良ければ皆さんも一緒に挑戦してみませんか。
狐たち:羅生門に住まう化生。オリキャラ。
あらすじ:老婆は下人に身ぐるみを剥がされた。
かくして下人は去り、後には、裸の老婆が倒れ伏すばかりである。
その一部始終をこっそり見ていた者がいる。
羅生門の梁の上、屋根のつくる暗がりのなかで、妖しくじぃと光る四つの眼。
狐である。
狐どもは、梁の上で器用に身をよせあい、囁きあった。
「たしかに、あれは老婆の自業自得であろうよ。」
「然り、然り。身から出た錆というものだ。」
「だが、老婆は終生、悪事だけを働いたわけではない。」
「然り、然り。アレは時に善行をおこなった。おれもいっとう小さな赤子の頃、寒さに震えるおれに、ほぅらこれで暖を取るがええと、きれいな黒髪の束を寄越したのだ。もっとも、お前は食いでがなくていけない、はよう大きうなって儂に食われに来いとも云うておったが。」
二頭の狐は、こんこんと笑った。
「助けてやろうか。」
「そうしよう、そうしよう。」
さて、楼の上に倒れ伏す老婆である。
老婆のしわがれた耳に、おーいと声が響いてきた。
「もし、そこな老婆よ。我らは旅の者。いましがたの、おまえと下人の諍いを見ておった。我らはおまえに用がある。ここへ降りてくるが良い。」
「なんじゃ、お前等も追い剥ぎか。家族も家もとうに失い、唯一残された着物さえ奪われたこの老い枯れの身から、これ以上何かひとつでも奪うものがあるとでも云うのか。」
老婆は恨めしそうに、声のした方をねめつける。
果たしてそこに居たのは、二人の坊主であった。老婆が這いずる楼の遙か下、夜のくらがりのなかに、二人はひっそり立っていた。
「老婆よ、恨み言を云うてはならぬ。おまえは、おまえ自身が肯じる悪行をその身に受けたに過ぎぬ。だが、我らはそれを叱ったり、ましてやからかおうというのではない。」
「然り、然り。我らは仏の道に殉ずる者。かかる折りにこうして巡り会うたのも、御仏の思し召しというもの。なればこそ、おまえを救おうというのよ。」
男たちは、袈裟をひらひら示して見せた。
「ほれ、降りてまいれ、付いてまいれ。我らの仮宿とする庵に、たっぷり馳走を用意してある故。」
「そのようなことが……。」
老婆は茫然自失の呈で、男たちを見やった。
紺色の裳付け衣を纏い、手には鹿の角つきの杖を携えて、袈裟のかかった首には立派な禿頭を戴いている。なかなか徳を積んだ坊主のようである。
ふと、その背に、奇妙なものを見つけた。
男たちの尻から、茶色の尻尾が垂れていたのである。それは化生の証に他ならぬ。
正面に立てば、背中に隠れて見えはしなかっただろう。しかし、老婆は楼の上にあって、男たちは下にいる。遙か高所より見下ろしているおかげで、老婆にはそれが見えた。
(すわ、これは狐狸の類か。儂を騙して食おうというのだな。そうはいかぬ。)
老婆はこっそり算段を付けると、哀れをさそう声で云った。
「御坊よ、しばし待ってはくれぬか。見ての通り、儂は年寄りじゃ。身も心も弱り果てておるでな。梯子を降りるにも、心の準備というものが要るぞよ。」
「よろしい、よろしい。いかようにも。」
男たちの快諾を受けた老婆は、すぐさま楼の暗がりに引っ込んだ。そこに隠してあった鎌を抱え込み、するすると梯子を降りると、今度は鎌を後ろ手に隠して、男たちの前に立つ。
「あいすまん、待たせたのう。」
「構わん、構わん。ささ、付いて参れ。馳走が待っておるぞ」
男たちは老婆の前をすたすた歩く。夜の暗がりを迷いなく進む様は、成程、人の業ではない。
どれくらいそうして歩いたであろうか。時は移り、夜はますます深まり、あたりはしんとしている。男たちのぺたぺたという足音と、老婆のずりずり這うような足音だけが、夜のしじまにうっそうと響いていた。
「まだかのう。」
「まだじゃ、まだじゃ。」
「まだかのう。」
「もう少し、もう少しじゃ。」
「ええい、もう待てぬ。」
頃合いと見るや老婆は、えいやと男の背中に鎌を突きたてた。
「ぎゃあ!」
悲鳴をあげて、男が地面に倒れる。
いま一人の男は、一目散に逃げ出していた。奇妙なことには、走り去る背中が、みるみるうちに縮んでゆく。いまや男の姿はすっかり失せ、代りに、葉を頭に載せた狐が脱兎のごとく逃げ去るばかりであった。
地面に倒れ伏す男も、とうとう正体を現した。
「やはり狐であったか。儂を騙して食らってやろうという魂胆だろうが、そうはいかぬぞよ。逆に、儂がお前を食ろうてやる。見たか、畜生め」
得意になって鎌を振り上げる老婆に、いまや虫の息の狐は、にやりと笑って云った。
「どうだ。ちっとは食いでが付いたであろう。」
「お前はあの時の。それでは、お前は本当に儂を救おうとしたというのか。」
老婆はこんこんと泣いた。