森の中を駆ける。
往く手を遮る木、視界を阻む薮や小枝、それらに惑わされないように走る角度を調整しながら、相手を意識の中央に置いて間合いを測る。
互いに平行線を引く形で駆けながら時折交差するのに合わせて打ち合う。
斬、弾、斬殴避、跳蹴弾伏、突防、斬斬避、突き飛ばす!
払、突、防防蹴、薙避突払、避払、弾弾蹴、追いすがる!
高速移動に剣戟を絡める達人同士の戦闘は誰の目にも留まることなく続けられ、森の中を疾走する二人は不意に開けた場所に飛び出した。
瞬間、互いの感覚がここが勝負どころだと叫び、疾走は平行から正面衝突へ移る。
ベレトの剣が。
ジェラルトの槍が。
次々に繰り出される攻撃と防御がぶつかり合う。それぞれの手で振るわれる武器が訓練用のものであることを除けば、その様相はまるで英雄同士の決闘の如く迫力に満ちた光景だった。
間合いに勝る槍の攻撃を最低限の見切りでかわしたベレトは大きく踏み込み、剣を翻してジェラルトに斬りかかる。至近距離から振るわれるベレトの剣を、同じく剣閃を見切ったジェラルトは細かい体捌きでかわしてみせる。
こう来たらこうなる。ああ来たらああする。呼吸が合わさるようにずれない剣戟が続き、二人の戦いは激化はしても乱れない。
そう……お互いの力量も、戦いの癖も、よく分かっている。同じことの繰り返しでは結果は変わらない。地力の差で以前と同じ結末を迎えるだけ。
ならば、新しく身に付けたもので流れを変えるまで。
下から跳ね上がる穂先を、剣の柄頭で弾き落としたベレトに向けて、弾かれた勢いを利用した槍の逆端が今度は上から襲い掛かる。踏み込みながら切り払うように弾いたところで、槍から片手を放したジェラルトが蹴りを繰り出した。
顔面に当たろうかという蹴りに向けてベレトは咄嗟に膝を上げる。足同士の衝突で生まれた力に逆らわず、体が浮くに任せてジェラルトとの間合いを空けた。
せっかく詰めた間合いを空けて、槍相手の戦いで先手を譲る選択をするベレトに対して訝しく思うも、直後、息子の動きを見てジェラルトは目を見張った。
飛んだ勢いで距離を取ったベレトは再び森に紛れるような真似はせず、着地から即座に疾走。こちらに向かってまっすぐ駆けてきたのだ。
そのベレトの目から何故か『回避』の意思が感じ取れない。彼の狙いが分からなくて──味方の援護が望めない一対一の勝負で無策の突撃なぞ愚の骨頂──驚き、しかし戦士の本能に従うジェラルトの体は考えるより先に反応した。
槍の間合いを存分に生かす突き。遠間から、相手の反撃を気にすることなく、一方的に攻撃できる槍の強み。
剣では振っても相手に届かず、まずは防がないといけない、そんな間合いで。
その突きに向かって、ベレトは眼前に剣をかざす構えで応じた。
穂先が剣にぶつかる刹那、槍を巻き込むように、はたまた添うように、ベレトの体が独楽の如く回転する。勢いよく接触することで衝撃が生まれるかと思いきや、突きはそのまま背後へと流された。
受け止める防御ではない。
受け流しという、受けて、流す、二つの動きを繋げたものでもない。
ただ、流す。滑らかな斜面に当たる水のように、穂先に一切の停滞を与えることなく突きの勢いを後ろへと逸らしてしまったのだ。
「うおっ!?」
想定を超えた展開にジェラルトは思わず声を漏らしてしまった。ついに表した彼の動揺をベレトは見逃がさない。
回転の勢いを止めないまま攻撃へ転じる。一瞬の交錯に剣を振っては間に合わないので、握らない方の手で裏拳を繰り出した。
それでも流石は【壊刃】と言うべきか。驚いた意識の中、乱された体幹でも咄嗟に腕を引き、ベレトの裏拳を辛うじて防いでみせる。
