中央門までの地図だけだ。
あるのか無いのかハッキリしない寮のために1時間歩くか悩んだが、じっとしてても仕方ないので、中央門まで行くことを決意。ああ、俺の午後の有意義な時間がミシミシと音を立てて崩れていく……。
山を越え、川を越え、森を抜けて
結局俺が学園の中央門に着くまで3時間を要した。どこが1時間だふざけんな、もう日が沈みかけてるじゃねーか。この調子じゃ中央門から1時間っていうのも絶対ウソだろ。
全身が悲鳴をあげ、挫けそうになる心をなんとか保ち、中央門付近の石段に腰を掛ける。
そういえば創真はどこで寝泊まりすんだろうなー、あいつも結構荷物持ってた気がしたんだが……。
薙切とか今頃秘書と美味いモン食ってんだろうなー。
今日ぶつかったあのおさげの女の子は何で俺を見て逃げたんだろうなー。
薙切アリスは最後何が言いたかったんだろうなー。
綺麗な茜空を眺めながら今日一日のことをおさらい、というか現実逃避して時間を潰す。
その後、これから遠月でどういう風に過ごそうかと抱負を考えるが色々想像するのにも飽きたので足の痛みを抑えつつ中央門から山道を登り始める。
「寒い、だるい、きつい……」
そして中央門から出発して2時間ちょっと、日は完全に落ちていた。いくら暖かくなったとは言え、夜はまだ寒く体力をじわじわと奪われていく。
暗黒の闇で覆われた森はなんとも言えない雰囲気になっており、何故かこういう時に限って映画のホラーシーンを思い出す。
「…………なんだこれ」
とどめとばかりに、ようやくたどり着いた「極星寮」は俺が予想していたアパート風の寮とは違い、シダで覆われた不気味な洋館だった。
しかも上の階からは何やら複数の笑い声が聞こえ不安が一層加速。どうか住人が人間でありますように、と息を飲みながら古びたドアを開ける。
「おっ?」
中に入ると外見とは違い中それなりに綺麗で、正面には2階へ続く大きな階段が。しかし誰も周りにはおらず、上の階から複数の笑い声が聞こえてくるだけだ。
「こんな時間に誰だい全く?」
「っ!?」
誰もいないと思っていたが、突然えらくドスの聞いた声が背後から聞こえた。振り返るとそこには
「うおおおおっ!鬼婆!!」
髪を逆立てた日本昔話に出てきそうな鬼婆の姿に俺は思わずのけぞる。
「誰が鬼婆だい!極星の
「え?あ、人間?」
「どっからどう見ても人間だろ?!全く失礼なガキだよ」
ああ、確かによく見ると人間ですね、はい。なんかオーラみたいの出してたし人間には見えなかったよ。
「す……すいません、あまりに衝撃的だったので。ところであなたは?」
「私は
「はい、俺が耶雲恷人ですけど」
……ん?2人目?
俺の他にも今日入寮したのがいるってことか?
「で、アンタは極星名物腕試しの件は聞いてるんだろうね?」
「なんのこっちゃ」
そんなもの無論聞いてない。そもそも入寮案内に書いてなかったし。
「はぁ、またかい………。耳の穴かっぽじってよく聞きな!」
「へーい」
言われた通り耳の穴をほじりながら聞く。
「簡単に説明すると、私に一食作って認められた奴しか入れないってのがここのルールなのさ」
「………………」
「一食作る」
その言葉で耳に指を突っ込んだまま身体が硬直する。
「……聞いておくが、もし腕試しに失敗した場合は?」
「合格しないと極星の敷地は跨がせないからね。野宿だよ」
え、ちょっと待って、マジでもう無理だから。
ただでさえハイキングしてきて腕ももう上がらない状態なんだよ。今料理作れとか言われても海苔巻チーズぐらいしか作れねーよ。
「…………食材は?」
「寮にある食材はアンタの前に入ってきたヤツがほぼ使いきっちまったからね。もう半端な食材すら無いよ」
まともな料理を作れるか分からない上に食材も無いときた。そしてこの鬼婆を満足させられなかったら寒空の下で野宿。
今日の実習でレシピが無いことなど、全然大したことじゃなかったんだな………よく分かったよ。