ジェラルトならば、父ならば、この攻撃も凌いでみせる。そう考えていたベレトは焦らない。
すでに咄嗟の行動を防御に使ってしまったジェラルトには後がない。対してこちらはまだ体が止まっておらず、さらなる追撃へ繋げられる余力がある。
脇を走り抜けるのに合わせて体の軸を揺らさずだめ押しの半回転。捻れが生む勢いの全てを足に乗せた後ろ回し蹴りが、ジェラルトの背中へと叩き込まれた。
「ごぁ!?」
肺にまで通る衝撃に、無理やり押し出された声がジェラルトの口から出る。倒れる体を片手で支えて側転して着地した時には、対面のベレトは握り直した剣を向けていた。
釣られて自分もすぐに槍を向けるが、そうする前から理解できていた。
偶然ではなく必然のタイミングで体を崩されて、一撃を与えられたジェラルト。
攻撃後の残心も忘れず、油断なく構えを取るベレト。
これが実戦だったら今ので終わっていただろう。
「……ちっ、参った」
「?」
「一本だ。お前の今の蹴り、背中じゃなくて後頭部を狙えただろ。当てる位置を変えるだけの余裕があったんだな?」
「ああ」
「なら決まりだ」
槍を下げて構えを解く。息を吐き、戦意を鎮めた父の前でも剣を下ろさない息子に向けて、小さく笑いながら告げてやる。
「お前の勝ちだ、ベレト」
ベレト、父に初勝利。
「何ぃ、レア様から格闘の研修!?」
「少し前から受けてる。あの人も体を動かすのが楽しいみたいだ」
「は~……お前、すごいことしてんな」
手合わせが終わり、水筒と手拭いを置いてあった位置まで戻って休みながらベレトとジェラルトは話す。
場所はガルグ=マク大修道院の外、郊外の森の中。訓練所とは違い、整えられていない自然の中で、遮る物も見物する者もいない環境、一切の邪魔がないところに二人はいた。
先ほどまでやっていた戦い──別に決闘でも何でもないただの手合わせ──は以前やったものとは違って、地の利は平等、立ち回りを生かすも殺すも自分次第という、より実戦に近い状況を想定した戦闘である。
その内容について話し、ジェラルトの隙を引き出してみせたベレトの動きについて言及すると、ここ最近彼が教わったものだと判明したのだ。
極限まで無駄を省いた直線的な動きに円運動による防御を加えた、新しい『攻撃的な防御』は、見事にベレトの勝利へ貢献してみせた。
「何にせよ、大したもんじゃねえか。さっきの動きは俺も知らねえぞ」
「大司教に伝えられる武術、らしい」
「そんなものがあるのかよ」
(レア様がこいつにねえ……一介の傭兵にそんなものを教えてどうするつもりなのやら……まさかこいつを次の大司教に据えようってわけでもあるまいし)
つい疑う気持ちが浮かんでしまうのは仕方ないだろう。過去に思うところもあり、ジェラルトとしてはどうしてもレアに対して隔意を抱いてしまいがちだ。
それをベレトにまで求めるのは難しいことなのか。息子からすれば純粋に契約上の依頼主で、普通に仲良くする分には口を挟むのは無粋かもしれない。現にこうして彼の成長の助けになったのだし、傭兵だろうが教師だろうが目をかけてもらえるのはありがたいことである。
しかし、父親として完全に気を抜くわけにはいかない。何しろ事はベレトと、そしてシトリーにも関わるのだから。
「父さん」
「あ?」
考え込んでいたところをベレトから呼ばれ、ジェラルトは胡乱な返事をする。
「母さんの墓の石を見た。没したのは1159年。母さんの死と引き換えに俺が生まれたとレアさんから聞いたから、同じ時に俺が生まれたことになる」
「……そうだな」
「そうすると、1180年の今、俺は21歳ということになる」
「まあ、そうなるな」
ちょうど考えていたシトリーのことを言うベレトに意識を戻すも、彼はそこで言葉を切って黙ってしまう。
「……」
「どうした?」
「いや……」
「何だよ、珍しく歯切れが悪いじゃねえか。言ってみろ」
「……20歳になる前に父さんから一本取れなかった」
「はあ?」
無表情のままでも、こちらと目を合わさず、そこはかとなく不満さを滲ませた声でベレトが溢したのは、密かな目標を果たせなかった子供のような愚痴。
初めて目にする息子の姿にジェラルトは呆気に取られ、急におかしくなってきた。
「はっ、生意気言いやがる」
「っ……」
「一本取った程度で調子に乗るんじゃねえ。俺はまだまだ現役だぞ。これから先もお前に負ける気はないからな」
手を伸ばしてベレトの頭をぐりぐりと撫で回す。されるがままの様子を見ていると彼が幼い頃と変わっていないようにも見えて、少しだけ父親としての矜持が保てた気分である。
ただし。
ベレトとていつまでも子供のままではない。
今言ったように21歳の息子は、この地を訪れてからはその心を急成長させているのだから。
「そういう父さんはどうだろうな」
「何だよ」
「息子に初めて負けても意地を張る姿を見たら母さんはどう思うかな?」
「……ちっ、言うようになったじゃねえか」
一度自分でも認めた敗北を、だから何だと突っぱねて、上から目線で息子を撫で回す父親。
確かに、ちょっと……情けない、かもしれない……
しかし、とジェラルトは思考を変えた。
(シトリーが見たら、か)
頭に手を乗せたままのベレトを見て、ジェラルトは妻を思い出す。
こうして改めて見ると、何ともシトリーに似た顔立ちに育ったものである。体付きの方も鍛えられてはいても細身で、はっきり言って自分とはあまり似ていない。
「墓石を見たなら、あいつが20で死んだのも知ってるな」
「ああ。生まれが1139年だった」
「そしてお前は今では21歳か」
分かっていたこととは言え、ベレトは母親の年齢を追い越してしまったのだ。
あれから結構な時が経っているが……彼女の姿は今でも鮮明に思い浮かべられる。
死した人が何を思うか、生きる者には想像するしかできない。
それでも分かる。我が子を愛し、命を懸けて産んだベレトの成長した姿を見たシトリーが何を思うかなんて、ジェラルトにはそれこそ手に取るように。
幸せに思うはずだ。大好きだった花に負けないくらい、満開に綻ばせるような笑顔で喜ぶに違いない。そして駆け寄り、抱き締めて、こう言うのだ。
「
片腕で包み込めてしまうくらい小さな赤ん坊だった息子を思い出し、ジェラルトは感慨深い気持ちに包まれた。
この生き辛いフォドラで、傭兵なんていう厳しい仕事をしていながら、彼がこんなにも強く逞しく育ったことを嬉しく思う。これが俺の息子だ、と誇らしく思う。
自慢して回りたいという考えが一瞬だけ頭を過ぎり、流石にそれはと思い直して取り止めるが、口元が緩むのは抑えられなかった。
言われたベレトはきょとんとした顔をして、徐に自分の手をまじまじと見つめる。手を握ったり開いたりして眺めると、再び向き直ってから言った。
「母さんが産んで、父さんが育てた。ありがとう」
「……そうかい」
(それを言いたいのはこっちだよ……)
しばらくの間、心地好い沈黙に包まれる二人はどちらも立ち去ることなくその場に座り続けた。
ルミール村調査の課題の後、ジェラルトが二人で話そうって主人公に言うやつ、結局ゲーム内では叶わなかったのを見てどこかでそれっぽい話とかできないかと考えてました。本編に影響しない程度に二人で話して、ついでにシトリーのことも話題に出してあげられればと思って書きました。
作者の活動報告に載せた後書き